第十六話 害獣退治あるいは武器開発
今回は少し戦闘があります。
僕はまだ階段を降りていた。
日は完全に顔を出してから暫く経つ。
「コアさん、この階段一体何段あるの?」
「知らない方が良いですよ。少なくともドラゴンでも踏み外したら命は無い程度はあります」
そう、この階段はとんでもなく長かったのだ。降り始めた時は興奮して気が付かなかったが、先の方の段差が見えずに一本道に見える程長い。
しかも最後まで真っ直ぐ単調で、転がり落ちたら下まで行ってしまう作りになっている。それこそドラゴンでも命が無いどころか、下まで着く頃には原型を留めていないだろう。
「そんなの視れば判るよ。誰、こんな不良品造ったの?」
「さぁ、私が存在する前から在りますから、鳥居を造った方ではないでしょうか? どちらにしろ降りるしかありませんし、そんなこと気にせずに景色でも楽しみましょう」
鳥居造った人ってどんな人だったのだろうか? 鳥居も凄いけど大き過ぎるし、何かの封印だとしても何かが足りない気がする。階段にいたっては使い物にならない。完全に労力の無駄だ。
無駄に凄い人だったのかな?
「確かに不毛だね。でも流石に時間が掛かりすぎそうだし、飛んで降りる?」
コアさんの提案通り不毛だったので、階段について考えるのを止めた。しかし景色なら下でも視える気がするし、長時間階段に居るのは怖いので早く降りたい。
「……出来たのですね」
コアさんは呆れた視線を僕に向ける。目がもっと早く言えと言っている。
「特別な場所じゃ無い限り何処でも飛べるよ。コアさんは出来ないの?」
僕は暗にコアさんも普通に飛べると思っていたと伝える。
眷属達も飛べていたし、英雄譚でも空を飛べる人は多い。コアさんなら出来そうだ。
「私は元ダンジョンですよ。飛べる訳が無いではありませんか。魔術でも恐らくここは飛べませんよ」
ごもっともな答えが返ってきた。ここって魔術で飛べないんだ。
「そうなんだ。じゃあどうする? このまま階段を降りる?」
「いえ、マスターが出来ると判れば大丈夫です。恐らく私も飛べるでしょう」
「……ん? どういうこと?」
理解が追い付かなかった。
「この身体がマスターの分身のような存在だからです。元々私はマスターの力の一部のようなものですからね。この身体はマスターの力で出来ているのですよ。つまりマスターが出来ることならば、多少マスターには劣りますが私にも出来ます」
「だったら何で始めから出来るって言わなかったの?」
今度は僕がコアさんに半眼を向ける。
結局コアさんにも出来るのなら、呆れたような視線を向け無いで欲しかった。同罪だよね。
「それはマスターに何が出来るのか判らないからですよ。実際にやってみるかマスターが出来ると知らないと、私にもこの身体で何が出来て何が出来ないか判らないのです」
「そうなんだ疑ってごめん。じゃあ一緒に飛んで降りようか」
僕達は思いっきりジャンプした。
「「ギィィャヤヤァァアアーー」」
そして盛大に絶叫した。
「マスターの嘘つき!! 飛べないではないですか!!」
「ふ、普通の所なら飛べるんだよ! 多分ここの製作者が! 皆この階段を無視して飛ぶと予想して! 変な魔術か何かを掛けていたんだよ!!」
そう全然飛べなかったのだ。
凄い勢いで落下中である。
「何て性悪な製作者なのですか!!」
「本当だよ!! これ! 完全に殺しにかかってきてるよね!!」
「マスター! 生きていたらこの階段! 粉々に破壊してヤりましょう!!」
「死にかけの時に言う言葉じゃ無いと思うよ!! でも同感だよ!! 破壊してヤろう!!」
「「ギィィャヤヤァァアアーー」」
そう約束して、僕達は落下を続けた。
──ドッシャーン──
「ゲフンゲフン、いてて、コアさん無事?」
大の字に正面から地面に衝突してしまった。土だらけだ。
パンパンと土を払いながら起き上がる。
横を見るとコアさんも同じ体形で地面に寝転がって居た。もぞもぞと動いているから無事のようだ。
「あの高さから地面に衝突して無事だと思いますか? 全然無事じゃありませんよ!」
落ちてきたばかりなのに、もう文句を言っている。元気そうでなによりだ。
土は半透明になり全て落としている。
「さて、ヤろうか」
「ヤりましょう」
「“運命崩壊”」
「“運命子砲”」
起き上がってすぐにもかかわらず、僕達は手っ取り早く放てる最高威力の攻撃を階段に向け放った。
僕は崩壊は誘発する幾本もの槍のような白雷を放つ。
白雷から枝分かれする細かな白雷はそのまま世界の亀裂となり、理解出来ない程の威力に増幅される。
そして階段に吸い込まれるように白雷の槍が消えると、全ての白雷も一瞬の幻影だったかのように消え、次の瞬間全てを呑み込む大爆発が起きた。
コアさんは周囲からかき集めた運命子を破壊の力に変換し、単純無比の破壊の激流を階段にぶつけた。
通り過ぎた場所に在った全てを同じ力に変換しながら、それは階段で大爆発を起こす。
階段付近は極光で何も見えないが間違いなく破壊は成功だろう。
そして極光が消え、視えるようになった。
其処には何事も無かったかのように、無傷の階段が存在していた…………。
後ろの山には特大のクレーターが生じている。外した訳ではない。
階段だけがきれいに残っている。
何……この階段…………。
「……さっさと進もうか」
「そうしましょう」
僕達は逃げるように空を飛行した。
あー、草原って飛び易いな……。
階段が見えなくなった場所まで飛んでいったことで、やっと心が落ち着いてきた。
「コアさん、いつか必ずあのふざけた階段を壊そうね」
「はい、絶対にヤってやりましょう」
今では怒りと屈辱を覚悟に変えて原動力の一つにしている。
「それにしても此処は凶暴な動物が多すぎない?」
僕は“雷神樫”で作った槍を雷霆と共に投げつけ、巨大な狼のような動物を葬りながら、一緒に飛んでいるコアさんに話しかけた。
「それがこの領域の特徴ですよ。その動物は原獣といって、それがこの領域を守っています。私達を見つけ次第襲いかかってきますよ」
「へぇー、あれ原獣って言うんだね。僕の村の動物と似ていたから普通の動物だと思ったよ。この領域は原獣を全部倒さないと進めないの?」
「いえ、仮に一匹も倒さなくても先に進めますよ。その代わりに襲いかかって来るのですよ」
巨大な鹿のような原獣の周囲に灼熱の領域を展開し、原獣を葬りながらコアさんは答えた。
話している途中も原獣は絶え間なく襲いかかって来る。
確かにこれなら態々次の領域に進む条件をつける必要はない。
「此処は神輿じゃ時間が掛かりそうだから、このまま二人で飛んで行った方が良いね」
「そうですね。原獣は一応空も飛べますが機動力が落ちますし、飛行が得意な原獣は数が少ないのでそれが良いですね」
僕が“梛払い”で巨大な鷹のような原獣を、コアさんが空間の断絶で巨大な孔雀のような原獣を真っ二つにしながら今後の方針を決めた。
此処はさっさと突破しよう。
「それでコアさん、この先は魔物が出てきたりする?」
「はい、この次の領域は魔物が出てきます。しかも魔物がその領域のメインなので数も多いですよ」
「どうしようコアさん。僕は魔物に勝てるような力も武器も持っていないよ」
僕は巨大な狼のような原獣の群れを、雷霆と槍の雨で葬りながらコアさんに相談した。
「……力も武器もあるではないですか」
コアさんは雷神樫の槍と僕からほとばしる雷霆に視線を向けながらそう言った。
「槍みたいなのは木を槍の形にしただけだし、雷霆は農業用のやつだよ。動物相手なら兎も角、魔物になんか通用しないよ」
「あのマスター、魔物は原獣よりも遥かに弱いですよ」
コアさんが変なことを言う。
「動物が魔物よりも強い筈がないじゃないか。魔物に僕なんかじゃ勝てないよ」
僕は原獣の密度が高いところに槍と雷霆を投げつけ、そこの大地ごと原獣を消失させながら真剣に事実を言う。
魔物が弱いと思いながら闘うと命を喪ってしまうことになるだろう、英雄譚で偉い人達がそんなことを言っていた。
時に魔物は人類全体を滅亡の危機に追いやったこともあると言う。魔物によって命を落とした人々は比喩抜きで人には数えきれない。魔物とはそういう存在だ。
決して、魔物は甘く見てはいけないのだ。
「私はこのダンジョンを創る時に、奥へ行くほど強力な存在が居るように配置したつもりだったのですが……勘違いだったのですかね?」
僕の真剣な態度にコアさんは考えを改めてくれた。
「そうだよ。きっと勘違いだよ。それで武器が欲しいんだけど、コアさんは何か良いの持ってない?」
そこで僕は本題を言う。
「武器ですか。私は現在宝物の復元を完全には出来ないので、情報を元にした模造品ぐらいしか出せません。それでも良いですか?」
「うん、それでも十分だよ。僕は一つしか武器を持っていないからね」
「……一つはあるのですか。それを使えば良いのでは?」
「武器と言っても村にあった物だから心配なんだよね。僕の村には魔物が出ないし、ずっと使われていなかった物みたいだから」
その武器の他に使えそうなのは、神剣や聖剣、邪剣に魔剣等の飾り物ぐらいしかない。僕の野菜もさばけない、形だけの物だ。
「では比較的扱い易いものから、“金剛剣”です」
コアさんはピョイと手の中に剣を出現させ、僕に渡してきた。
透き通るような剣だ。比喩や反対側が見える程透けているという訳ではなく、透き通った透明色とでも言えば良いのだろうか。奥へ行くほど澄んでいくような、反対側の見えない透明をした剣だ。
「綺麗な剣だね。どういう剣なの?」
僕は受け取った剣を様々な方向から見ながらコアさんに聞いた。
「簡単に言えば極端に壊れにくい剣ですね。金剛という最高硬度の素材を使った剣で、壊れにくい以外には特に効果はありません。私の宝物の中では最下級に近い剣ですが、シンプルで使い易い筈ですよ」
「そうなんだ。じゃあ早速」
丁度良いところに巨大な牛の原獣が襲いかかってきたので、ヒュンと原獣に向かって剣を振るった。
──ドゥォッゴォォオーーーン──
剣が原獣に当たる前に消失し、そのまま大爆発が起きた。
「ケホンケホン、汚いな。コアさん、剣がエネルギーに分解されちゃったけど」
僕は汚い熱で汚れたところを植物の力で浄化しながら、コアさんに軽く文句を言う。
こんなにすぐに壊れるのなら、村から持ってきた剣の飾り物を使った方がまだ良い。少なくとも飾り物は全力で振っても壊れなかった。
「……それ、硬さだけは一流の剣ですよ。何故マスターは振っただけで、それを核融合させているのですか……」
「そこそこ重かったし、核融合じゃなくて核分裂じゃない?」
「そこはどうでも良いです。……もう、武器は必要無くありませんか?」
牛の原獣に目立ったダメージは無い。
それも当然だ。剣で切ったのではなく、ただ汚れた熱を浴びせただけなのだから。
草や大地にも損傷は見られない。
コアさんは何処から僕に武器が必要無いと思ったのだろうか。
「コアさん、他に使えそうな武器は無いの?」
僕は再び襲いかかって来た原獣を、尖らした根で串刺しにしなが聞いた。原獣はすぐに土へと還る。
「……どうしても武器が欲しいのですね。この際自分で作ってみるというのはどうですか?」
「それも良いかもね。早速作ろうか」
こうして武器を作ることになった。
「う~ん、金属の武器は全部駄目だったね」
お爺ちゃんに貰った特製の鎚を握りながら言う。
様々な素材に鎚を一振りして多種多様な武器を作ってみたのだが、全て軽く使ってみるとエネルギーに分解されてしまった。
「武器では無くマスターに問題があると思うのは私だけですかね」
コアさんはそれに対して失礼なことを言ってくる。
「ち、違うよ。田舎の武器だからだよ。僕の技術でもコアさんの技術でも都会の武器が作れなかっただけだよ」
「そうですか?」
コアさんが首を傾けながら聞き返す。
「そうだよ。コアさんもあの忌まわしき階段の上から視た景色に圧倒されたでしょ。都会を視ただけでそれなんだよ。都会の技術はきっとそれ以上に凄いんだよ」
「そう言われてみれば……凄い、のかもしれませんね」
「そう、都会は凄いんだよ」
「では武器はどうします? 植物はマスターが振るっても破壊されないので、もう植物で作るしかないと思うのですが」
「無いよりは有った方が良いね。都会に出るまでそれで我慢しようか」
ゴミを撒き散らす金属の塊よりも、竹槍の方が何倍もましだ。ゴブリン程度だったら倒せるかもしれない。
「槍はあの雷霆を纏っていたものがありますよね。危険な魔物を相手にするのなら、遠距離から攻撃の出来る武器が良いと思うのです。武器を作るなら弓矢が良いと思うのですがどうですか?」
「遠距離武器か、良いね。でもどうせ作るなら銃にしようか」
弓矢よりも数十倍格好いい気がする。
「……木製の銃ですか? 出来るのですか?」
コアさんが何言っているんだコイツとでも言いたそうな目を向けてくる。
「どちらにしろ木製で僕達の技術だと大した物は出来ないから、作るなら格好いい方が良くない?」
「そんな理由ですか……まあ良いのではないですか。武器が無くてもマスターならどうとでもなりそうですし……」
まだコアさんは魔物を舐めているようだ。一度は危険性を理解した筈なのに、武器を壊してから魔物を軽くみている気がする。
ここはコアさんの分も僕が備えておかなければ。
あっ、また原獣が襲いかかって来た。
「“瞬間魔剣鍛冶”」
手に持っている鎚で無限収納から取り出した釘を、原獣に向けて打ち飛ばす。釘の当たった原獣は紅蓮の爆炎に火葬される。
鎚の一振りで釘を爆炎の魔剣にしたのだ。
「……本当に武器は要りませんよね」
「さて、銃を作るなら材料はどんぐりの木が良いかな」
コアさんの発言を聞かなかったことにして作業を開始する。
まずは銃の材木選びだ。
「何故ですか?」
コアさんも何だかんだ銃作りに参加するようだ。
「どんぐりって銃弾に似ていない?」
「…………似ていますね。それでどうするのですか?」
今の間は何だろうか? コアさんが少し達観したような雰囲気だ。
「どんぐりの木で銃身を作って、どんぐりの銃弾が自動で幾らでも装填されるようにしたいんだ」
「……では私はマスターが作業している間、こちらに向かって来る原獣の相手をしておきますね」
コアさんは何処か逃げるように原獣退治を始めた。よく判らないが、これで作業に集中出来る。
どんぐりの木を“品種改良”で銃の形にして、どんぐりが銃弾の位置に実るようにする。
そして銃に能力の付与を施す。
後は金で飾り付けをして……試作品はこんなもんで良いかな。
素敵な回転式弾倉の無い古めかしい片手銃が出来た。
「コアさん、出来たよ」
「随分と早いですね」
「植物で作ったからね。でどうこの銃、“椎の一”は」
「現時点で性能は判りませんが、見かけは良いと思いますよ。ですが何故C―1と言う名前なのですか?」
「ん? どんぐりの木、椎の木で作ったからだよ」
そのまま付けただけだ。
「あー、Cではなく椎ですか。マスターのネーミングセンスと違うと思っていたのですよ」
それはどういう意味だろうか。詳しく問い質したい。
失礼なことを思っていそうなコアさんは放っておいて、銃の性能チェックを優先させる。
「じゃあ早速試射するよ。バン!」
僕が引き金を引くと“重力ベクトル変更”の付与が発動し、椎のどんぐりの重力ベクトルが銃口の方向に変わり、銃口からどんぐりの銃弾が飛び出る。
飛び出た銃弾は速度を増し続け、真っ直ぐ原獣に向かっていく。
「…………マスターなんですか、そのポンコツ銃……」
「ポンコツ何て失礼な、この銃は弾もその動力も無制限なんだよ。引き金一つで全て済むし」
「……そこじゃ無いです」
「違うの? あー、確かに銃弾が変な方向に行っているね」
飛んでいる銃弾を見ると横の方にそれて、銃弾の先頭が定まっていなかった。
「銃弾の重力の方向を打つ時の銃口向きにしただけだからね。その方向に進み続けるだけだから、風か何かで逸れちゃったのかな? 早く動くと後ろに真空が出来るって言うし」
「……そこでも無いです。マスター、木の上からどんぐりが落ちてきて死ぬ魔物が居ると思いますか?」
「そんな魔物居る筈が無いよ。仮に百メートル上から落ちてきてもそんなこと無いんじゃない」
「それですよそれ! その銃弾が当たったところで何が起きるというのですか!」
「……あっ」
椎の一は失敗作となった。
「“椎の二”の開発しようか」
「まだ作るのですね」
銃弾が回転するように銃身に溝を作る。確か回転すれば真っ直ぐに飛ぶと聞いたことがある。後は今度は椎の木になるどんぐりを改良してと。
「出来た」
「は、早いですね。見掛けは何も変わっていませんが、何が変わったのですか?」
「それは見れば判るよ。バン!」
僕が引き金を引くと、今度は銃口から回転した銃弾が飛び出る。速度等はさっきのと殆ど変わらないが、銃弾が回転することで真っ直ぐ原獣に向かって進む。
「真っ直ぐ飛んでいる以外は変わり無いように見えますが」
「まあ、原獣に当たるまで見ててよ」
どんぐりの銃弾が巨大なゴリラのような原獣の胸に当たる。
すると銃弾から根が伸び原獣に巻き付き、固定された根が銃弾を原獣に押し込む。
『ギュオオォーー!!』
銃弾からはさらに緑色の光りを発する根や芽が伸び、原獣を中から侵食する。原獣は熔岩の領域を自身の周囲に展開し、椎のどんぐりを焼き尽くそうとするが、椎の再生速度が燃える速度を上回り、やがて熔岩の領域は消えた。
原獣はドスンという音と共に地に伏せる。
「……倒しましたね」
コアさんはこの光景を呆然と見ていた。
「驚くのはまだだよ。見てて」
どんぐりから生えた椎が原獣の血管全てに入り込み、原獣の身体に緑色に光る血管が浮かび上がる。
そして死んだ筈の原獣がゆっくりと起き上がった。
「……何ですか、あの化け物?」
コアさんは目が見開いたままになっている。
「もう少し見てて」
でも驚くのはまだ少し早い。
丁度タイミングよく銃弾の当たった原獣の近くに、空を飛ぶ巨大なクジラのような原獣が現れた。
途端に銃弾の原獣からは椎の木が現れ、この原獣を武装していく。白っぽい樹皮の鎧だ。手には先端に巨大どんぐりのついた大槌、芽を伸ばしたどんぐりを巨大化させたようなものが握られるている。
武装された原獣はクジラのような原獣に向かって宙に飛び出し、どんぐり大鎚を振り下ろす。
『ブゥオオォーーー!!』
クジラの身体にはどんぐりの先端部分が激突し、大地に叩き落とされた。クジラの巨体からしても十分に大きな穴が穿たれ、大量の血が漏れ出ている。
クジラはこの一撃だけで怖気付いたのか、蒼海の領域で武装原獣の動きを鈍らせ、その隙に空へと逃げ出した。
周りが蒼海になったことで水中に沈んだような状態になった武装原獣は、根を身体中から生やして水分を吸収し蒼海を消し去った。蒼海だった場所には塩だけが残る。
動きに制限の無くなった武装原獣は、背中から葉の生い茂る椎の木を生やし、そこから灼熱した無数のどんぐりの銃弾を打ち出した。無音だがドゥルルルルッとガトリングをブッ放しているようだ。
『ブゥバァアアーーー!!』
クジラは銃弾が当たったところを焼き穿たれて、力尽きたように墜落していく。武装原獣はすかさずそこに飛び出し、どんぐり大鎚で止めを刺した。
『グゥオアーーー!!』
武装原獣はどんぐり大鎚を頭上に掲げながら勝どきの声を上げる。吹き飛ばされそうな叫びだ。
その姿は全身を返り血で濡らしている。
「………………」
コアさんは目を見開いたまま、口までだらしなく開きっぱなしにしている。
無理もない。僕も驚いている。ここまでヤるとは……僕は軽い気持ちで当たった相手を操る銃弾を作ったのだ。それがまさか狂戦士を生み出す銃弾になるなんて……。なんか元よりも強くなっているし。
「す、凄いでしょ。この武装」
僕は努めて予定通りという態度を作る。
「色々な意味で凄いですね……。大丈夫ですかこれ? 感染症みたいに狂戦士が増えたりしないですよね?」
「流石にそれは無いよ。西洋英雄譚の読み過ぎじゃない」
「そうですよねー、そんな悪夢ある訳ないですよねー」
ブオッと風圧が僕達を通り過ぎた。
風の来た方向を見ると、クジラが起き上がり宙に浮いていた。
銃弾の当たった場所から椎の木が伸び傷口を塞いでいる。後は見た感じどんぐりの当たったゴリラと同じだ。
「……コアさん、フラグを立てちゃ駄目じゃないか。もうフラグが回収されているよ」
「わ、私のせいですか!? 本当に感染でもしたのですか!?」
「いや、感染と言うよりも新たに生まれたってとこかな。原獣が乱射したどんぐりも、僕の品種改良したどんぐりの性質を持っていたんだよ」
「どちらにしろ増えるってことですよね! 本当に大丈夫ですか!?」
コアさんは軽くパニック状態だ。
「……“椎の三”でも作ろうか」
「ちょっ!! 私の質問の答えは!?」
「知らないものは答えられないよ。武器開発は危険なんだね」
「だったら武器開発を諦めて下さい!!」
ごもっともな意見である。しかし僕は止める訳にはいかないのだ。
「……コアさん、あれも敵になるかもしれないんだよ。かなり増えた状態で」
「……武器開発を急ぎましょう」
この一言でコアさんも納得した。
「マスター、ここは相手を撃ち破る武器ではなく、相手を追い払う武器、もしくは逃げる隙を作る武器を作りましょう。それならば失敗しても被害は少ない筈です」
今度はコアさんも積極的に意見を出してくれる。
「僕は相手を倒すことばかりを考えていたよ。その手が有ったんだね。僕達が勝てる敵は少ないし、強敵からでも逃げられる武器を作ろうか」
方針は決まった。
元々敵を倒す武器など必要無かったのだ。都会へ出られさえすれば良い。力は都会で身に付けるものだ。その為にも都会へ出ると決めたのだから。
やはり人の意見は大切だ。見落としたこと、自分に無い考えを教えてくれる。
さて、新しい武器を作ろう。
こうして僕達は武器の開発を開始した。
《用語解説》
・雷神樫
凄まじい雷の力を持つ樫の木。
生き物どころか固体も存在出来ない大災害【雷嵐】に唯一存在する樫の木で、その枝は振るっただけで山を砕く雷が放出される。
その性質や自生する場所とは裏腹に見掛けはとても美しく、黒雲をも白く染め上げる純白の光を発する樫の木である。
樫の木らしくその材質はとても硬く丈夫で、鋼鉄の武器だと傷一つつかない。武器の素材に最適な木材である。
しかし普通に触れるだけで感電し、十メートル範囲でも感電する為、雷に対する耐性がかなり強い者にしか扱えない。
そもそも加工出来る者が居ない木だ。その前の採取する段階で絶望することを考えると割に合わない。
かつて全ての条件が揃い、何と全装備この木材で揃えた英雄が居たが、その英雄は立って居るだけでほぼ全ての敵を打ち倒した。
扱えさえすれば素晴らしい木である。
最近では【機動都市】で永久機関として運用が成功している。
アークが普通に扱えているのは、雷も豊穣をもたらす存在だからである。アークの雷は全てを土に還し豊穣をもたらす。
・金剛
伝説上で最高硬度を誇ると言われる鉱物。
透き通っている、澄んでいる、そのような概念が形を持ったような見掛けをしている。
光速の数十倍になるエネルギーを与えたところで、何の変化もしない。
それに世界的にも最上位にあたる宝物である。
・原獣
原初の存在の一つ。
獣とあるが様々な種族が存在する。
領域を展開する力を持つ。ダンジョン《最果て》にダンジョンらしい極端な環境が存在しないのは原獣の存在に依るところが大きい。
決して動物等ではない。
見掛けも動物とは天と地よりもかけ離れている。
・西洋英雄譚
異世界で言うところの洋画、その物語版である。
数多の異世界人が転生・転移してくる中で、オリジナルや新作が生み出され続けてきた。
地域によっては完全に浸透し、地元民によって生み出されている。
実話などはウエスタンな内容でも英雄譚に分類されるので、本当に有った話は存在しない。
お読み頂き、ありがとうございます。
後二話でアーク達は都会へ出る予定です。




