第三十七話 初めての成功あるいはダイジェスト
投稿が遅くなって申し訳ありません。
そろそろ投稿から一年になるので、ある程度の節目にするため、一気に話を進めました。
三十八、もしくは三十九話で今章は終わらせ、次章に入る予定です。
ナルヤ君とサーシャさんの選択が決まるまで、僕は彼等を援護する事にした。
キスする前に倒れてしまっては意味が無い。
未熟な僕にゴブリンを倒せるかは分からないが、追い払うくらいはできる筈だ。
因みにコアさんは選ばれし者しか使えない武器を配っても、武器なしの人の助けにはならないといまさら気が付いて、急いで眷属に武器を買いに行かせたり、眷属が買い占めてきた軍隊の所持する数よりも遥かに多そうな数多の武器を、武器を持っていない人の近くに投げ続けていた。
尚、これの為に態々武器店の店主達を店に強制転移させたりしている。
相手は訳の分からないまま、眷属に大量の金貨を渡され、そして元の場所に戻され……雑じゃない?
兎も角、それにより各地には武器の雨がところ狭しと降り注いでいる。よく物語に出てくる物量系の技を使う人の攻撃みたいだ。
コアさんは気が付いていないが、魔物が巻き込まれて血の海が出来ている。場所によってはもう武器要らないんじゃない?と言いたくなる光景だ。
あっ、山が崩れた…建物が倒壊した…凄い強そうなのが消滅した……。
何時になったら落ち着くかな?
とりあえず今は放っておこう。
今は二人の援護が最優先である。
僕は無限収納から椎の七を取り出す。
これは金属質な重いどんぐりを、重力ベクトルを変えて射出するだけの銃だが、僕のいるこの上空から撃てばゴブリンを追い払える程度の威力にはなる筈だ。
二次災害を引き起こしそうな余計な効果はないし、比較的安全でもある。
「バン!」
早速僕はゴブリン目掛けて一発撃った。
無音で射出されたどんぐり銃弾は重力加速度に従い加速し、ゴブリンに向い一直線に突き抜けて行く。
このどんぐり銃弾は約百グラム、そしてここは高度一万メートル以上はある。単純計算で十キロの重さの物を百メートル上から落とすのと同程度の威力が、言い換えれば50キロの人を20メートルの崖から落ちるのと同じ威力がある。攻撃力で言えばもっと高い。
ゴブリンなどこれで十分だ。
そして着弾。
……結構ズレるね。
ゴブリンは倒せたが目標とは全然違うゴブリンに着弾してしまった。
上空は風が強すぎるらしい。特に始めの射出速度が遅いからそこでズレ、誤差がどんどん広がって行くらしい。
二人に当たってしまいそうだから止めにしよう。
でも援護が必要な事には変りが無い。
どうしたものか?
魔術でも使ってどんぐり銃弾の速度を上げるか、誘導弾みたいにしてみようかな?
「「主よ。お任せください」」
そう思っているといきなり魔術眷属達が現れた。丁寧に空中にも関わらず綺麗な御辞儀をする。
行動早いね……。
ただちょっと思い付いただけなのに。
彼等は姿格好が似通っているから同じ魔術の眷属達のようだ。
皮のベルトのような動き易さ重視の鎧を着た、ギリシアやらローマやらに居そうな兵士姿の眷属達だ。
そして何故だかアスリートのようにも、密偵のようにも見える。
一体何の魔術の眷属だろうか?
「え~と、君達どんな魔術の眷属?」
とりあえず聞いてみる。
「加速魔法の“アクセル”です」
どうやら特定のもの、それこそ銃弾や矢の速度を上げる魔術、アクセルから誕生した眷属のようだ。
確かに早そうだ。
でもその格好はマラソンの方じゃないかな? 速さよりも持久力を象徴する姿なんじゃ? まあ当時はそれが速報になるくらいだからいいのかな? でも馬は昔から居ただろうし……。
いや、そもそもマラトンのなった時、馬とかいなかったの?
……。
おっと、話が逸れた。
修正修正。
「で、君達はこのどんぐり銃弾を加速してくれると?」
「はい、お任せください」
「何でしたら誘導弾も実現して見せましょう」
「ん? 誘導弾も?」
「はい、可能です」
アクセルから生まれたのに誘導弾も?
どうやって?
そもそも誘導系の魔術眷属はいないのかな? ああ、今まで皆百発百中で矢とか銃弾とか放っているから必要なかったのか。
何であれ気になる。実際にやってもらおう。
「じゃあ加速と誘導弾お願いするよ。
じゃあいくね。バン!」
僕はどんぐり銃弾を撃つ。
銃口から無音で飛び出す銃弾。
眷属は何とそれを……銃弾を指で摘まんだ。
…………。
そして摘まんだまま空を駆ける。まるでそこに地面があるかのように、当たり前のように駆けた。
ぐんぐんと加速して行く銃弾。
そして指に銃弾を摘まみながら若干の軌道修正をしたアクセル眷属は、高速で紙飛行機を放つように銃弾を放す。
銃弾は見事に僕が狙い定めたゴブリンの頭上に着弾し貫き、ゴブリンをバラバラに粉砕した。
…………。
何から言えばいいのだろう?
とりあえず威力から……強くない!? ただの金属質をどんぐりが当たったのに散弾銃が爆裂したみたいだよ!? 人力で一体どんだけ加速させたの!?
そして何で人力で加速させたの!? 魔術は!? 魔術の要素は何処に逝った!?
で誘導弾ってそう言うこと!?
ふぅー……。
何だか不思議と過剰過ぎる接待を受けたような気分だ。人力で物理的な反則擬きをされたからかな?
兎も角疲れた。疲れしかない。
もういいや、気にしていても仕方がない。精神力を浪費する一方だ。
無心になって二人の時間を稼ごう。銃撃に集中すれば気が紛れるかも知れない。
選択肢が定まるまで、適度にゴブリンを間引こう。
僕のために尽くしてくれている事も確かだし……。
「バン! バン! バン!」
椎の七の連射、これにも見事にアクセル眷属は対応。一人一個どんぐり銃弾を摘み駆け抜けて行く。
…………本当に無駄にハイスペックだ。
試しに。
「……」
無音で引き金を引いてみる。
これは重力しか利用していない銃だから殆ど音がしない。耳を直接当てて初めて擦れる音が聞こえるぐらいだ。
これに反応出来るかな?
うん、普通に摘まんだ。彼らに死角は存在しないらしい。
そして無音の連射。
何事もなく眷属達は対応した。
いくら連射しても眷属達は対応する。アクセル眷属の数を銃弾の数が上回ったら、今度は他の眷族達も参加しだした。
彼等はアクセル眷属よりは手際が悪いが、それでも銃撃の威力を上げゴブリンを排除して行く。
でも流石に銃弾持った手で直接殴り付けるのは完全に銃撃の強化から逸脱していると思う……銃弾が先に触れれば銃撃と言う訳ではない。
援護しなくて済むように、そろそろ決断してくれないかな?
あっ、ちょうど二人が動いた。
「な、なぁっ!?」
「は、はひっ!?」
と勇気を出して裏返った声で声をかけるをするナルヤ君と、同じく裏返った声で応えるサーシャさん。
僕の囁きの内容を想像し、お互いにまだ本題にも入っていないのに耳を真っ赤にしている。
「えっ、えっと! その……魔力、もう無いだろう? だ、だからその…俺の魔力を渡そうと思うんだ!」
サーシャさんに背を向け、ゴブリンの相手をしながらも、ナルヤ君はひどく緊張しながらも話しかける。
「そ、それって……どうやって」
それにサーシャさんは俯き、耳をさらに真っ赤にしながら聞く。
「やっ、あっ、それは! えーと、その……俺、武技も魔術もまだ使えないから、俺の魔力、全部持っていってくれ!」
残念、ナルヤ君は恥ずかしさのあまり、具体的な方法を言えなかった。強引に話を反らす。
そこで今度はサーシャさんが口を開いた。
「あの! その……昔の英雄達って凄いわよね! 格好いいし、強いし、それに……キスとかして、困難を乗り越えて、ロマンスに溢れているわよね……」
ナルヤ君は背を向けているのに、自分は下を向いているに、そこからさらに後ろに顔を反らして、湯気が出るほど顔を熱くしながら消えるような声で言う。
「う、うん…………そうだな。き、きききき、キスの経験はっ!?」
声を窄めながらも攻める、いや咄嗟のことでついキスに直接触れてしまうナルヤ君。
だが相手も冷静ではいれていないサーシャさんだ。
「な、無いわよ! 家、キスの挨拶とかしないし……彼氏もいたこと無いし…………」
そのまま会話を続ける。
本当に顔から湯気が出てきた。魔力が作用して心象を具現化しているようだ。しかし魔力を無駄にした事には本人達は全く気付かない。それほど一杯一杯のようだ。
「お、俺もだ! 生まれてこのかたしたこと無い!」
何故か叫んでしまうナルヤ君。彼は物理的に顔から湯気を出す。
「えっと! そのだな! 俺とキスしてくれー!!」
そしてこの失敗を取り返そうとしてついに本題を叫ぶ。大声コンテストに出られる声量だ。
「……」
当然サーシャさんは湯気を出しながら呆然。
「いや、えっ、その、そうじゃなくて! その……生き残るために! いや勿論君は魅力的だ…俺とは釣り合わない…でもそれしか方法が思いは浮かばないんだ! キスすれば魔力を渡せるんだろ! お願いだ! 俺とキスしてくれ! 君の未来のために! 今だけは我慢してくれ! 今すればいつか俺なんかの数倍格好いい奴とキスできる! だから―――」
静かに自分の唇でナルヤ君の口を閉じるサーシャさん。
「「……」」
二人の間に何かが繋り、想いの力だけで魔力が移って行く。
「…………」
放心状態のナルヤ君。
そんなナルヤ君にまだ湯気を立てながらも、真っ直ぐと目を見てサーシャさんは伝える。
「……ごめん。言葉じゃ答えられなくて……あなたの気持ち、見えるくらい伝わったの……あなたはきっと素晴らしい人よ。私こそごめんなさい、私の方こそ多分あなたに釣り合わないわ……だから、こうするしかないと思ったの」
ナルヤ君はそんなサーシャさんに対して放心状態から戻り。
「そんなこと無い! 君は綺麗だし……その…キスも自分からするほど…自己犠牲を厭わない思い遣りの心を持つ人だし、俺なんかとは釣り合わない! だから謝んないでくれ! 俺なんか見かけ普通だし、まともに戦えないし、武技も魔術も下手だし、全部平均かそれ以下だ……」
「そんなの関係ないわ! あなたは真っ先に私を助けてくれた! それが出来る人を弱いとは言わないわ! あなたは強い人よ! 顔も…平均より少し上よ!」
「ぐっ! あ、ありがとう。でもやっぱり君の方が魅力的な人だよ」
最後の部分で若干のダメージを受けるナルヤ君。でもいつの間にか生まれていた炎は消えない。
「そ、そんな、あなたの方が」
二人は改めて目を見つめ合う。
「「…………」」
告白の時ですら言えないかもしれない心の奥底、それを投げ掛けあった二人の間には確かな何かが芽生えていた。
絆の、それも愛と呼ぶものの初まりだ。
それがこれからどんな道を辿るかは判らない。途中で心が離れてしまうこともあるだろう。今の言葉が黒歴史となる時、消したくなる時も訪れる筈だ。
でも決して消すことの出来ない繋りはここに確かに生まれた。
そして多分、これが縁結びの出来る最大だとも思う。
あと、出来るのはきっかけを付け足す事ぐらい。それ以上は縁結びではなく強制に近い。
ここから先は本人達の意思次第だ。
僕の手助けはここまで、例えこの先がどうなろうとも縁結びは大成功である。
なんか成功してそうなのは他にも沢山あったけど、本当に縁結びとしての正道な成功例はこれが初めてかもしれない。
「いつまでも敵は待ってくれないみたいだ」
「そうみたいね。行きましょう!」
「ああ!」
現実を照れ隠し代りに二人はまた前を見て戦闘に戻る。
寄り添い支え合いながら。
うんうん、豊穣豊穣。
そうだ。この成功を祝ってこれをあげよう。
僕は直接二人の心に語りかけながら授けた。
『〈アークの加護〉を獲得しました』
僕にまた素敵な物語を見せてね。よろしく。
さて、この結果をコアさんにも見せてあげよう。
一応共同作業だしね。
どこに行ったかな?
あっ、居た。
コアさんは魔物の発生源近くで結界を張っていた。
もう武器を投げ渡していない。
武器を渡したところで焼け石に水だったようで、根本を押さえる方針にしたらしい。
全体的な魔物が極端に減った訳では無いが、新たに出現する魔物と発生源周辺に居た魔物は迷宮に閉じ込められ、その力で一部しか外に出て来なくなった。
これなら近いうちに戦闘の終焉も迎えられることだろう。
戦闘縁結びの生死を分けるような緊張感は薄れてしまったが、元々縁結びのお試しだったし、やっと一組成功したから良しとしよう。
そう思っているとコアさんが僕のもとに飛んできた。
「ふう、やっと一段落着きました」
「僕もだよ。視て、あの二人、初めてまともに縁結びが成功したんだよ」
「どれ……本当ですね。おめでとうございます」
コアさんは過去を覗いて実際に視たようだ。嬉しそうに僕を祝福してくれる。
「コアさんの方は何かあった?」
「……色々と」
コアさんは遠くを見るように言った。少なくとも良い事は無かったらしい。深くは聞かないであげよう。
ここは僕から話を変えて。
「……結界凄いね。さっきまでずっと発生していた魔物が殆ど出て来なくなっているし、全然破られる気配がないよ」
「あれは結界と言うよりもダンジョンですよ。境界を区切ったのです。半異空に飛ばしたともいえますね。なので完全に魔物を閉じ込める事は出来ませんが、壊される事はまずありません。そして何事もなく時間が経過すれば本物のダンジョンとなることでしょう」
つまり同一世界上にあった発生源を、少し世界に繋がっているだけの独立した領域に創り変えたらしい。
「流石はコアさん、元ダンジョンコアだね」
僕が誉めるとコアさんは得意気な様子で笑う。
「いえ、それほどでもありますかね」
良いことのあった時は周りも笑顔でいてほしいから、コアさんが笑顔になってくれて嬉しい。
「じゃあ、今日はもう縁結び成功したから、のんびりと過ごそうか?」
「そうですね。良い気分のままでいましょう」
こうしてこの日は昼前で本格的な縁結びを切り上げ、アンミールお婆ちゃん達のところでゆっくりすることになった。
ご飯を食べたりコアさんも交えた家族の団欒を深めながら、皆の戦いを鑑賞し、軽く手を出しただけでがっちりとは縁結びもしなかった。
夕方からはまた御風呂の壁を取り払ったり、差し入れの果物を置いてきたり、何故か急に食後に種族ごと超人に変わる人が出てきたりしたが、特に変わった事はなく過ぎた。
夜はもっと早く過ぎて行った。
先輩達が泥のように熟睡していたのだ。魔物が急激に増えなくなったと知って、休養を優先したらしい。
各拠点ごとに結界を張って、中でぐっすりと眠っていた。見張りは吸血鬼の人が数人いるくらいで、ほぼ全員が熟睡だ。
そして結局皆朝まで目覚める事は無かった。だから僕は皆と話したり、植物の世話をしながらその間過ごした。
三日目は夜の間に増えた魔物、繁殖で増えた個体等が多く居た為に、また総出で戦闘を再開。
この時同級生君達はいない。消耗が激しすぎたようだ。夕食の時間まで泥のように眠っていた。
そして僕達は二日目と同じように軽く縁結びをし、戦闘を眺め、コアさんがやらかしていた事を無理矢理無視しながらのんびりと過ごした。
四日目、五日目も同じような日だった。
違いは日を超すごとに目を背きたくなる結果が増えただけだ。
魔物こそ順調に減って行ったが、連日の疲れと備品設備の消耗で余裕は無くなっていたらしい。徹夜こそしていなかったが、禁断症状が出始めていた。
六日目、入学式の為に各地から多くの生徒が集まってきた。
その人達の助けがあり、魔物をコアさんの張ったダンジョン結界のすぐ外側まで押し戻す事に成功する。
そしてこの日は何と、空に、正確には空に溶け込んでいる結界に皹が入り始めた。
地平線の彼方から真上まで、ガラスを殴り付けたような傷が所狭しと付いては消えて行く。
その光景が星を使った花火のように見え、そこに結界から落ちる粉のような光が合わさりとても幻想的だ。
七日目、【最高学都 エル・アンミール】を覆っていた結界が完全に破られた。
そこから大勢の来訪者達がアンミール学園に押し寄せる。星の数程いそうな、星のような人達が次々にやって来た。
どの人達も例外なく有名英雄譚で語られる、視ただけで色々な理由で気絶してしまいそうな人達だ。
冒険者ギルド本殿、商業ギルド本殿、神殿本殿を始めとした世界組織中央の大飛空挺艦隊。
各世界大国の精鋭部隊や世界貴族の一団、勇者ギルドや魔王ギルドの有力者(物理的)達。
その他にも個人で超越者達が次々に訪れてくる。
そしてその中でも異質に飛び抜けた中心人物達、英雄の中の大英雄と比べても次元の違う超越者達が僕達の居るところまで来た。
えーっ!? 何でここまでっ!? あまりにも場違い過ぎるよっ!? 等と思いながらもよくその人達を視てみると、全員顔見知りだった。
と言うか親族だった。
ハシィーお婆ちゃんにドラスラーお爺ちゃん、ウルカウお爺ちゃんを始めとした近い親族のお爺ちゃんお婆ちゃん達。
一、二回会ったことのある人達。自称世界宗教の主神や世界的大英雄の面白い人達だ。……まさか本物じゃないよね? アンミールお婆ちゃんは本物だったし……今は家族団欒だ。
そして会った事は無いけど、確かな強い繋がりを感じる人達もやって来た。
お爺ちゃんお婆ちゃん達は僕に抱きついたり撫でたりしながら、言ったところによると、あの結界を破って入って来たのは僕に会うために用意した戦力だそうだ。
…………冗談だよね?
あの軍勢なら片手間で幾つもの世界、同時侵略出来るよ? それを結界で抑えていたアンミールお婆ちゃんって一体……。
と言うかあの軍勢もよく視たら親族だし……。
……その後は色々と考えないように団欒した。
あー、家族って良いものだな…………。
そして今日、入学式当日になった。
この学都は今、未曾有の大災害に見舞われている。
まず天地をひっくり返す程の大地震、その規模と威力は世界が終わってしまうと思えるほど凄まじく、堅牢な筈の砦も瓦礫と化し中華鍋の中の野菜のように宙を舞っている。
普通の建物なんかは瓦礫としても原型を留めていない。石材は塵と化し、木材もそのまま土になりそうなくらい破壊されている。
大地もあちらこちらの地割れが酷い。その規模と密度は上空から俯瞰したら世界が粉砕されているようだ。
どういう原理か、星まで崩れたように流れ堕ちて行く。
それが地上に降り注ぎ、更なる破壊をもたらしている。
空にまで本物の皹が入っていた。
どうやら地震ではなく、世界そのものが揺れているらしい。
人々は何故か全く被害を受けていない学園の建物に避難しており、人的被害は超常的に皆無だが、ついさっきまで脅威であった魔物達までもが壊滅的な被害を受けている。
この様子だと他の動物や魔物も全滅に近い状況だろう。実った作物は落ち、その途中である植物もきっと今年は収穫が絶望的だ。
食糧の無い破壊され尽くした土地、それが今のここである。
人はもう、ここでは自給自足で生活できない。暫くここから去るしか無い筈だ。
しかし今の僕には、そんなことどうでも良い!!
僕は今、ガッチガチに緊張している。
その緊張からの震えは、大地震に見習わせたい程に凄まじい。空どころか大気を砕いていると錯覚するぐらいの震えだ。
さっきも喉の渇きを癒そうと、聖杯を取ろうとしたのだが、振動で木端微塵に砕いてしまった。
それと言うのも全ては。
「マスター! 震え過ぎです! たかが新入生代表のスピーチをやるだけじゃ無いですか! お願いだから落ち着いてください! このままじゃここも崩壊してしまいます!!」
そう、スピーチが待っているからだ。
今日は入学式当日。
大勢の前で新入生代表としてスピーチをしなければならないのだ。
「そんな無責任な! コアさんも僕と同じ立場になってみなよ! 僕の気持ちが分かるからさ!」
「成る程、それは良い考えですね。コアさんと一緒ならアークの緊張も和らぐでしょうし。
コアさん、貴方もアークと一緒にスピーチをしましょう」
流れでコアさんの参加が決まった。
ははは、僕達は運命共同体だね。仲良くしよう。
「はぁーーーーっっ!? なっ、何故そんなことに!! マスター! 今のはただ事実を述べただけですから!! アンミールさん、私には不可能ですから!」
「まぁまぁ、成るように成りますから。大丈夫ですよ」
「そんなーーーーっっ!」
大地震がさらに大きくなった。
何故か僕とコアさんを中心に破壊的な揺れが広がり、大気をも砕き去る。
いっその事、学都完全崩壊して入学式自体無くならないかな?
でも村の皆を始め、態々僕に会いに来てくれた面々は、心の奥底から僕のスピーチ、僕の晴れ舞台を楽しみにしている。
この期待に応えない訳にはいかない。
もう覚悟を決めよう。
緊張は全く解けないが、スピーチの内容を考えなくては……あっ!! もうすぐ始まるのにスピーチの内容を考えていなかった!! どどどどどど、どうしよう!!
このままだとド田舎者丸出しの大恥さらし、晴れの舞台どころではない! ただの公開処刑になってしまう!
そう思っている間にも、入学式の準備は着々と進んでいる。
何故か無傷の校舎本体がゆっくりと変形したり収納配置、入れ替わったりして、この僕達の居る学都中心にある空中庭園の城、塔を中心に大きな超巨大会場へと姿を変えて行く。
あちらこちらに飾られる各地の神話、英雄譚を描いたレリーフ。神々や大英雄、龍や怪物、神話存在の彫像。
まるでアンミール学園の、世界の歩みそのものを形にしたようなもので、圧倒的な歴史と美、そして想いに溢れている。
どんなに辺境にある美術館でも、これらのうちどれかひとつでも所蔵されていれば、世界の名だたる美術館と肩を並べる事が出来るだろう。それほどまでに圧倒的な宝物だ。
天井は何処にもなく、幾つもの神殿のような庭園のような姿に変えて行く。満開に咲き誇る花々の美しい庭園群だ。
空には色鮮やかな鳥や龍、精霊が飛び回り、空すらも飾っている。よく視れば星の輝もまし、世界自体も微かに光っていた。
どうやったらこんなものが用意出きるのだろう……。
生徒達はいつの間にか制服代わりのマント、各科各学年ごとに違うそれを羽織り、クラスによってはその下にクラス制服を着て、その庭園に立っていた。
庭園ごとに担任や担当の教師が居て、生徒達に指示を出している。
庭園の数、その上の人の数は、まだ出揃っていないにも関わらず、すでに数えきれない。
あんな大勢の前で話すなんて…………。
その庭園は僕達の居る本校舎を中心に空を飛び、円軌道を描いて周り続ける。
誰からもここが見えるようにだろう…………。
円の外側には来賓の超越者や、それの隣に新入生よりもガッチガチに緊張している保護者達、各地の有力者達。
超越者は堂々達ながら生徒やこの本校舎を眺めて居るのに対し、保護者と有力者は正座しながら超越者達の様子をチラチラと伺っている。
王であろうが、誰もが畏敬の念を抱き、平伏せる存在が来賓に居て僕を見る……あっ、大半が親族だ。
これはまだ良しとしよう。
兎も角着々と準備が進んで行く。
と言うかこれって本当に入学式? 何だか始まりの王の戴冠式、いや、それ以上の何かに視える。
本当にどうしよう…………。
そしてついに式が始まってしまう。
僕達の居る空中庭園の一段下にある、テラスのような空中庭園、そこに司会進行を勤めるらしいシャガンお爺ちゃんが降臨する。
因みにこの本校舎は特に変化していない。元々全てにおいて極められているからだ
人の言葉では天国や楽園と評するしかない美しく神聖的な、力まで溢れている建造物に、その各所にある空中庭園、そこから流れ落ちる数々の滝が、学都中に世界の美の真髄を集めても尚、全ての人々の視線をつかんで離さない。
そしてシャガンお爺ちゃんが降臨したことで、完全に人々の視線がシャガンお爺ちゃんに集中する。
と言うよりもそこに立っただけで、時間が止まったかのように無音に近い状態になり、皆視線を一つにせざる終えなくなった。
圧倒的な力を持つように感じられる来賓の超越者や学園の超越者な先生達もそれは同様だ。
皆にとってシャガンお爺ちゃんはどうやっても原理的に無視出来ない存在らしい……僕の親族って一体?
降り立ったシャガンお爺ちゃんは口を開く。
「平伏せよ、頭を上げよ、決して瞬きをするな、全ての奇跡を一つも漏らさず心に刻め。汝らはここで歴史の証人と成ろう。
これより、アンミール学園、入学式を開催する。
もう一度告げる。奇跡を一つ残らず刻め」
あれ?
なんか僕が想像していたのと違う。
普通の入学式って、普通に挨拶して、第何回なんとか学校入学式を開催しますとか言って偉い人の話が始まったりするんじゃないの?
これは挨拶じゃなくて平伏しろって言ってるし、なんか中心が入学式とは別のところにある気がする。偉いは偉いでも遥か先過ぎるような? 入学式はオマケって感じだ。
「汝らに至上の喜びを与える。見上げよ頂点の一つを、決して届かぬ至高の言葉に全てを傾けよ。
アーク・ユートピア、降臨!」
はっ?
新入生代表の言葉とかじゃなくて、降臨?
へっ? 何すれば良いの?
と言うかもう出番!? いきなり!?
「さあアーク、出番です。立派にやり遂げてきなさい」
なんにしろ入学式は、僕の受難は始まってしまった。
《用語解説》
・魔力譲渡
自分の魔力を他者に与えること、もしくは他者から魔力を与えられることを指す。
魔力は大きく分けて二系統存在する。自然魔力と呼ばれる万人に溶け込む魔力と、固有魔力と言う持主にしか使えない魔力。人の魔力は後者の固有魔力だ。この固有魔力は心臓のようなもので、同じ部位であっても他者のものと滅多に適合しない。全く同じことなどまず無いと考えてよいものだ。ある意味その者の身体の延長と考えてもよい。
その為、他者の魔力を扱う事は本来不可能である。
だが、それを可能にする方法が無いわけでもない。主に二つある。
まず固有魔力を自然魔力にすると言う方法。そして固有魔力を近づけ合う方法。
前者は魔術で成す事が多く相手が誰でおろうと可能だが、その発動に余計な魔力や技術力を必要とする。そして多くの者は自然魔力を自由には扱えない。
よってこの方法では至近距離で自然魔力を浴びせ、魔力回復力を活性化させ魔力を回復させると言う原理で行う。
その為に数々のデメリットが存在する。しかし確実ではある方法だ。
後者は固有魔力を近づけ合わなければならず、固有魔力は意志に関係ある為に、相性によっては全く譲渡できないこともある。
逆に言えば、意志を近づける事が出来ればかなりの量の魔力を譲渡する事が可能である。そしてこの意志を近づけると言うのは、同質にしなければならないと言う事ではない。目標を一つにと言ったことでも良い。
そして何故か身体の接触でも存在が近くなるのか、魔力譲渡量が上がる。
兎に角、様々な意味で存在が近く成れば良い方法である。
元々、どういう意味でも遠い者同士が魔力のやり取りをする筈がないので、大方は後者の方法で魔力は譲渡される。
その為、様々な歴史に残る名場面があり、地域によっては何かしらの魔力譲渡に関する文化があることが多い。
一概には言えないが、意味の無い魔力譲渡は避けるべきである。
最後までお読み頂き、ありがとうございます。
次回は7月31日に一周年記念、創世神話を投稿する予定です。
尚、第三十八話 長過ぎる自己紹介あるいは時間稼ぎ は限界文字数に挑戦する為、投稿が遅くなるかもしれませんがご了承ください。




