第八十七話 ○☓ゲームあるいは行き止まり
8周年記念日投稿です……と言いたいところですがすみません、遅れました……。
第一ステージの下着争奪戦、ではなく恋人の持ち物探索は徐々に混迷を極める。
恋人マテリアルを勇者サイドではなく姫サイドにした先輩達による無差別攻撃。
それによるステージ通過者が出た事でそれに続く人達が現れ、もはや下着よりも攻撃の方が多く飛び交っている。
会場そのものが擦り減り、もはや元々生物が存在しない死の惑星のようだ。
パートナーに当てる、もしくは恋人マテリアルがパートナーだと自分自身に当てなければいけない為に極力威力は抑えられているが、多くの参加者達が放ちそれがコピーされ数が増えた結果として舞台として創られた世界は既にほぼ滅びかけている。
既存の住人がいる世界を舞台としなくて本当に良かった。
他のステージも全部手作りの世界にしてもらおう。
「音楽料理イベントの食材採取場所については止めなくて良いのですか?」
「食材はその世界にしか無いものだからね。変更したくても出来ないよ」
「……食材採取自体を止めれば良いのでは?」
「……イベントはもう進んでいるから、運営として不公平な状況を作る事は出来ないよ」
「運営としての前に人としてどうなのでしょうか? まあ、マスターは人ではありませんが」
「…………」
とんでもない暴言を吐かれたがとても不思議な事に反論する言葉が見つからない。
僕が人かどうかは一旦置いておこう。何故かとてもとてもとても不思議な事に僕が人だと証明できた事はただの一度も無いのだから。
「そもそも、僕達のイベントによって一つの世界が滅ぶとしても、その選択をしたのは参加者の先輩達だし、その世界を元通りに修復すれば寧ろ僕達は世界を救ったとも言えるんじゃないかな。先輩達は大冒険を経て更に英雄へと近付く。その世界の人達は世界の脆さを痛感し努力し力をつける。僕達は良い事をして美味し物が食べられる。うぃんうぃんとはこれの事だよ。より良い道を選ぶ。それは誰であろうとも、人だろうが神だろうが選び取る当然の道だから、もはやこのイベントは必然だと言っても良いと思うよ。ちょっと見た目は派手だけど」
「自分で火事を起こしそれを自分で消火し英雄と名乗る様な、まさにマッチとポンプな自作自演劇場にしか思えないのですが……? まあ確かに、得られる結果もリスクが上限を遥かに突き破っている分だけ大きいとは思いますが……」
不完全ながらもコアさんもその利には納得してくれたようだ。
リスクが大きいだけ成功した時の成果も大きい。だがこの理屈は成果を得たい人が自分からリスクを支払った時だけに限定される訳では無い筈だ。
求めてなくも危機に呑み込まれた時でも、きっと人は成長する。世界の危機に英雄が誕生する様に。
寧ろ、それこそが正道とすら言えるだろう。
自分から望んで英雄にならなければ乗り越えられない様なリスクに飛び込む人はギャンブラーと紙一重、英雄に至っても単に英雄ではなくある意味英雄と呼ばれてしまう事の方が多い筈だ。
そのリスクの動機が自己犠牲を前提としたもの、例えば後は俺に任せて先に行けと言う誰かの為の犠牲であればそれは美談となるが、単に利益の為のリスクが過大だと反面教師の話になってしまう。
故に、誰もが憧れる様な英雄を生むには外的なリスクが必要だ。
それも英雄でなければ乗り越えられない絶体絶命のピンチが。
世界を滅ぼしかけるのは、間違いなく誰にとっても最上級の危機。
即ちそれを与えるのはそれ自体が目的としても価値のある行為だ。
食べ物のついで、じゃなくて先輩達の成長の場のついでにこれまで英雄でなかった人達の中から新たな英雄が生まれる、ただの言い訳だったがよくよく考えると実に素晴らしき展開だ。
「世界の危機、どうせなら先輩達が起こす前に与えてみる?」
「……もはや、マッチポンプどころか人を弄ぶ無情な神にしか思えなくなってきたのですが?」
言ってみたが、流石にそれは駄目か。
まあ、先輩達なら勝手に何かやらかすだろう。
僕達が手を下す必要は暫く無さそうだ。
さっそく世界の危機に陥って英雄として覚醒する人がいないか探してみる。
しかし、そんな人は確認出来なかった。
勿論、世界の危機に一致団結して、命を落とす前提の戦いに多くの人達が数え切れない程にいる。
が、殆どの人達が先輩達に近付く事すらも出来ていない。
当然だ。
世界が削られて逝くような現場に近付ける方がおかしい。
それを突破しても世界を滅ぼしかける争いの輪に入れる人などいなかった。
世界を滅ぼしかけるような先輩達に挑むには、突発的な覚醒や世界的な協力程度ではどうにもならないらしい。
加えて殆どの先輩達がもう指定の食材を採取した後だ。
新しく危機的な世界が増える兆しはあまり無い。
今すぐではなく、今後の研鑽に期待するとしよう。
音楽料理イベントの料理を食べながら偽カップルイベントを視ていると、次ステージに移動する先輩達も多くなってきた。
次ステージは場所も内容もランダムで、ここから本当の偽カップルイベントが始まる。
そして人数が定員に達した所から順次開始していた。
世界が滅びる云々の話をした後なので軽い内容の場所に目を向ける。
『恋人なら必ず分かる! 恋人○☓クイズ!!』
「……寧ろ驚いているのですが、こんなに穏やかな内容のものもあったのですね?」
「……このイベントを何だと思っていたの?」
そもそも、第1ステージは恋人要素を追加しただけの買い物競争であり、世界が削れる様な内容にした覚えは無い。
「コアさんも実行委員だからね」
「私は世界を壊す様な提案をした覚えが無いのですが」
「僕もないよ。勝手に壊されているだけで」
流石に今回は先輩同士が争う様な要素は皆無だ。
本当にただの○☓ゲームなのだから。
会場に用意されたのは大きく○と☓が書かれた2枚で1組みの板。
走って突き破り正解か否かが分かるアレだ。
そして○☓ゲームの問題は勿論、パートナーに関する内容であり、これで相手の事を理解し仲を深めてもらおうと言う魂胆である。
『第1問、ウィーラさんの誕生日は?』
問題も極々普通のものだ。
恋人の仲を測りつつも、ありふれた問。
本物のカップルなら間違えた場合に問題になるかも知れないが、寧ろ偽カップルであれば何の波風も立たずただ相手の事を知れるだけで終わる。
本当に穏やかな内容だ。
『土の4月24日である。○か☓か』
尚、○☓クイズではジェスチャーで簡単に答えが分かってしまう為、答えを教える行為は禁止であり、その行為が見られた場合は減点となる。
まあ、前のステージでパンツを失ってしまった人達が殆どなので、禁止するまでも無く普通は隠す行為を優先してジェスチャーをしないかも知れないが。
アザイエ先輩は全力で走り出す。
実は普通の○☓クイズと異なる点がもう一つ。
それはゴールまでのタイムだ。
パートナーの事なら即座に答えが出て当然と、答えるまでの速さも点数として考慮して有る。
ハズレの方は板を突き破れない様になっており、失敗するとその問題のスタート地点から最初から走らなければならない。
つまりは不正解であった場合は正解までの時間が加算される。
このゲームは、如何に短時間で如何に多くの問題を解く事が出来るかを競うゲームであり、点数的には如何に早くゴールまで辿り着くかが鍵となる。
頭を使う障害物競走といったところだ。
どこにも不安要素が無い、実に安心して見ていられるゲームとなっている。
ドゴンッ、と青春を駆け抜けるとても健全な姿が―――
「「……ドゴン?」」
土煙が上がるは○☓の書かれた板。
土煙から飛び出すはアザイエ先輩。
うん? 普通に突発したようだけど?
何で衝突事故が発生したみたいな音が?
土煙が風に流され、その答えは簡単に判明した。
ブチ抜かれた板、そこに書かれていたのは○。
ウィーラさんの誕生日は土の4月24日ではなく、水の4月24日。
つまり、その答えはハズレだ。
にも関わらず、アザイエ先輩は板を破って走り抜けた。
突き破れない前提の壁を全力疾走でぶつかる事で破壊してしまったのだ。
板は特段頑丈に造られた訳ではないが、それでも急ごしらえにしては立派で家の壁も務まる程度にはしっかりとしている。
そんな壁を突き破るレベルの速度で衝突したら、ドゴンッと爆音を轟かせても何ら不思議では無い。
と言うか事故音がして当然である。
尚、アザイエ先輩は何事も無かったかのように全力疾走を続けている。
と言うか、気が付いていない。
アザイエ先輩は特段肉体的に頑丈な先輩でも脳筋タイプの先輩でも無く、寧ろ未来を予知し求める未来を引き寄せる頭脳派な予言者であるが、勇者の代わりに世界の危機に挑んだりしている影響で木製の壁くらい障害にもならないらしい。
こうなると、石材の壁に変更してもらった方が良いかも知れない。
「……ここにいると麻痺してきますが、勇者の代わりが務まる程の方は、世間一般的に肉体的に頑丈どころか超人なのでは? 石材どころか城壁を用意した方が良いのでは?」
「……そうだね。つい一般人感覚で視ちゃったけれど、普通に規格外だったね。何故か、ここだと規格外が普通みたいだけれども……」
破壊行為(世界)を視た後だったせいで、うっかりアザイエ先輩の事を頑丈な先輩ではないと思ってしまっていたが、頑丈じゃない勇者の代理なんていない。
果たして、どの程度の壁を用意すれば行き止まりだと理解してくれるのだろうか?
「取り敢えず、木からレンガの壁に変更で」
「「御意」」
僕が変更を指示すると、どうやったのか一瞬で木の壁がレンガの壁に変わった。
レンガの壁なら仮にぶつかって壊したとしても、不正解であったことには気が付いてくれるだろう。
案の定、レンガの壁は爆破したが如くバラバラに吹き飛ばされる。
しかし、不正解であったことに気がつ…………、あれ? 止まっていない。
勇者(代理)にとってはレンガの壁も薄い木の板と対して変わらないようだ。
確かによくよく考えるとレンガは狼を防げる材質でも、そもそも狼が勇者どころか駆け出し冒険者が討伐する対象である。
勇者と狼とでは格があまりにも違い過ぎた。
「もうちょっと硬い石材で」
「「御意」」
レンガから一枚岩の様な材質に変わり、その厚みも二倍になる。
その厚さ、およそ六十センチ。
馬車が全速力で衝突したら、壁よりも馬車の被害の方が間違いなく大きそうな仕上がりだ。
が、ドゴンッと呆気なく砕かれた。
そして止まらない。
「厚み更に二倍」
「「御意」」
百二十センチの石の壁。
分厚い壁と称しても良い。
ドガッ、うん、駄目だった。
「更に二倍」
「「御意」」
厚さ二メートル以上、もはや城壁。
攻城兵器だってそう簡単には破壊する事の敵わない壁だ。
対人ではなく対軍用の人には越えられない壁。
これなら先に進めない筈。
バッゴーンッ!!
「更に二倍!」
「「御意」」
グガーンッ!!
「二倍!」
「「御意」」
ピンポーンッ!
「二倍!」
「「御意」」
ピンポーンッ!
「鋼鉄製に!」
「「御意」」
「えっ、あの……?」
ピンポーンッ!
「なら直接強度を二倍に!」
「「御意」」
「……あの、普通に正解しているのですが?」
グシャンッッ!! 「グハッ!!」
「あっ……」
つい勢いで破壊されていない仕様の壁までも強化してしまった。
その結果、発生してしまったのはまるで交通事故。
自分からぶつかりに行ったが、勇者(代理)であるアザイエ先輩が全力でぶつかったその結果はエネルギー的に交通事故以上。
流星の衝突と変わりなく、頑丈さも勇者相応のアザイエ先輩であろうとも交通事故程度にはダメージを受けてしまっていた。
「えっと、その……、アザイエ先輩も普通の壁にぶつかっても止まらなかったし、気が付かない事って良くあるよね」
僕は笑って誤魔化すしかない。
「……マスター」
「か、勘違いって、物語を展開する為の重大な要素なんだよ。もはや、英雄に必須な要素ですらあると思うんだよね」
「不幸なすれ違いと言う言葉も有るのですが? 勘違いとは時に恋の終焉や時に殺人にすら繋がり、ミステリーやサスペンスと言った物語も展開されてしまいますよね? 今回の場合、その系統の勘違いに近い気がするのですが?」
「え、英雄には、乗り越えなければいけない試練が必ずあるのさ」
「イベント運営にも、乗り越えなければいけない安全基準が沢山あると思いますが?」
ぐうの音も出ない。
「仕方がありません。私が調整しましょう」
「はい……」
こうして主導権がコアさんに没取された。
「この手の○☓クイズですが、そもそも破れない壁が登場する事は滅多にないと思うのです」
「と言うと?」
「この形式の○☓クイズは、異世界のバラエティ番組とやらに登場し、間違いを笑いに変えるゲームであると認識しています。そしてその笑いの元となるのは挑戦者のリアクションです。その関係上、そもそも表情が分からない突き破れない壁は用意される事が殆ど無かった様に思えます」
「なるほど、そう言われてみればそんな気も」
僕が視た内容も、思い返せば確かにリアクションが前提の様な気がしてきた。
○か☓か自体を重視する傾向すら無いかも知れない。
「ですのでここは王道、間違いを選んだ場合は顔を汚す系統の罰ゲームを用意いたしましょう」
「それなら判別しやすくて、かつ怪我もなく終わる事が出来そうだね」
懸念点を探すとすると顔を汚す事自体が縁結びと繋がらないかも知れないが、それは突き破れない壁の場合も同じだし、そもそも○☓クイズで相手を知ることのみが重要だから特に問題は無さそうだ。
うん、これで行こう。
「では、準備をお願いします。まずは白い粉塗れになる系統でやってみましょう」
「「御意」」
コアさんの指示でこれまた一瞬で○☓の板の後ろに白い粉の詰まったプールが設置された。
設置されたのはまだ始めていない人達のコース上だ。
まず挑戦するは第1人工知能開発部の部長エドワー先輩、ではなくそのパートナーの吊り下げ型人形劇機能搭載ドローンと人形劇用少女人形ドロシア……。
あまり参考にならないのが最初に来てしまった。
そもそも○☓クイズ自体、出来るの?
『第1問、エドワーさんの一番好きな食べ物は?
ミノタウロスシチューである。○か☓か』
ドローンは猛スピードで☓に突っ込む。
ピンポーンッ!
一問目は正解した。
人形劇用少女人形ドロシアがスピードに耐えられず真横になっているが、まあ正解は正解だ。
『第2問、エドワーさんの今一番行きたい観光地は?
【愛獣都市エドゥルガンド】である。○か☓か』
ドローンはドロシアを真横にしながら○へと突っ込む。
ピンポーンッ!
二問目も正解だ。
『第3問、エドワーさんの一番好きな魔導中央処理装置は?
コアDシリーズである。○か☓か』
ドロシアをほぼ置き去りにドローンは○へと突っ込む。
ピンポーンッ!
三問目も正解だ。
『第4問、エドワーさんの一番好きな本は?
【ルーブルグ王国史】である。○か☓か』
ドロシアなど存在しないかのように全速力でドローンは☓へと突っ込む。
ピンポーンッ!
四問目も正解だ…。
『第5問、エドワーさんの腰に差した剣は?
都市級のアイテムである。○か☓か』
ドロシアが色々と絡まり始めたが全速力でドローンは○へと突っ込む。
ピンポーンッ!
五問目も正解……。
六問目。
ピンポーンッ!
七問目。
ピンポーンッ!
八問目。
ピンポーンッ!
うん、紛れじゃ無い。
本体の人工知能は製作者の事を知り尽くしていた。
視れば、他の人工知能が組み込まれた恋人マテリアル達も尽く問題を突破していた。
恋人マテリアルはあらゆる競技で圧倒的不利かと思っていたが、まさか偽パートナーよりも優位な分野があるとは……。
兎も角、参考にならない。
ちゃんとした偽カップルチームを参考にしよう。
次にスタートしたのは全身から炎を出しているアラクメノン先輩。
燃えてるぜの演出でも何でも無く炎を出している。
炎の大精霊に愛され過ぎた弊害らしい。
普段は炎を鎮める装備を複数身に付けているようだが、前のステージの乱戦で一部損傷し炎が抑えられなくなったようだ。
しかし、そんな事は些細な問題である。
恋人マテリアルに比べたら特徴がなさ過ぎるとすら言える。
「第1問、イリィーハさんの好きな色は?
純白である。○か☓か」
炎で本当の色が分かっているのかどうかは兎も角、イリィーハさんの聖女装束を見たアラクメノン先輩は真っ直ぐと○へ向かって駆け出す。
走る事によって炎に風が供給されて凄い事になっているがアラクメノン先輩は気にせず駆け抜ける。
そして見事、不正解へと突っ込み、粉の中へ。
ダガーンッッッ!!
……訂正、爆炎の中へ…………。
うん、粉塵爆発。
舞い上がった粉が一瞬で燃焼してしまった。
そして何故か、アラクメノン先輩は止まらない。
ドゴォーーーンッッと爆炎を咲かせて色々な意味で不正解の道を駆け抜けてゆく。
「……止まりませんね」
「止まらないね」
粉塵爆発を起こしたのは想定出来た想定外であるが、それでも真の目的、不正解を選んだ事を気付いてもらう事に対しては寧ろ効力が上がっている筈だ。
少なくとも、異常である事には普通すぐに気が付く。
気が付かなくとも好き好んで爆発に飛び込む人なんて居ない、筈であるのだが何故か止まらない。
「おそらくは、元々炎に包まれている事で爆炎に対して鈍感になっているだけなのです。炎に強い耐性があれば少し熱い程度にしか感じないのでしょう。つまり、これは非常に稀な例であり、方法が間違えている訳ではないのです」
何時の間にか伊達メガネをかけていたコアさんはそう解析する。
「グハッ! うぉぉーーーーーっっ!!」
しかし、会場に目を向けると爆発で傷だらけになりながらも気合で走るアラクメノン先輩。
「……普通にダメージを受けているみたいだけど?」
「……あ、熱さで頭がヤられてしまっているのです、きっと。ふ、普通の方で視てみましょう!」
必死のコアさんの思いが伝わったのか、続いてスタートに来たのは比較的普通の先輩だった。
勇者でも無ければ魔王でもなく、英雄の子孫でも全てをひっくり返そうとする復讐者でも無い。
王族でもなければ貴族でもなく、転生者の様に前世の記憶がある訳でも無い。
スキルに関しても大罪スキルの様な世界を搔き乱す力もなければ、特殊な固有スキルも無い。
逆にアンミール学園では非常に珍しいくらいの普通の先輩。
孤児で幼少の頃に死にかけていた所を、たまたま通りかかったアンミール学園の関係者に拾われこの学園で育った極普通の少年。
何とパートナーも幼馴染で気になっている女の子と言う、逆に何度も視直して確認してしまうくらい、普通の先輩だ。
内心は普通の先輩なんてここには居ないと思っていたコアさんなんて、もはや感動で涙が出て来てしまいそうになっている。
少し問題が有るとすれば、気になっている相手、しかも幼馴染の事なので普通に正解している事だが、完璧じゃないと言う部分も普通で、ついにハイセル先輩は答えを間違えた。
そして粉の敷き詰まったプールへ。
「「………………」」
…………水上を走るのと同じ様な原理か、粉に沈む前にその上を駆け抜けて行ってしまった。
遅れて巻き上がる粉にも触れてすら居ない。
うん、この学園にいるだけで駄目だ。
勇者だとか関係ない。
基本的な能力が一般的な人と違い過ぎる。
「……こちらから当てにいけば問題ありません。白い粉のプールは相性が悪かっただけです。パイ砲を発射すれば成功するでしょう」
コアさんの指示で一瞬で設置されたクリームパイ砲。
クリームパイを発射して顔を汚すアレだ。
ちょうど良く間違えたハイセル先輩。
その顔に向かってパイが発射される。
「ふっ!」
が、アクロバティックな動きで容易く回避されてしまった。
何となく、こうなる気がしてた。
銃弾でも避けられるであろう先輩に、銃弾よりも遥かに遅いクリームパイなんて当たる訳が無い。
「……どの道、身体能力が高過ぎるのであれば、どの様な方法をとってもそれが一般の方々向けのものであれば全て効力を発揮しません。故に、取るべき方法は一つ! 身体能力に合わせて設計すれば良いのです!」
コアさんの指示で現れたのは、穴だけで大人の人の両腕がすっぽり入ってしまうサイズの径を有する砲が十二本あるクリームガトリングカノン砲。
砲身も長く、十メートル近くある。
石畳でも沈み込んでしまいそうな重量感だ。
……一瞬でどうやって造った?
「ファイヤー!!」
コアさんの指示と同時に、クリームガトリングカノン砲はズゴンッと発砲、回転も始まり何発ものクリームパイが高速で撃ち出される。
ただ、砲本体に力を入れていても撃ち出されているのは砲弾では無くクリームパイ。
弾薬の爆炎で焼きクリームパイになっているし、ぐにゃぐにゃのパイなので空気抵抗に耐えきれず形はぐちゃぐちゃ、形を失った影響で殆どが真っ直ぐに飛ばずに変なところへと飛んでしまっている。
クリームガトリングカノン砲は本家のクリームパイ砲に合わせて設置されたのは五十メートル程度しか離れていない至近距離。
それでもそれでも明後日の方向に飛んでいく数の方が多い。
加えて減速の度合いも高く、数が多くともハイセル先輩は難なくこれを回避。
それでもコアさんは諦めない。
「砲身をアダマンタイトに交換! 爆薬を百倍に! 爆薬の威力も百倍で構いません!」
無茶な指示に従い、何故か有り得ない様な物が有り得ない速度で用意される。
アダマンタイトをこれだけの大砲を造れるだけの量、用意したのもアレだが、一体どうやって一瞬で加工したのだろう?
爆薬の量と威力も空間魔法やら付与魔法やらを駆使して忠実に指示通りにしている。
これについて深く考えて現実逃避をしようか。
しかし特大の爆音ですぐさま現実に引きずり戻される。
ドズンッと、大地を揺るがす振動と共に発射されるは炎。
爆薬を込め過ぎて砲弾に相当するクリームパイの姿が全く確認出来ない。十中八九、消し炭になっている事だろう。
多分、タングステンの弾丸だとしても融けてしまう気がする。
およそ一万倍の威力と言うのは凄まじいの一言に尽きる。
元々威力的には重量比で黒色火薬に相当する火魔法薬が十キロ仕込まれていたから、それの一万となると、百トン相当。
そしてそれがガトリングの機構で連発。
爆発によって回転力と次弾を発射する仕組みだからとんでも無い事になっている。
二、三百発も放たれればそれは人類史に刻まれ星を揺るがす大事件だ。
とても厄介な事に、クリームガトリングカノン砲はアダマンタイト製だから壊れる気配も一切なく、際限なく凶悪な爆破速度を上げてゆく。
地面が融けなど当たり前、それが蒸発する地獄がただ不正解を選んでしまっただけのハイセル先輩に襲いかかる。
ハイセル先輩は咄嗟に盾をアイテムボックスから取り出す。
同時に盾を基礎として結界を展開。
受け止められる破滅の炎。
しかしそれは一瞬。
盾職という訳でも、結界が特段得意という訳でも無いハイセル先輩の力では、一秒耐える事も出来ない。
ハイセル先輩もそれは織り込み済み。
踏み込んで受け止める事はしない。
両足で盾を蹴り飛ばし、自分はその推進力で一気に前へと飛ぶ。
直後、後方では蒸発し大爆発する○☓の書かれた表示版。
その衝撃波に同じく取り出した新たな盾で向け止め、サーフボード代わりにして波に乗る。
そのまま、爆速で次の問へ。
……あれ? 止まらない。
と言うか、動揺すらしていない。
地形が、続けば星すらも破壊する脅威に曝されているのに、ただ前を、ゴールを見据えている。
「ファイヤー!!」
コアさんが意地になり何時の間にか忌避していた筈の世界を滅ぼす行為に一直線で向かう中、僕は気が付いてしまった。
多分、先輩達が超人だから進み続ける訳ではない。
その障害に気が付いていない訳ではない。
先輩達はただ、これ程までの修羅場に慣れ過ぎてしまっているのだ。
この程度、よくある事だと、疑問すら抱かない程に……。
そうなると、先輩達に気が付いてもらう、ただそれだけの事にも、世界を揺るがす程の何かが必要かも知れない。
……現時点でも既に、コアさんは世界を壊しにかかっているが…………。
おかしい、世界が壊れる要素なんて一欠片も無かった筈なのに……。
僕はまだ、人の可能性を信じ切れていなかったのかも知れない。
人とは、世界よりも遥かに強固で、そして広い。
……うん、よく捉えようとしても今の僕にはまだ無理がある。
常人に過ぎない僕には刺激の強過ぎる光景だ。
取り敢えず僕は、仙茶を飲み干した。
《用語解説》
・愛獣都市エドゥルガンド
リーエ世界に存在する都市。【怠惰な召喚士】セイティハウネが暮らし発展させた都市として数多の世界で知られている歴史ある都市。
住民の九割以上が従魔を従えており、加えてかつての住民の従魔の子孫も多数生息しており人と共生して暮らしている。
その数は人の数十倍から百倍とも言われ、別名愛重都市やモフモフ都市と様々な名で呼ばれており、セイティハウネの伝承を抜きにしても世でも有数の観光地となっている。
また未契約の従魔の子孫達が多く存在している事から、従魔を見つけにやって来る者も多い。野生の魔獣よりも遥かに気性が穏やかで、かつ人と過ごして来た為に人との意思疎通も容易で人気が高い。この地の従魔と共に英雄へと駆け上がった者も複数存在している。
尚、アンミール学園の分校が設置されてある事から多世界間のゲートが開かれており、アクセスも容易。
・魔導中央処理装置
魔力回路において中央処理装置と同様の働きをする装置全般を指す。種類や原理、方式は数が多過ぎる為にこれと言って標準的なものは存在していない。
半導体素子に近いトランジスタの集合体の様な物から魔玉に人工知能を魔術で付与したものまで存在している。
基本的に使い道としては電子機器の魔道具版に使われる。魔力の流れを計算し変えるだけで魔術を発動すること自体はこれ一つでは難しい。正確には微細な回路の強度が足りない為に大きな魔力を流し術に変換する事は出来ない。
あくまでも数多くある部品の内の一つであり、その性能も使い方で大きく変わる。
・ルーブルグ王国史
ラルーク世界にかつて存在したルーブルグ王国の歴史が記された歴史書。
現存しているのは写本のみで、その殆ども逸文しており完全なものではない。
かつての王であり英霊として再度この世に現れたエドワー・ルーブルグが新たに加筆修正して一巻ずつ発行販売している。
・都市級
アイテム等級の一つ。下から六番目。言い換えると第六位階。レア度風に言い換えるとスーパーレア。
その都市で一番の品質、力を持つレベルのアイテムに与えられる等級であり、世代を越えて受け継がれる様な希少さと力を持つ。
その価値は一般的な中流層の家よりも高価であり、造り手は国中にその名を知られる名工でないと作製出来ない。
この等級よりも上になると国が管理する事が殆どであり、俗に秘宝やアーティファクトと呼ばれる。実際に国が所有するかどうかは兎も角、その動向は調べられる。その為、この等級が実質的に一般人が対価さえ払えば購入できる上限となる。
B級冒険者までの主要装備として使えるレベルであり、この等級の主要装備をB級冒険者は身に付けている事が多い。
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
次話は秋までには投稿したいと思います。
そして本作8周年として、【ボッチ転生】の方に一つ投稿しました。
また、【モブ紹介】にモブ達の物語第七弾を投稿しました。
【天災とは99%の力と1%の狂気】
https://ncode.syosetu.com/n0973er/
2、3話続く予定のアンミール学園日常系です。
お読みいただけますと幸いです。
最後に本作は8周年を迎えました。
ここまで皆様、ありがとうございます。
今後ともどうか、よろしくお願いいたします。