第十五話 前進あるいは降臨
更新が遅くなりました。
申し訳ありません。
今回は短いです。
朝食を終えた僕達は鳥居の中心から少し進んだところ、ちょうど明暗が物理的に別れている境界に立っていた。
外はもう空が明るくなってきている。
境界の先は階段になっていて、ここよりも高い場所どこにも無く、日が昇ったら景色が非常に良く見えそうだ。
ここまでの道程での景色は結界の性で、この鳥居までしか見えなかったのでこの先の景色が楽しみだ。きっと素晴らしいものだろう。
階段を神輿で渡るのは流石にどうかと思ったので、眷属達には無限収納に帰ってもらった。
今はコアさんと二人だけだ。
「そろそろ降りようか」
「はい、お供します」
そして僕達はまた、外へと一歩踏み出した。
──プファァーーーン──
そして僕達はまた、何かをやらかしてしまったようだ。
僕の踏み出したところから何かが解き放たれた。
まともに見ることが出来ず、肌で感じとることも出来ないあやふやなものだったが、確かに解き放たれたのだ。
それは僅かな世界の揺らぎとでも言える現象でほんの一瞬見ることが出来た。気のせいではない。それが何処までも広がることで今も視ることが出来ている。
「コ、コアさん。も、もしかしてここに、な、何か封印されて居たり、し、しない?」
僕は必死になって作った作り笑顔で限界まで動揺を隠しながらコアさんに聞いた。冷や汗が止まらない。
「わ、私の記憶では、ふ、封印などありません。で、ですが、こ、この鳥居は……この鳥居は、私が存在する前から存在します……」
コアさんも僕とほぼ同じ態度で答える。
これはほぼ決まりだ。この地には何かが封印されて居たのだ。
何もないところにこれ程巨大な鳥居が存在する訳がない。仮に何の理由もなく鳥居が存在していても、結界を張る能力のある鳥居が存在する訳がない。
ダンジョンの設備としてなら飾り兼扉代りとしてあり得るかもしれないが、コアさんは自分よりも前から存在していたと言う。
「…………階段、降りようか」
「……何事もありませんでしたからね」
僕とコアさんは瞳の光りを消しながら前だけ向いて会話し、忘れることにした。
そもそもあんな一瞬の出来事だ。中心であるここからでないと誰も気が付かない筈である。つまり僕達さえ忘れれば無かった事になるのだ……。
「大人の階段ってこれかな……」
「下りですね……」
僕達の視線の先では、沈んだ僕達の心境とは対照的に太陽が昇ってきた。
幾つもの太陽が同時に上ってゆく。一つ一つの太陽は明るさも大きさも、そしてその存在自体もまるで違うのに、一つの光景として調和し、至高の一つとして完成していた。名付けるとしたら誕生であろうか。
僕は目を閉じることが出来なかった。感動の涙を流すことすら愚かしい。普通の日の出さえ見たことがない僕はこの瞬間を永遠に忘れないだろう。
そして新たな光りと共に世界が姿を現す。
夜闇は無くなり、僕達の視線を遮るものはもう何もない。天空から見下ろすかのように全てが視えた。
僕達の一番近くにある人工物は廃虚だ。元から人が住むためではなく、神々を讃えるために建立されたかのような廃虚。
しかしその規模は壮大なる大都市で、国々が多く乱立する地域を土地も文化もそのまま合わせ、発展させたその最果てに在る理想郷とでも呼べるものだ。
決して神殿などではない。それでは辿り着かない場所に在るものだと確信できる。
建物の一つ一つは都市だか城だか神殿だか判別出来ない。
あまりにも巨大過ぎるのだ。それに統一されいて、それでいて雑多であり、様々な要素が混ざりきっている。
それでも一つの建物だと思えるが、判るのがその場所の凄いところだ。
そんな建物が都市と呼べる密度で建ち並んでいる。
程よく間隔を空け、全体の景観を崩すこと無く、全てが必要不可欠な要素として組合わさり都市として存在していた。
傷もなければ風化した様子も見受けられない。植物も決められた状態を越えること無く、色褪せることもなく同化している。唯一足りないのは生き物の存在だけだ。
これだけ完成された場所に誰も初めから居ない筈がない。生き物の存在が足りないと感じてしまうからだ。
一体何故これ程の場所が廃虚と化してしまったのだろう? 欠点など見当たらない。争いが原因だとしても勝った者が放置する訳がない。
ここまでくると、完成してしまったから、と言う理由でも納得してしまいそうだ。
この都市の先は暫く建物は殆ど何もない。あってもダンジョンの装飾のようなものだけで、実際に誰かが住んでいたと思われるものはない。
次の建造物まではダンジョンであった領域が、僕の村もあるこの山脈の麓から離れたところまで続いている。
どうやら元コアさんのダンジョンは元々の地形を活かしたもののようで、極端な環境は見受けられない。
ダンジョンの果ては判りやすく外縁に柱等の建造物が建ち並び、外がいきなり空のような湖になっている。
湖には波どころか波紋の一つも無い。しかし湖面には花が浮いている。そしてそれは何の痕跡も残さないまま流れてゆく。
湖は外へ行くほど霧や雲のようなものが立ち込め、それが消えるところには既に湖が無くなっている。
そして湖の先は大空であり、同じ高さには自然物も人工物も存在していなかった。それは何処までも視ても変わらない。
どうやらこの山脈は高山レベルの高さを誇る高台にそびえ立つ、計り知れない程高い場所のようだ。朝日の昇り加減からみて太陽もこの場所よりも下までにしか届きそうにない。
湖の端は視えないが、その辺りを中心に幾本もの大河が流れている。恐らく滝のようになっているのだろう。
そして大河にはどういう経緯があったのかは解らないが、陸のような土が当たり前のように幾つも流れていた。中には溶岩のようなものや氷塊のようなものもある。
風も相当強いようだ。有り得ない大きさ重さのものが飛ばされている。一度上に上がったものは落ちない。こちらは風のせいかそうでないのか解らなが、雲のように飛行し続けていた。
湖の外、元ダンジョンの外は良く視ると着実に広がっていた。
この領域から莫大な水やら土やらが溢れているからだろう。じっと視ていると判る程度の早さで広がっている。
人工物は領域の外のかなり先で、こちらは廃虚らしいものだ。
年月による崩壊は見受けられないが、争いの結果かあちらこちらが不自然に破壊されている。
その推測が正しいと答えるかのように、廃虚の周りには異形な巨人の遺骸やそれを打ち破ったのであろう戦士の遺骸が、闘いの傷のみ残し燃え尽きたかのように存在していた。
しかし都市の規模からして遺骸の数が少なすぎる。年月による風化で塵と化したのかもしれないが、恐らく完全に滅びたのではなく引っ越しでもしたのだろう。この廃虚の先に似たような文明の流れをもつ廃虚があった。
こうして視ると面白い。離れる毎に違う文明が混ざり興り、どう進んだのか手に取るように解る。
廃虚等の遺跡の類いはこの領域から離れる程減っていく。
遠くへ行くほど規模が小さくなり、代わりに数が無数に増えてゆく。それと同時に当然かもしれないが文明の数も増えていた。
大地は遠くへ行くほど下の大空まで届く亀裂が増え、完全に孤立している大地や大海も多くある。
そして空に存在するものも増えてゆく。周囲から滝が流れ続ける陸等もある。
先へ行くほど朧気な星のようなものや土地、霧のようなものに囲われた土地も増え、あらゆるものが多岐化していた。
雲を貫く摩天楼、実用性のみを求めた住居、戦のみに特化した砦、美を追求したのか奇抜過ぎる城、本当に多種多様に存在していた。
これが、都会。
「……………………凄いね」
言葉が上手く出てこない。何日でも視ていられそうな、色々な感情が溢れてくる、本当に素晴らしい景色だ。
「……そうですね。この階段に一歩踏み入れた時にやらかしたことを忘れられそうです」
コアさんもこの景色に感動しているようだが余計な発言をしてきた。もう少し後にしてほしかった。
「良いんだよそんなこと。こんなに広い世界からしたら大したこと無い事だよ」
景色だけが要因ではないがそう思う。そうあって欲しい。
「確かにちっぽけなことかもしれませんね。気にせずに進みましょうか」
「そうだよ。どうせこんなに田舎だから、封印されていたとしてもたいしたことの無い存在だよ」
「ではまた景色でも楽しみましょうか?」
「そうだね。ゆっくりと階段を降りよう。本当に都会って凄いんだね」
「……都会というよりも、それが視える此処が凄いのでは?」
「いやぁ、此処は田舎だからそんなことは無いよ」
「……そうですか?」
「そうだよ。それにしても色々と視えるね」
コアさんの言動に少し気になるものがあったが、気にせずに話しを進めた。この景色は楽しまなければ損だ。
「あれって【金忌の黄金都市】かな?」
僕は大陸をもすっぽりと呑み込める巨大な大嵐の中心を指し示しながらコアさんに言った。
「【金忌の黄金都市】は幾万幾億もの人々が探し求め、人生を捧げても見つからない、記録は数多にあっても実在するか怪しい都市ですよ。高台から景色を眺めるだけで見つかる筈がありませんよ」
「確かにそうかもね。じゃあ、あの都市は何かな? 黄金に視えるけど?」
「ただの黄金の都市ならば、多分探せば一つや二つありますよ。世の中に成金趣味の人間は多いみたいですからね。それに【金忌の黄金都市】は伝承によると大災害や大人災に囲まれているそうですよ。有名どころでは【大嵐】【消失の湖】【金呪の龍】等が、そんなものが視える範囲にある訳ないではありませんか」
コアさんは僕の言うことを信じてくれないようだ。僕の指す方向を視てもくれない。
「でもあの都市、湖に囲まれているし、大嵐に囲まれているし、黄金の龍が居るけど……」
「……へ? あれ、本物……ですね」
僕がその情報を言って始めてコアさんはそちらを視た。そして驚愕したようなひきつった表情を浮かべる。
「何で視えるんだろうね。伝説の都市なのに……」
「……恐らくですが、マスターの〈千里眼〉のレベルがカンストしたからだと」
「えっ? いつの間に? しかもレベルアップじゃなくてカンスト?」
「はい、この景色を眺めている間にカンストしました。ですのでたまたま視えるところに都市があったのではなく、視る事の出来る力をマスターが手に入れたのではないかと」
ステータスが変わったのならば早く教えて欲しい。それにしても何故〈千里眼〉がカンストしたのだろうか?
「すみません。次からステータスの更新はすぐにお伝えします」
「よろしくね。それにしても黄金都市か、実力をつけたらいつかは挑戦してみたいね」
「場所は私が記憶しておくので、いつかそうしましょう。宝の山ですよ」
最後のところでニタニタと悪い笑みを浮かべながらコアさんが言う。君、どちらかと言うとお宝を渡す側だよね……。
「コアさん、元とは言えダンジョンだよね。お宝好きなの?」
「ダンジョンとしての本能みたいなものですよ。珍しいものがあると収集したくなるのです」
「ふーん、そんな性質があるんだね。だからダンジョンにはお宝があるんだ。ただの客寄せかと思っていたよ」
「それもあながち間違っていないと思いますよ。恐らく客寄せをするために、本能的に宝物の類いを収集したくなるのだと思います」
有益かどうかは解らないが、面白い話しが聞けた。
階段を一段降りる毎に力が沸いてくる。
気分が高揚しているからだろう。
もう既に進まないという選択肢は完全消滅した。
一段また降りる。
そうする毎に世界を知れた気になれる。
世界はそれほどの未知に溢れている。
一段また降りる。
僕が僕達が世界に受け入れて貰えた気分になれる。
世界の力は一部でも絶大だ。
一段また降りる。
隣にコアさんが居るだけで何でも出来る気がした。
世界には幾つもの面が存在する。
一段また降りる。
目の前には全てが詰まっていそうだ。
世界は輝いている。
こうして僕達は進み続けた。
ここまで読んで頂き、ありがとうございます。
近日中に用語解説、地域説明を更新します。




