第五十四話 階層選定あるいはガチャ
明けまして、おめでとうございます。今年も、宜しくお願い致します。
すみません。投稿がかなり遅くなりました。せめて三が日を目指していたのですが……。
そのくせ内容は次話の宣伝っぽくなってしまいました。読み難ければ前半を飛ばしてください。またその分長いです。
依頼を受けてくれる人達が集まったところで、サカキとナギに説明へ向かってもらった。
「それでは皆様に、これからダンジョンへ入って貰います」
「「「ダッ、ダンジョン!?」」」
そして何故か行く先がダンジョンである事に、集まった過半数の人達に驚きを持ってそれは受け止められた。
依頼書にはしっかりダンジョンと書いてあったのに何故驚くのだろうか?
もしや異世界に聞く国語力低下とはこれの事?
実はそもそも統一標準語を正しく読めていなかった可能性、そう考えれば納得のできるものがある。
統一標準語を学んでいる学んでいない以前に、統一標準語も万能ではない。世に溢れる言葉、表現を全てそのままに表現する事は出来ない。特にその世界にしかない固有名詞はその現地の発音をそのまま採用している。人の名前はその最たる例だ。
つまり固有の言葉に何かと弱い。
表し切れないが故に、多少の差異でもそれを表す明確な言葉が何処かにあれば、そのまま表音で統一標準語として使われてしまう。
そんなこんなで語が余りに多過ぎるのだ。
だから皆、結局出身地に元からある表現を中心に使う。
異世界で言う漢字に当たる表意文字はそんなに増えていないから意味は大体推測出来るし、表音文字は殆ど変わっていないから読みは出来る。
しかし増える言葉の多くは表音表記で書かれ、意味が分からない事も多い。表意文字の選択肢は無数にあり、表音文字の選択肢は少ないからその傾向は大きい。
そして表音文字の数は異世界の平仮名片仮名と同じ数。文字だけだと発音が同じ言葉も多々ある。
そうした数ある同じ音の単語の中から読み手はまず、それが出身地の言葉だと推測する。
表意文字であっても馴染みの無いものであれば、その推測がどこに行くか分からない。似た馴染みのあるものとして取り敢えず受け取るだろう。
そしてそれらの重なりで意味が通ってしまったら引き返しようが無い。
聞かぬは一生の恥、死ぬまで誤解し続ける事も有り得る。
一度使えてしまった言葉は動かぬものとして、次なる未知への判断基準として使われてしまう事もあるだろう。
間違いすれ違いの連鎖だ。
そうした中で誰にでも通じてしまう間違い、正しいと認められた新たなる正当語までも生まれて行く。
これでは僕達の依頼書を間違って読み取る人が居るのにも納得がいく。と言うか当たり前と言ってもいい。
思い返せば僕も、殆ど異世界が起源と言われている単語を中心に使っていて偏っている。
それはきっと、絵本から言語を覚えて行ったからだろう。
英雄譚の多くに、それに連なる伝説に異世界人達がよく登場する。そうした伝説に残る人達の影響力は大きい。後世になるほど異世界起源の言葉は広がっている。話の中としても今としても。それを覚えて来たのだろう。
積み重ねてきた異世界の影響力の大きさから、伝説として憧れとして教訓として、時には目標として、いつの間にか受け継がれてきた絵本の中の言葉。
それは僕が主に使っているだけでなく、世の言葉の中で最も主流なものと成っている。
しかし元を辿れば、一言で表してしまえば流行語だ。
結局のところ、言葉とは意思を伝え合う為のもの。
殆ど知られていない正しいとされる言葉よりも、伝え合うことのできる誤った言葉の方が、形式伝統としては兎も角、言葉の存在意義としては正しい。
使えない言葉、使われない言葉は言葉であって言葉では無い。歴史や軌跡を語る知恵、飾った方が意味のある芸術品だ。
使われない言葉はその言葉の意思を伝えるよりも、難しい言葉を知っていると言う付加価値の方が主となり、正しく何かを足す為の飾りとして使われる、いや使われてしまう。
そして使われる言葉とは使える状況が無ければ成り立たない。
前提としてその言葉が知られ、表す対象や意味が無ければ文字通りお話にならない。
即ち言葉が先と言う事はまず無い。少なくとも人の中にはそれに先立つものが存在する筈だ。
またその対象があったところで、それ対象が広く数限りなく現れなければ、半普遍的な再現性が無ければ言葉として成立しない。ただ一人だけが持つだけでは、言葉としては無意味だ。
大抵のものはいくつかの根本的な言葉で表現出来るのだから。
つまり細分化出来る言葉は、その表す対象は、人にとって何かしらの形でありふれたものだ。
もしくは奇跡にしかないものであっても、忘れる事のない何か。
言葉はそんな詳細を語るのもと、絶対に必要な根源の言葉に大きく別れていると思う。
今回、多くの人が僕達の依頼書を読み違えた、その中でも過激な勘違いをする人が多かった理由はそんな言葉の起源にあるのだろう。
間違いの内容からして明らかに、読み間違えた言葉は忘れる事のない、忘れなれない類の印象深い言葉として認識されている。
統一されながらも不完全な言語がある為に、無数の表現が限定されないが故に、最も印象深い内容として導かれた。
それが今回の一件の答えだ。
そうに違いない。
同時にこうも思う。
このような国語力の低下とは、言葉が多い故に引き起こされるのでは無いかと。
伝えられる事こそが言葉の意義。相手の共感を引き出すものこそが言葉。人の処理能力には限界がある以上、単純で簡潔、考える間の無い言葉こそが伝える力のあるものだ。
一所懸命よりも一生懸命の方が現代人に理解され易く、学問としては誤っていた筈なのに殆どの場合こちらしか使われなくなって来ているのが良い例。
長らく間違いとして指摘されてきて、もはや誰もが知っているような間違いであったが、好んで使われている。そして使い分けられている。
そもそも元より一生懸命と言う言葉は間違いでは無かったのだ。
『一生懸命と言う言葉は間違っている』
この認識こそが誤りなのだと思う。
発音を間違えたのでは無く、その文字を浮かべて言ったのであれば、伝えたい意味合いが違う。伝える媒体こそが言葉なのであるから、中身が違えばそれは違う言葉だ。
一生懸命が生まれ始めた時に言えたのは一つ。
『一生懸命と言う言葉は無い』
これだけである。
言葉とは思い浮かべるものが少し変わるだけで無数の種が生まれ得るものなのだろう。
そして既存のものよりも解り易くさえあれば、その時点で意義としては優れている。
つまり伝えるものとしての言葉は常に増えている。そして似通ったもの同士で意義が上下する。
当然、使われるのは意義のより在るもの。意義の少ないものはやがて消えてしまう定め。
正規に決められた言葉の意義自体が上下してしまっては、年が経つ毎に国語力とやらが低下するのも一つの道理だ。
特に情報のやり取りが多く広い世界ではその流れが強いと思う。無数に生まれ、幾重にも重なる。共感を見出し易い。
どんなに正しい言葉でも空洞であれば解らないし、意義ある言葉が正規でなければ当然正規としては伝えられない。
難儀なものだ。
解決策としては、誰もが正規の言葉の意味合いを理解でき共感出来ればいい。
既に数多に近い言葉が有るのだから、知ってさえいれば表現に困ることは無い。
しかしこれは実現不可能に近い理想、それも現実主義的な妥協した理想でしかないのも確か。
理解までは調べさえすれば誰もが辿り着ける。
しかし共感まで、意味合いを心から理解出来る者は少ない。
言葉によっては一人居るかも怪しいものもあるだろう。
共感から生まれた言葉の方が、自然と使われている言葉の方が当然理解もされるし共感もされる。
つまり正規の言葉よりも優れてしまっている。
しかしこれらを基準とする事は出来ない。出来るのは正規に加える事ぐらいだ。
「コアさん、言葉って難しいね? 僕達は普通に依頼書を書いたのにこんな事になるなんて」
「そうですね。言葉の増加による国語力の低下、正しいものだからと言って伝え難い言葉を使える様になる訳ではありませんし、だからと言って伝え易い言葉ばかりを使っては秩序が無くなり結果的に伝え難くなる。その葛藤を繰り返しより乱れていく。深刻な問題です」
現に依頼書が思い描いた通りの結果を成さなかった僕達には、その深刻さがよく判る。
「多分大切なのは、受け入れる心なんだろうね」
「ええ、相手の真意を言葉だけに囚われず、理解するように努め事こそが大切なのでしょうね。言葉の正否に対しても、多くの共感が得られるものをより広く正規にしてしまえば、それと同等程度の意義を持つ言葉は種の時点で消え、無闇に増えたりはしないでしょうし」
うん、世の中大切なのは広い心。
実に素晴らしき事に気が付けたものだ。
失敗のようにも思えてしまう依頼書でも、理解しようとすればこんなにも重要な事に気が付ける。
心から実感出来る。
「…………盛り上がっているところ悪いが、その普通の依頼書ってところから大分ズレていると思うぞ? 完全には否定できないが、国語力の低下云々は使われるものが台頭してきたと言うより、使わない状況が増え諸々が薄れズレた、ただそれだけじゃないか?」
しかしゼンには理解出来ない様だ。
だが、僕達の依頼書に問題が無く、依頼書を読んだ人達の反応も説明出来る以上、この理論は間違っていない筈だ。
礼儀云々も関係なく、動かない故に最低限を良しとするゼンだからこそそう考えるのだと思う。
きっと働きたくない面倒くさがりやな性格、加えて立ち位置が人と異なる神であるから俗世と人の機微に疎いのだろう。世の摂理さえも自分一人ででどうとでも出来るから、人の力も微小が集り強大になるかも知れないあやふやな集団の力よりも、確かな一人の力を重視する。
実際ゼンの場合、自分の国語力が低下したらそれは適当に簡潔に言葉のやり取りを省略するからなのだろう。
そしてそれも間違っていないと思う。
だが、僕達の理論にも瑕疵は無い。
ここは受け入れる精神でおおらかに受け止めよう。
「うんうん、そう言う考え方もあるよね」
「はい、そう考える事も出来ます」
僕達は分かるよ分かるよその考えと頷く。
「……そうか?」
しかし何故かゼンには不安そうな、それでいて達観まで感じられる表情を向けられた。
まだ議論をしたから納得いかないとか不満の表情ならまだ分かるが、不安とは一体?
そもそもここは受け入れる精神を身に着けた息子の成長を喜ぶ場面では無いだろうか?
正体不明の不安感を向けられてはこっちまで不安になりそうになってくる。
ゼンには謎の感情をぶつけられたが、それでも僕達の心象は晴れ晴れとしていた。
すっきり快晴だ。
何故なら、依頼書が過激に読み違えられる理由が判ったから、つまり依頼を受けてくれた人達に対する心配が消えたからだ。
偏った人材ばかりが来た事が、アンミール学園の人材比率から考えても僅かに残った、そもそもこの人達は大丈夫なのだろうかと言う懸念が消えた。
目立つ事からその人が危ない人に見えたのは、依頼書がそう言う読み違いをさせてしまうからだったのだ。
その場で抱えた何かを刺激されればそう見えるようにもなる。
そして誰もが何かしらの事情を抱えている。ならば目の前にそれに関わる内容が張り出されていれば、誰もが変わった何かを曝け出すのだろう。
一つ、新たな不安として、文字の普遍性に対する不安が現れてしまったが、そこは学んでいけばいい。
学園とはそう言うものを学ぶ場所なのだから。
あ、もしかして僕が却下した依頼書の方式が正しかったのかな?
やはり都会はまだまだ僕に理解できない事が多いようだ。
さて、そんな不安要素など無くただただ頼もしい先輩達は、ナギとサカキに案内されダンジョンの入口まで到達する。
「いよいよだね」
「いよいよですね。そうだマスター、こちらをどうぞ」
やっとまともな調査が始まりそうだと、今までの気苦労を思い出し感慨深く思っていると、コアさんは僕に水晶玉を差し出してきた。
僕が受け取ると、同じものをゼンにも渡し、自分でも一つ持った。
「これは?」
「このダンジョンの制御球です。コントロールコアと言ったところでしょうか。ダンジョンの仕掛け等構造の把握は勿論、新たなギミックの設置を誰にでも出来るようにする秘宝ですね。
マスターならば私の創り出したダンジョンもやろうと思えば思うがままに出来るでしょうが、これが有ればより簡単に冒険者方の観察、そして縁結びがしやすくなると思います」
「便利そうなものだね。ありがとう」
僕は直に先輩達を眺めつつも、コントロールコアを覗いてみた。
するとコントロールコアの性能が直ぐ様実感出来た。解りやすい。
直に視た場合、力の流れが視える。そこからダンジョンの構造や作用が判るが、それは分析をしているようなものだ。
一方、このコントロールコアは分析して得る結果を、ダンジョンに対しての結果を全て教えてくれている。
例えば入口である転移門。
直視だと転移門を視ただけれでは人によって変わるランダムと言う大雑把な事しか解らない。
視野を広げ、ダンジョン全体を視る事で何処に繋がる可能性が高いのかやっとわかる。
だがコントロールコアを覗けば、繋がる先が名称付きのランダムとして初めから解る。
まるで、どんな原理か沼に陥れたり爆死させるという異世界の恐ろしき風習、ガチャの排出確率等が出ている詳細画面のようだ。
と言うか明らかに似せて作っている。
曰く世界神たるゼンをも何度も陥れ、爆死させたと言う恐ろしい風習と同じ表示形式だが、見たところ性能に問題は無く実に解りやすい。
転移門が繋がる可能性のある階層名称とその出現確率が一目で判った。
そして解りやすい事によって気が付いた事が一つある。
「……コアさん、もしかしてこの転移の仕組み、ガチャに合わせて創った?」
それはダンジョン創造の順序。
先に適当にダンジョンを創ってから、その性質に合わせガチャ画面のように表示出来る機能をコントロールコアに付けたのでは無く、元々ガチャ機能付きのダンジョンを創るつもりだったのでは無いか?
それ程までにガチャ表記がしっくり来ると気が付いたのだ。
「よく気が付きましたね。無意識下で創造したダンジョンですが、確かにそのように創造しました。聞かれなければ忘れていたところでしたよ。何故そう思ったのですか? 確率で決まるものは後付でガチャを装っても、そう不自然は無いと思うのですが?」
「……いやだって、ピックアップガチャまであるから」
階層ガチャは、一種類だけでは無かった。
似た階層や共通点のある階層しか出ない階層ガチャであったり、逆に似通ったものが出ない階層ガチャ、そして特定の階層が出やすい階層ガチャなどに別れていたのだ。
表示だけと言う訳でも無く、全体を視通すとその確率は正しかった。
ただ転移門を選ぶ事しか出来ない、行き先では無く複数ある行き先不明の転移門そのものしか選べない挑戦者達に、複数の選択肢群が有ったところで大した意味は無い。
結局自由に選べないのは同じなのだから。
しかし現にそんな法則に従い転移先は選ばれる。
ならばモチーフとなる何かが原形としてあり、それに従った結果、余計なものまで変換してしまったのでは無いかと推測出来る。
無意味なものも、結局は何かしらの理由が先に無ければ生まれないのだ。大方その理由は事故か個人的な発想、発想の場合理解できなくとも動機はある。
本当に偶然と言う可能性も無いでも無いが、不可能と断言出来ないだけだ。ゼロと思って良い。寧ろ真のゼロなどそれこそゼロに等しく無いのだから、それをゼロと捉えられなければ何処にも進めない。
だから無意味じゃない理由を探せば、自ずと答えは見えてくる。
「選べないのにピックアップなんてしていたら、それがガチャっぽくする為の飾りなんじゃないかなって思うよ。後から表示だけガチャにしたら、表示って言うオマケに合わせてピックアップの機能は付けないだろうからね」
「それもそうですね。ですが、完全に飾りと言う訳でも無いですよ。マスターの言う通り、転移門は初めからガチャのように創りましたから。挑戦する方の望みや心象で、実際に階層ガチャが変動するようにしています。例えば、この前のイタル先輩方は海に関する会話をして海を思い浮かべていました。その結果、海に関する階層ガチャが実行され、海しか無い階層を引いた訳です。詳しくはコントロールコアから記録を見てください」
コアさんに言われた通り、記録、階層ガチャの履歴を見てみると、イタル先輩達の時に海階層ピックアップガチャを引いていた事が判った。
通りで海階層(海だけ)や海(熔岩の)階層に繋がった訳だ。
因みに、海階層ピックアップガチャには、大半の人が想像するような海の光景、しっかり砂浜や街、少なくとも陸地がある階層の方が多かった。
イタル先輩達はくじ運が普通に良くなかったらしい。
「ピックアップガチャが使えるって事は判ったけど、ガチャの種類が一つじゃ無い時は、どうやって引くガチャを決めているの?」
「ガチャを決めるガチャです。確率はピックアップガチャの内容にもよりますが、基本的に強い思いに関連するガチャほど引きやすいようにしています。また引く階層の数が多いガチャほど引きやすくしています。まあこれは外れです。この他に完全な外れとして通常ガチャがある、そんな仕様です。因みにこれらとはまた別に当たり階層も用意しています。どのガチャでも稀に引ける階層です」
「僕達が調査したときは?」
「そう言えば何でしょうね? 私もまだ確認していませんでした」
コアさんはそう言うと視線をコントロールコアに移した。
答えを調べているのだろう。僕も自分のコントロールコアで答えを調べてみる。
どれ、ん?
履歴を見たら僕達の時には一つのガチャしか行われていなかった。
全開放通常ガチャ。
それが僕達が調査した時の転移門設定だ。
排出確率詳細を調べてみると、全階層の排出確率が書いてあった。ピックアップの要素が欠片もない。
「コアさん、何故か僕達の時はピックアップガチャが無かったんだけど何で? 後全開放って何?」
「全開放は制限無しと言う事ですね。どのガチャも環境テーマだけでピックアップ内容が変わる訳ではありません。通常ガチャも含め、攻略難易度が挑戦者と一致する階層を優先的に排出、もしくは不適切な階層を一切排出しないように設定しています。しかし全開放ガチャではそれらの制限が関係なく全ての階層が排出されます」
「随分危ない設定だね。ウォッシュレーテが居たからかな? それとも僕達の望みがダンジョンそのものを知る事だったからかな?」
「それはコントロールコアでは判りません。少々お待ちを」
そう言うとコアさんはダンジョンに手を一振り。
すると膨大な情報、ダンジョンの記憶が、もう一つのダンジョンとも呼べるような幻影が浮き上がり、コアさんの掌に収まった。
星のようなそれをコアさんは見詰める。
「どうやら、私達の調査時は情報収集の段階で失敗したようです。つまりは私達の実力を測る事も、望みを知る事も出来なかった。だから難易度の調整も階層の選定も行えず、全ての階層が選定対象となったようですね」
「まさかの選定放棄だったんだね……。何で僕達を読み取ってくれなかったんだろう?」
「さあ? そこは失敗したと言う事以外はなんとも……考えられる要素としては、私達がダンジョンを創造した側だからではないでしょうか? ほら、どんなに叡智を持つ予言者でも自分の未来だけは知る事が出来ないと言いますし?」
「うーん、仕組み的には明確な指針を読み取るものだろうから、予言みたいに高度じゃ無いんだけどね?」
人の思考を読み取る系統の能力や技術は、選択肢や結果に繋がるものこそ読み取り易い。
この手の能力として読み取る場合、表情に出るほど強い感情、一目で判るようなものよりも、トイレに行きたいという様な感情の方が表に出ていなくとも早く正確に読み取れる。
根本的には運命子を感知しているからだ。
つまり行き先を決めるという前提まである中で、行動を左右する望みや想いは簡単に読み取る事が出来る。
創造主たる僕達の思考だからと言って難易度が極端に低いから読み取り不可など普通なら起らない。
「それは単に私の能力不足故ではないでしょうか? 特にこのダンジョンは無心で創り上げていたものです。このような結果になってもそこまで不思議では無いかと」
「そう言えば僕も何故か村の皆にだけは、読み取り効果のある魔導具が創れた試しが無いかも」
難易度が極端に低いからと言って、それに当て嵌まらない事例を僕は思い出した。
親族なら問題無く作用するのに、何故か最も僕に近い村の皆には作用しない正しく今回のような例だ。
そしてその原因は単に僕の力量不足だろう。
技術的に不可能なのでは無く、村の皆は読み取りで判定し難い取り留めもない場面、手紙の読み終わりを判定する技を使っていたからそれは確かだ。
英雄な親族達に比べて特筆すべき点もない極一般的な田舎者である村の皆が凄い訳でも無いから、僕の能力が足りていなかっただけなのだろう。
今回もきっと同じ理由だ。
「うんうん、完全に納得がいったよ」
「能力不足とは、お恥ずかしい限りです」
すっきりした僕達は自然と笑い合う。
真実を知る事は大切だが、その過程そのものにも価値がある。
誰かとする謎解きとは楽しいものだ。
「……自分達が規格外とか、そんな発想は無いのか?」
「僕達は普通の人だから」
「普通の人ですから」
「普通? 人? ………………そうか」
何故か言われた絶対的的外れな(なのに毎回何故か最後まで言い返せない)失礼発言も、気分の良い僕達は笑顔でやり過ごす。
沈黙が長かったのは気になるが、世の中気にしない方が良い事もある。
何はともあれこれで疑問もなく先輩達に集中できる。
ん?
あれ、何か大切な要素を見逃しているような?
「あっ、まだ解らない事が一つだけあったね」
ダンジョンの形式そのものに囚われていたが為に、考え方次第では一番重要な疑問を解くのを忘れていた。
「コアさん、ピックアップガチャも無かったのに、何で僕達の進んだ階層は全部当たり階層だったんだろう?」
「それは……あれ? 何故か確率的に通常通り奇跡でも無ければ排出されないように設定されていましたね。何故連続で?」
不自然な点、しかも事実に基づいたものに気が付き再び履歴を確認したコアさんは困惑を深めていく。
元々僕が自分達の時にピックアップガチャが無いと疑問に思ったのは、大当たり階層ばかりが出て来ていたからである。
仕組みに話が行き、その時点で一旦納得してしまったが、結局知りたかったのはこっちだ。
なるほど、これが集団心理と言うものなのかも知れない。
ほぼ二人しか関与していないけれども……元ボッチにとっての集団とは一人でも友が居る事、心に留めておこう。
気を付けねば。
「第七位階ニ級【仙境桃源郷】、第八位階十級【賢者の黄金都市】……全ての階層は大きい数字であるほど難易度の高い十二の位階と、小さい数字であるほど難易度の高い十二の級にランク付けされています。そして、難易度補正すら無い通常ガチャでは全階層を対象とする分、なるべく危険を排する為、一つ上の難易度、一つ級が違うだけでニ倍引く確率が低くなります。同難易度階層の数による補正も入りますが、それでも難易度が高いと言うだけでまず出ません。限り無くゼロと言っていい確率です。そこに当たりと言う要素まである、更に続けて当てる…………何故?」
コアさんは僕達の行った階層の当選確率を説明すると、そのまま思考の海に沈み自分の世界に入った。
聞いたのは僕だが、この問題に関しては奇跡と言う一言で解決するしかないと思う。
システム上の不備がこんな時に限って視当たらないのだからどうしようも無い。ここに来るまで散々視たから間違い無い筈だ。
「世の中奇跡としか言いようの無い事もあるのかもね。今考えてもどうなる事でもないし、そこまでして考えなくてもいいと思うよ?」
思考の海に沈み溺れて、いよいよ声が暫く届かなくなりそうなコアさんに僕は声をかける。
しかし既に耳も思考に浸かりかけ、コアさんは可能性を呟くのみ。
諦めず、本の中によく書いてあるように、共感を誘うよう自分の経験談を交えて話す。
「思い返せば、奇跡としか言いようの無い不思議な事が昔あったよ。親族の何人かが異世界の遊戯トランプをしようと誘ってきたから、ババ抜きをする事になったんだけど、最初の時点から僕には手札が残らなかったんだよね……何度やっても。結局最後まで同じだから、残った手札の時点から貰ったんだけど、それも何故か最短時間で終わるし……世の中奇跡はあるんだよ」
「…………それは接待の手品とかでは無く?」
「僕よりも親族の皆の方が驚いて、困っていたから手品じゃ無いと思うよ?」
「……………………では、それが原因では?」
「それ?」
僕は首を傾げる。
それとは一体なんだろうか? 検討も付かない。
「つまり、マスターの運が良すぎるだけなのでは?」
「僕はそんなに運は良くないよ? どちらかと言うと良いかも知れない無いけれど、傘を新調しても自分で雨を降らさない限り僕の所には降ってこないし、トランプみたいにゲームが退屈になったりするし」
「……うん、確定ですね」
「これに関しては心の底から賛同する」
何故かコアさんのみならず、ゼンまでもが僕の運が良すぎる説に賛同してしまった。
妥協をしてはいけないとは言わないが、人を巻き込むのは駄目だと思う。
そうこう話している内にも、先輩達の階層ガチャが始まった。
と言っても先輩達にも、転移門にも外見上の変化は無い。
そして階層ガチャは一瞬。ガチャのように確率が決まっているだけで、タメの時間も演出も存在しない。
しかしコントロールコア越しに視れば違う。
一瞬もしっかり視れる動体視力も無ければ、何も無いのと同じだが、ちゃんとゲームのガチャのように階層が選ばれてゆく。
まずはガチャの種類から。
ピックアップガチャの種類が表示され、ダンジョンの中心から最も近いサークルを形成する十二の門一つずつに、ガチャの種類が決まってゆく。
多くは外れである通常ガチャを表す白色に光り、ピックアップガチャを引いた転移門はピックアップガチャを象徴する色に光る。
十二の内、八つの転移門は外れ。
四つの転移門が示す色は計三色。
当たったピックアップガチャは“金欲階層ガチャ”、“色欲階層ガチャ”、“退廃階層ガチャ”の三つ。
「「「…………」」」
……何か明らかに酷いラインナップになってしまった。
いやいや、まだガチャの種類が決まっただけだ。
何も階層まで全て酷い事は無いだろう。
きっとダンジョンの階層を決めるガチャだから危険そうな名称であるだけだ。
ダンジョン名はシンプルな方が少ない。ゴブリンしか出てこない初心者向けのダンジョンでも【緑鬼の魔窟】とかそんな物々しい名前にしている。
何故そうなるのかは判らないが、そう言う様式美なのだろう。ピックアップガチャの名称もそれに倣ったのだ。多分。
勿体つけるように、まずは通常ガチャから回された。
転移門の潜る所にガチャ色、白い光が満ち、そこに行き先の綴られた石版のようなものが現れる。
読むと名称はやはりそれらしいが、実際に視ると極々普通の階層。
やはり名前だけと言う推測は正しそうだ。
通常ガチャは特に問題なく、平凡に終わり、ピックアップガチャに移る。
金欲階層ガチャ。
結果は多分このガチャの中では外れ、第一位階十級【鍍金の戦場】。
見掛けだけは強そうな魔物が蔓延る、見掛けだけは豪華な遺跡が乱立する草原、中身は偽りだらけの安っぽい階層だ。
少し特殊かも知れないが普通の範疇を逸脱していない。
続けて色欲階層ガチャ。
出てきたのは第一位階九級【蛮女の密林】。
人種でないアマゾネス、ゴブリンのような亜人型の魔物が主として出現する密林型の階層。
これもまだ普通の範疇だろう。恐らくこのピックアップガチャを引き寄せた先輩達が求めるような展開にはならない。いやこの階層では単なる敵として以外にも襲われるだろうが、魔物のアマゾネスは細身のオーガから角を取った様な魔物、普通の階層とそんな変わりない。
更に続けて色欲階層ガチャ。
出てきたのは第一位階十級【クッコロ要塞】。
オーク種のみが出現する要塞付き山岳型の階層。
少し牢獄っぽいものが多いのが気になるが、何処にでもありそうな風景だ。ダンジョン内に限らず探そうと思えば大した苦労無しに見つける事が出来るだろう。
普通過ぎるぐらいの階層だ。
やはり際どいのは名称のみ。
単なる普通の階層が出てくるガチャだ。
そもそも考えてみれば、変な階層自体無ければ幾らピックアップガチャの名称が酷くても出てくる訳がない。
海しか無かった階層の件はあるが、変であっても海のように環境が偏るだけだろう。
変な階層など作ろうとしても、環境と魔物の組み合わせで創れるのは何処まで行ってもダンジョンでしかない。どんな場所でどんな魔物と闘おうとも、難易度が変わるだけだ。
変な階層など、出てくる筈がない。
変なのは僕達の勘繰りの方だったようだ。
さて、最後の退廃ガチャ。
おっ、転移門に満ちる光の中心に黄金の開光が現れた。
そして確率に変動、出難い階層が出やすくなる。
引き当てられたのは第一位階八級【退廃都市ソドム】。
何か異世界の神話で聞いた事があるような階層が出た。如何にも当たりっぽい。
「コアさん、当たりが出たね」
「これまでのところガチャ名通りの階層は出ていないので、この階層も問題無い階層でしょう。きっと素晴らしい階層ですよ」
実際に視てみると、なんとその階層は街であった。
名前の通り都市だ。
しかも都市の規模に応じた人の往来までもがあった。
「凄いね。人なんてどうやって用意したの?」
「……そう言えば人を用意した覚えなど無いのですが?」
少し興奮気味に問う僕に対し、いつの間にか困惑気味な顔で答えるコアさん。
「アーク、あれは人じゃない。魔物だ」
「えっ?」
ゼンに言われ、よく視てみると確かにそれらは人では無かった。
正体はゴモラと言う何の魔物。
今は人の形でこそあるが、不定形の影のような、空の器。
その強さはゴブリン以下、しかし器の強度が釣り合わない。強化しようと思えば簡単にドラゴンに届く。
「何アレ?」
「……マスター、この階層を調べようとしたところ、こんな説明が出てきました」
―――【退廃都市ソドム】、この階層に在る都市はランク16の魔物ソドム。人の瘴気で変質したシティーコアから生まれるとされるこの魔物は、人に潜む魔物を眷属ゴモラに写し出す。ソドムは人の欲望を叶える。されど人の欲望が満たされる事は無い。無尽蔵に欲望は増幅し、それはゴモラに写される。満ちるは欲望のみ。欲望の化身は欲望を満たそうと最期は人を呑み込むだろう―――
「「「…………」」」
一番出てはいけない階層だった。
挑戦者の先輩達と最も相性が悪い階層だ。
理由はどうあれ特殊な思考が表にまで出てしまっている先輩が多数いる中では、何が起こるか分かったものじゃない。
「い、いやでも、て、転移門は十二個あるからね!」
「そ、そうです! 繋がったと言えど、こ、この階層を選ぶとは限りません!」
確率はまだ十二分の一、まだこの階層を選ぶと決まった訳ではない。
「さて行くか!」
「おうよ!」
……真っ直ぐ【退廃都市ソドム】の転移門を潜った。
先頭を逝ったイタル先輩達に続き、皆そこを潜って逝く。
くじ運がもはや間違いなく悪いイタル先輩達が先頭を進んでいた時点で全ては終わっていたらしい。
「「「…………」」」
今すぐ此処を去りたい。
もう依頼報酬を投げ渡す此処を去ってもいいだろうか?
《用語解説》
・仙境桃源郷
コセルシアが適当に創り出した【夢幻自在】の階層である世界の一つ。当たり階層。仙境と桃源郷を合わせたような美しい階層。
攻略難易度は第七位階ニ級。神々と神々に愛された英雄が地上に制限無しで存在した神話の時代において世界を崩壊させる力を持つ邪神、それより数段階強い古の幻獣が跋扈している。攻略は現実的では無いどころか神話的ですら無い。
難易度が高過ぎる反面、強大な仙人系統の宝物がそこら中に在る。例えば仙桃は一つ食べればその神話の時代に世界を崩壊させられる邪神程度の力を得る道が開ける。
尚、宝物に手を出さなければ古の幻獣は動かないので、通り抜ける分の難易度は無いに等しい。
・賢者の黄金都市
コセルシアが適当に創り出した【夢幻自在】の階層である世界の一つ。当たり階層。全てが金で出来た都市が鎮座する。
攻略難易度は第八位階十級。世界神であっても、格によっては油断で怪我をする黄金の巨人が二柱、黄金都市の門を守る。そして都市の中央には黄金の巨人よりさらに強大な階層主の黄金の龍。計三柱しか守護者は存在しないがもはや攻略出来ないと行ったほうが近い難易度がある。
しかし難易度の分、真なる賢者の石、金属性の行使を可能とする全世界屈指の大至宝があり、この存在を知れば攻略を望む者は絶えないだろう。
最後までお読み頂き、ありがとうございます。
次話こそダンジョンに突入したいと思います。




