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〈田舎者の嫁探し〉あるいは〈超越者の創世〉~種族的に嫁が見つからなかったので産んでもらいます~  作者: ナザイ
第3章〈アンミール学園の新入生イベント〉あるいは〈完全縁結びダンジョンの謎〉

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第五十八話 投資あるいはモデル

今回は長いです。何故か二話分程の文量になってしまいました。

たがらと言ってあまり話は進みません。

 


 アルデバラン先輩とアアアア先輩は無事に欲望の魔の手から逃れる事が出来たが、他の先輩達はまだ絶賛誘惑の途中である。

 ソドムの災禍はまだ始まったばかり。


 先が思いやられる。

 先輩達の規格外さは十分に判ったが、だからと言ってそれに準じ楽観視する事は出来ない。


 予想がまるでつかないからだ。


 先輩達がただ真っ直ぐな誰もが目指す英雄のような規格外であれば、まだ依頼の最中だから遅くとも明日にはソドムを立つだろうと信じられるが、実際には方向性がバラバラだ。

 共通点は規格外に強いと言うところまでしか無い。


 そこの領域へと至った経緯も想いもまるで違う。

 人を魔物の脅威から守る為に力を得た者もいれば、人の脅威を排除する為に力を得た者までいる有様だ。

 そしてゴモラの誘惑方法、その先にある欲望の種類も千差万別。

 現にさっきガチャによる誘惑を視たところだ。


 先輩達が欲望に染まった果てにソドムを超える欲望の化身になっても、逆に早々に街の正体がソドムだと気が付き破壊の限りを尽くしても、なんら不思議では無い。

 あらゆる想定が可能性として存在している。



 例えばカイウス先輩とティナ先輩。

 今ちょうどゴモラ達に誘惑されている。


「お貴族様お貴族様、高貴な貴方様方のお耳に是非ともお入れ頂きたいここだけのお話があるのですが?」

「麗しきお貴族様のお力が必要なのです!」


 ゴモラがただ二人を煽ててそう言っているのか、本当に二人を貴族と間違えているのかは不明だが、そう接近するゴモラ達。

 そのゴモラ達は地方の雄ではあるが貴族とまでは言い切れない絶妙な姿で近づいてゆく。


「なんだ、どうしたんだい?」

「実は私共の街では莫大な利益を見込める運河を開発しているのですが、あと一歩のところで資金が足りず河を繋ぎきれていないのです」

「莫大な利益を見込んで多額の投資をしてきたのですが、運河が開通できず街は飢えるばかりで」

「どうか私共に投資して頂けないでしょうか!」

「莫大な利益が出たあかつきには十倍、いえ百倍にしてお返しします! ですからどうか心お優しき偉大なるお貴族様、私共に投資してください!」


 ゴモラ達が持ってきたのは投資話。

 利益をチラつかせ泣き脅しをしつつ投資を強請る。


 泣き脅しに関しては二人の性格的に効かなそうだが、二人は互いに相手を英雄にしてお金持ちの貴族だと思い込んでいる。

 そして自分をそうだと見せようとしている。

 そう騙し通す為には泣き脅しを完全に無視する事は出来ない。


 これはソドムで欲望を曝け出した事で、かなりの部分を読み取られているかも知れない。


 利益で誘い泣き脅しで退路を塞ぐ。先輩達にとっては有効な手だ。

 尚かつ、投資の内容は雑。ありがちな投資話では無く、リスク以前に実在しているかどうかの時点で怪しく思える話だ。

 おそらく先輩達から読み取った投資話にそれがあった、もしくはそれぐらいしか無かったのだろう。

 逆に知らないからこそ真偽やリスクリターンも判らないが、普通の人ならばそんな話に乗る筈が無い。


 しかし相手はカイウス先輩とティナ先輩。

 二人には悪いが、二人は普通の人じゃない。

 この二人は多分利益だけを重視する人達だ。本当の意味で投資する質の人では無い。投資先の内容は利益があるかどうかで容易に聞き逃すだろう。


 二人にとって大切なのは第一に互い。

 ここに嘘偽りは無い。お互いにどっぷり魅了されているような気もするが、同じ事をしているし魅了しようとした経緯があるのだから愛し合っていると言う事で良いだろう。そう言う事にしておく。

 兎に角第一に思っている事は確かだ。

 そして第二に大切なのはその関係を続ける為に、出会ったままの設定を演じ切る事。

 そして第三に金。


「まあ、それはお痛ましい事で」

 現にティナ先輩はハンカチを目元にやりながら、聖女のように困っている人々を案じるフリをし。

「分かった。是非とも投資させてくれ」

 それに呼応するようにカイウス先輩は大きな身振り手振りで、投資話を快諾するフリをする。


 一々行動が演技臭いが、ソドム側の穴だらけの策は作用している。


 故にこの二人専用の誘惑と言えるだろう。

 普通は通用しない手だが、二人には通用する。

 相手が先にありきの戦法だ。

 これはソドムが二人を理解していなければ行えない。


 だが二人のそれは演技。

 金銭に関しては、流石にそこまで迂闊ではない。投資の流れを無視しても実益を無視する気は毛頭無い。

 二人は契約の履行を確実にする手を考えている。


 しかしゴモラはそれも想定していた。


「ありがとうございます! 貴方様は私共の救いの神です!」

「コチラが“契約書”です。内容は書かれている通り、まず貴方様は私共に100万フォンのご融資を。そして私共は運河の開通による利益で1億フォンにしてご返済する。ご融資の担保として私共はこの命を賭けると言う事で宜しいでしょうか?」


 そう言ってゴモラが差し出すのは、契約者の命まで縛れるタイプの契約書。

 数ある契約書の中でも国家全体規模の反乱を起こした人を縛ったりにしか使われない、希少にして強力な契約書だ。


 二人の中から投資に関しての疑念が完全に無くなる。


 先輩達は自前の契約書、それもゴモラな出したものよりも数段効力の弱いものを書かせようと用意していた。

 しかし目の前には発想すらしていなかったその上。


「い、命まで賭ける覚悟なのかい?」

「勿論ですとも! 街の未来を背負っているのです! それくらいは賭けますとも!」

「それに契約の履行は必ずなされるので、ただの書類と同じです」


 何よりも命まで賭けていると知って、完全に信用している。


「それは素晴らしい心掛けで!」

「サインはここでいいかい?」


 そして目の前に確実で膨大な儲けがあると確信するや否や、契約書を奪い取るように二人はサインし、100万フォンを引き換えに渡した。


「ありがとうございますありがとうございます!!」

「では、報告はまた後日」


 そしてゴモラも去る。


 因みに100万フォンは二人の全財産の合計だ。

 まんまと二人は全財産を掠め取られた形だ。


 尚、投資を持ち掛けたゴモラ達は、他のゴモラに100万フォンを渡すと消え去った。

 契約書の効果だ。つまり倍にして返す気は毛頭無いと言う事だろう。


 先輩達の一番の誤算は相手がゴモラであった事だ。

 ゴモラは自立した魔物と言うよりも、自立行動もできるソドムの一部と考えるのが正しい。ソドムの白血球のような存在だ。ゴモラにとっての死は何でも無い。ソドムの仕掛けた攻撃そのものと変わらないのだから。


 そしてまた別の通行人に扮したゴモラが、二人の財布をスッて行った。投資話は財布の位置を確認する為でもあったらしい。

 スリと言う発想をゴモラに与えたのは、その欲望を曝け出してしまった二人の自業自得とも言えるが、そのせいで二人は僅かに手元に残っていたお金もなくなり無一文。


 ゴモラはこの様に、欲望を引き出し次第に自滅させる手だけでは無く、欲望の対象にして直接陥れる手段も使うようだ。

 正しく退廃都市と言える。


 だが尚も終わらない。


 今度は走ってくる子供の姿をしたゴモラ。

 ティナ先輩にぶつかり、よろけさせる。

 よろけた先には怖いお兄さんの姿をしたゴモラの集い。そしてゴモラは外見に似合わず持っていたアイスを服にべチャリ。


「おい姉ちゃん、何しとんじゃゴラァ」

「兄貴のクソ高い服が汚れたじゃねぇか?」

「勿論弁償してくれるんだよなぁ!?」


 ティナ先輩を取り囲みながら恐喝する。


 因みに汚れたのは元から薄汚れている革服。

 総じて如何にもチンピラがやりそうな光景だ。物語で何度も見るようなアレである。別に必要な要素では無いのに、それこそ本物のブランド物でも用意すれば逃げ道を塞げるのに設定が無駄に細かい。

 これもまた、人の欲望を写し取っただけの弊害。 


 このような場面なら、ただ相手よりも強いだけでどうとでも出来る。

 服の値段を指摘しながら挑発し、襲いかかって来たところを返り討ちにでもすればいい。

 それこそ物語通りに。


 現にティナ先輩を庇ってカイウス先輩が前に出てきた。

 その手は剣の近くにある。

 これでゴモラ達を倒せばこの誘惑は終わる。


 剣を抜いて倒すだけで―――。


「僕が代わりに払おう」


 ……違う、剣を抜こうとしたのでは無く、財布を探していただけのようだ。

 そう言えばカイウス先輩の剣って、柄と鞘だけだったね……。


 やはり先輩達は予想が出来ない。

 そう一言でまとめて置こう……。


 まさかの即座にお金で解決しようとしたカイウス先輩だが、いくら探せど腰に財布は無い。

 さっき盗られた。


 次第に青ざめていく顔色。

 流れ落ちる冷や汗。



 本当に予想がまるで出来ない。

 全体の展望としては未知と言っていい。


 行き着く先は破滅か、はてまた英雄か。何も変わらない事も考えられるし、悪の化身としての道に進む可能性だってある。

 先輩達の不確定要素は膨大だが、見たところソドムの不確定要素も大きい。結局ソドムの動力源が先輩達だからだろう。


 現にこれまでの誘惑の結果だけでも、多くの違う可能性があった。


 投資話はもう少し思慮があれば、もしくは興味が投資そのものであれば話を退けていただろう。その瞬間だけそうであっただけでそう変わる。

 スリに関しても、もし二人が努力しアイテムボックスを得ていれば盗まれ無かっただろうし、収納系のアイテムを持っていても違っただろう。シンプルにもう少し戦闘の道に足を踏み入れていたら、気が付けた可能性もある。少なくとも二人にその才能は十分ある。

 そして服を汚した件も、ティナ先輩が少し鍛えていればよろけもしなかった筈だ。カイウス先輩も少し鍛えていれば、他の道とは言え規格外と言える下地があるのだから、問題なく倒せていた。


 ゴモラは先にそれらを読み取った上で行動に移したのかも知れないが、たったそれだけで大きく変わっていたのは変わらない。

 ほんの少しの違いが、未来を大きく左右させている。


 同一人物の可能性でもこれだけ違うのだから、僕達にこの先が予想出来る筈もない。

 判っても確率程度だ。

 僕からしたら、限りなくゼロである筈の確率をよく見かける。言ってしまえば僕もゼロであり人もゼロだ。進む者達の確率など宛にはならない。


 だが、そんな状況だからこそ見えて来たものもある。


「コアさん、これって縁結びに繋がるんじゃないかな? カイウス先輩とティナ先輩は始めから結ばれているから変化が少ないけれども、結ばれていない人同士でこんな状況に陥ったら、一致団結して抜け出そうとするんじゃない?」

「確かに有りそうですね。共通の強大な敵が現れると、魔王に立ち向かう人類と言ったように普段敵同士でも一致団結する事がありますし、元から敵ではない者同士であれば絆の一つや二つ結びそうです。そこに生まれる関係性は最低でも敵対関係にない味方ですから」


 下手をしたら吊り橋縁結びよりも効果的かも知れない状況だ。

 ここで生まれるのは必要に駆られたからと言って、思いの勘違いでは無く純然たる本心での協力関係。

 その時点で既に、望んで結ばれている関係だ。


 少々厳しい環境だが、それ故に抜け出すにはその分力が必要である。

 つまり仲間と共に欲望を振り切るには息の合った協力が必要であるし、抜け出せた時の喜びは相当なものになるだろう。

 アルデバラン先輩の時のように、自滅させる方向性の誘惑は使えるかどうか判断出来ないが、試してみる価値は十分ある。


 とは言っても、ここでは視る事ぐらいしかやる事は無いが。


 視渡すと、ちょうど“あーるじゅうはち魔法”が何時でも動けるよう待機している場所があった。


 僕がこれまで視てきた力の中でも上位に位置する力であるから、発動自体はまだでも起こりそうな場所が判り易い。

 “あーるじゅうはち魔法”自体は邪魔だが、“あーるじゅうはち”が伝聞によると僕のお嫁さん創りに重要であるらしいから、目印としては割と便利だ。


 そこに居たのは依頼を受ける時に内臓を売るとか、どう解釈したのかとんでも無い事を考えていた超貧乏貴族、ハービット先輩。


 周囲に同じく内臓を売ろうとしていた先輩達の姿は無く、裸体美術部と風紀委員会の先輩達の攻防の影響で別行動をしているらしい。


 一人で居たところをゴモラに囲まれ、何やらスカウトを受けているようだ。


「君、カッコ良いねぇ。どう? モデルやってみない? 君ぐらいカッコ良かったら報酬も弾むよ?」

「はい、俺で良ければ喜んで」


 拍子抜けしてしまう程早く、ハービット先輩は即答する。

 報酬を弾むと聞いてから秒の隙も無かった。

 更には営業スマイルもセット。

 普通、スカウトされた側がするものじゃない。


「……ありがとう。じゃあコッチに来てよ」


 勧誘したゴモラの方が、その先に考えていたやり取りを出来ずに言葉を詰まらせてしまうぐらいだ。


 まあ内臓を売ろうとするぐらいだから、余程お金に困っているのだろう。


 そう言えば視たところによると、ハービット先輩は貴族らしい力を見せつける事によって国を守ろうと考えて借金までしている人なのに、ここでの口調は貴族らしさが一欠片も無い。どこにでもいる人だ。

 おそらく、雇われ易くする為だろう。

 高貴そうなお金持ちに日雇い仕事を持ちかけられる勇気のある人は中々居ない。


 見事に貴族としての恥を捨てた、求職スタイルだ。


 ハービット先輩が連れて来られたのは特別な照明器具の一つも無いが、無駄な物も置いてないただの空き部屋と言った雰囲気のスタジオ。

 イーゼルも無く、ゴモラが魔導記憶器を持っている事から写真系のモデルの仕事らしい。


 だがどことなく怪しい雰囲気だ。


 魔導記憶器は高価な魔導具。

 光属性魔法で、その場の光景、つまり光を写し撮る事が出来る為に、解像度は本物に近い程高いし、時属性魔法で過去を留めて残すものは、本物だ。


 しかし、“画家”や“絵師”、“芸術家”の人が〈描写〉や〈芸術〉スキルを用いて描けば容易に異世界の写真よりも現実に近い絵を描ける。そして修正も人に任せた方がどうとでもなる。


 そして写実的な絵であれば、比較的簡単に多くの人が描ける領域に辿り着く事が出来る。仕事に落ち着きを持てるようになったくらいのお父さんに、描ける人がそこそこいるくらいである。

 異世界の写真が趣味で上手いお父さん程度にはいる。


 対して魔導具は作成が容易では無い。

 元より魔法は知能ある、選べる存在であるからこそ使える力だ。スキルやステータスの登場で変わりこそしているが、傾向としては寧ろスキルを頼りがちなので、より人のような存在が使い使い易くなっている。

 だから魔導具のような無機質なものに魔法、魔術を付与するにはその差を埋める工程が必要だ。スキルに頼りがちな製作者が簡単にスキルの無い物質に同等の力を持たせるなど無理な話なのだ。何工程も補填するように変換する必要がある。

 結局強い力を持つ道具は強い者の力が無いと発動しない。例えば聖剣が勇者にしか使えないのもそんな理由である。道具自体に力を持たせ切れないから、使い手の力を流用しなければ完成しないのだ。


 魔工学系のスキルで文技を使う人もいるが、それで飛ばせる工程はスキルの武技による魔術をスキルを用いなくても使える、いや発動出来るようにする程度のところまでだろう。

 結局人だから発動できるものを道具でも発動出来るようにする工程は手動で行う必要がある。

 それも道具に与えるスキルを所持している事が前提でだ。

 思い通りに造れる人なんか一握りだろう。


 先人の設計図を用いるとしても、単純に制作時間は何日かかるか判ったものじゃない。

 本を手書きで複製する手間に加え、その全てに魔力を込めなければいけないのだ。

 魔力量的にも一日で進められる量は限られる。

 転写魔法と言う手もあるが、そんな魔法を魔力で描かれた魔法式に使える人は、それこそ一握りだ。基本、魔力を流せば魔術を発動出来るものが魔法式なのだから、魔力を余程上手く制御出来なければ魔術が完成し暴発してしまう。簡単に出来るのなら、大魔法を即座に連発出来る大魔術師が大勢いると言う話だ。


 広く広まっている魔導具は、その実殆どが素材の性質を組み合わせただけの、言うならば魔道具だったりする。

 目的を成す効果を持つ素材がなければ作る事が出来ない。


 もしくはただ魔術がかけられただけの道具。

 魔導具が内側に力を持っているのなら、これは外を魔術が覆っているだけだ。余程強大な術者のもので無い限り、効力は魔力を供給しても落ち続ける。

 そして道具そのものを使う用途の延長上でしか効力を望めない。覆っている状態なのだから応用が効きづらいのだ。と言うよりも術式の待機が出来ない。

 例えば魔力を通して切れ味が上がる剣は覆っている魔術を強化する仕組みだから造れるが、炎を射出する剣は造れない。

 造れるのは常にその効力が発揮されているような道具だ。いや出来ない事も無いが、その場合は使い捨てと考えた方が良いだろう。


 そして魔導記憶器は生粋の魔導具。


 魔導具も素材の力を流用する事でその分簡略化して造る事も可能だが、記憶の力が素材にまで表れる存在はまず居ない。

 目と脳が一体化した形状のゲイザーも存在するが、その手の魔物は目こそが弱点だ。ここを攻撃しなければ倒せない。丸ごと使えるものは希少だ。何より大き過ぎる。


 よって最も簡略化して造りるにしても、コツコツ設計図を写しながら造る必要がある。

 その為、当然高価だ。

 設計図通りに造るだけなら、魔法式を刻める能力を持つだけでもなんとか行けるが、その技術を持つ者も希少だ。

 刻む前の段階として、魔力から属性の偏りを抜く技術が要求されるが、この時点で、日頃属性魔力に慣れている為に出来る者は少ない。

 魔導具を造るにはその希少な術者を長時間拘束する必要があるのだ。安い筈が無い。


 名前くらい知られている物であれば、設計図も有るだろうから買えない程高いと言う事も無いが、それでも日々の生活費を工面しながら貯めるとなると、買うのに何年かかるか判らない値段はする。

 その時間で写実画を描けるようになった方が確実に早く済む。


 つまり魔導記憶器はその価値よりも安く済む代替方法がある魔導具だ。

 余程絵の才能が無い人か、もしくは努力を嫌うお金持ちぐらいしか買わない。


 例外はそれを仕事とする者だが、それも現実に華を添えられる絵に対抗するのは難しく、強みが必要だ。

 例えば連射や人の目で捉えられない一瞬を切り取る事と言う強みがある。しかし同時に弱み、在るものを撮ってしまう性質がある。

 客に求められるものを撮るには、写さなくていいものは省いたり、美しく現実を飾る必要がある。


 強みは魔導記憶器本体が持つが、弱みを克服するには別のもの、照明などの専門器具が必要だ。

 それが無ければ現実以上も描ける画家の絵に慣れている人々は満足しない。


 だからハービット先輩が連れて来られた部屋は不自然だ。


 無駄なものが置いてないだけの部屋では、あまりに備品が不足している。写真家としては入り口にも入れてない。

 ただの道楽で買ったお金持ちは更にこんな手抜きはしない。何故なら彼等は一級の画家の絵を知っているのだから、満足出来る筈が無いのだ。

 よって、こんな撮影環境はあり得ないと言える。


 ここまでの不自然さが有れば、ハービット先輩は何かおかしいと気付けるかも知れない。


 そしてゴモラは一体何を企んでいるのか。

 あーるじゅうはち魔法のせいで全貌は判らないが、何かを企んでいる事だけは絶対に確かだ。

 それがゴモラ、人の負の面を写した存在なのだから。


「まずはそこに立って」

「ここですか?」

「そうそうそこそこ」


 しかしまだどちらにも動きは無い。

 と言うよりも、ハービット先輩は何一つ不信感を抱いていないようだ。

 そもそも魔導記憶器に馴染みがなさ過ぎて、不自然な点に気が付けないらしい。


 駄目そうだ。

 悪意に晒されてからの対応に期待しよう。


 ゴモラは早速パシャパシャとシャッター(?)を切る。


「いいよいーよ! その調子! いやカッコ良い! どんどんポーズ決めちゃって!」

「こ、こうですか?」

「そうそう! もっともっといこう!」


 戸惑いながらも次々と様になったポーズを決めるハービット先輩。

 なんと言うか慣れている。

 殆どが絵画のようなポーズだが、それは玄人の域だ。もはや絵のモデルを超えて絵のモチーフとなる彫像のモデル、彫像そのもののようにすら思えてしまう。


「いいよいいよ! 一枚脱いじゃおうか!」


 ここでゴモラの思惑が露見した。

 どうやら脱がせて恥ずかしい写真を撮るつもりだったらしい。


「いや、それは……」


 ハービット先輩はそんな中でも、若干苦笑い気味になっているものの引き続き営業スマイル。

 商魂逞しい。そして涙ぐましい。

 強くは断れない雇われ人の悲しい性。日雇いでまでこの対応、泣けてくる。


「そんなこと言わずに、報酬上乗せしちゃうからさ! 一万付け足すよ!」

「ッ、ですが……」


 明らかに報酬に釣られ初めているが、承諾はしない。

 営業スマイルを保ちつつ固い意思、素晴らしい。そしてやはり泣けてくる。


 因みに様々なポーズも続行中だ。

 もうプロの域と言って間違いない。本職の人でも同じ状況でここまで出来る人は少ないだろう。いや、ハービット先輩程の状況が揃ってしまうと皆無と言っていいと思う。


「じゃあ一万二千!」

「くッ……」

「一万三千!」

「うっ……」

「じゃあ一万四千でどうだ!」


 だが、ハービット先輩の営業スマイルが遂に苦笑いを越えて崩れ始める。なんか喉から手が伸びるが如く、表情が変化してゆく。

 ハービット先輩に千フォンの差は固い意思を変える程大きいらしい。

 やはり泣ける。


 もう限界そうだ。


 ハービット先輩が答えを出す。


「あの、俺、始めから服を着ていないんですけど……」

「…………」


 魔導記憶器を越しにハービット先輩を覗いたまま言葉と共に動きまでを止めるゴモラ。


「「「………………」」」


 同じく元々話してはいないが言葉を失う僕達。


 想定していた答えと全く違う。


 ゴモラはゆっくりと魔導記憶器をゆっくりと下ろして、ハービット先輩を見る。

 僕達は、目を擦った後に。


 ゴモラは再び魔導記憶器を覗く。

 僕達は伊達眼鏡をかけてもう一度視る。


 ……あれ? おかしい、眼鏡が汚れているのかな?

 いくら拭けども変わらない。

 いっそ眼鏡を外して拭きながら裸眼で視るも変わらない。


 ……残念ながら認めるしか無さそうだ。


 今更ながら、ハービット先輩は始めから全裸だった……。


 もはや当たり前のように存在していて気が付かなかった。

 特に写真のポーズなんかは見た事は無いけど何処かに在りそうな彫刻そのもの。ハービット先輩自身は彫刻のような肉体美と言うよりも線の細い美少年よりの貴公子だが、それを考慮しても場に合い過ぎて違和感が全く無い。

 見た事は無いが何処にこんな作品が在ると確信しか出来ない。


 そして涙ぐましい金策の先にある護国の貴公子。

 その在り方が、未だ健在であると体現しようとする演技力が、堂々たる貴公子の所作が全裸を不自然と感じさせない。

 口調や表情は求職スタイルでこそあったが、そこも含めて完璧であった。何故なら普通に全力で求職に意識を向けていたのだ。自分の姿に目を向けず、全く気にする素振りを見せずに。

 まるでこれが我が国の私服ですが何かと気にしていないように、あまりにも自然体であった。


 因みにハービット先輩は露出教徒でも無ければ露出狂でも、変人でも変態でも無い。

 民の事を第一に想う君主だ。


 不屈の精神と言えるもので、羞恥心も何もかも内に封じ込めている。

 ハービット先輩が全裸である事を忘れていた事実に唖然とするよりも、理解してしまえばつい感嘆してしまう。

 そしてやはり泣ける。


「あ、ああ、そうだったね……」


 人の闇を自らのものとするゴモラも、闇の化身となるが故に誘惑に長け人の感情を読めるが、全く気が付けて居なかった程だ。

 それ程までにハービット先輩は自分を律し制御出来ている。


 そう言えば、マンドレイクの叫びも直撃して催淫作用も受けている筈なのだが、そちらの変化も伺えない。


「それで、その、脱いだら貰える追加報酬は貰っても?」


 まあ、金銭関係の誘惑にはどっぷり嵌ってしまっているが……。

 とても残念な先輩らしい。

 この点が無ければ全裸であっても蜘蛛の巣のように縁結びをしたい逸材だ。

 ここは様子見で十ぐらいにしよう。


「も、勿論」

「ありがとうございます!」


 全額貰えると聞いて初めて見せる営業スマイルでは無い満面の笑み。

 やはり様子見が大切そうだ。

 生粋の英雄と断定するには早い気がする。



「コアさん、そう言えばヌードモデルって試練としてはどのくらいの立ち位置なんだろう?」


 よくよく考えてみれば、ヌードモデルへの羞恥心を抑え、マンドレイクに引き出された性欲も全く表に出していないが、その事を評価する基準が今一定まっていない。


「試練としての立ち位置、つまりどれくらい突破し難いものかと言う事ですか?」

「うん、乗り越えられるハービット先輩を凄いとは思ったんだけど、改めて考えると、どれくらい凄いのか判らないんだよね」


 僕は評価したが、それはただなんとなく凄いと思っただけだ。


「確かに羞恥心を欠片も見せずに封じ込められるのは素晴らしい事だとわたくしも思いましたが、どれ程かと聞かれると答え難いですね。全裸と言う時点で羞恥心の大きさが定かではありませんし」

「ヌードモデル以前にそこからだよね」


 全裸をとって考えても、露出教徒は当たり前のように全裸だし、世を視渡すと服自体が存在しない世界もゼロでは無い。

 それに獣人の中でも獣耳のある人と言うより喋る動物に近い人達は、服を着ていない事も多い。服のある世界にも文化単位で全裸の人達がいる。


 その羞恥心の基準は大きく異なる。

 男女で言っても恐らくはそうだろう。


 そして環境によっても違う。


 多数の人が入り乱れる銭湯で全裸を恥ずかしがる人はそう居ない。隠してもマナー程度の人が多いだろう。

 恥ずかしがる人はそもそも行かないかも知れないが、親しい同性だけしか居ない場所でも絶対に脱がず恥ずかしがる人も、銭湯では恥ずかしがらない。


「文化や場所で羞恥心が変わる事を考えると、おそらく、全裸における羞恥心の差異はそれを見る他者の注目度に依るのでは?」

「周りが気にするか気にしないかって事?」

「はい、露出教徒は謎ですが……」


 コアさんの言う通り露出教徒は謎だが、状況で考えると恥ずかしいと思わない状況では皆が全裸、一々注目などはしない。

 しかし他の状況では全裸は異質。顔を手で覆ってもチラリと見るくらいには、つまり見てはいけないと理解されているにも関わらずそれを越えて注目される。

 男女の羞恥心の違いもなんとなくは説明出来る。それこそ文化的なものがあるかも知れないが、裸の美女を凝視する助平は居ても、裸の美男が居ても凝視する助子さんは中々居ないだろう。つまり性別で見る人数が違う。

 ……歳を取ると関係無さそうでもあるが。


「でも、それが正しいとしてもヌードモデルって判り難いよね?」

「注目度が判り難いと言う事ですか?」

「うん、例えば異世界にも昔からある絵画彫刻なんかは裸体がモチーフの事が多いけど、造る時に関しては芸術家一人にしか注目されない、でも写し身である作品は多くの人に見られるでしょう?」

「確かに羞恥心に関係する注目度があやふやですね。人数は芸術家一人なのか、はてまた絵を見た衆人も含まれるのか。衆人も含まれる場合羞恥心を呼び起こす時間までも不確かです」

「一番シンプルな場合でもそれだからね」


 あくまで異世界での例は昔からあるものを大雑把に考えただけだ。

 実際はもっと複雑で、そこに絵画彫刻の形式や文化が関わってくる。


 酷い場合、例えば太古の時代には裸体をモチーフにした作品がよくあるが、その場合なんかはそもそも芸術だから裸を描いたのか、元より服を着ない文化なのか、その時点から読み解けない。

 素晴らしい芸術とは幾年の時が経てども遺される数少なき歴史の証人。それこそ古い時代ほどそれしか遺らなくなる。

 それそのものが文化を遺すただ一つのものである事も多いだろう。言い換えればその芸術こそが文化だ。


 そうなるとヌードモデルの試練としての意味合い。どれ程の羞恥心を耐えれば出来るかは読み取れない。

 文化としての答えがヌードモデルをモチーフにした作品そのものとなってしまうからだ。作品から読み取って文化に辿り着けるのに、その文化での意味合いを作品から読み取るのは非常に難しいだろう。鏡が無ければ自分は見えないように。

 もはや幸運を願うべき案件だ。それこそヌードモデルはとても恥ずかしいですよと、経過を描いたものでも無ければ判らない。

 芸術が文化を知る為の資料なのだから。


 そして文化とはその文化で生きる人達にとっての当たり前。

 当たり前が態々遺される事は珍しい。異邦人が居て、それを観測しなければどこまでも当たり前の一言で終わる。


 まあ僕の場合、その土地の文化は視るだけ済むのだが。

 当たり前は当たり前なのだから、広い範囲をぱっと視ただけでもある程度は解る。

 少なくとも服を着ているか着ていないかくらいは判る。


 しかしそこまで判ったところで複雑なのは変わりない。

 結局のところ、ハービット先輩がどの文化に居るか判らないからだ。アンミール学園と言う最も多くの文化が交わる場所に居る以上、どんな世界観を築いているかなんて判別出来ない。

 何なら芸術作品から過去の文化を判断する方が簡単かも知れない程だ。


 特にハービット先輩が表に羞恥心を出さないからこそヌードモデルがどんな試練なのか判りかねて、注目度による羞恥心で基準を考えているのだ。

 一発で判ったら苦労はしていない。


 そして問題点がもう一つ。

 視るだけで文化は判ると言ったが、例外もある。


 ハービット先輩の治める国。


 そこに在るのはハリボテの家々。

 正面から見たら紛う事なき程の豪邸。中はボロ屋。

 そして服を着ていない住人達。しかし彼等が羨望と哀愁、更には懐古やら絶望とかなり複雑な想いを向ける先には貸し衣装屋。

 身体を隠せるものは何であれ、借金相手の露出教が返済と言うなで没収。それを悲哀と絶望の眼差しで見送り。


 彼等は故国を護る為に、ハリボテや貸し衣装で見せる本物を常に求めている。

 しかし財務の問題で出来ない。

 だから一面だけでも見せようとハリボテや貸し衣装を用いる。


 視たらそんな文化だ。

 判るのはそれだけ。

 判断基準に出来る程の材料が無い。


 それこそ信仰の強い文化では、信仰とは原初の法、始まりの倫理、それだけのものであるから信仰を判断の中心とすれば自ずと文化の全貌が見える。行動の基本はそこだ。災害などの環境も神話の中だろう。

 しかしハービット先輩のそれは、どう在っても行動原理の頂点にある種の生存と存続で起きたもの。だからそうなるが判らない。


 その文化においてどう考えるかが判らなければ、この場合は役に立たないのだ。

 結局文化抜きでこうならこう考えるのかなと、僕達の基準で考えるだけとなる。

 今回はそうする他無い。


 今言えるのは技術的な部分についてだ。


「ハービット先輩の世界では通信技術も映像も発展していないから、ハービット先輩が一番に抱くヌードモデルのイメージは絵画、もしくは彫刻だろうね」

「はい、そしてあーるじゅうはち魔法の美術品に対する発動もあまり視られないので、その絵画彫刻を純粋な芸術作品として捉えているでしょう」

「交通手段や道も発展していなし、ハービット先輩の国に関しては内情がバレないように鎖国状態。画像を送る通信技術も無いし美術館も無くて芸術作品は上流階級の家の中。だから絵画や彫刻はそんなに多数の人に見られないと思う筈」


 これ以上は推測しか出来ない。


「問題はヌードモデルへの価値観ですが、必要に駆られているとは言え高価なものを求めている以上、恥ずかしいと思うよりも光栄だと思うのでは?」

「羞恥心が隠れているのはヌードモデルと関係無いところでも服を着ていなかったからって事?」

「場合によっては実は恥ずかしさの大部分が全裸であるからでは無く、貴族としての体面が守れていないからと言う可能性もあります」

「いや、露出教が態々布教しようとしているくらいだから、元々服は体面に関係なく着たいんじゃないかな?」


 本当に、一番大切な部分で賭けに近い推測しか出来ない。

 思想に関する文化は人を評価する中で非常に大切だ。

 見方次第で正義も悪も、全てが変わる。


 そうしなければ全ては僕の好みだけで決まってしまう。

 まあ僕の隣へと続く縁結びをしているのだから、好みだけでも良いかも知れないがそれでは不親切だろう。

 それにとても尊い人を見逃してしまうかも知れない。


「そんなに気になるなら、感情を読めばばいいんじゃないか?」


 そう悩んでいる中で、口を挟んでくるゼン。


「視て解れば苦労しないよ。そりゃ世界神のパパなら解るかも知れないけど、僕達には感情とか思考の流れしか判らないからね」

「……それで十分なんじゃないのか? 少なくともアークは俺よりは視える筈だぞ?」

「視える分が多いからって、説明書のページ数が多くなるようなものだからね? 幾ら文章量が多くても皆が皆、国語のテストで満点を採れる訳じゃないでしょう? 寧ろ文量が多いほど難しくなる。自国語の国語だってそうなんだよ? まったく、何処に僕達が人を完璧に理解出来る道理があるの?」


 人が考え込んでいる時に、適当な事を言わないで欲しい。


「……また人じゃないと認めるような発言をしているが、それはもういいのか?」


 …………まったく、適当な事を言わないで欲しい。


「さて、ハービット先輩がどう考えているかだったね」

「聞かなかった事にしたな?」


 平穏教の主神らしくこんな時にこそやる気を出さないで欲しいものだ。


「で、ふと思ったんだけど、仮にハービット先輩がヌードモデルを恥ずかしいと思っていたとしても、全裸を見るのは芸術家の人とそれを買った上流階級の人、あとはその人と親交のある人達だけど、その中で注目して見る人は限られると思うんだよね?」

「つまり恥ずかしいと思ったところで、その羞恥度に関わる注目度が人数以上に少ないから、恥ずかしさも問題になるほど大きくないと?」

「うん、まず美術品を造る人と買う人は当然隅々まで吟味すると思うけど、買った人の家に行った程度の人ならそんなに見ないよね? 美術館に行くなら一つ一つの絵を丁寧に見るだろうけど、飾りとして置いてある所の飾りは深く見ないと思うんだよね。寧ろ深く見るどころか部屋の一部として流す人の方が多いんじゃないかな?」


 それこそアンミール学園なんかそこら中にピグマリオン級の彫刻があるけど、一つ一つ鑑賞していたら殆んど進めずに日が暮れるのに立ち往生している人は視かけない。


 それに美しいものは作品に限ったものでは無い。自然もそうだ。

 如何に美に造詣が深い人と言えども、一生空を見上げている人など居ない。

 美に造詣が深い人も、全ての美を堪能しようとする訳では無いのだ。

 そんな人ほど心に響いた作品を時間をかけ堪能するのだろう。造詣が深ければ、心に響くものは一目瞭然なのだから。


「違う言い方をすれば、美術館と違って家では美術品が部屋の一部と言う事ですか? 考えてみれば前提として家は人の為のものですし、行き来を遮ったり住人達を無視させると言った人の利に反する要素にはなり得ないのかも知れませんね」

「少なくとも、余程良い絵は絵の為だけの場所を用意するだろうね。そうじゃなきゃ家の利便性を捨てるには到らないだろうし。だからと言って上流階級とは言え邸宅のレベルで用意出来る場所では、多人数に見せるのに向く空間は用意出来ない。やっぱり前提としては家なんだから、家の中にしては上出来程度で終わるだろうね」


 絵を本当に見せるには紹介する必要がある。案内する必要がある。

 しかしそれ等が出来るのは、そもそも話題の中心が絵画であるときだけだ。

 親しい知り合いなら絵画が増えたと言う部屋の変化で気が付くだろうが、取引相手程度ではたまたま見て話の種にするくらいにしか見ないだろう。

 よって多くの場合、絵画を自慢したい目的が始めから所持者に無ければ、絵画に強い注目は行かないだろう。


 おそらく、モナリザが誰かの家にあっても、それが多くの注目を引く事は無かっただろう。

 商売として多くの客が来るレストランにあっても、態々見る人は居なかった事だろう。


 素晴らしき見識を持つ人の目に止まり、噂が美術愛好家達の間で共有され、最終的に美術館にでも収められないと買えない価値が有っても、それはただの上手いだけの絵で終わる。

 レストランに置いてあるだけでは、そこまで辿り着かない可能性の方が高いだろう。

 美術館ほどに衆人の目に晒され無ければ、幾ら持ち主が素晴らしい絵だと主張しても、『ウチのカミさんは怖い』と同程度の意味合いとして処理されてしまう。


 例え有名な美術収集家の手に有っても、運次第では愛好家は何に高値を付けるか理解出来ないと流されてしまうだろ。

 収集家の日頃の行いによっては、素晴らしい物でも変人の集める変な物と言う烙印まで押されてしまう事だろう。


 結局のところ、美術とは趣味だ。

 趣味とは同じ趣味を持つ者同士でしか分かり合えない。

 少なくとも広くが理解出来る普遍的な価値の定まったものでは無い。

 例え取り留めも無い所用であっても、趣味でない人がその趣味に流される事は少ないだろう。


 それこそ趣味を得る事となるきっかけとなり得るものが無ければ多くの人は振り向かないし、振り向けない。


 少し違う例えかも知れないが、リコリスやアガパンサスを綺麗だと見る人は居てもほぼ同じ種である、場合によっては全く同じである彼岸花に同じ目を向ける人は少ないだろう。

 そのように知らなければ、知ろうとしなければ価値の判らないものが多々ある。


 ただそうであるから。


 好む理由がたったそれだけに思える事が、恐らく本当に好んでから思える事だ。最も難しい関の峠だ。

 多くは、何のきっかけも無く好めるものでは無い。

 結局なところ、神の気紛れか人の気紛れに期待しなければ、もしくは先人に先導されなければ振り向けもしない。



 と、そこまで考えていると、忘れかけていた事を思い出した。


 リコリス、アガパンサス、彼岸花。

 そう、植物だ。


 先輩達を優先させたとは言え、植物を勧めようとしていた事も忘れるところだった。

 危ない危ない。


 そう思っていると、ゼンが口を開いた。


「今更だが、ヌードモデルの試練度なんて、そんなに考えるものでも無いと思うぞ? それに元より人の感情や内面なんか合理的に導き出せるものでも無いだろうし、自分ならどうかと共感するぐらいで十分だと思うぞ? 自分には出来ない事を誰かはやっている。どんな経緯であれ、それだけで十分讃えるに値する良いんじゃないか?」


 こんな時は流石と言うべきか、平穏を誰よりも求め愛するゼン。

 良い所は経緯を考えずとも良いと考えて良いと、簡単かつ善き考えを示してくれる。

 ゼンの言う通りで、経緯なんかは一目で良いと判らない時にだけ考えれば良いのかも知れない。


 善きを態々汚すのは不毛だ。

 よくよく考えてみれば、僕達にとっては全てを不毛にも考えられるのだから。

 それに元より僕は人々を好みでしか視てはいない。価値があるのではなく、価値があると見出しただけ。そう信じているだけ。それが全てだ。


 僕達にとっては、意味すら見出すものだから。

 例え僕達から見ても、変化が絶対になる訳では無い。寧ろ逆だ。比較対象が絶対でないと気が付くだけだ。ゼロからの数値を見れば定められるが、無限からの正確な数値など誰にも測れないように。


 故にゼンの言葉は、僕達にとって豊穣な答えだろう。

 正解不正解が解らない以上、不毛豊穣で考え豊穣を取るに限る。

 そう見えただけでも、僕は豊穣な方が良い。


 しかしゼンの考えには、大きく違えている点がある。


「僕は人が解らないから、論理的に考えているんだよ? どれも理由が無ければ評価出来ないから」

「…………もう本当に言い張るのを止めたのか?」

「言い張るって何を?」


 ゼンはよく判らない返しを言うが、僕は人が解らないからこそ理由を付けているのだ。

 結局、何でも良い方面を見出すにしても、見出せなければ何も始まらない。人はただ好きとも言えるが、個人個人に関してまではただ好きと言える段階に僕はまだ達していない。理由を付け無ければまだそうとは思えない。


「……まあ深く突かないとしても、なら尚更深くは考えなくて良いんじゃないか? あのハービットに関しては好ましいと思ったんだろう? アークにとってその好ましいと言う想い自体が特別なら、そのまま好ましいと言うだけで良いと思うぞ? 理由を付けてまで評価しなくても好ましく思える。アークにとっては最高って事じゃないか」

「なるほど、それもそうだね!」


 普段の適当さからはとても出るとは思えない素晴らしい助言だ。


 流石は世界神、僕の父親!

 頼りになる!

 これが父親と言うものか。


 あれ?

 今更それを実感出来るってことは……。

 これこそ深く考えるのは止めておこう……誰も得しない……。


「じゃあハービット先輩は素晴らしい人って事で決定だね。あとは近くに丁度良さそうな縁結び相手の先輩が来るのを待つだけだね」

「そうですね。あの方ならゴモラに誘惑された果に欲望に呑み込まれる事も無さそうですし、相手の方も勝手にスカウトゴモラが連れて来そうですし、今は待つのみですね」

「意見が整ったようで何よりだ。せっかくトロピカルセットがあるんだ。今は寛ごう」


 さっそく待ってましたとばかりに、ぐでーと身体の力を抜くゼン。

 熟練の早業、熟練の完璧なまでの脱力楽ちん体勢だ。


 じゃあ僕は、この機会に中断されていた植物道への勧誘を再開しよう。


「さて、植物の話を再開するけど――」

「「あっ!!」」


 急に何かを思い出したように、声を上げる二人。


「うん? どうかした?」

「いえいえ! やはりもう少し考えるべきだと思っただけです!」

「大丈夫じゃない? 今はそれよりも植物の――」

「いや考えるべきだ! 解らない時こそ、学ぼうと努力するべきだ! 最低でも植物の事を忘れっ、じゃ無くて縁結び相手が来るまでは考えるべきだ!」


 何故かさっきの言葉を一転、もっとよく考えるように言ってくる。

 ゼンなんかはそれらしい事も言っているが、学ぼうと努力なんてニート神としては信じられない発言だ。

 本当に一体どうしたのだろうか?


「でもこれ以上考えた所で、ハービット先輩が素晴らしい人であるって結論が覆る事は無いと思うんだけど?」


 僕はとりあえず反論する。

 人を理解出来るよう考える事は大切だが、それは人を好きと思えるようにと言う前提がある。僕達はただ考えるだけでは無と言う答えに達してしまう。無限大から見れば全てが限りなくゼロであるのだから。だからこそ解らないから僕達は意味を見出す為に考えるのだ。

 さっきゼンが言ったように、先に好きだと思えたなら別に特段考える必要が無い。


 今はそんな事よりも植物の話だ。


「で、ですが、その」

「そ、そうだあれだあれ! 考えれば考える程、ハービットの良い点が増えるだろう!? ただ良いと言うだけじゃ無く、他にも良い点があると思えた方がいい筈だ!」

「その通りです! それにただ良いと思えている以上、その評価から下がる事も無い筈です!」


 何故か必死に絞り出すように主張する二人。

 少し雑な気もするが、一理ある。

 正確な理由も無く好ましいと思えているのだから、その好ましさは最も基礎的な位置にあると言える。それ以上下がりようが無い。

 考え出した結果、負の方向の答えが出てもそれは付加価値になるだろう。欠点が無くても良いと言う好ましさよりも、欠点が有っても尚そう思える好ましさの方が強い。全てが正に動く。


 しかしこれは、その負の答えでそもそもの好ましさが無くなら無ければの話だ。

 いや、ただ好ましいが前提だから下がらない気も? ただ好ましいは理由が有るかも定かで無いから、消える順序も解らない。

 これは考えても答えを出せない問かも知れない。


「つまりこれは植物の話を取るか、ハービット先輩を信じるかの二択。う〜ん、難しい」

「……いやその選択肢になったら信用一択じゃないか?」

「悩む必要皆無ですよね!?」

「分かったよ。ハービット先輩を信じるよ」


 こうして、僕は苦渋の決断をしたのだった。


 そう決めた以上、ハービット先輩には是非とも縁結びまで成功してもらいたいものだ。





 《用語解説》

 ・契約書

 契約を遵守させる為の力が籠もった紙全般をそう呼ぶ。特定の方法で造った特定の物を指し示す言葉では無く分類名に近い。

 契約魔法が付与されたスクロールや、〈契約〉スキルなどの力で書き込んだ書類が一般的。


 その効力も幅広く履行の失敗により死に至るものから、履行の失敗を契約相手に伝えるだけのものまである。

 最上級の契約書となると、隷属よりも強力に行動を強制するタイプのものまで有り、内容によってはゲッシュのように契約者の存在まで書き換えるものがある。

 その効力の範囲は造り手の力量によって変わる。拙い術者だと失敗を伝えるだけのものでも、細かい条件が決められなかったりする。


 そしてあくまでも術なので、造り手の力量を大幅に超える力を持っていれば死の契約書でも抵抗し無効化する事も可能ではある。

 しかし古来より人智及ばぬ神霊幻獣の類も契約に縛られてきたように、余程差が無ければ対抗は難しい。

 大抵は契約を履行する難易度の方が低い。

 また別に、契約を外から解除する方法も無くは無い。


 何処の世界でも比較的ある技術であり、基本的に商業ギルドが進出している世界には存在している。

 またその商業ギルドによっては契約術者の育成を行っている事もあり、その場合かなり一般化している。

 また元より精霊との契約などが古来よりみられる世界がかなりの割合を占める為、そこから派生して誕生している事が多い。

 そしてこれらの経緯から増え混じり合い、同じ結果をもたらす契約でもその術式はかなりの部分で異なり多数存在している。またその事から効果は同じでも世界によって術式の難易度が違い、普及にはバラつきがある。


 尚、術式に共通して言えるのは、対価を差し出す程に契約は強くなる事である。そして繋がりが強い程に強い契約が結べる。

 例えば、契約者同士では無く術者とも繋がりのある契約は強力である。

 術が常にかけ続けられている状態になり、術者まで繋がっている。


 しかしその分術式が破られると術者まで契約にあるペナルティを負う事がある。

 そして死の契約のように生命に関わる内容で契約を縛ると呪いとしての面が大きくなり、解呪魔法などでも契約を解かれてしまう可能性が高くなる。


 つまり、拙い術者でも強力な契約書が簡単に造れなくも無いが、その場合常に術者に危険が付き纏う事になる。

 そしてそんな条件に頼らなければまともな契約を結べない術者が存外多い。それこそ世界によっては、まともな術者がいない事もある。

 このような事情により、そもそも契約を危険だと捉える術者が多く、術としては簡単でも容易に契約を結ばない術者も多い。

 そして危険と思ってしまっていることで、重要度の低い弱い契約書を造らずに強い契約書しか造らない事が多いので、そんな世界は余計にその傾向が高まり続けている。

 その為、誰もが存在を知っている程普及している世界でも、簡単に結べない事の方が多い状態である。


 結果として、術は広まっていても実用面も含めた普及度は低い。大半の者がこれ等の契約を結ばずに人生を終える。

 平民から王侯貴族までその傾向は変わらない程である。


 逆にまともな術者の育成が進んでいる世界では、無記載の契約書も普通に売られており一般的と言えるが、これまた値段は術者の育成面から効果の大きいものは高価であり商人が大口の取引などでしか使用しない。


 しかし効果の低い術は契約達成、または契約未達成を教えてくれるので、危険な依頼等での生存確認を迅速に行えるのでどの世界でも割と使われる。

 そして一番使われるのは、契約履行や所有の証拠としてである。

 つまり魔法の契約書であるのに、そんな劇的に魔法っぽい使われ方はあまりしない。




 ・魔導記憶器

 異世界で言うカメラやビデオカメラにあたる魔導具。効果がどちらか片方でも同じくそう呼ばれる。

 光属性魔法や時属性魔法を刻み造られているので、その解像度は限りなく本物であるが、上記にあるように強く求める者がいないと言っても過言では無い魔導具。

 その癖、何故か何処の世界でもその存在が知られているが、これはダンジョンからよく産出される為である。




 ・魔導具

 アーク曰く魔導具は術式を刻み込み存在自体を改変したものであるが、実際にはここまで高度なものはアーティファクトと呼ばれ発掘物ばかりになってしまう程希少で、殆んど普及していない。

 多くの者は魔法の道具全般に対してこの言葉を使っている。また他の魔法道具、魔道具、魔具、マジックアイテム等々の言葉も混同して使っている。明確に分ける者は専門家でも滅多にいない。

 もはや言葉に差があったのかも定かでは無く、明確な違いは無いと言った方が正しい。アーク自身も混同してよく使う。


 アークが分けるとすると、魔導具は刻んだ術と一体化になったもの。

 魔法道具は魔術のかかっただけの道具。

 魔道具は魔力的な力を持つ素材を組み合わせただけのもの。

 魔具は術を込めていないのに環境などで何時の間にか存在が改変していた道具。

 マジックアイテムは魔法の道具全般。


 実際には、どれか一つだけの技法で造れる者はいないと言った方が正しい程の人数しか居ないので、そもそも分類出来ない。


 技術者の技量的難易度は魔道具が最も簡単で、魔導具が最も難しいが、魔道具は素材を必要とするので現実的な難易度は魔法道具を造るのが最も簡単。

 魔具は造ろうと思っても造れない。しかし強者の道具が長年使っている内に勝手に変化するなどして得られるので、評価し辛いが魔導具よりは簡単である。


 効力等で言うと、魔導具が最も優れると言える。特筆すべき点はその耐久性で完全に一体化している為に刻んだ術を魔力さえ供給すればほぼ無制限に使える。

 物理的な耐久度も本体が器と術式どちらにもあるので、片方が無事なら自動的に修復されると言った副次効果も持つ。元より術式だけで存在出来ない筈の術式を依り代にあった形で固定している為に、破壊されるよりもエネルギー的に魔導具として在った方が安定するからである。

 アーティファクトとして遺っているのもこの耐久性に依る。


 次は魔具。誕生する過程からして強力な事が多く持ち主に求められている力を秘めている事が多い。

 しかしその性質からして使い手がかなり限られる。


 次に魔法道具で、術をかけているので解ける可能性が高いが、使い捨て前提ならば高い効力を持つ物も造れる。


 最後は魔道具で、素材の力を流用している点から求めた効力が得られるとは限らない。


 まあ結局は、どれも単工程では望む効力を得難いので、それぞれ組み合わせてマジックアイテムは造られる。

 例えば力を持つ素材の力を制御する術だけ刻んだり、術を刻む事が出来ない代わりにミスリルなどで回路を刻み込み、安定はしなくとも効力を得られるようにするなどの、魔工学の技術を用いて造られる。

 真の魔導具を知っている者からすれば、どれもかなりの力技。


 よく知られたマジックアイテムの製法は、一回限りの魔術の行使が出来るスクロールは魔石などを混ぜたインクで術式を記したもので、工程としては魔導具を魔道具で再現したもの。

 中には付与しただけの魔法道具もあり似たような結果を出すが、こちらは厳密には一回限りの魔術の行使を可能とするスクロールでは無い。上記のスクロールは術式に魔力を通す事から魔術の練習になり、魔術の経験値を得る事ができるが、こちらは既に発動しているものが待機しているので、使ったところで魔術の感覚は掴めず魔術の経験値を得る事は出来ない。

 そして魔導書も魔導具と魔道具の中間だが、魔導書はスクロールと違い何回も発動出来るものであり、本来限りなく魔導具に近いものである。しかし魔導具の作成難易度は高い為に、高品質の素材を使うと共に消耗を減らす為の付与魔術も大量にかけられている。


 因みに、マジックアイテムの生産が難しい要因の一つはダンジョンからもマジックアイテムが産出される為。


 人に造るのが難しい魔導具が産出される為に、魔導具師達はそれを分析模倣することで術式を学んできた。

 しかし人々は魔術の本質を理解しているどころか、スキルに頼りがちだった事で同じ結果をもたらす魔術でも術式に違いがある事に気が付かなかった。

 物理的方法の違い程度を間違えるならまだ良かったが、魔術の根本系統まで違えた事で、術式の理解が滅茶苦茶になってしまった。

 つまり、良きを模倣しようとするが為に、知識を無駄に増やし過ぎ理解出来なくなってしまった。


 例えるなら、小学生が大学の教科書を読んでいる状況に陥っている。

 そしてそこから使えただけの術式を後世へと継ぎ、かなり複雑かつ拙い術式が出回っている。

 術式がまるでピタゴラスなスイッチのように、結果を得るまでにかなり遠くなっている現状である。


 尚、だからと言って正しい術式を知っていても魔導具造りが難しいのは変わらない。

 見本も無しに一から造るとなると、アンミール学園の使者が送られ勧誘される程の才能がいる。


 また余談だが、アークとコセルシアは普通に魔導具造りが得意。

 力技では無く繊細に効果的に作成出来る。

 アークの場合はステータスにもそれが出ている。



最後までお読み頂き、ありがとうございます。

怖めの超越者アーク回はそろそろ終了で、次回からは縁結びに戻る予定です。

次回からは長くなりそうになったら、お待たせすることなくさっさと投稿するように心がけたいと思います。

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