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第八十六話 常識外れあるいは物語性

は、半年以上が経過していました……。

お待たせして申し訳ありません!



勇者の拳と複数の勇者の剣がぶつかり合う。

拳を突き出した勇者の隙に死角から心臓を突き刺そうと勇者の短剣が迫り、喉を裂こうと勇者の短刀が背後から現れ、物陰から勇者の吹き毒矢が勇者を狙う。

……何か、正々堂々と言う言葉を知らない勇者が大勢居るらしい。


狙われている勇者(イタル先輩)も変態だし……。

実は、イメージ通りの勇者の方が珍しいのかも知れない。


世界の命運を背負った勇者が、暗殺だろうと勝つ為に必要な手段であれば選ばなければそれは世界の破滅を招く結果になる。

勇者が、圧倒的な唯一無二の力として魔王に挑む存在で有れば、汚いと呼ばれる手段を選ぶのも、間違いなく勇者の行いなのだろう。


それにきっと、それは勇気が無ければ選べない事だ。

正しいと有ろうとする限り、卑怯な道を選ぶ事は自分の身を犠牲にする事と変わらない。

悪名を被り、自分を信じる人達を裏切る事は、正義を持つ人にとって深い傷となるのだから。

それを覚悟して進む事は、自己犠牲の精神が無ければ出来ないだろう。


勇気がある人を、いや勇気を示す人を勇者と呼ぶ限り、その道を選んだ人は間違いなく勇者だ。


だが、共に魔王に挑む、人々を引っ張る存在として魔王に挑むのであれば、間違っている気もする。

何故なら、その勇者は人々に道を示す存在だから。

この場合、誰もが憧れる手本、未来を見せる存在である事が正しい気がする。


そうであるからこそ、勇者の伝説は各地に遺り続けるのだ。


だが、そんな視点で改めて視てみると、人を導く系統の勇者な人も結構な数、暗殺攻撃に加わっていた。


しかし同時に、既に人を率いて来た人もおり、一概に正しさが道を示す訳でも無いのかも知れない。


例えばイタル先輩の影に潜り呪いを心臓に向けて放つ、カルト教団に見出された勇者のアライン先輩。

率いているのが悪魔崇拝するカルト教団の狂信者達だが、彼を信じてついて行こうとしている人達が大勢いる。


「信じるは信じるでも、カルト教団の場合は洗脳や扇動なのでは?」

「信じる者を本当に救えばカルトだって救世主になれるんだよ。……多分」


アサルトライフルでイタル先輩を撃つのは、元々裏組織のボスの子息で勇者に選ばれたオグマ先輩。

導くのは脛に傷を持つものばかり。

だが、彼等は勇敢に魔王軍を恐れる事なく戦う勇士達だ。


「魔王軍と人類の命運を賭けた戦いと言うよりも、単に荒くれ者同士の抗争なのでは?」

「み、見かけだけだよ。……おそらくは」


毒を他の暗殺勇者な先輩達を気にせずイタル先輩に吹きかけるのは、テロ組織のリーダーなガルファロ先輩。

当然、率いるのは市民が巻き込まれる事も躊躇しないテロリスト達。


「導く云々以前に、欠片も勇者ではないのでは?」

「テ、テロリストの定義も、独裁国家だったりしたら出鱈目な事もあるから。きっと……」


意思を持つ聖剣すらも騙し、勇者の座を手にした詐欺師なカラルモーラ先輩。

上手い口車で善良な人々が感化され、自らの全てを投げ売って力になろうとする人達も大勢いる。


「もはや、付き従う人達を騙していますよね? 害すら与えていますよね?」

「そ、それで、世界さえ救えば、収支はプラスなんだよ。……だと良いな……」


勇者とは誰もが憧れるヒーローの頂点。

だと思っていたが、勇者にも色々な人がいるらしい。

よくよく考えれば、魔王に良い人も沢山いるし、現実とはこんなものなのだろう。


そもそも夢とは、憧れという面から見ても与えられるものでは無く、自分で見るものなのかも知れない。


きっと人は、誰に対しても憧れを抱く事が出来る。

同時に人は、誰に対しても憧れを抱かせる事が出来る。


憧れも行き過ぎると嫉妬。

それは美徳では無く時に大罪とまで呼ばれるもの。


ならばあまりに強い羨望の対象は、道を示す英雄は、人々に勇気や希望を与えるのではなく、大罪である嫉妬を植え付ける存在なのだろうか。


それは違う筈だ。


極端だが、絶対的な道どころか理すらも示す全知全能の神を前にして嫉妬に狂う事はないだろう。

反対に全知全能の神に全てを塗りつぶされる事もおそらく無いだろう。


それらは人が自分で選んでいるからだ。


憧れの夢も自分で選んでいるものであれば、その責任もその先の栄誉も憧れた人自身のものである筈だから。


きっと縁結びと同じで、英雄の示す道というものもきっかけだ。

夢そのもの、憧れそのものでは無い。


だからこそ、人はゴールのその先に進んでゆくのだ。

それはゴールではなく、きっかけに過ぎないのだから。


だからこそ人は、無限の可能性を持つのだ。


正解が無い故に、全てを正解と成せるが故に。


「きっと、無限の可能性を持つ人にとって、勇者の形にも正解は無いんだよ」

「在り方の追加や切り取りには正解が無いかも知れませんが、在るものの否定自体は何者にも出来ないのでは? 勇者の形に正解は無くとも、テロリストや詐欺師としての形は否定出来ないと思うのですが? そもそもついて行く方々も勇者だからこそついて行こうとしている訳ではないですよね」

「…………だね」


確かに視ると、導かれた人達にとって勇者という要素がおまけに過ぎない例は多かった。

勇者という本来なら最上級に近い筈の要素を霞ませてしまうカルト神官やテロリストとは一体……?


これも、人が無限性を持つが故の結果かも知れない。

そう言う事にしておこう……。



実質的な下着争奪戦での戦いは拡がってゆく。


その原因はイタル先輩達によるものとは限らない。

イタル先輩達、裸体美術部の先輩と戦う人達の流れ弾から下着を守る為に参戦する、盗るのではなく風などで巻き上げて妨害する、単に似た下着の取り合いなど、争奪戦の加熱は止まらない。


そして参戦するのは何も男の先輩だけでは無かった。


綱引きの様に下着を奪い合うはロゼット先輩とラスティア先輩。

奪い合っている下着は白い綱、では無く白い褌だった。


ただの長い布なので間違うのも無理は無い。


「この褌はハヤテのだ!」

「違う! ランベルト殿のだ!」


因みに、奪い合っているのは新品の褌であり、どちらの物でもない。


そんな褌を綱引きの様に引っ張りつつも千切れない様に力加減をし、片手に持った得物で相手を倒そうとしている。


ロゼット先輩の持つ拳銃から銃弾が撃ち放たれ、ラスティア先輩は剣で斬撃を飛ばし銃弾ごとロゼット先輩を斬り裂こうとする。

しかし斬られた銃弾は爆発。

魔術により引き起こされたそれは、同じく魔力により形となった飛ぶ斬撃を破壊する。


そして互いに褌を引き、時に放し、相手のバランスを崩そうと試み戦っていた。

それは発せられる爆音を無視すれば、まるで色とりどりの光の中を二人で踊っているようだ。


尚、それを見ている偽恋人の二人は。


「違う! その褌じゃない!」

「俺のはそこの水色パンツの下にあるやつだ!」

「その褌を捨てて北西の木にぶら下がっている褌を取れ!」


その姿が、つまり褌をはいていない丸出し状態で放映されているのも忘れて必死にパートナーに伝えようとしている。

声が届かないので色々と身振り手振りで伝えようとしているが、そもそも二人からは映像自体に目を向けられていなかった。


それにしても、何故自分の褌を判別出来るのだろうか?

正解のもの自体は当然知っていても、正解のものが正確に何処にあるのかは教えていない筈だ。


つまり、見て分かる特徴的なものをお題のものとしなければ自分でもどれがどれだか判らなくなる筈なのだが、何故かこの二人にはただの長い布にしか見えない褌が判別出来るらしい。


「おのれ! それは誇り高き武士のハヤトがプライドを捨て、羞恥に塗れながら差し出した褌だ! 貴様が触れて良いものではない!」

「なにを言うか! これは高潔な伝説の騎士王、かの王の正統な後継者であるランベルト殿のものだ! 騎士王が下半身を露出させてどれ程の屈辱か、貴様には分かるまい!」


そのハヤト先輩とランベルト先輩は下半身丸出しを忘れて誇りも高潔も欠片も無い、何ならただの露出よりも酷いジェスチャー付き露出で意思疎通を試みているが、映像に目が向いていない二人は気が付かない。


尚、ハヤト先輩はあまりに辺境の島出身であるが故に尾鰭が付きまくった噂、極東の武士は最強であると言う誤解を解けずに現在まで至る上京新人冒険者で、実は誇り高くもなければ本物の武士でも無かったりする。

ランベルト先輩も騎士王などでは無く旅の役者で、演じていた劇の内容が広がり過ぎ何時しか捻じ曲げられ、自身が演じていた騎士王の後継者そのものだと思われ、どんなに本当の事を言っても信じてもらえない悲劇の人だ。そして騎士の高潔さは持ち合わせていない。


しかし、その偽り、と言うよりも風評被害的な評判を聞き付け強者達が挑んでくる様になった為、それを躱すハッタリ能力を鍛え過ぎた為にクラスメイトすらも本当の姿を見破れなくなっておりこの有様だ。


「もう手加減はしない! あの世で他人の男の褌を盗んだ事を後悔しろ!」

「あの世で懺悔するのは貴様だ! 墓標には褌泥棒と刻んでやる!」

「“デビルズバレット”!」

「“パーフェクトガイド”!」


ロゼット先輩とラスティア先輩の戦いは更に激化し、周辺にも甚大な被害が広がってゆく。


ロゼット先輩の拳銃からは銃弾の代わりに悪魔が射出され、悪魔そのものを代償とした強大な代償魔法の破滅がラスティア先輩に撃ち込まれる。

それをラスティア先輩は最低限の動作で避け、そのまま剣を突き出す。

その迎撃に更に悪魔を連射。


避けられ逸らされた悪魔の炎が周辺を焼き尽くしてゆく。

そしてその炎の勢いと同じ速度で争いの火種も燃え上がった。


散らされる炎。


「エリヘイアの紐パンツを燃やす気! 覚悟しなさい!」

「アズドのスケスケパンティはこの先にある。だから許さない」

「至宝は、サルドレア様の女物下着は、私の物だぁ!!」


燃え広がる炎に激怒した参加者達が参戦する。


尚、主に集まって来たのは女子の先輩だ。

偽パートナーはこんな時に限って偽装無しの男子の先輩達。


…………なんでそんな下着を履いていたのだろうか?


……視るのは止めておこう。

世の中には知らない方が良い事も沢山ある。


いや、反対に、もしもまともな理由であったのなら知らない事は偏見に繋がってしまうかも知れない。


「……まともな理由で女性用下着を履く事など無いと思いますが?」

「……それもそうだね」


一応考えてみたが、そんな理由は算出出来なかった。

ここは、精神衛生の為に視ないでおこう。


「エリヘイアの紐パンツは、無くてはならない大切なものなの! 絶対に失わせはしない!」


どうやら、まともな理由は有るらしい……。


それに、視なくとも勝手に耳に入って来てしまうようだ。


「大切な髪の為に、私は戦う!」


「「「「…髪?」」」」


奇しくも、会場にいる先輩達と観戦している僕達の声が重なった。


「ええ、エリヘイアの紐パンツは絶滅の宿命を打ち破る、育毛のマジックアイテムよ!」


「「「「…育毛?」」」」


何をどうやったら紐状のパンツが育毛アイテムになるのだろうか?


試しに紐パンツの術式を視てみるも、育毛の術式なんか刻まれていない。

刻まれているのは型崩れ防止の術式だけだ。術式が非効率的で魔力漏れが起きる様だが、その魔力もなんの変哲も無い魔力だ。


育毛に詳しくないが多分、エリヘイア先輩は効果の無い怪しいとんでも民間療法に手を出している……。


そんな疑惑を競争相手の表情から読み取ったオルメシア先輩は詳細を語った。


「下着と育毛が結び付かないかも知れない! 当然よ! あれは特殊な最先端技術が詰め込まれた一般人には手に入れられない特別な一品! 過酷な環境に曝される部分の毛が濃くなる原理を応用して、かつ頭頂部にダメージを与えない様に別部分を刺激して、そこで発生した育毛成分を頭に送る最高級のマジックアイテムなの! 1000万フォンもする世界に一つだけの秘宝よ!」


うん、とんでも民間療法だ。

値段からしても絶対に詐欺に遭っていると思う。


エリヘイア先輩は二十歳までには全滅する残酷な残酷な運命を背負った血統の後継者。

記録が残る限り血を遡っても全員ピッカピカ。

本人はアイドルであり容姿に自信があるだけに人の何倍もその残酷な宿命から逃れようと努力し、遂には髪には手が届かなくとも英雄には手が届く程の力を身に着けた先輩だ。


そもそも効果が有るのか不確かでも試さずには要られない程に追い詰められているのだから、こんな詐欺にも騙されても不思議では無い。


詐欺だとしてもまあ一応、紐パンツを履いている理由としてはまともな理由と数えても良いとしておこう。


と言う事はもしかして、他の先輩達が女性物下着を身に着けていた事にもまともな理由があるのかも知れない。


「それを言うなら、アズドのスケスケパンティも特別。それはアズドを脅は…言う事を聞かせる為に仕組んだ私のパンティ、快適惰眠ライフの為の奴れ…召使いは渡さない!」


ま、まともな理由……?


仕込んだとか言っているから、多分アズド先輩に非は無い。


恐る恐る確かめる為に視てみると、幼馴染であるナサリー先輩がアズド先輩宅から薪を借りてお風呂が焚けない状態に。

そして自分の家のお風呂に招き、出たタイミングで風魔法を駆使してアズド先輩に引っ掛け、そのタイミングで扉を開け、咄嗟に隠す様に仕向けたらしい。

その後、下着が無くなった、何か知らないかと問い質し、着替え終わったら確認すると言い、アズド先輩は絶対に確認されないであろう場所、つまり履くと言う手段に到ったようだ。


そして存分に泳がし、何食わぬ顔顔で発見、それを材料に言いなりにさせる計画だったらしい。


うん、まともかどうかは兎も角、アズド先輩は被害者だ。


この流れからすると、サルドレア先輩もまともな理由で女性物の下着を履いているのだろう。


「サルドレア様が盗んだ下着もただの下着ではありません!! あれは女子生徒の物と間違えて盗んだ寮母のウェストリア小母さんの物!! 万が一にもそれがサルドレア様に知れてはいけない!! ショックのあまり女性そのものに興味を持てなくなってしまうかも知れない!! それを避ける為に、私の手で確実に消滅させなければならないのです!!」


……まともな理由じゃなかった、普通の下着泥棒に装着と言う変態性まで掛け算した碌でもない人だった。


後、下着を消滅させたいのなら放っておいても良いのでは無いだろうか?

そして、そんな大声で言い触らすのは良いのだろうか?


因みにウェルン先輩がサルドレア先輩の動向を知っているのはストーカーをしていたからの様だ。

ストーカーと下着泥棒の組み合わせとは一体……?


「“マウンテンウェイト”!!」

「“ブルフェール・デレク”!!」

「“タイマーオン”、“シューティングパンチ”!!」


各々が守るべき物の為に力を解放する。


究極のウェイターを目指し、あらゆる物を持ち運ぶ事が出来る力を手に入れたオルメシア先輩による山を持った突撃。

勇者でありながらそれを隠しスローライフを目指した結果、大罪スキル〈怠惰〉に覚醒めたナサリー先輩による不活化エネルギーの斬撃。

一日の大半に全ての能力が半減する代わりに、その全てを三分間の内に圧縮して解放出来るウェルン先輩の五百倍パンチ。


勿論、それを向けられたラスティア先輩とロゼット先輩も黙ってはいない。


「“ナイツオブアヴァロン”!!」

「“ヘルゲート”!!」


逆境を対価に力を増幅させ全身から神々しい光を放つラスティア先輩の剣が振るわれ、世界の破滅覚悟で悪魔界と今世を繋げる空間侵食がロゼット先輩によって解放された。


何れも地形を破壊する災害レベルの厄災が場で衝突する。


どう考えてもより下着が失われやすい状況に陥っているが、お互いに引く気は無いようだ。


この調子だと、すぐにまた激怒した参加者が参戦する事になるだろう。



「実は、変な下着を履いていた先輩達よりも、それを争奪している先輩達の方がまともじゃなかったりするのかな?」

「そもそも、英雄へと向かっている方々に常識を求める事自体が間違いなのかも知れませんね。英雄とは、新しい常識を築く存在でもあるのでしょうから」

「……今視たものが未来の常識だとは信じたく無いものだけれどね」

「……それもそうですね」


まあ、完璧な英雄と言うものも珍しい。

どんな英雄でも、神であろうとも失敗話や弱点もあるものだ。


理想とは、きっと完璧の事ではない。

完璧な英雄と、最高の英雄とは違う。

寧ろ真反対ですら有るのかも知れない。


完璧とはある種の法であり秩序、おそらく固定観念の中での最高到達点。

理想とは、存在すらしないかも知れない無限の目標、固定観念を破るものだ。


欠点が無いとは、完成であり止点。

その先を描く事が出来なければ、その前を描く事も出来ない。

変化を拒む古びた法典の様なものだ。

英雄譚は要らず、法典のみで事足りる。


欠点とはある種の伸び代。


ドラゴンを倒した英雄がいたとしよう。


一人は経歴から完璧な英雄。

もう一人は底辺から我武者羅に足掻き成り上がった英雄。


前者にある功績、物語はドラゴンを討伐したという事だけ。

後者には、ドラゴンを討伐した事に加えてそこまでの力を付けたという物語が存在する。


当たり前にドラゴンに挑む英雄と泣きながらドラゴンに挑む英雄。

その場で讃えられるのは恐怖を感じずドラゴンに挑んだ完璧な英雄だろう。しかしその物語はドラゴンを倒したところしかない。

泣いた英雄はドラゴンに加えて、結果的に弱い自分にも打ち勝ちドラゴンに勝利したという物語がある。

泣いた英雄の物語は、完璧な英雄の物語が失われた後でも語り継がれ、その在り方は後続を育てるだろう。


完璧な英雄が完璧な功績を残した事は、当たり前に出来る事を当たり前に熟した、当たり前でしか無い。

功績はどこかに刻まれるかも知れない。

しかし、物語としては何の価値も無いのだ。


物語を、英雄譚を好み、そこに理想を見出す人は成長を、変化を求めている。

きっと、それが人という存在だ。

だから、僕達が惹かれる。


止まる事なく止まる事の無い理想を見続け、変化し続け、どこまでも成長し続ける。


その為にも、欠点は必要なのだろう。

完璧というゴールがあっては先に進めないのだから。

常識が無いという欠点はゴールの位置も数すらも撤廃する。思い描く事すらされなかった未来へと導いてくれる。


「だとしても、下着関係の欠点などはまるで必要がないのでは?」

「……そんなところからでも物語が始まる、展開していくのはある種、成長性が高いって事なんじゃないかな?」

「……無理矢理過ぎません? それに、あれを視ても同じ事が言えるのですか?」


そうコアさんが示す先には、まともさで言えばトップクラスに無い人達がいた。


それはそもそも偽カップルを組まずに恋人マテリアル等を持ち込んだ人達だ。


そんな人達はまず、未だに何も持ち物を送って貰えていない参加者達が多い。

ルール上、下着である必要は全く無いが、恋人マテリアルによってはそもそも所持品が無い事例も多々あった。


だからと言って、流石に部品やパーツを指定したところで転送される事は無い。

恋人マテリアルではなく人なら内蔵を指定したら、それが転送される状況と同等の条件であるからだ。

なので、指定したところで転送出来ない仕様になっている。


回避策として、囚われの姫サイドから物を送る方法も用意しているが、それには意思疎通を行う必要がある。

また、恋人マテリアルならではの方法として自主的に分離したパーツなどであれば持ち物としてカウントされるが、結局のところこれも意思疎通が出来なければ意味がない。


しかし、恋人マテリアルは意思疎通が不可能な例が大部分を占めていた。


それでもロボットやゴーレムを偽恋人にした人達は、自分の造ったシステムの画像処理能力を信じてジェスチャーを送り続けているが、上手くいく兆しは見えていない。


例えば第2鉄人研究部部長のテラルーレ先輩。


「ぬぉぉぉーー!! 脱ぐのだ!! パンツを脱ぐのだぁ!!」


全く反応しない少女型ロボット兵器ことりに対して、遂にジェスチャーのレベルが下着の脱ぎ履きになっている。


幸いなのは、ロボット兵器に下着っぽい外装が存在している事だが、見たところしっかりボルトで止まっていた。

おそらく、仮に指示が通じたとしても自力では外せないだろう。


なので、ただ変態行動をしているだけになっているが、その変態行動はロボット兵器を動かす事に成功した。


『製作者の大幅な思考能力低下を確認。非常事態レベル最大。全制限を解除。マキシマムスキャナー起動』


ロボット兵器から強力なレーザーが照射される。

センサで有りながら兵器、測定対象を焼き尽くしてでも情報収集を行う禁断の破壊分析。


全方位に向けられるそれは、必然的に転送手段の一つとして用意しておいた物理式、空間の穴によるアイテム転送路に当たる。

そしてそれは、テラルーレ先輩の居る会場まで届いた。


『製作者近辺への到達を確認。経路発見』


レーザーは全方位から、空間の穴に。


会場にレーザーが放たれる。


ここまでなら大きな問題はない。


この対決の構造上、直接パートナーの元に転送物が送られる事は無い。

だが同時に転送物の発見を難しくする仕組み、似た物の複製が行われてしまう。


つまり、


「なっ!?」


会場中に放たれる幾本ものレーザー。


元々先輩達が勝手に争う危険地帯だったが、ぶつかり合わなくとも突如レーザーが飛び出る地獄へと変貌してしまった。


しかも質の悪い事に、転送は一方通行。

攻撃元を断つという手段が取れない。


代わりに、パートナーであるテラルーレ先輩を排除すれば強制終了となるだろう判断した人達が、テラルーレ先輩に襲いかかる。


「“テラブレイド”!」

「守れ! “再誕王機(さいたんのうき)”!」


容赦なく振り下ろされる白熱の炎剣。

それを受け止めるはアイテムボックスより取り出された全身鎧の様なゴーレム。

ゴーレムは超高温のエネルギーにより蒸発するが、何と真っ二つになる前にテラルーレ先輩の超速超巧技術により修復され続け、最終的に斬れずに終わった。


「こらぁ! 偉大なる先輩になんて事を!」

「後進に道を譲るのも、先輩の役目だよ!」


恋人マテリアルには攻撃を届けられ、部活の後輩からは命を狙われるテラルーレ先輩だが、実はまだマシな状況だったりする。


何故ならば、この状況でもイベントの特典は手に入るからだ。


「部長、覚悟っ!」

「貴方の事は暫く忘れない」

「貴様らぁ!!」


レーザーの発射源にいち早く気が付いた第2鉄人研究部の面々から攻撃されるテラルーレ先輩はそちらの対処を優先し、掠る程度のレーザー攻撃を避けずに放置した。


そして加算される点数。


「っ!?」


そう、そのレーザーはロボット兵器が照射した本物であり、所持品であると判断されたのだ。

そしてレーザーは消える消耗品であるので、消えても当たった事で、消費された事で得点として数えられていた。


つまり、無茶苦茶ではあるが勝機が消えた訳では無い。


それに気が付いたテラルーレ先輩はわざとレーザーに当たりに逝く。


「がはぁぁぁーーーー!!」


ちょっと予想以上に威力が高かった様だが、不敵に笑うとその場から消えた。

稼いだ点を元に次ステージに続くゲートまで転移したのだ。


これにより攻撃していた面々はそのカラクリに気が付く。


恋人マテリアルを押し通した面々は、勝機を見出しそれに飛び付いた。



「……割と、極端にまともじゃない手段を選ぶ人達の成長性も高そうだね」

「物語、そこで途切れませんでしたね」


その物語の方向性はとんでもないものだ。


「殲滅モード起動!」

『光学信号確認。殲滅モード起動』

「ラグナロクボンバー発射!」

『自爆プロセスに入ります。自爆プロセスに入ります。ラグナロクボンバー発射準備完了。生存者は10キロ以上離れてください。生存者は10キロ以上離れてください。カウントダウンを開始します』


それぞれ用意していた最終手段。

最終手段故に空間が隔絶していても起動できる様にされていたそれは、命令者の狙い通りに勇者サイドの会場までその破滅を届かせる。


「ぎゃあああーーーーー!!」

「ぐはぁっっ!!」

「がっっっーーーーー!!」


そして進んで破滅をその身に受ける先輩達。


普通に考えたらここでバットエンドだが、何故か勝利への道を繋げてゆく。


寧ろ、これ程までの困難を、大きなリスクを背負ってでも進んで征く分、その英雄としての素質は大きくすら有るかも知れない。


そうなると、欠点が多い程、常識外れな程に成長性、英雄性は高いと思いたい所だったが、何事にも例外は存在した。


「これは流石に無理そうだね」

「やはり、限度というものがあるのでしょう」


どうしようもなく止まっている人達。


それは、ロボットなどの自律行動を全くしない恋人マテリアルを持って来た人達。

そして、恋人マテリアルの方を勇者サイドに選択してしまった先輩達だ。


そう思っていると、突如会場中で無差別攻撃が発生した。


下手人は止まるしか無い筈だった人達。


無差別攻撃、攻撃の転送を恋人マテリアルに当たるまで続け始めたのだ。


……こんな攻略法が有ったなんて……。


「……想像を超えてくる、だからこそ英雄、って事で良いのかな?」

「不屈の精神で諦めず不可能を可能にして、言葉にすると偉業、英雄の行いではあるのでしょうが、何故か素直に称賛出来ませんね……」


今回は僕達がルールを作った側だからか、英雄と言う言葉よりもバグだとかチートだとか言う言葉が真っ先に浮かんで来る。


無差別攻撃で荒れ果てる会場。


争いの輪に呑まれる縁結びの場。


不屈も予想も覆してくれるのは実に豊穣な事だが、縁結び関係の事は覆さないで欲しい。


しかし、これこそが僕達の望む英雄の縁を結ぶと言う事なのかも知れない。





《技術解説》

・育毛

如何なる世界においても喪われる運命に逆らおうと男達は抗ってきた。一方で成功した例は非常に少ない。

最も研究されているのは回復魔法による方法であるが、回復魔法は成長を促す魔法では無く在るべき姿に戻す魔法であるので、欠損回復が可能なレベルの魔術によっても自然に絶滅した毛根が回復する事は無い。

それは回復薬においても同様であり、万病に効くエリクサーであっても効果は無いと考えて良い。薬で髪を生やす場合は若返り薬が効果を有するが、これも若返った年齢の時に毛根が残っていなければ髪を生やす事は出来ない。

確かな効力を発揮する魔法の大部分は概念魔法、髪が生えると言う概念を直接付与する魔法であり、生楽等もこれに準じたメカニズムで効力を発揮する。

一方で、髪に不自由していない者にとっては髪を生やそうとする意志が当然希薄である為、概念を込める程の領域まで到達せず、反対に髪に不自由している者は意志はあっても髪と言う概念から存在自体が遠い為に、この魔法の適正を有する者は先天的に有している者しか基本的には存在しない。

そして、適正を有していてもそれを開花させる動機が無い事が殆どであるので、毛生え魔法は非常に稀有な技能となっている。

生楽の材料においても同じ様な事が言え、仮に特化していたところで自然界では淘汰されてしまう為、基本的には存在していない。

使えるか使えないかは別にして術式ですら、そもそもが概念魔法と言うそれ専用の魔法であり、他の法則から外れているので正確に読み取れず解析出来ていない状況である。

その為、数多ある世界の中でも魔法が発達した世界においても、毛生え薬関連の詐欺が横行している。そして、毛生え魔法が使えれば一生生活に困る事は無く、寧ろ報酬の使い道に困る事になる。



最後までお読みいただき、ありがとうございます。

次話は少なくとも8周年記念日には投稿したいと思います。

尚、モブ紹介に追加もあるのでそちらもお読みいただければ幸いです。


4/20追伸、本話のモブ紹介を追加しました。


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