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〈田舎者の嫁探し〉あるいは〈超越者の創世〉~種族的に嫁が見つからなかったので産んでもらいます~  作者: ナザイ
第3章〈アンミール学園の新入生イベント〉あるいは〈完全縁結びダンジョンの謎〉

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第五十話 ダンジョン調査あるいは見物見物

毎度遅くなってすいません。

 

 心の静養を終えた僕達は、コアさんの創ったダンジョンの近くにに降り立った。


 これからするのはこのダンジョンの調査だ。

 行き過ぎとも言える縁結びを成した秘密を探るのである。


「じゃあコアさん、まずは入ってみようか?」

「実際に我々が入るのですか? 危険ではないでしょうか? まずは当初の予定通り覗き視るだけにしておいては?」


 ダンジョンを探る方法に関して、僕が直接乗り込もうと提案すると、コアさんは心配そうに反対してきた。

 僕達は恐らく学園最弱。魔物なんか風化したダンジョン(コアさん)のゴブリンとスライム、恐らく最弱の魔物の中でも更に最弱であろうソレしか倒した事がないか弱い存在だ。

 コアさんの心配も最もである。正直、僕の中にも不安はある。


 しかしそれでも僕は進もうと言う。


「ここはコアさんの創ったダンジョンでしょう? それも適当に創った。なら僕達にとっては多分安全だよ。風化もしてないし、ある程度管理出来るでしょう? それにウォッシュレーテも居るし、そもそも遠目で視ても階層が多過ぎて何が何だか判らないしね」


 リスクが有っても僕達は進むべきだと思う。

 何故なら僕達は夢のように儚い存在。起きたら消え、忘れてしまう夢のように、いつ消えるか分からない程に弱い。

 だから生命が世に存在を刻み込んだように、挑み続けなければ消えてしまう。

 停滞は即ち緩やかな滅びだ。それ自体が気紛れだが最大のリスクである。それそのものが害を与えなくとも、偶然を凶器に変えてしまう。

 特に既に弱い位置に居る僕達は、そこでの停滞がそのまま滅びに結び付く。立ち止まる事も大切だが、何時までも立ち止まっていてはいけないのだ。

 一歩でも踏み出し、成長する必要がある。


「どれ……確かに無意識に創ったとは言え、管理権限が使えますね。これなら大丈夫そうです」


 それに今は低い可能性上のリスクしか無い状態だ。

 コアさんのお墨付き、更に世界神である全ての存在の中でも屈指の強者、絶対存在とも呼べるウォッシュレーテが居る状態ではリスクは無いに等しい。

 ここまで良い挑戦を学べる機会など滅多にあるものでは無いだろう。弱い僕達でも挑める条件がこれ以上無い程に揃っている。

 これにも挑めないようでは僕達は常に停滞したままだ。故に、ここは一欠片の不安があったとしても乗り越えるべきなのだ。踏み出す以外の選択肢は存在しない。


「じゃあ行こうか、コアさん?」

「はい、何処までもお供いたします」


 こうして僕達は、挑戦へ挑戦する決断をした。

 所詮、見せかけの危惧かも知れないが、これさえ乗り越えられれば僕達は確かに、一歩を踏み出せる。小さくとも挑戦へ踏み出す、挑戦へ挑戦する偉大なる一歩だ。


「まあ、ウォッシュレーテが居るから何が遭っても大丈夫だよ」

「そうですね。それに所詮は(わたくし)が適当に創ったダンジョンですし、どんなに強くても精々“最果ての龍”ぐらいしか出ないでしょうからね」

「さぁコアさん、冒険へ踏み出そう!」

「ええ、偉大なる挑戦への一歩を!」


 僕達は、ダンジョンに一歩踏み入れた。


「……どう考えても挑戦するのは私の方ではないでしょうか?」

「何か言った、ウォッシュレーテ?」

「……最果ての龍が出てきたらどうかお守りください」

「「?」」


 ウォッシュレーテって爬虫類が苦手なのかな?

 顔色がトイレを我慢していたバウル先輩並みに悪い。

 何故か一歩踏み入れると同時に、ウォッシュレーテの意外な一面を知る事になったが、僕達は歩みを止めることなく転移門まで進むのだった。



 コアさんの創ったダンジョンの外見は何重にも円を描く新品のストーンヘンジ。

 しかし、中に入って見ると印象は違った。


 在るのは幾つもの石の門と、その門を満たす水面のような光。

 壮大な建築物を想わせる外観とは違い、静寂な神秘を纏う自然物のような印象だ。


「コアさん、ダンジョン内に入るのには、あの石門を潜ればいいの?」

「はい、そう言う仕様です。全ての石門が別の空間へと繋がる転移門となっています」


 と言う事らしいので、僕達は適当な門を一つ潜った。

 するとすぐさま景色は変わる。


 辿り着いたのは桃源郷。

 桃の木と岩山、そして霧と陽射しが織り成す絶景だった。

 岩山の作り出す幾つもの渓谷、開けた地には花と実りが両立している神秘の仙桃。それらを取り巻く霧は穏やかな陽に照らされ、両者を更に飾る。

 無機質な岩のキャンバスを鮮やかな若緑や桃、日の色が染めていて完全なる調和の取れた絶景だ。


 各所には中華世界の幻獣が飛び交い、彼らがこの階層の魔物だと判るのだが、風景とあまりにも調和しており、ついここがダンジョンであることを忘れてしまいそうになる。


「何かダンジョンって言うよりも保養地だね。冒険する場所って感じが全然しないよ」

「ここはどうやら当たり階層のようですね。マスターの言う通り保養地ですよ。休憩階層ですね」

「いきなりそんな場所に着いちゃったんだね。運が良いんだか悪いんだか?」


 ダンジョン調査的には多分関係の無い所に着いてしまったが、せっかくなので散策して行く。

 どれ、仙桃を一つ。


「グゥルラルゥー」


 しかし、収穫しようとするとそこに白虎が現れた。

 そしてすぐさま神速で襲いかかって来る。


「“脱稃”」


 それに対して僕は農業発勁で迎撃。

 白虎は虎皮からすぽーんと中身が飛び出し、中身と虎皮の二つの素材に加工された。


「いや〜、仙桃だけじゃなくて虎皮も取り放題なんて、この休憩階層はサービスが凄いね」

「一応仙桃の守護者ですが、凶暴な魔物ではなく弱い幻獣ですからね。休憩所として休め補給出来、かつダンジョンと言う定型を逸脱しないように工夫した一品です。まあ、無意識下でしたが」


 ダンジョンでの冒険から一転、本当に保養地に来てしまったらしい僕達は、力を抜き遠足気分で笑い合う。


「……これの一体どこに休憩とサービスの要素が?」

「どこがって全部だと思うけど?」

「……仙桃を採ろうとしたら幻獣が襲いかかって来るとは、まるで目前に秘宝があるラスボス戦のようですが?」

「あははは、さては煽てているのですね? 褒めても仙丹しか出ませんよ」

「……ありがとうございます」


 ウォッシュレーテだけは遠足気分にならずに、顔色の悪いまま緊張した様子だが、きっと万が一に備えているだけで何の問題も無いだろう。

 まるで胃薬を飲むかの様に、仙丹を飲み込んでいたし体調が悪かったとしても問題無い筈だ。不老不死の霊薬に治せない症状など存在しない。


 そんなこんなで楽しく遠足気分で進む事しばらく、次の階層へ転移する転移門が見えて来た。

 そこはあちらこちらから温泉の湧き出す天然の温泉街だったが、流石にそこまでのんびりする訳にはいかないので、立ち寄らずに真っ直ぐ進む。


 あっそうだ。

 次の階層に進む前に。


「サカキ、ナギ」

「「はっ、ここに」」

「仙桃とか食べ物全部採って来て」

「「御意」」


 僕が二人にそう頼むと、途端、大勢の眷属達が現れた。

 そして直ぐ様行動。

 あっという間に階層中の実りが集められる。

 何だかんだ問題がある眷属達だが、こう言う余計な事態が起こり難い場面では非常に有能だ。


 因みに、現れた眷属達の内、ユジーラを筆頭とする変態眷属達は一つだけ仙桃を収穫すると、迷わず温泉へと向かった。

 仕事はしているけれども、妙に納得がいかない。この際、見なかった事にしておこう。


「マスター、少し欲張り過ぎでは?」

「暫く他の人達は来ないだろうし良いんだよ。それにここはコアさんの創ったダンジョンだしね」

「それもそうですね。ですが、守護者の幻獣達がこっちに押し寄せてきますよ?」


 仙桃が順調に集まって来る中、視ると階層中の幻獣達が僕達の方向ヘ向け、押し寄せてきていた。

 忠実過ぎる眷属達は収穫を最優先して、収穫を妨害する幻獣達を碌に相手をしなかったらしい。幻獣が僕達の邪魔にならない事もあってか、見事な無視っぷりだ。

 仙桃一つにつき幻獣が一柱だったのか、はてまたこの階層が広大過ぎたのか、凄まじい数だ。倒すのは問題無いにしろ、亡骸のせいで進めなくなるかも知れない、そんな大群である。


 と言う事で僕達の取る選択肢は一つ。


「じゃあ、早いところ次の階層ヘ行こうか?」

「そうですね。ではウォッシュレーテさん、後はお願いします」

「眷属の皆も倒して素材集めしておいてね」


 僕達はスタスタと次の階層へと向かった。


「ちょっ、幻獣の大軍ですよっ!? 待って下さ、来たぁ! ひぃっ、流水浄洗拳、壱の型“スッポン”、弐の型“渦巻”、参の型“流末”」


 振り向くと、ウォッシュレーテが凄まじい動きで幻獣を倒している。

 線の細い清涼感溢れるO系女神な外見とは裏腹な武神の動き、違和感を感じずには居られないがつい魅了されてしまう。まるで良き完璧を繋ぎ合わせたドラマのような、その滑らかな現実にはあり得ない一連の流れは見事と言う他ない。

 それでいて、弱いとは言え幻獣を着実に倒しており、見かけだけでは無い。まさに神業、神の捌きだ。


 水を掬うような掌から流れる様に繰り出される発勁は、天を揺るがす衝撃波を生み出し、引き際には相手の力を奪う。

 奪った力はそのまま次への動力に自ら回転。滑る様に流れる様に立ち回り相手を翻弄、いつの間にかウォッシュレーテを中心に幻獣は回転、一箇所に集められる。

 そこに両手で水を掬う形を作り両手発勁。大地を裂き天を抉るような衝撃波を生み出し、集められた幻獣を粉砕。更に広い範囲の幻獣を衝撃波の反動で吸い込みながら粉砕して行く。

 そして止まることなく流れる様にまた次へ。


 視惚れている内に、瞬きをする暇も無い内に、幻獣は色々な意味で劇的に消えて逝く。

 勿論、眷属達も馬鹿みたいなスピードで幻獣を倒しているが、それでもやはり神業だ。素材の獲得としては少し損害を出しているが、欠点はそれぐらいしか無く、やはり神業と言うしか無い。


 顔色が悪かったり、龍に対して弱気になっていたりもしたが、流石は世界神だ。心配する必要は一切無かった。

 元々そんなに心配はしていなかったが、目の前で見せられると得られる安心感の桁が違ってくる。

 本当に背中を押されているような気分だ。自然と足が前に出てくる。


「ウォッシュレーテがいればこの先もどんどん躊躇せず進めそうだね」

「はい、この上ない頼もしさです。この先何が現れても討伐してくれる事でしょう。どんどん進みましょう」


 僕達は意気揚々と次の階層への転移門を潜る。


「あぁ、ありがとうぅ! ありがとうケルテムくぅ〜ん! 貴方の編み出した拳法のおかげで生き延びる事が、出来ましたぁ! ううぅ、有り難や有り難や」


 何故か後ろで啜り泣くようなウォッシュレーテの声が聞こえる気がするが、きっと気のせいだろう。

 あんなに頼もしいウォッシュレーテが啜り泣く筈が無いし、第一に世界神が信者に感謝の祈りを捧げる訳が無い。



 さて、次はどんな階層が?


 トンネル(転移門)を抜けると、そこは黄金の国だった。

 雪国でも無ければジパングでも無い。


 巨大な黄金の門と黄金の城壁。

 その前に雪のように積もる金貨。

 目に映る人工物は全て黄金で造られている。


「コアさん、ここは?」

「ここは大当たり階層ですね。ボーナス宝物庫とでも言うべき幸運階層です。確か滅多に繋がらないように設定した気がするのですが、何故か当たり階層ばかり引き当てますね」

「また調査には向かない階層だね。喜んでいいのかな?」

「喜んでおく方が健全かと。この際調査の事は忘れておきましょう」

「それもそうだね」


 僕達はこれまた遠足気分で散策する。


 近くで視ると、金貨は飾りであった。

 特殊効果の無い、ただの金で型作られた金貨だ。学園では商売も授業としているのか普通に使えたが、簡単に生み出す事ができる金で作られた硬貨が社会で通用するお金の訳がないのだ。

 恐らくコアさんは、雰囲気を優先してこの階層を創ったのだろう。多分ここも桃源郷階層と同じで休憩階層だ。


 せっかく用意されている雰囲気を壊さないように、金貨は拾わずに真っ直ぐ進む。

 丘の如く山積みにされた金貨は歩き難い。歩く度に生み出されるジャラジャラとした音は大きいが、なかなか澄んでいて嫌いになれない音である。人はお金の生み出す音を無視出来ないと本を総合すると書いてあったし、そのせいかな?


 そうこう音を楽しんでいる内に、黄金の門まで辿り着いた。

 小さな勝手口のようなものは無く、30メートルはありそうな巨大な両開きの門だ。それが固く閉ざされている。

 門から城壁には余す事なく【金忌の黄金都市】をモチーフとした装飾が施されており、巨大さに圧倒されてしまうよりも先に芸術に心を奪われる。そんな門だ。

 金が好きな人なんかは駆け出してしまうだろう。


 そしてもう一つ目を引くのが門と同じ大きさの黄金の戦士像。

 それが二柱、門の両脇を固めている。


「コアさん、この門はどうやって開けるの? 後あの戦士像は? 如何にも動き出しそうなんだけどゴーレム?」

「え〜と、確か、門は触れるだけで自動的に開きます。そして戦士像もそれと同時に起動します。門が開いてから動き出すと言う油断を狙うギミックですね。そしてあの戦士像はゴーレムではありません。霜の巨人系統の巨人、黄金の巨人です。ゴーレムよりも強いですよ」


 確かに戦士像をよく視れば、龍と同レベルの生命力、龍脈そのものがそこに在るような圧倒的な力を感じる。

 何故気が付かなかったのか不思議なくらいには強大な力だ。魔石一つでも動かせるゴーレムとは比べ物にならない。魔力炉を搭載したところで人の手ではまだ届かない高みだ。


「こんなに力を発しているのに精々ゴーレムかと思ったよ。なんで判らなかったのかな? 何かただの戦士像にしか見えなくする機能でも付与しているの?」

「いえ、特には。ですが霜の巨人を始めとした巨人は形を持った自然の驚異みたいなものです。元々性質が自然現象に近いのでしょう。わたくしも創り手なのに思い出さなければ気付けませんでしたし」

「そうなんだ。そう言えば龍脈とか霊脈の上に居ても、一々その力の大きさに気付かされたりしないね。それと同じようなものかな?」

「恐らくその通りです。慣れ親しんだ身近には気付けないものなのでしょう。最近も気が付かない内に龍脈レベルの流れ弾が掠っている事がよくありますし」


 言われてみれば自然環境級の流れ弾が都会に出てきてから、毎日のように被弾している。その手の流れ弾は見た目が派手だからすぐに気が付けそうな気もするが、いつも振り向いたらドンだ。

 記憶に残りやすい経験を交えて考えると、如何に自然に近い魔力、慣れ親しんだ魔力、そして環境並みに大きな魔力に鈍感なのか分かる。


「不思議なものだね。普通は小さいものほど探るのが大変なのに、大きなものに気が付かないなんて」

「適応故の弊害ですかね。大きな力の中では小さな力は見えませんから」

「この場合、言い方を変えれば環境に挑むのを諦めたのかもね。大き過ぎる力を知ったところで、どうにも出来ないから。手の届く問題は、小さな力だから。僕達人は、やっぱり弱い存在なんだね」

「そうですね。だからわたくし達人は団結し、少しずつ自らの手で環境を築こうと、進んで行くのでしょう。一歩一歩着実に、時に挑戦しながら」


 僕達はそう納得し、感慨に浸る。


「……単純に御二人にとっては絶大な力も、取るに足らないから感じないだけではありませんかね?」


 しかしウォッシュレーテは、自身が龍脈など歯牙にもかけない圧倒的上位存在だからか、理解出来ないらしく異論を挟んでくる。

 実際、ウォッシュレーテにとって龍脈は取るに足りないもであるから、僕達の事も同じものさしで測っているのだろう。

 とんでもない見当違いだ。


「そんなことないよ。だって龍脈と比べたら塵みたいに小さな人の力は判るんだから。僕が普通の人達よりもか弱いからこそ、近いけども遠い強者な皆の力が判るんだよ」

「その通りです。龍脈のような莫大な力と違って、くっきりはっきり感じ取る事ができます」

「……それこそ御二人からかけ離れ過ぎている小さな力だからこそ、異物として区別できるのでは?」


 僕達が説明してもウォッシュレーテは理解してくれない。

 これも神の思考。 

 思慮深過ぎて人には理解出来る筈のない超位的な神の思考とは別に、上位存在故に神が理解出来ない事もあるのかも知れない。

 もし神も間違うとして、僕達人はどうすればよいのだろうか? 神の考えだとしても正すべきなのか? それともそれこそが覆すことの出来ない正しき思想であると考えるべきなのか? 


 神、絶対なる摂理への問い掛け。

 僕達人が悠久に問い続け、問い続けるべき課題である。


「……そもそも御二人は前提からして人では無いでしょうに」

「人だから(ですから)!!」


 うん、今回の場合、神の間違いは正す。この一択しか無い。


「はいはい、もう分かりましたから……」


 だが人の願いと言うものは届かぬもの、もしくは神にとって取るに足りないもの。

 僕達の想いもウォッシュレーテに届くことは無かった。


 まあ、最後までダンジョン調査に付き合ってくれれば、そのうち僕達が如何にか弱いか理解してくれるだろう。

 そう納得して、調査に戻ろう。


「えーと、それでコアさん、どちらにしろ進むには、あの巨人を倒さなくちゃいけないんだね?」


 僕はそう言って巨人像の守る門に向き直る。


「いえ、実のところ、門を潜り抜ければそれ以上追いかけては来ません。その為進む分には無視することも可能です。しかしこれもある種の罠で、倒さずに城壁内部の財宝を手に入れた場合、別の階層への移動時に黄金像と化す呪いが罹っています」

「随分と本格的と言うか、拘った仕様だね」

わたくしは無意識下でも拘る質ですから。それで我々はどうしますか? 一応倒しておきます?」

「そうだね。飾りの財宝なんていらないけれど、万が一にも引っ掛けて出ちゃったら大変だもんね」


 そんな方針を定めながら、僕達は門に向かい進む。

 そして門に触れた。

 大きさだけでなく純金と言う素材の重さから考えても相当な重量のある門だが、音も無くスーと独りでに開く。


 門が完全に開くと突如鳴り響くは山が崩れたが如くの地響き。

 見れば金の戦士像が武器を、黄金の剣を地面に突き刺した音だった。

 戦士像、いや黄金の巨人が地面に突き刺した剣をゆっくりと振り上げた。

 試練開始の合図だ。


「じゃあウォッシュレーテ、後は宜しく」

「門の内側から見守っていますので」


 僕達は安全圏である門の内側に避難。


 コアさん既製のダンジョンに現れる巨人だから多分そんなに強くはないのだろうが、念の為だ。

 龍脈云々を話した後では戦う気になれない。


「私ですか!? 明らかに普通の原初の巨人よりも強そうなのですが!? 龍のように龍脈から力を得ているようなレベルどころでは無く、大規模な世界を駆け巡っている龍脈がそこに丸ごとあるかの如く力を感じますよ!? それを軽く倒せと!? この大災害の如きガーディアンを!? ここは逃げの一択ではありませんかね!?」


 黄金の巨人の相手を頼んだウォッシュレーテも必死で拒否する。

 しかしウォッシュレーテは大災害を簡単に起こせてしまう世界屈指の大超越存在たる世界神。どう考えても演技だ。

 つまりウォッシュレーテは、演技に見えない完璧な演技を披露する程全力で、僕達の冒険を盛り上げようとしてくれているのだろう。


 コアさんが無意識かつ片手間で創ったハリボテのようなダンジョンを、全力で本物であるかのように演じてくれているのだ。

 実際、黄金の巨人は僕達がこの学園に来る前に闘ったスライムとゴブリンよりも遥かに弱く希薄で、月とスッポン程の差がある。

 視界を覆うばかりの黄金も、所詮は簡単に創れる玩具に過ぎない。


 その夢の無い事実を隠し、ウォッシュレーテは本物の黄金郷とそのガーディアンを相手にしているかのように演じてくれている。

 対象年齢が少し低いような気もするが、ダンジョンと言う場所である事も合わさり、高揚感が湧いてくる。

 とても嬉しい行いだ。


 そんな想いが外に出ていたのか、ウォッシュレーテは次に進んでくれた。


「っ、そんなに期待されては断り切る事ができません! こうなればやってやりますよ!」


 若干前提の設定がぶれてきた様な気もするがこの際どうでもいい。

 ウォッシュレーテは覚悟を決めたように叫ぶ。

 戦闘開始だ。


 初撃は黄金の巨人の斬撃。

 巨剣振り下ろしは、たったそれだけで空に亀裂を生み、大地に大地溝を刻む。

 ウォッシュレーテはそれを難なく回避。渦巻く水のような動きで避けてゆく。


 剣が当たらないと理解した黄金の巨人は莫大な魔力を行使。

 金属性の魔術により大地が金塊に変わる。

 続けて金塊が幾万もの剣に変形。

 嵐のような勢いでウォッシュレーテに向け放たれる。


「“便秘(詰まれ)”」


 ウォッシュレーテは銀のラバーカップ、トイレのスポスポで応戦。

 先端をスポッとさせると、全ての剣が停まった。


「“下痢《下せ》”」


 もう一度スポッとさせると、全ての剣は反転。

 元の威力以上の勢いで逆流する。

 黄金の巨人は黄金の壁を作って守りの体勢に。


 制御が変わった事により、金属性の強化を失った剣が壁を貫く事は無い。

 世界中の鐘を同時に鳴らしたような美しくも岩を砕くかのように騒々しい騒音と、金と金のぶつかり合いなのに何故か巻き起こる無数の火花を散らせて、黄金の剣は全て地に落ちた。


 元々この技による撃破を考えていなかったウォッシュレーテは黄金の巨人の背後に。


「“流道波”」


 ラバーカップの突きを放つ。

 大重量の黄金の巨人は堪らず天高く螺旋状の波動を放ちながら吹き飛び、莫大な魔力で強化されていた外装に無数の亀裂が入った。

 それ以上させまいともう一体の黄金の巨人が剣を振るうも、流れる様に回避。正面に移動しラバーカップを突き立てる。


「“流引”」


 そしてエネルギーの大収奪。

 黄金の巨人は艶を失い岩のように割れ、立っていた地面の金塊は余波で砂に朽ちた。


 それを見届けない内にウォッシュレーテは空に投げ出された方の黄金の巨人に向かい反転。

 とどめを刺そうとラバーカップを構える。


 しかしそう簡単にはいかない。


 飛ばされた方の黄金の巨人は未だ渦巻く波動に囚われ、身動き出来ぬまま天に飛ばされ続けていたが、エネルギーを奪われていた方の黄金の巨人が地面として残っていた金塊を回収、復活してその巨体としては目を疑う他ない高速跳躍を見せウォッシュレーテに接近。

 そのままの勢いで剣を振るった。

 月が割れても不思議ではない超重量超高速の一撃だ。


 ウォッシュレーテはお得意の水のような動きで回避。

 だが、とどめを刺す事は叶わなかった。

 同時に渦巻く波動に囚われていた黄金の巨人までもが解放される。


 それでもウォッシュレーテにとっては好機のままであった。

 仲間を解放する一瞬も世界神にとっては無防備に止まっているかのような隙。

 大技を繰り出した。


「“浄渦”」


 突如黄金の巨人達の間に落ちる蒼き神雷。

 そして開かれる清浄世界への大穴。

 清浄以外の一切、つまり他を赦さないウォッシュレーテの固有世界は黄金の巨人達を引き摺り込もうとする。


 黄金の巨人は金を生み出し操りこの階層への柱を立てる。

 幾本もの金があちらこちらに穿たれ、穴に落ちようとする黄金の巨人を支えた。

 しかし大穴への誘いは空間をも巻き込もうとする大渦に発展。余波で生み出された何条もの神雷が黄金の巨人を撃ち抜いてゆく。


 避雷針代わりとなった柱は神雷を幾割か散らすことに成功するが、伝わる神雷は柱の根を派手に消失させ、避雷針の役割をそれ以上赦さなかった。


 遂に黄金の巨人はこの階層への支えを喪う。

 そして大穴へと消え、完全に消失した。


「ふぅーーー、黄金の巨人、討伐完了しました」


 ウォッシュレーテはそう言いながら僕達の元へ降りてくる。


 やはりウォッシュレーテは世界神。

 難無く無傷で戻ってきた。それも最高の見世物まで行いながら戦った後でだ。

 初めから僕達の予想通り演技だったのだろう。


「見事だったよ。いいもの見せてくれてありがとう」

「流石は世界神、わたくしの脆い巨人相手でもすぐに壊さないように手加減し、あそこまで熱戦を演じられるとは、正直驚きました」

「……一体どこに脆い巨人が……」



 まだウォッシュレーテは演技を続けている様子だが、これも僕達の為だろうから触れずに先を進む。


 進む先、ダンジョン黄金都市の中央に有ったのは祭壇とそこに突き立てられた一本の金杖。

 杖の先には澄んだ薄い水色の宝玉があった。


「これがこの階層の目玉宝物、賢者の石付きの杖です。これを使えば誰でも金属性魔法を扱えるようになります。金を生み出せるようになる黄金郷に相応しき宝物ですね」

「……賢者の石、魔術を使わなくても創れたんだね」

「あっ……」


 最後の最後で変な空気になった。

 万能薬を調合しようと色々やったのに、本家本元の材料は得ようと思えば簡単に得られていたのだ。


「いや〜、ここ暫く、宇宙の寿命単位で賢者の石の生成は行って行っていなかったのでつい……」

「もう、しっかりしてよ? 結果的に美味しいカレーが出来たから寧ろ良かったけど。と言うか、賢者の石って相当珍しい伝説的な石って聞いたけど、普通に作れるんだね?」

「恐らく、古い道具の現存は珍しいと言った系統の珍しさなのでは? ほら、マスターも金属性魔法は流行だどうだと言っていたでは無いですか?」

「なる程、現にコアさんは賢者の石を創れているしね」

「そうですよ」


 そもそもか弱い僕達ですら今のところ、つまり日常的には不滅の絶対存在だ。

 どうやっても死なないどころか怪我すらまずしない。


 万能薬からしてそもそもそんなに需要が無い筈なのだ。

 何故なら僕達よりも強い存在である筈の都会の人達は、僕達よりも更に怪我などしない筈であるから。


 だったら万能薬の材料、賢者の石が廃れ都会では珍しいものになっているのも納得がいく。

 ……何故か都会では怪我人も沢山いたような気がするし、寿命を持つ人が大半だったけど、あれは何なのだろうか? やっぱり僕達が理解出来ない流行りか何かかな? 

 それとも、僕達のような果てしない田舎者は長生きだけなら誰にも負けないのだろうか?


「……金も生み出せる、原初の賢者の石……」


 あれ? ウォッシュレーテの様子がおかしい。

 都会ではそんなにこの賢者の石が珍しいのかな? 都会では太古の昔に、賢者の石からも金属性に関する力が封印されたって言うし?

 まあ何でもいいや。僕にとっては大した物じゃ無いし。


「その杖はウォッシュレーテにあげるよ」

「これも貴方の成果ですのでどうぞ」


 そう言いながら、僕達は更に先へと、次の階層へと向かってゆく。


「あっ、その杖は抜くと階層主である黄金の龍を倒さなくてはいけなくなるので、それには注意してください」

「それを先に言って下さぁーーーーーーーーいぃ!!」


 何か後ろでウォッシュレーテの悲痛な叫びが聞こえた気がするが、気にせずに僕達は進んでゆく。


 その先は南国の白亜のビーチ、その次は芸術的な遺跡、そのまた次は宝石の溢れる鉱山、果ては宝物庫と、僕達は戦闘をウォッシュレーテに全て任せながら先を進んだ。

 しかし幾ら進めど誰もが想像するような階層には辿り着かなかった。全部コアさん曰く大当たり階層との事だ。


 そこで僕達は自分たちでダンジョン攻略し、現地調査するのを断念した。

 帰りの転移門は全てのストーンヘンジにあったようで、帰りはすぐだ。


「やっど、終わっだ……やっど終わりまじだよおぉーーーーーー!!」


 ウォッシュレーテは終始演技を続けたままだった。

 あたかも決死でダンジョンから脱出したかのような様相をしている。

 どこに出しても恥ずかしくない名演技だ。きっと誰も演技だと見破れないだろう。


 そして僕達は次に生徒達に目を向ける。


 次は誰かを行かせてのダンジョン調査だ。





 《用語解説》

 ・流水浄洗拳

 流水教本流大運院ケルテム枢機卿の生み出した格闘技術。流れる様に次に繋げていく技が特徴。基本的に数字の小さな型から大きな数字の型へと繋げてゆく。多数相手向け。

 連続が決まれば単独で集団武技並みの技を放てるが、連続が必要なので上級者向けであり、敵の動きを読め、それに合わせられるようになって初めて初級者レベル。

 その為、広く知られた武闘流派ではない。流水教信者止まりである。


 尚、流水教の武術初心者にはこの流派とは別に“お花摘み拳”と言うものがある。こちらは基本的に自衛用の技が多い。



 ・黄金の巨人

 魔物ではない為ランクは無いが、推定300程度。

 伝承にも残ってはいない神話存在。黄金と言う概念に形を与えた姿の一つ。

 大規模な世界を巡る龍脈と同等の魔力生命力があり、大災害の中でも問題なく生存できる。人だけの自然の脅威、人を災害に変える黄金の化身。その力を単体で体現する。



最後までお読み頂き、ありがとうございます。

次回はダンジョン攻略(アーク達以外)になる予定です。

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