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〈田舎者の嫁探し〉あるいは〈超越者の創世〉~種族的に嫁が見つからなかったので産んでもらいます~  作者: ナザイ
第2章 〈アンミール学園入学〉あるいは〈都会生活の始まり〉

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第三十話 石鹸あるいは壊滅兵器

大変更新が遅れて申し訳ありません。

この本編では触れないであろう設定を書いていたらまた大幅に遅れてしまいました。

お陰で本編の時間軸が全く進んでいませんが、一応そろそろ時間を進める予定です。

 

「トーリ先輩をイタル先輩から離れたところに滑らせられる、凄いよく滑る石鹸を作ってくれる?」


 美味しそうな肉の焼けた匂いのする炎上する神殿と共に現れた、大神官っぽい初老眷属に僕は一応頼んでみた。

 人は見掛けによらないとよく言うし、もしかしたらまともな石鹸作りができる眷属かも知れない。


「御神託、しかと承りました」

 眷属は了解してくれた。できるらしい。問題はその方法だが。

 まあ最後まで見てみよう。


 眷属は背後の神殿を見上げて両手をかざす。

 神殿の炎は一段と強まる。そしてジューッと今度は肉の焼ける音までしてきた。

 この匂いは羊かな? うん、絶対に神殿を薪替わりにして肉を焼いている。


 暫くすると神殿に上がる階段の両溝に肉汁が流れてきた。

 下まで肉汁は来るといつの間にか初老眷属が持っていた大きな器に、宙を流れながら集まる。

 そして器から肉汁が溢れ出すと、突然燃え盛っていた神殿が焼け落ちた。その灰煙は階段を伝い落ち、眷属を避けると器に混ざり込む。


 そして初老眷属は器を高く掲げる。

 すると器の中の肉汁と灰が澄んだ清潔感を漂わせる光を放ち、何故か石鹸を思わせる芳香がこちらまで漂ってきた。

 一体どうやったら羊の肉汁と建物の灰燼からこの芳香が生まれたのだろうか? 多分正しい作り方と絶対に違うと思うが、兎も角石鹸と呼べるものはできたらしい。


 清潔な光が収まると今度は器を自分の胸の高さに浮かせ、色々と薬草等を混ぜ始めた。

 信じられないがどう考えても高品質な石鹸が作られてゆく。僕は石鹸なんて必要ないので使わないが、それでも見ただけで理解させられた。


 最後に初老眷属は石鹸の液体を手で掬い取る。

 そうすると石鹸の液は僕の知っているありふれた形へと固まった。

 完成だ。


「どうぞお納めください。よく滑る石鹸でございます」


 そう言って初老眷属はいつの間にか、月見団子の積んであるアレ、三宝に石鹸を載せ、僕達に捧げてきた。

 神殿を燃料替わりにすると言う異常な行為をしていたが、普通に優秀な眷属だったようだ。誰も困らなかったし高品質の石鹸も作ってくれた。


「ありがとう。さっそく使わせてもらうね」

 僕は変な眷属だと疑った分も感謝念の言葉をかけ、捧げられた石鹸を三宝ごと受け取った。


 さて、これで転ばせることができる。


「……マスター、転ばず為だけの石鹸にしては、もったいなさ過ぎませんか?」

 そう思っているコアさんからごもっともな意見をもらった。

「……そもそも石鹸は転ばす道具じゃ無いし、もったいないのは同じだからいいんじゃない?」

 とりあえず僕はそう言った。



「兎に角やってみるね」

 僕はそう言って石鹸を一つ手に取る。


「あっ」

 そして当然のように石鹸は手を滑って飛んでいった。

 よく滑る石鹸は手に取れないレベルの滑りがあるようだ。


 しかし運よくと言っていいのか、石鹸はトーリ先輩の足元に向かって飛んでゆく。

 石鹸はまるで遠隔操作されているような軌道を描いて、どういう訳かトーリ先輩の足元に潜り込んむ。


「わっ!!」

 そしてトーリ先輩は声を上げながら転んでひっくり返った。

 その形は見事だ。前後に大きく脚を開きながら後方に宙返り。しかも足先はイタル先輩の腹部にクリーンヒット。


 イタル先輩からトーリ先輩を遠ざけると言う目的は達成した。

 ついでに窒息しかけていたイタル先輩も蹴られて風呂底から抜け、どこかに跳んでゆく。


 それを見てコアさんも石鹸の使い道に納得した様子だ。

「これは便利ですね。これが石鹸の正しい使い道と言ってもいいかも知れません」

 それは言い過ぎだと思う。


 だがそれだけでは終わらなかった。


 トーリ先輩が踏んづけた石鹸は床を滑っていた。そこにトーリ先輩は着地しそうになったのだ。

 なんと軽く滑っただけの床も、よく滑る石鹸のよく滑る成分にコーティングされ、とても滑り易くなっていた。

 トーリ先輩は止まる事ができずに、変なバク転の形を保ちながら滑り続ける。


「わーっ! 何が起こってるんですかっ! 誰か助けてーっ!」

 一向に止まる様子はない。寧ろ何故か物理法則に反し少し加速している気がする。進行上にいる人達もみんな避け、壁にでもぶつからないと止まりそうにない。

 だが壁に辿り着く前に、バク転びするトーリ先輩が床を滑り易くしていた石鹸に追い付いて来た。石鹸の前は滑らない床だから止まれるだろう。これで止まりそうだ。


 が、結果は違った。

 トーリ先輩は石鹸自体を踏んでしまったのだ。

 トーリ先輩は止まるのではなく、進行方向を変えた。


 そして見事に進路から避けていた女の人の胸にダイブする。


「ふにゃっ」

 顔を勢いと共に豊満に呑み込まれ、トーリ先輩は変な声を上げる。

「ちょっ! 何を――」

 ダイブされた委員長風のサラ先輩は怒ろうとしたが。

「す、すいません。ご、ごめんなさい」

 とまだ状況を飲み込めていないどこか小動物を思わせるトーリ先輩の、純粋さを感じずにはいられない瞳と謝罪に言葉を呑んだ。


「いえ、いいの。気にしないで。でも次は気をつけてね」

 サラ先輩はそう言って優しいお姉さんのようにトーリ先輩を許す。いや、委員長のような雰囲気だが根は優しいお姉さんなのだろう。それでころっと懐柔されたようだ。

 つまりトーリ先輩は完全にラッキーなスケベを成し遂げた。もしかして運命デスティニーに〈ラッキースケベ〉でもあるのだろうか?


 無いようだ。

 よし、せっかくだからあげよう。

 えーと、ここをこうして、ここはこうで、交ぜて捏ねて、同調させて流してと……出来た。

 後は与えてあげよう。それ。


 僕が与えるのと同時にトーリ先輩の身体は淡く輝く。無事に成功したようだ。

 それにしても随分とすんなり与える事が出来た。元々ラッキースケベの素質を持っていたのかな? プライバシースキルになら僕があげなくてもすぐに獲得していたかも知れない。あっ、今獲得したようだ。


「わっあっ!? あれ?」

 当のトーリ先輩は突然の変化に困惑している。運命デスティニーの場合はそんなに自覚できないしアナウンスも無いから、多分自分の身体が光った事に驚いたのだろう。


 いや、性能の良すぎる神眼を持っているから、視覚的に視えたのかも知れない。

 あれ? 僕の事を視ている気がする。もしかして間接的に触れたから神眼ならば視える状態になってしまったのかも知れない。隠れていたつもりだったのにどうしよう?


「コアさんコアさん、トーリ先輩、僕の事視ているよね?」

 とりあえずコアさんに相談した。

「どうやらわたくしの姿も視えているようですね。ですがどういう訳か放心状態なので大丈夫では?」

 コアさんはそう言ってトーリ先輩を見ていた。放心?


 僕も今一度トーリ先輩をよく見てみる。

 すると確かに放心していた。僕達を視ながら瞬き一つせずに、口がどんどん力なく開きながら。頬も何故かほんのりと紅い。

 見惚れていると言っていいのだろうか? 驚愕の感情も感じ取れるし、生命活動以外の全てが停止していてよく判らない。兎も角魂を何かに奪われずにはいられない、そんな存在を視た、と言った様子だ。


「何で放心しているのかな? しかも僕達を視ていたよね?」

 僕達が視えている云々の方は何となく解決したが、これは新たな問題の発生だ。状況的に僕達が原因かも知れない。

「今になってサラ先輩の胸に飛び込んだのを理解したのでは?」

 しかしコアさんのこの言葉でこの問題も解決した。

「ああ、なるほどね」

 トーリ先輩ってどこか抜けている感じだし、多分今になって気が付いてもおかしくはない。と言うか他に放心する要因は無いのだ。様子はそれとは大分違うし、確実に僕達を視ていたが要因がなければただの偶然でしかない。


「ん? どうしたの君?」

 サラ先輩は放心しているトーリ先輩に気が付き軽く揺する。

 トーリ先輩は立っているのが不思議なくらい力が抜けているらしく、軽く揺すられただけで首をがくがくとさせ僕達から視線を外した。

 それと同時に膝から崩れそうになるがサラ先輩が自分の胸に寄せ、それを防いだ。偶然だが、またトーリ先輩の顔はサラ先輩の豊満なものに埋もれる。


 それから顔を動かす事なく、トーリ先輩は囈言を言い始めた。

「……か、神様? ……天国? ……もっと上……至高……」

 言葉と状態的に、確かにサラ先輩の胸のせいで放心しているようだ。


 そんな様子のトーリ先輩を心配して、サラ先輩は頭を撫でながらこのままの状態を維持する。

 これは総合的に縁結びをしたと考えてもいいかも知れない。意図していた事ではないが、素晴らしい結果だ。

 このまま良く続くように、定期的に様子を視ていよう。まあ、何処に居ても視界に入るんだけどね。


 コアさんもこの結果を喜んでいるようだ。

「石鹸は素晴らしい道具ですね。わたくしは今まで石鹸の価値を解っていませんでした」

 心底関心したようにコアさんは頷いている。

「僕もだよ。身体なんて絶対に汚れないから、洗う道具なんて必要ないもんね。でも本当の使い道が判った今は反省でもしたいよ。僕達は歪んだ田舎まで届いた情報しか知らなかったんだね」

 まさに田舎の学問より京の昼寝ってやつかも知れない。ん? そう言えば昼寝って何だろう? 早速田舎では解けない疑問が出てきた。


「はい、わたくし達は何も知らなかったようです。ですので恥じずにこれから学んで行きましょう。手始めに石鹸についてもっと知ってみると言うのはどうですか? 早速、また解らない点があるのですよね」

 そう言いながらコアさんはあるところに視線を向けた。


 そこには自分から石鹸で転びにいき、わざとらしく女子に飛び込もうとするイタル先輩がいた。

 そして反撃の回し蹴りを顔面に受けて吹き飛ばされ、見事に頭から温泉に着湯した。だが諦めずまたわざとらしく石鹸で転んだ振りをして女の子に飛び付こうとする。また狙撃される。そしてまた、何度も挑戦してはボコられる。

 こんな事が続いていた。どうやら石鹸を自分で使っても効果が無いらしい。


 それよりもイタル先輩、いろいろと凄いな……。そもそもどうやったら〈リア充爆発〉が能力になるのだろうか? 何度視てもいろいろと凄いと思う。

 温泉で怪我が回復するようで、いつまでも止まる気配が無い。これだけヤられてるのに、本当にどういう精神をしているのだろうか? あっ、こういう精神…………名前みたいな事もできそうだね。もう世界、救ってるんだ…………。召喚勇者スキルとして有名な〈不屈〉まで持っているし…。



「ま、まあマスター、兎も角いろいろと試してみましょう」

 コアさんもいろいろと視てしまったらしく、僕にではなく自分に言い聞かせるように言った。どちらにしろ現実逃避にいいから乗っかろう。


「そうだね。さっきは移動させる為に石鹸を使った、と言うか落としたから、次は縁結びしようと意識しながら使ってみようか。僕は前にやったから今度はコアさんが使ってみて」

 そう言って僕は石鹸の載った三宝をコアさんに差し出す。


「では、“念動”」

 コアさんは三宝を受け取ると、石鹸に向けて触れずに物を動かせる魔術を使った。別に魔術を使わなくてもできる事だが、多分念のために魔術で行ったのだろう。

 魔術はいつも通りに眷属に変化した。見掛けは舞台裏にいる黒衣さんのような姿で、肌が一切見えない。


「この石鹸をまず持ってください」

 コアさんは黒衣眷属に命令した。

 それにしても明確な使用目的があって、普通なら発動したときに大体思い通りになるのが魔術なのに、眷属になると一々命令しなくちゃいけないから面倒だ。

 いや、多分命令しなくてもやってくれるだろうが、人の姿をしているからついつい言ってしまう。それに勝手に動かれるのが恐い。

 変なのが多いし……どうしよう? 魔術眷属への対応っていう授業無いかな?


「諾」

 おっと脱線してしまった。

 念動眷属は短く返事をすると石鹸を掴みにかかる。素手(黒手袋)で掴むようだ。人の姿になっているけど、魔術本来の力はあるのだろうか? 念動のように包み込むようではないから、普通に滑ってしまいそうだ。


 さて掴めるか、掴めないのか。

 何気に興味を惹くこの試みに、僕達は意識を集中させる。


「「ん?」」


 だが結果はどちらでも無いものだった。

 掴めているが掴めて無い、そんな矛盾するような均衡状態が発生したのだ。

 黒衣眷属の手はがっしりと石鹸を包んでいる。しかし直接触れられてはいない。石鹸の回りには清潔感のある光の結界が展開されていたのだ。いや、結界というよりも滑る石鹸と言う概念の塊のようなものが。

 恐らく黒衣眷属は念動の力をそのまま持っており、滑ると言う概念が存在しないのだろう。当たり前だ。念動は物を直接動かす力なのだから。

 それで概念同士が触れて矛盾が表面に出て、今のぶつかり合いによる均衡が生まれたのだ。恐ろしく高度でくだらない現象を見ている気がする。


 均衡状態はまだ続く。しかし両者の衝突は激しくなり、どういう原理か雷のようなスパークが放出され始めた。空間属性に近い力を感じる。恐らく矛盾が発生し続けたせいで両立できる空間の方を呼び押せる力が働いたのだろう。

 スパークは激しさを増し続ける。十中八九この二つが両立する世界が存在しないからだろう。決着が着かないのだ。

 眷属同士もいつの間にか睨み合っており、終息する気配が無い。スパークも力を増して温泉の床を破壊し始めている。


 どうしてこんな事になったのだろうか? ただ滑りやすい石鹸を持ってもらおうとしただけなのに……。


 激しいぶつかり合いが続く中、コアさんがそーと動いた。

 石鹸の載った三宝を回収したのだ。


「もう、わたくし達だけでやってしまいましょう」

 コアさんはそう言う。完全にまだ続いている衝突を見なかった事にしている雰囲気だ。

「だね」

 僕はすぐに同意した。そう、何も起こっていないのだ、何も……。


「まず、自分で掴んでみようか」

 早速僕は気を取り直して、今度は滑らないように掴んでみる事にした。

 慎重に慎重に石鹸を取ろうとする。


「あっ」

 だがやっぱり駄目だった。ツルンと何処に滑って行く。

「むっ」

 コアさんも挑戦するが呆気なく手から滑ってしまった。

「次行こう」

「次に行きましょう」


 今度は手を使わずに石鹸を直接動かしにかかる。勿論魔術ででは無い。魔力も使わずにやってみた。


 その刹那、滅光が開放され辺りを蹂躙する。


 ――――ッッッ――バッッッ―ッゴゥォォォッン!!!!


 僕達は咄嗟に結界を張った。


 滅光は一瞬の幻のように消える。

 そして跡には滅光が消し去った温泉の一部や、遥か遠方まで続く融解された谷が遺っていた。

 幸い結界のお陰で人的被害はなく、温泉やその他建造物への被害も軽微だ。

 しかしだからと言ってめでたしめでたしでは終わらない。本当に一瞬であり得ないレベルの惨状が引き起こったのだ。誰もが目の前の事のみに意識を奪われる。いくら無害でも、山を呑み込む津波を、天地を奪う竜巻を、星をかち割る流星を、無視できる存在はいない、それと同じ現象だ。


「「……」」

「「「「「…………」」」」」


 誰もが写真の中のように時を停めている。

 ある者は喋っている途中だったのだろうか、中途半端に口を開け、またあるものは写真でもありがちなように、半眼のまま動きを停め、そしてある者とある者はビンタをするされるの形で停止していた。

 動いているのは灼熱の熔けた大地や建造物から上がる炎や煙、存在を保てずに砕け崩壊して行く石鹸、そして一部の感性のおかしい眷属だけだ。


 因みに僕達は仙茶を飲んでいる。

 と言うか新たな浴槽を創ってそこを仙茶で満たし、服を着たまま浸かっている。口を上で大きく開き打たせ湯のような仙茶を飲み干しながら……気絶した方がいいかな?


 やがて冷めて固まった蒸発した大地が石の雨として降ってきた。

 大地は谷ができる程抉り取られていたから、常人なら最低でも大怪我はしそうな大豪雨である。しかし都会人、つまり超人であるこの学都の先輩達に怪我は無い。

 だがかなり痛そうだ。服と言う最低限の防御力もない今は無理もない。

 その痛みで次第に正気を戻してきた。


 一方の僕達は冷静になるのにまだかかりそうだ。

 そもそも不思議な事に石が一切落ちてこない。誰も、僕達を含めて誰も何かをした訳では無いのに、僕達のところにはまるでそこにだけ雨が降らないような、とてもあり得ない事が起きていた。

 お陰で痛い目に遭わずに済んでいるが、立て続けに超常現象が起きたせいで余計に精神を削られて行く。


 平常心を取り戻すのにはどうしたらいいのだろうか?

 そうだ、冷静に分析してみよう。原因が解ったら何て無い事かも知れない。


 まずあの破滅の光。何かの破壊魔法や破壊技ではなく、単純に莫大すぎるエネルギーからくる光だった。圧倒的な破壊をもたらしたが、破壊の意思を感じさせない光だ。

 つまり事故か何らかの自然現象であると思う。そして場所とタイミングから石鹸と念動の力が関係している。


 そしてさっきの黒衣眷属と石鹸のぶつかり合いから考えると、あの光も矛盾を回避する為に発生したものなのだろう。

 多分、矛盾しない空間へ飛び込む力が超過し、矛盾しない世界を創る力に至ってしまったのだ。

 だが世界が創られる前に石鹸が耐えきれず崩壊。それであの一瞬だけ破滅の光が放射されたのだろう。


 …………。


 冷静になるために分析してみたが、駄目だ。余計に気になる事が多数出てきてしまった。

 石鹸が凄い。それはいい。よくないがまだいい。絶対によくないが……兎も角眷属が造った物が素晴らしかったと言うだけなのだから。あまりに過剰過ぎるが称賛に価する出来事としても問題ない。

 だが念動の方は? 矛盾をねじ曲げ石鹸まで崩壊させてしまった。ただ動かそうとしただけなのに……。


 いや、普通に考えて僕にそんな強力な力がある筈無い。

 恐らく僕の念動と眷属の念動は根本的に違うのだ。魔術と素の力と言うだけでも大分違う。それで僕の念動の方は混ぜるな危険の事故のようなものが起きたのだろう。


 多分他の人がやったらあれ以上の結果になる。

 でもそんな事故は殆ど聞いたことがない。


 …………と言うことは、僕は絶対にやらない当然の事をしてしまったのだ。ダイナマイトに火を近づけないような当然の事を破ってしまったのだ……。

 とても不味い……うん、ここは忘れよう。僕は何もやっていないし見てもいない。


 とりあえずコアさんと話を。


「ガボガババ!」

 おっと、あまりの事に意識を取られて仙茶を飲んだ状態で話そうとしてしまった。

「ガババ?」

 コアさんも飲んでいる事を忘れていたようだ。

 最低限度でも冷静にならなくては。


「コ、ココココ、コアさん! ぼぼ僕達! なな何も見ていないよね!」

 駄目だ。動揺し過ぎて言葉もまともに喋れない。

「ママ、マママ、マスター! そそそうです! ななな何も起きていません!」

 コアさんも真相に気が付き動揺しまくっている。


「「…………」」

 僕達はすぐに口を閉じて顔を見合わせた。

 無言で暫く何も写していない瞳に写し続ける。

 やがて動揺も治まってきた。

 しかしそれは冷静になったからでは無い。諦めたのだ。これ以上の現実逃避は無意味であると、現実逃避を逃避しながらも確信したのだ。

 コアさんなんか枯れきった中年のような顔になっている。恐らく僕も似たような表情をしているのだろう。


 もう流れに身を任せるしかない。余計に足掻いても現状が悪化するだけだ。

 どうせ余程の事がなければ僕達が見つかる事は無さそうだし、意外と上手くいく可能性も残っている。



 そう言うことで、今は仙茶を啜りながら景色を傍観する事にした。


 僕達の居る温泉では、いつの間にか滅光とは関係の無い騒ぎも巻き起こっている。と言うかそちらが主な流れになっていた。

 あれ? もう滅光の騒ぎがほぼ治まってる?

 あれくらい先輩達にとっては大した事では無かったのかも知れない。流石は都会人、やはり都会は凄かったようだ。


 何はともあれ良かった。この状況を視る限り、僕達はそんなにやらかしていなかったらしい。一安心だ。

 でもまだ全然心の乱れが落ち着いていないから、まだ仙茶を啜っていよう。


「「ズズズッ……はぁ」」


 コアさんも言葉は発していないが、さっきよりも柔らかい表情をしている。

 とりあえず一件落着だ。


 さて、この騒ぎでも視ていよう。

 何が起こっているのかな?


「ドコ触ってるのよ!?」

「いやっ! これは滑って!」

「きゃーっ! ドコに顔を埋めているんですかっ!?」

「ごふぇんなさい」

「ど、ドコに顔を埋めているのか判っているのかね?」

「わかりまふぇんわ! そう! 何の問題も無いですの!」

「文技“ボディーブロー”“男崩し”」

「ブハッ! はうっ!!」

「痛っ」

「人の胸に飛び込んできて何言ってるのよ!?」


 ……どうやら石鹸の力、縁結びの道具の本領が残っていたようだ。まあ残っていたと言うよりも僕達が忘れていただけだが。


「一騒動の後にも良いことが起こるのですね」

 コアさんは仙茶を啜りながら感心したように言った。

 そうだ。先輩達は騒がしいが、これは元々僕達の求めていた結果の一つである。僕達にとっては良い光景なのである。

「だね。見守りつつ背中を押してあげようか」


 そう思っていると気が楽になってきた。うん、僕達は何も問題なんか起こしていない。

 実際、さっきの被害はそのままだが気にしている者はいない。

 でも熔けた大地を視ていると良心が痛むから、植物を植えとこう。そうすれば問題は全てすっきり解決だ。


「それ“春よ”」


 早速僕は熔けた大地に向けて力を使った。

 うっかり入学式の前のせいか、ただ植物を生やすのではなく春に変える力を使ってしまったが、それこそ一週間後に入学式だから何の問題も無いだろう。


 僕から暖かい黄緑色の光が風のように広がる。

 光が通り過ぎた大地は淡く輝き、圧倒的に速く、それでいてゆっくりと草花の芽が芽吹く。雨が降った訳でもないのに潤いを感じる、そんな光景だ。植物の種類が違うだろうが、異世界によくある地球の生命誕生を早送りで視たらこんな感じかも知れない。

 やがて花が咲き始め、木も成長したことにより姿を現す。ひらひらと花びらも舞い、まさに春だ。

 そしてそれらが何度も繰り返される。永久の春の誕生だ。流石に春ばかりではつまらないのでいずれ元の季節に合わせるが、暫くはこのままにしておこう。


「…………」

「「「「「……………………」」」」」


 あれ? いつの間にか静かになっている。コアさんもだ。

 これはもしかして、僕の作り上げた春に感動したのかな? いや、そうに違いに無い。

 うんうん、入学式に合わせて桜も多くしたし綺麗だよね。

 それにしても人は、綺麗な光景に感動し過ぎると呆然唖然とした表情になるんだね。


「「「「………………」」」」


 遠くを視れば魔物までもが咆哮を上げる訳でもないのに凶悪な口を開き呆然としていた。

 魔物にまで自然の感動を届けられるとは、僕もなかなか良い仕事をしたものだ。


 せっかくだし僕も楽しもう。

 え~と、赤い布地をシート代わりに敷いて、和風の赤傘を刺して、暗いから灯籠も用意しよう。御団子と音楽は…眷属に頼もう。

 とりあえずこれで良しと。


「ちょっとそこの君、お茶菓子買ってきて。お代はこれね。あと出来れば花見にちょうど良い音楽も用意してくれるかな」

 そう眷属の一人に頼むと十秒もしない内に様々なお茶菓子が届き始めた。

 良し準備万端。


「もぐもぐ……ん、コアさんもここに座って花見しよう」

 僕はまだ意識がどこかに飛んでいるコアさんにそう勧めた。


「……一番軽い突っ込みをいますね。どこで花見をしているのですか……ここは風呂場ですよ……」

 コアさんは僕の勧めに乗って座りながらも、あまり力の入っていない声で言った。

「確かに風呂場だったね。ん? 一番軽い突っ込み? 他に何かあるの?」

 あ、御団子の数でも気にしているのかな? まだ数万個で少ないからね。


「………………」

 コアさんは僕に諦め切ったような視線を向けた。


 あれ? 違ったかな?

 どちらにしろこの美しい春の光景からしたら遥かにくだらなく、どうでも良い事だろう。

 時間帯は暗く少し残念だがそれはそれで良い。草花は淡く輝いているし寧ろ面白い。ゆっくりと観賞することにしよう。





 《用語解説》

 ・エナロフォスサポーの滑る石鹸

 アークの注文通りに石鹸具象エナロフォスサポーから誕生した眷属が創った滑る石鹸。

 アークの注文通り徹底的に滑るように創られており、この石鹸を滑らずに触れる事は不可能である。概念からしてそうあれと創られている。光も反射ではなく滑らせる為に見掛けは周囲の光の種類によって変わるが、基本的に白い普通の石鹸。

 本来はどのような手段を用いても滑らせずに運ぶ事は不可能だが、同程度もしくは越える力であれば一応可能。実は石鹸の載せられている三宝がその一例。しかし現段階では作成者の眷属とこの三宝以外には限界まで滑るように設定されている。


 作成者の眷属も含めて誰も予測出来なかった事だが、一定以上の絶対に持つ力、もしくはその概念と触れると世界的な矛盾が生じ、どちらか一方が崩壊するまで矛盾を回避しようと矛盾しない空間を呼び寄せる為、莫大なエネルギーが放出され続ける。

 そのエネルギー量は石鹸の崩壊寸前では新たな世界を創造しかける程。しかし石鹸に対する力が大きくなければこうはならないので、エネルギー源にするのには向いていない。

 だがその価値は千年以上存在する大国でも国宝に指定する程度はある。壁にでも塗り付けられればあらゆるものを滑らせる無敵の盾となるからだ。


 因みにどんなに滑ってもあくまで石鹸なので、水を使えば流し落とせる。


 そして重要な事だが、これに縁結びをする効果何てものは一切無い。そう言う状況になるのはただアークが望んだから。



 ・ラッキースケベ

 運命デスティニーもしくはプライバシースキルの一つ。

 名前の通り所持者はやたらめったら異性とのそういったイベントに巻き込まれやすくなる。どんなに少なくとも年に一回や二回では済まない。絶対的では無いが持っていない者とは違う世界に住んでいるかのように、あり得ない事が多々起きる等性能は呪い並み。

 所持者は少なく知名度も無いに等しいが、持つ者は誰でも上記の理由から判別できる。ほぼ先天的に手に入るものだが、召喚者への謝意で神々が与える事があり、英雄譚ライトサーガの主人公で持つ者は多い。


 運命デスティニーとプライバシースキルでは効果が若干違い、運命デスティニーの方は周りを巻き込み相手のうっかりを誘う事が多く、プライバシースキルの方は所持者のうっかりが引き金になる。

 ただし意識操作をされる訳では無い。互いを導くだけである。何となくこうしようかなと直感するのが主な力。呼ばれるとも言える。



 ・不屈

 固有スキル。

 召喚者が持つ事が多く、勇者の条件だとも言われている。別にそんなことは無い。

 召喚者が持つ事が多い為に固有スキルのわりには所持者が多い。

 効果は屈しなくなる事。一言で言えばそうなる。


 何故勇者の条件、そして召喚者が多く持つのかと言うと、ある層には有名過ぎると言っても過言では無い英雄譚ライトサーガ、【不屈の勇者の奴隷帝国】、【異世界勇者の奴隷王】、【召喚されたら多国城主】等と数々の名で呼ばれるものが関係する。



最後までお読み頂き、ありがとうございます。

追伸、別小説(?)として投稿しているモブ紹介ですが、話数毎に更新していたらかなり時間がかかりそうなので、ある程度貯まったら追加していく事にします。早速今日、数人分追加します。

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