第八十四話 無茶あるいは不可能を超えるもの
いつの間にか、百話目に到達していました。
ここまで七年近く……、自分でも驚く程の筆の遅さです。
偽カップルイベントの参加登録所では無茶を通した末路を見届けた事により偽カップルが次々と誕生してゆく。
しかし、流石にまだ本物にまで発展しているペアはいない。偽カップルの相手ではなく、どうこの参加登録を乗り越えるかに比重が傾いていた。
そして、参加登録の列の前方は殆どが無茶なものを恋人と主張する人達だった。
偽カップルに順番が来れば、カップルだと職員の人に信じ込ませる為に、演技をしたり作り話をしたりとで進展が有るかも知れないが、まだそれは視られそうにない。
「何で変な事を考える人程、前の方に並んでいるんだろうね?」
「無茶を通そうとする強靭な意志と実行力は、決断の速さにも繋がっているのではないでしょうか? 単純によく考えていないからその分決断が速いと言う可能性も有りますが」
「是非とも前者であって欲しいものだね」
「そうですね」
そう言いつつも、僕達はつい視てしまう。
テラルーレ先輩の末路を見て頭を抱えたり、どうしようかと必死に考えている先輩達を。
少なくとも、こうなるとは予想もしていなかった先輩達が大半らしい。
極めて強靭な精神力で全く動じていない人は少数だ。
「無茶の末路を見ても動じない先輩って、それはそれでどうなんだろう……」
「……まあ、絶対の自信も時に英雄と呼ばれる方々には必要な要素かと」
「……絶対の自信そのものは必要な時が有るかも知れないけど、恋人マテリアルを恋人だと言い張る絶対の自信って必要?」
「この世でそれが必要になる場面は存在しないかも知れませんね……。強いて挙げるならば、このイベントくらいでしょうか」
恋人マテリアルを恋人だと言い張る絶対の自信が必要となるイベント、確かに参加する為にはそれが必要となり、縁結びと言う目的から考えてもその強い意志は周囲に良い影響を与えるのかも知れないが、何だかとてもそんなイベントではないと否定したくなる。
無茶な恋人を主張する先輩達に対して色々と思う事が有りつつも、僕達はそんな無茶を押し通そうとする先輩達を視続ける。
列の前方が無茶な人達だから、時間の流れ的に視ていると言う理由も有るが、一番大きな理由は単純にどうやって無茶を通そうとするのか気になるからだ。
まずはテラルーレ先輩と同じ第2鉄人研究部のスワーレ先輩。
真後ろに並び、テラルーレ先輩の末路をしっかりと見た彼は、どう無茶を通そうとするのだろうか。
参加登録所の人達の視線もスワーレ先輩に集中する。
スワーレ先輩の恋人マテリアルは若干型が違うが、内部機関が丸出しの少女型ロボット兵器の一番大切な少女部分が未完成の機体。
テラルーレ先輩よりはまともらしく、服を着せカツラを被せ、サングラスに眼鏡と可能な限りロボットという事を隠していた。
しかし動力源が発熱しているらしく、服が焦げて内部が丸見えの部分があったり、そもそも全身を隠したせいで怪し過ぎるなど、周囲の人達はテラルーレ先輩の恋人マテリアルと同じなのだろうと半ば以上確信している。
それをスワーレ先輩自身も察していた。
「彼女様はマスクとサングラスを外してください。本人確認に必要なので」
「えっ、いや、彼女は…、そうだ、風邪をひいていて」
「安心してください。このカウンターには感染症対策の為の飛沫防止結界が張られています」
「いや、その……、結界なんか無効化してしまう程の厄介な、それはそれは危ない感染症で……」
もしそれが本当なら、絶対に外を出歩いちゃ駄目だと思う。
スワーレ先輩も失敗したなと言う顔をしていた。
だが、失敗はそんな生易しいものでは無かった。
『致命的な感染症の存在が入力されました。センサー感度を最大にします。スキャン開始。感染症の存在は確認できません。スキャン再度開始。感染症の存在は確認できません』
まさかの、恋人マテリアルことりちゃんに風邪は嘘だと暴露された。
「だ、そうですが?」
「……あっ、頭も弱ってて……、いやー、最近の感染症って怖いなー、なんて……」
しかし、救ったのもことりちゃんだった。
『未知の感染症と判断。危険です。危険です』
「あっ、正気に戻った! ほら、危ない感染症だって!」
『生物兵器と仮定。緊急事態と判断。製作者保護を最優先。滅菌モードに移行します。密です。密です。離れてください。密です。密です。離れてください』
そして再び地獄に落したのもことりちゃん。
「へっ?」
危険を察知した周りの人々がスワーレ先輩から離れると、ことりちゃんはスワーレ先輩をシールドに閉じ込めた。
『煮沸します。煮沸します』
「あちゃっ! 熱いっ 熱い!」
シールド内に注ぎ込まれる熱湯。
少女型ロボット兵器は煮沸消毒するつもりらしい。逃げられないシールドの中が熱湯で満たされてゆく。
「助けぇっ!」
「助けが必要だと? そもそもこれは一体? やはり彼女さんでは無いのでは?」
「いっ、いや違っ、そうじゃなくて! か、彼女心配性で! 俺に風邪移しちゃ駄目だからって! しょ、消毒を! いや〜、愛って熱いな〜。でも俺の愛に比べればまだ冷たいくらい、な〜んて、ハハっ」
『加熱要請を受理いたします。追い焚き煮沸を開始しします』
「ぎぃあああーーーっ!!」
「なるほど、お熱い関係のようですね。分かりました。参加登録を受け付けます」
スワーレ先輩の耳にその声が届いているかは兎も角、スワーレ先輩も何とか恋人マテリアルを恋人と言い張る事に成功した。
そんなスワーレ先輩も酷い結果になったのを見て、後ろに並ぶ第2鉄人研究部の面々は冷や汗。
ここでやっと誰かに恋人役を頼もうとするも、一足遅く周りに適任者は残っていない。
こうなれば致し方がないと、順番が来てしまったオスト先輩とアクルガ先輩は目配せし合う。
そして恋人マテリアルから鬘を奪うと装着。
二人共……。
一人が女装して恋人に成りすますのならば、二百歩譲って良いとしても、二人共女装では何にもならない。
一瞬で恋人マテリアルよりも無理があると判断した二人は、鬘を取った影響で完全に機械感全開となったロボット兵器と腕を組む。
「え〜、……参加登録でしょうか?」
一応聞く受付の人。
「も、もちろんですわ!」
「あたくしもでしてよ!」
……よりによって、鬘だけの女装をしたまま彼女役として、メカメカしいロボット兵器を彼氏と言い張る事にしたらしい。
流石に、無茶にも程があると思う。
「あっ、はい……。それでは、えっと、カップルである確認として、お互いにパートナーの魅力に感じる点について教えてください」
あまりの無茶に押され、受付役の人はつい意思の強さを測れない無難な質問をしてしまう。
「み、魅力? た、逞しい多重記憶合金製の百徳兵器アームかしら」
「わ、私は合理的な計算能力を備えた鋼のハートを持つところですわね」
魅力というか、スペックをそれっぽく述べる二人。
「彼氏さんは、彼女さん達のどのような部分を魅力に感じますか?」
『すみません。よく聞き取れませんでした。すみません。よく聞き取れませんでした。もう一度音声入力するか、音声入力用マイクを使用してください』
『出力コードを入力する権限がありません。出力コードを入力する権限がありません。権限登録を行うか、ルート権限によりセキュリティを解除してください』
当たり前のように魅力など語らないロボット兵器。
「エラーメッセージが出ていますが?」
「エ、エラーメッセージなんて出る訳ないじゃないのですわ!」
「そ、そうでしてよ! は、恥ずかしがりなのですわ!」
咄嗟にそう主張する二人は素早くロボット兵器の近くに移動。
小声で指示を出す。
「偵察モードに移行、俺の魅力を測定しろ」
『偵察モードに移行します。スキャン開始』
「未完成だが仕方が無い。美少女回路をインストール」
『インストール開始。完了しました。スキスキ、ダーリン』
ここに来てオスト先輩とアクルガ先輩は別々の方法を選択した。
『経済的魅力度の測定が完了いたしました。貯金残高マイナス346500フォン、今月の収入758000フォン、内訳仕送り750000フォン、単発バイト8000フォン。支出850000フォン。収支はマイナスです。経済的魅力度はマイナス値です』
「…………」
衆人環視の中で、経済力の無さを暴露されるオスト先輩。まさかこんな事にはなるとは思わず、頭が現実に追いつけていない。
「た、高い数値! 高い数値だけを言え!」
我に返り、小声で必死にそう命じる。
『入力完了。外見指数の測定が完了。周囲より情報を取得。命令に従いスキップします。戦力指数の測定が完了。周囲より情報を取得。命令に従いスキップします。学力指数の測定が完了しました。周囲より情報を取得。命令に従いスキップします。美意識指数の測定が完了。周囲より情報を取得。命令に従いスキップします』
「………………」
測定結果が示されない、つまり良い結果でないという事を周知されるという予想外のあんまりな結果にオスト先輩はまたも立ち尽くす事しか出来ない。
『変態指数の測定が完了。条件が満たされました』
「ああーーーっっ!!」
まさかの数値、いや当然の結果を前に現実に呼び戻されたオスト先輩は必死に叫びロボット兵器の音声をかき消そうと藻掻く。
メタリックなロボット兵器を恋人と言い張り、対外的に変態なのは一目瞭然な筈なのに、何としてでも隠したいようだ。
どう考えても手遅れだと思うが……。
「なる程、確かに彼女さんは彼氏さんの事をよくご存知の様ですね。恋人同士であると確認が出来ました。参加登録をさせていただきます」
「や、やった〜……」
無事に参加登録を突破したが、心そこにあらず。
オスト先輩は肉体的ダメージは負わなかったが、精神的ダメージを負って受付をあとにした。
残るアクルガ先輩はその姿に同情している。
同情する余裕が、咄嗟の策であっても自分の策に自信があるらしい。
「では、次にお隣のアクルガさんのパートナーの方は、アクルガさんのどこに魅力を感じていますか?」
『勿論、立派な御立派様よ。ウッフ〜ン、アッハッ〜ン』
「なっ!?」
アクルガ先輩の機体はロボットながらもおそらくはセクシーポーズ、らしきものをクネクネと決めながらそう発言する。
それに対してアクルガ先輩は大きく動揺。それを聞いていた人達もざわつき始めた。
ロボットセクシーポーズに衝撃を受けたのかな?
後、御立派様ってナニ?
「て、訂正しろ! それと俺が彼女の設定だ!」
動揺しつつもそれを反発力に、即座に訂正を小声で命じるアクルガ先輩。
『命令を再構築。完了。実行します。言い間違えたわ』
ロボット兵器は新たな命令に従った。
しかし、瞬発的に行った命令はアクルガ先輩の求めと真反対の結果をもたらした。
『私の御立派様でヒイヒイ言う姿が一番の魅力よ。ウッフ〜ン、アッハ〜ン』
「なっ……」
「「「…………」」」
アクルガ先輩の周りから静かに少しずつ人が後退る。
「ち、違う! 俺は女装してロボットに掘られて喜ぶド変態なんかじゃないっ!!」
『今日は素直じゃないのね。ウッフ〜ン、アッハ〜ン』
「お二人の関係はよく分かりました。参加登録を受理いたします」
「違う!! 俺達はそんな関係じゃなーーい!!」
参加は認められたが、煩いのでアクルガ先輩は係員に回収されてゆく。
というか、アクルガ先輩の望まない結果になったにせよ、その原因となった美少女回路とは一体どのように組み上げたプログラムだったのだろうか。
そもそも何故その言葉の引き出しがあったのかがすごく気になるところだ。
兎も角、アクルガ先輩も参加登録する事には成功しても、精神と社会的な評価を大きく落として会場を後にした。
その後も、驚くべき事に第2鉄人研究部の人達は機械剥き出しロボットを彼女と主張する事に成功してゆく。
大小肉体や精神にダメージを負いながら。
そもそも、テラルーレ先輩の末路を見ても諦めない時点で相当凄いと思うが、まさか全員参加登録を済ますとは。
「もしかして、都会ではメカメカしいロボットを彼女とするのが実は普通だったりするのかな?」
「幾ら全員が参加登録を乗り越えたとしても、流石にそれは無いと思いますが……」
「だよね。じゃあ、やっぱり異様に強靭な、英雄に相応しい精神を持っていると考えた方が良いのかな?」
「……精神も、普通にダメージを受けているのでは?」
「試練で心が傷付いても乗り越えるのが英雄だから、寧ろ傷付いても進む事が大切だと思うよ」
「なるほど、一理ありますね」
ロボットを恋人マテリアにして最後まで恋人だと主張するのが一人だった場合、それは変人や変態の一言で済ませられる。
しかし、第2鉄人研究部の先輩達は全員が最後まで主張を曲げずやり遂げた。
僕達は先入観で視ていたようだ。
人をよく理解し突き詰めれば人類は皆変人かも知れないが、基本的に百人が見て百人が変人や変態と言う様な変人はそう多くない。
極端に少数だからこそ、変人と呼ばれる事が殆どだろう。
つまり、一つの部活の全員が似通った主張をしたのだから、先輩達はきっと世間一般的な変人ではない。
では、変人以外に強い信念を持ち、困難にも折れずに挑戦しやがてやり遂げてしまう人達。
それは英雄だ。今英雄でないとしても、やがて英雄と呼ばれるに足る素質を持つ人達。
英雄とは一人では無い。人類全体であろうとも、英雄に成り得る。僕はそう信じている。
「……例え英雄の素質を持っていたとしても、今回の行動は紛れもなく変人行動だと思いますが?」
タナカ=タロウは何か言っているが先輩達は変人ではなく、確かな英雄の素質を持つ人達だったのだ。
第2鉄人研究部の先輩達が無事(?)に参加登録した後も、恋人マテリアルを持つ無茶な先輩達は途切れ無い。
英雄の素質を持つ人が豊穣そうで何よりだ。
ただ、不思議な事にロボット丸出しの第2鉄人研究部の先輩達の後では、明らかに無茶な筈でも何故かまともに見えてしまう。
いや、これまでの方が常識という色眼鏡で的確に先輩達を評価出来ていなかった可能性も?
「流石にその可能性は皆無だと思います。私も騙さそうになりますが」
「イベントが終わったらゆっくりした方が良いかもね」
「そのゆっくりする場所にいるのも、そこがこの学園である限り基本的には参加者の方々ですが」
「常識って、自然とその文化の中で育まれ身に付くものだと思っていたけど、そうとも限らないんだね……」
「そうですね。常が異常であれば、常識など有り得ませんから。常識よりも良識こそが大切なのかも知れません……」
そう騙されない様に気を付けつつも、まともに見えてしまうのだから印象と言うものも強力だ。
例えば、第1人工知能開発部の副部長であるリッセル先輩が魔導頭脳に投射させた立体映像の少女。
どこにイベント参加が無茶な理由が有るのか、一瞬判らなくなってしまう。
「では、恋人であるという確認の為、お互いの魅力について教えて下さい」
「彼女の一番魅力はその献身さと言って良いだろう。彼女は私の為ならば外見は勿論、秘書にも平気にも変わり、世界すら変える!」
『リッセル様の魅力は、その飽くなき探究心と向上心です。共にまだ見ぬ未来を見たいと思っております』
うん、何も問題ない様に思える。
「ありがとうございます。参加登録を受け付けます。イベント開始まで暫くお待ち下さい」
参加登録も素通りしたかの如くすんなりと受理された。
次は同じく第1人工知能開発部、その部長のエドワー先輩。
立体映像ドローンは余機が無く代わりに吊り下げ型人形劇機能搭載ドローンという、何故造ったのかの時点で謎なドローンに吊るした人形を恋人マテリアルとしている。
しかし、この恋人マテリアルは吊り下げ人形とは思えない程の動きで瞼は勿論唇も細かに動き、操り糸さえ発見出来なければ人と見間違う程の出来だった。
話だけ聞いていた時には流石に無理があると思っていたが、普通の恋人限定イベントも誰も人形だとは気付かずに参加出来る完成度だ。
操り人形と言うよりも、動力が外側に有るだけのアンドロイドと捉えた方が良いのかも知れない。
見るまで操り人形が恋人マテリアルとしてかなり有用な可能性にすら気が付けないとは、先入観とは恐ろしい。
先に第2鉄人研究部の先輩達を見ていなければ、きっと驚愕していただろう。
変人であるという偏見が消えぬまま、良き作戦であった、つまり実は頭脳派であった事に気が付けなかったかも知れない。
偏見は大きく可能性を損ねてしまう。
百聞は一見にしかずの実例と言えるが、実際に見る以前に大切なのは相手を信じる事なのかも知れない。
「お互いの魅力を教えて下さい」
「勿論、その高い知性だ」
『私もエドワー様の叡智に惹かれております』
「ありがとうございます。確認が出来ました。イベント開始までこの近辺で待機していてください」
受け答えも、と言うよりもこちらが本領な魔導頭脳は無事に問答を突破し、イベント参加が決まった。
やはり、先入観は危険だ。
操り人形が無茶でも何でもないと見抜けなかったのだから。
そもそも無茶など存在しなかったのだ。
英雄がいる限り。
英雄は人が不可能だと思う事を乗り越える、無限の可能性そのもの。
仕組み的に操り人形だって、極めれば完全に恋人に見せる事が出来た。
「え〜と、そちらは?」
「僕の恋人です……」
フラール先輩の隣にあるのはハリボテ搭載リフト。
……訂正しよう。
無茶と言うものは存在する。
「本当に危険な先入観、前情報はロボット丸出しの無茶を押し通した第2鉄人研究部の先輩方であった様ですね……。何時の間にか、魔導頭脳を恋人として偽る事を何でもないと思ってしまいました……」
「僕も何時の間にか、判断基準がかなり低くなっていたよ……」
よくよく考えると同じ部活で機材が違うだけで作戦は同じ、つまり理性で導いた答えじゃなくて立体映像かハリボテかは運でしかない。
実力としては立体映像を使っていてもハリボテでも同じと言う事だ。
本当に何よりも大切なのは、結局のところ冷静さなのかも知れない。
と言うか、騙されずに視ようと思っていた矢先にこの結果。
何が必要、何が重要であるか以前に先輩達がある種規格外過ぎるのが一番の問題な気がする。
何をどう考えても、リフト付きのハリボテを恋人だと言い張る人が規格に収まる筈がない。
「では、一応、恋人だという確認をしたいのですが?」
「キスでも何でもしますよ。ハハッ……」
言い張る張本人も無茶が通るとは思っていないらしい。
本当に何故、それでも挑戦しようとするのだろうか?
不可能に挑戦する、英雄心理なのだろうが、僕に英雄の心理は解らない。
いつの日にか、理解できるように、英雄になりたいものだ。
そして、ここまで意味のないキスがある事を初めて知った。
ハリボテにキス、ただ虚しいだけだ。
「か、彼女さんの魅力は?」
「……逞しいアーム?」
「彼氏さんの魅力は?」
『バックします。バックします』
「「…………」」
ハリボテリフトは発声機能も絶望的だったらしい。
ダメ元でフラール先輩はハリボテに対し鼻をぶつけつつもぷちゅり。
うん、実際に見ても虚しいだけだ。
これは流石に参加登録不可だろう。
しかし、そこで終わりはしなかった。
「……これは、どういうこと?」
地の底から響く様な声で問うのは風呂敷で顔を隠し、全身に認識妨害の術を身に纏うテスティリアムーン先輩。
某大国唯一人のお姫様だ。
「浮気? 浮気よね?」
まさか、ハリボテにキスしたら浮気だと判定する人がいるなんて……。
因みに即座に現れたのは次元の狭間からフラール先輩をストーキン…、じゃなくて観察し続けていた為だ。
一瞬で展開した無数のナイフをフラール先輩に突き付ける。
「ヒィッ!? また君か!? 君は一体何者なんだ!?」
「おい、貴様、前も警告した筈だ! 主様に近付くな! やはり安全の為、切り取るべきかと愚考いたします」
「ヒィエェッ!?」
テスティリアムーン先輩だけでなく、背後にはフラール先輩の股間に鎌を当ててオカマにしようと企む某大国の姫様専属侍女のアリアリリス先輩。
「あの〜、皆様は?」
真面目な受付員さんはこんな状況下でも平常運転。
いや、こんな状況下と言うよりも、ハリボテリフトが恋人だと通そうとした時の方が非常時か。
「見ての通り、フラールの運命の相手よ」
「こいつの股間を狙うものだ」
フラール先輩は全力で首を横に振ろうとしたが、周囲にナイフだらけで否定が出来ない。
というかアリアリリス先輩、頭に血が上っているにしてもとんでもない事を言っている。
「なるほど、喧嘩するほど仲が良いという事ですね。三人組と一台で参加登録を受理いたします」
僕達の指示があるとは言え、凄まじい拡大解釈でフラール先輩は参加登録に成功した。
ついでにハリボテリフトも。
テスティリアムーン先輩が本気で浮気相手だと思っている事が評価対象になってしまったらしい。
まさか、不可能にしか思えなかったリフト付きハリボテですら恋人ととして通す事が出来るとは。
これだから人とは素晴らしい。可能性の塊だ。奇跡というものを魅せてくれる。
そしてこの成功は、更なる予想外をもたらした。
イベント参加登録所に並ぶ人達が、編成を変えてゆく。
「頼む! 俺もチームに入れてくれ!」
拝むように頼むのは偽恋人役の女子を見つけられなかったブライト先輩。
恋人と主張しようとしていた自らの筋肉、そこに書かれた画伯的な曰く女性の絵を消して、クラスメイトで組まれた偽カップルに頼み込む。
参加登録の列の各所では、同じ様な事が起きていた。
フラール先輩の偽カップル、一対一では無く一対ニプラス一台でも何故か登録できたのを見て、恋人マテリアルよりは一対複数でも断然勝率があると判断して頼み始めたのだ。
「さっきジャンケンで負けただろう! 潔く諦めろ! ブライトのせいで参加できなくなったらどうしてくれるんだ!」
「二人より三人の方が戦力は当然高い! 内容にもよるが参加登録後は有利になる筈だ!」
「確かに、力を競うにしろ、知恵を競うにしろ、人数が多い方が有利ね。その回毎に出られる人数が二人だとしても、得意な方が出れば良いし」
女子のミリシア先輩はそう冷静に分析。
前向きに考える。
「なるほど、参加登録さえ乗り切れば有利か。ミリシアさんが良ければ、組んでも良いというのなら組んでも構わない」
「じゃあ決まりね。よろしく、ブライト君」
「ああ、二人共頼む」
アルゼン先輩も利点を認め、最終的にミリシア先輩が許可する事で三人組偽カップルが生まれた。
「良い感じの展開になったね」
「ええ、これで無茶を通そうとする方々が減り、このイベントにおいて縁結び対象となる方々が一気に増えています。縁結びと言う真の目的からすれば素晴らしい事です」
一対一から一対ニや複数になる事で、一人に対する想いや意識などは減ってしまうかも知れない。
しかし、元々一対複数を受け入れる人達は当然ながら偽カップル、これがきっかけになって本物のカップルになってくれれば大成功な人達だ。
確実性の有る方法で効力が半減してしまうのなら大きな問題であるが、これは効果的で有る様に組んだだけのイベント、実際の成功率など不明で賭けに近い。
本物のカップルの参加者もいるが、大半のそうでない人達の場合、縁結びの効力としては恋愛感情を抱かせると言うよりも、少しでも意識させる、きっかけを生む方法だ。
育むのではなく、芽生えさせる事を第一の目的としている。
いつか恋人同士になってくれればそれで良い。
慌てる必要など皆無。
それが縁結びだ。
その効力も誰にも等しく単一の力を発揮するのでは無く、効力は人それぞれ。
そしておそらく、きっかけを経て愛が芽生えてからでなければ、愛を育む事は出来ない、と言うよりも愛に変わる事は無い。
例えばデートと殆ど同じ行為を大抵の場合友人ともしている筈だが、それは愛が育まれるのではなく友情が深まるだけだろう。
買い物に、食事、遊び、その行為そのものに愛を育む効力がある訳ではない。
愛とは可能性であり、理屈では無いのだろう。
ならば、縁結びの対象者が多い方が、最終的な縁結びの成功率はきっと高い。
可能性の方を増やせるのだから。
場合によってはライバル意識を生じさせ刺激し、効力そのものを高める可能性だってある。
ハーレムや逆ハーレムになってくれれば最終目的からしたら大成功だ。
このイベントの縁結び成功率が大きく向上したと考えても良いだろう。
しかしまさか、そのきっかけが明らかに無茶に見えた恋人マテリアルで参加しようとした先輩だとは。
やはり人には無限の可能性が秘められている。あらゆるものを覆せる可能性が、英雄へと至れる可能性が。
不可能にしか思えない事を覆し好転させ、周囲まで良きを伝播させる事が出来る。
きっと、人に不可能は無い。
人はあらゆる困難を乗り越えてどこまでも進み続けるのだろう。
いつしか、理想郷すらも越えて。
僕もいつか、そんな英雄の一人になりたい。
まずは信じて、進んでゆこう。
《用語解説》
・少女型ロボット兵器ことりシリーズ
第2鉄人研究部が開発した少女型ロボット兵器。機械工学、ゴーレム工学、魔導工学を駆使して造られた人型兵器であり、最終的に自分好みの少女型ロボットとなるようにパーツ交換が容易な設計が成されている。加えてある程度の量産が可能。
兵器としての力は、全て武装パーツに変更し燃費も考えなければ最大単騎で一万人規模の街を落とせる程の力を発揮する。ただ、少女型に拘っている為に、使われている技術や素材に見合う程の戦闘能力は現段階で実装されていない。通常時はC級冒険者程度の戦闘力であり、素材を集めた開発者達の方が基本的には強い。
そして少女型に拘り過ぎている為、中々満足出来る少女外装が作製されておらず、機械剥き出しのただのロボット兵器が現状である。
・魔導頭脳A45b
第1人工知能開発部が開発した人工知能。基本的には高位魔獣の魔石に回路が刻まれる形で作製されており、処理能力が優れているのみならず魔術の行使も可能。外部端末も用いれば更に万能な魔導頭脳。
ただの吊り下げ式操り人形ですら、A45bの制御下にあれば人間にしか見えないものに変貌する。
尚、同期可能なプロジェクター機能搭載ドローンが一機しか無いのはドローンが市販品で高かったからである。開発者達は人工知能開発が出来ても機械の専門家と言う訳では無いので求める性能のドローンを造れず今回の結果に繋がった。
一方で吊り下げ型人形劇機能搭載ドローンは部内で作製されたもの。人形劇団機能搭載だが、人形劇団をする為に造られたのでは無く、魔導頭脳の自律式外部端末、ロボットを作製しようとしたがこれも造れず、内部から動かせないのなら外部から動かそうと操り人形方式で人型を動かすドローンとして作製された。
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
百話書くまでに七年近くかかった非常に投稿が遅い本作ですが、今後とも何卒よろしくお願いいたします。