第三十六話 詐欺師あるいは魔力譲渡
投稿が遅くなって申し訳ありません。
同時に今章最終話、モブ紹介を書いているので、次回も遅くなってしまうかもしれません。ご了承ください。
尚、モブ紹介に関しては少しずつ追加していきます。
「コアさん、もう仲良くなっている人に戦闘縁結びをして効果があるか試してみない?」
と僕はコアさんに相談する。
三年二十二組の先輩達の後にも、沢山の先輩達に戦闘縁結びをやってみたが、殆ど成果を上げられなかった。
どうやら前提の戦闘状態、それが僕達の認識と実際の先輩達の状態とで大きな相違があるらしい。先輩達の状態は一人一人が個性的過ぎるからそこを修正することもできなかった。
単純に戦闘縁結びの方法自体が戦闘を生かしきれていない可能性も大いにある。
つまりは戦闘縁結びを続けるかどうか、と言うか中止した方がいいんじゃないかと思えてきたのだ。
元々縁結び何てものはそう簡単に成功する訳ではない。
しかしあまりにも失敗が多すぎるし、成功例も本人達の捉え方次第ではと言う程度のものでしかない。
だから比較的成功、もしくは効果が出やすそうな人で試したいのだ。
一人でも成功すれば続けるつもりである。
「なるほど、戦闘縁結びの効果が僅かにでもあるか調べる為ですね?」
コアさんは僕が説明しなくても意図を理解してくれた。きっと僕と同じような事を考えていたのだろう。
「うん、戦闘縁結びが悪いのか先輩達が異常なのか知りたいんだよ」
「まあ、もう失敗は山ほどしましたからね。この試みが失敗しても誤差でしかないのでやってしまいましょう」
と言うことで、既にある程度結ばれている人に戦闘縁結びをする事になった。
さてどの人達を、丁度いい人達がいた。
貴族を装ったティナ先輩とカイウス先輩だ。
「カイウス様、お顔に血が…」
「大丈夫さティナ、返り血だから。…ッ! 君こそ顔に血が付いているじゃないかっ! 早く拭くんだ!」
「いえ、これは返り血ですから…」
「そんなこと判ってる! でも僕はティナ、君の美しい顔が魔物の血で汚れてしまっているのが心を抉られているようで我慢出来ないんだ!」
「まあ! カイウス様!」
「さあ目を瞑って、僕が拭いてあげるよ」
「はいカイウス様…」
と目を瞑るティナ先輩。その顔に付いてしまった魔物の血をカイウス先輩はハンカチで拭う。
そしてそのまま、優しくキスを……。
「んっ、カイウス様、なにを?」
頬を染めながら問うティナ先輩。
「ごめん。ティナがあまりにも愛しくて」
と頬を染め、恥ずかしさから目をティナ先輩から反らすカイウス先輩。
「もう、今度は私がカイウス様のお顔を拭いて差し上げます。目を瞑ってください」
「あ、うん」
そしてティナ先輩が返り血を拭き取ると、そのままお返しにキスを……。
「お返しです」
と目線を下に隠しながら真っ赤に耳を染めるティナ先輩。
因みに最初から戦闘の途中である。
二人で手を取り合い、まるでくるくるとダンスを踊るようにいちゃつきながら、コボルトを避けている。
戦闘中でもいちゃつけるこの先輩達は戦闘縁結びの効果を試すのに丁度よさそうだ。
しかもなんと、この二人はとても稀少な処女でも童貞でも無い人達だ。さらにしっかりと結ばれているのが視える。でも結ばれた糸が多すぎるような気も?
ちょっと不安な事に、ステータスが物凄く怪しい構成だったり、過去を覗いたらアンミールお婆ちゃんの“あーるじゅうはち”とか言う魔術で妨害されたりとしたが、まず大丈夫だろう。
称号に【結婚詐欺師】とか【ハニートラップ】、職業に【娼婦】とか【娼夫】とかよく知らないものがあったけど、きっとまともな人だ。
さっそく戦闘縁結びを始めよう。
まずは手初め。
単純に先輩達に襲いかかる魔物の数を増やして二人ともピンチにする。
元ダンジョンなコアさんに任せればすぐだ。
コアさんが軽くて二人を指差すとそこにコボルトが、群れ単位で殺到して行く。
さて、先輩達はどうなるかな?
…………。
あれ? 戦闘を避けて逃げ回っている。
「カイウス様! あなた様のベルクモン勇者流滅魔最強鬪術でコボルトをお倒しください! 竜の群れを一人で倒したと言うカイウス様なら、コボルトなんて相手になりません!」
「いやいや! 君の亡国美姫聖秘術とやらで倒してくれ! 僕の力はもっと後半で必要になるからね! 五千の魔物の軍勢から王国の民を救った君なら簡単さ!」
「いえいえ! 私の力はもっと局面でこそ必要になります! ここで消耗する訳には参りません!」
等と言って一向に戦う気配が無い。
確かにステータスを視ると魅了系のスキルや子供の教育に悪いとか言って皆教えてくれない名前のスキルばかりで、直接戦闘系のスキルは強いて言えば〈逃げ足〉や〈隠形〉、〈気配察知〉ぐらいしか無い。魔術系のスキルのレベルも低いし。
さらに装備した武具をよく視れば、見掛け重視の飾りに等しいものだ。剣なんか鞘の中身が無い。
……まさか本当は全く戦えないってこと無いよね?
……詐欺師って犯罪者のあれじゃないよね?
そんなことを思っていると二人がとても胡散臭く思えてくる。二人とも偶像教の説法ができそうな程顔は良いが、何て言うか顔だけに視える。全部それで誤魔化そうとしているような? 服装も絵に描いたような、絵にしかいない貴族っぽいものだ。
視れば視るほど怪しく思えてくる。
まあなんにしろ魔物は止まらない。二人に向かう魔物が密集して逃げ道自体も減ってきた。
この状況なら絶対に戦闘に突入する筈。
兎に角様子を視てみよう。もし二人が弱くてもあそこには普通のコボルトぐらいしかいないからなんとかなる筈だ。
「なっ! 逃げ場が!」
「わわっ! こうなったら! カイウス様、後ろをお願いします! 決してこちらを見ないでください!」
「奇遇だね! 僕も同じことを思っていたんだ! 後ろを向いてこちらを見ないでくれ!」
そう言って二人は背中合わせになり、お互いに周りを囲うコボルト達と対峙する。
信頼を寄せる相棒とする美しい行動だが、この先輩達の場合はなんか違う気がする。目的が背中を守り合うことじゃない気が?
「「“サイレント”」」
二人は奇遇にも同じ魔術を発動した。周囲に音が洩れないようにする風属性魔術だ。
足音でも消すのかな?
そして二人の本格的な戦いが幕を開ける。
「ふっ」
不適に笑うカイウス先輩。
そして技を使う。
「武技“命乞い”!」
カイウス先輩の身体が僅かに輝く。
…………。
気のせいだか、命乞いと叫んでいる気がした。
やっぱり疲れがたまっているのかも知れない。
…………。
しかし気のせいでは無かった。
「お願いしますお願いします! 殺さないでください殺さないでください! 何でもしますきっと役に立ちます! だからどうか命だけはー!」
といつの間にか顔をグシャグシャにし、跪きながら必死に助命を乞うカイウス先輩。
なにやってんの!? 戦闘は必殺技は!?
と言うか何のスキルの武技!? “命乞い”って!? そもそも何で武技なの!? 武の要素どこ!?
……でも見事だ。
身体全体で哀れさと惨めさが表現されている。そして小物感も……多分こっちは武技と関係ない。
言葉が通じない筈なのに、コボルトの動きが鈍った。どうする?と言うジェスチャーをしながらカイウス先輩を襲うかどうか迷っている。
その様子をチラ見したカイウス先輩は次なる技を使う。
「武技“賄賂”!」
アイテムボックスから取り出した肉塊を見事な手捌きで包装し、これまた見事な所作(仮)でコボルトに肉塊を渡す。
コボルトはそれを受けとると何故かカイウス先輩からさって行く。
……どうやら魔物に賄賂は通用するらしい。多分命乞いとの合わせ技だろうけど……。
対するティナ先輩は。
「武技“土下座”!」
違う方法で命乞いをしていた。絵に遺したい程の見事な土下座だ。命乞いと言う面ではカイウス先輩が使った武技の方が効力がありそうだが、土下座と言う一点においてはこれ以上は無いと断言できる程の見事なフォームである。
でも本当に武の要素はどこにあるのだろう? もう技であることは認めるからせめて文技にしてくれない? と言うか武技って態々口にしなくても発動できるのだから叫ばないで欲しい。
ティナ先輩は土下座だけでは終わらなかった。
「武技“五体投地”!」
うつ伏せで寝るような体勢で地に身体の全てを投げ出し、助命を乞う。
……五体投地って祈りを捧げる形じゃなかったっけ? 命乞いでは多分やらないよね?
でも効いている。コボルトに迷いが生じている。しかしカイウス先輩の“賄賂”と違って追い払うまでには至らない。決定打にかけるようだ。
下手したらこのまま無防備なまま殺られてしまう。
だからティナ先輩は次の行動に出た。
「武技“献身懐柔”」
五体投地から滑らかにコボルトの前に出るティナ先輩。
そのままコボルトの顎に手を添える。
そして耳元で。
「――助けてくれたら、お・れ・い、してあげる――」
呟くと仕上げに顎に添えた手をでゆっくりと下まで撫で付ける。
堪らずコボルトはモザイクが入る前に動き出す。
「ワァオォォォーーーーンッ!!」
魅了による一種の狂化だろう。
体毛に隠れて一切視えなかった血管が、体毛の上からでも判る程クッキリと浮き出て、ミヂミヂと音をたてながら一回り程巨大になる。筋肉が膨張したらしい。
標的を同族に変えた狂化コボルトは狂う意思のままに暴れ始めた。
限界近くまで強化された筋力を持ってコボルトを折り跳ばし、肉を食いちぎる。技なんてものは無い。野生の牙にも劣る力任せの暴走である。
しかしコボルト達には止められない。いや、止めようと反撃して傷を負わせても無理矢理にでも動き続ける。もはや生存本能すら棄てた純粋な暴力である。破壊の意思しかない。
そして狂化コボルト達は増えて行く。
ティナ先輩、そしていつの間にかカイウス先輩が狂化コボルトの増産を続けていたからだ。
どうやら能力も思考回路もこの二人は似かよっているらしい。お互いに自分の戦闘スタイルを偽るために背中合わせのまま器用に量産を続ける。同じような存在なのだから無駄である。
兎も角本人達は直接戦わず、魅了したコボルト達に戦闘をさせるつもりらしい。
戦闘縁結び、全然成功しそうにない。
だか視かねたコアさんが掌をコボルト達に向けた。そして遠距離から狂化コボルト達の魅了の根本を握り潰す。
途端、狂化コボルトはただの暴走コボルトへと変質を遂げた。
「「「グゥルラァーー!」」」
「「へっ!?」」
そして標的を二人に戻す。
対して先輩達は背中合わせから一転、顔を見合わせもう一度魔物を見て頷くと、瞬時に魔物の少ない方に身体を向けた。
見事に二人三脚に視える程息を合わせ駆けて行く。
果たしてどこまで逃げられるかな?
この二人はこのまま放置だ。
後で結果だけ視よう。
「コアさん、よくよく考えたら仲の良い人達に縁結びしても、元々どれだけ仲が良いか判らないと成功したかどうか判断できないよね?」
「そう言えばそうですね。人の過去ならいくらでも覗く事が出来ますが、やはり直接視た方が良い気がしますしね」
そう、今回の戦闘縁結びの実験はそもそも不確かなものなのだ。対象の二人も十分に向かない人だったが、よく考えたらやっても意味がない。
「と言うことで今度はまだ学園に染まっていなさそうな比較的普通の人、僕達の同級生君達に戦闘縁結びを試してみない?」
「成る程、私達のように同級生の方々は一般人、凡人に近そうですからね。何処か胡散臭い方々が最後の縁結び相手だと、何だかもやもやしますし、是非ともやってみましょう」
と言うことで次の行動方針が決まった。
まずは同級生君達を。
あ~、やっぱりと言うべきか殆どの人達がまず戦場にいない。僕達と同じだ。先生達に誘導されて安全地帯にいる。
「コアさん、同級生君達を戦場に転移させても大丈夫かな?」
「はい?」
あ、いつの間にかコアさんは同級生君達の転移をしていた。行動が早い。そして迷いも無い。
よく先生の側にいる、それも危ないと思って避難させた同級生君達を転移できるね?
「……い、一応ゴブリンしか居ない場所に転移させましたから、大丈夫です、ゴブリンですから、きっと」
いや、普通に深い考えもなしに実行したらしい。今さら気付いて動揺している。
まあ、ゴブリンなら大丈夫かな? 比喩なしで数え切れない数居るけど……。
「と、兎も角縁結びです! 縁結びを開始しましょう! さー、張り切って行きますよー!」
まあ、転移した始めから同級生君達はピンチ状態に陥ったみたいだから、チャンスと言えばチャンスだ。
存分に利用しよう。犠牲を無駄にしてはいけないのだ。
同級生君達の受難は始めから最高難易度で始まった。
まず何の構えもなしに、いきなりゴブリンの真っ只中に転移させられ、そして殆どの人が武器も何も持っていない状態で転移させられたからだ。
多分、と言うか絶対に戦闘に慣れている熟練者でもこの状況はきついと思う。
仮に厳しい戦闘程、戦闘縁結びが成功するのならばちょっとした地方紙で報道されるぐらいの大成功が生まれる筈だ。
僕は激し過ぎて途中の記憶が抜けるに一票。
あまりに厳しすぎる。せめて武器ぐらいは用意しよう。
え~と、武器はどこに? 僕の手持ちは殆ど一振りで崩壊するような物しか無いから却下として……。
あっ、コアさんがどこからか持ってきた武器をばら撒いている。一体どこから?
それにしてもいつになくコアさんは必死だ。頑張って何事も無かったかのように修正したいのだろう。動きが目茶苦茶早い。
コアさんの動きを追うと、武器の出所が判った。
コアさんは何故か学園の各所にある台座等に突き刺さった、聖剣的なものを引っこ抜いて渡して居たのだ。
多分飾りか何かだろう。聖剣的なものの中にはこの上空から視ると、台座も合わさってまるで墓地に視えるほど密集した場所があった。聖剣がこんなにある筈無い。そもそもコアさんに聖剣が抜けるとは思えないし。
兎も角コアさんはそこらに刺さっている武器を集めては、同級生君達に投げつける。
因みに武器は勝手に抜いても大丈夫みたいだ。近くに立札があって『この剣、抜いた方に差し上げます』『抜けない剣です。どうか何方か使ってあげてください』『使い手を選ぶ不良品、ご自由にどうぞ』等と書かれている。
中には『真の王のみこの剣を抜ける』『世界を晴らす者、この剣を抜け』等と言う雰囲気満載のものや、神聖そうで強そうだけど『破邪修聖の神剣“聖光照世神剣ジャッチメントラブーンエクセレントバーンカリバー”』と言う漆黒のあまり使いたくない剣も何本も混ざっているが、コアさんは気にせず、気にする余裕もなく配り飛んでいる。
コアさん、その聖槍、台座がくっついたままだよ。
空からコアさんが投げ渡す武器の大半は、神聖な光に照らされて空からゆっくりと舞い降りる。それがまるで救世の光のようで神話の光景のようだ。
……もしかして本物の聖剣とかだったりしないよね? それにもし本物だったら選ばれし者にしか使えないんじゃ?
因みに武器の方を詳しく視てみると所持条件や能力にそれらしい効果が沢山あった……勇者のみ装備可、魔王特攻ってもう聖剣だよね……。
色々と疑問や不安は募るが武器は無事に同級生君達のもとへと授けられる。
一応使える人を選んで授けているらしい。適当に見えて器用だ。
しかしその分、何も与えられていない人も多かった。
危なそうなら微力ながらここから援護することにしよう。
何にしろまずは観察だ。
まずは“聖光照世神剣ジャッチメントラブーンエクセレントバーンカリバー”と言う名の斬新なデザインの漆黒の大剣を受け取ったナルヤ君。
漆黒斬新剣を受け取るとすぐに大きく回転斬り、そしてそのまま襲われていた近くのサーシャさんを助け出す。
そのままサーシャさんを背中に庇い。
「大丈夫か! 武器は?」
「無いわ! 助けてくれてありがとう! 戦うことは出来ないけど簡単な魔術は使えるから!」
「頼んだ!」
そうそうこれだよ。これぐらいのきっかけ程度でも戦闘縁結びは良かったんだよ。
ほぼ接点が無かった二人が助け合い生き延びる。それだけでどんな形にせよ二人の間には絆が生まれるのだ。そして場合によっては恋愛感情を抱いたり、戦闘の極限状態で普段は内に隠した言葉や想いを口にし、物語は進む。
これはかなり初期段階の小さな縁結びだが、これだけでも十分なのだ。
……何でこんなに簡単な縁結びも今まで成功しなかったんだろう……すでに出会っている同士では次の段階を目指すしか無かったからかな?
「とりあえず――刃を避ける一時の薄盾――“プロテクト”、――安らぎを与えよ癒しの衣――“ヒールコート”、――我が魔力を糧に力を――“身体強化”」
サーシャさんはナルヤ君の背中に触れながら簡単な魔術をかける。詠唱付きなのは都会を意識してかな? 何故か本番の戦闘で詠唱している先輩は少なかったけど。
「ごめん。杖の無い今の状態じゃこれが限界。
後はお願い!」
「任せろ!」
どうやら杖が無いから詠唱していたらしい。まさか詠唱が必ず必要って訳じゃ無いと思うから、これが答えだろう。
ナルヤ君は走る。
そして大振りの一撃。
ただそれだけで無数のゴブリンが屍へと変わる。
そしてまた走りながら大振りの一撃。
どうやらこの漆黒斬新剣は大きすぎて勢いをつけないと振ることも難しいらしい。そもそもナルヤ君は剣術が得意と言う訳では無いらしく、色々と粗が目立つ。頑張ってサーシャさんには隠しているが涙目だ。
それでもナルヤ君は必死に戦う。
攻撃は大振り過ぎて振る度に腕を痛めている。常時微回復してくれるヒールコートがなければ三回くらいしか振れていなかっただろう。身体強化がなければ一回で終わっていたかもしれない。
でもそこはなんか凄そうな漆黒斬新剣を使った捨て身の攻撃。加えられているゴブリンは殆ど抵抗できずに灰に変わる。技等なくとも魔石ごと破壊できるらしい。
そしてゴブリンの攻撃はプロテクトが殆ど防いでいる。この魔術は攻撃を弱める程度の防御魔術だが、ゴブリン程度の攻撃はこれだけで殆ど防げるようだ。
しかし遠くからナルヤ君に狙いをつけたハイゴブリンが。
目の前の敵を倒すのに必死な今のナルヤ君に相手はきつい。近づかれたら漆黒斬新剣も振れないから詰みだ。
ハイゴブリンは槍を構えてナルヤ君に背後から突っ込む。
「――焼き払え渦巻く火球――“ファイアボール”!」
そこにサーシャさんからの援護。
ファイアボールでハイゴブリンは焼かれ灰に返る。威力の弱い初級魔術でもハイゴブリンには十分なようだ。
お互いを補完しつつ戦闘は進む。
うんうん、いきなり恋人同士にはならないだろうが、きっかけとしてはもう既に素晴らしいものが生まれた。
そしてこれから彼等にはさらなる受難が待ち受けている。
じきに魔力も体力も尽き、ゴブリンの増援も増えて行くだろう。視たところあの漆黒斬新剣はただのアダマンタイト製の大剣で、効果は所持者のみに対する軽量化ぐらいしかない。つまりピンチになって突然の覚醒で乗り越えるような真似は不可能だ。
サーシャさんに関しては後ファイアボール二発で魔力がほぼ底を尽きる。
さて、二人はどう乗り越え、どういう関係になるかな?
まあ、少し導いてあげるとしよう。
ついでに気付くまでの援護を。
僕は二人の心に気のせいかと思われる程度、微かに声を届ける。
内容はある魔力に関する知識だ。物語でも度々登場する、危機を救い物語を進展させるあの行動に関する知識である。
恐らく二人とも既に知っている事だ。しかし真実だとは思わないだろう。だがここで微かに声を届けるとこの知識を思い出す筈。ついでに記憶が甦っただけと勘違いもしてくれる。
そしてこの極限の状態ではその嘘にしか思えない事実にもすがる事だろう。
さて、きっかけをあげよう。
どうするかは君達しだい。
『キスによって奇跡が起きた』
「「っ!!」」
僕の囁きが届いた二人ははっとした顔になり、頬を若干赤く染めながらゆっくりと相手の顔をチラ見する。
そう、僕が教えたのはキスによる魔力譲渡の知識だ。
あくまでも物語の一文から抜いたものだが、きっとこの知識に結び付くだろう。
魔力と言うものは基本的に他人とやり取り出来ない。正確には出来るがその大半は浪費されてしまう。一般的に10の魔力を使って1以下の魔力しか譲渡できない。
魔術譲渡用の魔術を用いたとしても実際に渡せるのは微々たる量だ。発動する為の魔力を計算すると15%譲渡出来れば良い方である。
上位の魔力譲渡魔術ではもっと譲渡できる魔力が増えるが、一番魔力を使うのは結局のところその高等な魔術を使える人な訳で、現実的には滅多に行われない。
だが一応少しでも多くの魔力を渡す方法が幾つかある。
その中で誰にでも出来、基本なのが身体の接触だ。素肌同士が触れ合いながら魔力をやり取りすると無駄が少なくなる。
そしてこの方法は接触部位や条件によってさらに譲渡できる魔力の量が変わる。
まずは手を繋ぐ。
この方法では杖越しに使った魔力譲渡魔術の、譲渡可能魔力よりも若干少ない、しかしほぼ同等の魔力を受け渡す事ができる。
一番よく行われる魔力譲渡法である。
次に与える相手の心臓、もしくは頭に触れながら魔力を譲渡。
これはなんと3割程もの魔力譲渡が狙える。心臓と心臓、もしくは頭と頭、さらには頭と心臓等を直接接触させるとさらに譲渡できる魔力が増えるそうだ。
まあこれは戦闘でまず行えないが。流石に戦闘中弱点を晒せないし、隙も出来やすいから主に魔力が枯渇する病気の人達に使われる療法だ。
さらになんと約8割、場合によっては100%以上の魔力を譲渡できる方法が子作りらしい。
これに関しては詳しいやり方を僕は知らない。読んだ本の全てがあーるじゅうはち魔法で妨害され、読めなかったのだ。
僕は是非ともこの方法で魔力のやり取りをしてほしいが、知らないので導けない。本で読んで初めて知った事でもあるので一般常識、誰でも知っている事ではないのだろう。
今回は却下だ。
そして最後にキスによる魔力譲渡だ。
頭と頭の接触とどこが違うんだと思うかも知れないが、これはなんとそれだけで50%以上もの魔力のやり取りが可能だ。場合によってはこれも100%を超えた魔力のやり取り、魔力を発生させる事もできるらしい。
何でも他の魔力譲渡強化法、相手の血を飲む、心を通じ会わせる絆を高める、魔力の同調、これに通ずるものがキスにはあり、この奇跡は起こるそうだ。
さて、君達はどうする?
体力と生命力の消費が激しくなっているナルヤ君、魔力の消費が激しいサーシャさん。
この二人がこの場を乗り切るにはナルヤ君の全く使っていない魔力をサーシャさんに譲渡し、魔力を回復したサーシャさんがナルヤ君を回復させるしかない。
君達はどうしたい?
まあ答えが出るにはまだ時間があるだろう。
本当にどうしようも無くなるまでもまだ時間がある。
それまで、限界まで考えてほしい。
考えに考えた答えは、そこから生まれるものは僕が導くだけでは決して与えられない。
君達が答えを出した時にこそ、それは嘘偽りの無い真実と、本当の想いとなるのだ。
そのきっかけが異なるものでも、それはいつか愛へと変わる可能性を秘めている。
さあ、君達の答えは?
《用語解説》
・命乞い
命の危機を相手の心を動かし回避する武技。
これを発動するには主に〈交渉〉〈逃げ足〉、〈家庭〉スキルが必要である。今話では〈演技〉で発動された。
効果は普通の命乞いよりも効きやすいと言う他に、言語の通じない相手にも命乞いの意思を伝えると言うもの。
文技としても勿論存在するが、その場合は効果が一段落ち、言語が通じる相手でなくては意味が無い。これは主に〈家庭〉スキル持ちの夫が使う。
・賄賂
物を送り交渉を通りやすくする武技。
主に〈交渉〉スキルの文技だが、命に関する危機的状況下では魔力を対価に武技として発動できる。尚、今話ではこちらも〈演技〉スキルによって発動された。
文技としての発動は、よく賄賂をけちる為に使われる。
・土下座
頭を地面に擦り付けてする最大の懇願、謝罪の意を示す構えをする武技。
主に〈家庭〉スキルの文技。この技を修得するために〈家庭〉スキルの獲得を目指す夫が多く存在する程度には効果があり、周知されている。
〈家庭〉以外にも多くのスキルで発動可能だが、効果は発動スキルによって若干異なる。
・五体投地
全身を地に投げひれ伏す構えをする武技。
主に〈祈願〉スキルの文技。効果は神からの注目が増える、かも知れないと言うあやふやなもの。
特定の効果は綺麗な五体投地ができると言うぐらいしかない。
最後までお読み頂き、ありがとうございます。
次回は第37話を投稿する予定ですが、進みぐわいによっては閑話になるかも知れません。




