第五十九話 ヌードモデルあるいは羞恥心
僕達は取り零しの無い理解を出来る限りすると決めた。
「で、深くヌードモデルの試練度を考えるとして、何から考える?」
しかし元々答えが出せないから一度切り上げかけたのだ。
やろうと方針を決めたところで、どこから考察していいのかが解らない。
「そうだな」
「そうですね」
コアさんとゼンに意見を求めるも、更に考えた方が良いと言った癖に、他人事であるかのようにトロピカルジュースを啜っている。
こんな光景を見ると、怒るよりも先に僕のやる気も失せてくる。
理解を深めるのはした方が良い事だが、今絶対にやるべき事でも無い。
知る事は何時だって出来る。
知ろうとしていれば全てが学びだ。急がなくとも自ずと答えも解ってくるだろう。
特に今回の場合は、論理的に解らなくとも、接していれば時間と共に理解出来る類のものである。
接すると言う部分に関門があるが、まあ視守る事でもある程度は解ってくるだろう。
そして人とは積み重ねて進み行くもの。
どう在っても通った道が消える事は無い。
変わるのは今在る場所だけ。
それ故に、結果はただ一人の君になるのだ。
僕達はただ結果を求めているのでは無い。魔王殺しを求めているだけであるのなら、全ての人を魔王殺しに出来る。ただ世界一の記録を取らせる事も簡単だ。
なんなら僕達がやってしまえば結果は得られる。
だからそこには興味が無い。
進んだ末にそこに辿り着くから、僕達は人を求めている。
僕達はそこに居る人では無く、進める人が欲しいのだ。
過去の評価は何処までも受け継がれる。
僕達はそう人を視る。
つまり、やらなくて困る事でも無い。
何時でも見方さえ解れば取り零す事は無いのだから。
「じゃあ、やっぱり植物の話に―――」
「まずはヌードモデルにおける男女差についてだが」
「羞恥心を引き起こす注目度、これにおける男女差はどの文化に感性があったとしてもある程度は同一に考える事が出来る筈です」
僕が植物の話に戻ろうとすると、途端に真面目に考え始める二人。
トロピカルジュースをテーブルに置き、椅子から立ち上がり、わざとらしく伊達眼鏡までして考察を始めている。
その声音は深く固く、その眼差しは暗く鋭い。
一体どう言う風の吹き回しか聞ける雰囲気じゃない。
寧ろ聞けないように演出しているのでは無いかと言いたいくらいに、言葉を挟めない雰囲気だ。
まあ、何にしろ真剣に考えると言う事だろう。
残念ながら植物の話はできそうに無い。
「どの世界も戦が付き物だからか、文明度の低い世界では男尊女卑の傾向が強い。
ジョブやスキルがあるからと言って、身重になる女は男に守られる。生物としても子孫を遺すと言う優先度は高い。身重になった妻を夫は自分の身を犠牲にしてでも守り抜くだろう。
そして命までかけて自分達を守ろうとする男を、女は蔑ろにしたりはしない。そうしていつ死ぬか分からない男を女は出来る限り支えようと尽くし、それを何代も行う事で男尊女卑の傾向は生まれる。
つまり人同士の戦争が無くとも魔物の脅威に晒される世界では、男尊女卑である事が多いだろう」
「逆に平和な世界であれば、より死の危険にさらされるのは出産をする女の方でしょう。この場合は男の方は女の方を蔑ろにする筈が無く、何代も続けば女尊男卑の傾向が強くなるでしょう。
しかし魔物の居ない世界は少なく、脅威を退けたとしてもそこまでの過程で医療技術は発達する筈です。医療技術の発達した世界では、妊娠した方の命の危険性が文化を一転させる程には認識されないでしょう。そして統計的には男の方の方が寿命が短い。どことなく生活習慣による自業自得な気もしますが、認識としてはストレスなどでも死の危険を伴う仕事として認識されるでしょう。よって男尊女卑の傾向が多くの世界で残ります。
それこそ女尊男卑は、極限られた平和な世界か、反対に激しい戦により男の方の数が激減し、女の方の役割が戦いにもみられるようになった世界くらいでしょう。
多くの物事の根底に、男尊女卑の思想が見え隠れしていると考えられます」
僕が植物の話をする隙きなど一片も残さず、話が進む。
これはもう植物の話をするのは無理そうだ。
諦めて僕も真面目に考えよう。
男尊女卑について語っているが、恐らく最も不変的な部分は二人の言うように、自分達の為に命の危険を伴う行動をするかどうかだろう。
必ず人に始まりがある以上、何事もなく文化と呼べる程に定まった生活様式や価値観は生まれない。
何処かに理由がある筈だが、男尊女卑が多い結果を顧みてどこからでも辿り着く根本的なものは二人の言うようにそれである可能性が高いだろう。
少なくとも人である以上、自分達を守る為にいつ死ぬか判らない人を蔑ろにする人は居ない。出来る限りの事をしようと考える筈だ。
それこそ神にも縋って無事を祈る。
祈る行為は最終手段。祈る事は簡単だが、本気で祈る人は出来る限りの事をする。それ以上に出来る事が無いから祈るのだ。
歴史的にもある程度それで説明がつく。
古代は卑弥呼に代表されるように、女尊男卑の傾向が強かったとされる。女神信仰や巫女が各地に残る。
これは古代の平和な世において、出産が死に直結するほど危険を伴ったからだと考えられる。恐らくこれら時代においては狩猟を含めた戦いよりもそれが身近な死であっただろう。
誰もが、大切な人に死が見えていれば万全を尽くす。
少しでも良い物を食べさせ体力を付けさせ、神にも祈って装飾を整え贈り、その言葉を最期かも知れないと捉え一言一句聞き逃さない。
子供達にも言い聞かす。大切にしなさいと、敬いなさいと、言う事を聞きなさいと。
恐らく男女差別の生まれた始まりはそんなものだろう。
何代も続けば誰も疑わない慣習となる。
少なくとも、人がどの時代文明文化にどう在っても変わらないのはその思い遣りだ。
人類全体を余す事なく思い遣れる聖人は実在を疑う程なかなか現れないが、大切な人を思い遣れない人は存在しない。
例え世界中に侵略戦争を仕掛ける覇王だろうが、人々を出来るだけ苦しめ虐殺しようとする復習者だろうが、全ての命を妬み恨み自らの仲間にしようとする不死者の王であろうが、大切なものには思い遣りを持つ。
大切な者が見つからない人もいるだろうが、大切な人を捨てるものはどこにも存在しない。
裏返せば人の最低条件とも言える。
つまりは不変の絶対条件だ。どう在っても人が人である以上はこの思い遣りを持っている。
だからこそコアさん達の推測は正しいと思える。
その瞬間だけだったとしても、死に近い者はその輪の中で最も優先され中心となる。ここまで正しいと言うよりもそうで無ければなら無い。人が人である限り。
それにしても美しい面から醜い面を作り出すとは。
何とも言えない気持ちになる。
どちらの方向にしろ論理的な理由も無く差別をする人はせめて、過去に慣習になる程積み重ねられた思い遣りを超える思い遣りを持って欲しいものだ。そうで無くては割に合わない。
まあ、魔物の存在する世界では戦闘に向く男の人の方が死に近いのも事実。
ならば自然と男尊女卑の傾向は、進んだ文明においても物事に見え隠れしている筈だ。
男女の差は、ある程度まではどの世界でも同一に考える事が出来る。
二人が言いたいのはそんな事だろう。
「男尊女卑の傾向が文化の前提にあったとして、主導的な立場になるのは男だ。結果として性関連の文化の対象は男だ。そして女が対象のものは男が中心であるために生じ難い。自分から離れないように極力排除するだろう」
「そうして男の方は女の方が自分にしか目を向けないように仕向けるでしょう。それらが慣習化すれば女の方は堂々と他に性的な目を向けなくなる。そもそも対象の物としては存在せず、目を向けない事が当たり前となるのですから」
つまり重点をまとめると、女の人は文化的に滅多に堂々といやらしい目を向けないと言う事だろう。
確かに男の人を誘惑する夜のお姉さんでも、格好いい人に対してキャーキャー言う人でも、目の前に対象となる人自体が居なければそれらと同じようにいやらしい目を向けない気がする。
例えば男の人は女の人の写真を見て胸がどうこうの話をすぐに、しかも女の人が近くに居るときでもしたりするが、女の人がこのモッコリ加減が堪らないと言う人は視た事が無い気がする。
そしてここで二人が言いたいのは、きっとこう言う事だ。
「だったら男の人のフルヌードが出回ったとして、普通なら注目して見る側の女の人の数は少数。事実がどうあれ衆人の前では性的な目を堂々と向けないから、ヌードモデルとなった男の人の認識としては、モデルになったところでそんなに見られる事は無い、つまりは恥ずかしく無いと捉えるって事だね」
「はい、恥ずかしさを抱くとしてもモデルの雇い主の方への羞恥心だけで済むと考えられます。また水着や上半身だけ裸のものは女の方も特に憚る事なく見るでしょう。もしかしたら総合的な羞恥心はそちらの方がヌードモデルよりも恥ずかしく感じる可能性もあります」
「そうなると、そもそも全裸に対してそんなに羞恥心を持たない者もいるだろう。自分の全裸が人々の関心を寄せるものでは無いと認識していれば、そこまで恥ずかしいものとは思わないかも知れない。その羞恥心の元は周りからの不自然さからくる注目としか思わず、それこそ馬鹿騒ぎして周りから見られるのと変わらないと。
現に勝手なイメージだが、その手のモデルでとびきりの美女はいない。普段から外見である程度注目される彼女達は、自分がヌードモデルになれば多くの注目を浴びてしまうと認識しているのだろう。つまりは逆に、普段から注目を浴びる者は耐えられない羞恥を感じてヌードモデルをしないと考えられる」
ここまで来るとハービット先輩のヌードモデルへの羞恥度が大体見えてくる。
しかし、また判らない要素も出て来てしまった。
「ハービット先輩って政略結婚から逃げようとする令嬢でも、とりあえず性格を見るまで逃げるのは保留しようとするぐらいには美形だよね? この場合、男の人のヌード作品自体が注目され難いとしても、注目されるんじゃないかな? 全裸自体は嫌がっているから、特段見せびらかしたいナルシストでも無さそうだし?」
関心を寄せられる外見かどうかで言ったら、ハービット先輩は注目される側だ。
色々な面がそれを覆い隠してしまっているが……まあ関心を寄せられる事には違い無いだろう。
「そう言えば美形でしたね。ですがハービット先輩の場合、元々全裸なのであまり関係無いのでは? ここで羞恥心に関わる美形とはあくまで本人の認識です。関心を寄せられているか寄せられていないかで判断した。なので元より注目を浴びる格好をしている場合、その部分の認識が多少入れ替わり全裸だから注目されていると認識するのではないかと」
「確かに全裸でいて注目を浴びたら、全裸の文化圏で無い限り確実にそこに原因があると思うよね」
この状況でもし注目の原因が全裸であるからでは無く、自分の美しさにあると思う人がいたら真剣に病院に行くことを勧める。
「と言う事は、結論としてハービット先輩にとってヌードモデルはそこまで恥ずかしいものじゃないって事で良いかな?」
「はい、恐らくは元々全裸であることによる羞恥心と大差無いかと」
結論自体は大して変わらなかったようだ。
しかし新たな収穫も確かに得た。
それはハービット先輩が常に試練に挑んでいるのと変わらないと気が付いた事だ。
例え多少注目され難い男の人であったとしても、ハービット先輩は美形。全裸のせいで自分の外見にどんな評価を下しているかは定かで無いが、別々である時よりも外見への評価は下がり全裸のせいで注目を浴びていると言う認識は高まる。
そしてハービット先輩は無理矢理全裸にさせられている。
そうである以上、その外見への評価もただ全裸だから注目されていると言う認識に変わる筈だ。
しっかり別々に捉えているのなら一部の注目度を自分の外見の事だからいつもの事だと流す事が出来る。しかし一方に寄せられるとそれが出来ない。
だから実質、ハービット先輩はヌードモデルのように注目度がただの全裸よりも余計に集まる試練を常時受け続けているのに等しいと捉える事が出来る。
つまりハービット先輩はそれに耐え続ける強靭な精神と目的、そして思い遣りを持つ英雄。
素晴らしい事に気が付けた。
やはり考えると言う事は大切らしい。
そう納得していると、ちょうどヌードモデルの現地で答え合わせと言っていいような会話が話され始めた。
「君凄いね! どれもサイコーのポーズだよ! もしかしてモデルが本職だったりする?」
「本職なんて立派なもんじゃ無いですよ。ただバイトした事があるだけで」
会話しながらも手を抜く事なく次々に新しいポーズを決めるハービット先輩と、同じくシャッターを切るのを忘れないゴモラ。
どう見てもバイトした事があるだけで辿り着ける領域では無い。
ついでにゴモラも、召喚されたばかりで設備の粗が目立つのに魔導記憶器の構えなどは玄人の粋だ。
「それにしたって凄いよ! どう見てもプロのモデルだ! 何回バイトした事があるんだい?」
「何回と言うより、週に何回か……」
「やっぱり君はプロだよ! そんなに無いモデルの仕事が週に何回もあるなら、例えバイトでもプロだよ! 寧ろそこらの本職モデルよりも仕事が多いんじゃないか? 君は売れっ子の人気モデルだよ! いや〜、君に出会えて僕は幸運だ!」
「いえ、俺はそんな立派なのじゃ……」
盛んにゴモラはハービット先輩を褒めまくるが、ハービット先輩は苦笑い気味で言い難そうに答える。
素晴らしいまでの謙遜だ。
本心から自分が凄いとは思っていないのだろう。
僕はモデルについて詳しくは無いが、ゴモラの言う通りだと思う。そんなにモデルの仕事は多くない。仕事の多い職種であればその分、働く人の人数は増える筈だ。だが実際はモデルがイコール有名人になるくらいには少ない。
そして仕事が少ないからこそ本職になるのは狭き門。ハービット先輩はそんな成るのも難しい職種の業界で多数の仕事を受けている。
これが凄く無い筈が無い。
そしてこれは僕達の推測が正しかった証拠にもなる。
普通モデルの仕事と言っても、それがヌードモデルの仕事とは限らない。
本職の人ほどしない傾向まであるだろう。
しかしハービット先輩は普段着からして全裸。服の宣伝で無い限り自動的にヌードモデルとなる可能性が高いだろう。それに多分、全裸の人を態々服のモデルには起用しないと思う。
つまりは、ハービット先輩は本職のモデルを超える勢いで、数々のヌードモデルを熟している。
これは流石にお金に困っていても恥ずかし過ぎたら出来ない事だ。
と言う事は、やはりハービット先輩にとってヌードモデルはそんなに恥ずかしい事では無いと言う事になる。
「いや〜、完璧に当たっていたねコアさん、パパ」
「ええ、私達の叡智にかかれば難解な人の内面も丸わかりです」
「ああ、当たっていたな。正直なところ人を一纏めに論理的に解析するのは無理かと思っていたが、成功したな。働いた甲斐がある」
僕達は置いていたトロピカルジュースを取り、グラスをぶつけ合い成功を喜ぶ。
仕事を嫌うパパまでもが、その達成感で良い汗かいたと言うような爽やかな喜びを顕にしている。
この調子なら、僕にもすぐ人が理解出来そうだ。
縁結びも思いのままだろう。
そして僕は立派に都会人の仲間入り。
未来は明るい!
あとはのんびり観察しながらハービット先輩の縁結び相手が近づいて来るのを待つだけで済む。
今はその時を楽しみに待ちながらハービット先輩を視守っていよう。
「今までどんな仕事してきたんだい? 大手の雑誌に載ったことは?」
謙遜するハービット先輩をヨイショしようと更に褒める材料を求めるゴモラ。
「大手なんてそんな……俺は学校の部活動で呼ばれるぐらいで……」
「またまた、部活動程度でそこまで技術が見に付く訳無いじゃないか。どう見ても場数を踏んだソレだよ! 本当は人気モデルなんだろう! 君の載った雑誌今度買うから教えてよ?」
「いえ、本当に人気モデルと言う訳では……その技術も部活動のバイトで回数を熟しているだけで……」
尚も謙遜を続けるハービット先輩。
如何に広大なアンミール学園と言えど、そんなに沢山ヌードモデルを必要とする部活がある訳ではない。
視たところ美術部と言っても生徒がずば抜けた人達ばかりである為か、突き抜けたテーマがある様な部活ばかりで普通にデッサンをするような部活がかなり少ないのだ。
美を追い求め過ぎてこの世のものとは思えない美を、即ち作品を造る為だけに美の神を捕獲しようとするような馬鹿げた美術部が寧ろ主流である。
そして其々の追い求めるものが違うが故に、同じ系統の部活でもそんな強い繋がりがある訳では無い。同じ目的で偶々近くに居合わせなければあまり交流しない程度の繋がり。
だからハービット先輩は余程人気があると言う事だ。
一つ二つ程度の部活で週に何回も同じ人物がモデルする事など考え難い。
神話上歴史上の人物をイメージして造られた作品は数あれど、今も実在する人物が描かれた作品は複数存在する方が珍しい。モデル自身が依頼でもしなければ滅多に造られない事だろう。
交流が少ない中でも広がる程人気と考えた方が自然だ。
しかし若干不思議な点もある。
相変わらずハービット先輩は苦笑いで流そうとしているが、その瞳は何故か困ったと言うよりも死んでいるように思える。
謙遜で何故死んだ瞳を見せるのか、謎だ。
もしかして謙遜じゃなくて、褒められるのが苦手なのかな?
ゴモラも正面から聞き出し褒めるのは諦め、他の方向からヨイショしようと話出す。
「じゃあその学校ではいつもどんな仕事をしているんだい?」
「……絵のモデルを少々……」
「美術の授業でデッサンのモデルとか?」
「いえ……」
「ああ、ごめんごめん。君のような逸材が絵の練習なんかに行くわけない無いよね! 君は人気モデルなんだから! となると若手の天才画家の作品のモデルとか?」
「……いえ……」
ゴモラには褒められている筈なのに、尚もどんどん目が死んでゆくハービット先輩。
これは本格的に褒められるの嫌なタイプの人である可能性が高い。
きっとハービット先輩は高い目標を持つが故に、まだまだ自分は駄目だと本気で思っている向上心の塊ののような人なのだ。
目は死んでいっても、表情自体はモデル仕事として完璧なまま。寧ろ死んだ目に合わせて自然とそれに合うポーズに変えており、感情が籠もったようで素晴らしい出来になっている。
何か苦悩の試練を背負った美少年。予言を受けた若かりし頃の聖者とか英雄の絵に有りそうな完璧な仕上がりよう。
ここまで仕事を続けられるのならば間違いなく上を見続け、それを向上心としていると言って良いだろう。
ただまだまだと凹むのでは無く、進めるのだから。
これは間違いなく英雄の器だ。
しかし解らない事もある。
「天才画家の作品のモデルじゃないの?」
普通は天才画家の時点で、雇い主が当て嵌まらない事の方が多いだろうが、アンミール学園では違う。
美術室で棒を投げればほぼ確実に天才画家に当たるだろう。それもどんなに芸術に疎くとも天才じゃないと言えないレベルの人達に。
つまりヌードデッサンか、天才画家の作品の二択で選択肢は全てと言って良い。
趣味レベルの人がデッサンでは無く作品を造る事も勿論有るだろうが、ハービット先輩が週に何回もヌードモデルのバイトをしている以上は、どちらかに当て嵌まる筈だ。
「……違います……」
えっ、違うの!?
「ははぁ〜、もしかしてイヤらしい絵のバイトとか〜?」
有名な画家の作品と言う点で持ち上げられないと悟ったゴモラは、より軽い空気にしてハービット先輩の口を滑らそうと、冗談を言う。
「……はい……」
…………ここでまさかの正解。
いやいや、よくよく考えてみたら幾らよく芸術作品に有りそうなヌードモデルをしているからと言って、全裸である事には変わりない。
それが見ようによってはイヤらしい絵なのだろう。特に全裸であるとは言え本当は服を着たい貴公子のハービット先輩からすると、そう思えるのかも知れない。
きっとそうだ。
そうとしか考えようが無い。
「……因みに、どんなのか聞いても?」
今までテンションが高めだったゴモラも、あまりに予想外の答えに半ば唖然としながら聞く。
「……ハハ、いいですよ……」
完全に死んだ目でそう答えるハービット先輩。
尚もポーズは健在。
こんな状況でなんだが、その仕事に忠実で誠実に答えようとする姿勢、好感が持てる。
「……一番最近だと陰密美術部の女子達に囲まれてひたすら凝視され、模写され写真を撮られ……」
……ハービット先輩の反応からすると、普通にイヤらしい目で見られながらのヌードモデルだったらしい。
「写真も、撮るんだね?」
ゴモラも続く言葉を上手く紡げない有様で、どうでもいい事を聞く。
「……美術部を名乗る癖にろくに絵を描けなければ写真も連写で補う連中ですから……」
どうでもいい質問だったが、返ってきた答えは無視したいがどうでもよく無いものだった。
ハービット先輩の話しぶりからして美術部は名目だけ。偶々部員達はつい異性を意識し過ぎてしまったのでは無く、主目的が元々そちらにあるらしい。
本当にイヤらしい視線と言って良いだろう。
何時もならここら辺で確認の為に過去をその時の繋がりや感情なども含め詳しく覗くのだが、今回はいつも以上に覗く気が全く湧かない。
「えっと、ポーズとかは?」
いやこれ以上聞かなくていいから!!
「……日常では絶対にしないポーズを含めて色々と……」
「それは、何というか……」
自分で聞いておいて、人の負の面の化身であるゴモラすらも言葉を詰まらせる。
「まあ、全然マシな方なんですけどね。陰密美術部はむっつり系の集まりですから、最悪でも小便小僧のポーズを要求されるくらいで済みますし……」
それでマシなの!?
「因みにもっと悪いと?」
だから聞かなくていいから!!
「むっつり系の集まりじゃないと美術なのに触ってきたり、もっと酷いと相手が男だったり……その場合はただ立ってるだけのポーズでも全身冷や汗でびっしょりになる緊張感が……」
「………………」
遂に返す言葉を無くすゴモラ。
「これでも、普通程度なんですけど……」
だが、ゴモラが聞き出さなくともハービット先輩の悲話は続いた。
「……一番酷いのが貴腐人の会で、他の同性ヌードモデルと抱き合うポーズをさせられたり……そんな時に変な魅了魔法をかけられたり………時には触手魔法で自由を奪われたり…………酷い時には●●魔法で●●されそうになったりと………………」
話せば話す程、生気が失われてゆくハービット先輩。
街で見かけたら救急より先に警察を呼んでしまいそうな生気の無さだ。
そして遂にあーるじゅうはち魔法まで登場してしまった。
「……よりによってその貴腐人の会は資金が豊富過ぎて、断り切れないんですよ……腐っても本物の貴人らしくて……」
「苦労しているね……うぅ」
……まさかのゴモラも同情して涙を流す。
「……自分でも、貞操を守りきれているのが不思議なくらいです……」
そしてハービット先輩も完全に生気を失った目から静かに涙を流した。
僕達の手にもいつの間にか濡れているハンカチが。
ここまで来たら過去を視るのを避けても意味がない。
何処まで逝っても不憫である。
案の定、視ると全てハービット先輩の言った通りであった。
半分以上があーるじゅうはち魔法で視えないが……。
因みに、視えないが多分御触りの辺りから隠されている。ものによってはかなり広い範囲で隠されるが、手先が隠れるくらいだったから恐らくはそうだろう。
あーるじゅうはち魔法、相変わらず謎だ。どうせなら全裸の時点で隠しても良いと思う。実際はラッキースケベを起こしても隠されないし、本当に謎だ。
そして、答えが解った。
結論を間違えていた事が。
ハービット先輩にとってヌードモデルは恥ずかしいもの。
寧ろヌードモデルを当たり前のようにやっているのは、恥ずかし過ぎて当の昔に心が死んでしまっていたかららしい。
盛大に泣ける。
「辛い事を思い出させたね。バイト料、弾むから」
人の悪を写す化身ゴモラが同情して給金を増やす始末。
「ありがとうございます!」
対してハービット先輩は死んだ目の涙から一転、最高の笑顔。
尚、ポーズはこれまで一度も絶やしていない。
本当に心が麻痺するどころか死んでいるようだ。
お金の為、自国の為の仕事だからと考える事で必死に目を逸している。先にある筈の目的なのに、後から再びそうであると心を塗り潰している。ある種本末転倒だが、そうでもしないとやっていけないらしい。
どこまでも泣ける。
そしてそうまでもして、人の為にお金を稼ぎ続ける。
ハービット先輩は実に素晴らしい人だ。
その自己犠牲の精神は英雄に相応しい。心は一部死んでいて曲がらない強い意思が有るとは言い切れないが死んでも尚、望む方向へと突き進むその構えはとても好感が持てる。
何が在っても、例え本心では諦めていたとしても前に進もうとするその姿勢は、英雄の大きな一歩に他ならない。
これは是非とも縁を結んで貰おう。
それしか選択肢が浮かばない。それ程までの逸材と見て良いだろう。
ちょうど近くの部屋に続々とスカウトされた人達がやって来た。
相手の数は十分。
後はやるのみだ。
《余談程度の用語解説》
・あーるじゅうはち魔法
その場その場の手動で行っている。法則の如く張り巡らされた魔法では無い。
一部はわざとアークに勘付かれないように魔法をかけなかったりしている。
アークの目を誤魔化せる全ての術の中で上から数えた方が早い、世界創造以上の超高等魔法なので、大半の術者が連続して使えない。その為毎回術者が異なり、その点でも隠される対象が変わる。
尚、明確に隠す基準は無く各々の裁量に任されているが、露出教があちらこちらに跋扈する為に全裸ぐらいでは隠されない。
因みに、アークの為の魔法と言うよりも、アークによる被害を減らす為の魔法。
アークが手に入れた知識でとんでもない縁結びをしないようにする事を目的とする。
《アンミール学園簡易部活動紹介》
・陰密美術部
元々は忍科や密偵科の生徒達の、報告技術を上げるために伝える絵や写真を作成出来るようにしようと考えた者達が集まって出来た部活。
実際に任務をしながらの想定で絵を描いて来た結果、盗撮まがいに作品を造る美術部と化してしまった。
そんな活動の中で、同業者と出会い勧誘していった結果、完全に盗撮ストーカー的な部活となってしまった。既に本来の目的を覚えている者は少ない。技術的にもカメラを用いて連写するだけの者が大多数。
唯一の救いは、市井に紛れ込む系の密偵では無く、隠れて観察する系の密偵達の集まりのせいか、部員が人付き合いの苦手な奥手である事。大きい事はしない。
因みに男女共に所属はしているが、活動内容的に別々に行動している。
・貴腐人の会
主に王侯科や貴族科の腐女子達が集まって出来た部活。一応部活動なのだが、ほぼ秘密組織。部員はシークレットで明かされておらず、活動時は仮面パーティーのような扮装をしている。
ただあまりの資金の多さから、かなり高位の生徒達が集まっている事は確実視されている。
活動内容は曰く現世に尊きを生み出し布教すると言う厄介極まりないもの。ハービットのような犠牲者から作品を造り出し、大量に刷って裏で無料配布を行っている。
曰く最も資金のかかる現実担当。個性が突出してまとまりの無い部活の中で、質の悪い事に彼女達の組合は連携が取れているらしい。例えば同性間魅了魔法や●●魔法などは他の部から提供された技術で、彼女達はそこに出資している。
唯一の救いは、その理念からアークの意に反する事。
つまり子を生んでもらう為の縁結びの障害となり得るので、アークもその障害側に回る事。
ただし、アークが諦めた場合、性転換させたり同性同士でも子を生めるようにする可能性もあるので、完全な救いとはなら無い。
男子生徒の恐怖の一つ。
最後までお読み頂き、ありがとうございます。
章の話数が多くなって来たので、このダンジョン区切りでそろそろ章を終え、新章に入りたいと思います。またしても話内の日数が少なくなってしまいますが……。
追伸、GWならずのSWですがボッチ転生を更新しました。本編では中々語られない普通視線の話です。読んで頂けたら幸いです。




