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第八十五話 囚われの姫あるいは愛の下着

すみません。またとんでもなく遅くなりました。

七周年までには書こうとしていたのですが……。




フラール先輩が成し遂げた三人組と一台での参加登録。

それが認められた事で始まった三人組、もしくはそれ以上の偽カップルチーム作り。

一つの波紋は大きく、瞬く間に盤上が変化していた。


たった一つの変化が場を丸ごと変えるとは面白い。

明らかに無茶な恋人マテリアルを持つ色物な先輩が多い真に異世界とでも評すべき空間が、既に三角四角多角な異質でこそあるが恋人達の空間に変わりつつある。


「この良きを取り入れすぐに変わってゆくのも、英雄の特徴なのかな? いや、人の特徴かな?」

「人の特徴ではないのでしょうか。立ち止まる事なく良きと信じる方向に向かって進み続ける、向上心としては英雄の資質の一つかも知れませんが、人が普遍的に持つ性質でもあると思います」

「言い換えると、誰でも英雄に成り得るという事なのかも知れないね。きっかけは英雄や天才が必要なのかも知れないけれど、誰もがその変化に、憧憬に、進歩に従って大きく前に進める。だからこそ、そこに引っ張る人を英雄と呼ぶのかも知れない。でも、何にでも成れる素質を、英雄に成れる素質を誰もが持っている。楽しみだね」

「ええ、楽しみですね」


今の時点でも英雄候補の参加者達。

今回のイベントで、どんな変化を、成長を遂げてくれるだろうか。


真の目的である縁結びは是非とも成功して欲しい。

だが、仮に失敗したとしても、きっと何かを掴んで成長し続けてくれるだろう。

他の成功を受け入れ、自分のものに昇華させられる人達なのたから。


だが、イベントという看板だけでは成長の場にはなり得ない。

何も無いところで成長してこそ、真の天才、人類の頂点なのかも知れないが、それに期待していてはイベントの運営側として失格だ。


そろそろ具体的な内容を考えなくては。


「仲を深められるイベントってどんなのだろう? 参考になるイベントが有れば良いんだけれど?」

「仲を深められるという点ではイベントというだけで、仲を深められる結果になる事が多い様に感じます。体育祭に学園祭、その手のイベントは恋愛的な意味でのイベントでもあると英雄譚(ライトサーガ)などからも読み取れます。ですが多くの場合、それは練習準備期間や、元々の積み重ねが下地としてあってこそ成立するものだと思うのです。突発的なイベントで従来通りの内容では、効果が薄いかと」


確かにコアさんの言う通り、学園が関与する物語で有れば体育祭や文化祭が避けては通れないとすら評せる程の物語的な意味でのイベントでも有るかも知れないが、それ単体が大きな変化を与えている訳ではない気がする。

きっと区切りや更に次への中継地点、収束させる効力が大きいのかも知れない。


誰もがそこへ行く、人を色々な面でまとめ同じ道へと進ませる場、それがおそらくは体育祭や文化祭の役割だ。


急に運動会をやったとしても、劇的な変化は与えられないどころか記憶にすらも残らない可能性すら高いだろう。


「既存のイベントを流用するよりも、縁結びに特化した内容を考えた方が良さそうだね」

「はい、その方が効率的だと思うのです。ですが、既存の参考になるイベントが無い分、考案するのに困難が伴うのではないかと」

「そうなると、そもそも考えた結果が効果的じゃない内容になって失敗する可能性が高くなりそうだね。でも前提として偽物カップルの人達向けだし、それだと積み重ねを利用する様な内容だとゼロに掛け算するみたいなもの。でも1から考えれば可能性はゼロにも無限にもなる。うん、縁結びに特化した内容を考えよう」


それは流用するよりも困難を伴うだろう。だが得るものも大きい。

特に未来、可能性という意味では失敗したとしても必ず糧となって僕達を成長させてくれるだろう。


加えて別に1つやって終わりではない。

何回でも、とまではいかないが複数の内容にしてもまるで問題無い。


「無関係から恋人になるって部分で思い付いたんだけど、攫われたお姫様を助けるみたいなイベントはどうかな?」

「と、言いますと?」

「ほら、異世界の物語で、よく囚われたヒロインを助け出して二人はそのまま幸せに暮らしましたっていうお話があるでしょう? それを利用するんだよ」

「なる程、確かにその手の物語ですと、無関係に近しい者同士が結ばれる事が多い様に感じますね。ですが、二人で協力して何かをする事が出来なくなってしまいますが、よろしいので?」

「まだまだ最初のステージだし、大丈夫だよ」

「それもそうですね。無関係前提の内容でどうなるのか視る事で、次のステージでどこに力を入れれば良いのか分かりますし」

「じゃあ、決定だね」


こうして、第一ステージの内容が決まった。



ステージの内容が決まっても、そう簡単に準備は出来ない。


「御考案なされましたステージの準備が完了いたしました」


……そう簡単に準備が終わった。


簡単に決めただけで細かい事はまだ決めてもいなかったが、そこも即座に対応可能な様に何パターンも準備されている。


「……もう、始めようか」

「……そうですね。参加登録が全員完了した訳ではありませんが、内容的に一斉に開始しなくとも成立するでしょうし、開始してしまいましょう」


あまりの手際の良さに呆気に取られていた僕達であったが、特に問題は無いのでイベントを開始する事にした。


「畏まりました」


これも即座に各所へと伝わり、参加者の人達も誘導されて一斉に動き出す。


尚、このカップルイベント、その実偽カップルイベントは料理音楽イベントのオマケ的な立ち位置にした。

具体的な基準は決めていないが、優勝しなくとも良い結果を出せばカップルで歌う権利を獲得できる。


こうする事で、きっとどちらのイベントも積極的に参加してくれる事だろう。

最初の段階からかなりの参加者が来てくれたが、縁結びにおいて多いに越した事は無い。


あと、一部門とする事で僕が挨拶などの前面に立たされるのを防ぐ目的もある。


『さぁ始まります、ベストカップルコンテスト!』

『本日は皆さん、参加していただきありがとうございます!』

『司会進行は私シェルトと!』

『ミスカが務めさせていただきます!』


司会進行は二人、夫婦でありながら永い時が経っても甘々な偶像教卒業派兼料理ギルド所属の【健康美蝕】もしくは【胸焼け】と二人で一つの二つ名で呼ばれるシェルト&ミスカ、ラジェスティ夫妻。

甘味ばかりが生産されていた国々の人を胸焼けさせ、健康的な食事文化にさせたというとんでもない逸話の残る英雄だ。


ベストカップルコンテストの司会役にピッタリである。


『では、コンテストの概要について説明します!』

『このコンテストはベストカップルを決める対決!』

『様々な競技で皆さんの愛を競っていただきます!』

『各競技でポイントを手に入れ、最も高いポイントを最後に持っていたカップルがベストカップルです!』


このイベントの主目的はベストカップルを選ぶ事ではなく縁結びなので、勝ち抜き戦では無く全員が競技を受けるポイント制にした。


『それでは、第一ステージの内容を発表します!』

『皆さんに挑んでもらう内容は〜!』

『『“囚われの恋人救出ゲーム”です!』』


息ぴったりで発表する二人の上に、分かりやすく解説する立体映像が投影される。


『ルールは簡単!』

『囚われた恋人を助け出すだけ!』

『助け出す方法は二つ!』

『一つは幾多もの困難を乗り越えて恋人の元に辿り着く!』

『もう一つはお題の料理を完成させる!』


勇者のシルエットがドラゴンを倒す映像と囚われの姫が料理を作るシルエットが映し出された。

困難を乗り越えて進むのが助け出す側の攻略法で、料理を作るのが囚われた側の攻略法だ。

恋人同士な程にポイントを獲得し易すいようになっているが、どちらの役を選んでも場合によっては単独でクリア出来る仕様だ。


「あの、唐突に料理が出て来たのですが……。忘れていなかったのですね」

「目的なんだから、忘れたりしないよ」

「目的だったのですか……」


あっ、うっかり口を滑らせてしまった。

コアさんの視線が痛い。


「えっと、その、ほら……、説明の続き、聞き逃したら判らなくなっちゃうかもよ」

「料理部分以外は企画側ですのでご安心を」


もっと視線が強くなった。

しかし真面目なコアさん、何だかんだと耳を説明に傾ける。


『このゲームでは恋人に辿り着く複数のルートが設定されています!』

『ルートの難易度は囚われの恋人にお伝えします!』

『しかしイベント中通話は不可!』

『お互いに映像のみでやり取りしていただきます!』

『また囚われの恋人は手料理で看守を買収しルートの難易度を下げる事も可能です!』


例として炉の前にいる姫と、氷の洞窟にいる勇者が映し出される。

炉の前にはふいごとバケツに入った水。

姫は火を消すか強めるかを選べる。

この場合、ふいごで火を強めて洞窟を暖める事で難易度を下げられるという事だ。


『ですがルートの具体的な内容を知る事は出来ません!』

『お互いに映像のみでやり取りしてください!』


映し出された勇者は姫に動きで訴える。

ブルブルと寒そうな動きで。

それを見た姫は寒いのを求めていると勘違いして炉に水をかけた。

洞窟の温度は下がり、勇者は凍り付く。


つまり、このイベントはカップルの以心伝心が試される。

心が通じ合えば合うほど有利に、心が通じ合わなければ不利になってゆく。


『助けに行く恋人はルートでの活躍でポイントや食材を獲得出来ます!』

『ポイントは食材を始めとした様々なものと交換できます!』

『しかし交換したものは全て囚われの恋人に送られます!』

『食材はそのまま恋人に送ることもポイントに交換する事も可能です!』


キャベツを欲しがる姫が映し出される。

勇者はキャベツを持っている。

しかし勇者はキャベツを課金し百ポイントを受け取った。

姫が怒り勇者が気が付く。

慌ててポイントとキャベツを交換する勇者。

キャベツ一つに千ポイントが消費され、姫がブチ切れる。


つまり、食材は基本的に低ポイントにしかならない、しかし交換すると高い。


『そしてゴール時に所持していたポイントがそのまま本イベントの点数となります!』

『早くゴールするほど高得点を得られますのでポイント交換を適切に行い難易度を下げるか!』

『ゴールが遅くなってもポイントを集め続けるかは戦略次第!』

『更に看守を買収しないとゴールに辿り着いても囚われの恋人は解放されません!』

『よって看守の満足度によって最終的にポイントは引かれます!』

『お互いの得点は分からないのでそこも心を通じあわせてください!』

『『心が通じ合うベストカップルなら簡単! それでは参加者の皆さんは役を決めてください! 役が書かれた札を選ぶとステージに転移しスタートします!』』


その宣言と共に、参加者の人達の前に二種類の札が現れる。


皆相談して…、偽カップルだからかじゃんけんで決めているところが多い…。

尚、囚われの姫役が人気の様だ。

基本的に料理しながら待っているだけだから楽だと、そんな理由かららしい。

どちらが良いかと話し合うどころか、どちらが希望か言う前に勝った方が囚われの姫役と決めてじゃんけんしている人達も結構な数いる。


幸い、料理が得意な人達は囚われの姫役に自然と収まっているから、美味しい料理は問題なく確保出来そうだ。


対して料理が特段得意では無い人達の偽カップルでは大半がじゃんけん。

もしくは偽カップルになろうと頼んだ方が相手に囚われの姫役を譲っている。

まあ、料理が得意で無いのなら僕としてはどちらが料理を作っても同じだし問題無い。


相談が少ない分、次々とスタート地点へと転移してゆく。

会場の準備が早い過ぎると思ったが、参加者の人達の準備が終わるのも早かった。



先輩達が転移した先、そこはイベント様に創造された新たな世界だった。

……イベントの為に新たな世界を簡単に創ってしまうとは、世界神並の力があれば非常に容易い事なのかも知れないが流石にやりすぎだと思う。

これが大人の本気……。


だが、これでどんな内容にしても、先輩達は抑える事なく全力で挑めるだろう。

別に世界を砕いても誰も困らないのだから。


尚、転移場所はそれぞれ別れているが、全員が一人一人別れているのではなく、勇者役、囚われの姫役でそれぞれ何グループかに分かれている。

ルートは別れてゆくが、最初は公平性を保つ為だ。


と言う事で、最初は人数が多いのを活かした内容にした。


その名も“愛しの人の持ち物はこれだ!”、である。


より早く、間違い少なく見つけ出した人が高得点、反対に間違えるとマイナス点されると言う内容だ。


尚、囚われの姫の持ち物は探す勇者役が選べる。

流石にランダムだと難易度が高過ぎるからだ。

そして、この段階から以心伝心を試す絆のゲームは始まっている。

この時点で囚われの姫役にはこの次に別れるルートの難易度図を渡しており、実質身振り手振りで勇者役がその難易度図を指定出来るかというゲームだ。


そんな中、一人の男が真っ先に動いた。


「今、女神様が履いているパンティー!!」


……イタル先輩である。


スキル〈下着感知〉や〈変態嗅覚〉、権威オーソリティー“下着泥棒”の力を駆使して韋駄天も真っ青、いや光すらも白旗を上げる速度で一直線に紫のスケステパンティーを手に取り、一切躊躇う事無く頭に被った。


「ふふぉーーーーー!! 効くぅーーーーーー!!」


……そもそも、まずどうやってそのスキルや職業を獲得したのだろうか? 職業を権威にまで覚醒させているし……。


画面越しにその様子を見ており、下着を取られたセントニコラさんは大激怒。


「殺す!!」


その音声が届かなくとも間違えようの無いセントニコラさんの姿はイタル先輩にも見えているが、イタル先輩は全く動じなかった。

寧ろ周囲にこう宣言する。


「俺達の様な真のベストカップルなら、簡単に下着を見つけられるし、勝つ為に見つけものなら下着でも喜んで提供する! そしてこうして被る事も出来る! これが真の愛だ!」


冷静に聞かなくともおかしいと分かるとんでも理論。

それを堂々と主張するイタル先輩。

どう考えても無理だと思うが、ダメ元で正当化するつもりらしい。下着を手に入れつつ、好意も手放すまいと企んでいるようだ。

寧ろより堂々と、より正面から主張する毎に異常性が増すと思うのだが、それでもここまで挑戦出来るとは凄まじい精神力だ。


周囲は当然、そんなイタル先輩に変態を見る目を……、向けて居なかった…………。


「成る程、それが真の恋人なのか。勉強になる」

「それが恋人の御作法ですのね」

「理解。人間、万年発情期。恋人は発情相手」


真面目で勤勉な司法科のウィリギアス先輩は何故かイタル先輩を手本に間違ったメモを取り、千年箱入り娘なロメスティア先輩は顔を赤く染めながらも迷う事なく受け入れ、キメラなアン先輩は人間そのものの性質として理解してしまっている。


そして、問題なのが何故か受け入れた先輩が受け入れ力の猛者だけでは無かった事だ。


「近頃の若人はここまで乱れているのか」

「ウィリギアスさんが理解を示すのであれば、あれが正解?」

「庶民の恋愛事情は難しい」


そう続くのは見た目はガングロギャルなのに不老スキルを持って生まれた御歳千二百歳の口悪く言うとギャルババア、世間に疎いがまともな感性を持つセレンティア先輩。それが今の時代かと納得している。

ウィリギアス先輩のクラスメイトで、護衛科として衛兵程ではないが秩序に厳しいナナー先輩は疑問符を浮かべながらもウィリギアス先輩を信用。

傲慢でこそ有るが貴族の義務を守り抜くゼアスト先輩は理解に苦しみながらも、それが庶民の文化かと飲み込む。


徐々にそんな真面目な先輩や純粋な先輩、世間に疎い先輩から間違いの連鎖が続き、そんな先輩達の数が増えると加速的に間違いが広がってゆく。

恋人居ない歴が年齢である先輩達は、イタル先輩の言葉だけなら兎も角、真面目であると評判のウィリギアス先輩が受け入れた事なども有り、実はそう言うものなのかと納得してしまったのだ。


そしてその流れは、囚われの姫サイドにも伝播していた。


パートナーの音声は通じない様にしているが、競争を促す為に対戦相手の声は答えに辿り着かない程度に届く様にしているのだ。

初戦という事もあり、今回は対戦相手の声がしっかりと聞けている。


「アザイエ! 私の下着を指定して!」


初めに動きを見せたのは囚われの姫役であるウィーラ先輩だった。

何と自らパンツを脱ぎ、パンツを偽恋人のアザイ先輩に堂々と提示する。


羞恥心で真っ赤に染まりつつも画面越しのアザイエ先輩に向かって真っ直ぐな視線を向けている事が、ウィーラ先輩が普通の感性を持っている事を示していた。

ウィーラ先輩は純粋に、この大会に勝つ為に正しい手段、だと思ってやっているのだ。


アザイエ先輩にその声は聞こえていない。

しかし、その身を犠牲にして勝ちに行こうとする気持ちは確かに伝わっていた。


静かに頷くと宣言する。


「今、彼女が履いているパンツをこの手に!」


まるで空に聖剣を求めるが如く、腕を伸ばして勝利を願う。


その想いに呼応したウィーラ先輩の下着は光を発し、何処かへと消える。


そして複数のパンツが会場に現れた。


アザイエ先輩にイタル先輩のような超常のパンツハンティング能力は無い。

だが、その目にしっかりとウサギ柄が焼き付いている。


真っ直ぐと、パンツに向かって歩き、出そうとして抜剣。

一気に前に出ると、激しい火花が散った。


「何をしようとした!?」


その剣の先には、掌で剣を受け止めたイタル先輩。


「勿論、妨害だ。ここで俺があのパンティーを手に入れればお前はポイントを得られない。つまり、ライバルチームが一つ減る訳だ」


そう言うイタル先輩だが、真意としてはそんな大義名分のもと、脱ぎたての下着を奪取しようとしている。


「渡さない! あれは僕の物だ!」


あれは、意訳すると「脱ぎたての下着は僕の物だ」ととんでもない事を叫んているが、イタル先輩とは違いアザイエ先輩は純粋に勝利の為に、ウィーラ先輩の想いに応える為に叫んでいる。


「――古びた剣よ くすむ剣よ その芯はミスリル その刃はアダマンタイト くすむ輝きは歴戦の証 我は求める 宝剣は求めない 飾りは求めない 求めるは真価 呼応せよ――」


剣を振るいながら詠唱してゆく。


「――汝が真名は断骸剣エドゥルガー――!!」


剣とともに膨れ上がる存在感。

剣と、いや聖剣と一つとなって放たれる剣戟はより速くより強く、そして巧みとなり、イタル先輩を襲う。

加えてイタル先輩の動きを読んだ一足先の動きで、イタル先輩を縫い止めていた。


アザイエ先輩は予言者。


動きを読むどころか、確率的未来を見て全ての動きがイタル先輩の上をゆく。

だが、結果としては軽く縫い止める事しか出来ていない。

聖剣を振るってもパンツを被る変態の素手に軽くいなされる。


「渡さない! 渡してなるものか! うぉぉぉーーーーーー!!」


アザイエ先輩の動きと気迫は魔王に挑む勇者のそれだが、いかんせん相手は変態。

まあ、アザイエ先輩の言葉に主語を入れると「脱ぎたてのパンツは渡さない! 脱ぎたてのパンツを渡してなるものか!」と、とんでもない事になるので変態なのは相手だけかは判断に迷うところであるが、見かけ上はかなり温度差のある激闘だ。


だが、これは良い展開だ。


アザイエ先輩とウィーラ先輩も紛れもなく偽カップル、ただのクラスメイトで、参加登録所でたまたま会ったから組んだだけ。

しかしアザイエ先輩は今、本気でウィーラ先輩の為に戦っている。


下着の取り合いという、想定どころか妄想もしていなかった事態になっているが、きっと縁結び的には求むべき展開だ。


ウィーラ先輩も祈るようにアザイエ先輩の勝利を願い、手を握りしめている。


加えて純粋にアザイエ先輩の勝利を願うウィーラ先輩の姿と、ウィーラ先輩の為に本気で戦うアザイエ先輩のその姿に、多くの先輩達が下着を選択するのは間違いではないと確信した。

ウィーラ先輩にならい、次々と囚われの姫側の先輩達がパンツを脱ぎ、それを指定する様に呼びかける。


会場に降り注ぐ無数の下着。


それを求めて勇者役の先輩達が駆け出す。


妨害という大義名分のもと、それを奪いに動くイタル先輩や同類の先輩達。


下着を求めた大戦が始まる。


想いを成す為の大戦が。



「うん、求めていた展開だね」

「……下着を差し出し求める流れは、求むべき展開と言って良いのでしょうか?」

「……互いが互いを想う結果であれば、もしくはそうなるのであれば求むべきものと考えても良いと思うよ。多分……」


起きている事と言えば脱ぎたて下着アピールと下着争奪ではあるが、大切なのは中身。

見かけだけの先入観に囚われては何も成す事は出来ないのだ。

それにしても酷いと思わなくも無いが……。


「せめて、成功する事を願おう」

「せめて、縁結びへと繋がっていただけなくては、単に変態を生み出した、変態に引きずり込んだ事になってしまいますね……」


縁結びは真の目的、ゴールであった筈だが、何故か最低ラインになってしまった気がする……。

得る事は難しいのに収支をマイナスにするのはとても簡単な事らしい。

まさか、補填の為に成功が必要になるとは……。


知りたくも無い事を学んでしまった。


「でも、流石にこれは、僕達に責任は無いよね?」

「ええ、我々に責任を問うのは、店が敵国の兵に襲われたから責任をとって敵国を落とせというのと変わらないかと」


不可抗力とすら言えない理不尽だ。

そもそもいつか英雄も呼ばれる、もしくは英雄と呼ばれている先輩達に常識的な展開を求めた時点で大間違いだったのだろう。


最初はもう少しのほほんと、一緒に楽しめるゲームとしても仲を深めて欲しかったのだが、英雄は日常すらも英雄譚。

勝手に刺激的にもなるようだ。


思えば、参加者をただ募っただけで人間以外を恋人と言い張るとんでもない刺激的(?)な事になっていたし……。


「寧ろ、最初から大戦を前提にした時の方が大人しかった様な気すらしてきたかも」

「食材を求めたイベントでは、世界大戦級の事態に発展していたので大人しくは無いと思うのですが……」

「いや、先輩達がぶつかった時点でもはや容易に世界大戦級の事になるんだよ。一対一で戦う余波だけで世界を滅ぼせる様な先輩もいるんだから」


つまり、世界大戦級の事態に発展したとしても、それは対決という観点からは通常の戦闘だと言える。


「本物の世界大戦みたいな事になっていてもそれはただ先輩達が普通に対決した結果、そう見えるか見えないかは、ただ周りに人がいるかいないかの違いだね」

「だとしても、それが大人しいと思うのは間違いかと」

「でも、下着を求めてそんな人達が全力で戦う方が、大人しくはないでしょう?」

「それもそうですね……」


そして問題なのは、果たして競技内容を考えたとして僕達の思惑通りに動いてくれるかどうかだ。

今回は縁結びに良い展開でもあるが、これは偶然に過ぎない。

縁結びに導く内容を考えたところで、踏み抜かれて斜め上の方法で突破されしまうかも知れない。


「ただ予想とは違う方法で攻略されてたり、多少変な結果になるのは良いけど、縁結び的に好ましくない結果に改変されたら大変だよね。だから、世界大戦縁結びみたいにした方が良いのかな?」

「はい? 何故、そうなりました?」

「最初から余裕が無くなる様な全力の対決が初めから前提なら、これまでの料理音楽イベントみたいに、少なくとも変態的な事にはならないのかなって」

「それでも世界大戦は止めましょう。仮に下着争奪戦の場を人里に移したら、この学園ごとイベント運営の我々も世間から白い目で見られてしまいます。下着を被った変態に滅ぼされる国家も現れたら、とても哀れですし……」

「例えだよ例え。単に、難易度を上げた方が良いかなって」

「なるほど。ですがそもそも、今回はもう手遅れでは? 既に下着を求め合うという事態になっていますし、これより酷くなる事は無いので?」

「そうだね……」


うん、確かに手遅れだ。


難易度を上げて、常に命の危険と隣り合わせにでもしようと思ったが、暫くは様子見しよう。





《用語解説》

・下着感知

下着を感知するスキル。下着に限定して五感の全てが鋭くなり、直感すらも強化される。

変態の中の変態だけが獲得できる伝説を超え神話級のスキル。

効果範囲が狭い分、獲得条件もその範囲に収まる行為を続けなければならず、獲得はかなり難しい。先に他のスキル、例えば〈窃盗〉や〈変態〉を獲得し、そこに経験値が割かれる為、下着専門のド変態か、変態スキルに収まり切らない莫大な変態的経験値を獲得した変態の中の変態の中の変態の中の変態しか獲得出来ない。

獲得するよりも凡人が勇者になる方が何千倍も簡単なスキル。



・変態嗅覚

身体能力としての嗅覚及び直感的嗅覚が性的対象に対して強化されるスキル。

性的対象への道筋すらも嗅ぎ取れる為、辿り着くまでの最適な行動なども予測する事ができ、使い熟せば限定的な未来予知能力として活用する事も可能。

限定的でこそあるが、条件さえ揃えば戦闘においても強力な力となる。

〈下着感知〉よりも効果範囲が広く、その分だけ歴史上獲得した者は比較的多い。それでも一つの世界が終焉を迎えるまで獲得者が一人もいない事がある激レアスキル。

通常のアクティブスキルであるが、固有スキルよりも所有者は少ない。何故か獲得した者は、例外なくパッシブスキルまで覚醒させており、何故か所有者は例外なく英雄の一人に数えられている。



・下着泥棒

下着を専門とする泥棒の職業(ジョブ)及び権威(オーソリティ)

仮に転職(ジョブチェンジ)可能になっても転職される事が滅多にない、下着泥棒に人生を賭ける変態しか就かない職業。

権威(オーソリティ)など、全ての世界において世界が始まってから総数を合わせても数えられる人数しかいない。



最後までお読みいただき、ありがとうございます。


本作は七周年目を迎える事が出来ました。ここまでお読みいただき、ありがとうございます。

一応、七周年記念は短編を書きましたので、お読みいただけますと幸いです。

【魔女の魔女狩り】

https://ncode.syosetu.com/n1777ip/

【怠惰な召喚士】

https://ncode.syosetu.com/n6404iy/


【魔女の魔女狩り】は風紀委員のメービスを主人公としたものです。裸体美術部の敵対者を主人公としてみました。

【怠惰な召喚士】は七年近く前に名前だけは出していた英雄譚です。


これまで新作を出したりとしてきましたが、今回は複数の短編とする方針に変えてみました。

……まさか、本作の更新が七周年目に間に合わないとは思ってもいませんでしたが。

尚、リクエストがあれば【モブ紹介】にあるタイトルの中から感想で送ってください。

尚、モブ紹介も七十八話、第2鉄人研究部、第1人工知能開発部、美少女開発部のモブ紹介を増やしました。お読みいただけますと幸いです。


次話は年内を目指します。


そんな本作ですが、今後も何卒よろしくお願いいたします。


追伸:本話のモブ紹介を追加しました。

https://ncode.syosetu.com/n0973er/

お読みいただけますと幸いです。


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