第四十九話 トイレ縁結びあるいは難しい乙女心
毎度遅くなってすみません。
今回は思いの外、前座の筆が進みほぼ全て一つの縁結びの話です。
一息つけた僕達は行き過ぎた縁結びダンジョンに挑む、前にマリアンネの縁結びをやる事にした。
あのダンジョンへ挑むには(外から視るだけだけど)万全の状態で無ければならない。そうでないと精神が持ちそうに無いからだ。
縁結びを成功させれば最高の精神状態で挑めるだろう。良い気分であれば鼻歌を歌いながら異常を笑ってやり過ごせる。
その為のマリアンネ風縁結びだ。
まずはお手本通りに走っている人を探す。
「トイレトイレ、トイレは何処だーー!!」
早速見つけた。
今期から本校に編入になったらしい新4年生のバウル先輩だ。
走っている理由はレイブン君とは違うが、そこは縁結びに関係なかったから全く問題無い筈だ。
トイレ(趣味)の為に走っているのは禁断症状が出ているようで少し心配だが、トイレとは全世界で流行っている大人気の趣味、多分大丈夫だろう。
寧ろレイブン君よりもスピードが有って成功しやすそうだ。
最寄りの公衆トイレの位置を確認。
そこまでのルートで縁結び相手に丁度良い人を探す。
おっ、道沿いに良い人が。
丁度バウル先輩の進行方向行き止まりの建物、その七階でお着替え中。
これは出逢わせない選択肢は無い。
早速石畳の摩擦を消去。
「えっ? アーク様、あのトイレを我慢している者に縁結びを施すのでございますか?」
「うん、そうだけど何か問題でもある?」
「流石にそれは酷かと」
「ん? 何で?」
「それは、トイレを我慢中ですから」
「「?」」
摩擦消去の位置から誰に縁結びをするつもりか理解したマリアンネは、少し引き気味に、暗に中止するように諌めてきた。
露出教の元狂が引き気味とは一体?
たかが趣味を優先させる事に、世界神も認める程の大きな意味があるのだろうか? 僕にはただ道を急ぐ人とトイレに向かい急ぐ人との違いが解らない。
しかしコアさんには理解出来たらしい。
「なる程、トイレとは下半身を晒す露出に通ずる行為。露出教の教主として止める事は信義に反するのですね?」
「……考えてみれば信義に反する気もいたしますが……問題はそ――」
「そこまで気にしなくても大丈夫だよ。トイレは趣味に過ぎないんだから。神様でもそこまでの気にし過ぎは良くないと思うよ?」
「……どうぞ、縁をお結びください」
どうやらマリアンネが諌めてきた理由は縁結びの過程にあるのでは無く、自分の神としての神意にあったらしい。
僕が気にし過ぎだと言うと、何故かマリアンネは達観したような様子ではあるが納得してくれた。
これで心置きなく縁結びが出来る。
丁度、摩擦を消し去った石畳にバウル先輩は足を力強く踏み入れた。
咄嗟に止まろうにも偶然滑ったのでは無く、足元は摩擦が全く生じない石畳。
一切スピードを落とす事が出来ずにバランスを崩す。
そこに垂らす一本のロープ。
これをバウル先輩が掴めばこの縁結びはほぼ成功間違い無し。
そして掴まねばバウル先輩に待つのは壁との大激突。そこらの矢に匹敵するスピードが出ているだけに大怪我は免れない。
絶対にバウル先輩はロープを掴む。そして部屋に突入。縁結びは成功だ。
バッガァーーンッッ!!
「「あれ?」」
しかし、ロープが掴まれる事は無かった。
バウル先輩は壁に大激突。怪我を恐れず何と壁を破壊、壁を突き抜けた。煉瓦でも漆喰でもない頑丈な一枚岩の壁が、ポップコーンのように弾け飛ぶ。
バウル先輩は代償として至るところから出血、血塗れの状態に。
「トイレは、何処だぁーーーッッ!!」
それでもバウル先輩はスピードを一切落とす事なく、それどころか何故か速くなりながら真っ直ぐ走ってゆく。
バウル先輩にとって壁は障害物になり得なかったらしい。
大怪我でこそ無いが軽傷でも無いのに、バウル先輩は止まらない。
だが僕達も諦めない。
「コアさん、どうする?」
「取り敢えずロープと壁が目に入らない程トイレに囚われている様子なので、壁以上に目立つもの、目を向けなければいけないもので誘導してみましょう」
すぐさま対策を立て、実行する。
バウル先輩に立ち塞がるは魔物。
ランク5のオークガーディアン。それが20体以上。
コアさんが近くのダンジョンに干渉して用意させたものだ。
流石に人類の脅威、魔物であればバウル先輩も目を向けるだろう。
そしてオークガーディアンは防御特化型の魔物。上位種であるオークキングよりも防御力に関しては高い。
オークの群れにおいて敵をオークキングの元に通さない事が彼等の役割。道を塞ぐのにもってこいの魔物だ。
強さからしてもランク5とは、冒険者ギルドの等級で言うとC級冒険者が戦う事を推奨される強さ。
そしてC級冒険者とは優秀な一流の冒険者、ただの経験では辿り着くことのできない才能ある者が経験を積んで辿り着ける境地。
簡単に言えば、余程の事が無ければ町一つを一人で守りきれる強さを持つ人達の事を呼ぶ。
バウル先輩はそこに届いていない。今年から本校通いらしく常人の域、良くてD級冒険者の上位程度の実力しか無い。
ランク5はあくまでC級冒険者が戦う事を推奨される、つまりほぼ確実に勝てる強さだが、バウル先輩の実力では死闘を経て一匹倒せるかどうかだ。
つまりここは、オークガーディアンを避けると言う選択肢しかない。
そして脇に樽で階段を用意しておいた。
ここで最後の段を踏んだ時、蓋が抜けすっぽり入ってしまい縁結び相手の所まで転がるという算段だ。
尚、遠目から気付かれて避けられてしまうと失敗してしまうので、オークガーディアンの近くに大量の洗濯物を干しておいた。これで止まれない所までオークガーディアンが見えない筈。
完璧な計画だ。
僕はコアさんとハイタッチを交わす。
うん、何だか立派な都会人になった気分だ。
後は縁結びの成功を視届けるだけ。
「トイレェェェェーーーーーッッ!!」
バウル先輩は洗濯物を潜り抜ける。
目の前には立ち塞がるオークガーディアン。
さぁ、樽階段に逸れろ!
「どぉッけぇぇぇッッ!!」
弾け飛ぶオークガーディアン……。
「「へ?」」
立ち塞がるオークガーディアンがぼんぼん爆破され殴られ宙を舞ってゆく。
既に限界まで魔術強化されていた身体能力、ヤケに高い集中力で練られた無詠唱の火属性魔術を駆使して、尚もバウル先輩は駆け抜けていた。
強い。ステータス上の強さよりも圧倒的に。
使っている技、魔術は特に難しいものでも珍しいものでも無く、特段強いものでも無い。言ってしまえばありふれた技だ。
しかしその使い方は別次元。一切のミスも躊躇いも無く全力で、更に最高効率の動きで技を使っている。
それ等を成すのが人とは思えない程の集中力。
バウル先輩には余計な事を一切見ていない。ただ一つの目的の為に動く機械のような精巧さだ。
その癖人らしい感情、想いの力も凄まじい。
強い想いが根底にあるのに、つまり感受性と感情が豊かな筈なのに、何事にも揺らぐことなく機械のように真っ直ぐ進み続ける。一体何がこの力を生んでいるのだろうか?
僕には人の心も視えるが、この想いを知らないし理解出来ない。トイレと言う感情って一体?
解るのはトイレと言う趣味の特殊性。ただの禁断症状では無い。自分の人生を賭けているような強過ぎる感情や、どうしても辿り着きたいと言う願い、スケールと言うか世界観すら違う感情が読み取れる。
だが結局想いが大き過ぎて、多過ぎてそれ等の想いが何を成しているのかは全く解らない。解るのは他と違うと言うだけの特殊性だけだ。
「邪魔を、するなぁァァっッッ!!」
遂に最後のオークガーディアンまでもが敗れ去った。
ここまでに一分もかかっていない。完璧と称すに相応しい動きだった。
同じ距離の人混みを避けて通るにもそれ以上の時間を要求されるのにも関わらずだ。まあ、立ち塞がる障害を吹き飛ばしていいと言う点に関してはこちらの方が有利なのかも知れないが、それでも素晴らしい動きであったと断言出来る。
と言うかバウル先輩は魔術師だ。職業からして間違い無い。ステータス構成も魔術師のそれだ。
物理戦闘系のスキルは一切ない。
それも考えると素晴らしいの一言では表し切れない。基本立ち止まって詠唱する魔術師にも関わらず暗殺者の如く身のこなしで、重戦士の如き重い攻撃を放っていた。
使っていた魔術は無詠唱の最下級攻撃魔術ばかり。
ほぼ得意分野抜きでオークガーディアンの妨害を突破したのだ。顕在化していない格闘技の才能が眠っている訳でも無いのに。
まるで誰もが絶望する中、諦めずに進み続け、遂には意志の力で奇跡を起こす英雄のようだ。
バウル先輩の動きと想いの丈を視ると、もしかしたらその先に居るかも知れない。
僕としては何としてでも縁結びをしたい相手だ。
しかしバウル先輩は尚も加速し、走り続ける。
何故か何もしていないのに悲壮感が高まって行くが、彼を止め事は非常に難しいだろう。
ここは違う方法を試すしかない。
バウル先輩の誘導が無理なら縁結び相手を移動させればいいだけだ。
そう思っていたら僕が動かない内にバウル先輩の元へ女の子が駆けてきた。
「おい、そこの君! 見ていたぞ! 硬い壁を突き抜ける様、オークガーディアンを蹴散らすその手際! 私と同じ騎士にならないか! 私と一緒に姫様を守ろうでは無いか!」
駆けてきたのはバウル先輩と同じ4年生の女騎士、リリアンナ先輩。
偶々見ていたバウル先輩の動きに感心して、勧誘しに来たらしい。
僕達の仕掛けた切っ掛けは、思った通りには進まなかったが、別の切っ掛けにはなっていたようだ。
やはりバウル先輩が想いの力で突き進んだように、僕達も一度目で諦めなかったのが良かったらしい。
想いの力は、僕達の力にもなるのだ。
うん、素晴らしい事を学べた。諦めず挑戦し続けるって大切何だね。
それはそうと、リリアンナ先輩が来たのにも関わらず、バウル先輩は全く動じなかった。
その瞳にリリアンナ先輩を一切映していない。
その瞳は猛禽類のように鋭く、ただひたすらにトイレを探し続けている。
本来なら出逢う時点で、殆ど縁結びは成立するのだが今回はそれが成されていない。
どうしたものか? こうなれば気が付いてくれるまで女の子を投入しようかな?
そう思っていたらまたしても普通に女の子が入ってきた。
「その走り、感動したよ! ボク達と一緒に水上走り世界一を目指さないか! そして辿り着くんだ! 【最近最遠の宝島】へ!」
来たのは水上陸上部と言うややこしいが水上で陸上の技を繰り出す部活のボクっ子ソニア先輩。因みにこの先輩も4年生だ。
水上を走ってしか辿り着けないとされる【最近最遠の宝島】を目指しており、凄まじい走りを見せているバウル先輩に目を付けたようだ。
その後も自主的に女の子達は集まってゆく。
「ハッハハ、いいザマだなぁ! いいぜその苦痛に歪む顔! もっと、もっと見せてくれよぉ!」
「大変な怪我です! 止まってください! 今すぐ治療します!」
「その合理性、耐久性、大変素晴らしいものでありました! 是非我が部の誇る“半生体型拡張身体ア・ウルス”のコアマンに!」
約一名危険な人も集まってしまったが、縁結び相手の質と数に関しては申し分ない。
一般的なハーレム(?)作りの要員としては一先ず完璧だ。後はその経過による。これ以上集めても劇的に進む事は無いだろう。準備の限界だ。
しかし、ここまで来てもバウル先輩は一切視線を向けなかった。
それどころかトイレだけを目指して距離を離して行く一方。
止まる気配は欠片も感じられない。
これはトイレに辿り着くまで止まる事は無さそうだ。
そう言えば、そもそもバウル先輩はトイレの位置を知っているのだろうか?
この先を直進し続けてもトイレは無いけど?
このままでは力尽きるまで止まらないかも知れない。
「頼むぅ! 頼むからトイレぇ! トイレよ在ってくれぇ!!」
あっ、これは駄目かもしれない。
バウル先輩はただ無我夢中で走っていただけのようだ。
本当に止まる事なく、力尽きるまで走り続けてしまいそうだ。
バウル先輩は動きこそ最小限で合理的だが、顔が凄いことになっている。合理性を愛する人とは、程遠い顔をしている。
血走り、見開いたままの目から自然と零れ落ちる涙。その涙を覆い隠してしっている大量の汗。今にも砕きそうな程に強く噛みしめる歯。そこから漏れる荒い息。どれも尋常ではない。
顔以外にも血が滲む程に握り締めた掌が、時にお腹に行ったりお尻に行ったりしていたり、お尻に全身から力を送って閉じていたりと変だ。それでも走行自体には影響が無いせいで見かけ上の違和感が凄まじい。
何故か祈るようでもある。
そして同時に全身からこれでもかと覚悟が窺える。
バウル先輩に止まる意思は皆無だろう。
止まる筈がないと理解させられる気迫だ。
「絶望的だね(縁結び的に)」
「絶望的ですね(縁結び的に)」
「絶望的でございますね(トイレ的に)」
だがそんな絶望の最中、救世主が舞い降りた。
上から差す神聖な光の中からゴンドラが降りてくる。
「人の尊厳を賭けた運命の祈りが聞こえる、切羽詰まる極限の祈りが聞こえる。我は尊厳の守護者、汝が悩みを流す者。さぁ、汝が苦難を水に流そう!」
乗っているのはイタル先輩。
今回は“流水教”、俗に言う“トイレ教”の名誉大司教としてのご登場だ。
イタル先輩、色々な世界神から認められていて凄い。
そしてイタル先輩の乗ってきたゴンドラ、イタル先輩の隣には個室が設置されている。トイレだ。
「嗚呼、神よぉッ! 俺は、辿り着けたんだぁッ!」
遂にトイレと巡り会えたバウル先輩は、ここに来て更に加速。
自身の人生最大速度を出し突撃する。
その突撃は非常に力強く暴威に溢れるものだったが、傍から見ても分かる程に希望に満ち溢れたものだった。闘牛をも正面から轢き殺しそうな走りなのに、何故かスキップにすら見えてしまう。
しかしここは都会。
そんなに優しい場所では無かった。
トイレの前に辿り着いたバウル先輩は必死にトイレのドアノブを回すが全く開く素振りがない。
限界まで強化された身体能力を持ってしても、それを超える力を持ってしても扉は動かなかった。
「なんでぇ、なんで何だぁ!! 目の前にあるのに!!」
追いついてきた縁結び相手に囲まれる中、バウル先輩は遂に崩れ落ち、本格的に泣き出してしまった。
「トイレは神の奇跡、神の慈悲。使わせて戴くには祈りが必要なのです」
そこに歩み寄るは救世主イタル先輩。
慈悲深そうな天使の笑みで書類を差し出す。
「使いたければここにサインを。今なら、信仰心の足りない貴方でも、たったそれだけで使えます」
「ついでにこの書類も」
「この書類にも署名をお願いします」
イタル先輩の隣にはゴンドラを空から人力で吊り下げていたマサフミ先輩とエルバン先輩。
同じく何枚かの書類を差し出す。
その書類を奪い取るようにして、バウル先輩は署名。
「こ、これでいいのか!?」
「ええ、貴方に祝福を、ラーメン」
イタル先輩がそう唱えると、個室トイレは輝きを発し、戸は独りでに開いた。
戸に縋り付くように力をかけていたバウル先輩と縁結び相手の先輩達は、雪崩込むようにトイレに入る。
そしてすぐさまパンツを降ろし、便座に座ると、トイレの戸は閉まった。
まさかの脱いでいるのはバウル先輩だけど、密室だし縁結びはこれで成功かな。
「「「きゃぁああああぁーーーーーーッッ!!」」」
トイレの中から女子の凄い悲鳴と鈍い打撲音が響き渡って来るが、きっと成功だ。
バウル先輩の傷の一つや二つ、縁結びの代償と考えれば安いものである。
書類に署名を貰ったイタル先輩達が、救世主らしい様子と打って変わって悪魔的な笑みを浮かべているのも些細な問題だ。
「フフフハハッ! 女子に追い駆けられるリア充め、まんまとサインしてくれたな!」
「これで奴も俺達の仲間! 女子からのチヤホヤから一転、世間から白い目で見られる流水教徒だ! 俺達と同じ絶望を味わうが良い! 孤独に巻かれろ!」
「いやー、俺達優しいなぁー。女子の前で漏らさない様に配慮してやったばかりか、仲間にまで入れてやるんだからなぁー」
どうやら署名させた書類は宗教入信の契約書だったらしいが、やはり些細な問題だ。
何やらバウル先輩を陥れた発言らしきものが聴こえるが、自分達は優しく友達になった的な発言をしているから、きっと素直になれない偽悪気質の本当は優しい先輩達なのだろう。
きっとそうだ。
唯一、偽悪な演技が上手すぎて演技に視えないのが不安に思えるが、イタル先輩達は流水教の聖職者。
名誉職でこそあるが中々に高位だし、世界宗教の聖職者。悪人の筈がない。
「……毎度、我が使徒がお目汚しを、申し訳ございません」
「「?」」
何故かマリアンネはそう謝罪してきたが、縁結びは成功に違いない。
イタル先輩達の差し出した書類の中には、流水教以外にも露出教を始めとした他の世界宗教の契約書もあったようで、バウル先輩はトイレ内で強制的に全裸になっていたのだ。
密室でその状態、そしてトイレの個室が矢鱈と高性能で用が足し終わるまで戸は閉ざされたままだった。
そんな両者とも逃げられない環境の中、バウル先輩には様々な呪……祝福が与えられた。
露出教仮入信期間に与えられる全裸の祝福を始めとし、真教の真実の祝福、伝教の見届けの祝福、商教や法教の契約の祝福などが重ねがけされ、凄いことになっている。
「淑女の前で服を脱ぐとは、何のつもりだ!?」
「ち、違うんだ! だ、だかららふ、不可抗力で! 露出教の力で勝手に――」
「ボク達が居たのにトイレを閉めてパンツを下ろしていたよね!? 何処が不可抗力なのさ!」
トイレの中では当然の如く、バウル先輩が怒りをぶつけられていた。
唯でさえ、傷だらけであったバウル先輩は更にズタボロになっていたが見届けの祝福で気絶は許されない。
そして、女子の先輩達はバウル先輩が気絶せず、まだ余裕がありそうに見えるから怒りを収めきれないでいた。
「そ、それは、もう何回も殴ったじゃないか! 許してくれても――」
「あぁんっ? 乙女の純情を汚しといてそれだけで済むと思ってんかぁ!? ……もう、お嫁にいけない……」
全盛期の怒り程の想いは持ち合わせていないようだが、泣き出してしまった先輩もいて、場は収まりそうに無い。
尚、口こそ悪いままだが、泣いているのは人の苦しむ様を愉しでいたミーリア先輩だ。純情だったらしい。
「か弱い乙女を泣かすとは、人の風上に置けない方ですね!」
「いや、そいつ、さっき俺の苦しみを笑って――」
「乙女心が分かっていないであります! か弱い乙女は声もかけられないのであります! だから殿方が無差別に周囲に感情を向ける様、苦しみを見て愉しむしか無いのでありますよ!」
「どんな暴論だぁ! 絶対個人の意見だろう!」
「分かってくれんのかぁ、あんたぁ」
「私もその気持ち、理解できます」
「姫様も、寂しい御心を拷問で癒やしている」
「嘘だろぉ、おい! 人の事散々言っておいて、お前らに良心はあるのか!?」
「勿論あります。苦しむ怪我人を見るついでに、ちゃんと治療もします」
「姫様も男にしかやらない。それにヤられた奴らは皆喜んでいる。何処に問題がある?」
「問題しかねぇよ!」
一見、縁を結んではいけないような性癖が聴こえてきたが、多分問題無い。
正直僕もバウル先輩と同じように問題しか無いように聴こえるが、これが本当に乙女心と言うやつなのであろう。だから僕には理解出来ないだけなのだ。
恐らく女子の先輩達はまともである。
「ボクも皆と同意見だよ。限界を超えて走ると、苦しいのが気持ちよくなって来るよね」
少なくともソニア先輩はまともだ。
「姫様に問題など存在しない! 話をすり替えるな! これはお前の断罪だ!」
「だから俺は無罪で――」
「何処が無罪だ! 仮にソレが露出教のせいだとしても、汚いモノを見せた以外にも罪はまだある!」
「そうだ! 私の胸を触っただろう! 親父にも触られた事無いのに!」
「いやら親が触ったらもっと問題、ってそうじゃなくて、俺は胸を触ってなんか――胸を触りました。当たってしまいました――(口が、勝手に!?)」
唯でさえ全裸なバウル先輩の苦難は続く。
真実の祝福で言わない方がいい事が勝手に口から出てしまうのだ。
「いや、その、狭くて! つい手が!」
「偶然とでも言いたいの? 君、触るだけじゃなくて揉んできたよね? どう説明してくれるのかな?」
「それはその――調子に乗りました。ドサクサに紛れたらバレないと思ってヤりました――」
「ほぉ、どう調理したものか」
「健全な男の子の興味心で! 邪な気持ちなんて一切――」
「ふふふ、ソコ、そんなに威勢がいいのに?」
「ごっ、ごめんなさーーい!!」
滑らかに口を滑らしてしまうバウル先輩は遂に全面降伏した。
真実の祝福が意味を成さなくなる程のボロ負けだ。
しかし全面的にバウル先輩が非を認めたにも関わらず、女子の先輩達は報復に移ることは無かった。既に存分に暴威を浴びせたことで怒りが発散されていたようだ。
だから罰に実益を求めた。
「心の底から謝る気があるなら、ボクのお願いくらい聞いてくれるよね?」
「そ、それは勿論、許していただけるのなら」
「では、姫の弄び相手兼護衛をしてもらおう」
「水上陸上部に入ってね」
「わ、私も!? じゃ、じゃあ責任とれ!」
「私もですか? では医療に協力してください」
「当然、我が部の誇る“半生体型拡張身体ア・ウルス”のパー、ゲフンゲフン、ア・ウルスに乗り込んでくれるのでありますよね?」
「あ、あぁ、それくらいなら勿論」
こうしてただの口約束だったバウル先輩の言葉は契約の祝福によって絶対遵守の正式な契約となった。
尚、その事に現時点で当事者達は誰も気が付いていない。
なんかバウル先輩、短時間で色々な契約を半強制的に交わしているね。
まあ、些細な問題だ。なんせ縁結びは成功したのだから。
「さて、姫の玩具としてこの者はどれ程保つだろうか?」
「ふふふ、どんなにハードな訓練しても大丈夫な部員ゲット」
「責任って、どうとって貰えばいいんだ? 取り敢えず苦しめればいいのか?」
「まさか同意済みの治験者を得られるなんて、盗賊は詳細を話してくれなくて困っていたんですよね」
「生体パーツが遂に手に入ったであります」
なんか物騒な声が聴こえるが、やはり些細な問題だろう。
これもきっと乙女心と言う僕達には理解出来ないものに違いない。
気にしたら負けである。
まとめれば、トイレで異性がいるのにも関わらず、パンツを脱ぎ捨てた事への怒りなどは長持ちせず、最終的に縁結び相手の人達の望む事が叶えられる事になった。
得られた結果と過程は短的に言えばこれだけ。
そして形作るれたのは一時の切っ掛けでは無く長期の切っ掛け。
気が付けば隣に居合うような関係だ。
それもバウル先輩に関しては契約で、契約が執行されるまでは強制的に離れたくても離れられない。
縁結びとして最高の結果の一つである。
これが得られたのならば問題などある筈が無い。きっと全て試練に変わる。多分。
「完璧だね、コアさん」
「完璧ですね、マスター」
「……自然現象を上回る理不尽も、存在したのでございますね」
「なんか言ったマリアンネ?」
「いえ何も」
マリアンネの様子は若干おかしかったが、こうして無事、縁結びは成功したのだった。
「えー、ここからは私が御二人のサポートをさせていただきます」
何故かマリアンネは疲れたような様子で、世界降ろしの現場に戻って行った。
代わりに来たのは“トイレの女神“ウォッシュレーテ。流水教の主神だ。
そんなウォッシュレーテが死んだ目で挨拶をしてくる。
一体どうしたのだろうか?
信者のイタル先輩達から縁結びの様子を覗いたようだが、何か変なものでも視たのだろうか? そんなのあったかな?
ああ、忙しいところにマリアンネから代わりを頼まれて、疲れているのかな?
ウォッシュレーテは頼み事を断れない苦労性の女神として有名だし、それが原因かも知れない。
「ウォッシュレーテ、元気出して。そうだ、あの成功した縁結びを視なよ」
「……私は信者の行いを謝罪すればいいのでしょうか? 怒ればいいのでしょうか? それとも御二人に注意すればいいのでしょうか?」
「うん? 何か言った?」
「いえ、縁結びは視たのでお気になさらず」
何故かマリアンネは更に死んだ目になった。
何にしろ、精神状態を最調子に回復させた僕達は、何故か目の死んでいるウォッシュレーテをお供に加え、行き過ぎ縁結びを成したコアさんのダンジョンに挑むのだった。
《用語解説》
・最近最遠の宝島
レルノール世界の中心、【腐食の湖】の中心にある島。島と言っても少大陸程の大きさがある。
膨大な資源貴金属が自然産出している島で、太古に超魔工学文明が存在したと言われる。
島の周りの湖はこの資源豊富な島から流れ出た液が溜まったもので、硫酸や硝酸に様々な金属が溶け出て魔術的な混合までされている為、非常に危険であり〈毒耐性〉を突破する猛毒の集まりである。
島の周囲の空も有毒な可燃ガスが満ちており、更にこのガスは魔力に反応して爆発する性質を持つ。
この為この島は辿り着く事が出来ない。船や飛空艇は腐食し、人も腐ったように果てる。当然泳いで渡ることも、飛んで侵入することも出来ない為、人跡未踏の局地である。しかし遠目でも見える距離にあり、届くほど近いのに行けない宝島として【最近最遠の宝島】と呼ばれる。
アーティファクトなどが稀に島から漂流し、その価値の高さから千年以上前から幾万幾億もの人々がこの島を目指した。
そして数え切れない人数が犠牲になり、一つの攻略法が見出された。
それが湖の水上を走り抜ける事。
宝島には超古代文明の結界が張ってあり、有毒ガスは侵入しない。その結界の影響が地上2、3メートル付近まで及んでいたのだ。そして魔力が身体内に流れるだけならば湖も反応しなかった。
よって魔力で強化した状態で湖上を裸足で駆け抜ける事によって到達出来ると考えられるようになったのだ。
この事から、当地では水上走りの訓練や試みが盛んに行われている。
しかし、身体の強度、スピードからこの試みも未だ成功させた者はいない。
・世界宗教の祝福
多くの世界宗教では仮入信、もしくは入信してから一定期間、特別な祝福を与えられる。
その効果はその世界宗教の目指す理想の一端、それが実現する力。
そんな力が世界宗教の門を潜ろうとする者、もしくはした者に先を見せるために与えられる。
一応祝福なのだが、その効果が例えば露出教では一定期間服を着れない。真教では聞かれたら嘘を言えない。商教では言ったことが絶対契約になる、などなので呪いと呼ばれることの方が多い。
最後までお読み頂き、ありがとうございます。
次回はダンジョンの話になる予定です。
また、活動報告に書きましたが本作の二周年記念としてちょっとした小説、【孤高の世界最強】を投稿しました。もし宜しければ読んで頂ければ幸いです。内容はほぼ魔術についてです。【ユートピアの記憶】から繋がっています。https://ncode.syosetu.com/n9389fq/




