第三十四話 つり橋縁結びあるいは戦闘再開
静かに魔物の瞳に正気が戻って行く。
そして目だけで状況を確認すると、顔を無防備な獲物達に向けた。
流石は野生に存在している魔物、立ち直りが早い。一方の先輩達はまだ意識をどこかにやっている人達が多い程だ。これは不味い。
その間にも魔物は殺意剥き出しに、躊躇なく獲物達に飛びかかろうとする。
今は僕の植物拘束で固定されているが、いつ破られるか判らない。
しかしせっかく準備した縁結び。出来る限り結果を見届けたい。
ここは先輩達の力を信頼して余計な手出しは控えておこう。
そう思っているとコアさんは不安になったのか、疑問を呈してきた。
「そう言えばマスター、つり橋効果とはドキドキを取り違える錯覚でしたよね? つり橋のドキドキと魔物のドキドキは種類が違ますが、大丈夫ですかね? それに相手が美形でなくては成功しないと言われていますし、全部魔物への感情になったりする可能性があるのでは?」
あ、確かに。つり橋効果が錯覚によるものなら、恋愛の方へ錯覚が行くか判らない。もしかしたら恋愛が魔物の方へ行ってしまうかもしれない。
「……今更遅いよ。それにつり橋効果じゃなくてもピンチを二人で乗り越えれば、恋愛とは限らないかも知れないけど、親密な関係になるのは確かでしょ? 少なくとも忘れられない思い出にはなるから」
「乗り越えられたら。ですけどね…最期の光景にならなければ良いですけど……」
さ、最期なんて不吉なことを。
「だ、大丈夫だよ。先輩達は凄い都会の人だから。死んでも甦らせれば良いだけだから!」
そうだ。よくよく考えたら死んでも甦らせれば良いだけだ。
そもそも田舎者の僕でもどうやっても死なないのだから、都会の先輩達は絶対に死ぬ筈がない。
きっと死と言うのは物語だけの存在なのだ。
コアさんのせいで一瞬不安になってしまったがもう一安心。コアさんにもこの事実を告げて安心させてあげよう。
「……今、魔物よりも恐ろしい何かを感じたのですが?」
そんな僕の考えをまだ知らないコアさんは、何故か僕に半眼を向ける。
「コアさん、コアさんはどうやったら死んじゃう?」
「と、突然ですね。私の意見は無視ですか」
「いいから答えてみて」
何か失礼で余計な事をコアさんが主張しようとしているが、今はコアさんを安心させてあげる事が先だ。
魔物への不安で少し変なふうになってしまっているのだろう。僕が教えてあげればこれも治る筈だ。
「えーと、そうですね…………あれ? 私ってどうやったら死ぬのでしょうか? 本質は今もダンジョンコア、そしてダンジョンですから剣で斬られようが魔術で爆破されようが死ぬ訳ありませんし…一度も使った事ありませんが傷なんて付くのと同時に再生しますし……」
コアさんが考え込んでいるところに僕は教えてあげる。
「ね? 超ど田舎者の僕達でも死なないんだよ。だからそもそも都会人の先輩達が魔物に殺されちゃう訳ないよ」
「あっ、そうですね……こんなにも簡単で当たり前の事に気が付かなかったとは」
コアさんは驚くようにその事に気が付くと、安心した顔付きになった。
「僕も始めは気が付かなかったよ。多分灯台もと暗しってやつだね。じゃあ、後はのんびりと先輩達の縁結びがどうなるか視よう」
「はい、後の問題は縁結びが成功するかだけですね」
さて、成功するかな?
まず壁ドンならぬ魔物ドン、壁と魔物を入れ換えた形で配置した先輩達。
先に先輩達の方が正気に戻ったのだが、二人はまだ魔物に気が付いていない。壁ドンみたいな形になっている事で混乱している。
「えっと、その……こんにちは?」
「は、はい……おはようございます?」
どうやら間抜けな状態での壁ドンは効果がないらしい。確かに至近距離で相手のアホ面を見てもね。質の悪すぎる睨めっこと同じだ。
しかも二人ともどこか天然っぽい。
「あのー、気付いたらこうなっていたのですが、ラルクッドさん、私に何か御用ですか?」
「いや、僕も気が付いたらこんな格好をしていて、とりあえずこの手を退かすね。
あれ? 動かない。足も?」
「へ? 私もです。どうしましょう? ティータイムにでもしましょうか?」
「良いのミルフィーさん?」
「はい、この前お友達に茶葉を沢山貰ったので」
なんかティータイムを始めそうだ。この状況で…ドンに関係ない方の手は解放してあげよう。
「えーと、ティーセットは確かアイテムボックスのここに」
「片手じゃ危ないから僕が持っているよ」
「ありがとうございます」
二人は仲良くのほほんと準備をして、ついにティータイムを本当に始めた。
それにしても片手で器用だな。ティーセット、草原に一回おけば良いのに。ここまで片手が込み合っているティータイムなんか見たことがない。
「はいどうぞ、お紅茶です。砂糖やミルクは?」
「貰うよ。今度は僕がミルフィーさんの紅茶を注ぐね。あ、ちょっと無理があるや、二人で一つの紅茶を飲もう?」
「それは名案ですね」
「「あ痛っ!」」
二人同時に一杯の紅茶を飲もうとしておでこをぶつける。
何故かは解らないが、勝手に新たな縁結びの方向へ進み出した。
二人に全くその気配は無いが……。
魔物にも何時になったら気が付くのだろう?
その壁になってるオーク、そこそこ大きい咆哮をあげてるよ? 危ないよ?
「そう言えばさ、この強そうなオークなんだろうね?」
「周りにも沢山いますが、ここはオークの巣なのでしょうか?」
……気が付いていたんだ。
この二人につり橋縁結びは効果なしと。
次ぎは大きく口を開いた状態で固定したオーガの前、オーガから女の子を守る形で配置した先輩達。
オーガはバッチリ正気に戻っており、迫力全開だ。
「「イィィヤァァーーーッッ!? 助けてーーッッッ!!」」
そして絶叫も全開だった。
男子のクラグス先輩には女の子の為に勇敢に立ち向かう様子を演出するため、棒切れを持たせたのだが、まるで無駄な演出になってしまっている。
その図は悪戯で封印か何かにちょっかいをかけてしまった馬鹿の末路のようだ。
「あんた男なんだから何とかしなさいよ!」
「俺は考古学者だ! 魔物は逃げる専門なんだよ! お前こそ強そうな鎧着てるじゃねぇか! 何とかしてくれ!」
「私はモデル! 装備品のモニターなの! 鑑定士よ鑑定士! 鎧着てるだけで非戦闘員!」
クラグス先輩とマチルダ先輩は戦いが得意でないらしい。
お互いに魔物を押し付けあっている。
どことなく似ている二人だが、組み合わせを間違えたかもしれない。
ここもつり橋縁結び失敗と。
次に行こう次に。
「お前は、俺が絶対に守る!」
と剣を構えて魔物に立ち向かう、と言う構図の……。
「……マルキス、そう言うのは私の前に出てやれ」
剣士なチェルア先輩に守られたマルキス先輩。
守る構図を男女逆転させてみたのだが、マルキス先輩はチェルア先輩に守られているのを良いことに、思ってもいないことを堂々と叫んでいる。
因みに心の中を覗くと。
(助かったー、チェルアが近くにいて、俺は弱いからな~。それに動けないし。せっかくだからここで男らしいところをアピールしておこう。守ろうとしたけど動けない、立派なアリバイだ)
等と調子の良い事を思っていた。
そしてどや顔を決めるマルキス先輩は、自分の後にも同じように魔物がいるのを発見する。
「きゃーーっ!」
マルキス先輩はたまらず女の子のような悲鳴をあげた。
さらにそれを誤魔化すように。
「ひひ、悲鳴なんてあげて大丈夫か~! おお、俺が守るから安心しろ~!」
へっぴり腰で言い放つ。
「いや、悲鳴をあげたのは――」
「だだが! 俺一人ではキツいかもしれない! 俺の背中を頼む! 実は俺! 医者に仮病だから過度な戦闘は控えろってドクターストップ受けてるんだ! それでもお前を守るから!」
「仮病でドクターストップがかかるか!」
「兎も角俺達仲間だろ~!」
もうマルキス先輩は半泣きだ。素直に助けてと言えば良いのに。情けない。
視線を反らすように他の二人組を視る。
「生きのよい魔物、相手に不足はない」
「我が刃の糧にしてやろう」
「「アァぁ?」」
「こいつは俺の獲物だ! 手を出すんじゃねぇ!」
「何を言うか! 私が先に見つけたのだ! だから私の獲物だ!」
と魔物を取り合うハイゼル先輩とラン先輩。互いに腕を相手の背に回し、顔が付くギリギリの至近距離で抱き合う縁結びの形で言い合っている。
因みに二人共料理科所属の料理人だ。戦闘狂いでは…多分ない。
「身体が動かない!」
「もしかして金縛り!?」
「「心霊現象!?」」
「早く服を脱がなくちゃ!」
「早く御布施して神様の力の強化を!」
と目の付け所が違うフッツ先輩とミミナ先輩。身体が動かない方に注目が行って魔物と縁結びに何も気が付いていない。
どうでも良い事だがミミナ先輩は偶像教徒で、フッツ先輩は身近な露出教の流儀で御祓に挑戦するようだ。無意味なのに……。
全体を改めて視まわしてみても、この人達のように成功例は少なかった。いや、そこそこ正道を進んだ人達もいるが、横に逸れてしまった人達が目立ちすぎて誤差に視える。
「コアさん、もう植物拘束解いてもいいかな?」
「そうですね。これ以上の収穫は得られそうにありませんし、次の段階に進めましょう。もしかしたら戦闘に入って成功する可能性もありますからね」
「じゃあ解放するね。パチン!」
僕は音の鳴らない指パッチンをしながら、植物を解いた。
「…カッコ付ける必要あります?」
「だから英雄の真似だって真似。都会人になるためには必要なんだよ」
「…そうですか? やはり何か間違っている気が……」
「そんなことよりも見逃しちゃうよ」
コアさんが変なところにまた触れてくるが、気にせずに先輩達の動向を見守る。
「あっ、拘束解けたよ」
「あら、ティータイムは終わりのようですね」
拘束が解けた瞬間、襲いかかってくるオークの上位種に、ラルクッド先輩とミルフィー先輩は、静かにティーセットを置き、オークの上位種に手を向ける。
「“古き風よ”」
「“山砕”」
ラルクッド先輩は仙人の力で自然の猛威、風化の風でオークを拘束しながら岩を研磨するように削り取る。
ミルフィー先輩はその見かけからは信じられない硬い拳と剛力で繰り出した、衝撃波付きの音速パンチでオークごと大地を削り取りとった。
「あっ、豚肉無駄にしちゃった」
「まだいるから大丈夫ですよ。朝食はオーク料理ですね」
二人は食欲をまだ残るオーク達に向けた。
一瞬オーク達はビクンと震えたが、二人を諦めずに襲いにかかる。
しかし。
「“千山”」
「“鉄裂き”」
隆起した尖った仙境にありそうな岩に串刺しにされ、大剣の必殺よりも鋭く重いチョップの一撃に散った。
魔物から食料へと変化する。
……のほほんとしているのに強い。流石は都会の先輩。
さて、絶叫していたクラグス先輩とマチルダ先輩はどうかな?
「わぁぁああっっ!! 来るなぁぁあぁっ!!」
魔物が少ない方向に走って逃げながら聖剣でオークの上位種を武器防具ごと斬って道を切り開き、後にも飛ぶ斬撃を振り向きもせずに放ちながらひた走る。
適当に聖剣を振り回しているように視えるが、全ての斬撃は一撃でオークの上位種を葬り、外れることはない。
……全然戦えてるよね? 何で逃げてるの?
「ちょっとアンタ!? 強いじゃないっ!! 私を守りなさいよ!!」
と完全武装してオークの上位種を殲滅するマチルダ先輩。凶悪なキャノンマシンガンを両手に持ちオークをミンチ肉に加工したり、アダマンタイトの大剣でオークをまっ二つにしたりと、武器を持ち替え持ち替え、オーク達を殲滅している。
……君も十分強いよね?
「強かねぇよ!! これは遺跡発掘で見付けた考古学的に価値のある遺物だ!! 涙を飲んで仕方なく振り回してるだけだ!! お前こそ強いじゃねぇか!! 俺を守れよ!!」
うん、絶対に嘘だ。素人の僕が語るのもなんだけど、プロの剣士並の剣筋だった。
と言うか聖剣って……それ多分、発掘したんじゃなくて選ばれてるよね。
「だから私はただの鑑定士!! 鑑定品を使ってるだけなの!! 銃なんて引き金引けば誰だって使えるわよ!! 剣も振り回してるだけ!! 男らしくアンタが戦いなさい!!」
こちらも嘘だ。マシンガンなのに一発も外していなかった。アダマンタイトの大剣なんかそもそも重くて振り回すのだけでも難しい筈なのに、オークをまっ二つにしていた。
素人がそんなこと出来るならこの世に戦士はいらない。
そのまま二人は口喧嘩しながら魔物を殲滅して行く。殆ど意識を喧嘩に向けたまま片手間に倒している。
……一応本当に自分は弱いと思っているようだ。何で?
次はマルキス先輩とチェルア先輩に目を向ける。
因みにこの二人の周りにいる魔物はハイミノタウロスだ。そのランクは放送によると9、最低でもA級冒険者が一人討伐に必要とされる強さの魔物である。
A級冒険者って、人じゃないって言われる強さの超人だよね。英雄譚の主人公にもよくなってる程の……大丈夫かな?
特にマルキス先輩なんて女の子みたいな悲鳴をあげてたし……。
あっ、チェルア先輩がハイミノタウロスを五匹くらまとめて神速の剣さばきでブロック肉に切り分けた。
うん、強い。大丈夫だね。
でもマルキス先輩は?
「――っ“瞬動”“瞬閃”“刺突雨”“撤退”!」
何だかんだ戦っている。チェルア先輩のように一瞬で倒せず、武技の連発でもまだ倒せていないが、素早い動きで無傷のまま戦っている。
一瞬の素早い加速からのさらに速い剣の一閃、そしてそのままハイミノタウロスの後に回り込んでからの雨のような刺突、そしてすぐさま後に撤退。着実なヒットアンドアウェイ戦法だ。
「くらえっ!」
そしてアイテムボックスから取り出したクロスボウからの連射、ハイミノタウロスにあたって次々と爆発する。鏃が爆破の魔法陣の刻まれた魔石のようだ。
しかし耐久力に定評のあるミノタウロス、その上位種のハイミノタウロスを倒すにはまだ及ばない。
しかし。
「“穿突”!」
いつの間にかハイミノタウロスの死角に回ったマルキス先輩は、背中から心臓目掛けて魔法陣の刻まれた短刀を突き立てる。
そして魔力を流し込んでから、離脱する。
直後、爆炎と共にハイミノタウロスは生き絶えた。
うん、やれば出来る先輩なんだね。あんなにカッコ悪かったのに。
因みにチェルア先輩はマルキス先輩が一体倒している間に二十匹以上のハイミノタウロスをブロック肉にしていた。何気にマルキス先輩が一匹のハイミノタウロスに集中できたのもチェルア先輩のお陰だ。
マルキス先輩、十分に凄いから、比べる対象は作らない方が良いよ。
だが、この安定した先輩達の勝利にも影が差し始めた。
「ブゥモオォォォオオォォーー!!」
ランク11のハイミノタウロスバーサーカーだ。
5メートル強はあるハイミノタウロスをさらに一回り大きくした巨体と、そのはち切れんばかりの強靭な筋肉、何よりもその狂暴さは、同族の血に濡れた鋼鉄の剣を通さない漆黒の体毛に現れていた。
力まかせに暴れまわり、都市を幾つも当たり前のように壊滅に追い込む、邪牛の怪物である。
そしてランク11と言えば討伐にS級冒険者が必要な強さ、超人なんかが及ばない英雄の域にいる存在が必要な脅威だという。
S級冒険者は英雄譚でないにしても、確実に逸話が残っている、それも探すのに全く苦労しないレベルの英雄だからハイミノタウロスバーサーカーは相当な脅威だ。
これを倒すのは国一つ救う偉業に等しい。
ガキンガキンガギギンッッ!!
チェルア先輩とハイミノタウロスバーサーカーの剣と大斧が火花をあげる。
凄い! チェルア先輩と打ち合えるなんて! あっ、間違えた。凄い、チェルア先輩ハイミノタウロスバーサーカーと打ち合えている。
だが結局、これも数回の打ち合いだけで、あっさりチェルア先輩に切り裂かれた。
力任せで技のないミノタウロスでは、チェルア先輩に届かないようだ。
しかしそれで終わりではなかった。ハイミノタウロスバーサーカーが次々とチェルア先輩目掛けて猛進してくる。
これは不味い。
マルキス先輩が……チェルア先輩が邪魔を排除してやっとハイミノタウロスを一体倒せるマルキス先輩では、ハイミノタウロスに囲まれたら終わりだ。絶望的である。
これは後で復活させる必要がありそうだ。
悪い気がするから、復活させた時にフルーツの差し入れ持っていこう。
最初はなん発か回避しながら着実にダメージを与えるマルキス先輩だったが、予想通り、さばききれずにマルキス先輩の血飛沫が舞う。
やっぱり駄目だった。
そんなことを思ってしまったが、結果は違った。
マルキス先輩がぶれた。
薄くなったかのように身体が透け、分身したように何人にも増えた。
その全てはどこかしらに致命傷を負おっていたが、同様にハイミノタウロス達も無数の存在が透けたような傷を負おっていた。
やがて無傷のマルキス先輩一人に収束し、ハイミノタウロスの内二体討伐された。
「コアさん、あれって死に戻りってやつかな?」
「多分そうでしょうね。傷もなおって無数の残像の内、一つに収束しましたから。それにしても死に戻りって外から視ると分身したように視えるのですね」
ステータスを視てみると運命に〈平穏老衰〉とあった。恐らくこれが死に戻り能力だ。老衰以外では死なないのだろう。
老衰の為に完治できる状態まで戻ることが保障されているなんて、どうしてこんなにも強力な力を?
ん? 〈アラベスティアの大謝意〉? 準世界規模の力を感じる。なるほど、遥か太古の前世で何かあったんだね。
その感謝とお詫びが今になって出現したみたいだ。せめて今世は平穏に生きてほしいという願いをこめて。
でも全然平穏に過ごせていないね……寧ろ逆の道を爆走している……。
ステータスの構成は生産系で、多分本人は平穏を望んでいそうなのに……。
「なんか不憫に感じてきたから何かスキルでもプレゼントしようかな?」
「それは良い考えですね。あの方は死に戻り能力者なので、固有スキル〈履歴〉はどうでしょうか?」
「〈履歴〉? そう言えばそんなスキルあったね。でも外れスキルじゃないの? なんか効果あったっけ?」
確か〈履歴〉は存在した証を刻むとかなんとか、よく解らないスキルだ。
存在した証なんか幾ら時が流れようが、消す方が遥かに難しい事なのに、何の意味があるのだろうか?
「知りませんでしたか? ではあの方に与えて差し上げますね。効果は視ていれば解りますよ」
そう言ってコアさんはスキルを創り始めた。
高密度の力がコアさんから漏れでることで、普段肉眼では見えない様々な力が可視化される。まるで幾つもの静かなオーロラや流星、雲や水が解け合っているようでとても綺麗だ。
コアさんはその中から水を掬いとるように力をくみ取り、交ぜて昇華させスキルを創って行く。
「出来ました。では授けますね」
コアさんは完成したスキルを、これまた水を静かに流すように、マルキス先輩に向けて手を差し伸べた。
たったそれだけでマルキス先輩は新たな力を手にした。
あ、そうだ。教えてあげよう。
「“『ステータスを更新します。固有スキル〈履歴〉を獲得しました』”これでよし」
これでマルキス先輩に僕がそれっぽくしたアナウンスが届いた筈だ。
「……何度も思うのですが、それ、本物じゃないですよね?」
「本物な訳ないよ。だって適当に言っただけで言った通りに更新されたりするんだよ? こんな不安定なのが本物な筈ないでしょ?。この前なんか野菜に付いちゃって、消すのが面倒だったんだよ」
「…………」
何故かコアさんは黙る。
あ、マルキス先輩を視ているんだね。
危ない危ない、コアさんが変なこと言うから見逃すところだった。
マルキス先輩の身体はうっすらと輝いていた。スキル贈呈の影響だ。
まだ〈履歴〉は使っていない。
さて、どんな力があるのかな?
「くっ、……」
何度もぶれながら、つまりは何度も死を体験しながらも、マルキス先輩は着実にハイミノタウロスを葬って行く。
しかしその討伐速度は非常に遅い。倒すごとに死に戻る座標になるために、消耗はどうしても避けられないらしい。
それでもマルキス先輩は次々とハイミノタウロスに立ち向かって行く。
時と共に残像が多くなる。何度も負けてしまったのだろう。
だがある時突然マルキス先輩の動きが変わった。いや、正確には分身の形態が。
「“忘却されし歩みよ! 確かにあった影の支えよ! 我は思う! 我は知る! 我だけは忘れない! 故に我を依代に光の元へ! 結果と共に!”」
マルキス先輩は詠唱を紡いだ。
そして発動する。
「“虚因果到来”!!」
途端、全ての死した虚ろな過去、分身が一瞬だけ今に交ざる。
成立しなかった歩みがハイミノタウロス達を斬り裂く事に成功した。
何度も何度も死んだ未来で戦ったマルキス先輩の届かなかった未来が、積みかさねて無かったものにされていたものが、現実として実を結んだのだ。
マルキス先輩を襲っていた全てのハイミノタウロスがバラバラに斬り裂かれて、ぐちゃりと地面に崩れ落ちる。
一瞬の出来ごとだったが、きっとマルキス先輩は気の遠くなるような時間、気が狂うような時間を歩んだのだろう。
これだけ斬り裂かれているなんて……何度も何度もマルキス先輩が挑戦していた事が手に取るように解る。
マルキス先輩は自分のやった事に驚きながらも、まだ力の正体を正確に掴めていないまま、すぐさまチェルア先輩の助勢に向かった。
チェルア先輩が自分よりも数段も強いと知りながら、ハイミノタウロスバーサーカー等自分が手も足もでないと、どこかで察しながらも。
「……凄いね。僕より少し歳上なだけの先輩なのに、もう立派な英雄の域にいるよ」
マルキス先輩を視て〈履歴〉の力は解った。ただ本当に自分の軌跡をスキルとして、別の記憶としてだけ保存しておく力だ。精々記憶喪失になった時、思い出し易くなる程度の効果しかない。
しかし死に戻りが関与したら違う。
特にマルキス先輩のものは強力過ぎる〈平穏老衰〉と言う運命が遂行されるために、死を矛盾として無理矢理無かった事に修正するものだ。修正したら本人に影響がでる体験以外は何も残らない。
だからスキルとして、世の理の一部としてその存在が保証されると、矛盾どうしが接触し曖昧になることで、一部を現実として成立させる事が出来るのだ。
だからマルキス先輩がやったことは、全てマルキス先輩が自ら掴みとった未来だ。がむしゃらにひたすら諦めずに前へ進んだ結果だ。
間違いなく、今日この瞬間の出来事だけでも歴史に刻む価値がある。いや、刻まない訳にはいかない。
最初の情けないマルキス先輩の姿でさえ、弱いところすらも、今ではより引き立てる隠し味の一つでしかない。
「はい、思わず見惚れてしまいました。
我々には表面しか見えていなかったのですね。死に戻る前の形を失敗した影としか見ていませんでした」
コアさんはハイミノタウロスがあんなにも斬り裂かれるまで、マルキス先輩の凄さが判らなかったと言う。
「僕も、結果として見えるようになるまで判らなかったよ。やっぱり縁結びをしていく以上、その人の事を、いや、できる限り多くの人を視続けていきたいね」
「はい、都会とは、世とは素晴らしものですね」
コアさんと共に都会に出て…まだ二日目だけど…、多くの人々を知って本当に良かったと、想いを一つにした。
まだ都会生活は始まったばかり、この先には一体何が待っているのだろうか? 幾つの物語に直接触れ、共に語られる事が出来るのだろうか?
楽しみで仕方がない。
《簡易解説》
・死に戻りの見え方
当然見えない。そもそも死に戻りは能力者自身以外は感知することが出来ないものだ。
アンミール学園を始めとした組織でその能力自体は知られているが、これは多くの能力者の証言や高位の鑑定結果によるもの。
能力を与えた在はその経過も知る事が出来るが、それはあくまでもその能力者を通して、記憶や五感を半共有化して辛うじて感知しているだけである。
しかしアークとコセルシアには、何故か存在が薄い分身のように全ての経過が視える。
因みに同じ能力、同じ能力者でも使う場所によって見え方が違う。が、アンミール学園では殆どの場合、理上、分身のように視える。
・死に戻り
死してある過去の段階からやり直す能力全般を指す。転生ではない。
通常のスキルとしては存在しない。全てが固有スキル等の特殊な力である。
世界に一人も能力者がいない事が多い非常に稀有な能力だが、この限定能力者が異様に多い世界もある。
最後までお読み頂き、ありがとうございます。
次回は第三十五話を投稿予定です。




