第三十三話 目覚めあるいは縁結びの結末
「さてコアさん、そろそろ全員起こしてあげてよ」
僕は村の皆がやけ食いの末に冷静になったのを見てそう言った。
いきなり起こしたら皆に縁結びするところを視てもらえないから、正気に戻す方法が判っても皆が冷静になるまで、朝御飯を食べながら待っていたのだ。
「分かりました。“消せぬ歩み”の魔術を極大強化して学都中に使いますね。マスターも協力お願いします」
「任せて。魔術はあまり得意じゃ無いけど、魔力なら魔力切れは起こした事が無いから幾らでも協力できるよ」
コアさんは空を覆う広大な魔法陣を展開し始めた。それを僕達は手書きで次々と修正していく。
ただ単に魔術を増幅しても何が起きるか判らないからだ。威力を上げるだけなら多目に魔力を込めたりするだけでいいが、性質が変化してしまう場合がよくある。
魔法陣はより広大に、より緻密に完成してゆく。
僕は残りの修正をコアさんに任せて魔力の準備を始めた。少しでも魔法陣に触れると発動してしまうかも知れないから、直接は注がない。
僕は空に展開されている魔法陣の、さらに上に巨大な太陽のような魔力の塊を創り上げる。魔力が集まる毎に穏やかで優しい太陽のような光が地上に注ぎ、魔法陣と組合わさり神話のような光景が広がる。
「マスター、魔法陣の修正完了しました」
魔力を込めているとコアさんからの声がかかった。
「こっちも発動できるくらいの魔力は貯まってるよ」
僕は太陽のような魔力塊を動かしながらそう言う。
それに対してコアさんは上を見上げながら、口を半開きにして言う。
「……凄い魔力量ですね。一体何を創造するつもりですか……と言うか大丈夫ですか? こんなに魔力を使って……体調は?」
田舎者にしては魔力が多いと驚き、それだけ使ったから倒れないかと心配してくれているようだ。
コアさんって元はダンジョンだから僕よりも圧倒的に魔力を持っていた筈だから、量の事で驚く筈はない。
僕は笑顔で答える。
「大丈夫だよ。まだステータスの魔力の値が動かない程度しか使ってないし、もう回復もしたから」
魔力は使った側から回復して増しているから、本当に何も問題は無い。
コアさんはまだ僕の説明を強がりかと思ったのか、口の端をピクピクさせていた。
だったら実践して大丈夫だと教えてあげよう。
僕は魔力塊にさらなる魔力を込めて行く。
太陽のような光に神々しさや力を感じさせる圧倒的な自然らしさが加わった。
尚も魔力を込める
光で照らされた大地の植物が急成長を始めた。
さらに魔力を。
魔力塊の近くが揺らぎ、新たな妙に神々しい眷属達が自然発生する。後で木彫の身体を創らなきゃ。
さらに魔力を――――。
「……もうお願いですから止めてください……」
そんなコアさんの声が聞こえたのでそちらを見ると、コアさんがほぼ口を全開にして魔力塊を見上げていた。どうやって喋ったのだろう?
何にしろ大丈夫だよとアピールしたつもりが、逆にコアさんを心配させてしまったらしい。もう止めよう。
「じゃあそろそろ先輩達を正気に戻そうか」
僕は本来の目的に意識を切り替える。
さて、この魔力塊を魔法陣に――。
そう思っているとアンミールお婆ちゃんから声がかかった。
「アーク、その必要はありません。もう多分生徒達は目覚めますよ」
そう言われたので先輩達を視てみると小刻みに震えていた。そして恐る恐る空を見上げる。
魔物達も同様で、空を見上げながら畏怖の感情を身体で表現していた。
何で? 何にしろ魔術を発動する必要は無さそうだ。
「コアさん、この魔法陣と魔力どうする? 必要無くなっちゃったけど、放っておく?」
「このまま放置するのだけは絶対に止めてください……何かにしまって置きますか? 龍玉でもあれば封印して好きなところで使えますよ。相当高品質なものが必要ですが」
「魔石に魔術を込めるみたいな事が龍玉でも出来るんだ。やってみようかな」
僕は無限収納をごそごそと漁る。
眷属が片付けて整頓されているが、収納物自体の数が多すぎて捜すのが大変だ。
すると中に居る眷属が持ってきてくれた。
見事にピラミッド状に積まれた龍玉が運ばれてくる。外にこんな建物が在ったらどんな辺境であろうと、間違いなく観光業だけで成立する程の無駄なクオリティーだ。
と言うかこんなに龍玉が有ったんだ。定期的に山脈の飛龍が抜け毛のように出てすぐに貯まるから数えた事がなかった。今まで使い道が無いと思っていたから消費もしていない。
「コアさん、龍玉ってこれでいい?」
僕は一つ取ってコアさんに見せた。もしかした田舎の龍じゃ効果が無いかも知れないから確認だ。
「山脈の飛龍のものですね。それ、龍玉なんですかね? 創世魔法でも封じ込められそうですが」
そう言って驚いたように龍玉を見つめる。予想以上の容量だったらしい。すぐ側に山脈の飛龍が居たけど、直接接触した事は無かったのかな?
それにしてもコアさんって創世魔法が使えるんだ……その事に比べたら大抵の事は驚愕に値しないと思う。
ああ、田舎の龍のわりに龍玉の質が良かったから驚いたのかな?
何にしろこの龍玉で大丈夫だと言う事が判った。
「で、どうやったらこれに魔術を容れられるの?」
僕は龍玉の使い方を聞いた。
「通常は魔法式を直接書込みますが、半魔法道具化する事で触れた魔術を直接吸収させる事が出来ます。魔力に関しては勝手に吸収するので何もする必要はありません」
「魔法式を吸収するように龍玉を弄ればいいんだね」
僕は早速作業に取り掛かった。
はい終わり。
うん、簡単な作業だった。
「じゃあ使うね」
僕は龍玉を掲げる。
バリンッ!
途端、空に罅が入った。ガラスの破片のようなものが光の尾を引きながら降り注ぐ。
「マスター…………」
コアさんは疑いの目を、いや何故ヤったのだと問い詰める視線を僕に向けてきた。
タイミング的には僕がヤったみたいだが、本当に何もしていない。完全なる冤罪だ。
すぐさま抗議する。
「いやいや! 僕は何もしていないからね! 龍玉を掲げただけだからね!」
するとアンミールお婆ちゃんが近づいてきた。
まさかアンミールお婆ちゃんまで僕に疑いを!?
「結界が攻撃されているようですね。あの魔力、結界の修復に使いたいのですがいいですか?」
「うん? 結界?」
「見え難いかもしれませんが、この学都を覆っている結界の事です。ほら、あそこに罅が」
詳しく視てみると確かに空ではなく、結界に罅が入っていた。世界の境界線を幾つも利用し、何重にも編み込んだとんでもなく頑丈な結界のようだ。
世界の境界線を利用したせいか、集中しないと視えないらしい。
「コアさん、僕のせいじゃ無かったけど?」
僕は半眼でコアさんに文句を言った。
「空は砕いていませんでしたね。その点は謝罪しましょう。しかし、結界を壊したのは?」
酷い、コアさんは何にしろ僕に疑っているらしい。ヤっていないし、一体僕の何処にそんな力があると言うのだろうか。
そう思っていたらアンミールお婆ちゃんが擁護してくれた。
「いえ、今回に限ってはアークが原因ではありませんよ」
流石はアンミールお婆ちゃん、解ってるね。
「ほらコアさん、僕が原因じゃ無いって」
と僕は胸を張って言ってやった。何かと僕のせいにする癖、少しは反省してほしい。
しかしコアさんではなく、何故かアンミールお婆ちゃんが応えて言う。
「今回は、です。調子に乗らないように」
今回は、を強調して。
訂正、アンミールお婆ちゃんは僕を何か勘違いしている。
そしてアンミールお婆ちゃんの言葉にコアさんもうんうんと頷く。
僕の味方は居ないのかと村の皆の方も見るが、皆アンミールお婆ちゃんに賛同している。そして他の人達はアンミールお婆ちゃんの言葉に賛同しながら、何故か村の皆を呆れた視線で見ていた。
納得はいかないが多勢に無勢だ。
戦略的撤退として、話を戻そう。
「それでアンミールお婆ちゃん、魔力が欲しいんだったね。勿論いいよ」
僕は何事も無かったようにそう告げる。
「明らかに話を反らしましたね? まあ良いです。遠慮なく魔力を頂きますね」
アンミールお婆ちゃんがそう告げると次の瞬間、魔力塊が何の前触れもなく消えた。
「「「…………」」」
これにはここに居る大勢が茫然とした。
茫然としている内に結界が修復されていく。
そして僕達の処理能力に追撃ちをかけるように、また結界に罅が入る。
「全くしつこいですね。あの者達ときたら、何としてでも入学式前には入れませんよ」
そんな僕達を無視してアンミールお婆ちゃんは独り言をいいながら、結界の修復に努める。
どうやら結界を破りに来ているのは知り合いらしい。全くこの学都は魔物の侵攻に、結界への攻撃、何でこんなにも危険に溢れて居るのだろうか?
学園ってこんなのだった?
「因みに、結界に攻撃しているのは誰?」
興味本位で聞いてみた。
「アークとの時間の為に工作で…ゴホン、ちょっとお仕事で外に居た者達です。えー、鍵でも無くして入れなくなったのでは無いですかね」
そう言えば昨日そんな事を言っていた。それでまんまと追い出された人達は今、ここに向かっているらしい。
「その言い訳は無理があると思うよ。入れてあげたら?」
「そんな事よりも生徒達が正気に戻りそうですよ。そちらの相手をしましょう」
アンミールお婆ちゃんは明らかに話を変えてきた。結界の中に入れるつもりは無いらしい。
その意思を示すように結界が一気に修復され、加速的に強化されて行く。罅もよく見なければ判らない程薄くしか入らない。
でもアンミールお婆ちゃんの言う通り、先輩達が意識を取り戻し始めていた。
何だか一周二周回ったといった感じだ。
兎も角アンミールお婆ちゃんを追求していたら、縁結びの結果を見逃してしまう。
仕方が無い。そちらを観察しよう。
おっと、その前に魔法陣の回収回収。
身体を一切動かさないまま先輩達は上を見上げながら、まるで雨を飲もうとしているかのように口を大きく広げていた。
僕達が魔法準備をしている頃からだ。そしてそれらが消えた今、確かに先輩達の固まっていた意識がゆっくりと動き出した。
まず、存在感の大きい者から視線だけが動き始める。
そして一応自分の意識でもう一度、ほぼ普段通りに戻った空を見上げる。朝なのに黄昏ているみたいだ。浅く深くゆっくりと呼吸する。
同じような呼吸を暫く続けると、今度は深く目を閉じた。
寝ているのかなと勘違いしてしまう間を挟んで、目をゆっくりと開く。
そして感じてしまっているらしい何かに、冷や汗を流しながらまた黄昏れる。
先輩達はそれらを繰り返して行く。どうしても認められない現実があるから幻と信じて、逃避を続けているらしい。
魔物も詳しくは知らないが、視たところ同じように逃避をしているようだ。
先に魔物が正気に戻ったらどうしよう……。
やがて何名かの先輩達が完全に……多分完全に正気を……多分正気を取り戻した。
「くわぁーみは! 存在したのだぁ~ー! 矮小な紛い物の神ではなぁーい! ふぉんものぉの! 絶対なぁる存在がぁ!」
と聴き取り難いが何かの存在を確信してしまったらしい狂信的なベネティミーナ先輩。
「神の存在については数多の論文で考察されていたがこの現象は……、エーテフィアテルの共重力結界事例からしても他の事例から見てもこれは……、いやそもそも……」
とぶつぶつ呟きながら自分の世界に入る研究者気質のザイシス先輩。
「これぞ究極の題材ぞ! 蒼天のキャンバス真理の幾何学根源たる照明! しかと留めた! 必ずや永久のものへと!」
と何故か感動している芸術家なモルフィヌテーシス先輩。
どうやら探求者的な先輩達が早く狂気に…いや正気に戻るようだ。
大丈夫かな? こんな先輩達が先に目覚めちゃつて。
縁結びな形にしといたのに全然気が付かない。自分の世界にのめり込んでいる。
そして今度はその探求者的な先輩とペアにした先輩達が正気を取り戻した。
そりゃ殆どの二人組は息が届く程度に近いから、片方が五月蠅いと気が付くよね。
「なっ! これは、えっと、済まない! 大丈夫か!? 今すぐ退くから!」
狂信的なベネティミーナ先輩を押し倒した形に配置したビュリュート先輩は、初端からパニックに陥る。
この二人はお風呂に居なかった先輩達なので服を着ているが、この配置は流石に刺激が強かったらしい。因みに片手は胸を鷲掴みにしている。
だがビュリュート先輩を真に追い詰めているのは、ベネティミーナ先輩の狂信者振りにらしい。
自分がこんな事をしているせいで、狂わせてしまったと思ったようだ。確かに賞を狙えるレベルの狂信を放っているから、そう勘違いしても仕方が無いかも知れない。
「ちょっ、何で動かない! いや違うんだこれは!」
ビュリュート先輩は必死に縁結びの体勢を解こうと暴れる。
だが僕の植物拘束は全然解ける様子がない。寧ろ反動で胸を揉んでいる風になってしまっている。
ベネティミーナ先輩が落ち着いたら解いてあげるとしよう。まだ様子視だ。片思い縁結びなら成功しているのかな?
ザイシス先輩のペアのイリア先輩も意識が動き出す。
「ちょっ、なによ!? 何処に居るのよっ!? ぶつぶつ喋って無いで早く退きなさいっ! あっ、やっ、振動が!」
因みにこの二人にやった縁結びは、奇跡的な転倒うで顔の上に股がってしまった女の子と顔の上に乗られた男子の図だ。
「神はイチゴであるからしてこの食い込みは神器であり権能であり、そして楽園だ全ての理論を超越して絶対的な事実だ」
何気に下に居るザイシス先輩が呟いている内容が変わっている。
どうやらやっとこの体勢に気が付き、思考回路がそちらに乗っ取られたらしい。刺激が強すぎたようだ。呟き続けている理由も、混乱からになっている。
この先輩は比較的健全そうだ。
「イチゴって何見てるのよ! 早く退きなさいってばっ! あとあんた殺すからっ! 早く退いて大人しく殺されなさいっ!」
イリア先輩は顔を赤く染めながら必死に離れようとするが、やはり僕の植物拘束は解けない。ただ、ザイシス先輩の顔をグリグリするだけに終わる。
「天国とは押し寄せるイチゴと深くなる食い込み、即ち俺は死んでいるのかも知れない」
そしてさらに強すぎる刺激を受けたザイシス先輩は訳の判らない哲学を語り始める。
これも一応は成功なのかな?
何にしろもう暫く拘束しておこう。
次はモルフィヌテーシス先輩とメルティア先輩。
この二人はお風呂に居た人達だ。なので全裸。その縁結び配置は床ドンである。
「な、何なんですか! わ、私に何か……」
「美しい……貴女は女神か、奇跡の中、気が付けば貴女が居た。女神よ、是非とも、僕のモデルになって欲しい」
なんか凄いアレな台詞をモルフィヌテーシス先輩は言っているが、良い感じになっている。
モルフィヌテーシス先輩はとても綺麗で澄んだ芸術家の目で、余すことなくメルティア先輩の裸体を観察していく。
どうやら色々重なったせいで、本当にメルティア先輩を女神だと思っているらしい。
それにしてもモルフィヌテーシス先輩、どう視ても大人しそうな草食系に見えるのに、よくあんな台詞を言えて、こんなに行動的になれるな……芸術家って恐い。
こういう光景を後でパパラッチ眷属が見せたらどうなるのだろうか? 性格ごと変わっていたりするのかな?
でも相手のメルティア先輩は満更でも無いようだ。
「女神だなんて、私は偶々この学園に拾って貰っただけの、メイド見習いで……」
メルティア先輩は自分が全裸だと言うことを忘れて赤面する。全裸の羞恥を遥かに塗り替える程、モルフィヌテーシス先輩の言葉に動かされたらしい。
「いや、貴女は間違いなく女神だ。少なくとも僕にとって貴女は女神だ。だから僕のモデルになってくれ。もし貴女が本物の女神で無くとも、僕が必ず貴女を女神と呼ばせて見せよう」
モルフィヌテーシス先輩は真っ直ぐな目で、純粋な想いを再度伝える。
「はい、私で良ければ……」
そして落ちた。
…………完全なる成功だ。
色々な結ばれ方があるんだね。
正直きっかけとして成功する確率も低いと思っていた。言葉はアレだし、探求者だし……。
兎も角良かった。
あれ? でも〈処女〉と〈童貞〉のプライバシースキルが消えない。
子作りって縁結びが成功するだけじゃ駄目だったの? あんなに接近して、心も通じたのなら普通は受粉する頃だよね?
もしかして植物の子作りと人の子作りが違うとか?
いや、そんな筈はないか。
何が足りないのだろう? もしかして挿し木とか芋みたいな増え方?
周りを視渡せば、ごく普通の……ここの基準からしたら多分、多分普通の先輩達も意識を動かし始めた。
これだけ人数が居れば数人は子作りをする筈。
観察して正確な受粉方法を視極めよう。
まずはベネティミーナ先輩のペアと同じ体勢、ただし全裸の二人。
まずは男子のロギゼス先輩から目を覚ます。そして目の前の光景にくわっと目を見開くと、静かに手で感触を確かめ始めた。
「…………」
本当に静かに、ただ黙々と手の感触を調べ続ける。
「……何やってるのよ?」
相手のクレンシア先輩は目覚めた途端、半眼をロギゼス先輩に向ける。冷徹で見るからに強そうな美女先輩だ。
「……素晴らしい感触だな。ありがとう、クレンシア」
対してロギゼス先輩は静かに空を見上げた。まるで天に自分が生まれた事を感謝するように。その顔は家族に囲まれながら満足に死を迎える人のそれだ。
「一応弁明しておこう」
尚も手の感触を調べながらロギゼス先輩は語る。
「気が付いたらこうなっていたんだ。ここに手があった。でも、お前はそれで許してはくれないだろう。だから、人生の最期を謳歌していたんだ」
そう、手を休めずに語った。
「さあ、もう俺に思い残すことはない。煮るなり焼くなり好きにするがいい」
その瞳はひたすら澄んでいて綺麗だ。生への執着は感じさせない。性への執着は溢れているが。
因みに勿論手はそのままだ。
だがロギゼス先輩が罰せられる雰囲気はない。
「んっ、やめっ、なさいっ。去勢で許して、あげるから、手を、放し、なさいっ」
と冷徹美女なクレンシア先輩が悶えているからだ。こういうのに弱かったらしい。
「済まないが去勢は勘弁してもらえないだろうか? 出来れば男のままで死にたいのだが?」
ロギゼス先輩はクレンシア先輩の豹変に気付かず、マイペースにそう返答した。当然手はそのままで。
こんなやり取りが続く。
この縁結びは成功、なのかな? きっかけとしては成功としておこう。後は要観察だね。
男女逆転縁結びをした人も目覚め出した。
その体勢はモルフィヌテーシス先輩達にしたのと同じ床ドン、それの逆転全裸版だ。
まず美の女神のように整ったマイヤール先輩が目覚めた。
そして自分の下にいる勇敢に戦える貴公子系王子のティトレウス先輩を凝視する。
「ん? とても上物な殿方、それに……全裸っ!? それにこの御方は王侯科にいらっしゃるのを見た事が! これは我らが御上様の御導きに違いありませんわ! 子種を戴いて一族繁栄の大チャンス!」
どうやらマイヤール先輩は大胆な玉の輿狙いだったらしい。
気迫が凄い。肉食獣どころか、神をも呑み干すフェンリルのようだ。美の女神のような先輩なのに……。
特に眼光が恐すぎる。多分魔物でもこれで見られたら怯むだろう。何故かじゅるりと言う幻聴も聞こえるし。
その覇気に当てられたのか、ティトレウス先輩は身体をぶるりと震わせて目覚める。
早くも冷や汗が浮かぶ。
「君、何か、僕に、用かな?」
ティトレウス先輩はマイヤール先輩の圧力に、早くも押され怯みながら必死の作り笑顔でそう口にした。
「はい、子種を戴こうと思いまして」
マイヤール先輩はさっきまでの興奮を表面上抑え、猫を被ってから余所行きスマイルで答えた。
まるで猫を被っている意味が無い。
「ヒッ! こ、子種って!」
雰囲気だけではなく断言されてティトレウス先輩は思わず悲鳴を漏らした。マイヤール先輩の全裸なんかまるで目に入っていない。ただ怯えるのみだ。
将来人の上に立つだろう王子様なのに、もはや竜に睨らまれた大蛙にしか見えない。でもマイヤール先輩の眼光は、その竜すらも怯えさせられそうだ。これは仕方が無い。
「ま、まだ名前も知らない同士じゃ、な、無いですか!」
ティトレウス先輩は勇気を出して必死で言葉を紡ぐ。何故か王族なのに敬語になっている。
「申し遅れました。私、世界貴族が男爵、グランエストリーゼ家が長女、マイヤール・エスト・フォン・ヨーク・ニーク・グランエストリーゼと申します」
マイヤール先輩は自己紹介した。
そして衝撃事実が判明した。マイヤール先輩は世界貴族だったらしい。貴族号が多いと思ったら……。
かなり押しが強いから、玉の輿狙いの貧乏貴族か何かだと思っていたから、真逆の世界貴族だったなんて想像もしていなかった。
ティトレウス先輩なんか口をパクパクさせている。
そしてさっきよりもさらに必死で、やっと言葉を紡いだ。
「せせせ世界貴族様が、げ下賎な王族の僕に、なな何の御用でしょうかっ!?」
元々王族なのに丁寧な口調だったが、ついに謙り始めた。下賎な王族って一体?
でも世界貴族相手では仕方が無い。世界から真に貴族だと認められた“貴種”とステータスにまで明記されている存在だ。
愚か者と対等以上もしくは近い存在以外、どんな王侯貴族でも喜んで土下座するし、求められれば靴も丁寧に隅々まで綺麗に舐め尽くす。
絶対に逆らってはいけない存在だ。
「だから子種を戴こうかと」
「はひぃっ!! ぼぼ僕の下賎な子種など、おおお恐れ多くも遥か上の貴女様になど釣り合いませーーんっ!!」
「いえ、私と対面してこんなにも長く会話出来たのは貴方様が初めて、皆様何故か私の前から逃げてしまうのです。御父様も婿候補を拘束して連れてくる始末ですし。ですから貴方様には十分素質がありますわ! だから子種を!」
「はひぃぃぃっっ!!」
植物の拘束が解けたら一瞬でティトレウス先輩は食べられてしまいそうだ。
これはどうなのだろうか? でもここで何をしたところでティトレウス先輩は権力で捕らわれてしまうだろう。権力がなくてもマイヤール先輩は確実に捕らえそうだし……。
うん、色々な幸せの形があるさ。頑張って。幸せに答えなんか無いから。決めるのは先輩だよ。
合掌。
隣を見るとコアさんも同じところに向けて合掌していた。
「さてマスター、魔物も目覚めてきそうですね」
コアさんは合掌していたにも関わらず、何事もなかったように僕に話題を振った。視なかった事にするらしい。
酷いとは思うが僕はそれを口に出さない。
「この調子だと無事に全員が目覚めそうだね」
世の中には視なかった事にした方が良いことがあるのだ。
それにしても魔物か…目覚めた途端に僕の植物が千切られるなんて事無いよね?
そもそも僕の使った植物の拘束は肉眼では見えない大きさだから、千切ろうと思えば簡単に千切れてしまう。
何故か先輩達はそうしなかったけど、このままでは危ないかも知れない。
でもここで解くと縁結びの体勢が崩れちゃうし…うん、暫くこのままにしておこう。
先輩達なら多分大丈夫。
お、そうこう考えている内に魔物が目覚め始めた。
これから縁結びと、そして魔物との戦闘が再び始まる。
昇り続ける太陽がまるで烽火のようだ。こうして僕らの一日はまた始まって行く。さて、今日はどんな日になるかな?
《用語解説》
・龍玉
よく絵で龍が持っている宝玉。
莫大な量の魔力などを込められる性質があり、大体元々持っていた龍の力が宿っているため、強大な力を持つ事が多い。容量は持ち主の龍の本気ブレス十本分くらい。
しかしあくまで本質は力を莫大な量溜め込める事で、人の力では足りない儀式等で供給源として使用される。尚、物理的に破壊でもしない限り、この性質は何度でも使える。
龍はそうそう討伐されない、出来ない存在の為、この稀少価値は非常に高い。国際的なオークションでしか出品されず、国家規模の財源がなければまず落札出来ない程。
国々にとって龍玉の有無はステータスの一種である。
ただし中古の龍玉には注意が必要。何が封じられているか判らないからだ。実は龍玉を材料にしたアーティファクトは神の封印にも使える為、邪神の類が封印されている可能性があるのだ。
また、扱い方を間違えると込められたものが一気に放出され、甚大な被害を及ぼす等と、扱いが難しいので、人の手が簡単に届く場所に置いてはならない。仮に盗まれでもしたら国家存亡の危機に繋がる。
因みに龍玉は龍一体につき一生で一つと言う訳では無いので、龍と仲が良ければ授けられることもある。
後、山脈の飛龍の龍玉は同じものと考えてはならない。使い方の次元も違う。
・エル・アンミールの大結界
アンミールが張った破壊不可と考えてよい大結界。
通常は展開されていないが、アークとの時間を少しでも増やす為に展開された。本当にお仕事中の教師と生徒以外は学都に出入りできない。
幾つもの世界の境界線を利用している為、世界の境界線を破壊できる程の存在にしか、傷付けることも出来ない。つまり絶対に破られない……筈。
・世界貴族
世界そのものから高貴なる存在と認められた大貴族。“貴種”との表示がステータスの種族欄にある。
基準は貴族号が三つあること。男爵から大公爵までの階級に分かれている。一応貴族号二つでも騎士爵の扱いにはなる。なので組織等ではない。
貴族号は実力でも手に入るが、世界貴族に至った者はいない。“王種”であるエルガインすらもそれは同様である。エルガインのような存在が何代も何代も積み重ねて、一族がやっと至れる。
因みに貴族号は全てで四つあるが、四つある存在は世界貴族ではない。そもそもとある理由から四つを読むこと書物に書くこと含めて、貴族号を四つ集めることは禁忌とされているからである。
尚、この禁忌に触れても何も起こらない。
世界貴族の力は一国の王が喜んで奴隷の真似事をし、機嫌を伺う程でボソッと呟けば世界が自主的に動く。つまり余程の愚か者と同じ世界貴族、系譜以外は全ての者が頭を下げる絶対的な権力がある。
何故なら全ての点においで世界貴族には敵わないからだ。何代にも渡って実力を維持向上させてきた存在に敵う訳がない。また、とある理由から世界貴族に悪意を向けると、例え世界貴族本人が知らなくても、現象として軽く滅亡する災悪を招く事があると知られているからだ。
下手に世界貴族達に動かれると被害が計り知れない事になる、だから世界貴族が何とも思わなくても周囲が勝手に対応をする。
因みに世界貴族達自身は無闇に力を使ったりはしない。基本的には周囲の反応が凄すぎて疲れている比較的常識的な人が多い。
まあ、周りの反応に比べたら、だが。
最後までお読み頂き、ありがとうございます。
次回の更新は第三十四話か裏あるいは表の十八から三十二話かは未定です。
モブ達の物語は近日中に完成すると思います。
5/26追伸、モブ達の物語第1弾、炭焔の支配者を投稿しました。




