第六話 夕食あるいは昇華
すいません。また遅れました。
見掛け上、全く実用性がないこの竃で料理することしたが、調理器具自体はなかったので、まずはそれを出すことにした。
『調理器具がないのでしたら私が魔術で出しましょうか?』
「お願いだからやらないで!」
コアさんがとんでもない提案をしてきたので急いで止めた。また魔術で人が増えるところだった。
「また魔術の人が増えたらどうするの!?」
『ふ、増える訳ないではありませんか、だからあれは私のせいではないのです』
コアさんはまだ自分が仕出かしたと認めていないようだ。認めていないと言うよりも現実逃避かもしれないけれど。状況証拠がどれだけあると思っているのだか……もう一度アーク・パンチをプレゼントしようかな。夕食前だから余計にイラッとする。
『マ、マスター、私が悪かったです! だからその手を下ろして下さい!』
「まあ、夕食前だから赦してあげるよ……今はね…」
『ありがとうございます。ところで許すのニュアンスが何かおかしい気がしたのですが、あと最後に何か言いましたか?』
「何も間違っていないし、気にしなくていいよ」
「そうですか?」
とりあえず僕は笑顔でコアさんの行いを赦して、夕食の準備に集中することにした。次に夕食の邪魔をしようとしたら……フフフ。
『ヒィッ!!』
「“何か?”」
『な、な、な、何でも、あ、あり、ま、せん!!』
何かを察知して脅えたコアさんに、笑顔で語り掛ける。作り笑顔の練習に丁度いい。
僕の笑顔で余計に脅えた様子のコアさんを無視しつつ無限収納を探る。村の皆が勝手に大量の物を入れたから散らかっていて、どこに何があるのか判らない。後で無限収納用の“植身”を創った方が良さそうだ。
そういえばどうやって僕の無限収納の中に、勝手にいろいろなものを入れたのだろう? そういうスキルでもあるのかな?
数分間探してもゴブニュ釜の一つ、“餓鬼の飢饉”しか見つからなかったので、しょうがなくそれを使うことにした。いつの間にか村の誰かが僕の無限収納に、勝手にこんな物騒な代物を入れていたようだ。
これは本当に無限収納の整理を急いだ方が良さそうだ。コアさんにでもやって貰おう。
「コアさん、暇なら僕の無限収納内を整理整頓しておいて」
『か、か、畏まりました!! 喜んで整理させていただきます!!』
僕が頼むとコアさんは長年練習してきたかのような敬礼をしながら、いい返事を返してくれた。成果が出たらアーク・パンチを今回は辞めてあげてもいい。
『ちょっと! そこの方々! マスターの無限収納の整理を手伝って下さい!』
「「「「「「「畏まりました」」」」」」」
コアさんは魔術の人達に頼むと、彼らは完璧に揃った声で了承し、それぞれその場で消え、僕の無限収納の中に入ってきた。
君たちも僕の無限収納に勝手に入れるんだね……。
因みにコアさんは中には入っていない。コアさんに頼んだのに自分ではやらないようだ。やっぱりアーク・パンチを……。
『ち、ちょっと待ってください!! 私に実体はないので整理ができないのです!!』
コアさんは慌てて弁明を述べてきた。そういえばコアさんは僕の考えていることがある程度解るんだった。不意打ちがしにくいじゃないか、解る基準は何かな?
『ま、魔術を使えば整理出来ますが?』
「まあ、そう言うことなら許してあげるよ」
流石にそんなリスクが有るのなら見逃してあげよう。というか魔術使わないと整理出来ないからここにいるって、完全に自分が魔術使うと人に成るって理解しているからだよね?
『な、何のことでしょうか、そ、それよりも私はマスターの素晴らしい御野菜様を早く見たいのですが』
「え? そう? そこまで言うなら見せてあげるよ」
『ふぅ~、マスターがチョロくて良かったです』
「ん? 何か言った?」
『いえ、何も…』
コアさんも僕の野菜のことを正しく認識しているようだ。最後に何か聞こえた気もするが気のせいだろう。
さてと、どの野菜をまず見せてあげようかな。見せるだけじゃなくて、しっかり御馳走してあげよう。僕の野菜の良さを理解せずにはいられない筈だ。
まず僕はコアさんのお陰で新たに手に入れた力、“豊穣世界”から一つの野菜をもぎ取る。
林檎程の大きさの雲に包まれた、緑と水の星のような野菜だ。うーん! 今日のも良い出来だ! 輝きながら流れる雲の河《皮》も、その内側の緑と碧の輝きも、とても清んでいて美しい生命力に溢れている。
『……一目拝見しただけで素晴らしいものだと解るのですが…………その野菜はいったい何ですか?』
「一目見ただけで解るなんて、コアさんも良い眼を持っているね。ふふん、この実は“願いの実”。これを食べるとすぐに元気になるくらい、栄養たっぷりの木の実なんだよ」
僕は胸を張ってこの野菜の説明をする。まあ、僕がわざわざ説明しなくても、この素晴しさは伝わっているだろうけどね!
僕はコアさんの反応を待つが、コアさんは“願いの実”に目線を向けたまま表情を固めている。
「この“願いの実”は熟してくると、光りが増して雲を新たな光りが貫いて、野菜から果物に成るんだ。まあ、元々木に生るからどちらかと言うと果物かもしれないけどね」
まだコアさんは僕の野菜に見惚れている様子なので説明を続ける。何故か驚愕している表情になってきた気もするが気のせいだろう。
因みに僕は野菜と果物の境界について、美味しく食べれ余程外れていなければ、どちらでも良い派だ。
まだコアさんは動かない。いや、始めより何故か驚愕しているような顔で口を大きく開けている。気のせいではなかったようだ。
ん? この表情は剰りにも美味しそうで口が勝手に開いて、自分でも驚いているってことかな? そこまで想ってくれているのなら、今すぐに食べさせてあげよう!
「はい、どうぞ」
『ううう、んーーーーーーーーーーーん!!!!」
僕はコアさんの口の中にこの野菜を入れてあげたが、半ば無理矢理入れたせいか、とても大きくコアさんが唸ってしまった。しかし最後の辺りは幸せそうな声音(?)だったので、僕の野菜の美味しさをしっかり理解してくれたようだ。
「どう? 美味しいでしょ?」
「……は、はい、とても美味しいです。全ての感覚を刺激して、此の世のものとは思えません」
コアさんは惚けた状態で答えてくれた。それだけ美味しかったということだろう。作った甲斐がある。
ふふん、そんなに褒めてくれても僕の手料理しかでないよ? まだ、調理していないから、とりあえず“水杯”のお水をあげよう!
“水杯”は水筒代わりだけあって、涌き出る水はとても美味しいのだ。僕はある程度の範囲の水を吸収できるから、いつまで経っても無限収納に水が貯まらない。
無限収納が片付いたら“水杯”の水量を常に増やしておこうかな~。
「はい、コアさん。お水をあげるよ」
僕は“水杯”の水を“無杯”に入れ替え、コアさんに渡した。
「あ、ありがとうございます。…水が浮いているように見えるのですが、私の気のせいでしょうか?」
「ん? これは“無杯”っていう技だよ。コップが無くても水が飲めて、注いだ水が若干美味しくなるし、ついでに洗い物も少なくて済む便利な技なんだよ」
「あ、名前通りに不可視のゴブレットのようになっていますね。では遠慮なく頂かせてもらいますね」
コアさんが“無杯”を傾ける。この瞬間は水の動きで、不可視の形が判る。なかなか美しい瞬間だ。
「んーーーーーーーん!!」
またコアさんが声に成らない声を上げる。吹き出さないどころか杯の傾きを強めていることから、お水の美味しさで声を上げているのだろう。
コアさんが落ち着くまで時間がかかりそうなので、僕は料理を始めておこう。
“餓鬼の飢饉”はその来歴が物騒なだけで、性能は普通のゴブニュ釜と変わらないそうなので、このまま使うことにした。
因みにゴブニュ釜とは、中で調理した料理を対価に応じて無限に産み出せる釜のことだ。増やした料理は始めのものより味が落ち、栄養まで減るので僕は好きじゃない。材料の野菜なら沢山有るしね。
なので今回は普通の釜として使うつもりだ。
次は料理をする場を用意することにした。
「え~と、どのまな板の木にしようかな~」
さっき無限収納を探しても、使えそうなものが見当たらなかったので、僕の木を使うことにした。今度は選択肢が多すぎて迷う。
少し悩んで僕はまな板に、足元から幾本かの“まな板銀杏”を生み出した。この銀杏は僕が料理するのに丁度いい高さで縦の成長が止まると、今度は上部の方が横に広がって全ての株と繋がり、全面まな板で出来た台所のように成る。
この銀杏はまな板にする為だけに品種改良したもので、加工しなくても樹皮が無く、そのまままな板として使える。まな板としての性能も最高で、水等は不要だ。
因みに台所の形態をしているのは、今僕が使いやすいように操作しただけで、本来の姿は樹皮の無いただの銀杏だ。今は僕の匠な植捌きで所々から青々とした、銀杏の葉を付けた枝がひょっこりと生えていて、見かけも良いまな板である。
「何を作ろうかな? とりあえず適当に野菜を摘もう」
僕は〈料理〉スキルを持っているが、実はあまり料理をしたことがない。何故か僕の野菜や果物の皮を剥いていただけで、いつの間にかスキルを獲得していたのだ。一人で作るのはこれが始めてかもしれない。
当然何を作ればいいのか判らなかったので、完全ランダムで野菜を摘んでみた。材料を見れば何かいいアイデアが思い浮かぶだろう。
ある程度野菜が決まった結果、どちらにしろ僕には野菜炒めか、野菜スープ、新鮮なサラダぐらいしか作れないことに気がついた。そもそも調理器具が釜一つしか見つからなかったし……。
コアさんは料理が出来そうにもないし、しょうがないからお母さんから貰ったとっておきのお肉も、串に刺して調理することにしよう。これである程度は品数が増える筈だ。
これからの夕食をどうするか考えないとな。夕食の為ならコアさんに新しい魔術の人を創ってもらっても良いかもしれない。
「“梛払い”」
まず僕は梛の葉を人差し指と中指で挟み、葉を水平にスライドさせ、野菜とお肉を食べやすいように切った。この技は水平にしか切れないが刃物がいらないので、今回のように刃物が見つからない時に重宝する技だ。
別に梛の葉を水平に持ち横に動かせば使えるので、それぞれの指の間に挟めば、一薙ぎで何重にも切ることができる。
サラダはそのままでもいいので、僕はまずスープを作ることにした。というか釜しかないので一択だ。
とりあえず切った野菜を釜に全て入れる。次に水杯に力を込めて、多めの水を釜に注ぐ。火は竃に元から“永久の灯火”があるから、後は待つだけだ…たぶん。お爺ちゃんは先に野菜を炒めていた気もするが、きっと気のせいだ。
「そうだ、味付けどうしよう?」
確か料理には調味料が必用だった気がする。お爺ちゃんの料理するところは速すぎてよく見えないんだよな~。ちゃんと習っておけば良かった。
塩でも一降りすれば大丈夫かな? いや、僕の野菜は美味しいから大丈夫だろう。
塩ってどうやって創るんだっけ?
「よし、出来た」
僕は“水杯”、“火杯”、“土杯”、“風杯”を駆使して、なんとか塩を創り出すことに成功した。
塩を思い浮かべながら“無杯”の中に土と水で泥を創って、それを火で渇かしたものを風で削り出したら出来た。
因みに“火杯”、“土杯”、“風杯”はそれぞれ“水杯”の火、土、風版のものだ。見かけも性能もよく似ている。
「パラパラっと」
僕は釜の中に塩を一掴み程入れた。ゴブニュ釜は殆ど知られていないが、見かけよりも大量の食材を入れて調理することも出来、今回は見かけの数十倍の食材を入れたので、たぶん丁度いいくらいの量だろう。
「“竹串”」
次はお肉の串焼きを作る為に、“竹串”で竹串を用意した。この技は竹を一瞬で竹串に加工出来、竹串を操ることができる。竹を生やして指先でトンとすれば一発だ。
僕は植物を育てること以外にも、植物を加工・利用することが得意だ。料理は食べることが中心でやってこなかったけど……。
竹串に加工した竹を地面に着かないように浮かしたまま、切ったお肉に突き刺す。そしてそれに塩を振りかけた。あれ? もしかして串に刺す前に塩をかけて揉んだ方が良かったかな?
まあいい、このお肉は元々が良いから不味くはない筈だ。それに後から塩をかければきっと大丈夫……。
「えっ!?」
僕は思わず声を出してしまった。串に刺したお肉を竃で焼こうと近づけたら、飾りと思っていた人の彫刻が串を掴み、火でお肉を焼き始めたからだ。実用性がないと思ってごめんなさい……。
魔法道具じゃなくて魔術なのに…コアさん凄い…。後で褒めてあげよう。料理系の魔術の人なら増やしてもいいかもしれない。
「コアさん、そろそろ落ち着いた?」
料理が完成するまで時間がかかりそうなので、僕はコアさんに話し掛けてみた。まだ目が遥か遠くを視ている気がするが、たぶん大丈夫だろう。
「…………はい、かつて無い程落ち着いています」
「それは良かった。料理完成まで時間があるから話でもしようよ。何か話題ある?」
「……問い質したいことは沢山ありますが、もう慣れるしかないと思うので、私からの話題はないです」
コアさんが遥か遠くを視たまま答える。まだ美味しさの余韻に浸っているのかな? どこか悟りを開いたようにも見えるけど…。
「そう言えばコアさん、何か変わった?」
コアさんからは話題がないそうなので、僕はさっきから気になっていたことを聞いた。コアさんの姿が濃くなったし、声も姿から直接出している気がするんだよね。
「……はい、マスターの思っている通りです。存在が濃くなりました」
「存在って濃くなるんだ。始めて知ったよ。何でそうなったの?」
「…………原因はほぼ確実に判っていますが、私が聞きたいです」
「原因は何なの?」
コアさんの言い方からすると、自分でそうなったのではなく、何かのせいでそうなったようだ。存在が濃くなるような凄いものがこの世にはあるんだね。
「……本当に聞きたいですか? 長くなりますが? 私的な理由で……」
「ん? 聞きたいけど…」
何かとても嫌な予感がしたが、それ以上に原因が気になったので僕はそう答えた。
私的な理由ってどういうことだろう?
「……………………マスターの“願いの実”のせ・い・に!! 決まっているではないですかぁぁっ!!!!」
コアさんが僕に目線を向けたと思ったら、少し離れた所に居たのに予備動作が全くなく、一瞬で僕の目の前に現れた。
至近距離で叫ばないで欲しい。あと服装が乱れるから掴まないで…。
「え、いや、その、美味しかった?」
コアさんの迫力に圧倒された僕は言葉が出ず、とりあえず味の感想を聞く。
「はい! とても美味しかったです。ってそうじゃなくてですねー!!」
味の感想を短くても伝わるほど、力と感情のこもった声で答えてくれた。そう言ってくれるととても嬉しい。
「栄養たっぷりどころの実じゃないですよねー!! いったい何なを私に食べさせたのですか!? そもそも何故このようなものを育てられるのです!? “願いの実”は多くの大英雄が望んでも手に入れることが出来ずに散って逝くような、私の秘宝の中でも上位に存在するものですよ!!」
コアさんが一気に疑問を僕に吐き出してきた。さっそく反論を許してくれず、魔術の大嵐が吹き荒れる雰囲気だ。
と、とにかく今は一つずつ疑問に答えよう。
「な、何を食べさせたって、“願いの実”だよ?」
コアさんが納得する答えか確認しながら答える。若干疑問系になってしまった。
「そんなこと知っています!!」
当然のように失敗した。先は長そうだ。
魔術だけは回避しなくては……夢は持つだけで意味があるよね。
「アムブロシアとは食べたら不死になる神々の食べ物のことを指します。神々の食べ物を全般的にそう呼ぶだけであって、一つの何かを指す名ではありません。
神々の主な力の源はその神、又はその司るものに対しての祈り等の強き感情や捧げ物。よって食糧も祈り等で造られた料理のようなもので、それがアムブロシアです。
つまり農作物として育てられるものではありませんし、そのアムブロシアは純粋な祈り、願いが籠っています。アムブロシアは本来、その材料によって特定の者しか使用出来ないものなのです。それにも関わらず、それは誰でも食べることが出来ます」
コアさんは無表情でアムブロシアと僕の“願いの実”の違いを淀みなく説明してくれる。
さっきまでの勢いと迫力が急になくなり、僕は恐怖を感じている。嵐の前の、いや【大嵐】の前の静けさだ。
「祈りだけでも十分な力に変える神々がわざわざ造るような食べ物を、何故通常のものより強化して、農作物として栽培できるのですか!? そして何故、それほどのものを私の口に、それも無造作に突っ込むですか!? どんな神経しているのですか!?」
やはり【大嵐】が始まった。農業を営む者として、なんとか乗り越えねば!
「い、いや、でもあのアムブロシアは昔からある品種で、そんなに凄いものじゃない……よ?」
僕が農家として変なプライドを出して反論していくと、コアさんの雰囲気がどんどん悪化していった。
も、もう自然災害には逆らいません! 大人しく過ぎ去るのを待ちます!
この時自然災害と向き合えるのは、その前か後だけということを強く実感した。こんなことで知りたくなかったよ。グスン。
「…………あのアムブロシア以上のものを育てているのですか?」
あれ? コアさんがまた静になった。今度は嵐の前の静けさと言う感じではない。上手く行けば魔術を回避出来そうだ。
さて考えろ僕。ここでどう応えればいいのかを。
話を誤魔化して違う話題にしてみようか? いや、話が元の流れに戻りそうだ。
普通にアムブロシアの品種の話をするのは? あの状態のコアさんが素直に聞くとは思えない。また暴風が吹き荒れるだろう。何より僕の創った品種の良さが伝わらない。作物を愛する者として、魔術の【大嵐】を浴びてでも、良さは正確に伝えなければいけない!
よし! 色々な品種のアムブロシアを食べさせながら説明しよう! コアさんに味の感想を聞いたときも、一瞬意識がそちらにもっていかれたから魔術も回避できるかもしれない。
「うん、僕は色々なアムブロシアを育てているんだよ。とにかく食べてみてよ!」
僕はコアさんの口にめがけて古い品種のアムブロシアを突っ込にかかる。古い品種から食べてもらえば品種の良さが良く伝わるだろう。
僕の改良した作物の殆どは口にしなくても食べれるが、良さを解ってもらう為に口に入れる。外れそうになったがコアさんが自ら食らいついてくれた。ありがとう。
「んーーーーーーーーーーーーーーんっ!!」
「んーーーーーーーーーーーーーーーーーーんっ!!」
「んーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーんっ!!」……………
「『ん─────────────────────んっ!!!!!!!!!!!!!!!!!!』」
最後に最新最高品種をコアさんが食べると、今までよりひときわ大きい、声に成らない声を発した。美味しかったに違いない。
また美味しさの余韻が長く続きそうなので、僕はコアさんが元に戻るまでの間夕食にしていよう。アムブロシアを全種類食べてもらったから、時間は十分に経っている筈。むしろ火の通し過ぎが心配だ。
さて食器はどうしようか? 探すのは大変だからそのままでいいかな。スープとお肉の串焼きだしね。
まずは串焼きをパクリ、やはり村の料理に比べて味が落ちるが旨い。元のお肉が良いからだろう。ただ焼いただけで何匹でもいけそうだ。
次にスープを釜ごと持ち上げゴクリ、どんな味かよく判らないが美味しい。流石は僕の野菜でできたスープだ。唯一言うことがあるとすれば、釜が少し熱くて重いことぐらいかな。
三分としないうちに食べ終わった。やはり少し物足りない。結構作ったつもりだったんだけどな。自分で料理をしてみると、料理を作ってくれた皆の凄さが良く分かる。いったいどれだけの量を作っていたのだろう。
足りない分はデザートの果物でも噛っていよう。
「しゃきしゃき、モグモグ、ジュルジュル、シャリシャリ、はむはむ…………ゴクリ」
「…………いつまで食べているのですか?」
僕が一ドーム程の果物を平らげたあたりでコアさんが戻ってきた。思ったよりも早い。
「フゴフゴ(そんなに食べていないよ)……フゴフ(コアさんも一緒に食べる)?」
「…………はい、頂きます」
もうコアさんからはもう嵐の予兆を感じない。どうやらアムブロシアでの籠絡が成功したようだ。いや、この場合は餌付けかな?
何故か悟りを開き山奥に隠った仙人並みに、達観と呆れ・諦めの目をしているような気がするが、成功は成功だ。アムブロシアの品種とその良さを理解してもらい、ついでに魔術の嵐を回避することに成功したのだ。
「ところでコアさん、また存在感が上がったような気がするけど、何かしたの?」
「……マスターのアムブロシアをあれ程口にしたのです。当然こうなります」
「おおー、流石は僕の野菜! そんな効果が有ったんだね」
「……普通は野菜を食べただけで、絶対に存在が昇華すること等ない筈なのですが……。そこには何も思わないのですね…………」
「いや、思っているよ。僕の野菜は凄いってね」
「…………そうですね…………」
コアさんは何故かさらに呆れと諦めの詰まったような雰囲気を出しながらそう応える。
本当に何故そんな雰囲気を出しているのだろうか? あ! この食事のあとにまた、魔術の人達への対応が残っているって思い出したからかな? 夕食に夢中ですっかり忘れていた。早く考えないと!
《用語解説》
・ゴブニュ釜
中で調理した料理を魔力等の対価と引き換えに、無制限複製することができる釜全般を指す。
釜で増やした料理が溢れないようにする為に、物理的な大きさ以上に料理を容れられる機能も持つ。
作製にはかなり高度な技術を要し、現在では作れる者は殆どいない。また作製出来ても対価と釣り合わない、燃費の悪すぎる釜しか出来ない者が多いい。
しかしどんな食材でも対価によって増やせる為、超稀少食材の複製等で重宝され、その価値はゴブニュ釜として三流品以下でも小国の国宝級である。
因みに料理をほぼ完璧に複製できる為、味等の違いは感知できる程ない。どのようなスキルを使用しても不可能である。
あと、中に入っているものの重量を無くす機能や、釜の温度が変わる機能等は付いていない。
・餓鬼の飢饉
ゴブニュ釜の一つ。元は黄金色の光沢を放つ金属で出来た、暖かい雰囲気の少し大きな釜だったが、現在ではあちらこちらに通常の用途では付かない傷が付き、材質も変質し禍々しい見た目の釜になっている。
かつて生きる大人災と吟われた【黒光の天災】の怒りを買い大飢饉に陥った都市国家に、そこの都市神が授けたゴブニュ釜である。
機能的には他と比べ特に秀でている訳でもなかったが、大飢饉に対して大いに真価を発揮し、都市国家は大飢饉を乗り越えることに成功した。
しかし大飢饉を乗り越えた人々は荒れた畑を戻そうとせずに、このゴブニュ釜に頼りきった。都市丸ごとを賄える食糧の対価が人間の生贄であることも知らずに……。
その結果、畑は再生不可能な程に荒れ果て、大人災によって孤立させられていたこの都市国家に当然食糧はなく、釜を使い続けることになり、生贄を求めて人々は争い続けた。
その光景がまさにこの世のものではなく、餓鬼の飢饉のようであったことからそう名付けられた。
アークの村にあったのは、最後の生き残りが今後このような悲劇がないようにと、できる限り人里離れた場所に捨て去った為、偶々アークの母親が拾った。持ち帰った後〈鑑定〉で来歴を知り全力で後悔したが、また捨てると罰が当たりそうだったので所持していた。
アークが持っていたのは村を出て行くので、何処かに置いて来てくれないかな~と期待した為。
アークが持っている限り呪い等はないので、現在はただのゴブニュ釜である。
・アムブロシア
神々が自らに注ぐ祈り等の強い感情や捧げ物を、より強力な望んだ力に返還しやすいように変化させた食べ物。形は定まっていないが、多くは輝く球体の姿をしている。
主な材料が祈りの為、祈りを向けられた神自身か近い者にしか食べることができない。神ではない存在が食した場合は、主に神に近づき不老不死等になる。
・願いの実
誰に向けられた訳でもない純粋な願いで創られたアムブロシア。生命力溢れる星の姿をした、林檎程の大きさの木の実。
純粋な願いで創られた為に、どのような存在でも食すことができる特別なアムブロシア。
実はダンジョン《最果て》の最終層の宝物の一つとして厳重管理され鎮座していたもので、アークの誕生日プレゼントととして珍しい植物を探していた村人に、ダンジョンを攻略されること無く普通に持っていかれた。
本来は通常のアムブロシアと比べてもかなりの力を持つ一品で、神も欲しがるような存在である。
それをアークは育て品種改良までしている。アークに育てられたアムブロシアの材料は、アークの植物に対する元気に育ってくれと言う願いだ。
因みに村人達がこれ等を食べると幸せそうな表情になるが、それはアムブロシアの味や力に対してではなく、村唯一の子供が育てたものを食べさせてくれるからである。