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〈田舎者の嫁探し〉あるいは〈超越者の創世〉~種族的に嫁が見つからなかったので産んでもらいます~  作者: ナザイ
第2章 〈アンミール学園入学〉あるいは〈都会生活の始まり〉

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第二十五話 戦闘準備あるは日常の延長

申し訳ありません。自分でも驚く程更新が遅れました。

実はクリスマス用と大晦日正月用の短編を書こうとしたり、大掃除をしていたらこのような事態に……大掃除中はマスクしないと駄目ですね。


短編はクリスマス用の短編【クリスマス転生】はクリスマスに、残り二つ【金忌きんき黄金都市おうごんとし】【黄金ヶ原(こがねがはら)のダンジョンマスター】はあまり季節は関係無いので本編がある程度進んだら投稿する予定です。

クリスマス用の主人公とヒロインは本編でも次か次の次ぐらいで登場する予定です。残り二つは過去の話なので本編には暫く出ません。


遅くなりましたが、明けましておめでとうございます。


 

 ゴブリン達と先輩達との戦いはなかなか始まらない。


 もう既に皆昼食は終えている。

 しかし先輩達は戦闘とは関係無さそうな別の事をしていた。


「コアさん、何しているんだろう? あれ?」

 僕は視線をその場所から離さないまま聞いた。

「……武器の整備ですね。舞いのようで美しいです……」


 コアさんの視線の先…の近くには巫女のようなエルフ族の先輩が、鏡のような泉に剣を通しては鎚で打っていた。まるで清み渡る鎚の音に合わせて舞っているようだ。


「……そこじゃ無いよ。僕が聞きたいのは――」

 コアさんは僕が全て言い終わらない内に口を開く。

「広大で繊細な魔法陣ですね」


 コアさんの視線の先…の近くには宙に描かれた小さな広場並みの魔法陣が……。


 僕が聞きたいのはこれでも無い。

 コアさんもそれは判っているだろう。

 ただ現実から目を背けたいだけだ。そういう僕も正面から受け入れられないから、コアさんに話しかけているのだが。


「だから直視しよう。僕も直視するから」

「…………散髪に化粧ですね」


 そう髪を切って化粧をしていたのだ。

 何故このタイミング!?


 化粧に関してはまだ理解しよう。どんな所でもするのかも知れない。

 しかし散髪に関しては日常生活でもそう頻繁にするものでは無い筈だ。精々月に一度ぐらいだろう。

 それを態々何故ここで!?


 何か理由があるのかも知れない。

 いや、無きゃおかしい。

 よく視てみよう。



 四年十二組で男女問わず全員がベルグラン先輩にしてもらっていた。

 ベルグラン先輩以外は全員、大きな鏡を向いて大きな椅子に座っている。


「あらー、アベルちゃん、髪質が荒れているわよ? 駄目じゃない、ちゃんとケアしなきゃ。アベルちゃんは炭火で髪が傷み易いんだから。私のあげたトリートメントは残っているでしょ?」

 アベル先輩の髪を梳きながらベルグラン先輩は話しかける。


 内容は髪のお手入れについてらしい。

 田舎者の僕には分からない分野だ。そんな事したことがない。

 もしかしてここに戦闘前なのに散髪している理由が?


「そう言えばもらったな。面倒だから最近は使っていなかった」

 アベル先輩に同調して他の先輩達も話しに加わった。

「俺も同じだ。風呂に時間は掛けない主義でな」

「僕は魔法道具の材料に使ってしまいました。ベルさんの使っているドライヤーがその完成品です」


 男の先輩達は殆どが髪に気を使わないらしい。

 良かった。都会では必ず髪を気にしなくてはいけない等の風習は無いようだ。

 でもこれで都会では髪を凄く気にするから戦闘前に髪を切ると言う可能性が消えた。


「もー、またなのね。何回トリートメントをあげていると思っているのよ? しょうがないわね、お風呂一緒に入ってあげるわ」

 ベルグラン先輩は怒っていないようだ。むしろ愉しそうに恐ろしい事を言った。

「「「これから毎日髪をケアします! だから襲わないでー!!」」」

 言われた先輩達は必死に改心する。


「そんなに怯えなくて大丈夫よ。誰彼かまわず無差別に襲ったりしないから。私にも好みはあるのよ」

 ……言い方からして好みなら襲うようだ。

「因みにあなた達は皆タイプよ。あ~んっ! 何言わせてるのよ!」

 どのみちここにいる先輩達に救いは無いらしい。


 好意を向けられた先輩達はゾッと震えながら髪を大切にすると誓った。


 そんな先輩達の内心を無視して、ベルグラン先輩は髪に鋏を入れる。

 その顔つきは完全に変わっている。余計な力は表情も含め抜け落ち、その全てを髪に向けていた。

 櫛でサラリと舞い上げられた髪は比喩抜きで一本一本丁寧に切られ、先輩達の色とりどりの髪の毛は宙を飾る。


 ベルグラン先輩自身の動きも素早く滑らかで踊っているようだ。

 先輩の動きが速すぎて宙を舞う髪の毛がゆっくり落ちているように視える。まるで舞台を飾る花吹雪だ。


 もはや散髪と言う目的が、これ等を演出する為のついでにしか思えない。

 場所が場所なら一回これを行うだけで、一生分のお金を稼ぐ事も出来るだろう。


 まあ残念な事に、そもそも動体視力の関係でこの芸術を見れる者は少ないかも知れないが。

 この時ばかりは田舎者で良かったと思ってしまった。そのおかげで目が良いのだから。


 先輩の顔に表情が戻る。


「皆、出来たわよ」

 ベルグラン先輩はそう一言声をかけた。

 最後に櫛で整えたりはしないようだ。切り終わった瞬間に完成している。


 数秒で終えたのに凄い。

 僕の村では髪を切る時、村で一番よく斬れる刀に十分以上力を込めて、一気にバサッとヤる。だから首ごと斬られることが多々あるし出来上がる髪形は大雑把だ。

 それなのに先輩は鋏で軽々と、しかも素早く髪を切れて出来上がる髪形も多種多様だ。僕からしたら凄いとしか言いようがない。


 だが幾ら凄くても僕に解ったのは凄いと言うことだけだ。いまだにこのタイミングで散髪をした理由が解らない。


 しかし次の会話でやっと理由が解った。


「おおー、また腕を上げたな。炭がいつもの二割程使い易くなったぞ」

「うん、私もいつもより怠惰に戦えそうだよ~」

「バサスゲイン様の威光をより遠くに届けられますわ」

「大洪水ぐらい簡単に起こせそう」


 どうやら散髪したことにより、先輩達の力は強化されたらしい。

 つまり先輩達はちゃんと戦闘準備をしていたのだ。


「もー、あなた達。喜んでくれて嬉しいけど、髪形についても何か言ってよね。強化度合しか気にしないんだから」

 ベルグラン先輩は少し拗ねる。

 確かに先輩達は効果ばかりを喜び髪形については触れていない。


「良い髪形だな」

「素敵」

「素晴らしい」

 どうやら興味が無いらしい。


「もー、お化粧をするわよ」

 このやり取りに慣れているのかベルグラン先輩はすぐに気を取り直しメイク道具を手にした。


 またベルグラン先輩から表情が抜ける。

 そして凄い速さで道具を持ち変えながら丁寧に素早くメイクを施していく。僕は勿論、村の皆も化粧はしないからこの光景は新鮮だ。

 そしてこの一連の動きも十分綺麗で凄いが化粧の完成形もおもしろい。


 元々先輩達が持つ良さを引き立てている事は勿論、その形式が多種多様なのだ。

 素っぴんに近い薄い化粧から演劇をするかのような濃い化粧、隈取りのような化粧等の絵を書いたような化粧まで色々とある。

 視ればこれ等全ても様々な効果を持っているようだ。中には魔法式の一つ、魔術回路を書かれている先輩もいた。


「これで完成よ」

 ベルグラン先輩は表情を戻し伝えた。


「おお、いつもありがとな」

「自分では化粧など絶対にしないが、やはりたまには良いな」

「力がみなぎってきます!」

 と効果を確かめながら言う男性陣。


「まず鏡を見なさいよね。何で強化能力の方にしか興味が無いのかしら」

 ベルグラン先輩は溜息混じりに呆れている。


 一方の女性陣は。

「今朝もしてもらったばかりなのに悪いわね」

「毎日ありがとうね」

「ワタクシの美貌だけでもゴブリン程度倒せそうですわ」

 口ではそう言っているが、鏡をチラ見しただけでこちらも強化のチェックをしている。


「どうしてこうもうちのクラスは美容に興味のある子が居ないのかしら?」

 ベルグラン先輩は頬に手を当てながらまたも溜息を吐いた。



「コアさん、実はちゃん先輩達は準備していたんだね」

 最初は目を背けたい異様な光景だったが、よく視てみればとても素晴らしい戦闘準備だった。

「はい、先程までの認識について謝罪したい気分ですよ」

 コアさんも僕と同じように感じたようだ。


「他にも変な事をしている先輩達が居たけど、皆理由があったのかな?」

「恐らくそうでしょう。きっとその先輩方も素晴らしい技術をお持ちの筈です。偏見を持たずに視てみましょう」

「そうだね」


 僕達は目を反らさずに全てを視ることにした。


 まずはマッサージをしている先輩達。三年二組だ。


 マッサージをしているのは踊り子のような格好をしたアイリ先輩。〈凝解術〉というスキルの達人らしい。

 今されているのは箱入りご令嬢のナナリア先輩。半裸でベッドにうつぶせになり、その上に布がかけられている。


「はぁ~はぁ~、どう? キモチイイ?」

 アイリ先輩は軽く息を荒くしながらゆっくり滑らかにオイルを塗りながらナナリア先輩を揉む。

「あっ、あんっ! そこぉ~、そこが、んっ! 良いですぅ~、あんっ!」

 ナナリア先輩は悶えながら喘ぐ。


「うふふ、ここ、かしら? 」

「あ~んっ! そごですぅ~」

「あら~、そんな重たいものを胸に付けているから凝っているんじゃないのかしら? 揉んであ・げ・る」

 そう言ってナナリア先輩の豊満な胸を――――。

「やっ! あんっ! 効くぅ~!」


 これ、マッサージだよね? 何故だろう? とてもゆりゆりしい。これが都会のマッサージ?

 兎も角ナナリア先輩の力が強化されているから戦闘準備に間違い無い。


「おーい、こっちも早く頼む」

 アイリ先輩が夢中でマッサージをしていると一人の先輩が声をあげた。しかし時間が無いから早くしろ等の意図からでは無いようだ。


 その先輩、ケテル先輩の顔は紅く息も少し荒い。心臓の音も早かった。

 どうやらうつ伏せになり、しかも隣が見えないようにカーテンで遮られていることにより、アイリ先輩達の声でいやらしい妄想をしてしまったらしい。

 その目にはどこか期待が詰まっている。


 耳を澄ませば「父さん母さん弟妹達、俺は今日、大人になります」と呟いていた。


「良いところだったのに……まあ良いわ、マッサージしてあげる」

 アイリ先輩は不機嫌そうにケテル先輩の方へ来た。

 そんなアイリ先輩の様子に気付かずにケテル先輩は全力であいさつをする。

「お願いしますっ!! 俺、初めてだけど、頑張りますっ!!」

 うん、間違いなく勘違いをしている。


「はぁ? 私がやるんだけど?」

「はいっ!! それでも十分ですっ!! ありがとうございますっ!!」

「…………?」

「早速お願いしますっ!!」


 アイリ先輩は困惑しながらも両手をケテル先輩の腰に添える。

 ケテル先輩の心拍数が上った。期待感が溢れだしている。


「じゃあ始めるわよ」

「ゴクリッ……」


 ゴリッ! ハギッ! ゴリリッ!


「――――――ッ!! イッッギィャァァーーーーッ!!」

 ケテル先輩のゴブリンにまで響き渡りそうな悲鳴が轟いた。


 バギッ! ビギッ! グリョッ!

 ケテル先輩の身体からは絶対にしてはいけない音が出ている。

 アイリ先輩のマッサージは先程までと異なり、うどんを捏ねているようだ。これではこんな音が出ても不思議ではない。


「アァァァーーーーッ!! グゥァァァーーーーッ!!」

 ケテル先輩はみっともなく泣き叫ぶ。その全身からはブワッと大量の汗が吹き出し、暴れようとするが身体が力強く動く事はない。どうやら一時的に動き難くなるツボも押しているらしい。

 拷問でも受けているようだ。苦痛に関しては変わらないかもしれない。


 視たところケテル先輩が強化されている事には間違い無いが、痛みと釣り合っているのかは疑問だ。

 そもそも何故こんなにもマッサージの種類が違うのだろうか? ナナリア先輩は気持ち良さそうだったのに?


 兎も角、マッサージのような拷問…拷問のようなマッサージはケテル先輩が気絶するまで続けられた。


「……ふぅ、次は誰かしら?」

 アイリ先輩はごく普通の声音でそう言うが、ケテル先輩の叫び声を聞いていた他の先輩達は揃って震え上がった。


「わ、吾が輩だが、え、遠慮する。いや、遠慮させてくれたまえ!」

 恐怖で上擦った声をあげるのは、ミラス君に触腕を生やさせようとしていた呪薬研究部のフィリアリス先輩。


 マッサージを受ける為に黒ローブを脱いでいて、中身は何故その服装で居たのか不思議でならない程の美少女だった。

 服装と口調を変えればお姫様や聖女と言われても納得してしまいそうだ。

 ……実際にそうだと言う部分は視なかった事にする。


「そんな事は言わないで、ハァハァ」

 フィリアリス先輩の意思を無視してアイリ先輩はカーテンの中に入ってきた。

「ヒィッ!」

 アイリ先輩の怪しい荒い息使いと、開いたカーテンから一瞬見えた気絶したケテル先輩に、フィリアリス先輩はたまらず短い悲鳴を上げた。


 フィリアリス先輩は人を恐怖に陥れる側だったのに今は逆だ。

 因果応報というやつだと思う。


「やめてくれたまえーー!」

 フィリアリス先輩は逃げ出そうとするがその前にアイリ先輩が長い針を飛ばされ動けなくなった。

 そっと背中に手が添えられる。

「ヒィィィーーッ!!」


 もみもみ、もみもみ。


 僕が期待していた展開にはならなかった。


「あれ? あんっ! そこっ! あっ!」

「ここかしらぁ~?」

「そこ良いっ! あっ!」

 ナナリア先輩の時のように甘い空間が広がる。

 苦痛の表情など全く無い。とても気持ち良さそうだ。


 強化もしっかりとされている。

 強化度合はケテル先輩の時と変わらない……。


 暫くマッサージが続くと他の先輩達の態度も変わった。

 恐怖を忘れてマッサージを心待ちにしている。特に男性陣なんかは胸を高鳴らせている。

 現金な人達だ。


 我慢出来なくなったの一人がまた声を上げた。


「お、おい、あのその、そろそろ俺も良いか、ですか!?」

 挙動不審ながらも何故か目だけは真っ直ぐだ。


「チッ、良いわヤってあげる」

 アイリ先輩はとても不機嫌そうにフィリアリス先輩のマッサージをやめた。

 そんなアイリ先輩の様子に桃色の妄想をしているカガラ先輩は気が付いて居ない。


「やっぱりヤってくれるんですね! だな!」

 ただ勘違いを続けている。


 それにしても口調が定まっていない。どうやらこのクラスは集まったばかりらしい。

 アベル先輩達のクラスはしっかり協調していたからクラス替えは任意だったりするのかな?


「さて、マッサージを始めるわよ」

 カーテンの内側にアイリ先輩は入っていく。その拳には長い針が何本も挟まれているがカガラ先輩はこれも気が付いていない。


「お願いちまっふ!!」

 緊張で噛んだ。もはや憐れである。


 でも針治療は痛く無いと聞く。もしかしたらまだ希望があるかもしれない。


 ズスススッ!

 まずはカガラ先輩の四肢に長い針が刺さった。


「アガァァァーーッ!!」

 当然のように絶叫する。希望など無かった。

 それどころか針はカガラ先輩の四肢を貫通し、ベッドの板に突き刺さってる。憐れな獲物のカガラ先輩に逃げ道は無い。


「やっぱいいですっ! もういいですっ! 止めて許して開放してーーッ!!」

 カガラ先輩は現実に戻ってきた。そして慈悲を乞う。変な妄想をしていたせいでこうなったと思っているのだろう。

 僕はなんとなく違う理由からだと思う。


「じゃあゆっくりと施術してあげる」

「やめッ!!」

 カガラ先輩の思いなど何のその、アイリ先輩は長い針をゆ~っくりと刺してゆく。


「痛い痛いイダーイ!!」

「あらそう。だったらもっとゆ~っくり刺してあげる」

「ま、待て、ヤるならせめて一思いに!」

「解った。一思いにヤってあげる」


 ブスブスブスブスッ。


「アッギャァァァァーーーーッッ!!」

 カガラ先輩はハリネズミになる。

 そしてそのまま白目を剥き泡を吹きながら気絶した。


「さて、順番からすると次は女の子ね。ふふふ」

 不機嫌そうな態度から一転、愉しそうな雰囲気になった。


 そしてまた女の先輩との間に甘い空間を構築する。

 それを羨む男の先輩が痛い目に遭う。

 この流れが最後の先輩まで続いた。


 因みに最後の先輩は男の先輩だ。流石に流れが読めている筈なのに拒む事なく自分から求めていた。

 しかも「俺は最期まで諦めない! 希望の光りが消える事は無い!」とか叫んでいた。勇者の癖だと信じたい。


 男とは馬鹿な生き物だと同性ながらも思った。


 女性陣は強化にお肌ツルツルなどのおまけ付き、男性陣は強化と痛みによる気絶のおまけ付きで今は寝ている。

 不思議な事に男の先輩達は針を抜かれても血が流れる事なく、灸を据えられても火傷した様子は無い。

 しかし寝ている事には違い無い。


 これ、大丈夫かな? 戦力ダウンしているように視えるけど?


「コアさん、やっぱりただ変な先輩達も居るのかもよ?」

「戦いが始まるまでは信じてみましょう。それにここは都会ですし」

「そうだったね。偏見を持たないで信じてみるよ」

 あれ? 偏見の意味って何だっけ? ……あー、都会って凄いな。


 兎も角先輩を信じる事にした。

 全員で歌って踊っている先輩達も、組体操のポーズを決めている先輩達も、写真を撮っている先輩達も、わざとらしく笑っている先輩達も、きっと意味のある行動をしているのだろう。


 そしてこれから戦場になる草原の中心で温泉に入っている人達も……変態眷属達、そこで何しているの?



 僕は視てはいけないものを視てしまった。


「……コアさん、あれ?」

 僕は茫然としながらコアさんに教える。

「な、あれは(わたくし)達の眷属ではありませんか! いつのまに!?」

「いや、そこじゃなくてその先……」

 僕は指差す。


「……ゴブリン、増えてますね」


 先輩達が戦闘準備をしている間にゴブリンの数が明らかに増えていたのだ。倍以上になっているかも知れない。

 しかもゴブリン達の居る場所が元よりさらに堅牢な城砦と化していた。その出来は土が石に変り、ゴブリン王国の首都と呼んでも問題無い程である。


 先輩達が自分達を強化している間にゴブリンも戦力を強化していたのだ。


「コアさん、先輩達よりもゴブリンの方が戦力強化に成功していない?」

 僕はゴブリンを眺めながら呟く。

「き、きっと先輩方はそれを考慮して戦闘準備を行っていたのですよ。だからそんな事は無い筈です」

 コアさんは何処か遠くを視るようにそう言う。


 増えたゴブリンの大軍に、戦闘準備を終えた先輩達も気付き始めた。そして驚き過ぎて茫然と立ち尽くす。

 そんな先輩達の様子から他の先輩達も次々とゴブリンの変化に気付いていく。


「先輩達、皆予想外って様子だけど?」

「……はい、ゴブリン達の方が戦力強化に成功していますね」

「「……」」


「まあ、先輩方が間違ったのではなくゴブリン達が異常という可能性も」

 コアさんは笑顔を造りながらそう言う。

 確かに戦闘準備を始めてからまだ一時間も経っていない。

「でもそれ、もっと不味い状況だよね」

「「…………」」


 先輩達は慌てて攻撃準備に入った。


 砦のような壁はより堅牢に、大砲やよく分からない攻城兵器が標準を合せ、各所で巨大な魔法陣が展開される。

 そして改めて強化の魔術等をかける。その強化は先程までのものよりも強い。料理も散髪もマッサージも、やっている事はそう変わらないのに大幅に強化されている。しかも早い。


「……先輩達、今まで手を抜いていたみたいだね」

「一応弁護しますと先程のは長持ちする強化で、今行われたのは強力ですが比較的短時間で効果の切れる強化です」

「それでもゴブリンを甘く見ていた事には変わり無いよね」

「「……」」


 先輩達が攻撃の準備をしている間に、ゴブリンの大軍が先に動き出した。

 砦から割れたビンから漏れる液体のように、大量のゴブリンが溢れ出す。出ていくのは全て普通のゴブリンだが凄まじい数だ。


 砦の高台にはゴブリンアーチャーが矢を構え、所々には原始的なカタパルトが発射準備されている。


 そしてそれらが放たれた。

 矢もカタパルトの岩も遠くに飛ばす武技で先輩達の壁まで到達する。



 こうして戦いの火蓋が落とされた。






 《用語解説》

 ・理容術

 散髪、化粧などに関するスキル。

 このスキルの存在を知る者は少なく、所持する者は極僅かだが特殊なスキルという訳ではない。獲得しようと思えば他のスキルと同程度の難易度で獲得できる。

 しかし家庭生活での散髪や化粧では一生獲得できない。仕事と言える頻度と腕前が必要である。

 殆ど知られていないが相手を強化する事もできる。


 昔は髪を上手く切れる鋏等が高価だった為に理容師という職業と共に広まっていたが、生活魔法の指をチョキにして髪を切れる“散髪”の開発で共に廃れてしまった。

 混同しやすいスキルに〈美容術〉というものがあるが全くの別ものである。

 因みに所持していてもオネェ系になったりはしない。


 使い手で有名なのはエルセ地方の【グランバーバー家】である。



 ・凝解術

 マッサージなどに関するスキル。

 読みは“こりほぐしじゅつ”、何故か針や灸に関するスキルでもある。このスキルも知名度が低いが特殊なスキルではない。

 相手を強化したり回復できるが、他の魔術で代用できる為に〈理容〉スキルよりも使い手が少ない。

 一時期魔術の不得意な者の回復手段として広まった事もあるが、時間が掛かり重傷には効かない為に廃れてしまった。


 実は武技が多数あり、戦闘でかなり役に立つ。


 使い手で有名なのはミネサスカ王国の【エルマサージュ家】である。



最期までお読み頂き、ありがとうございます。

今年もよろしくお願いいたします。

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