第六十八話 自己犠牲あるいは決戦前編
最終話のつもりで書いていたら三話分を超える文量になってしまいました。なので三分割して前中後編にして投稿します。
無理矢理文字数で切ったので、切り方が変かも知れませんがご容赦を。
牛の頭部と人間の胴体を持つ魔神、モレクは炎と黒煙を噴き出しながら、ソドムに迫っていた。
それも四方八方から。
先輩達はその存在にまだ気が付いていない。
それはモレクが気配を消しているからではない。
モレクは隠すどころか邪神に違わぬ禍々しい圧力すら感じる重々しい気配を解き放っている。
それでも気が付かないのは、ソドムが外の気配を遮断する結界を密かに展開しているからだ。
内部は激しすぎる戦闘で殺気や膨大な魔力が漏れ、気配は過大に乱れている。
それにソドムに近付いていてもソドムは都市、先輩達からモレクは遠すぎるし、流石の先輩達も都市全体の気配を探れる程では無い。
殺気が無ければ判っただろうが、殺気渦巻く中ではそれに集中するしか無いのだ。
その為、ただ外の気配を消す結界の存在にも気が付けていない。
遂にモレクが次々とソドムの外壁に接触する。
すると大きな変化が現れた。
破られ続けていた結界が新たに何重にも生成。
生み出されなくなっていたゴモラ兵が新たに軍を率いて出現した。
破壊された街も逆再生するように修復され、多くの武装建築が現れる。
「モレクはソドムの領域を引いて来たみたいだね?」
「はい、ソドム同士の境界が曖昧になっています。それによって処理能力を主戦場となったソドムに与えているようですね」
「ソドム流の市町村合併って事かな?」
「……まあ、そんなところですね」
「……それでいいのか?」
ともあれ、ソドム側の戦力は整った。
これなら困難を協力して乗り越える事で縁を結ぶ、戦闘縁結びが成功するかも知れない。
これは期待出来そうだ。
先輩達が勝てばソドムは滅び、先輩達が負ければダンジョンから強制退場。
どちらにしても、ダンジョン依頼で実りを得る最後のチャンス。
いつも通り、最後まで信じるとしよう。
先輩達は共に乗り越え絆を高めてくれると。
この階層内、全てのソドムが連結すると、戦場ソドムを囲っていた外壁がバラバラになった。
構成する石材に別れ、モレクの通る道を空ける。
そのまま石材は外で再構成。
モレクの後に続いていたゴモラ軍の使用する砦が八つ完成した。
形が整った後も、留まる事なく武装が追加されてゆく。
まともに人力で造ったら幾らコストがかかるか、湯水の様に予算を投入する大戦でも建てられない、予算書を見せられた上層部は卒倒間違い無しの過剰砦だ。
全砲一斉掃射してしまえば砦が後ろに吹き飛んでしまいそうな程の砲門。
眩しい程に隅々まで張り巡らせられた防御術式。
盗賊も軍隊が詰めていて兵装も充実しているのに突撃してしまいそうな、砦外面を覆う高価なミスリル板。
世界滅亡の危機に直面し、人類が一致団結したとしても、ここまでの砦は造れないだろう。
費用面だけでなく技術的コスト、更には材質の希少度が高過ぎる。
ソドムにしか、それもここの莫大な霊脈を持つ連結ソドムにしか出来ない芸当だろう。
もはや戦闘形態では無い。
処刑場だ。
そんな風にソドムが変化を遂げる中、始めに行動を起こしたのはモレクだ。
ソドムの中核を攻撃していた先輩達を止めようと、口から獄炎を照射する。
子供の絶叫と汚い楽器の音が入り混じったような悍しい咆哮と共に解き放たれる、太いレーザーのような真っ直ぐなブレス。
煤けつつも眩しい程の熱量が込められた熔銅色の炎は、触れてもいない進路下を融かしながら、一直線に先輩達の元に進む。
「“空間断壁”!」
最も速く対処出来たのはアバウルス先輩。
先輩達全員を包み込める空間の壁を作り出した。
空間属性の攻撃で無いとまず破れない空間の結界。
それも大規模。
固有スキル〈領域魔法〉を持っているとは言え、凄いと称賛するしか無い。
だが、そんな結界は僅かな抵抗に成功しただけで、簡単に崩壊した。
全方向から照射されるモレクのブレスは強力過ぎた。
ゴーレムのような存在ではあるが、紛れも無くモレクは魔神。
神代の世界を創り変える力を持つモレクの前では、空間の壁を造ろうとも無力だった。
しかし無駄と言う訳でも無かった。
僅かに稼がれた時間で、次の手段を用意していた。
「“音止飛連斬”!」
音速を超え、かつ連続で飛ばされる無数の斬撃。
ただの斬撃では無くソニックブームまで放ち、黒き炎を纏っている。
そんな斬撃はブレスに砕かれたが、ほんの一瞬、その進行を止めた。
いつの間にか聖剣を二本に増やしたシュナイゼル先輩による、ブレスをスルトの炎を纏った斬撃で狙撃だ。
万物を燃やし、法則をも捻じ曲げる終焉の炎は、邪神の暴威の威力も確かに削いでいる。
しかしブレスを防げた訳でも無い。
あくまでも勢いを削いだだけ。
未だに十分、辺り一面を消失させる力を有している。
「“鉄氷壁”!」
「“荊棘迷宮”!」
「“斥力シールド”!」
再び稼がれた時間で、先輩達は防壁を生み出した。
メービス先輩は氷の壁。
メルダ先輩は荊棘の壁。
テオ先輩は斥力の壁。
が、これも威力を削ぎ落とすだけ。
一番長い抵抗をみせたが、結局は散りとなって消える。
まだ街を一直線に貫通する威力は健在だ。
でも、時間稼ぎは成功した。
「“拒絶”!!」
何やら瞑想していたマサフミ先輩がボッチ空間を展開する。
勿論、その守りの中には他の人達。
拒絶され外に追いやられる事は無い。
瞑想はこの受け入れの為。
防御力と発動条件に瞑想は必要ない。
結構な無駄時間を用いて発動されたマサフミ先輩の空洞領域だが、その防御力は絶大。
破壊こそされるも、その展開速度の方が上回っており、何層破壊されようともモレクのブレスを先に進ませる事は無い。
寧ろ急速展開でブレスを後退させている。
そして遂にはモレクのブレスを防ぎきった。
モレクの口は自身のブレスの熱量で融解寸前。
冷却再生まではおよそ数分。
たかが数分だが、先輩達にとっての数分は大きい。
一瞬にして先輩達は攻勢に移る。
しかし見通しが甘かった。
モレクの後ろに控えていた軍勢が集団武技や儀式魔法を発動する。
「「「“エリコの角笛”!!!!」」」
ソドムの七方から角笛の音が響く。
その音が消える前にまた七つの角笛の響き。
それがソドムを一周するように六回繰り返され、七回目は全ての角笛が鳴らされた。
するとソドムの外周は粉塵に砕かれてゆく。
音の壁、物体は形を保つ事すら許されない無の境界。
それがソドムの中心へと進み続ける。
有名なエリコの神話を再現した集団武技だ。
先輩達はそんな攻撃を発動前に止める事が出来なかった。
大規模な武技、儀式魔法などは強力だが、発動にはその規模と一体化が必要である。
結界の内部などで発動されたのなら兎も角、外で発動されそうならば少し邪魔をするだけで発動を食い止める事ができる。
特に“エリコの角笛”の発動条件は判りやすい。
例え遠方で発動されても音を聞けば判るし、効果範囲自体も角笛が聞こえる範囲であるから必ず気付く事が出来る。
一度目の角笛が吹かれた時点で止めに動く事ができる筈だ。
しかし止める事は出来なかった。
更に後方のゴモラが別の集団武技や儀式魔法を先に発動したからだ。
モレクのブレスに隠され、直後の角笛に注意を引かれ、全く気が付けていなかった。
それを対処する内に“エリコの角笛”は完成。
幸いな事に音の壁は外の攻撃までも粉砕し、先輩達は音の壁の相手をするだけで良いが、果たして対処出来るかどうか。
一応、“エリコの角笛”には正しい対処法がある。
概念を元にすれば利点以外にも弱点を引き継ぐからだ。
有名な概念を使った強力な力に対抗する力は存在している。
しかし“エリコの角笛”の対処法は発動し難いものだ。
知っていても使うか、いや、使えるかどうか。
「「「“ラハブ”!!」」」
「ブヘッ!?」
…………容赦なく使った。
「だわぁッッ!!!? あばばばばばっっ!!!!!?」
赤い紐で首を締められたイタル先輩による肉壁……。
見事に音の壁を受け止めている……。
このとんでも無い行為、これこそが対“エリコの角笛”特攻儀式“ラハブ”だ。
裏切りの娼婦にして聖人ラハブの名を冠するこの術は、仲間を裏切り犠牲とする事で対エリコの角笛において命拾い出来る術だ。
しかもこれは誰か一人による凶行と言う訳では無い。
風紀委員と女子の先輩総出でイタル先輩を取り押さえ、首を締めている。
そして何だかんだで“エリコの角笛”は防ぎきられた。
「ヤンデ…レ……ハァハァ」
いつも通り、これだけの攻撃に加え凶行を受けても流血一つ無いイタル先輩。
寧ろ何故か元気にビクンビクン痙攣している。
何でもヤンデレで済ましてしまうらしい。
流石と言う他ない…………。
まあ何にしろ、本当に先輩達は攻勢に出た。
先輩達は一気に駆ける。
あまりの踏み込みに空気の破れる音が轟く。
そして各々、モレクよりも先にゴモラの軍勢を攻撃する。
いつの間にか参戦していた先輩達も合わせ、猛攻撃を繰り出す。
駆ける勢いをそのままに、ゴモラの軍勢を一直線に素手で切り裂いてゆくセルガ先輩。
一挙手一投足、全ての行為が斬撃を帯びている。
しかも相当鋭い。
引っ掻くような仕草で、防御の武技を発動した重装のゴモラを一部隊、六枚おろしにしている。
斬れ味を上げる武技を発動している剣すらも、セルガ先輩の素手でバラバラだ。
メスも刀も通用しないその強靭さで攻撃を浴びようとも一方的に切伏せてゆく。
片面赤のドミノを倒したかのように、ゴモラの軍勢は真っ赤に染まってゆく。
特段魔力を込めて鋳造された精鋭ゴモラ、一体一体がそこらの近衛騎士、最低でもC級冒険者並のゴモラなのに抵抗らしい抵抗が出来ていない。
「ま、待ってくれ! 病気の娘がはぁっ!?」
「お、俺が死んだら老いた母が! だはっ!?」
「無理矢理連れて来られたんだ! 仕方無かったんだ! グバッ!?」
「命だけは!? もうすぐ子供が生まれるんだ! ギィアッ!?」
「帰ったら、結婚するんだ!? だから! ブハッ!!」
せめて一矢報いようと精神攻撃を仕掛けるも、こちらも意味がないようだ。
反対に、裸体美術部の先輩達は相手がゴモラで嘘を並べているのを知っているにも関わらず、殺意を高めている程だ。
「戦争前に婚約ってか!? テンプレ中のテンプレじゃねぇか!? クソ野郎共がぁ!?」
「戦争してんのに、更に喧嘩売って来んじゃねぇよ!!」
「喧嘩の爆買いじぁゴラァ!?」
「“リア充、爆発しろぉーーー”!!」
裸体美術部の先輩達が多かった方面は、瞬く間に他の星の地表であるかのような酷い有様になった。
明らかなオーバーキルだ。
威力の過半分以上が地形破壊に回っている。
物理破壊だけでなく、モレクの繋いだ魔力リンクも粉々。
他の先輩達もゴモラの軍勢が儀式魔法や集団武技が発動出来ない規模にまで殲滅している。
全滅では無いが、地形もぐちゃぐちゃで集中出来る場所が無い。窪みや隆起、炎や溶岩の規模が激しく、合流する事すら難しい。
数が減り気配も割り出し易くもなっており、数が集まってきても即座に殲滅されるのがオチ。
先輩達ならもうこの段階でゴモラは脅威にならない。
その戦闘能力は凄まじいと言う他ない。
全員が近衛騎士級の地を覆い尽くす万の軍勢。
こんな軍勢に攻められれば大抵の国は即座に滅亡する。
例えA級冒険者、いやS級冒険者レベルの強者であったとしても、この軍勢に対抗するのは困難を極めるだろう。
それ以上のランクが無いからS級冒険者に留まっているレベルの超人の中の超人、勇者と言った救世レベルの強者で無ければ個人では対抗出来ない。
依頼の達成率、貢献度などから冒険者の等級は上がるので確かな基準では無いが、一つ上のランクに上がるには、位置するランクの標準的なパーティーの実力を一人で超える必要があると言う。
S級冒険者になるには、全員がA級冒険者で組まれたパーティーと同等以上の力を一人で示さなければならない。
それはパーティーの人数倍の力を示すと言う事ではない、アタッカー、タンク、ヒーラー、メイジ、アサシンと言った隙の無い補完し合う戦士達と同等の力を示すと言う事である。
一つ上の等級になるだけで相当違う実力を持つ。
その分の活躍を示すには、これも確かな基準では無いが標準的な下のランクの冒険者十人分以上の力が必要とされる。
しかしこれを逆に言えば、S級冒険者とはA級冒険者十人分の強さを持つ冒険者であり、C級冒険者千人分の強さを持つと言い換える事が出来る。
つまりS級冒険者だってC級冒険者が千人束になれば苦戦を免れない。
圧倒的な実力差で最初の内は簡単に各個撃破してゆくだろうが、途中で魔力や体力が尽きる事になるだろう。
武技に生命力を大量に消費してしまえば、それだけで敗北に直結する。
大規模な技なら一気に倒せもするだろうが、大規模な技は大規模に複数人で防ぐことが出来る。
結界を何重にも重ねる。それだけで突破は難しい。
少なくとも瞬く間に倒すと言うのは無理だろう。
だが、何だかんだでおそらく千倍の実力差が有れば負けはしない。
どの場合もS級冒険者が勝利するだろう。
実力差があれば多少連携されても各個撃破が出来る。そうなれば戦力は低下する一方。
C級一人とD級十人では十人が勝ちそうではあるが、ある程度高度な戦いにおいて量と質では質に軍配が上がる。
しかし、万のC級冒険者が相手では流石のS級冒険者でも呑まれるだけだ。
しかもただ数が多いのでは無く、ゴモラはソドムの一部、その連携は一つの生物と言えるレベルだ。
S級冒険者が十人いても敗れる可能性が高いだろう。
そもそも、ソドムやゴモラの発動した神話級の儀式魔法を使われたらS級冒険者と言えど、何人いても肉壁にもならない。
そんな軍勢を相手に無双すふ先輩達、強過ぎる。
特に裸体美術部の先輩達と風紀委員の先輩達は凄まじい。
元々殲滅系能力の先輩達が多いと言うのもあるが、それでも間違い無く英雄の域にある。
しかもただ強いのでは無くそれぞれ個性がある。
量産品では無い。
彼らだからこそ手に出来た力。
まさしく彼らしか成せない道の輝き。
何としてでも欲しい人材だ。
是非とも縁結びを成功させたい。
「うーん、悩ましいね、コアさん?」
「何がですか?」
「戦闘縁結びを確かなものにするにはもっと追い込まなけゃいけないけど、中々良い戦いをしているから。乗り越えるのも大切だけど、脅威を打払う姿も英雄譚みたいで捨て難いと思うんだよね?」
「それでしたら私も同じ気持ちです。はらはらする戦い振りも良いですが、憧憬を与える強き背中も素晴らしいものがあります。特にこの戦闘は演劇ではなく実戦、はらはらする戦闘に変えてしまうと心臓に悪いですし、実益を考えなければこのまま視ていたいものです」
「ちょうど中間の脅威を用意出来たらそれが一番良いんだろうけど、その加減は判らないしね?」
素晴らしいと思うからこその弊害だ。
先輩達の強さを視て、心を動かされているのに、その先輩達の縁を結ぶ為に、その強さを追い込み相対的にその強さを陰らせるのは如何なものかと思えてくる。
好き嫌いを判断基準とすれば今のまま、縁結びと言う実益から考えれば追い込みが正しい。
理想と現実の板挟みとはこれの事?
「まあ、残る主戦力にモレクがいるので何とかなるのでは? 元々モレクは魔物どころか邪神の類い、それこそS級冒険者でもまず勝てません。選ばれし勇者であろうとも、かなり怪しいところでしょう。
ソドムにしても神話の名を冠するその名に恥じない退廃都市です。繋げられたラインは乱れましたが、乱れていない箇所からならゴモラは幾らでも補充出来ます。幾ら倒しても時間が稼げるだけで、時間が経てば無意味。
勝利を収めるにはゴモラ、そしてモレクの召喚元であるソドムを滅ぼすしかありません。魔王を倒した勇者が束になっても攻略は難しいものがあります。割とちょうど良い難易度なのでは?」
「それもそうだね。モレクなんかいっぱい居るから邪神って事を忘れていたよ。これは戦闘縁結びが成功するかもね。これだけの脅威なら一致団結して絆を深める筈」
「さっきは強大な脅威に対し、イタルを犠牲にして乗り越えていたがな」
「「…………」」
まあ大丈夫だ!
あれはたまたま正攻法の発動条件が悪かっただけ。
そうに違いない!
普段対立している裸体美術部と風紀委員も、こんな時は協力する筈だ。
多分……。
モレクの冷却は終わった。
完全に再生している。
そんなモレクが始めに行ったのはゴモラの吸引だ。
死体も生者も関係なく、その七つの炉の中に吸い込んでゆく。
そして一気にエネルギーが増産された。
炉から漏れる魔力の余波だけで、モレクの力に周囲が侵食され、支配下に置かれてゆく。
そこは正しく地獄だ。
地獄の業火が乱れ狂うゴモラの絶対領域。
近付く事も困難だ。
そんなモレクへ向かい、先輩達は怯む事なく突撃する。
勇者なソルセン先輩は、闇医者ゴモラから奪った刀一つでゴモラに挑む。
その身は血だらけ。
臓器売買した直後に戦闘に参加したからだ。戦闘では一切傷付いていない。
「“光明開通”!」
モレクに向かい聖属性の一振り。
光の剣が、モレクの獄炎領域を左右に切り拓き、留まる事を知らない光の刃がそのままモレクに伸びる。
しかしモレクはその手に顕現させた炎の斧杖で弾き返す。
光の刃は消し去られ、燃え盛る衝撃波がソルセン先輩を襲う。
「“聖刃”、ふんっ!」
それを聖なる力を付与した刀で消し去り、一直線、モレクに向かい駆け抜ける。
聖刃の輝きが黒煙を照らす。
まともな装備は一つとしてないが、その姿は真に勇者。
左右から槍に収束して襲いかかる獄炎を打払いながら、一直線に突き進む。
そして聖刃でモレクの足を斬りつける。
が、弾かれた。
モレクの外見は銅像だが、その構成物質はオリハルコン並に高められていると考えた方がいい。
最硬と評されるアダマンタイト以上の硬さだ。
聖刃が宿っていても、そう斬り裂けるものでは無い。
傷を付ける事すら相当に困難を極めるだろう。
ただ斬るのでは駄目だ。強化によってなされる硬さであるから、術式や魔力ごと斬る必要がある。
そうで無ければ、オリハルコンやアダマンタイトで造られた聖剣でも無ければ話にならない。
拾った刀では望み薄だ。
ソルセン先輩は諦めず何度も駆け巡りながら斬りつける事で、術ごと斬るのが有効だと気が付き、実践している。
戦いの中で弱点を見つけ出す。
流石は勇者だ。
しかしモレクの足に付けられたのは薄い傷。
新たな斬撃を加える直後にも、傷は薄くなり再生してしまっている。
何度も火花を散らし、モレクの足元がまるで線香花火であるかの様になっているが、有効打は与えられていない。
モレクは炎の斧杖で地面を突く。
すると直撃はしていないものの、ソルセン先輩は大きく吹き飛ばされた。
途中で燃え盛る衝撃波を斬り裂いて止まるも、開いた距離は大きく、再びモレク目指して駆け出した。
駆けながら刀を背中の方まで引きチャージ。
「“ブレイブソード”!!」
辺り一体を白く染める光を放ちながら大きく一閃。
モレクの胸に大きな傷が一直線に刻まれた。
血の代わりに内部の炉から熔けた金属のような液体がゴボゴボと溢れ落ちる。
が、まだ致命傷でも無い。
傷は溢れる液体が固まり、すぐに塞がった。
そして、ソルセン先輩の刀は砕け散る。
拾いものの限界だ。聖剣で無ければ歴史に残る名剣でも勇者の力を受け止め難い。
ソルセン先輩もダメージは受けてはいないが結構なピンチ。
確かに更なる脅威を送り込む必要は無いかもしれない。
モレクは特殊能力も無ければ特殊な弱点も無く、単純に強い存在。
正面から倒さなければならない存在だ。
流石のモレク相手には他の先輩達も苦戦している。
だからと言って圧倒もされていない。
結果として、追い込みとしては個人で乗り越えられる程度で少し弱い気もするが、良い戦いをしている。
縁結びが成功しなくとも、先輩達は成長するだろう。
それはそれで良い結果と思える戦い振りをしている。仮に倒せなくともこの戦闘経験は実りとなるだろう。
そして視応えがある。
例えば高そうに見える壺を大切そうに抱えながら戦うゲノン先輩。
ゴモラに騙され買わされた、何か効果が有りそうな造形の壺を持っている部分は余計だが、その戦闘はその欠点を帳消しにするものだ。
割れやすい安物の何の効果も無い壺を壊さないままに、猛攻を繰り広げている。
事前発動し、待機させている魔術を適宜撃ち、攻撃かつ獄炎を払いながら雷を付与した大剣で斬りかかる。
「“フェン”、“クイックサンド”!」
更に斬りかかる寸前に地下水をモレクの下に引き込み、その地下水を急激に地盤に浸透させ流砂に変える。
それによって重いモレクは底なし沼に沈み込んだ。
モレクは頭部を残すのみで、ほぼ落ちる様に沈む。
「“風神雷神”!」
ゲノン先輩はそんなモレクの頭部に向かい風を纏い超加速。
電気では無く正しく雷を纏った剣を振り下ろす。
閃光が駆け巡り、遅れて地面を揺らす轟音が轟いた。
また少し遅れて大爆発。
沼の水分が一瞬で蒸発したようで、大きなクレーターが出来ていた。
その中心のモレクは真っ赤に赤熱。
そして頭部は真っ二つ。
炉の炎がそこから激しく漏れ出ていた。
それだけで無く、あちらこちらに亀裂が入りそこからも炎。
膨大な自らのエネルギーを抑えきれないのか、そのエネルギーが仇となり亀裂は増え、炉の炎が消えた。
代わりに光の粒子が亀裂から舞昇る。モレクの燃やしていた生命エネルギーだ。
全てのエネルギーが抜けると、モレクから色が抜け落ち、灰となって崩れ落ちた。
モレクの消滅だ。
ゲノン先輩は勝利を収めた。
ところどころ獄炎に曝され火傷しているが、何故か壺は無傷。
まさかの壺まで守っての完全勝利。
しかし圧勝と言う訳でもない。
ゲノン先輩の全力を持っての結果だ。
“風神雷神”に関しては名前通りに神属性の力まで用いるようで、深刻でも無いがかなり消耗している。
もう一体なら倒せるだろうが、その次は怪しい。
それでいてモレクはまだ存在する。
等分に相手するならば、一人五体は倒さなければならない。
だが、等分に相手する事にはならないだろう。
それぞれ強者だが実力は違う。
戦闘スタイルは時と共に変わってゆく筈だ。
そしてそんな中で協力し乗り越える場面も出てくる筈。
視応えもあり、可能性もある。
思った以上に豊穣な展開だ。
《用語解説》
・エリコの角笛
戦略級儀式魔法。神話再現の儀式魔法で、強固な城壁を持つ要塞都市も一撃で粉砕する。
発動条件は神話の再現。高位の司祭七人が角笛を持ち、高位の神器を媒体に、六日間標的とする都市の周りを一回ずつ、七日目に七回周る事で発動出来る。
有名かつ判りやすい儀式なので、正攻法での発動は難しい。この儀式魔法への対処法も、儀式を妨害する事である。その為、成功例はかなり少ない。
そもそも狙われ続け七日間も儀式を続けられる戦力があるのなら、この儀式魔法は必要ない。それだけの戦力があれば使わなくとも都市を陥落させられる。高位の司祭を危険に晒す必要は皆無である。
このような発動の難しさから、この儀式魔法を使用する場合は略式の儀式により発動する。
略式で発動させるには、角笛を高位の神器に変える、発動媒体となる神器の位階を上げるなど色々あり、最も簡単なのはより高位な司祭が儀式を行う事。司祭の実力により発動難易度は大きく変わる。
そしてこの儀式魔法に限らず多くの儀式魔法に言える事だが、贄を用いて代償儀式魔法として発動する事で儀式に要する時間は大幅に減少する。
特に高位の司祭が身を捧げれば即座に発動出来る。
尚、時間だけでなく、他の部分も省略しようとすると、更に必要なものが増えてゆく。
対都市以外で発動する場合もそれに引っかかり、発動難易度は上がってゆく。
時間を省略し、場所まで変更すると発動は現実的ではない。他の儀式魔法を用いて方が効率がいい。
その為、対都市に用いられる儀式魔法である。
・ラハブ
対エリコの角笛防御儀式魔法。
娼婦にして聖人とされるラハブと同じ行動、仲間を裏切り犠牲とする事で、エリコの角笛に対して助命が許される強制代償儀式魔法。
儀式の媒体、裏切りの証として赤い紐を用いる。別に首を締めるの用いる必要は無い。発動者が赤い紐を持ち、仲間を生贄として傷付け、自分よりも先に生贄をエリコの角笛に接触させればいい。
防御と言っても回避に近く、エリコの角笛を自身の周りから遠ざける事によりエリコの角笛を防ぐ。
《出張モブ紹介簡易版》
・ゲノン
彼が主人公の物語に題名を付けるのならば、【再興神話〜最後の加護は新たな神話を綴る〜】である。
“フェン”は〈地属性魔術〉や〈水属性魔術〉による魔術。両方使えた方が効果が高く、発動速度も速い。ゲノンは両方を用いて発動した。
地面を沼化させる魔術。土に水を引き寄せる操作系魔術。土と水をどれ程浸透させられるかは術者によって違う為、ただの泥濘や水溜り程度しか作れない術者も多い。発動自体は実在物操作さえ出来れば比較的簡単だが、使いこなせる者は少ない。特に二つの魔法属性を持っていないと、多くの場合中途半端になる。
“クイックサンド”は〈地属性魔術〉や〈水属性魔術〉による魔術。両方使えた方が効果が高く、発動速度も速い。ゲノンは両方を用いて発動した。
沼を流砂、底なし沼に変える魔術。当然、その難易度は対象にする沼によって難易度は変わる。地面に水を均等に行き渡らせる性質の魔術で、他所から水を引き寄せる力は弱い。反対にフェンは他所から水を引き寄せる性質が強い為、フェンの後に使用するのが最も効果的である。
“風神雷神”はゲノンのオリジナル。同名の技は数多くあれど、これは加護と〈神属性魔法〉により発動されたある意味本物。
風神と雷神の力をその身に纏う。神属性に加え、風と磁気の反発で高速移動が可能になり、風の助けで強大な雷を生み出せる。
・ソルセン
彼が主人公の物語に名前を付けるなら【惨殺勇者は勇者である】である。
“光明開通”は勇者による武技。一応スキル的には〈剣術〉〈光属性魔術〉〈聖属性魔術〉。
道を切り開く技。聖なる光を剣に宿し、拡大し霧散する飛ぶ光の斬撃を放つ。距離が伸びるほど威力は落ちるが攻撃範囲は広くなる。敵を倒す事よりも駆け抜ける道を作ることが目的な技。
“聖刃”は勇者による武技。一応スキル的には〈剣術〉〈光属性魔術〉〈聖属性魔術〉。聖剣がなくては使えない。
聖剣に聖なる刃を宿させる。聖剣を使えるだけの段階ではなく、聖剣を使いこなせる段階、聖剣が勇者のおまけになった段階で初めて使える。勇者によって威力は違うが、魔力強化されていないミスリル程度なら普通に斬れる。
“ブレイブソード”は勇者による武技。一応スキル的には〈剣術〉〈光属性魔術〉〈聖属性魔術〉。一応、聖剣が無くても使えるが、十中八九使用直後に剣は崩壊する。
勇者の必殺技の一つ。聖なる力をチャージした聖剣の振り下ろし。ドラゴンを斬った余波でドラゴンの後ろにあった山まで斬るような必殺技。三人目の魔王四天王討伐時くらいで使えるようになるくらいの難易度。一般的な勇者は新技に目覚めるのではなく、この技を鍛えて魔王を討つ。因みに、ソルセンは新技に目覚めている一般的な勇者よりも強大な勇者である。
・メルダ
彼女が主人公の物語に題名を付けるのならば、【無能と呼ばれた私は大魔術師〜うっかりやり過ぎる事が多いので、無能の肩書には大変お世話になっています〜】である。
“荊棘迷宮”は茨を急成長させ迷宮を生み出す魔法。魔術ではなく魔法である。一応、スキル的には〈木属性魔術〉でも使える。メルダは莫大な魔力で強引に発動した。メルダのスキル的には〈具現化魔法〉〈無属性魔法〉や〈魔力操作〉。
この茨は概念を具現化させた茨なので、種などが無くとも発動出来る。また再生力も備わっており、強引な突破は困難。茨だが壁として利用出来る。強大な術者のものは古代の遺物として遺っているものまである。尚、この魔法を発動出来る者はかなり少ない。適性が整っていて更に莫大な魔力が必要となる。
・テオ
彼が主人公の物語に題名をつけるならば、【平凡な程主人公】である。
“斥力シールド”はテオの種族特有の技。生体兵器内蔵シールド。
消費する魔力が大きくなる程強くなる斥力の壁を展開する。生体内蔵なので瞬間展開が可能。
・メービス
彼女が主人公の物語に題名をつけるならば、【魔女の魔女刈り〜異端者による異端審問は大虐殺〜】である。
“鉄氷壁”は〈氷属性魔術〉の魔術。
鋼鉄の硬度に匹敵する氷の壁を生み出す。推奨スキルレベルは5以上。その域にさえいれば使用できる者は比較的多い。
・アバウルス
彼が主人公の物語に題名をつけるならば、【抑止力は民間人になる〜広域魔法しか使えませんが、冒険者になろうと思います〜】である。
“空間断壁”は〈空間属性魔術〉の魔術。
空間の壁を展開する。〈空間属性魔術〉さえ有れば使用できるが、壁の維持出来る時間は術者の力量に依る。仕組み的には空間の断絶を生み出す魔術では無く、支えている間だけ、空間の断絶を作る魔術である。
・シュナイゼル
彼が主人公の物語に題名をつけるならば、【人類を守る契約は、彼が動かない事で成される】である。
“音止飛連斬”は〈剣術〉の武技。
音速を超え飛ぶ斬撃を高速で無数に放つ。剣の腕だけでなく腕の強度と剣の強度が必要な上級武技。一発だけの“音止飛斬”でも使い手は少ない。
《出張準レギュラー紹介簡易版》
・マサフミ=オオタ
彼が主人公の物語に題名をつけるならば、【孤高の世界最強~ボッチすぎて【世界最強】(称号だけ)を手に入れた俺は余計ボッチを極める~】である。
“拒絶”はギフト〈空洞〉による力。
あらゆる現象をボッチ力で拒絶する。強大な攻撃を防ぐより、中に仲間を入れる方が難しい何とも言えない技。マサフミは泣いて良い。
最後までお読み頂き、ありがとうございます。
次話は【第六十九話 砦戦あるいは決戦中編】です。本文は完成していますが用語解説がまだなのでもう少しかかりますが、数日中に投稿予定です。後編は更にもう少しかかります。
また、ハロウィン投稿として【孤高の世界最強~ボッチすぎて【世界最強】(称号だけ)を手に入れた俺は余計ボッチを極める~】を投稿しました。ハロウィン中に三話投稿の予定です。ユートピアの記憶、もしくは下記から飛べます。
https://ncode.syosetu.com/n9389fq/
ついでにモブ紹介の簡易版出ないものは同様にユートピアの記憶、もしくは下記から飛べます。
https://ncode.syosetu.com/n0973er/




