第四十二話 魔力測定イベントあるいは都会のおもてなし文化?
今回は残酷な模写(?)らしきものがあります。
ブラックジョークに近いネタですが苦手な方はご注意ください。
アンミールお婆ちゃんが先輩達を紹介した後、沈黙が広がった。
何これ?
僕が何か話すの?
先輩達が従者みたいにサポートしてくれる言っていたが、それを兎や角言う前に気不味い。
ここで反対しようにも大勢の前じゃ言いにくいし、田舎者であまり都会の人と話したことがない僕にはハードルが高すぎる。
アンミールお婆ちゃんの顔を見ればもう満足気な様子だ。
元々の予定が本当に紹介だけだったらしい。
ここはコアさんを頼ろう。
『コアさん、何か言ってよ』
『何故ここで私に!? 私はマスターのおまけですからね!?』
予想通りコアさんは反発してきたのでそれらしい理由をつけて反論する。
『おまけだと尚更何か言わなきゃ駄目だよ。僕はスピーチで顔を知ってもらったけど、コアさんは知られていないよね? ここで黙っていると何でいるのか分からない人扱いされちゃうかもよ? それに元々コアさんは僕のサポート役だって名乗っていたよね?』
コアさんは表情さえ崩さなければ、真面目で冷静そうな雰囲気と神秘的な雰囲気が合わさって世界の管理者っぽく見える。
だから黙っていても僕の従者にギリギリ見えるかも知れない。
しかし僕の少し前とは言え玉座に座っているし、従者なら主人の代わりに話を進行する。
だからここでコアさんが何もしなければ謎の人扱いになる。
希望的推測だが、説得にはこのくらいの理屈で十分。
きっとコアさんに反論する程の余裕はない。
『くっ、分かりました。私なりに何とかやってみましょう』
計算通り。僕の価値だ。
さっさと話を進めて終わらせて貰おう。
さて、コアさんは何て言うかな?
「苦しゅうない! 面を上ぇい!」
うん、緊張して訛ってしまっている。
都会語に直すと、『畏まる必要はありません。その体勢ではお辛いでしょう。まずは楽にしてください』ってところかな。
「「「はっ、はっ、ははぁぁぁっ!!」」」
コアさんの言葉に対して先輩達は何故かコアさん以上に緊張した様子で、止まった呼吸を取り戻すように返事をし、畏る畏る、ゆっくりゆっくりと顔を上げ初めた。
声の調子は乱れまくっているが、返事自体は妙にあっている。
コアさんの失敗には誰も気が付いていないようだ。
何でこんな事に?
アンミールお婆ちゃんが居るから緊張しちゃったのかな?
そんなことを考えていたらコアさんは僕の方に顔を向けていた。
次は僕が話せって事らしい。
まだ先輩達は顔を上げきっていないが、コアさんの顔の向きからして皆僕に注目することになる。
話す以外に逃げ道は無い。
くっ、コアさんめ、僕への仕返しか。
何を言おうか?
単純に『宜しくお願いします』がいいかな?
うん、これだけ言おう。
そうすれば今日の話はこれで終わる。
先輩達が皆顔を上げたら本番。
…………。
「苦しゅうない! 面を下げぇい!」
「「「はっ、はっ、ははぁぁぁっ!」」」
先輩達の顔は凄かった。
同じ表情ではなかったが、一律に何と評していいのかも判らない程に凄かった。
緊張、驚愕、畏敬、安心、喜び、幸福、感動、憧憬、興奮等々、両立するものとはとは思えない極まったそれら感情が一斉に吹き出し表情が混沌と化している。
急に心臓が止まった馬が人参ジュースの海で溺れてもこんな表情にはならないと断言出来るほどの酷い顔だ。
少なくとも、咄嗟に先輩達をひれ伏せさせた僕の判断は正しいと断言出来る。
視ればコアさんも、そしてアンミールお婆ちゃんまでもが英断だと頷いている。
もう帰って良いかな?
そう言えば帰るところ、寮的場所もまだ聞いていなかった。
こんな事している暇が有ったらそちらに案内してほしいものだ。
心の底からそう思える。
うん、予定通り締めの言葉、宜しくの挨拶だけして終わらせよう。
「汝ら、畏れずして、定めを全うするがよい」
あっ、訛りが出てしまった。
でもこれで『皆さん少し疲れているようですね。楽にしてください。今日のところはここら辺にしましょう』と『宜しくお願いします』の意は伝える事が出来た筈。
僕の気苦労は取り敢えず終了だ。
先輩達が帰ったら花畑のお手入れでもしていよう。
…………。
あれ?
先輩達が帰り始めない。
寧ろ何かの準備を始めている。
そして突然始まる奇行。
チャリンチャリンチャリンチャリンチャリンチャリンチャリンチャリンチャリンチャリンチャリンチャリンチャリンチャリンチャリンチャリンチャリンチャリンチャリンチャリンチャリンチャリンチャリンチャリンチャリンチャリンチャリンチャリンチャリンチャリンッッッッ!!!!
投げつけられる大量の金貨や財宝。
火の付いた線香、仏花の山、飾る前提でまず食べないお菓子。
茄子の牛やら胡瓜の馬、豆に柊鰯、柚子に菖蒲、雛霰に塩。
赤ベース白モフモフの靴下、顔の彫られたカボチャにカブ。
火の付いた蝋燭つきのケーキ。
浴びせかけられる清水に呪い師の自家製の聖なる液体。
それらが僕達に襲い掛かる。
よく解らない、全く解らないが間違った他文化のイベントより酷い嵐だ。
先輩達から全く悪意を感じないのが凄まじく怖ろしい。
あるのは狂信と呼ぶのが一番近い強すぎる周囲を顧みない収束された念だけ。
ゴッゴッ!
続けて床に猛烈な勢いで頭を二回打ち付ける先輩達。
パンッパンッ!
続けて二回の拍手?
意を決したように、一番僕達の近くで平伏せる生徒会長アリウス先輩が口を開く。
「南無、こ、この度は、謁見の機会を頂き、きょう、恐悦至極にございますですアーメン!」
唇を噛み、爪を掌に食い込ませ、額と合わせてあちらこちらから血を流しながら先輩は必死に言葉を紡ぐ。
必死さが伝わり過ぎて、覚悟を感じる迫力が強すぎて言葉の奇妙さが入ってこない。
「わ、我ら一同の全てを、全身全霊を、御主様方に御捧げ致します!!」
「「「御捧げ致します!!!」」」
ゴッ!
全てを吐き出す勢いの宣言に続いて渾身の頭突き。
鋼鉄でも抉りそうな勢いだ。
当然広がる鉄錆の紅と匂い。
そして沈黙。
……もしかしてまだ僕の言葉必要?
そう思案していると先輩達は震えながら財布に触れ始める。
また投げる気だ。
そこにある感情は何故か大いなる畏れ。
そして大いなる期待?
訳が解らないが本気、全身全霊なのはこれでもかと感じる。
確実に僕の言葉を求めている。
取り敢えずそれらしい返答をして、自然に立ち去るとしよう。
また何かあったら流れでコアさんに任せてしまおう。
うん、完璧な計画。
「大いに、励むがよい」
訛る事などもはや気にせず、それらしい言葉を宣言。
気配を可能な限り消して転移、スピーチ前に居た場所に戻った。
去る直前にコアさんの方に首ごと視線を向けたから、何か問題があっても大丈夫な筈だ。
無事転移したところで様子を視ると、僕の目論見通りにコアさんに注目が行っていた。
先輩達のほぼ土下座平伏せでのちゃんと注目してますよアピールは目を見張るものがある。
これは完璧なコアさんへの引き継ぎが成功した証拠だろう。
うん、問題なし。
「期待している」
コアさんも一言だけ宣言して転移したのでこれにて僕達の受難は終結だ。
何の問題も無い。
あってもその矛先が向けられるのはコアさんだから、僕には何の問題も無いのだ。
「問題大有りですっ!!」
何故かコアさんに文句をぶつけられ続けて暫く、お昼の時間になってやっと解放された。
理不尽である。
お昼の時間が近くなければ大変な事になるところだった。
そもそも怒るのならば、区切りよく退場しただけの僕よりも、硬いもの(金銀財宝)を投げつけたり、後ろを見ずに攻撃を遠慮なく放った先輩達に言ってほしいものである。
それにコアさんも僕を生け贄に捧げたし。
だけども今はやっと来た平和なお昼を味わっているから余計な事は蒸し返さない。
決して言い返せない心当たりがある訳でもないが、余計な事は蒸し返さないのだ。
「コアさん、やっと平和が手に入ったね」
「どの口が言うのですか? 私は危うくマスターに生け贄に捧げられるところでしたが? と言うか生け贄にされましたが?」
しかし僕の思いと反対に、尚も半眼でねちねちと言うコアさん。
ほぼ関係ない会話からでも蒸し返す程、コアさんの不満は大きいらしい。
長くなりそうなので口に特製アンブロシアを放り込む。
「おがっ! ほむほむ、しゃくしゃく……」
うん、静かになった。
僕自慢のフルーツ、アンブロシアはあまりの美味しさに口から放す事は出来ない。
食べきるしかないのだ。
そして食べ終わる頃には残るのは圧倒的な満足感。
細かい事は忘れる。
何故ならその満足感は人生でも稀にしかない程の幸福。
そんな幸福を穢す事など本能的に出来ないのだ。
ふふふ、やはり愛すべきは植物。
「ごくり、で、話の続きですが―――」
「何でこんなに美味しいもの食べた後に暗い話が続けられるの!?」
「いつもこれと同等の食事をしていますから」
僕の植物への愛が、結果的にコアさんの幸福基準を塗り替えてしまっていたらしい。
この失敗は問題だ。
僕がコアさんの主張をあからさまに誤魔化そうとした事に気が付かれたのだから。
余計コアさんの話が長くなるかも知れない。
何とかそんな事態は回避せねば。
「コアさんを生け贄にして逃げたのは僕が悪かったよ。御詫びのアンブロシア美味しい?」
僕は笑顔でアンブロシアを贈り物と言う事にして話す。
これで僕が誤魔化そうとした事実はなくなり、それどころかアンブロシアは謝罪の材料と言う事になるのだ。
まさに一石二鳥戦法。
「先程、思いっきり何かを口走っていましたが?」
「うっ、な、何の事かな?」
そう言えばぼろを出してしまっていたのだった。
これは丸ごと話をすり替えるしかない。
周りを、アンミール学園中を視るとちょうどいい話題が転がっていた。
「ところでコアさん、皆気絶したって聞いたけど、もう殆どの人が起きているね」
「マスター、意図があからさま過ぎますよ?」
「何でかな? 回復が早いけど?」
「意思は硬いのですね。分かりました。アンブロシアを貰ったのは確かですし、今日のところはこの辺にしておきましょう」
話題を逸らすとはちょっと違うけど、何とか話が変わった。
やはり植物の愛に際限は無かったらしい。
美味しいものは世界を救う。
だが油断してはいけない。
自然に新たな内容で会話を続ける。
「で前の時とかと比べて回復が早いけど、何でかな?」
「それはただの気絶だったからでは? 原因不明の停止とは違い、確かな治療法がありますから。それに、先輩方の戦闘の余波で目が覚めたのかも知れませんね。起きないと危険かも知れませんから」
コアさんも僕の話に軌道を移してくれた。
本当にもう蒸し返すつもりは無いらしい。
長かった。やっと真の平和だ。
やっと平和になって本気で外に目を向けると、学園内では様々な新入生イベントが行われていた。
英雄譚で語られる入学や登録定番のあれ等だ。
とても気になったのでコアさんと一緒に隠れて上空から見ている。
今下で行われているのは定番その一、魔力測定。
魔力測定の魔法道具はよくありがちな水晶玉型で、魔法属性を光の色で、魔力の大きさを光の強さで示してくれるタイプのようだ。
英雄達がよく爆砕するあれだ。
尚、主催は何故か学園ではなく先輩達である。
期待の新入生でも見たいのかな?
兎も角イベントの形式としては物語そのもの。
これは直に見ない訳にはいかない。
まず一番始めに測定器の前に立つのはフィーゴ先輩。
何故か一番手は新入生ではなく先輩のようだ。
近くに立っている看板には新入生イベントと書かれているが不思議である。
何故か新入生っぽい幻術を纏っているし。
そして更に謎な事にフィーゴ先輩は酷く緊張して見える。
心拍数、精神状態は何故か平常、寧ろ生き生きとしているのに外見上はそう見える。
お手本? こっそり参加? いや違うよね。
考える程に謎は深まるばかりだ。
そうこう思っている内に、主催側のラルフ先輩が声帯に拡声魔法を使った。
そしてこれまたありがちな説明をし出す。
「赤い光が出ると火属性、青い光が出ると水属性、茶色い光が出ると土属性、黄緑の光が出ると風属性に適性があると言う事だ。
そして光の強さで魔力の量が判る。
じゃあ適性測定を始めよう。まず一番前の君、測定器に手を置いてくれ」
促されたフィーゴ先輩は恐る恐る、進み出る。
そして手を置く、直前に水晶玉を無色透明の何かが覆った。
水晶玉は僅かに鮮やかな赤色に光り出す、ように見えた。
「君は火属性だな。魔力量はそこそこ。
次の子、前に」
……何かがおかしい。
ステータスを視たところ、偽装しているが真のステータスの魔法属性は土と風、そして光だ。今使っている幻術だってその属性。
そして水晶玉を一瞬覆った膜は解析すると発光結界。ただ色々な色に光るだけの結界だ。
フィーゴ先輩は正確に適性を測っていない。
続く人は変装を纏って緊張した新入生に見えるエイク先輩だった。
またしても先輩、そしてそれを隠している。
そして水晶玉に触れる直前にはまたしても発光結界。
黄緑の光を出す。
また適性を測っていない。
そんな事がこの後も数人続いた。
何がしたいのだろうか?
気分だけでも味わいたかったのかな?
因みに測定擬きを行った先輩達は帰った振りをして、本来の姿で観客に紛れている。
その本来の表情は若干ニヤけている。
楽しみな事がこの後にあるような表情だ。
測定擬き自体が目的じゃなかったのかな?
そうこう思っている内に変装した先輩達の列が終わって、やっと新入生の順番が来た。
期待と不安でガチガチに緊張している本物の新入生君だ。
恐る恐る水晶玉に手を伸ばす。
発光結界は無し、正真正銘の測定だ
輝きの色は白、示す属性は光属性。
発光結界の輝きと比べて強い光だ。
それを見た先輩達は驚いた風を装って称賛。
「凄い! あいつ光属性持ちだぞ!」
「光も強いわ! 新入生なのにもう魔法が使える水準よ!」
「ようこそ! 期待の新入生! 我らがアンミール学園へ!」
口々に新入生ソール君を持ち上げる。
若干口元がニヤけていて演技臭いのが不思議だが、何にしろソール君は凄いらしい。
単純に学園内の光属性持ちの数は結構居たが、新入生では珍しいのかな?
当のソール君は嬉しそうに照れながらホッとしている。
その心はとても澄んでいて純粋な希望一色。
内も外も眩しい程の新入生だ。
見ているだけでつい微笑みそうなる。
何処か不自然な先輩達を見ているよりも遥かに素晴らしい光景だ。
謎行動は無視してこの掛け替えのない始まりの一場面を祝福していよう。
ソール君がスキップし出しそうな軽い足取りで水晶玉を離れると、次の新入生の番になる。
その新入生、クレアさんはソール君のを見ていたから余計に緊張している。
プレッシャーを感じてしまうのだろう。
だが震えそうな手で水晶玉に触れたところで、プレッシャーが安心に変化する出来事が起こる。
水晶玉は二色に輝いていた。
赤と黄緑の輝きだ。
それを見た先輩達は口々に言葉を吐き出す。
「あれはっ! 二属性持ちだとっ!」
「街に一人いるかいないかの奇跡よ!」
「ナンてスゴイんだー、ビックリだー」
棒読みの人が凄い気になるが凄いことらしい。
寧ろこの学園に一属性の人の方が少ない気もするが、この反応からして新入生さんの二属性は凄い事なのだろう。
クレアさんは予想外のことに固まってしまっているが、先輩達に優しく迎え入れられる。
うん、これもいい光景だね。
そんな特別な人二連続に次の新入生クラム君は気不味そうにガッチガチ。
自分とは世界が違うと思い恐縮してしまっているのだろう。
なるべく気配を消そうとそーと水晶玉に触れる。
輝く色は白と黒の二色。
「まじか! あいつ光属性と闇属性の二属性持ちだぞ!」
「一体どんな奇跡なの! 小国なら一人でも居たら奇跡よ!」
「アンミール学園はこれで安泰だな!」
クラム君は驚く間も無く胴上げ。
歓声に包まれて観衆に呑み込まれる。
次の新入生ミルガ君は赤青黄緑の三色光。
「サ、サンゾクセイ持ちだって!」
「す、凄すぎる!」
「国に一人の逸材だー!」
次の新入生アメニアさんは赤青黄緑茶色の四色光。
「基本四属性全て持っているだって!」
「世界に片手で数えられる程しかいないあの四属性持ちか!」
「魔法の寵児よ!」
どんどん盛り上がって行く測定会場。
何故か天才だと褒め称えられている新入生よりも先輩達の方がノリノリで盛り上がっているが、凄い展開になって行く。
だが盛り上がれば盛り上がるほど、順番を待つ新入生達は場違い感を感じ始めている。
自分とは別世界の住人達、その中に入れるとは考えられないのだ。
確率的にもそろそろ天才が出ることはあり得ない。
だけども直に別世界を現実として見た為に、期待を胸に秘め新入生達は順番を待つ。
新入生フィーリさんが示した色は赤青黄緑茶色白黒の何と六色光。
全属性だ。
「キセキだー! 世界に一人いない事もある全属性持ち!」
「本当にそんな人間が存在したんだな!」
「歴史に残る大魔導師の誕生よー!」
次の新入生ガリウス君は色こそ赤一色。
ただし、水晶玉は強く発光して粉々。
「ナ、ナンテ魔力だー!」
「あれで測れる最大量は一万だぞ!」
「一体何者なんだ!」
これはよくある英雄譚あるある。
水晶玉の容量オーバー。
本物が見れるなんて感動だ。
だが驚きはまだ終わらない。
次の新入生ハウザ君。
何と六色の光で水晶玉を爆砕。
「これは英雄の登場でも見ているのか!」
「魔法神の再来か!」
「今年の新入生は半端ないぜ!」
先輩達は口々に讃える。
その興奮は初めから徐々に上がって凄まじい。
大盛り上がりだ。
ただ一つ不思議なの事に、先輩達から驚きの感情が一切感じられないが、何にしろ凄い。
歴史的瞬間に立ち会っているようだ。
こんなに皆才能が溢れているなんて、これで物語が始まらない筈が無い。
最後の新入生ガリティウス君の番が来る。
新たに補充された水晶玉。
そこに宿るは黄金の輝き。
「「「…………」」」
何故か沈黙が場を支配する。
いや、先輩達だけが沈黙した。
信じられない事から現実逃避するように何度も元の笑顔を作っては、視線を水晶玉にやる。
新入生達は訳が分からずおろおろ。
ガリティウス君なんか非常に気不味くて泣きそうになっている。
自分が平凡過ぎて先輩達を白けさせたと思っているらしい。
唯一この場で場違いなのは主催のリーダーらしきラルフ先輩だ。
何故か口元を押え、後ろを向きながら笑いを堪えている。
やがてポツリポツリと先輩達が話し出す。
「……おい、こんな話聞いてないぞ。そもそも金色って何属性だ?」
「俺も聞いてねぇよ。あと現実逃避するな金色はあれだ、伝承通りなら金属性だ」
「でも、でもそんなのってあり得るの? 金属性って金貨を捧げなけゃ発動出来ない属性じゃない。人が使える属性じゃないわ」
「……授業を聞いていないのか。金属性は元々基本属性の一つだ。人の使える属性だよ」
「今は違うだろう……この世から消された筈だ。人が持つなんてあり得ない」
「でも実際にあの子持っているじゃない」
先輩達は大混乱だ。
驚き過ぎて大きな声すらも出せない。
それでも激しく意見を交わしている。
「コアさん、色々と物語みたいで凄かったけど、先輩達の反応の違いは何なんだろうね?」
「今のが正しい反応だと言う事は何となく判りますが、何故こうも変わったのかは私にも解りません」
なかなか良いものが見れて満足だが、やはり最後になってその部分が気になる。
そもそも初めの変装先輩からして何なのか謎だ。
「それについては我等が御解説致します」
「「うわっ!」」
二人で不思議に思っていると突然現れる筆頭眷属のサカキとナギ。
後ろには……僕は何も見ていない。
「生徒会、風紀委員の皆様によると、まずあの魔力測定は演技部が中心となって開催しているようです」
ナギによると部活が開催していたらしい。
その情報源は……僕は何も見ていない。
「演技部がですか? 何故魔力測定イベントを?」
コアさんもサカキとナギの後ろの情報源を見ないように聞く。
やっぱり僕は何も見ていないのだ。
「新入生歓迎だそうです」
「何処が?」
「アンミール学園が行わないからです」
「英雄譚に語られる有名場面なので、関係無くてとも無いのならばと有志で開催しているとの事」
「他の部活、組織も視ての通りそれら有名場面の舞台を用意しています」
演技部の測定イベントだから偶々演技が入ってたって事かな?
でも他のところも同時に視ていたが、わざとらしい行動が多かった。
一概にそうとは言い切れない。
「では、あの演技は演技部が開催しているからだと?」
ちょうどコアさんが僕の疑問を代弁してくれる。
「いえ、ここの皆様の大部分は〈鑑定〉スキルを所持しています」
「その為、結果を先に知れるので測定で驚く事は無いのです」
「あれらの演技は、新入生達を盛り上げる為にそれを誤魔化し、歓迎する為のものです」
「幸いにも、〈鑑定〉スキルは世間一般で稀少スキルとされています。新入生は先に結果が知られている事に気が付きません。その為可能になる手段です」
と言う事らしい。
確かに魔力と魔法属性を視るくらいは〈鑑定〉があれば事足りる。
それどころか色や光の強さで判断するよりもよっぽど正確だ。
ステータスを視れば数値でしっかり解るのだから。
でもそれでは味気無さ過ぎる。
一度しかない初めての測定。それが一睨みで終わりだと何の感慨も湧かない。大会に出ずして優勝杯を受け取るようなものだ。
それを救済し後輩達を喜ばせる措置があの演技だったらしい。
納得した。
「初めの測定する振りは? あれは何が目的?」
だがこの疑問は解けない。
やっぱりついつい出ちゃった系の人達かな?
「情報不足です。申し訳ありません」
「少々お待ちください」
この答えはサカキとナギでも知らなかったらしい。
聞き忘れていたようだ。
一旦後ろに下がる。
そして見てはいけない者達が前に進み出てくる。
もう現実逃避は許してくれないらしい。
「お、御は、遥か御高みに御連なりまする、御さ、サカキ様、御な、ナギ様に御代わりまして! 下等な下種であるわ、我等、生徒会、ふ、風紀委員一同が! ご、御説明させて頂きます!」
土下座のような姿勢で進み出るのはもはや何を言っているのか分からない生徒会長アリウス先輩。
その姿は……何か凄い。
まず香木が薪で囲まれた一枚石の上に土下座。
服は薄い白の着物(?)が一枚だけ。
両手には包み込むように聖銀のナイフ。
先輩達は皆これだ。
妙な組み合わせだけどこんな感じの絵を単体では見たことがある。
生け贄のあれだ。
うん、やはり見なかった事にしよう。
と思ったところで先輩達が動いてしまった。
いきなり服を脱ぎ出す先輩達。
その下には何も着ていない。つまり全裸だ。
その状態で聖水を浴びて身を浄める。
うん、見なかった事にしよう。
「そう言えばナギとサカキは何で先輩達と一緒にいたの?」
何も見ていないのだから、これは現実逃避ではなくただの会話だ。
目を反らしている訳ではない。
「主コセルシア様の御命令です」
「生徒会、風紀委員の皆様との対談のおり、後は任せた御命じになられました」
「……人の事を散々言っておいてそんなことしていたんだ」
思わぬ事実にコアさんに批判の目を向ける。
ちょうどいい目のやり場だ。
内容は内容だが、今回ばかりは褒めたい。
だからって簡単に済ますつもりは無いけどね。
「そ、それはですね……その……」
コアさんは往生際悪く反論の材料を、そして話題を逸らす材料を探すがあるのはもっと目を向けてはいけない先輩達。
反論材料も僕を責めた分だけ無くなっている。つまり簡単に探せるものではない。
逸らす話題の先はもっと逸らさなければいけない先輩達。
八方塞がりでコアさんは言葉を詰まらせる。
だが、コアさんは話題の転換を計った。
先輩達の状況が好転したからではない。
悪化したからだ。
目を反らしていい段階を悪い方向に越えてしまった。
「……マスター、先輩方は何故香木の薪に火を着けたのでしょうか?」
「……僕も知りたいよ」
不思議と煙は出ないが、芳しい芳香を放ちながら美しい聖火を灯す香木の山。
先輩達はそれらに包まれながら仰向けに寝転がる。
胸に組んだ手にはナイフ。
その光景は色々と混ざっているが正しく生け贄の儀。
自らの身を浄めて神への供物として捧げようとしている。
当然僕は生け贄の儀なんか視たことは無いが、それでもこれは生け贄の儀だと断言できる美味しく召し上がってくださいポーズだ。
「主よ、これは生徒会及び風紀委員の皆様が考えた礼儀作法だそうです」
「緊急事態の事後であれ、正装も身を浄める事もせずに謁見した御詫びをしたいとの事」
「皆様は全てを捧げるので無礼を自分達の身一つで御許し頂きたいと願っております」
僕達から溢れた言葉に律儀に答えるサカキとナギ。
判っていたから答えないで欲しかった。これで僅かな希望が消てしまった。
そして先輩達が盛大に僕達を何かと勘違いしている事も解った。
サカキとナギも正装を巫女装束と言い張るし、何故こうも間違える人がいるのだろうか?
田舎者ってそんなに世俗から離れた存在?
生け贄なんて要求しようと思った事もないよ?
そんなことを思っている内に事態は動き出す。
ナイフを心臓に突き刺す先輩達。
「「ちょっ、何しているの(ですか)っ!?」」
僕達は心配の声ではなくつい突っ込みを入れる。
それに対して先輩達は吐血しながら死の間際の言葉を紡ぐ。
「ぐふっ、我が身を対価にどうか発言を御許しください。
どばっ、……あの初めの演技は……わざと普通の反応を……見せ…て、うぐっ、……自信の無い……後輩、に……自分達の凄さを、分から、せる……為の、行為……です……ぐばっ」
全然内容が入ってこない。
と言うかその話は続いていたんだ。
本題だった筈なのにすっかり忘れていたよ。
で、どうしようこれ?
そもそも僕にどうしろと?
先輩達、吐血こそすれど意外と元気そうだし……。
流石にこの状況では帰れない。
仕方がない。
「ふむふむ……あれ? 意外と悪くない。寧ろ結構美味しいかも?」
「―――っ!? マママママ、マスターっ!! 一体何をっっ!?」
僕が味見しているとコアさんが凄まじい形相で問い掛けてきた。
何もそんな大邪神を見るような視線を向けなくてもいいのに。
「何って味見だよ。流石に直に口は付けていないけど、結構美味しいよ?」
先輩達の味は思ったよりも上質だった。
口に入れるのは憚れるが、口を使わない食事では上等な食材だ。
「何がどうしたら実際に生け贄を喰らうって発想が湧いてくるのですかっ!?」
「何か受け取らないと今度は何をしてくるか判らないから。受け取ればそれで終わるかなって? 狂信者って怖いでしょう?」
「狂信者の信仰対象の方がよっぽど怖いですっ!!」
コアさんは自分の身を抱き締め震えながら僕に恐怖の視線を向ける。
きっとコアさんは本で読んだだけの生け贄のイメージが強すぎて、受け入れる事が出来ないのだろう。
「いやコアさん、考えてみてよ? 先輩達が自分から勧めたんだよ? 態度から好意には間違いないし、これも実際に先輩達の好意から来るものなんだよ。きっと、都会では良くあるおもてなしの一つなんじゃないかな?」
多文化の儀式が、習慣が異様に見える事があるのと同じ。
自分達の価値観から大いに離れていても、好意と言う人の感情自体は普遍だ。
だからまずは忌避せずに、受け取るべきだろう。
実際に美味しかったし。
大抵の事は中に入れば受け入れられるものだ。
「コアさんも食べてみなよ? 美味しいよ?
先輩達の負担を考えているのかも知れないけど、それも大丈夫だよ。食べたそばから回復させているし、何か食べられる時に先輩達、気持ち良さそうに悶えているから」
「確かに、何故か幸せそうですね……」
先輩達は僕が一口食べる度に声を必死に堪えながらびくんびくんと悶えている。
必死に堪えた涙目だが誰が見ても幸福に傾いた表情だ。
外見上、一瞬で回復させているから傷もなくただの露出狂に見えてしまうが、この際は問題ない。
「……では頂いてみましょう。どれ、ふむふむ…ほぉ、これは中々美味しいですね。なるほどこれが接待だと言う事に納得です」
コアさんはそう言うとバクバクと食べ始める。
「脈打つ命の鼓動、若く強い溢れんばかりの命、締まって柔らかく雑味の無い若い肉、歯応えと満足感が素晴らしいです! 清く純粋な処女童貞、さらさらで熱い血、輝く意志、湧き出る幸福感快感、そして隠れ味として効いている痛みと恐怖、最高の味付けです! 最高級のフルコースを何種類も食べているようです!」
コアさんは生け贄を大いに気に入ったらしい。
元々万物を喰らうダンジョンだからかな?
文だけで見ると猟奇的な恐怖の感想を、感動に乗せて明るく歌うように表現している。
気に入ったようで何より。
「コアさん、生け贄ってこんなに美味しいおもてなしの文化だったんだね」
「はい、食べられる側も幸せに成れる素晴らしい文化ですね」
こうして僕達は都会を新たに学び、田舎の倫理観を新たにした。
そして自らやることの大切さを実感したのだった。
「コアさん、何事もまずはやることが大切なんだね」
「はい、まずは挑戦して行きましょう」
《認識解説》
・アーク&コセルシアに対しての生け贄
普通の生け贄。
ただし絶対上位超越者であるアーク&コセルシアの不況を買う事の方が遥かに恐ろしいと人々は畏れる為に、自分達にできる最上級の行為、つまり礼儀と錯覚して違和感なく行ってしまう。
尚、アーク達に食べられると、元より上位の形で回復され、彼等の血肉になると言う栄誉を受けるために幸福に感じてしまう。因みに食べられると普通に痛い……筈。
学生達「我々に出来る身を削った究極のおもてなし」
アーク「美味しいおもてなし」
コセルシア「素晴らしい文化」
アンミール達「何か問題でも?」
今回の実食でアーク&コセルシアは物理的な味以外も判別できる為に生け贄に対する忌避感を完全に無くし、素晴らしい美味しいものだと認識してしまった。
唯一止められる筈の親族達もアーク達が喜んでいるなら良いかと容認している。
倫理観? そう言えば美味しかったね。状態である。
何気にこれを問題だと思う者が存在しないのが最大の問題である。
最後までお読み頂き、ありがとうございます。
次話も新入生イベントが続く予定です。
追伸、クリスマス転生をホワイトデーに投稿予定の為、次話の投稿は遅くなります。
追伸、お詫び代りに第3章モブ紹介に付け足しをしました。もし宜しければご覧ください。




