表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
〈田舎者の嫁探し〉あるいは〈超越者の創世〉~種族的に嫁が見つからなかったので産んでもらいます~  作者: ナザイ
第2章 〈アンミール学園入学〉あるいは〈都会生活の始まり〉

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

36/103

第二十九話 都会初日の夕方あるいは休み

申し訳ありません。投稿が遅れに遅れ、ついに三月に入ってしまいました。


 

 エル・アンミールを照らしていた四つの太陽が時計回りに地平線へと沈んでゆく。

 東西南北正確に大きくなった太陽は空に夕焼けを描き、学都を橙色に染め上げている。


 黄昏だ。人の一日が終わる。

 僕の都会生活初日が終わる。これからは夜。個人の時間だ。


「コアさん、なんで夕日は大きく見えるんだろうね?」

「ただの目の錯覚です。ここの場合は演出もありますね」

 コアさんは冷静に答える。

「夢が無いね。都会初日が終わるんだよ?」

 もう少し感慨に浸ってもいいと思う。


「まだ先輩方と魔物が戦っていますから」

「……だから現実逃避も必要だと思うよ?」


 早い夕食の時間になったが魔物の軍勢との戦いはまだ続いていた。

 ……もう感慨に浸るのはやめて夕食にしよう。


「モグモグ、全然決着つかないね、ハフハフ」

 僕は早速夕食を始めた。

「切り替え早くないですか?」

「ゴクン、コアさんも食べなよ。美味しいから」

「……頂きます」



 もうちらほらと街灯がついている。

 魔物まで何故か松明のようなものを灯し始めた。魔物は夜のイメージがあるけど違うのかな?


 戦況は一応先輩が優勢だ。喜劇の力のお陰で死者重傷者はいない。しかし疲労は溜まっているようだ。

 一方魔物の方は次々に倒されていくが新たに出現する為疲労と言うものが殆ど無い。

 今のところ出現する速さを倒す速さが上回っているが、このまま先輩達に疲労が溜まると魔物の大軍を倒しきれないかも知れない。


 先輩達もそれが解っているようで休憩の準備を始めている。

 まずは大結界を張り巡らし、攻めるのを自動砲台等に任せ守りに入る。そして夕食や日常生活の遥か延長上の準備を始めた。何故それを?と思うものも多いが回復効果があるのだろう。変態眷属のユジーラ達も温泉を掘りまくっている。


 今回はクラスごとの集団ではなく部活ごとに分れ、大規模な技(?)の準備をしている。

 喜劇の力はもうそんなに強くない。アキホ先生曰く初めのは戦闘に参加させる為に強力だったようだ。今は大怪我しない程度だけで真剣に準備している。


「オークの生姜焼き出来たぞ!」

「焼きオークも大量に焼けた!」

「オークしゃぶ用の肉はスライスしておいたから、もう各自食っていいぞ!」

「煮オークはもう少し時間がかかります!」


 と料理関係の力を持つ先輩達は、これまた建築関係の力を持つ先輩達特製の厨房で大量の料理を作っていた。

 そこらじゅうで威勢のいい掛声が飛び交っている。

 料理はオークとの戦場近くのせいかオークを使った豚肉料理に近いものや、その上位種を使った猪料理に近いものが多い。


 どれ、こっそり一つずつ僕の手元の皿に転移させる。

 パクリ、僕の夕食には劣るがとても美味しい。新鮮な肉なので熟成魔法を使っているようだ。先輩達を眺めながら食べるとその想いや努力が伝わりさらに美味しい。

 今度先輩達の飲食店に食べに行こう。


 御代の代りに野菜果物を幾つか置いとこう。


「ミノタウロスの肉を持って来たぞ!」

 と転移でやって来てアイテムボックスから大量の肉を取り出し厨房に置くホズナ先輩。

「おお、助かる! 悪いが今度はそこにあるオーク肉を届けてくれ!」

「任せとけ!」

 ホズナ先輩はオーク肉を受け取るとまた転移した。


 次ぎは牛肉料理に近いものが作られそうだ。

 出来たら少し貰おう。あっ、ミノタウロスの戦場ではもう料理ができたようだ。先にもらっておこう。


「特製の食器も用意したぞ」

「雑草でもこれを使って食えば薬草を食うのと同じになる渾身の作だ」

「これらの陶器は我ら陶器製作部で販売中ー! 気に入った方は是非ご購入をー!」

 と職人な先輩達は自分達で作った食器を並べる。


 食事に使われる食器もただの器ではないようだ。

 見掛けは絶対に上に料理を乗っけてはいけない、飾る用の最高級な出来で、しかも様々な効果が付けられている。

 様式も多々あり、ただテーブルに並べているだけなのに陶器の博物館の展示会の準備をしているようだ。


 販売中と言っていたが一体値段は幾らするのだろうか? 僕は触るのも恐い。

 そんなお皿に執事やメイドの従者な先輩達は一切の躊躇なく料理を盛り付ける。……都会って凄い……。

 あっ、お皿の後ろに1000フォンって書いてあるシールが…………とりあえず後で買おう。都会って凄い。


「私達木工部の作った木の食器もあるから遠慮なく使ってね」

「硝子部の食器も使って下さい。気に入ったら買ってくれるとうれしいです」


 他にも出来栄えの関係上、飾りとしてしか使ってはいけないような宝物が……高くても2000フォンぐらいなんだね。

 そして遠慮なく料理を盛られると。


 よく視れば椅子もテーブルも、その上に被せられている布にいたるまで全てが宝物並みの特殊効果を持つものだ。

 先輩達は何の抵抗もなくそれらを使用する。回復効果があるのは判るが僕なら逆に疲れてしまいそうだ。


「凄いねコアさん、都会の食事は道具まで宝物並みだよ」

 僕は思わずコアさんに感想を漏らした。

「……マスター、手元を見てください」

 コアさんは呆れた様子で僕に言う。どうしたのかな?


 僕は言われた通り自分の周りを見る。

 在るのは芸術作品のように綺麗に山盛られた、見た目だけでも至宝で味はもっと凄い料理と、それが盛られた飲食店の看板としてしか使われないサイズの、細部まで繊細に造られ材料にもこだわった能力的にも一つの到達点と言える皿。

 そして同様の質を持つ椅子やテーブル。


 どれも最高神をもてなす事があっても使う事は無さそうだ。祀り上げるべきものである。


「見たけど?」

 何もおかしな所はない。

「……その杯は?」

 コアさんは半眼で僕の持つ杯を示す。


「ただの聖杯だよ。名前は“生命の泉(ユグドヴァン)”、園芸にちょうどいい小さな世界樹から簡単に作れるものだよ。それがどうしたの?」

 鑑定すると無限の魔力やら無限の生命力やらと書かれているが、何てこと無い普通の杯である。僕の〈鑑定〉では何故か聖杯だそうだ。

 多分、これらは僕のスキルレベルが低い事による間違いだろう。でも一応聖杯と鑑定では出るので僕は聖杯と呼んでいる。


「そうです。それ、聖杯ですよね?」

「“水杯”の水を注いだら砕け散ったから、多分鑑定の間違いか名前だけのものだよ。でも聖杯だって思いながら使うと気分がいいんだよね」

 僕はそう言いながら聖杯をコアさんに見せる。


「あっ」

 コアさんに渡そうとしたら手を滑らした。

 慌てて掴もうとするが、また逆に弾き飛ばしてしまった。大きな軌道を描きながら下の街に落ちてゆく。


 何故か途中から体勢を持ち直し、金の光を発しながらゆっくりと降りて行った。

 そして下にいた、一人で世界を救おうと無茶する系の同級生さんの元に授けられた。


「これは、世界の意志? そう、私に協力してくれるのね。こんな私に…ありがとう」

 同級生さんは真剣な表情で笑う。


 聖杯が一際光り、同級生さんとの間に契約が結ばれた。同級生さんの職業(ジョブ)が“見習い女神”になる。


「「…………」」

 そして僕達は沈黙した。


「……マスター、どう考えてもあの聖杯、本物ですよね。寧ろそれ以上ですよね」

 コアさんは疑問形の言葉を断定口調で言う。

「……いや~、先輩達も凄いけど、同級生の皆も凄いみたいだね……」

 とりあえずそう言った。受け入れるにはまだ時間が必要だ。


 まだいっぱい持っているけど、どうしよう? 作るのも簡単なんだよね……。

 きっと女神の見習いとは、学校のマドンナ候補的な意味なのだろう。そうしよう……。



 僕は気晴らしに再び学都を見渡す。

 するとユジーラ達変態眷属の温泉が目に入った。先輩達が疲れを癒しに続々と入っている。

 ちょうどいいし縁結びでもしよう。


 まずは観察。

 温泉は男湯女湯に別れているようだ。都会のトイレは四つに部屋が別れていたが、ここは違うらしい。

 そのせいか多少の問題が生じていた。


「お姉さま、お背中お流し致しますわ」

 お嬢様でテイマーなフィリーゼ先輩はそう耳元で囁きながら、テイマーで培ったであろう手つきで、素手で勝手に同じくテイマーのミレーゼ先輩を洗う。

「や、止め、何処を触っている!? そこは、せ、背中とは逆ではないか!? 揉むな! 止めろ~!」

 真面目で優等生風の厳しそうなミレーゼ先輩だが、このままだとテイムされてしまいそうである。


「あら~、お風呂ではタオルを外しなさぁ~い。大丈夫、女同士で恥ずかしがることないわぁ~」

 と商学部ではなく娼学部という部活所属の、色気ムンムン肉感的なサキュバス族のメネネイラ先輩。因みに処女である。

 そんな先輩は大き過ぎる程の胸を隠すマッドでないタイプの薬師、テルル先輩のタオルをグイグイと引っ張る。その抵抗する挙動を愉しみながら。


「いやぁで~す! 放してくぅだぁさぁい!」

 対してテルル先輩は必死で胸のタオルを抱え込むように押さえる。

 しかし全裸で両手が自由なメネネイラ先輩に負けてしまい、タオルは剥ぎ取られてしまった。


「ンッ……」

 テルル先輩は顔を赤くしながら俯く。

 一方のメネネイラ先輩は。

「きゃっ!?」

 と初に顔を赤くしながら両手で自分の顔を隠す。その指の隙間からチラチラとテルル先輩の裸体を伺う。

 何故同性の裸にも耐性がないのに脱がしたのだろうか?


「クフフフ……」

 テルル先輩は怪しく笑い始めた。そして顔を上げ両手を解放する。

 その顔は何故か興奮で高揚しており、顔を赤くし目に怪しい光を宿していた。

「あなた様のお気持ち、深く理解いたしました。最後までお付き合い致しましょう」


 テルル先輩は素早くメネネイラ先輩の後ろに移動し、彼女の豊満な胸に手を伸ばしてそのまま揉み始めた。

 形勢は完全に逆転し、メネネイラ先輩は公衆の面前で出してはいけない声をあげる。


 視れば他にも経緯はどうあれ百合百合しいくなっている人が多かった。


 ……男湯も視てみよう。


 早速異常な光景が目に入った。


 アベル先輩達、四年十二組の先輩達がベルグラン先輩に怯えていた。


「や~ね~。皆そんなに固くなっちゃって。いくら私が男好きだからって好みじゃない子を襲わないわよ」

 とオネェ系カリスマ美容師のベルグラン先輩。

 普通の人はまず、好みの人でも襲わないと思う。


「俺達はお前の好みなんだろ!? この前しっかり聞いたぞ!」

「どこに安心できる要素があるんですか!?」

「衛兵科の人か衛兵部の人を呼びますよ!」

「お前が衛兵科だろ。後は頼んだ!」

 と先輩達は肩を寄せ合い震えながら、生贄を出した。

 先輩達の今の体勢も腐った人が喜びそうだが、その辺はいいのだろうか?


「ちょっ!」

 衛兵科のエディック先輩が先輩達の塊から押し出され、ベルグラン先輩の前に捧げられた。

 すかさず、ベルグラン先輩はエディック先輩の肩に手を回して逃げられないようにする。


「ふふ、まずはエディックちゃんね」

「ヒィッ! 何をするつもりですかっ!?」

「や~ね~、恥ずかしいこと言わせないでちょうだい」

「本当に何するつもりですかっ!?」

 見た目だと衛兵をしているらしいエディック先輩の方が、美容師のベルグラン先輩よりも当然鍛えられているが、何故かエディック先輩は動けないでいる。


「大丈夫、公衆の面前で変な事はしないわ。ただ毛を切るだけよ」

 怯え続けるエディック先輩にベルグラン先輩は、いつの間にか手に鋏を持ちながらそう言う。何処から取り出したのだろうか?

 因みにベルグラン先輩は腰にタオルも巻いていない。男湯は変態眷属ユジーラの方針でタオルの持ち込みは禁止のようだ。尚、タオルを巻いて温泉に入ろうとすると変態眷属に拐われてしまう。


「それなら、でも俺はベルさんに切ってもらったばかりですよ?」

 ほんの少しだけ安心したエディック先輩は髪を指差してそう言った。


「あら~、毛なら在るじゃない」

 ベルグラン先輩は視線をエディック先輩の下に向ける。

「――ッッ!!!?」

 その視線の先に気が付いたエディック先輩は激しく動揺した。どうやったら出るか分からない叫びをあげる。


「助けてーー!! 誰かーー!! 俺達仲間でしょーー!?」

 激しくベルグラン先輩の腕の中で暴れるが、ベルグラン先輩の拘束はびくともしない。

 助けを求められた先輩達も動こうとはしない。

「ありがとう。お前の犠牲は忘れない。自己犠牲を厭わないお前は、立派な衛兵だった」

「エディック、お前ってどの宗教だ? 葬儀はその宗教式でやってやる。安心しろ」

「礼服はどうしましょうか?」

 もはやエディック先輩を死んだ人扱いだ。


「この人でなしがぁーー!! ベルさんも止めてください!! こんなことして何になるんですか!?」

「ちゃんと意味が有るわよ。戦闘前の強化よ、強化。主に精力がとてもパワーアップするわ」

「そんなもの強化して何になるんですか!?」

「あと、ナニがとは言わないけど、大っきく見えるようになるわよ」

 ベルグラン先輩はエディック先輩のすっかり縮み上がったモノに視線を向けながらそう言った。


「…………」

 途端エディック先輩は静かになり、自分のソレとベルグラン先輩のソレを交互に見る。

 そして暗い顔になりながらこう言った。

「……お願いします」


 他の先輩達もベルグラン先輩のソレと自分のソレを見比べて。

「……俺も頼もうかな?」

「「「……俺も」」」


 皆オネェ系の先輩にナニがとは言わないが負けているのは嫌なようだ。恐怖に勝るほどに。



 兎も角、どちらの温泉も非常に不味い。

 このままだと同性同士で結ばれてしまいそうだ。子を作ってもらえなくなる。


 とりあえず異性とふれ合わせなければ。


 あの男湯と女湯の壁、邪魔だな。


 僕はその壁を意識して砕く。

 学園の設備だと怒られそうだが、僕の眷属が作った温泉のものだし壊しても問題ないだろう。


 50メートルはあった温泉の壁は崩壊していく。

 この壁は元々竹製で3メートル程の高さだったが、いつの間にか先輩達が自主的に強化し鋼鉄スパイク付の堅牢なものへと変わっていた。しかしそれもあっさりと崩れさってゆく。

 あっ、先輩達の強化したものなのに壊して良かったのかな? まあ、眷属の温泉にあるからいいだろう。うん、そうしよう。


「ギィャアァーーー!!」

 そして壁の崩壊と共に、そこを必死に登っていたイタル先輩や他数名の先輩は落下していく。


 温泉内の騒ぎで壁の崩壊に気が付いていない先輩達も、落下する先輩達の声でそこを見る。

 ガラガラと積み重なってゆく残骸の山、それによって生じる土煙、全裸で落下してくる覗き魔未遂。

 先輩達は時を停めてそれらを眺めた。


 瓦礫がまだ男湯と女湯を分けている。

 これも邪魔だ。消しておこう。


 壁の瓦礫は光の粒子となって消え始める。

 そして覗き魔未遂達が地面に激突するのとほぼ同時に、それぞれ壁の向う側が姿を現す。


「「「「「…………」」」」」


 まだ先輩達はこの事態を呑み込めないようで、暫く呆然と対の方向を見続ける。

 そしてそーと、自分を眺めて再び壁の向う側を確認した。

 まだ湯気と水の音がなければ写真としか思えない程の停滞した時間が続く。


 その間に地面に突き刺さっていた、何処ぞかの覗き魔未遂が起き上がる。


「ブフッ、本物の女の裸だあーー!! ついにやったぞぉーー!! ヒャッハァーー!!」

 この鼻血を滴ながら叫ぶイタル先輩が、元女湯に飛び込もうとした事でやっと時が動いた。


「「「キャァーーー!!」」」

「「「いやぁぁーーー!!」」」


 と胸や股、股間を隠して恥ずかしがる先輩達。

 少々女々し過ぎる隠し方をする男性陣が結構いるが、多分先輩達の中ではまともな部類の人達なのだろう。


「「「キャッ!」」」

「「「わっ!」」」


 とびっくりした振りして同性に抱き着く先輩達。

 手が運命デスティニー〈ラッキースケベ〉を持っていないと行かないような、有り得ない箇所に行っている。しかも動いている……。


「「「見たいのね!」」」

「「「見たいんだな!」」」


 と堂々と…嬉々として見せる先輩達。

 あまりに見せようと興奮しているが為に、異性の事はあまり見ていない。見せる事に重点を置いた筋金入りの人達だ。

 この学園、露出狂に近い人が多い気がする。【露出卿】のせいかな? どちらにしろ“露出教”の信者が多そうだ。


「「「……」」」

「「「……」」」


 と無言で瞬き一つせずに鼻血を流し続ける先輩達。

 何処か死ぬ覚悟と清々しさを感じる。これから何があっても後悔はないと言う感じだ。とても綺麗な目をしている……。


「「「……壁が壊れた」」」

「「「……壁が消えた」」」


 と男女の温泉が繋がった事には無関心な先輩達。

 ただ壁に起こった変化にのみ注視している。

 身体を隠している先輩達も少ない。隠している人もマナーだからとしか考えていなさそうだ。


 さらに時は動き、騒ぎは大きくなる。


「ヒャッハァーー!!」

「せいっ!」

「やあっ!」

「とうっ!」


 まず元女湯に飛び込んで行ったイタル先輩が女子からの制裁を受けた。

 滞空中に蹴られ叩かれ殴られ吹き飛んでゆく。

 因みにこの際イタル先輩のご褒美的な展開は無かった。皆タオルで身体を隠し肌を晒す事なく、余計なところにタッチさせる事もなく撃退していた。


「ブヘェーー!!」

 尚、情けない悲鳴をあげながら吹き飛ばされたイタル先輩は満足そうな顔をしていた。

 そう言う被虐的な趣味があるのか、先輩達の激しく動きながらぎりぎり隠す姿が気に入ったのだろう。どちらにしろ変態は最強だと思う。


 そしてイタル先輩は熱湯温泉に頭から不時着した。

 無様に湯から下半身を出し見苦しいモノを晒している。


「アバァバァブバッッ!!」

 先輩はもがく。どうやら頭が風呂底に嵌まっているらしい。

 必死さが伝わって来るもがき方だ。まあ、熱湯と窒息のコラボだから当然かな?

 どちらにしろ変に動く事で余計に見苦しい。


 そう言えば何故熱湯温泉が常備されているのだろうか?

 視れば氷冷泉、果ては熔タングステン温泉や液体ヘリウム冷泉まである。流石に熔アダマンタイト温泉や液体エーテル冷泉は無いがやり過ぎだ。

 入る人なんか居ないだろうに何故? 僕達の眷属は不思議だ。


 あ、よく視たら入っている人がいる……。

 主に人種の龍や人種の精霊の先輩達だ。種族からして普通ではない。特に竜人でも龍人でもなく人種の龍なんて存在自体知らない人の方が圧倒的に多いだろう。会うことなんてほぼ不可能だと思う。

 都会って凄い。後でサインを貰って来よう。


 そんな先輩達は、騒動に眼もくれず極楽気分を味わって居た。

 まあその存在から考えたら、そこに居る事よりも不思議ではないのかな? 僕の常識が狂ってくる。

 温度を考えないにしても、熔タングステンになんかどうやって身体を沈めているのだろ? 先輩の浮力がとんでもない事になる筈なのに。あ、風呂底に取っ手があるんだ……そこまでして浸かりたい?


 ……何故だろう? そんな凄い先輩達を視たらイタル先輩が少し、ほんの少しだけまともに見えてきた。

 疲れたのかも知れない。久々に熔神金の温泉でも掘って暖まろうかな?


「マスター、イタル先輩がそろそろ限界そうですよ?」

 そうこう思っていたらコアさんに声をかけられた。

 確かに先輩のもがき方からして、そろそろ限界そうだ。


「助けた方がいいかな?」

「現実逃避と縁結びの為にマスターが引き起こした事態ですから」

 僕の質問にコアさんはそう答えた。

 そう言えば同級生さんを“見習い女神”にしてしまった現実逃避にこうしていたのを忘れていた。

 女神と名がついても見習いだし、今思えばこの学園の中では大したことじゃない気がする。本物もいるしね……。

 兎も角すっかり忘れていたが、一つ悩み事が解決した。良かった良かった。


「うんうん」

 僕は満足気に頷く。

「マスター、何他の事に満足しているのですか? イタル先輩、このままだと死にますよ?」

「世の中がまた一歩平和に進むね」

 僕はそのままのノリで言った。

 変態が一匹減るようだ。どうせすぐに甦るだろうが、一時の平穏が訪れる。

 コアさんも自分で助けに行かない様子なので、僕と同じような事を思っているのだろう。


 しかしそう簡単に平穏は訪れなかった。

 一人の先輩がふらりとイタル先輩に近づいていく。


「あの~、僕に手を振って呼びましたか?」

 そして顔をイタル先輩の股間に向け、股間に話し掛けるように言った。

 うん、色々とヤバい人だ。


 しかしイタル先輩はそれに当然気が付かない。ただ時と共に激しく足をバタつかせる。

 このままだと無防備な状態で抵抗出来ないイタル先輩が、一方的に襲われてしまうかも知れない。

 まあ、その前に生命活動が一時停止するかも知れないが。


「もしもーし? 寝ているんですか? 死にますよ?」

 ヤバい先輩は尚もイタル先輩の股間に向けて話し掛け続ける。

 今にも人の顔を叩いて起こすように、イタル先輩の大切なモノを叩き出しそうだ。本当にイタル先輩が寝ていると思っているらしい。

 まあ死にかけているのは間違いないけど。


 だがもう少し話しの中身を聞くと、どうやらそんなに変な人じゃないらしい。


「すいません。今僕、メガネ外していて、よく見えないんですよ」

 こしこしと自分の神眼を擦りながらそう言った。

 ただ目が悪かった、いや良すぎて特殊なメガネがなければあまり見えないらしい。


 だとしたら、このまま誤って神眼の先輩、トーリ先輩がイタル先輩の大切なモノに触れてしまっては可哀相だ。

 助けてあげよう。


 え~と、温泉で不自然じゃないようにと。

 そうだ、ついでに縁結びをしてあげよう。



「コアさん、凄いよく滑る石鹸持ってない?」

「凄いよく滑る石鹸ですか? (わたくし)はそんな目で石鹸を見たことないので有るか判りません。

 マスターが作った方が早いと思いますよ? 油も灰もマスターの得意分野では?」

「転ばせる為に態々作るのはもったいない気がして。だから滑る事に特化した石鹸がないかな~て」

「そんな石鹸ないと思いますよ? 普通の石鹸なら魔術で出せますが?」

「う~ん、じゃあそれでお願い」


 また眷属が増える事になった。まともな眷属である事を願おう。


「では“石鹸具象エナロフォスサポー”」


 コアさんは早速魔術を発動した。

 魔術は本来の形になる事なく、当たり前のように眷属として出現する。


「主よ、なんなりと神託を」


 現れたのは初老の大神官風眷属、そして燃え盛る神殿。神殿からは何故か美味しそうな、肉の焼ける匂いがする。


「コアさん、一応聞くね……今どんな魔術を使った?」

 僕は眷属に視線を向けたまま聞いた。

「石鹸を作る魔術です……」

「……どこに石鹸要素があるの?」

「さあ?」

「「……」」


 また変な眷属を生み出してしまったかもしれない。





 《用語解説》

 ・アンミール学園の太陽

 自然現象ではない。

 太陽を創り出せる生徒等が寄贈したもの。長年寄贈され続けて無数にある。

 特別な日、イベント等を除き基本四つの太陽が一日で使われる。

 太陽の軌道は東西南北それぞれ正確に一つずつ配置され、そこから時計回りで昇って行き、元の位置に沈むというもの。

 季節によって毎日絶妙に設置されている。一日たりとも同じ日は無い。朝日や夕日も毎日違う演出がされている。


 アークが見た太陽は四つとも初めからあった太陽で、アンミールからの秘かな歓迎。

 アークの歓迎は後に大々的にやる予定。



 ・生命の泉(ユグドヴァン)

 アークが園芸用世界樹から削って作った聖杯。

 園芸用世界樹はアークが世界樹を同じ力のまま小さく品種改良したものの為、一般的な杯の大きさに関わらず世界樹一本と同等の力を持っている。

 この聖杯に選ばれ所持すると無限に等しい魔力と生命力を得られ、人間の壁を超えることができる。世界を管理することも夢じゃない。



 ・見習い女神

 職業(ジョブ)の一つ。

 女神に成りうる者が獲得できる可能性がある。

 通常の職業ジョブと平行して成れる特殊なもので、これともう一つ別に職業ジョブに就く事が可能。

 職業(ジョブ)と言うよりも第二の種族に近い。

 条件を満たすと女神に成れる。



 ・露出教

【露出卿】レイシャルを信奉し、その教え(全裸)を守る大宗教。

 どんな処にも一人は信者がいると言う。その規模は何宗派にも別れ、それが別々の国で国教になるレベルを遥太古に終えた程。

 永い年月で薄着は着る宗派もある。

 全裸であること以外は、レイシャルが本物の聖人である為、比較的善良な宗教。魔物など人類の脅威を協力して乗り越えよと言う教えで、人類同士が争う事を禁じている。

 その為この宗教が原因で戦争が起きた事は殆どない。


 ただ、全裸を愛し過ぎて変な信者が多い。だがもう一度述べるように脱がそうとする以外は善良。

 一説には争いの元になる部分が全裸に傾いて居るからだとか。


 尚、不思議なことにレイシャル自身は全裸はいけないことと教えていて、教典にもしっかり載っている。

 だが仕方ない場合もあると教えていて、信者はレイシャルへの信仰から自主的に脱いでいる。

 因みに信者でも全裸に抵抗がある者も存在する。



 ・石鹸具象エナロフォスサポー

 石鹸を生み出す魔術。使用者の力量により効果は上昇する。

 スキルでは〈生活魔法〉や〈掃除〉に入る。難易度は高くなく比較的簡単。

 一般人では高品質の石鹸は作れないが、節約には最適。

 石鹸を作るだけの魔術なら他にも幾つか存在する。


最後までお読み頂き、ありがとうございます。

次回の更新も遅くなると思います。申し訳ありません。

次回は一端、モブ紹介の予定です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ