第四話 眷属あるいは野菜
すいません。更新が遅れました。
コアさんが発動した“クリエイト・ミラー”の魔法陣から真円の鏡を持った人が出てきて、僕は思考が追い付かず、唖然として固まってしまった。
何? “クリエイト・ミラー”ってそう言う魔術なの? いかにも鏡を作りますって名前なのに?
僕は説明を聞く為、魔術を発動した後、僕の隣に来ていたコアさんの姿を見た。
コアさんも口を半開きにしながら固まっていた。そして僕の方を見て、“何かしましたか?”と目で聞いてきた。
「…コアさん、あの人何?」
『…マスターのせいではないのですね。申し訳ありませんが私にも解りません』
「『…………』」
謎が深まるばかりで、また二人揃って固まった。
とりあえず僕は魔法陣から出てきた人(?)を観察した。
鏡は真円で何の装飾もされていない。
鏡を持っているのは造られたように整った顔立ちの女の人で、鏡のような瞳と髪を持ち、これまた鏡のような装飾が多くある赤と白の巫女装束をきている。
その顔には何の感情も浮かんでない。見れば見るほど人ではないと思えてくる。
「コアさん、とりあえず話し掛けてみてよ」
僕は小声でコアさんに頼んだ。
『え、嫌ですよ。そもそも話しが通じるのですかね?』
コアさんも小声でそう返してくる。
「コアさんの魔術で現れたんでしょ。責任取ってよ」
『しょうがないですね~。私のコミュニケーション能力で何とかしますよ』
あ、なんだか急に心配になってきた。僕もコミュニケーション能力は低いがコアさんのも凄い、大丈夫かな?
『…答えよ、写し出す者よ。 汝、如何なる存在か?』
コアさん、訛りが出ているよ! 訳すと“そこの鏡を持った人、あなたは何者ですか?”かな。
僕も緊張したりすると訛りが出るから親近感が湧く。
『私は御二方を創造主とする魔術とダンジョンモンスターを掛け合わしたような存在でございます』
女の人は鏡のような声でそう答える。やはりそこには何の感情も感じられない。
『汝が望みを聞こう』
訛りを訳すと“何か、現れた目的は有りますか?”だと思う。
『それは私を創造された御二方が決めることでございます』
僕達が発動した魔術が元だからか、目的も僕達が決めていいようだ。
と言うか僕も創造主なんだ…。僕、何もした覚えないけど…。
「…コアさん、どうする?」
『とりあえず当初の予定通りマスターのお姿を見ましょう』
「そうだね。全く身に覚えがないないけど、僕も創造主みたいだから今度は僕が話すよ」
また僕とコアさんは小声で相談する。
えーと、僕の姿を見せてください、こんな感じでいいかな。
「汝が望みは我を写し出すことである」
あ~もう! 僕のバカ! また訛りが出てしまった。
コミュニケーション能力が全然足りてない。なんとしても町に出る前には鍛え上げて置かなければ!
『畏まりました』
そう言うけと全く微動だにせず固まった。そういえば初めから口元以外動いていない。風で巫女装束が揺れたくらいだ。
もうすっかり自分の姿に興味を失ってしまったが、とりあえず鏡に写った姿を見た。
若葉のような黄緑色が混じる少し長めの癖のない白髪、多くの豊かな草木を連想させる緑の眼、生命の神秘が感じられる白い肌を持って、顔立ちはどことなくコアさんに似ているような気がするが、雰囲気が全く違う。初対面の人にコアさんと似ているとは絶対に言われないだろう。
今着ている着物の上に足元まで届くローブのようなものを羽織、ネクタイと蔦の帯を締め、膝から下で素足が出ている服装も、我ながら草木と調和し似合っていると思う。
杖を持ったら似合うかもしれない。気が向いたら用意しておこう。
さて、一通り鏡の魔術を発動した目的を達成してしまった。これからどうしよう?
初めて自分の姿を見たのだから本当はもっと色々な感情が出てくるのかもしれないが、人と一緒に鏡が現れたせいでほとんど何も感じない。それより鏡の人のことが気になる。
一応、魔術で現れたからそのうち消えるかな? それともずっとこのまま?
「ねぇコアさん、鏡の人、僕が見終わっても動かずに固まったままだけどどうしよう?」
『とりあえず用件は終わったと伝えてみてはいかがですか?』
再び小声で相談する。
「そうだね、じゃあコアさんよろしく」
『しょうがないですね』
『あーゴホン、汝の望みは成就した』
『ありがとうございます。これより私はどういたしましょうか?』
「『『……』』」
暫しの沈黙があった。
『…マスター、どうしましょう? 解決策が出るかと思ったら、丸投げされてしまったのですが…』
「知らないよ、コアさんが全てやったんでしょ。自分で何とかしてよ」
『マスターも賛成しましたよね。連帯責任です』
「そんな無責任な!」
『無責任なのはマスターです』
「うっ、解ったよ。何とかすればいいんでしょ」
もう小声では話してない。話しを聞いて反応してくれるのを期待して、そして聞いていなければいないで小声で話す理由がないからだ。
また三人の間に沈黙が広がる。
残念ながら鏡の人は何も言ってくれなかった。落ち着いてみると、そもそも鏡の人には自我がないような気がしてきた。当たり前かもしれないが……。
とりあえず聞いてみよう!
「汝に自我はあるか?」
『有りません』
希望は絶えた。どうしよう、これじゃ僕達が導かなくてはならない。
そうこう思っていると僕の脳裏に恐ろしい疑惑が浮かんだ。
「コアさん、もしかしてコアさんが魔術使うと全部、鏡の人みたいに成ったりしないよね?」
『いやいや、そんな分けないじゃないですか。ほら、“竃顕現”』
コアさんが魔術を発動すると“永久の灯火”で作られた薪を美しい石材が包み竃が現れた。竃を組み立てた人達と共に…………。
現れた人達は髭を生やした男の人が二人と女の人が一人だ。皆、貫頭衣とトガを着ている。異世界の歴史書に出てくる典型的な古代ローマ人のような姿だ。
因みに竃造りでは、男の人達が何処からともなく出した石材を組み立て、女の人が指示を出したり儀式のようなことをしていたりした。
「…………コアさん、なんつうことしてくれてるの…………」
僕は気力の欠片も感じさせない声でコアさんに文句を言った。
実際、ステータス上の生命力も減ったかもしれない……。
『…………ハハハハは、申し訳ございません……』
ダメだ。コアさんは壊れている。無表情で笑い声を上げながら謝罪してきた。
僕もコアさんも人とのふれあいに、緊張し訛りが出てしまう程慣れてない。一人が相手でもそうなのに、一度に四倍の人数になったらこうなって当然かもしれない。僕もコアさんに突っ込んで、少し意識を割いていなければ危なかった。
コアさんが役に立たない今、まあ元からこの状況では役に立たないかもしれないが、とにかく僕一人で何とかしなければならない。
緊張しない為にはどうしたらいいのか? 英雄譚には“相手を野菜と思え”と書いてあった気がする。
よし、とりあえずあの四人を野菜に変えよう!
「“己を知らぬ者よ 知ろうとする者よ それに答えなどない”」
僕は豊穣の力を少し解放しながら唱えていく。農業をする分けではないからそんなに力は使わない
力を解放すると僕の身体は生命の輝きに包まれ、僕の周囲を草花が覆った。草花は常に生え続け、先に生まれた草花は押し上げられ風に乗る。
「“答えは我が与えよう 汝は野菜なり”」
僕が唱え終わると魔術で現れた四人の足元に莫大な量の植物が現れ、全方向から四人に溶け込んでいった。
因みにこれは呪文のようなものを唱えたが魔術ではない。生物以外のあらゆるものを植物に生まれ変わらせる農業技術の一つ“存在改良”だ。彼らは生物っぽくないからいける気がする。
植物の流れが納まると四人は植物の精霊のような姿と成り、次第に元の姿に戻っていく。どうやら成功したようだ。
これで彼らは野菜、緊張せずに話すことができる。あれ? そういえば元々魔術だから緊張する必要なかったかもしれない。
とりあえずコアさんにも四人を野菜に変えたと説明して正気に戻って貰おう。野菜と言っても相手は四人もいるから、一人で会話するのはやっぱり勇気がいる。
「コアさん、もう大丈夫だよ。四人共野菜に変えたからね」
僕は誇らしげな笑顔で語り掛ける。
『……………………』
コアさんからの返事が返ってこない。見てみると一切の挙動もなく、眼を開いたまま無表情で固まっている。
きっとさっきの衝撃が余程応えたのだろう。仕方がない、僕一人で何とかしよう。
『………か』
「ん?」
僕が一人で対応しようと決心を固めていると、コアさんがボソッと何かを言ってきた。目玉と口だけ動かさないで欲しい、かなり整った顔立ちをしているだけにとても不気味で怖い。
『な、何ですか!! あれは!!』
いきなりコアさんは大きな声で怒鳴ってきた。今度はちゃんと挙動もある。
「何ってコアさんが発動した魔術から出てきた人達だよ」
僕は現実を教えてあげる。記憶を無くす程の衝撃だったようだ。
どんなにショックでも自分の仕出かしたことぐらい覚えて置いて欲しいものだ。
『そんなどうでもいいことは知っています!! 私が聞きたいのは、マスターの御力のことです!!』
さっき四人に増えた衝撃で壊れていた癖にどうでもいいこと扱いとは、強がりかな?
「何って、ただの“存在改良”だよ。ほら、刃に使って葉が刃の木を生み出したりするやつだよハハハハ」
コアさんを落ち着かせる為にも、僕は洒落を利かせて説明する。
ふふん、コミュニケーション能力上がったでしょ。僕は常に成長するのだ。
『つまらないです。しっかり説明してください』
おっ、予定とは大分違うがコアさんが落ち着いた。面白いと思ったんだけどな~。
「洒落を入れたけど冗談ではないよ。まあ、詳しく説明すると、生き物以外のものをその性質を持つ植物に変える技だね。そんなことより、そろそろあの四人と話そうよ」
説明する程のことではないと思うが、一応教えて置く。コアさんは農業に詳しくないのかな?
『……もういいです。マスターは豊穣という能力値を持つ御方でしたね。それで納得して置きます。』
コアさんが疲れた様子で溜息を吐きながらそう言う。
「そうだコアさん、あの四人はもう野菜に成ったから、もう緊張する必要はないよ」
僕は再び誇らしげな笑顔でコアさんに語り掛けた。さっきは聞いていなかったかもしれないからね。
『それは聞いておりました。何故、緊張する必要がないのですか?』
「ほら、相手を野菜と思えば緊張しないって言うでしょ。だから野菜に変えたんだよ」
僕はいつ褒めてくれてもいいですよと、胸を張る。
『…………そ、そんな理由で野菜に変えたのですか…………』
コアさんはひどく呆れた様子でそう言う。
あれ? 僕が求めていた反応と違う。
『何を考えているのですか!?』
コアさんがいきなり大声で突っ込んできた。
「何って…」
『何ってじゃありません!!』
僕の意見を聞いてくれないようだ…。
『どこをどう考えたらそう言う結果が出るのですか!?』
「それは…」
『質問ではありません!!』
やはり僕に反論の余地はない。僕、何かしたかな? 農業みたいことしかした覚えないけど?
『と言うかあの四人のどこに野菜要素があるのですか!?』
あ、これがコアさんの一番言いたかったことかな? “存在改良”には突っ込みどころがないからね。
「僕にも判らないよ。“存在改良”はあくまでも植物に変える技だからね。僕には大雑把な種類しか決められないんだよ」
まあまあと手振りで宥めながら僕は言う。
『判らない程度なのに野菜に変えて、どこをどう考えたら緊張しなくなるのですか!? どう考えても無駄ですよね!?』
「いや、コアさんも野菜食べる時に緊張しないでしょ。だから野菜に変えたんだよ」
もしかしてコアさんは野菜を食べる時に緊張するのかな?
『…………とりあえず魔術をぶっぱなしてもいいですよね』
コアさんがとても怖い笑顔で物騒なことを言ってきた。
「ちょっとそこの野菜四人、コアさん宥めるのを手伝って!」
僕は助けを求める。コアさんは野菜相手でも緊張するみたいだから、我ながら最高の一手だと思う。
「「「「御意」」」」
四人が恐ろしく揃った声で応えてくれた。あれ? 何か変わった?まあいい、今はコアさんを宥めることが第一だ。
「「「「落ち着いてください。コセルシア様」」」」
揃えなければ話せないのかと思う程ぴったりに合わさった声は怖いが、味方と思うととても心強い。四人同時に宥められれば、流石にコアさんも落ち着くだろう。
『…あなた達は引っ込んでいてください! ハウス!!』
全く動じていない。それどころか訛りも出ずに、四人を犬扱いしている。
全然緊張してないよねコアさん。やっぱり僕が四人を野菜に変えたのは正しかったんじゃないかな?
「「「「御意!」」」」
……ハウスと聞いた四人が僕の無限収納の中に入って行く。そこに入るんだね…………。
僕の命令よりもコアさんの命令を優先したようだ。まあ、僕も同じような状況ではたぶんこうするが、皆酷いと思う。
心なしか応答も僕の時より気合いが入っているように聞こえた。四人共無機質な感じなのに……。
「コ、コアさん、や、やったね。あの人達のことどうにかなったよ」
僕は話しを変える。いや、元の話しがこっちだった気がするが今はそんな些細なことどうでもいい。コアさんを止めることが第一だ。
コアさんは本気で魔術を僕に放とうとしている。僕の回りには無数の魔方陣が展開され、詠唱代りの呪文は宙に刻まれ、コアさんの本気度が伝わってくる。コアさんはさっき魔方陣も詠唱もなしに魔術を発動していたから、この魔方陣と呪文は魔術の力を高める為のものだ。
『……』
僕の言葉は当然の如く無視され、周囲に魔力が満たされていく。
この全ての魔術は僕が発動しているような位置に有り、至近距離にも程がある。
僕は戦闘用の魔術も技も使えなければ、戦闘スキルも持っていない。当然こんな魔術を防ぐ術はない。絶対絶命だ。
「コ、コアさん落ち着こう。こんなの不毛だから豊穣にいこうよ。豊穣にね」
僕は必死にコアさんを宥める。しかしコアさんは止まらない。
『…………“発動”……』
僕の説得は虚しく敗れ、ついにコアさんは魔術を一斉に発動してきた。
風、土、水、火の基本属性は勿論、光や闇に雷や氷等、数え切れない程の属性の魔力が球や矢等の武器に姿を変え、僕に襲い掛かってくる。
見ると殆どがスキルレベル1、2在れば使える魔術だったが、その数は凄まじく途切れる様子を見せない。
「ちょっと待ってコアさん! 話し合おう!」
『……』
僕は諦めずに説得を試みるが聞いているかも怪しい。笑顔で発動し続けている。
しょうがないので僕は魔術の対応に専念する。
「もーお、僕は戦う力を持っていないんだからね!」
僕はコアさんに文句を言いつつ魔術に向かい合った。
と言っても何をすればいいのか全く分からないので、手を使い魔術を払ってみた。
僕の手に当たった炎の球は霧のように拡散し、雷の槍は跳ね返り、風の刃は砕け散る。武器の形をしていても全く痛くない。それどころか炎に触れてもそんなに熱くなく、氷もたいして冷たくない。
コアさんは手加減をしてくれているようだ。
『誰が戦う力を持っていないのですか!? 初級魔術ではたいして苦にならないようなので、もっと数を受けて反省してください!』
あれ? 何故かコアさんの魔術の勢いが激しくなってきた。だから僕に戦う力はないよ!
唯でさえ至近距離で全方向からくるのに、勢いが激しくなってきたせいで手以外にも当たるようになってきた。他のところに当たっても魔術は砕け散ったりするけれども、くすぐったくなりそうだったので“植手”を生やした。
“植手”は植物で創られた手で、自分の手と全く同じように遣うことができる。どんな植物からでも創れ、大きさ・長さ・見た目も自由自在、多少離れた処でも遣える万能な技だ。僕の畑では似たような技で全身を創り、畑を管理している。
植手を出したらまた魔術の勢いが増してきた。それに対して僕は手と植手で延々と魔術を払う。
ここで驚くのが、跳ね返った魔術を受けても周りの環境に一切の変化もないことだ。元ダンジョンは凄い。そんなダンジョンの元コアを相手にしている僕は、一体いつに成ったらこの魔術の嵐から解放されるのだろうか?
《用語解説》
・アークの帯
アークが品種改良しまくり、アークが知っている限りの植物と同じ特性を発現できる通称“アークの樹”から創られた帯。
帯と言っても蔦の特性を発現しているだけで、見かけはただの蔦である。
因みにアークの樹は現在進行形で品種改良が進んでいる。
・アークの普段着
アークの帯とは違い村の全員の手で創られていて、色や形状に若干の差異はあるが基本、ネクタイ・着物・ローブのセットである。
アークの村の住人は似たような服の組み合わせをよくする。
・クリエイト・ミラー
鏡を生み出す魔術。
スキルでは〈工匠魔法〉や〈生活魔法〉の枠組みに入る。
そこそこ難易度は高いが女性を中心に使用できる者は結構多い。
・竃顕現
竃を造り出す魔術。
スキルでは〈土属性魔術〉、〈工匠魔法〉や〈生活魔法〉の枠組みに入る。
難易度はそれほど高くはないが、使い手が非常に少ない魔術。定住している場合竃を造る機会などそうそうなく、そうでなくてもより簡単に竃のようなものを作れる為である。
珍しい魔術だが使えるからと言って、一目置かれるようなことはない。
この魔術の利点は使い手の力量に依って、竃の出来が変わることである。