第四十七話 カレーあるいは出会い縁結び
毎度、遅くなってすみません。
万能薬、それは全ての傷を癒やす奇跡。
万能薬、それは全ての病を治す神秘。
万能薬、それは生命が求め続ける大秘宝。
四肢の欠損をも無かった事にし、失われた寿命をも与える、まさに万能の薬。
神の奇跡に等しい大いなるもの。
それは腹をも満たすらしい。
そして幸福も。
精神の疲労しかダメージを負ったことのない僕でも万能薬を前にし、人々が求めて止まない理由を理解できた。
人々が求めて止まない、それはつまり行列が出来るという事。
万能薬とは美味しいカレー!
「ガツガツハフハフ、いや〜、まさか万能薬がカレーだったなんてね、ほふほふハフハフ」
「ガツガツガツ、そうですね〜、私もまさかカレーが万能薬だとは思いもしませんでしたよ。ホフホフホフ、そうならそうと教えてくれればいいものを。アグアグアグ、都会とは何でも無いものを格好良く呼ぶのが好きなのですかね?」
「アムアムアム、確かに万能薬をエリクサーとか言うよね。ハフハフ、実は別物だったり?」
「カツカツほむほむ、いや、それはありませんよ。どう見てもこのカレーは万能薬ですし、美味しく有名な食べ物ですから。ハフハフ、態々、誰も知らないようなただの薬が万能薬の代名詞として使われているなんてあり得ません」
「モシャモシャガツガツ、それもそうだね」
僕達が万能薬を作ろうと植物を調合した果てはカレーだった。
取り敢えず作ってしまったし、栄養は有りそうだからと食べさせてあげた皆はたちまち回復。
強すぎる力を使い肉体以外も世の記憶から消えそうなレペルで消耗していたのに、それまでも完全に回復している。
それどころか限界を超えて回復、器が一段昇華した。
調べてみるとそのカレーには溢れんばかりの力に溢れていた。
一口食べれば完全回復。病気も全快するどころか罹らなくなる。
一口食べるごとに増えるのは人からして無限に等しい寿命。不死性までも身について行く。
食べれば次に回復薬のお世話になる事までも、無くなるような完全なる万能薬。
それが僕達のカレーであった。
カレーは万能薬だったのだ!
しかも材料は植物だけなのに今まで食べた事が無いくらい美味しいカレー!
御飯が畑単位で、国単位でお腹に消えてゆく。
このカレーで商売を始めれば味だけで世界の経済を握れる気がする。
それ程までに美味しい。
僕と比べてあまり食べないコアさんも、ダンジョンと言う本質を表したかのように無尽蔵の胃袋に次々と収めてゆく。
自身が超越者な親族達はゆっくり一口一口拝みながら、涙まで流して堪能している。
自分が作ったのが信じられないくらい美味しいカレーだ。
因みに、分類としてはしっかり万能薬らしい。
鑑定したところそう言う風に出た。料理、食べ物としては分類されないらしい。
万能薬であれと作ったので成功であり正しいのだが、妙に納得のいかない結果だ。
「ハグハグホグホグ、もしかしてカレーって全部が全部、料理じゃなくて薬に分類されるのかな?」
「アムアムゴクッ、う〜ん、そう言えばそんな情報は聞いたことがありませんね。ハフハフハフ、ですかこの効能、さらに味だけでも活力を与えるところも考えると、全て万能薬なのでは?」
「ハフハフモフモフ、それもそうだね」
活力を与えてくれる食べ物カレー、短くまとめられているだけで万能薬的な意味はしっかりと含まれているのかも知れない。
「……そんな筈がないでしょう」
声がしたので振り向くと何時の間にかアンミールお婆ちゃん。
カレー=万能薬説を否定してくる。
「ガツガツガツ?」
(鑑定したら僕達のカレーは万能薬だったよ?)
「ハフハフハフ?」
(効果も凄まじいですし、他のカレーも同じくそうなのでは?)
「カレーは万能薬どころか薬ですらありません。食べ物です。異世界の本場ではどうだか知りませんが、ご飯にかけるカレーは絶対的に食べ物です。あと食べながら話すのは……話す気あります? さっきまでは食べながら話すの段階でしたよね?」
「ハフハフ?」
(そうかな?)
話す気はある。
ただ後ろから急に話しかけられたから、カレーを食べたままで応えてしまっただけだ。
あとはコアさんとの話で納得のいく答えが出たから、これ以上会話に貴重な最高の食事時間を減らされたくないだけである。
カレーの分類は気になるものだが、どうしても知りたい事では無い。『メロンは果物だよね?』『そうだね』ぐらいの軽い答えでいいのだ。『いえあれは野菜です』なんて詳しい答えはカレーを食べる事に比べたらどうでもいい。
「それを聞く気が無いと言うのです……まったく、カレーに気を取られて」
そう言うアンミールお婆ちゃんの口元にもカレーが付着したままになっている。
幼女の姿だが学校そのもの、教育の化身と言っていいアンミールお婆ちゃんは所作がかなりしっかりとしている。普段ならば絶対に口元を汚したりしない。
僕の作物をあげると浮かれて偶に口元を汚すこともあるが、これは間違いなくカレーに気を取られていた証拠。
人の事ばかり言わないで欲しい。
「……兎に角、カレーは本来万能薬ではありませんからね? アークのカレーは飛び抜けた例外です」
慌てて口を拭き、何事も無かったかのようにそう言うアンミールお婆ちゃん。
本人は威厳を保とうとしているのだろうが、逆に外見通りの幼女にしか見えなくなってくる。
しかしそれを指摘すると何時の間にか話をすり替えられ、余計な威厳を存分に発揮されてしまうので僕もスルーする。アンミールお婆ちゃんの真の威厳と言うものは外見通りどころか、万人に通用する超常的なレベルのものなのだ。
説教なんて始められたら、僕の孫力を全開にしてもなかなか抜け出せなくなる。
だから僕も話を合わせて何事も無かったかのように話す。
ついでにさっさとアンミールお婆ちゃんにも納得してもらおう。
元々分類と言うものは極めて曖昧。生き物にしたって変わり続ける。学術的な見識が薄くとも、カレーのような人工物の分類は納得してくれればそれが真実なのだ。
「モシャモシャモシャ」
(でもほら、探してみると僕達以外にも万能薬カレーを作っている人がいるよ)
「そんな訳――」
僕は自分達が関わっていない客観的な証拠を指差す。
そこに居たのは僕達のカレーの香りで気力が満ち溢れ日常に戻った生徒達の一人。
カレー屋を始めたアルティース先輩だ。
他にも先輩の友達や後輩達が皆でカレーを煮込んでいる。
そしてこのカレーこそが証拠だ。
完全なる万能薬“エリクサーカレー”。
「ガツガツハフ?」
(ね、万能薬なカレーでしょう?)
「……居ましたがあれはそれこそ特殊な例です。エリクサーの作成に成功した錬金術師チャンドラの子孫。エリクサーを改良して行く内に何時の間にか変な方向に何代もかけ進んだ末の結果です。あれは極めて特殊なエリクサーですからアークのカレーとも違いますし、カレーの基準でもエリクサーの基準でもありません。現時点で史上彼らと彼らの弟子達しか作成していません……」
どうやら僕達のカレーは特殊なものだったらしい。
「ハフハフハフ?」
(つまり、僕達のカレーは凄いって事だね?)
「……まあ、その認識で構いません」
そうこうしている内に鍋のカレーが底を尽きた。
兎に角大量の薬草香草野菜果物を混ぜ込む方式で作ったから、僕からしても食べ切れないぐらいにあったのだがもうすっかり空っぽだ。
「ふぅー、美味しかったねコアさん?」
「はい、とても美味しかったです。一生分のカレーを食べた気分です」
食事は終了してしまったので僕達は今、食後の空中散歩をしている。
カレーを食べた後、落ち着いた気分で浴びる涼し気な風はとても心地が良い。
香辛料の香りを嗅いだ後の澄んだ空気も美味しく感じられる。
「この後は何をしますか? 特に予定もありませんが?」
今の時間帯は昼過ぎ。
何時もなら長めに満足行くまで昼食を食べているところだが、カレーを自分でもビックリする程、海何杯分かは食べたから昼食はもういい。
魔力測定もしたしやる事は特に無い。
と言うか今更だけどまだ昼を過ぎたばかりなんだね。
朝から濃すぎるイベントが盛り沢山で気分的には数日過ぎた気分だ。
「とりあえず、また縁結びでもする? 入学式イベント辺りではよく運命の出会いをするみたいだから」
「そう言えば縁結びには絶好のタイミングですね。この学園はイベントが前後していて、イベント自体も特殊なものが多いですが、入学式イベントには変わりありませんし、是非ともやりましょう」
そういう事でまた縁結びをする事にした。
僕達は学園の中心に再生された魔力測定器の上空に移動する。
やはりこの魔力測定器の性能が飛び抜けて良いらしく、多くの新入生達、中には先輩達も魔力測定の場をここに移していた。
周囲にも新たに設置された学生所有のものよりも数段高性能の測定器が置かれ、あちらこちらで半公式の魔力測定を行っている。
まずは観察。
縁結びにちょうど良い人を探す。
おっ、さっそく何やら揉めてる人達が。
「ちょっとアンタ!? アンタよアンタ!! そこのだらし無い格好してるアンタ!! まさか私の事忘れたなんて言わないでしょうね!?」
そう叫ぶのは僕達と同じ新入生、イレーネさん。
「……君は?」
応えるのは同じく新入生、フランゼル君。
「まさか本当に忘れたって言うの!? 私の胸に顔を押し付けて来たくせにっ!! この変態っ!!」
「っ!! 君はあの時僕に胸を押し付けてきた痴女か!?」
「ちょっ、一体誰が痴女って言うのよっ!? この変態っ!! 乙女の胸に顔を埋めておいて何って言い草!!」
揉めている内容を聞けばどこか覚えのある状況。
この二人は僕達が魔物侵攻の時に縁結びしようとした二人組だったらしい。
いや、あの時コアさんは他の事をしていたから僕が縁結びした二人組の内の一組だ。
今は喧嘩みたいになっているけど、ここに来て縁結びっぽく実を結んだらしい。
まあ果物の木で例えると蒔いた種が芽を出した段階だが成功は成功だ。
少なくとも縁は結べている。
さて、こうなったからには是非とも更に縁を深め、仲良くなってもらわねば。
取り敢えず強風投入。
風を操作してイレーネさんのスカートを捲し上げる。
その開く先には当然フランゼル君。
「きゃっ!」
イレーネさんは慌ててスカートを下げるが、正面にいたフランゼル君は既にばっちり目撃。
目を見開きながら固まる。
羞恥に呑まれたイレーネさんは顔を真っ赤に染めて沈黙。
「……見たわね」
イレーネさんは小さく呟く。その羞恥心を怒りに変えようと努力しながら。
「い、いや、見えなかったっ!」
対して咄嗟に見え見えの嘘で誤魔化そうとするフランゼル君。
「私のパンツ、見たでしょう!」
「いや履いてな――」
「やっぱり見たわねーー!!」
「これは不可抗力だ!!」
いい感じに有りがちな展開になって来た。
このまま行けば物語のように何れお互いを想うようになるだろう。
これで良し。
後は物語のように進めばフランゼル君が一発叩かれるかして一段落。
しかしそう思ったようには進まなかった。
「と言うかパンツを履いて無いって、君はやっぱり痴女じゃないか!」
「誰が痴女よこの変態っ!! 今日はたまたま履いて無かっただけよ!!」
やはり両者の出会いが僕による縁結びだった事から、互いに互いを変態だと本気で思っている。
スカート捲りはそれに確信を持たせてしまったらしい。どう考えても偶然としか思えない状況だが、その普通は無い状況から冷静さが著しく欠けているようだ。
思考は殆どが照れ等から変態へと傾き始めてしまっている。彼等から見ると露出狂が自分の事を露出狂と叫んでいるように思えているのだろう。
やがて状況は戦闘へと移行する。
「もう許さない!! ここで燃やしてあげるわ!!」
イレーネさんは短杖を腰から抜き放つ。
「君がその気なら僕も容赦しない!」
それを見たフランゼル君も同様に背中に背負った長杖を手に。
イレーネさんは短杖で魔法式を綴る。
「――雨の源よ 水溜りとなりて 我が敵を向かい撃て――」
フランゼル君は詠唱で。
やがて完成する二人の魔法。
「“ファイヤーボール”!!」
「“ウォーターボール”!!」
それぞれ杖の先に集めた炎と水を球状にして相手に放つ。
火球と水球は空中で衝突し融合、水蒸気となり消滅。
急激な水蒸気発生の衝撃は強く、二人を後方に吹き飛ばした。
これによりダメージを負った二人は過激に。
魔術士にとって有利な距離が空いている状況になったのも手伝って、本気になる。
イレーネさんは長文の魔法式を。
「――大地に染み渡る雨よ 空に留まりし雨よ 岩を穿く積年の力 我が力を糧に今表し 敵を穿け――」
フランゼル君は長文詠唱を。
「“ファイヤージャベリン”!!」
「“ウォータージャベリン”!!」
二人が同時に放ったのは火槍に水槍。
正規の魔術兵が主に使う大技、切り札。一端の玄人として求められるような技だ。
壁に隠れた敵を壁ごと穿き、完全装備の重兵を盾ごと穿く。そこらの将兵でも武技で防ぐよりも逃げた方が遥かに勝算のある必殺技。
そんな攻撃を二人は放った。
ヤル気に満ち溢れている。
ニ槍の魔術は運良くと言うべきか、お互いに当る事も周囲に弾けることもなく、また正面衝突をし蒸気に消えた。
しかし今度は物理的だけでは済まされず、魔術の融合暴走が発生。大量の蒸気が質量を伴って解き放たれる。
それは爆弾とまではいかないまでも、高速で迫る壁。
自身の限界である魔術を放った二人に防ぐ術はなく、吹き飛ばされ彼方まで転がりそのまま気絶。
ピクリとも動かない。
…………。
「……コアさんどうしよう? これ、完全に縁結び失敗しちゃったんだけど?」
どう見ても前にやった縁結びを帳消しにし、寧ろ仲を悪化させる逆縁結びだ。
不幸中の幸いは二人以外の怪我人が居ない事ぐらい。
「ふぅ、仕方がありませんね。私が何とかしてみせましょう」
しかしコアさんはこの状況でも好転させられる自身があるらしい。
若干調子に乗っている様だが、今回ばかりはとても頼もしく見える。
「やっぱり世の中、持つべきものはコアさんだね!」
「お任せください!」
そう言うとコアさんは降り立ちふわりと二人を宙に浮かせた。
そしてお互い抱き締める合う様な体勢に変える。
抱き締めると言っても少し特殊で、お互いの片手は頭を包むようにしている。
なる程、これは――。
「庇い合ったように演出するんだね?」
「その通りです。爆風から庇い合ったとなれば誤解も収まり、縁も強固に結ばれると言う訳です」
そう言うとコアさんは最後の仕上げに二人を回復させる。
僕達は再び上空に退避。
二人の目覚めを待つ。
やがて二人はゆっくりと目を開く。
「「っ!?」」
十秒近く目を見開いたまま身動き一つせず、やがて飛び起きたかのようにバッと離れる。
状況判断に時間がかかったらしい。
「えっと、その、ありがとう……あなたの事、勘違いしていたわ……」
「いや良いんだ……僕の方こそ君の事を勘違いしていた……」
心から反省し合い、雪解けのような笑顔で笑い合う。
素晴らしい光景だ。
このまま行けば何れ、二人は真に結ばれるかも知れない。
しかしこの世は理不尽に溢れている。
そう上手くはいかせてくれないらしい。
二人の手には服が握られていた。
……お互いの服が……。
ただ庇うような形に配置したせいで、頭を庇わない方の手の配置が雑だったのだ。
適当に置いた手に服が引っ掛かってしまっていた。しかも上下の間辺りで。
それでバッと離れた時に、蒸気で柔らかくなり地面に転がった事で脆くなった服を裂き取ってしまったのだ。
おかげで二人は全裸。
「……コアさん」
「今回は、縁が無かったと言う事で……」
やはりコアさんはどこまで行ってもコアさんらしい。
頼もしく思った僕を叱ってやりたい。
やはりと言うべきか、全裸だと言う事実に気が付いた二人は再び邪険になった。
「この露出狂の変態っ!!」
「君だろう露出狂の痴女は!!」
「一体どさくさに紛れて何をしたのよ!? どうせあの体勢も私の胸に抱き着いていただけなんでしょう!!」
「どさくさに紛れたのは君の方だろう!! そもそも君に胸なんか無いじゃないか!!」
「っっっあるわよっ!! 成長期なだけでちゃんとあるわよっ!! レディーに向かってなんて言い草っ!!」
「レディーじゃなくてお子様だろう!! そんなお子様なんか僕が相手にする訳無いじゃないか!!」
「はあ?! お子様はあんたの方でしょう!! この下の毛も生えてないお子様が!! あんたみたいなガキンチョの方にこそ魅力なんて無いのよ!!」
「なっっ、君も生えてないだろうが!!」
不毛な言い合いになり、お互い再び杖を取り構える。
しかし不幸中の幸いにも今度は魔術のぶつかり合いにはならなかった。
単純に人目があったからだ。
戦闘に巻き込まれないよう避難していたとは言え、ここは人の多い都市のしかも中心地。
遠巻きに二人を見る目の数など、数えるのも馬鹿らしくなる程だ。
周囲の目に気が付き顔から蒸気を発し始めた二人は、ササッと服を持ち主に返して建物の陰に去った。
建物の影には優しき男女の先輩。
自分の着ていたコートをそっと二人に被せ、人気の少ない建物に案内する。
そうして全裸二人コートのみ二人はレイシャル像の飾られた建物の中に入っていく。
「いや〜、縁結びには失敗したけど、最後の最後でいいもの見れたよ。まさか自分が全裸になるのを厭わずに、人に服を貸せられる自己犠牲の精神が素晴らしい先輩もいたんだね」
「……どう考えてもあれは露出教の方々ですが?」
「え? あの先輩達は服を貸したから全裸になっちゃっただけだよ? 元々服を着ていたし」
「どこにコートしか羽織っていない普通の方がいるのですか? 全裸コートは生粋の変態か露出教徒しかしない服装です」
……確かにそうかも。
「都会の流行って可能性は?」
「皆無です」
「だよね……」
恐る恐る建物の中を覗いてみる。
そこには絵画のような光景があった。
……目を擦る。
……そこには絵画のような光景がやはりあった。
神々しいレイシャル像の見守る元で、全裸の先輩達とコートだけを被せられた新入生二人。
二人は優しく背中をポンポンされている。
美しい神殿の中、様々な形の肉体美を誇る先輩達に囲まれ、肩に優しく手を置かれ、された方は感激する。
そんな光景はよく宗教画で見る構図だった。
しかもいい具合に窓から光が差し、神秘性を高めている。
この建物、恐らく露出教の神殿に全裸に疑問を持つ人が居ないことも芸術としての面のみを引き出しており、何故かどうやってもおかしな光景に見えなかった。
寧ろ自分の常識に疑問を抱いてしまう程だ。
そこへカツンカツンと靴音を立てながら、レイシャル像わきの階段から降りてくる人物。
片手に露出教聖職者の証、“空の物干し竿”と呼ばれる聖杖を持つ聖職者が現れた。
何故かよく視かけてしまうイタル先輩だ。
そう言えば【露出教名誉大司教】だったから、ここに出て来ても何の不思議も無い。
それよりも不思議なのは全裸なのにカツンカツンと音を立てて降りてきた事だ。どうやって音を出したのだろうか?
そしてもう一つ不思議な事に自分で脱いだと言うよりも、全裸に自然となったと言える格好をしていた。服が消し飛んで身体だけ残った風に見えるズタボロ感。傷こそ一つも残っていないが乾いた血がそこら中に付着している。一体何があったのだろうか?
しかしそんな事は露程も気にせず、カツンカツンと二人の前に登場。
「迷える子らよ。此度は災難であった。ここで存分に心の傷を癒やすが良い。我ら一同、そなたらが癒えるまでいつまでも共に居よう」
聖属性魔法で神聖な雰囲気の光を放ちながらそう語りかけるイタル先輩。
実情は派手派手アピールだが聖職者、いや高名な聖人にしか見えない。と言うか本物の救世主のオーラまで発していて派手でも本物だ。
「何があったのだ? まずは君から、話して御覧なさい?」
ここで初対面の二人にとってイタル先輩は何の偽りも濁りも無き、真正の聖人。
それっぽく作られたイタル先輩の声音と口調にそう促され、イレーネさんは懺悔するように語りだす。
「実は、司祭様、この前の大進行のときにコイツが私の胸に顔を押し付けてきたんです。それなのにコイツは、私の事を覚えてすらいなくて、問い質すと認めなくて、それで、つい……」
「なるほど、それでカッとなってしまったと。それは仕方の無い事かも知れない。でも、やり過ぎだったんじゃないのかな?」
イタル先輩は懺悔に対して優しく、悟らせるようにゆっくりと語る。
僕はイタル先輩を誤解していたかも知れない。
そう見える見えないそれっぽいでは無く、イタル先輩は正しく聖職者だ。しっかり話を聞き、時には諌めつつも背中を押すその姿勢。それは懺悔を神に代行し受ける聖職者そのもの。
教えを押し付けるそこらの宗教家よりの何倍も聖職者と呼ぶに相応しいだろう。
そこに邪なものなど一つもない。
僕は、露出教も含めて誤解していた。
「それに、男と言う生き物は自然に女性の胸に引き寄せられてしまうんだ。命を慈しむのは人の使命、女性の胸は命の象徴。だから戦いで君に彼が惹かれてしまったのは、君を守りたかったから、命を実感したかったからなんだ」
……あれ?
「本当ですか? 司祭様?」
「本当だとも。聖人たるこの私も戦場ではよくある事だ」
「司祭様も?」
「ああ、平和な今日ですら生命の愛おしさに何度胸に飛び込んだ事か。この血もその時の傷跡だ。この世に生命以上に尊いものは存在しない。故に幾ら反撃を受けようとも私は構わないのだ。それで彼女達を慈しむ事が出来れば、それ以上の事など無いのだから」
「司祭様……」
感動に目を潤ますイレーネさん。
それ、それっぽく言ってるだけでトンデモ理論だから! この場を悪用した言い訳だから! 目を覚まして!
しかし僕の声は届かず、しかも精神状態が元々まともで無いから感動してゆく一方。
まさかあんな話に感動する人が居るなんて、精神状態って怖い。
普通の精神状態ならオレオレ詐欺に十回かかっている達人級のご老人でも引っかからないと思う。
「何と高潔な方なのでしょう。私、あの方を誤解していたようです。まさか女好きの変態行動にしか見えないものの中に、こんな奥深い真意があったとは」
「…………」
普通の精神状態であっさり騙されている人が隣にいた……。
なるべく、コアさんからは目を離さないようにしよう。
イレーネさんへの対応は終わり、イタル先輩はフランゼル君へと向く。
「まあ、なんだ、取り敢えず話を聞こう」
さっきと打って変わって雑な対応。面倒くさそうに話を促す。
男子には根本的に興味が無いらしい。聖人対応は女子限定だったようだ。
やはりイタル先輩に聖人要素は存在しない。ただの女好きである。
しかしフランゼル君は先程の対応に同じく感動しており、その様子に気が付く気配が全く無い。
促され通り疑問を抱かず話し出す。
「いえ聞いてください司祭様。僕の方こそ戦いのときにコイツに胸を押し付けられたんです」
「あぁぁん?」
ここで空気が変わった。
今にも鼻糞を穿り出しそうだったイタル先輩は一瞬でヤル気を漲らせる。
相変わらず聖属性魔法の光でライトアップされていたが、その中はドス黒い憎悪のオーラが今にも暴発しそうだ。
「胸を押し付けられた、だと?」
「はい、だから僕は無罪で――」
「シャァッラァップッッ!! 自分からではなくされただと!? 有罪だ有罪、大有罪だリア充このヤロォ!! そもそも何だぁ?! 胸を押し付けられたのに拒絶しただと?! これが持つ者の余裕って奴か!! せめて素直に冤罪被っとけや!!」
どうやら文脈からフランゼル君を女子から胸を押し付けられる程のモテモテリア充だと勘違いしたらしい。
聖人の皮も服のように跡形もなく脱ぎ去り、本性を顕にする。
しかしここは何故かイタル先輩に心酔してしまったフランゼル君。
これまでも有り難い説法と捉えてしまう。
「確かに僕は罪を犯してしまったようです……僕は頼られたんだ、自分から手を差し出さずに……そうでなくても本心は救いたいと思っていた筈です。それなのに……謝るどころか攻撃し返して、冤罪を被る事も僕は出来ていません。司祭様の言う通りです。なんと僕は罪深いのでしょうか……」
フランゼル君は崩れるように膝を付き懺悔する。
僕では到底理解出来ない理論でイタル先輩の話を極限まで良い話に解釈しているようだ。
そんなフランゼル君にイレーネさんも共鳴。
「良いのよ……私だって……貴方と同じようなものだもの……」
と涙を流してフランゼル君の背中に手を回す。
「素晴らしい、素晴らしい光景ですね」
とハンカチ片手にコアさん。
コアさんまでもそちら側なのね……。
「あ、ああ……分かってくれれば良いんだ」
この場合、コアさんよりもイタル先輩の方が数段もまともだ。
本心を露わにしたのにこうなって、自分でも引いている。
何時もの満ち溢れるような欲望、そこから来るリア充への怒りも鎮火してしまっている程だ。
他の露出教徒もフランゼル君達と同様に、イタル先輩ヘ真の聖者に向ける視線を送っており、イタル先輩は言い負かせたと言っても良い状況なのに精神的に追い詰められてゆく。
居心地が凄まじく悪くなったらしい。
何だかんだでイタル先輩は善人よりのようだ。
そして『狂信ヤベェ…………』と言う恐怖も山を造る勢いで積ってゆく。
冷や汗の量が尋常では無い。
「えー、これで一件落着と言う事で。
汝らに祝福を、●ーメン」
そうイタル先輩が何故か“あーるじゅうはち魔法”で聞き取れない謎の祈りを捧げると、イタル先輩場合神々しく凄まじい莫大な光を放った。
神力までもはっきりと感じ取る事ができる光だ。
光が消える頃にはそこにイタル先輩の姿は無く、代わりに床が砕け溶解陥没し、天井の一部が人型にくり抜かれていた。
イタル先輩は見事逃げ出す事に成功したらしい。
そんなただの逃亡の光景までをもこの場にいる人達は感涙を流しながら祈り見つめていた……。
もうここを去ろう。
「って、コアさん行くよっ!?」
僕はうんうんと感心するコアさんを引っ張りながら、再び天高く飛び立った。
「良いところだったのに、急にどうしたのですか?」
神殿から離れたところで、コアさんはまだ真実を見抜けていないらしい。首を傾げながらそう言う。
「あれのどこに良い要素があるの?」
「それは新入生の方々が救われていましたし、失敗した縁結びもここで結ばれましたし」
「そうかも知れないけど、あの二人多分、露出教徒になっちゃったよ?」
「へ? そんな場面、ありましたか?」
「……全面だよ」
そう言うと流石のコアさんも思い当たる節があったらしい。
そう言えばと思い出して行く内に、どんどん顔色が変化して行く。
勿論悪い色に。
「で、ですが、善なる素晴らしき説法でしたし、救われていましたし、露出する以外は露出教徒になっても問題ないのでは?」
「内容も、自分の行動への弁護と、リア充への恨みだったよ」
「…………」
言葉を一言一句思い出すコアさん。
それによりついに真実を理解してきたようだ。
しかし現実をまだ飲み込めきれないコアさんはこう言う。
「……イタル先輩が聖職者なのは変わりませんし、神力まで謎の祈りで引き出していましたし、信仰は色々とあると言う事で……」
最終的に、イタル先輩がどうこうしたというよりも、露出教自体こうなのだと思い込む事にしたらしい。
そうする事により、アレな教えでも万人が認める、ある種正しい教えなのだと考えようとしているのだろう。
自分が流されてしまったのも仕方が無い事だと信じて。
そんなコアさんの心情を察した僕は話を変える。
間違いに気が付けた以上、次に必要なのは過去では無く未来だ。
「でも確かに、最後の謎の祈りは凄かったね。あの祈り、【露出教主】マリアンネの力を引き出していたし」
「あの聖句に秘密があるのですかね? 聞き取れない神秘の言葉でしたし?」
神の力。
一端だけでも借り受ける事が出来れば、それだけで人にとっては神の御業。即ちそれは神のみに赦されし力だ。
神託を授けられただけでも、真実ならばその者は歴史に遺る聖者として語り継がれる。
聖職者達が最終的に目指し、届かぬ領域。
そんな神の力、それも世界神である【露出卿】レイシャルの腹心中の腹心、露出教のナンバー2にしてその創始者であるマリアンネの力を呼び起こしたのだ。
マリアンネ自身もただの眷属、従属神では無くその力量は間違いなく世界神級。
その力は凄まじいでは済まされない。
つまり引き出しただけで偉業中の偉業だ。
この点においてはどうやってもイタル先輩を真の聖者だと認めざるを得ない。
しかしその点も間違いだったらしい。
「我らが使徒に感心して頂けるのは誠に光栄でございますが、それは御二人の勘違いにございます」
つい聴いてしまうお淑やかな声が背後からしたので振り向くと、そこにはマリアンネが居た。
聖女と呼ぶに相応しい絶世の美女。つい悩みを聞いて貰いたくなってしまいそうな、それを最後まで聞き入れ受け入れてくれそうな雰囲気の黒髪巨乳の女神だ。
服装が純白の布一枚で無かったらコアさんの悩みを相談していたかも知れない。
そんなマリアンネは真実を告げた。
「あれは私の授けた力では無く、神罰の神雷でございます」
妙に強い神力だと思ったら攻撃だったらしい。
イタル先輩はあの場から逃げたのでは無く、吹き飛ばされたようだ。
そんな真実を聞いたコアさんは静かに佇んでいた。
自分の抱いていた幻想が尽く打ち砕かれ、最後の希望までも消えて限界に到達したらしい。
その瞳は何処も見ていない。
「は、はは、適当な説法をしていたのですから、神罰を受けて当然ですよね」
コアさんは自分に言い聞かせるようにそう呟く。
「いえ、説法の方は問題ございません。その者の救いこそが大切でありますから。最後の間違った祈りを御二人に聞かせてしまったのが問題でございました」
……僕までコアさんの仲間入りをしそうになった。
思考に全てが回され、風景が遠くなる。
え? 説法はあれで良かったの?
まあ、そうじゃなきゃ【露出教名誉大司教】になれないよね…………。
こうして僕達は、期待の色々な面での重さを思い知らされる事になったのだった。
こんなところで学びたくは無かった……。
もうコアさんの言った縁結びの成功。これだけを考える事にしよう。
《用語解説》
・エリクサー
所謂万能薬、瞬時に全ての傷を癒やし全ての病を癒やす。
本来なら不老不死になる霊薬とされるが、多くのエリクサーは投与し続けない限りは不老不死になれはしない。寿命を延ばす程度である。
基本的に、これらの特徴を持つ霊薬がエリクサーに分類される。エリクサーとは一つの霊薬の名称では無く分類名である。
生成には主に“賢者の石”を用いる。この賢者の石さえあれば作成は容易。一人前の薬師錬金術師ならば大半の者が作成出来る。
しかしこの賢者の石の生成が非常に難しく、世界一の賢者や錬金術師でも作成はほぼ不可能。史上最高の最も偉大な賢者や錬金術師のような存在のみが作成出来る。
尚、賢者の石が無くとも生成可能だが、そのようなエリクサーは更に生成難易度が高く、数多の世界で語り継がれるような偉人、英雄のみが作成できる。
と言うよりもエリクサーを作成出来ればそれだけで史上最高級の賢者、錬金術師である。つまりエリクサーとはそれ程生成が困難な霊薬。
しかしエリクサーは市場に全く出回っていないと言う訳でも無い。
これはS級ダンジョン等の超高難易度ダンジョンにエリクサーが存在、もしくは賢者の石が存在する為である。
また莫大な金貨を代償とした金属性魔法でも賢者の石が作成可能な為、完全に作れないと言う事もない。しかしこの方法は中規模の国の国家予算に相当する対価を必要とする為、現実的では無い。
超高難易度ダンジョンにも必ず存在すると言う訳では無いので、エリクサーは伝説に語られる、存在が疑問視されるような霊薬である。
しかしそもそもエリクサーの効能の一つ一つは難易度は高いが現実的に作成でき、他の方法でも代用できるので、余程の事、不治の病や特殊能力を持つ身体欠損の再生の薬としてしか求められなかったりする。
何が何でも必要とされる霊薬ではない為、多大な労力と対価を必要とする、そして伝説上のものと考えられるエリクサー作成の試みは、そんなに行われていない。
出来たら良いな程度の感覚で稀に研究される。多くはただの目標に過ぎない。
だが当然その価値は凄まじく高く、賢者の石以上の価値、それこそ国が買える価値がある。
基本的に売買される事はなく、覇権国家がその力で所持している。
勿論気軽に適当に調合してできるものでも無いし、カレーでも無い……筈である。
・空の物干し竿
露出教聖職者の象徴。
先が二股に別れた杖の先のY字に棒が掛けられており、その下に桶と洗濯板を模した飾りが付いている。
覆い被せるものが無い、洗う必要が無い事を示す、清廉潔白嘘偽りの無い聖職者であると示す象徴である。
最後までお読み頂き、ありがとうございます。
次話も縁結びの予定です。
7月31日追伸、まず初めに本日で本作は2年目を迎える事ができました。これも皆様にお読み頂けているおかげです。誠にありがとうございます。
まだ第四十八話を投稿出来ていませんが本作2周年記念の小説を投稿しました。内容は主に一般的な異世界勇者から見た本作の世界観説明になります。因みに、【クリスマス転生】と同じく主人公は本編登場予定です。詳しくは活動報告の方に上げております。




