第三十九話 アークの教室あるいは神話の序章
すいません。少し遅くなりました。
「――――これにて、アンミール学園、入学式を閉幕する」
そうシャガンお爺ちゃんが宣言し、アンミール学園入学式は幕を閉じた。
色々あったが入学式は無事に終わった。
大勢の人の前でスピーチをしたが、何故か終わった後の感想は名前が永いと言う言葉しか出てこない。
初めは緊張したが終わって残るのは精神疲労のみだ。僕の後に続いたアンミールお婆ちゃん達の言葉も残っていない。
きっと僕以外の皆もそれは同様だと思う。
因みに学生の皆は僕が祝福を与えたあと、徐々に正気に戻り気絶していった。
何故か正気の先に気絶はあったようだ。
本当に何故皆はあの時身動き一つしなかったのだろうか?
謎が残るばかりである。
尚、閉幕直後に気絶した皆は何処かに運ばれた。
気絶直後ではなく閉幕直後と言うのが、都会の厳しさを感じさせる。
そんなこんなを経て現在、僕はアンミールお婆ちゃんに案内を受けている。
無数の白亜の彫刻石柱、白亜の石鳥居をくぐり抜け、階段を登って行く。
「あの先に見える庭園、その奥の神殿がアークの教室です」
案内先はこれからアンミール学園で僕が授業を受ける場所だ。
クラスメイト、担任、まだ見ぬある種運命の相手の集う場所。青春の舞台、運命の分岐点である。
僕は胸を高鳴らせ、その物語と同じ舞台に向かっている。
これから一年間、僕が学ぶ場所。
一体どんな場所なのだろうか?
このわくわく感を出来る限り味わう為、俯瞰もせずにここまで歩いてきた。
やがて見えてきたのは穏やかな丘状の春の花々が咲き誇る花畑、その先に春の花木に包まれた巨大神殿が在った。
春をそのまま形にしたような、木葉の合間から注ぐ日差しのように暖かな空間だ。
アンミールお婆ちゃんは僕を巨大神殿へと導く。
天井がなく、空に突き抜ける柱と、春の木々で構成されている。
花の穏やかな色と空の青、そして一望できる外の花畑とアンミール学園の街並みがこれ以上ないほど映えている、大自然に劣らない美を誇る場所だった。
入り口から何段か階層状になっており、階段を登って行くと一際開放的な広間に出た。
その最奥に控えるのは至高の玉座。
数段しか高い場所にないが、玉座と広間の合間を囲む大空、床に空いた大空から絶対上位存在の玉座であることを、これでもかと象徴している。
…………。
……僕の思っていた教室と全く違う……。
外観から完全に神殿だよね?
いや、これはまだいい。
歴史ある学校の校舎は観光名所みたいなものもあると、聞いたことがある。花畑もイベントでは花を飾ると言うし、まだ納得できる。
しかし、何故に玉座?
それも王様も座れないような?
至高の先生でも居るの?
「あの玉座がアークの席です」
うん、何となくそうだと思っていた。
「なんで玉座? そもそもなんで神殿? 学校だよねここ?」
「アークの教室ですから」
僕の質問に、アンミールお婆ちゃんは寧ろ僕に当たり前の事なのに何を言っているんだ?と言うような態度で答える。
「普通の教室がいいんだけど?」
理由を聞いてもどうにもならなそうだから、僕は要求をする。
どうせ僕の事を可愛がり過ぎて前が見えていないとか、そんなまともではない理由だろうし、多分理由を知っても意味がない。
「普通ですが?」
尚もアンミールお婆ちゃんは首を傾げ、僕の方を不思議そうに見ながらそう言う。
あれ? もしかして本当の学校はこんなものなの?
アンミールお婆ちゃんの態度からそう思えてきてしまう。
アンミールお婆ちゃんの見かけは幼女、真実と純粋の象徴である子供だから余計にそう思えてくる。
「マスター、仮に普通でなくとも既に立派な神殿はマスターの為だけに建立されているのです。これは使わない訳にはいきませんよ」
今まで気配を消していたコアさんもそう口を挟んできた。
玉座が一つしかない事にホッと安心している様子が解せないが、その言い分は最もである。
これほどまでの神殿、使わなくてはもったいない。
もう使うことにしてしまおう。
だが納得できない事が一つある。
「そうだね。……ところでアンミールお婆ちゃん、コアさんの玉座がないから追加しておいてね」
「ちょっ! マスター!」
「僕だけを犠牲に差し出そうとしていたよね? それに使わない訳にはいかないんでしょう? 僕一人だけ使うのも無駄になっちゃうから、勿論コアさんも使うよね?」
「私はマスターお一人使いでも十分だと思います!」
やはり自分の事しか考えていなかったコアさん、他人事だと思うと適当になる。
自分の事となると本心からもったいないなど一欠片も思ってはいない。
「そうでしたね。コアさんの玉座もアークの隣辺りに用意しておきます」
「本当にマスターは余計な事を!」
「僕達は運命共同体だよ?」
「そんな運命共同体は嫌です!」
アンミールお婆ちゃんによってコアさんの玉座はすぐに設置された。
僕の玉座が固定されているせいで真隣とはいかなかったが、これで他の人も来たとき、僕への注目は分散される事だろう。
めでたしめでたしだ。
どれ、折角だから着席もしてみよう。
おおー、神金銀財宝彫刻と固そうな飾り専用にしか見えない玉座なのに、驚異のフィット感。
おまけに抜群の眺望。
座ったら動きたくなくなるタイプの椅子だ。少なくとも一週間は快適に座り続けられる。
コアさんの方も少し違う玉座だが満足そうに座っていた。
切り替えが相変わらず早い。
「ところで、さっき皆気絶していたけど、授業はいつから始まるの?」
椅子に座りながら果物を摘まんでいると、ふと気が付いた。
あまりに座り心地が良くて寛いでいたがここは学校の教室、授業を受ける場だ。
大切なのは部屋でもなければ玉座でもない。
「今のところ授業開始は一週間後を予定しています。全学年取り敢えず一週間は休みです。気絶から目を醒ましても完全に慣れるまでは時間がかかるでしょうからね」
なるほど、気絶から目覚めてもそれで良しとはならないらしい。
確かに気絶から目覚めたら、皆初めは混乱することだろう。
そもそも気絶の原因が必ずあるから、自ら気絶覚悟の戦闘による気絶でもなければ落ち着く事などできない。
原因に慣れる。少なくとも、そんな気絶の原因がある非常識な学園に慣れるには少し時間が必要だと言う事だ。
既にある程度慣れている筈の先輩達も気絶する有様だから、僕達新入生に合わせると一週間はかかってしまうのだろう。
あっ、もしかして、そもそも入学式で皆が気絶していた理由は新しい学園生活に慣れないからかな?
環境が変わると色々と変化して、時にはストレスが溜まるとか聞いたことがある。
どうやら僕の想像以上にそれは凄まじいようだ。環境が変わってすぐに気絶するほどに。
都会って怖い。
多分、僕のスピーチ…ほぼ名前を言っただけだけど…、をしたとき皆が正気を失ったのも、これから来る新年度を回想しての事だろう。
やっと謎が解けた。
一時は僕に原因があるんじゃないかと思いもしたほどに謎の現象だったから、謎が解けたと思うと身体が軽くなったと錯覚するほどにスッキリとした気分だ。
頭の中だけど、これが肩の荷が下りるってやつかな?
それにしても立ち直るまで一週間。
「結構長いね。新しい学園生活に慣れるのってそんなに時間がかかるんだね」
「ん? アーク、何か勘違いしていませんか? 生徒が慣れるのは学園生活ではなく、アークにですよ?」
……あれ? 肩の荷が増えて返ってきた。
今度は頭のもやもやだけではない。身体にも始めからのし掛かってくる重さだ。
いや聞き間違いに違いない。
「僕が学校に慣れるまで一週間も待ってくれるんだね?」
「いえ、アークに学園が慣れるまで一週間必要と言う事です」
……あれ? また聞き間違えた。
うん、話を先に進めよう。
今日は難聴。
それが判っただけで十分。
「何故マスターに慣れる必要が?」
「って、コアさん余計な聞かなくていいから!」
「存在が明らかにかけ離れていますから」
「なるほど」
「何に納得しているの!?」
コアさんが余計な事をしてくれた。
それに二人とも、僕を一体何だと思っているのだか……問い質したいけど墓穴を掘る嵌めになりそうだ……。
もういい。
聞かなかった事にしよう。
「え~と、じゃあ僕達は何をしていればいいかな? 他の皆が授業を受けられる状態じゃないのなら、縁結びもまともに出来そうにないし」
「マスター、聞かなかった事にしましたね?」
「アンミールお婆ちゃん、それで?」
またも空気を読めないコアさんが何か言っているが無視だ無視。
何を言おうとも僕が聞いたのは幻聴である。
しかし、尚もコアさんは触れてくる。
「……マスター、自分のしでかした事を理解するのも大切だと思いますよ?」
「……勝手に僕で授業にも出られなくなる失礼な人の事なんか、気にしなくてもいいんだよ……。
それでアンミールお婆ちゃん、僕達は何をしていればいいかな?」
寧ろ、八つ当たりに気絶中過激な縁結びでも仕掛けておきたいぐらいである。
人の事を何かだと思っている失礼な人を気遣って、直視したくないものを見る必要などないのだ。
コアさんともじっくりお話、した方がいいかな?
アンミールお婆ちゃんとも。
ふふふ……。
「「っ! 悪寒が! 何か不吉な事を考えていませんかっ!?」」
瞬発的に肩を寄せ合い、双子のように見事なシンクロを見せる二人。
「大丈夫、きっと話が分かっている二人にとっては不吉じゃないから」
僕は微笑みながらそう宣告する。
そして続けざまに問う。
「で、僕は何をしていればいいと思うかな?」
僕についてか、今後の予定か。
つまり僕の特製青汁やせんぶり茶を飲みながらまったりゆっくり僕についてお話をするか、難聴で聞こえなかった事にして予定を話し合うのかを問う。
「……生徒の全員が動けない訳ではありません。縁結びも対象の数は絞られますが可能です。それに一週間は万全を期した期間なので、三日もすれば大半の生徒は日常に慣れるでしょう。
アークには今日、何人かの生徒を紹介したいと思います。それまでは自由行動です。それこそ縁結びをしていればいいと思いますよ?」
アンミールお婆ちゃんは賢く後者の選択肢を選んだようだ。
「ではマスター、さっそく縁結びでもしましょう! さあ、マスターの事に偏見を持つ失礼な方々を片っ端から遠慮なく結んでしまいますよ!」
コアさんも賢い選択肢を選ぶ。
しかもさっきまでの同類を何の躊躇いもなく生け贄に出す始末。
手に入れてはならない類いの賢さだが、僕の平穏のためにも触れないことにしておこう。
心は一つにならなくとも、目的を一つにすることに成功した僕達に余計な思考は必要ないのだ。
今は完全に縁結びに切り替え、これらを忘却の彼方に封印するのみである。
さて、縁結びをすることにしたが今は入学式直後。
まだ気絶からも回復している人は少ない筈。
まずは動けている人から探そう。
僕は再び視界を全開にし、アンミール学園全体を俯瞰する。
すると視界を縮めていた間の情報、過去の視界も解り今の状況が大体判明した。
やはり殆どの人達はまだ気絶からも立ち直っていないらしい。
しかし縁結びの対象はすぐに見つかった。
何故なら対象は僕の玉座、ここの正面で自ら縁を求め祈っていたからだ。
「どうかこの俺に良縁をーー!! 多くは望みません!! 一発ヤらせてくれれば捨てられても構いません!! 金だって幾らでも貢ぎます!! ですからどうか、俺を一時だけでもリア充にーー!!」
こう祈るのはイタル先輩。
流石は勇者、復活が早いらしい。
願いは勇者とは思えない最底辺のものだが……。
本格的に祈りに来たつもりなのか、派手な純白の成人式のような和装に身を包んでいる。
首のモフモフは女の人しかしていないと思うのだが、兎も角目立ちたくて仕方がないような服装だ。
しかも聖属性魔法の光で自らをライトアップしている。多分聖人の人がアンデッドを浄化し怪我人を回復する奇跡の行使に使う魔術だ。才能の無駄遣いにも程がある。
完全に空回りしているが、願いを叶えたいという熱意だけは伝わってきた。
そして隣で祈るのはこの人。
「この際男なら誰でもいいです!! 最低限イケメンで背が高くて鍛えていて金持ちで家事万能で性格が良くて家柄が良くて義理の親が煩くない性欲の強い巨●のイケメンでしたら誰でもいいですから!! どうか私に彼氏を!!」
誰でもいいと言いながら幻想の存在を求める女神のセントニコラさん。
単純に女神だからかも知れないが、彼女も天女のような実用性皆無かつ物理的には再現できない羽衣に身を包み、神威で自らをライトアップし、一心不乱に祈っている。
君、願いを叶える側の人だよね……。
欲張り過ぎじゃないかな?
一部がR18魔法で聞こえないような願い事だし……。
と言うか二人とも何故そんなところで、僕達に祈るような場所で祈っているの?
確かにどうみても立派過ぎる神殿だけども……。
まあ何にしろこの祈りを聞き届けるとしよう。
ちょうど僕達がやりたい事だし、僕達でも叶えてあげられるお願いだ。
ならば叶えてあげない理由はない。
「あと巨乳と幼女と巨乳と熟女と巨乳と女教師と巨乳と女王様と巨乳とギャルと巨乳と清純お姉さんと巨乳と妹と巨乳と貧乳と巨乳とスレンダーと巨乳とムッチリと巨乳と淫乱と巨乳もセットでお願いします!! 勿論JKも!! あと初めては処女でお願いしまぁーーーす!!」
…………叶えていけない理由はなかった筈だ。
……僕は本当にこの願いを叶えていいのだろうか?
「初めての●●●は●●で●●●●●●で●●●●に●●●●て私の●を●●に●●してそれでいて優しく●●●●て●●、2ラウンド目は私が彼の●●を●●て●●て●●まくって●●、何度も何度も●●●て●●まで、いえ●●も●●て●●て●●まくって彼の顔が●●●●●●になるまで●●して次の●を●●●て彼に●●●て●●た彼の●●を次の彼の●●●に―――――」
…………セントニコラさんに関してはR18魔法で何を祈っているのかすら判らない。
それでいて、ろくでもない事を言っている事だけは確かだ。
あのイタル先輩が隣で化け物を見るような目を向け、震えているのが凄い気になる。
絶対に気にしたら敗けの、聞いたら後悔するような内容なのだろうが……。
本当に僕はこの願いを叶えてもいいのだろうか?
普通の縁結びだけすればいいのかな?
そもそもR18魔法で何を願っているのか判らないし。
うん、そうしよう。
よくよく考えてみればこの二人は入学式の影響が少ない。
つまり仮に、そう仮にアンミールお婆ちゃんの言い分が正しいとすると、数少ないまだ失礼じゃない人達だ。
失礼な人達が多少の迷惑を被っても問題ない。
そう思っていると新たな動きがあった。
イタル先輩達の後ろから男女二組、計四人がこちらに向かってきたのだ。
なにやら言い合う男女とそれを宥める凄く疲れたような男女。
何? この人達も参拝?
特出すべき点はこの人達の存在感。
四人揃って学園屈指、多分一部の先生よりも既に力がある。
少なくともイタル先輩よりも、真の勇者にして救世主であるイタル先輩よりも強い。
何者?
まあいいや、折角だからこの人達とイタル先輩達を縁結びしてしまおう。
イタル先輩とセントニコラさんに直感を与えて後ろを向かせる。
この二人にはこれだけでも十分。
これを運命と悟ってすぐに行動に移すだろう。
「運命の彼女ーー!!」
「運命の●●●ぉぉーー!!」
うん、早速行動に移した。
それぞれ目当ての巨乳と巨●を目指してダイブ……。
そして辿り着く前に即墜落。
イタル先輩は剣で刻まれ行き止まりとなった空間にぶつかり行き場を無くし、セントニコラさんはU字の杭で検体のように地面に張り付けにされた。
実行したのは言い争っていた男女二人。
知の女神のような容姿端麗さと美の女神のような妖艶さをあわせ持ち、意志の強さを感じさせるどこか生徒会長のような黒髪巨乳の美女、カナデ先輩。
そして眼鏡の似合うきっちり固めた白髪の完璧主義と合理主義の塊のような、それでいて手段を選ばぬ探求者を形にしたような美男、アゼル先輩だ。
二人は言い争いを止め、いつの間に手に持っていた金剛石の宝剣と概念状の物質でないレールガンを空に戻すと、各々物色するような眼差しを墜落した獲物へと向けた。
「生きの良い頑丈そうな一般人ですね。鍛練できないこともなさそうですし、彼は自ら求めた。
認めましょう。貴方はどこまで到達だろうか?」
自然の声を形にしたような美しい澄んだ声でそうカナデ先輩は言う。
そしてルビーのような深紅の瞳を狂気を灯し、イタル先輩を睥睨した。
……なんか、違う。
今まではイタル先輩を排除する先輩しかいなかったが、彼女は違う。一見受け入れているようにも思える。
しかし、人を受け入れるような感情は感じられない。
多分、言っている通りにおもちゃを見つけた時の受け入れだ。
第一、イタル先輩はまず人と思われていない。
……え~と、その……、良かったねイタル先輩! 認められたよ!
うん、後は当人同士の問題。
ただ望みを叶えて縁結びしてあげただけの僕が気にする問題ではないのだ。
さて、もう一方のアゼル先輩もサファイアのような碧い瞳に狂気を灯し、捕らえたセントニコラさんを睥睨していた。
こっちもなんだ……。
「異世界の女神、それも元から存在する世界の意志。これは珍しいものが手には入った」
そう淡々と無表情で言うアゼル先輩。
その身体からは屍蝋のような身体が幾つも出現し、セントニコラさんに死神のような無数の手を伸ばす。
その姿はまさに死神、いや死である。
アゼル先輩の表情一つ変えない淡々とした冷徹な態度がよりそう思わせてくる。
彼の前では女神であり超自然的な存在であるセントニコラさんもただ死を待つ只人にしか見えない。
セントニコラさんは女神とは思えない顔で絶叫しているが、恐怖のあまり声が出ていない。
無言無音の顔だけ絶叫だ。
こんな時に思うのもなんだが、セントニコラさんの表現力って凄い。
…………。
……後は当人同士の問題という事で……。
さらばイタル先輩、セントニコラさん。
来世でまた会おう……。
しかし人は神々すらも想像のつかない、常に神々を驚かせてきた可能性の塊。
ここで奇跡が起きた。
「「悪くないかも……」」
危機的状況にも程があるのに、イタル先輩達は考え直したのだ。
「こんな超絶美人にヤられるなら、何されてもご褒美じゃないか! どさくさに紛れてあんなことやこんなことも!」
「よく見れば出てきた顔も皆イケメン! イケメンコレクション! あんなに身体があるならどんなプレイでも可能な、いえ、前人《神》未踏の地に踏み込む事も簡単! それに一人で何度も何度も●ぼれる!」
……何故か、この二人のギラつく眼差しの方が、物を見るようなカナデ先輩達の眼差しよりも危険なもののような気がする。
実際、向けられたカナデ先輩達も一瞬身体を震わせた。
だがカナデ先輩達も少し動揺しただけで、態度を変えない。
「コアさん、今回の縁結び、凄いことになっているけど成功かな?」
「……縁を結ぶという一点においては成功かと」
「本当に後は当人同士で頑張ってもらう、というかイタル先輩達次第だね」
「期待はせずに視守っていましょう」
さて、これでほんの少しだが縁結びをして時間を潰せた。
されど数分だ。
学園の皆が完全復活するにはまだ遠すぎるし、学生の紹介とやらにもまだ時間があるだろう。
もっと気が付いたら時間が流れているような、素敵な時間潰しがしたい。
イタル先輩達の目を背きたくなる縁結びではなく、目を離せない縁結びがしたいのだ。
僕達があの縁に手を出しても変わらないだろうし、次の縁結びする人でも探そうかな?
そう思っていると、アンミールお婆ちゃんが教えてくれた。
「アーク、そろそろ生徒がここに来ます」
どうやらもう無理に時間を潰す必要は無いようだ。
こんなに早いんだったら何か食べていれば良かったかな?
「そうなんだ。どんな人が来るの?」
「どんな人って、相手していたではないですか。まず来るのは実技主席のカナデと、学術主席のアゼルです」
あの二人、主席だったんだ……。
いや、重要なのはそこではない。
「「……あの二人、ここに来るの(ですか)?」」
「はい。あと二人の補佐、クルトとケミルナも来ます」
本当に何かを食べていれば良かったかもしれない。
そうすれば身構える事はなかった。
狂的と言う事前情報は深く関わる時にのみ必要なものだ。軽く挨拶するような時には知らないままさっさと済ませた方が良い。
まあ、知らなかったら知らなかったで、何故教えてくれなかったんだと文句を言うが。
どちらにしろあの二人、先輩でしかも主席みたいだから無下に面会拒否なんか出来ないし……。
「アンミールお婆ちゃん、僕、風ひいたみたい。休んでいるからコアさんと用事は済ませておいて」
僕は辺りに暴風を撒き散らし、不調を訴える。
「ちょっ! 私に押し付けないでください! 私だって風ですよ! 私が休みます!」
もはや完全に僕の補佐役だという事を忘れているコアさん、僕に負けじと暴風を撒き散らす。
僕とコアさんの暴風はぶつかり合い、特大の竜巻に発達していく。
渦は天と地を貫く勢いで勢力を増し、摩擦で発生した雷は絶えることなく天を迸る。
コアさんが引き下がらないから威力は増す一方だ。
それにしてもこれだけの暴威にさらされても無傷の神殿が凄い。
岩山でも砕けて飛び散りそうなのに。
あ、いっそのことこのまま先輩達、どっかに飛ばされて行かないかな?
「風邪を風と勘違いしていますね。魂胆がバレバレです。大人しくしてください」
えっ? 風ってこれの事じゃないの?
確かに本だと風邪って書いてあるけど、邪な風、つまりは破壊をもたらす暴風だと思っていた。
病気とか言うものの一種らしいけど、病気とは物語から察するに人を苦しめるもの。
暴風と風邪の何が違うの?
「風と風邪は全くの別物です。そもそもアークは病気になどならないでしょうに。もしそんな事態になったら今頃全てを再構成していますよ」
風邪ってよく解らないけど、全てを再構成しなきゃいけないような状況らしい。
確かに暴風程度ではそんな事にならない。
「アークがかかるとしたら仮病ぐらいでしょうね」
うん? でも僕でもかかる病気があるらしい。
そう言えば仮病って物語でよく出てくる。大流行しているほどだ。文脈からすると一つの病気ではなく分類の一つらしいが、結構有名だ。
これならいけるかも知れない。
「僕、多分その仮病かも。休んでいるね」
「私こそ仮病です。休ませていただきます」
「はいはい、そうですか。ではそろそろ時間ですね。そのまま座って待っていてください」
しかしアンミールお婆ちゃんは全く相手にしてくれない。
そう言えば物語でも仮病は全く相手にされていなかった。
もうそろそろ先輩達辿り着いちゃうし、どうすれば?
何か策はないかとコアさんと顔を見合わせる。
そして目に写るのは間に発生する大竜巻。
コクりとお互いに頷く。
駄目元だがやってしまおう。
アンミールお婆ちゃんにバレないよう僕が竜巻の勢いを更に上げ、巻き上げた土で中心部を覆い隠す。
その中心でコアさんは竜巻にダンジョンの力で身体を与える。
生まれるのは竜巻そのものの化身、ガーディアンテュポン。
それが僕の作り上げた土風の壁を発する雷で熔解、暴風で吹き飛ばし、姿を現した。
全長約1キロ、上半身は黒い岩のような邪悪な巨人で下半身は太股から下は竜の怪物。
肩からは無数の竜が生え翼のようになっており、その眼は渦巻く黒炎の魔眼。
常に雷絶えぬ竜巻の中にある。
なんか予想以上に邪悪なのが出てきたが、今回は頼もしい。
さあ、先輩達を追い払え!
《用語解説》
・ユートピアのオハナシ事情
ユートピア村の住人には一切の暴力が通用しない。お仕置きに神雷を幾ら落としても微弱なマッサージ程の効果もない。
よって彼らが怒る時などは嫌がらせに近い手段を取る。
例えばアークだったら苦いものや不味いものを食べさせる等。今回アークの出そうとしていた特製青汁、せんぶり茶はそれである。
神雷等を使うときもあるが、その場たちは威力を無視した音と見かけで驚かす猫騙し的な手段として使う。
尚、どれも超越者にとっての嫌がらせなので、常人が触れるとただでは済まないので注意が必要。
アーク特製青汁でも飲んだ者の存在は大方消滅する。勿論、超越者が飲んだら苦いけど健康になるだけである。
・ガーディアンテュポン
アーク&コセルシアが咄嗟に創り出した魔獣、どう考えても邪神の類いだが一応魔獣である。
天地を貫く程の竜巻を材料に創られ、それ以上の力を誇る。ただし魔獣にも関わらず魔石などの本来魔獣に必要な材料や工程を急いでいた為かなり省略されており、二人が創造したにしてはかなり弱い。
それでもテュポン種の時点で最低でも魔獣の脅威度を表すランクは20であり、ガーディアンという特集種なのでランクは23となっている。
テュポン種というだけで、タイフーンの語源とされるギリシア神話最大の怪物の名に恥じない力を持ち、英雄の軍勢どころか神々の軍勢でも敗北する可能性が十分にある化け物。
ガーディアンテュポンはそれを上回り、神々の軍勢でも敗北する可能性が十二分にある化け物となっている。
外見としてはテュポンの蛇部分が竜のものになっており、ガーディアンだからかより頑丈そうな見かけになっている。能力も勿論テュポンを強化したもの。
数多の怪物の親となった伝説から来る特殊能力も使える。
絶対に面会拒否のために創る魔獣ではない。
最後までお読み頂き、ありがとうございます。
追伸、第3章 モブ紹介を更新しました。




