裏あるいは表の一から七話
すいません。更新が遅くなってしまいました。
この話しの後に登場人物紹介を入れて、第0章は終わりです。
なるべく早く第1章に入りたいと思います。
~アークがコセルシアと出合い、交流を深めていた頃~
その日、世界は鐘の響きで満たされていた。
誰もが何故鳴らしているのかを理解していない。気が付いたら鳴らしていたのだ。
まるで何かの終わりを告げるように、そして何かの始まりを迎えるように鳴らし続けていた。
その鐘の音に合わせるように、詩人は過去の出来事を語り続け、歌姫は歌い続ける。
何故歌うのか、何故止めないか、そもそも何を歌っているのかすら彼等にも解らない。しかし歌わずには居られなかった。
それは深夜と呼べる時間帯に入った現在でも変わらない。
人々は歌に身を任せ、あるものは声をともにし、あるものは踊り出す。
寝ている者等居ない。子どもも年寄りも、そして病人も流れに乗る。
誰かに寝るなと強制された訳でもなく、目的がある訳でもないのに身を任せずには居られなかった。
王城では王や文官貴族が政務を放って歌い、それを止める者はいない。護衛も仕事道具で思い思いに演舞する。
魔術師は空に光りを捧げ、神官は祈りを捧げる。
使用人も彼等と共にした。
奴隷や囚人、悪党までもがこの時は流れに身を任せた。
この流れに貴賎等関係なかった。
将軍達は戦争を中断し、遠くから響く鐘に身を任せ兵士達とともに黙祷し、死にかけの者までも死を忘れで合流する。
何に黙祷を捧げているのか、何故黙祷を捧げているのか、この場の誰も知らない。気にする者すら居ない。
冒険者達は数々の技で世界を彩る。武の為に磨いた技量で自らも知らない技を放つ。世界を飾る為に。
どうやって放っているのか彼等にも解らない。魔力や生命力を消費しているのかすら解らなかった。しかしやり続けずには居られなかった。
動物や鳥も次第にその流れに身を任せ、魔獣や魔物すらも害意のない咆哮を上げる。
動物の中には始めて威嚇ではない咆哮を上げるものも居た。魔獣や魔物には始めて害意以外の想いを抱くものも居た。
この流れに種族等無いに等しかった。
やがて姿を隠した存在、姿を失った存在までもが現れる。
そして流れに身を任せた。
空は無数の流星が流れ、世界を不思議な光りで照らしている。
普段は決して揃うことのない、全ての月と太陽が一つの空で初めて出会った。月はいつもよりもその輝きが増し、太陽は直視できる明るさで月を照らす。
雲は急速に移ろい世界を湿らす。
それらの光景は世界各地、どの場でも視れた。
【大人災】や【大災害】もこの時ばかりは晴れ、この流れの中で世界の飾りと成った。
【決着の柱】は空を貫き流れる雲を割き、黒と白の輝きは果てしなく拡がる。
【山脈の海】は地上を沈めることなく着地し、一時の海の桃源郷を築き上げた。
【聖地】の試練も晴れ渡り、管理者が遠くを視ながら涙を流し微笑むのが見えた。
【金忌の黄金都市】の封印も晴れ、数多の伝説に語られるも伝説の存在でしかない黄金都市の輝きは人に夢を授けた。一方解放者達は金呪も揺らぐこの時間に涙を流し、決意を新たにする。
【神域】で神々は願いを託し託され覚悟を決めた。そして世に力を降ろし始めた。あるものは人の力として、あるものは道具として、あるものは試練として、願いを託す。
誰もが、何もが、祈り、歌い、踊り、特技を披露する。
誰もが、何もが、喜び、悲しみ、思い出し、涙を流す。
それが何の為かは解らない。
それが自分かも解らない。
きっと明日には殆どのことを忘れているだろう。
しかし皆一様に流れに身を任せた。
そして終わりと始まりを迎えた。
~【最高学都 エル・アンミール】~
鐘の音が響き渡る中、天上の庭園、そう呼ぶにふさわしい場所で──いや、それ以上の場所で大勢が話していた。
この庭園を一目見た者ならば、御茶を飲みながらの談笑をするのにこれ以上の場所はない、と断言するだろう。
しかし彼女等がしていたのは談笑と呼ぶには程遠いものだった。報告や命令と事務的なものだ。少なくとも傍から聞いているものがいたらそう感じるだろう。
「では、予定通りにアークは旅立ったのですね?」
「はい、そう連絡が彼の地より届きました。少なくとも彼の地より【最果て】へと降臨したことは確かです」
「我が校内にある“旧き世界樹”の枝に新たな若葉が芽吹いたことを確認しました。恐らく【柱の森】へは突入しているでしょう」
「分かりました。引き続きお願いします」
黒髪の幼女がそう言うと、幾人かがその場から消えた。まるで元から居なかったかのように。
この場には実に様々な存在がいる。如何にも強そうな全身黒甲冑をした戦士、一目で高貴な地位だと解る貴人、十人が見たら少なくとも百人が振り向く美女、その誰もに共通するのはその存在感だ。平凡な世界に生きる者が気絶する程の圧倒的な存在感。
見た者は感じざるを得ないだろう。生きる世界が違い過ぎると。
そんな彼等彼女等の中心にいるのは黒髪の幼女だ。中心と言ってもお誕生日会の中心等という意味ではない。完全なる上位者としてそこに君臨している。
彼女の名はアンミール。知る者は極僅かだがこの庭園がある【アンミール学園】、そして学園がある【最高学都 エル・アンミール】の最上位者であり、この学園そして都市そのものだ。
彼女の種族は“学園精霊アカデミア・ブラウニー”と言い。簡単に言えば学園に宿る“家妖精”の現最上位種と言える。
家妖精達はその宿る家によりその力量が変わる。【最高学都】と呼ばれる都市に宿る彼女の力量は世に生きる者の中では最強、所謂世界最強と言う存在である。
そんな彼女が何を話しているかと言うと、彼女の孫の孫、アークのことについてである。アークの旅立ちを遠くから見守り、アークへの手助け等を考え、実行させているのだ。
彼女は学園精霊という性質上、学園から長時間離れることが難しく、アークの到着とこれからのふれあいを心待ちにしている。
「候補の方はどうなっているのです?」
アンミールは努めて真面目な顔をしようとしながらご機嫌な様子で、次の議題に入った。
たまにふふふと言う声が漏れる。長らく会っていなかったアークと会うのが楽しみでしょうがないのだ。
「数年前より集められる者は既に学園に導いております。導くのが難しいと思われていたものも拐っ……交渉に成功しましたので、目を付けていた者は全員揃っております」
「今物騒なことを言いかけましたね」
「ここに連れられたことは判るようにしたので大きな問題はないかと。また長期休校の際は帰宅させる予定です」
「そう言う問題ではないのですがまあいいです」
アンミールは外見年齢相応の笑みを浮かべていても話している内容は物騒である。
アンミールが物騒だと評した行為も、この場のアンミールを含めた誰もが本気で咎める様子はない。
その実この場に居る全ての存在がそれは正しい行為だと認識している。
そしてそれは傲慢からではない。自分達の為ならば従うのが当然だ、この行為は正しいと決まっている、といった押し付けからではなく、彼等を彼等の望む者に導く自信とその実績、彼等と世界が受ける恩恵から導かれた答えだ。集めなかった時の被害から導かれた答えとも言える。
当然そこに私情も含まれているが……。
「ここには導かない候補達の方は?」
「大罪系スキル等の感情スキルの持ち主は個別に教師を派遣しています。過度に干渉しないように言い聞かせたので上手く育て上げることでしょう」
「異世界人は過干渉しない程度に使い魔を派遣して様子を見ています。候補に成りうると判断した者から随時教師を派遣する予定です」
「一定の土地に居てこそ真価が発揮できる者への教師派遣も滞りありません」
「年齢の都合上学園に導けない者は、その子や弟子を学園へ通わせないかと打診しています。子も弟子も居ない者は作りやすいように支援しています。中には教師にならないかと勧誘した者も居ります」
アンミールが質問すると答えが次々に返って来る。その答えのどれもが彼女の力の一部を表している。
大罪系スキルは大国をも滅ぼしうる可能性を秘めた力だ。この大罪系スキルの所持者を特定し、それを育てる術を知っているということだけでも彼女が違う世界の存在だと判るだろう。
また異世界人は当然だが例外なく強力な力を持った存在だ。彼女は全ての異世界人の居場所を把握している。
そして彼女の学園にも既に幾人もの異世界人が通っている。彼女にとっては異世界人とこの世界の人々に違いはないのだ。
権力に関してもこの会話で彼女の力が判るだろう。
「新たな候補探しの方はどうなのです?」
「派遣教師を各地に潜ませておりますので新たな候補を見つける体制も整っております」
「到達困難な秘境やダンジョンのフロアにも派遣しています。誰かが到達し次第スカウトする予定です」
「素質ある者が見つからなかったスキルや秘宝の一部は各地にばらまいておきました。幾人か候補が生まれるでしょう」
「各地の戦争は使い魔で監視しています。すぐに候補が現れるでしょう」
「各地の異世界召喚の儀を行う動きもほぼ全て掴んでいます。儀式が行われる前から教師を派遣し、見張らせているところです。それぞれの状況に応じて此方に導きます」
「通常の生徒達も順調に育っています。既に幾人か候補へと至った者が居ります」
「分校の設置地域数も順調に増えています。問題はありません」
こうした会話は夜遅くまで続いた。
そしてある瞬間、彼女達の脳裏にとある声が響いた。
《ステータスを総更新します》
《暦を変更、一年を人間の限界寿命を百二十歳として決定し、現在を0年と定義》
《能力値を素の状態で成長した平均的な十五歳の成人男性の能力値を生命力・魔力・体力が百、それ以外は十として決定します》
《スキルの一部名称を変更します》
《道具の等級を変更します》
………
その声を聞きアンミール達は微笑んだ。
「ついに来てくれましたね、アーク」
そしてアンミールは努めて真面目な顔を作ろうとして、結局失敗しながら指示を出す。
「皆さん、迎えに行きますよ」
「「「「「はい!!」」」」」
この日世界は大きな節目を迎えた。この流れが何処へ向かうか誰にも解らない。
流れが変わったことに気付いた者、いや覚えている者は極わずかだろう。
しかしこの日確かに世界は変わり、新たに動き始めた。
《用語解説》
・大災害
常に存在し続けている強大な力を持つ災害。
住んでいる街に近づいて来たら逃げるしかない。巻き込まれたら国であろうと呆気なく滅びるような存在だ。
一度発生したら消えることがほぼ無い為、強大な力を持つ者が現れる度に、封印する試みが行われている。
神々が凄まじい力を持つのに地上に過干渉しない理由の一つは、大災害を抑える為とされる。
とある黄金都市を封印する【大嵐】や、空を満たす浮遊する海の【山脈の海】等がある。
遠くから見る分には美しいので観光旅行先として人気だ。
・大人災
人が起こした大災害。それを起こせる人物に対してもそう呼ぶことが有る。
当然これを起こした者は例外なく物語で語られる為、アークは全て知っている。
大災害と比べて人が起こしたものなので、人が制御しやすい。起こした者に近づいた者が大人災を操れることが有るとか無いとか…。
かつて勇者と魔王の死闘最期を飾った相討ちの余波、【決着の柱】が有名だ。
・金忌の黄金都市
俗に金忌と呼ばれる禁忌に触れ、金呪で全てが黄金と成った大都市。
多くの者が到達を夢に見る黄金郷である。この都市のおかげで数多の者がここを目指し、その過程で数々の英雄が生まれた。
ただ複数の大人災を含めた強大な封印や、“金呪の金龍”と呼ばれる龍が存在する為、到達した者は殆どいない。尤も到達したところでそこが“金忌”の黄金都市だと思い知るだけだろう。
余談だが、世間では何故か生贄が必要な儀式を生贄無しで成功させることができる金貨が、まるで魂が宿っているかのような金貨が、最高額の通貨として出回っている。この金貨の製法は全く解らず再現不可能のようだ。
もう一つ余談だが、黄金都市には人型の黄金像は無い。かつては存在した。また金呪の解放者と呼ばれる存在が歴史の中で度々登場する。
・ステータスの総更新
永い時が流れれば当然世は変わる。その為ステータスの基準の総入れ換えが行われる。
ステータスとは個の絶対評価なので、これはあくまで表示の仕方が変わるだけだ。全てのステータスが同時に変わる。
アークがダンジョン《最果て》の最深部から、【柱の森】から出るのと同時にこの現象が起きたのは、毎回アークの村の住人が伴侶を探す旅に出る度、人々が彼等と釣り合うよう成長させられ世界が大きく動くからである。
いつの間にかステータス総更新の基準にされていたのだ。