第五十三話 アークの依頼書あるいは怪しい仕事
毎度遅くなってすみません。
微妙に長いです。
――高額報酬依頼、初めての方大歓迎、誰にでも出来る簡単なお仕事です。寝ているだけでもOK。衣食住も保証します。但し長期の可能性あり。危くはありません。ただ新しい世界を知るだけの、簡単なお仕事です。
日給はなんと金貨100枚、成果によっては昇給も有り。
特に外見に自信のある方、単純な方、口の堅い方、大歓迎です。是非ご応募を。
楽して短期で稼げる依頼です。興味のある方、詳しくは現地で詳細をお伝えします。
是非、希望と欲望溢れる一睡の夢、ダンジョン【夢幻自在】まで。
注、依頼内容が多少変化する場合もあります。また、一部守秘義務が発生します。――
うん、何度見ても完璧な依頼書だ。
現金だが、高額報酬での誘い文句、仕事の簡単さのアピール等々に加え、縁結びが比較的簡単に行えそうな美男美女、簡単に靡きそうな人への誘いも書き入れた。
更に内容だけでは無く、デザインまで工夫した。具体的には文字が光る仕様だ。光に拘って色々な人が注目してくれそうな光魔法“ネオンライト”を一文字一文字に付与してある。
“ネオンライト”を使った反動で、パリピ眷属とでも評すべき派手な眷属達が文字の数だけ誕生してしまったが、その対価に見合う分だけの価値はある、素敵な依頼書だ。
折角なので、パリピ眷属達には呼び込みを頼んだし、僕達の依頼書に死角はない。
「見てよパパ、この見事な依頼書!」
僕は自信満々に依頼書をゼンに見せた。
きっと断固働かない主義のゼンでも、受けたくなってしまうような依頼に違いない。
「……そうか? 言い難いが、俺には怪しすぎる依頼にしか見えないのだが……」
しかし何故か不評だった。
いや、単純にゼンが求人広告全般を嫌っているだけかも知れない。万年ニートにとって求人広告はゴキブリに等しいのだろう。
きっとまともな理由など無い筈だ。
「どこが?」
だが一応聞いてみる。
もし万が一にも、依頼書に正しい書式、都会の文化的な何かがあったら困る。
「どこがって、全体的にだが……」
「具体的には?」
「そうだな……まあ、初めの方は一旦ギリギリセーフとしよう。だが寝ているだけでOKとは?」
「そのままの意味だけど? ダンジョンに縁結びする何かが有るなら、そこに居るだけでも縁結びのヒントが出てきそうだから。それがどうかしたの?」
「なんと言うかだな……素人でも大丈夫と言う意味に捉えられると言うかだな……前の文と合わせたら如何わしい広告に見えると言うか……」
何故か歯切れの悪いゼン。
一体どこが変なのかまるで分からない。
「素人でも大丈夫って、まさにそんな意味合いも含めて書いたんだけど? 如何わしいって何が?」
そもそも寝ていても大丈夫とは依頼の簡単さをアピールした箇所だ。
そう伝わって何の問題も無い。問題無いどころか目論み通りの成功である。
自然と首を傾げてしまうぐらいに、如何わしい要素など一つも無い。
「……じゃあ百歩譲ってそこも良いとしておこう。だがその次、衣食住を保証、長期の可能性ありとは?」
何故か納得した様子では無く、無理矢理進路を変えられた様な堅い表情で認めるゼン。
表情通り本当に納得した訳では無いらしく、尚も僕達の依頼書について聞いてくる。
「これもそのままの意味だよ? 衣食住の保証は海の階層の件があったから、遠隔で中に必要な物を転送できる“魔法の袋”をコアさんが創って渡すって意味で、長期の可能性はダンジョンをどこまで調査するかによるから。パパには一体どう言う内容に思えるの?」
「囲い込みや逃げ場を無くす内容に思える。内に囲ってやましい事をしたり、外に出て行く力を削いで依存さたり、時代を通してよく有りがちな手口だ」
「……それは流石に邪推し過ぎだと思うよ」
衣食住の長期保証は考え方次第で殆どのものをそうであると見なす事が出来る。
組織団体に収まらず、国から村までもがそうだし、最小単位では物々交換をするお隣さんなんかもそうだ。
欠けたら何かが途絶えるのだから、何事も起こらなければ衣食住が保証、供給されている状態は周りの大多数が生み出していると言えるだろう。
確かにその範囲を狭めれば、つまり供給する側を制限すればゼンの言うような事も可能だろうが、普通は衣食住の長期保証をそんな風には受け取らない。
まずこれを実行すること自体が困難だ。大規模な組織でない限り、他の選択肢が幾らでもあるのだから、人は制限を選ばない。
よっぽど困っている、元より怪しくても稼げる仕事を狙っている様な、後が無い様な人にしか実行出来ないだろう。
そんな最悪の状況を読み取るとは、やはりゼンは根本的に仕事全般が大嫌いなのだと思う。
「……そうか? 新しい世界を知るの部分は? 俺には入ってはいけない世界に足を踏み入れると言う意味に思えるが?」
「新しいダンジョンの調査って意味だよ」
「外見に自信のある者、単純な者、口の堅い者はどうして欲しいんだ? やはり俺にはやましい事をさせようとしている様に感じられるのだが?」
「外見は美男美女なら勝手に人が集まりそうだから、特に手を出さなくても縁結び出来る人材としていいかなって。単純な人もすぐに縁結びで縁を感じて恋愛に発展しそうだからで、口の堅い人は万が一縁結びの調査をしているって気付かれたら、周りに喋らないでいてくれた方が調査上好ましいからだよ」
「ダンジョンの名前は? 現地で説明とか、内容変更の可能性ありとか、守秘義務があるとか合わせてやはり怪しい店の商品募集広告にしか見えないぞ?」
「ダンジョンの名前は私の考えたものですが? ダンジョン要素に加え、テーマパークの様な要素を加えた名前です。人が多いところと言えばテーマパークですから、それにあやかってみました」
「現地で説明とかは階層によって丸っきり構造が違うから、臨機応変に指示を出そうかなって。ほら、海でダンジョン調査って言うのは無茶ぶりでしかないでしょう?」
「確かにそうだが……」
結局、僕達の依頼書に不備は無かったらしい。
やはりゼンが求人広告全般を嫌っているだけだった。
“あーるじゅうはち魔法”のせいで説明がどうとかと呟いているゼンを放置して、僕達は依頼掲示板に依頼書を張った。
後はパリピ眷属達に任せていいだろう。
カウンターの後ろで気配を消し、仙桃を摘みながら暫く待っていると、冒険者ギルドには続々と人が入って来た。
耳を傾けると、さっきまで戦いに夢中だったフォビア先輩とコール君以外に人気が全く無かったのは、突如降り掛かった強大過ぎる力の前に、威圧されてしまったからであるようだ。
普段は人に溢れているらしい。
突如現れた強大過ぎる力とは一体なんだろうか?
冒険者ギルドにはまだまだ僕の知らない事が隠されている。
それはそうと、人が集まったおかげで僕達の依頼書もさっそく注目を浴びていた。
“ネオンライト”が魔術としても眷属としてもしっかり仕事をしてくれたらしい。
「高額報酬依頼でございます。皆様、如何でしょうか?」
「依頼内容は簡単、ダンジョン調査です。攻略しなくても、報告を持ち帰るだけで結構です」
因みに、驚くべき事に、見かけに反しパリピ眷属達の仕事振りは真面目だった。
チャラくする魔術では無く、ただネオン光を発する魔術から生まれたおかげか、普通に丁寧な対応をしている。
その所為で違和感は凄いが、しっかり人を呼び寄せている。
更に僕達のアドバイスも良かったのだろう。
「バニラをどうぞ。こちらの高額報酬依頼を宜しくお願いします」
とティシュ配りの如くバニラを草丸ごと配るパリピ、いや電飾眷属達。
その背後には電飾眷属達による壮大なオーケストラの演奏が実演されている。
異世界人の伝聞、バニラ、大きな音楽、そしてサンプリング配布から復元させた地球の求人風景だ。
半ば伝説として語られる英雄達の故郷、地球の光景は、力になる事間違い無しである。
「俺はこう見えて異世界人じゃないから日本の事は詳しく知らないが、絶望的に間違えていると思うぞ……単語選択の時点から既に……」
「そう?」
仕事嫌いから依頼書を否定していたゼンの言葉だが、両親が異世界人、そして外見が日本人の美の頂点のような姿をしている事から、この指摘に関しては気になってくる。
異世界人の信者も沢山いるそうだし、聞いておいた方がいいだろう。
「やっぱりバニラって植物丸ごとじゃなくて、バニラビーンズの事だったかな?」
「そこじゃなくてだな……」
「音楽が管楽器だけでは拙かったでしょうか? 異世界の宣伝に欠かせないとされるメガホンに似た形状だったので、これだけでいけると思ったのですが、足りなかったようですね。分かりました弦楽器も用意させましょう」
「そこでもなくてだな……根本的に全てが間違っている……」
「「……?」」
僕とコアさんは視線で問い合うと同時に首を傾げた。
根本的に間違っている要素なんて一つも考えられない。それを全て間違っているとは、一体何が?
バニラは異世界で高騰していた高級品だと言うし、物で釣る方式なのだろう。
オーケストラは人をリラックスさせて堅くならずに仕事を受けてくれる様にとの配慮だろう。
依頼書に関しても意味しか無いし、呼び込みに関しては言わずもがな。
全ての行為に理由がある、つまり根本がある行為だ。
「間違っているって形式とか?」
「……まあ、そうだな、まとめると形式だな。組み合わせと言うべきか……注目を浴びても依頼を受ける奴は居ないと思うぞ」
「そうなの? そこに受けに来た人が並んでいるけれど?」
「…………は?」
僕が並んでいる人達を指差すと、ゼンは暫く停止した後、大きく口を開けて静かに驚きを顕にした。
少し失礼だと思う。どれだけ僕達の依頼書を駄目だと思っていたのだか。ここは息子達の頑張りにおおー凄い!と驚くべきだと思う。
どうやらゼンの反応から、僕達の依頼書はやはり都会様式の依頼書では無かったらしいが、その分は僕達の工夫が上回ったようだ。
ぱっと見でも両手では数え切れない数の人達が依頼書を持って並んでいた。
どれどれ、依頼書の評判を聞いてみる。
「いや〜、世の中こんな割のいい仕事があるとはな〜」
「簡単な仕事で日給1000万、ミスリルの武器も夢じゃない!」
「ミスリルの剣なら2000万で売ってたぞ? 一週間働けたら全身ミスリルの装備に買い換えられそうだな」
と既に報酬を受け取った後の話をする冒険科のゲノン先輩、戦士科のクーガ先輩、剣士科のセオン先輩。
簡単で高額報酬と言うところが決め手になったらしい。正しく内容を伝えられたようだ。
それぞれ見るからに鍛えられていて、どんな障害も腕力で突破してくれそうな頼もしい先輩達だ。
縁結びとは欠片も縁が無さそうな人達だが、特に募集した単純そうな人達だし良い結果を残してくれるだろう。
外見的に自信のありそうな人達も来てくれている。
「ティナ、僕達に相応しい依頼だとは思わないかい?」
「はい、カイウス様、私達に高貴な者にピッタリの報酬ですわ」
この前、縁結びの効果を試そうとした美男美女、貴族を装ったティナ先輩とカイウス先輩だ。
最後までまともに戦わなかったどこか胡散臭い先輩達だが、前に縁結びを試して大体視たから比較対象としては最適。
これまた結果を期待出来そうだ。
因みにこの二人が依頼書を見てから受けるまでの決断が最も早かった。
きっと沢山の依頼書を見続けて速読出来る程に慣れていたのだろう。
つまり依頼書を見るプロと言っても過言では無いと思う。
そんな二人に僕達の依頼書は認められたのだ。やはり僕達の依頼書に間違いは無かった。
そして口の堅そうな人も来てくれていた。
「組織を抜けるには、金が必要なんだ……その為には身体の一つや二つ……」
元暗殺者のセイバ先輩だ。元とは言え暗殺者だったのなら口も堅いだろう。
しかもセイバ先輩は苦渋を含ませながらも覚悟を決めた様子で身体を賭ける的な事を言っている。そこまで報酬が欲しいのだろうが、依頼に対する熱意としても捉えられる。
きっと素晴らしい仕事ぶりを見せてくれるだろう。
しかし、求めていた人達が来た反面、特別募集していないのに偏った人材も多く集まってきた。
「……借金を返す為なら腎臓の一つくらい」
「なに…寝ていればすぐに終わる……。大丈夫だ」
「そうだ勇気を出せ。内蔵を金に出来るチャンスはあらゆる技術があるアンミール学園でも滅多に無い。逃したら次は無いかも知れない」
まず金の為ならと、内蔵を売りに来た人達。
借金のカタに剣士なのに刀を預けた無刀の剣士セルガ先輩、衣服まで全て差し押さえられ失うものは何も無いハービット先輩、違う方向に勇気を出している勇者のソルセン先輩だ。
どこをどう解釈すればダンジョン調査を内蔵の売買と受け取る事が出来るのだろうか?
と言うか内蔵を売ってでもお金にしたいとは、一体どれだけ緊迫しているのだろうか?
ハービット先輩の場合は服を奪われている時点で既に謎だ。
『身ぐるみを全て置いてけ』と言う盗賊ですら、大半は言葉だけだろう。女の人が相手の時は判らないが、まず本気じゃないと思う。
服を全て取られる場面なんてそうそう無い。
そう考えると何だか不安になってきた。
もしそれが、賭け事のやり過ぎとかガチャの回し過ぎとかどうしようもない理由だったらどうしよう?
お金が絡まって全て服を失う事態、それは何かしらの賭け事だ。中毒的になって自ら対価を無理矢理捻出する人がいると本には書いてあった。
そんな事で内蔵を売ろうとしては人として色々と問題がある。内蔵を売ると言う発想自体がどうかしていてもだ。
もしそうだとしたら誰でも出来ると告知した手前、お帰りしてもらい難いから実に困る。
僕は恐る恐る先輩達の過去を視た。
まずはセルガ先輩。
どうやら剣士なのに刀を持っていない事がセルガ先輩の動力源らしい。
借金理由は普通に生活苦から。これはごく普通にあるような要因だが、問題は借金のカタにと預けられた刀。
この刀は先祖代々伝わる伝説の剣であり、それを取り戻し伝説の剣士になりたいが故に借金返済を急いでいるようだ。
僕には到底理解出来ないが一応まともな理由である。
内蔵と秤にかけて傾くものだと僕には思えないが、刀は武士の命と言うし、セルガ先輩にとってはその通りなのだろう。
よし採用。
続いては問題のハービット先輩を飛ばしてソルセン先輩。
借金理由は聖剣の修復の為。
どうやら使っていたその世界に一本しかない聖剣が折れてしまったらしい。その修繕を周囲にバレないよう一人で試みているらしく、その素材集めにお金が必要なようだ。
しかも後ろめたいから聖剣が折れたのを隠しているのでは無く、勇者として人々に希望を与え続ける為に、不安を与えないように一人で行動しているらしい。
とても素晴らしい理由だ。
一人で世界の命運を抱える事に対しては色々と意見が別れるだろうが、少なくとも僕からしたら好ましい。
その姿はまさに勇者そのもの。人々の希望を体現する存在だ。
即採用決定である。
さて、最後は問題のハービット先輩。
まずは信仰をチェックする。
これで露出教徒ならそこまで問題では無い。借金に関係ないからだ。有っても対価として入信させられた程度、人格上は問題にならない。
僕は露出教徒であってくれと半ば祈りながら信仰を視た。
まさか露出教徒であれと望む時が来るとは、未来は判らないものだ。
結果は……露出教徒じゃない。
これで碌でも無い理由で服を対価にした可能性が現れてしまった。
もしそうなら僕は縁結びをしたくない。縁結び相手が不憫であるからだ。世の中ダメ男を愛せてしまう人も居るらしいが、だからと言って縁を結ぶのは間違っているだろう。
それにその法則は一説に極まったダメ人間が所構わず子作りしてその子孫も同様の事をする、つまり子孫が残り続ける可能性が高いからと聞く。勿論世の中多種多様な性癖、他者から異常と思われる性癖を持つ人も居るからただ好きな人もいるだろ。しかし意義を考えるならばそんなところだ。
故に僕の求める縁結びには相応しく無い。
僕はそもそも永い永い時間をかけて僕とも寄り添え合える人を生んで貰う為に縁結びをしているのだ。
その方法としては完全継承。親の良き素質を僕の力で全て継がせ、それを何代にも渡って行う。
植物的な言い方をすれば実生では親が優れていても大半が劣った子になってしまうのを回避改善するようなもの。香り高く甘いメロンと大きくて瑞々しいスイカをかけ合わせ変な瓜を生み出すのでは無く、香り高く大きくて瑞々しい完全両立させた新たな果実を生み出すようなものだ。
その為には勿論数も必要だが、誰でもいい訳ではない無いのだ。多種多様な英雄や超人の数が必要なのである。
何よりも不死不滅たる僕は永遠に到達するまでその縁が潰えることを赦すつもりは無い。永遠に見守り続ける。
子孫の生き残りを考えなくていいのだ。
よって意義のない子作り系のダメ人間だったらこの依頼を受けないでもらいたい。
好ましい人材が惑わされるのは困る。特に勝手に縁結びがなされるダンジョン内では危険だ。
何よりも第一に縁結びの調査結果が大きく変わってしまう。縁結びをしなくても驚くほど増える人種なのだから。
しかし依頼書の性質上、お断りし難い。
恐る恐ると僕はハービット先輩を視た。
結果、ハービット先輩は貧乏没落貴族であった。
ふぅ、良かった、普通の人だ。
いや普通の人では無いかも知れないが……まあ誤差だ。
そして借金を作った動機は好ましいものであった。
一言で言ってしまえばそれは見栄を張るため。
高貴な振る舞いを続けようとした結果だ。
言葉にまとめると滑稽に思えるが、その内にある精神は素晴らしい。
外から見える部分からでなく、内側から捉えられると彼の借金理由は国と国民を守る為だ。
なんと彼は莫大な借金をしてまで身なりを整え、周辺諸国に対して力ある国だと惑わせているらしい。国の立地や元々が大陸一つを治めていた国の成れの果てである事から、奇跡的にそれで国が守られるようだ。
全裸の理由は今まではどうにか常に豪華な服をレンタル出来ていたのが、借金の積み重ねで短期間しか借りられないようになったかららしい。要するに借り物では無い自分の服を持っていなかったのだ。
そして稼いだお金は借金返済に当てているから服が買えない。更には借金相手が露出教で、服を買おうとするタイミングで取り立てに来るようだ。借金の額に文句は言えず、涙を飲んで応じているらしい。
良い人なのに不憫だ。
まだ依頼が始まっても無いけど昇給したくなる。
存分に稼いで貰おう。
ちょうどハービット先輩は服装(?)にさえ目を向けなければ外見は貴公子そのもの。縁結びがしやすそうだし実際しっかり働いてくれるだろう。
そして他にも特別募集した訳でも無いのに、何故か偏った人達がいた。
「一回身体を売るだけで金貨100枚、奴隷墜ちするよりも何倍もましよ……これなら皆も助かる」
と自分に言い聞かせるように呟く街娘お姉さんなシンシア先輩。
「そうよ、私の身体一つで、皆が助かるのなら、どんな変態プレイだって」
そう震えそうな手を握りしめながらも、真っ直ぐと前を向き覚悟を決める気の強そうなメルダ先輩。
「きっと大丈夫です。私達の初めてを捧げるんですから、きっと大丈夫。お金も弾んでくれる筈です」
泣きそうな顔ながらも必死に二人に笑顔を送るアリカ先輩。
何かとんでもない勘違いをして凄まじい悲壮感を醸し出している。
その何かは思考を覗いても何故か“あーるじゅうはち魔法”で隠されて判らないが、逆に隠さなければいけないものである事は判る。
これまたダンジョン調査の依頼書をどう解釈すればこうなるのだろうか?
そもそもイタル先輩達は喜々として“あーるじゅうはち”を求めているのに、シンシア先輩達はそれを悲劇的に見ている。
“あーるじゅうはち”とは一体何なのだろうか?
内蔵売買の良し悪しは僕にも直感的に判るのだが、この思想についての良し悪しは謎だ。
僕にシンシア先輩達の人間性は推察出来ない。
そこで過去を覗くと、良い人達である事が判明した。
お金を必要とする理由はセルガ先輩達のようなキワモノでは無く、よく物語に出てくるようなものだった。
シンシア先輩は商会が破綻し借金を背負ってしまった家族の為、メルダ先輩は大怪我をしてしまったパーティーメンバーの為、アリカ先輩は自分の育った貧しい孤児院の為だ。
サインを貰いたいぐらい王道を行っている。
後でそれとなく書いて貰おう。
採用決定だ。
さて、シンシア先輩達の行動原理から“あーるじゅうはち”は問題無いものの様に見えたが、この問題はそんなに簡単なものでは無かった。
それはシンシア先輩達の他に、同じく“あーるじゅうはち”に関する何かを依頼書に見出しながらも、違う反応をする人達が集まっていたからである。
「男の俺が身体を金に出来る機会はこれだけだ、これだけなんだ、だから……」
「減るもんじゃない減るもんじゃない減るもんじゃない」
「……せめて先に童貞、捨てておきたかったな……」
そう言うのはテリオン先輩、マルスク先輩、テオ先輩。
それぞれシンシア先輩達を超える悲壮感を醸し出していた。
何と言うべきか、悲壮感の純度が違う。他の感情が混ざり合っていない純粋な悲壮感である。
“あーるじゅうはち”と言う部分が同じなのに、シンシア先輩達と反応がまるで違うと言っていい。
取り敢えず採用は決定。
謎を解き明かす前にそう思えてしまう程の悲壮感。一体何がそうさせているのだろうか?
幾ら深層心理を覗こうとしても“あーるじゅうはち魔法”にブロックされて覗け無いし、謎は深まる一方だ。
イタル先輩達とシンシア先輩達との違いだけだったのならば性別によって見え方が違うのかと思ったが、同性でも捉え方が変わるのでは何が何だか判らない。
それぞれの個性から解き明かそうにも、多少の好き嫌いで巻き起こる感情には収まりきらないし謎だ。
ある人はそれを求め、ある人はそれを忌避する。そしてある人はそれに希望を見て、ある人はそれに絶望する。
矛盾している様に思える両極的な感情を生んでおり、まるで謎掛けだ。更にはその矛盾が答えに導くほど狭く定まりきっておらず範囲が広い。考えれば考える程判らなくなる。
悲観的に見ている人達にある一つの共通点はそれこそ僕達の依頼を受けようとしている事だけ。
しかしそれこそ“あーるじゅうはち”が何か判らないからどう作用したのか、それとも全く関係無い偶然で揃ったのか判らない。
少なくとも僕達はダンジョンと縁結びの関係を調査する人材を多く集める内容しか書いて無いし、それに沿った工夫しかしていない。変な要素なんか初めから書く訳がない。
そもそも“あーるじゅうはち”自体が知りたいと言うよりも、依頼書におかしな点があったかと言う点についてを知りたいのだ。
依頼書から探るには初めから能力が足りていない。
ヒントにできるのは受けるか受けないかと言う要素ぐらいだ。
うん? 受けるか受けないか?
そうだ、もしかしたら罰ゲームのような事なのかも知れない。
逆の方向で受け取り方が変わる矛盾、それは事物では無く人の価値観においてなら成立する。例えば勝負だ。勝った者は喜び、負けた者は嘆く。
それらは互いに同じ側を望み同じ側を望まない事で生じる。反対側を望み合えば何の不都合も生じない。得るのは両者共に正の感情だ。
そしてこの一方の望みのみ叶う状況は、そう簡単に第三者が作り出せるものでは無い。互いの望みが必要だからだ。片方に初めから望まない結果を選ばせる事は難しい。
そもそも初めから望めず望まない結果が見えていたら感情は動き難くなるし、望みが叶う方の喜びも少ない。
だから僕達の依頼書で引き起こせたのは、恐らく“あーるじゅうはち”が罰ゲームのような微妙な立ち位置にあるものであるからだと思う。
つまりそこまで重要な価値のあるものでは無いが、されるのが嫌な事であり、人の不幸を喜ぶものであるから見る方も見るだけで意味がある。
悲しき人の性、そんなものなのだろう。
きっとそうだ。
「やっぱり、経験豊かな人に初めてをしてもらいたいわぁ〜。も〜、お金まで貰えるなんて最高よぉ〜」
「あっらぁ〜、あなたも初めて、ワタシもなのよ」
と思っていたら、早速理論に大穴が空いた……。
まさかの罰ゲームを受ける側に相当するであろう依頼を正の方向で望む先輩。
細身系オネェのカタストフ先輩と筋肉系オネェのバルグオルグ先輩。
希望を込めて普通の意味を読み取って思考を覗いたが“あーるじゅうはち魔法”で染まっていた。
“あーるじゅうはち”とは一体?
いやいや、この二人の先輩が外見通り変なだけかも知れない。
そうに違いない。
きっと被虐趣味、ドMと言う奴だ。それなら罰ゲーム的なものであると言う域から逸脱しない。人からは逸脱してしまう気もするが……。
兎も角そうに違いない。何故なら正反対に被虐を望むのだから。
「おう、夜の仕事の依頼だぜ!」
「ふふふ、夜の女とお近付きになってそれから……」
「いやいや直接お相手するお仕事かも知れねぇぞ? 異世界にもアダルトなビデオが有るのかもな」
「よし受けるぞ!」
「「「おうっ!!」」」
……脳内を“あーるじゅうはち”で満たしたイタル先輩達まで依頼を受けに来た。
うん、お手上げだ。
僕に“あーるじゅうはち”は解らない。
もう探るのを諦めよう。
元々主題は縁結び方法の模索、ダンジョン調査なのだ。
何故僕達の依頼書を読んで変な勘違いをする人達が来たのか知りたいが、例え依頼書に不具合が有ったとしても目的の人材は集まっている。
今無理に知る必要は無い。
「良い人材が沢山集まったね」
多くの優秀な人材が集まった。依頼書において最も重要な結果はそこだ。他は不思議でも無視できる差異である。
「……いやアーク、人材が偏り過ぎてはいないか?」
「そうですマスター、謎も多いですしそこから予期せぬ事が誘発される可能性も」
ゼンとコアさんはまだ無視できないようだが。
二人は真の目的の部分から目を離してしまったらしい。個性的過ぎる人達の個性に目を奪われてしまったようだ。
「人材は偏っているようにも見えるけど極端な人が元からこの学園に多かっただけだよ」
そもそも目立ち過ぎている人達が多いだけで、そこに捕らわれず広い視野から視ると、元より人材の偏りなんか無い事が今の僕には判る。
二人にもそれが判るように何人かの人達を指し示した。
「……これは黒だな。風紀委員会本部に連絡しろ。我々はこれから潜入捜査に移る」
「了解です先輩。応援は要請しますか?」
「いやいい、丁度他の案件を調査していた委員や衛兵達がいる。彼らと行動を共にしよう」
そう小声で話すのは風紀委員会のシュナイゼル先輩とメービス先輩。
更にシュナイゼル先輩の目線の先にも数人の風紀委員。
「裸体美術部の監視だけだった筈が、思わぬ大型案件に辿り着きましたね」
「ああ、ここはそちらを優先するしか無い。依頼監視班達と行動を共にしよう」
アバウルス先輩はそうユーサス先輩にそう言うと、シュナイゼル先輩と視線を合わせて頷いた。
他にも口コミが広がったのか衛兵科や騎士科の先輩達が後に続いて行く。
「ほら、風紀委員みたいにまともの象徴のような先輩達もいっぱい居るでしょう? だから募集の方法とかで人材が偏ったんじゃ無くて、偶々個性が突き抜けている人が多かっただけなんだよ」
人は知ろうとしなければ知り得ないものだが、だからと言って注視し続けてしまうと見えてこないものも多い。
今回僕達が見失ってしまったのはある種の客観性、対象の立ち位置だ。地球が周っている理由を地球だけに求めても仕方が無い。
実際、視野を広く持てば“あーるじゅうはち”は結局解らずじまいだが、人材が偏っていると言う事はそもそもが存在しないと判明した。
そしてその新たに得た広い見識を得ると、今度は直接求めていた細かい事も判ってくる。
“あーるじゅうはち”に関係した思い込みをしている人達が多いのは、依頼書の全てが所為では無いのだと。寧ろ全く関係無いかも知れない。
色々な方面の人達が居ることから、そんな人達が集まったのは単純にこの学園には“あーるじゅうはち”について思うことがある人達が多かったからだろう。
実際、外見での募集に応じたのであろうカイウス先輩とティナ先輩は依頼書関係なく過去自体の一部が“あーるじゅうはち魔法”で視る事が出来ない。
他の人達も殆どが“あーるじゅうはち魔法”のかかった一人でもぞもぞしている謎の過去、いやそれより習慣に近いものを持っていた。つまり方式や周期はバラバラだが殆どの人が“あーるじゅうはち”とはどこにでもあるありふれたものなのだ。
これでは依頼書を中心に考えても判る訳が無い。
「……風紀委員は取り締まりに来たんだと思うが?」
「監視とか調査とか聞こえましたが?」
「それは個人に対してだと思うよ? イタル先輩達、裸体美術部とか言う下心を隠そうともしない部活を作っているみたいだし、狙われて当然だよ。普通に美術部で済ませられなかったのかな?」
「確かにそれは調査されて当然ですね」
「それは、まぁな……」
まだゼンは完全に受け入れられないみたいだが、コアさんは僕の説明で納得してくれた。
「どうやら私は自分の中の固定観念に囚われていたようです。皆さん、視れば視るほど素晴らしい方々なのに気が付けませんでした」
「一番大切なのは自分がその偏ってものを見ていると気が付く事だよ。知っていれば次に活かせるからね。柔軟な考え方が必要なんだよ。特に、目を奪われ易い特殊な状況下ではね……」
そう言って僕はイタル先輩達に遠い視線を向けた。
その姿は僕達がダンジョン内で視ていた格好から一変し全裸だ。
海では最後まで着衣のままだったのに実に不思議な生態をした人達である。
しかし、ここで目に付く点はそこでは無い。
一人を除き黒焦げな事である。服は脱いだと言うよりも焼失していた。
「……ダンジョンには大抵の謎が不思議に思えなくなる程の難問が用意されているようですね」
イタル先輩達が何故そうなったかと言うと海の階層の次がまたしても海(熔岩)の階層であったからだ。
強力な防御系ギフトを持つマサフミ先輩以外はそのまま熔岩にドボンしたらしい。熔岩に飛び込んで服装以外無傷なのは流石である。
因みに直接熔岩に触れていないマサフミ先輩まで服を着ていないのはセルフだ。雰囲気に流されたらしい。
ここで再び客観性の大切さ、固定観念に囚われない事の重要性を学んだ僕達だったが、目の前には文字通り迷宮が行く手を阻むのだった。
僕達は無事、目立つものに流されず真理に辿り着く事が出来るのだろうか?
《用語解説》
・ネオンライト
電飾宣伝魔術。
異世界の夜を彩っていたと伝わるネオンサインを様々な異世界人の証言を元に再現した魔術。宣伝看板に使っていたと言う伝承から付与魔術であり、その為効果が持続すると言う性質を持つが故に使用難易度が高い。
そこそこ規模の大きい祭りで儀式的、伝統的に使用されるぐらいで実用的で無い。元々難易度が高い事に加え使う機会も理由も無いのでこの魔術を学ぼうと志す者も少なく、祭りのある都市でも長老的立ち位置の者が一人使えるぐらいで、いつ絶えてもおかしく無い魔術である。
但しどこの世界でも大抵異世界人マニア、勇者信者のような者がいるので、世界規模で見ると絶える気配の無い趣味魔術である。
最後までお読み頂き、ありがとうございます。
次話もクリスマス転生等を書く予定なので投稿が遅くなると思いますが、今年中には間に合わせようと思います。
クリスマスイブ追伸、今年もクリスマス転生を更新しました。ユートピアの記憶、もしくは
https://ncode.syosetu.com/n0116ff/
から飛べます。宜しければお読みください。
大晦日追伸、すみません。今年中に本編は間に合いそうにありません。代わりにボッチ転生を中途半端ですが投稿します。お読み頂けたら幸いです。
それでは、良いお年を!!




