第八話 植物採取あるいは乗り物
僕とコアさんが少し大袈裟に一歩を踏み出した後、改めて周囲を視渡してみた。
森と森との境界線ははっきりとしている。壁が有る訳でもないのに僕の村側の雲を貫く巨大な大樹と、僕が進む方向にある普通に考えれば大きな大樹が雑ざっていない。真っ直ぐと境界が目視できるのだ。
そして何よりもいきなり暗くなった。一歩踏み出す前は真夜中の時間帯にもかかわらず、昼の明るさだったのに今は時相応に暗い。
その線に沿うように様々な遺物が鎮座しているので、それの力によるのかもしれないが、僕には自然と存在する境界の上に遺物を置いたように見える。
その境界線から向こう側は、まるで身体の感覚と気分が違う気がする。
単に初めての一歩を踏み出したからかもしれないが、なんと言うか軽く成った気がするのだ。
横に居るコアさんの様子からみても、多分本当にこの境界線は何かを分けているのだと思う。
……田舎と都会の境界線ではないことを祈りたい。
「コアさん、道はここを真っ直ぐでいいの?」
「はい、正確には私の領域感知能力では、まだこの元ダンジョン領域内しか感知できないのでこの領域の外をまず目指しましょう」
「成る程ね。僕は今回方向音痴だって判ったから、真っ直ぐでも道案内よろしくね。実は僕の元々目指していた道はあそこなんだ」
僕は指を指しながなそう言う。
実は辺りを視渡した時に、目指していた外へのの道が遥か遠くに在るのを見つけたのだ。
僕は今まで村の周辺しか歩いたことがないから、自分が方向音痴だと知らなかった。道は確かほぼ一本道なのに何で迷ったのだろう? コアさんと出会う為だと思いたい。
「……あんなに遠くを目指していたのですか。絶対に道が判らなかったら、すぐに私を頼ってくださいね」
コアさんが驚きの混ざった呆れ顔で僕に言う。僕自身も自分の方向感覚に驚いている。
「よろしくね」
僕達の進む先は先程までと雰囲気が全く違った。
前の森は何処か神聖で、静かな優しい森といった感じだったが、ここではあらゆる存在を感じ、様々な声が聞こえる。この森は生命に溢れていると感じた。
先へ進む程、生命に溢れているのだろう。飛竜の性でまだ近くには生き物が居ないが、確かに前方には存在すると判る。
木々はどれも僕が十人居ても囲めない殆ど太く、天高くそびえ立つが、前の森の木と比べると圧倒的に低い。
しかし落ち葉も落ちた木の実もしっかりとあり、生命の営みを感じられる。
何かに縛られている気もするが、いい木々だと僕は思う。
草や花の雑多さも僕は好きだ。珍しい植物は採取しておこう。
各所に人工物らしきものも点在しており、コアさんの言っていたダンジョンが自然と化したからだろうか、多くのものが当時の形を遺している。
恐らくはダンジョンの施設だったのだろう。コアさんに聞けば答えはすぐに判るだろうが、それを聞くことはしない。
今が真夜中であることが少し残念だ。朝の姿、昼の姿も見て見たかった。
しかし止まりはしない。旅の景色としておきたいからだ。止まって全てを見てしまえば景色の価値が変わってしまう。
姿を一瞬見れたことに感謝しよう。
「フフフフ、フーン♪」
景色を楽しみながら僕は植物を採取していくことにした。ここにあるものは見たことがないものばかりだ。
採取方法は簡単。直接僕の豊穣世界に植え替えるのだ。そう望むだけで簡単に出来る。
僕が植物を採取したいと念じると、僕の千里眼に視える範囲の植物の下、つまりは元ダンジョン《最果て》の下に広大な豊穣世界の一部が広がり、植物のみがゆっくりとそこへ降りて行く。
降りて行く植物達は次第に遠くへと降り、小さく視えてくる。これは豊穣世界の極一部に過ぎない。それにも関わらず植物達はますます小さく視える。如何に豊穣世界が広大なのかが判る。
その草原へと到達した植物達は一瞬で根を生やし、また次の瞬間には同種の植物が増え、次々と群生地がその農園が誕生していく。
植物達を世話する“植身”を増やさなくちゃね。
「あぁ………………………」
変な声(?)がしたので隣のコアさんを見ると、口と眼を大きく開ききって固まっていた。
まるで余りの驚きで気絶も出来ずにいるような状態だ。どうしたのだろうか?
コアさんがこうなった理由が解らなかったので、採取した植物を調べてみた。ここに原因があるかもしれない。
僕の豊穣世界に在る植物なので、念じるだけですぐに情報は解った。なかなか面白い性質だ。
ここにあった植物達は全て不滅なのだ。切ろうが、焼こうが、引っこ抜こうが何度でも再生し、その場に在り続ける。消滅させることが出来ないのだ。ダンジョンの性質を持つ植物と言える。
しかもこの性質は僕の豊穣世界に植え替えた後も変わっていなかった。
上手くこの性質を残したまま加工出来れば素晴らしい物が造れるだろう。
この情報にコアさんが驚いたのかな?
早速、この情報通りに植え替えた植物の在った場所には光りが集まり、植物達が再生し始めている。広大な土地にこの光景は壮観だ。今の時間帯が夜ということもあってとても美しい。
コアさんは残念ながら視ていなさそうだから、今度僕の豊穣世界で再現してあげよう。
「サカキ、ナギ。コアさんを運んであげて」
僕はコアさんが暫く固まったままで居そうだったので、使い魔、いや眷属の二人にお願いした。
「「畏まりました。我等にお任せください」」
二人はすぐに突然現れ、僕のお願いを承諾してくれる。
我ながら素晴らしい眷属を創りあげたものだ。巫女装束のままだけど……。
「主コセルシア様を御運びする為に乗り物を建造したいのですが、よろしいでしょうか?」
「勿論いいよ」
「ありがとうございます」
どうやら二人は馬車か何かを作ってくれるようだ。
コアさんが正気に戻る間まで運んで貰うつもりだったけど、千里眼で視た限りこの元ダンジョン領域から出るのにも、相当な距離があるからお願いした。
「材料に主アーク様の植物を使用してもよろしいでしょうか?」
「品種改良が終了した完成種ならいいよ。詳しくは植物ごとにいる僕の植身に聞いて」
「ありがとうございます。必ずや主に相応しい神輿を仕上げて見せます」
「よろし…ん!? 馬車とかじゃなくて神輿を作るの!?」
神輿って確かお祭りとかで担ぐやつで、そもそも乗り物じゃないよね。馬みたいな車を引くのが居ないからかもしれないけど、せめて人力車とか作れないのかな。
「何で神輿?」
「我等が担ぎたいか……この地形で車輪では揺れが激しくなってしまう為に、人力で担いだ方が良いと判断したのです」
「……そう、よろしくね」
何か誤魔化された感じがするが、ちゃんとした理由があり、何よりも絶対に神輿を作る!、と言う意思がその無表情から滲み出ていたので思わず了承してしまった。
きっと成るように成るさ……。
「皆さん、新たなる使命が降されました。主様が御乗りになられる神輿を造り上げるのです」
「主様に御待たせさせる訳にはいきません。総出で造り上げるのです」
サカキとナギは静かに、それでいて力有る声で虚空に向かい命令した。
「「「「「御意!!」」」」」
すると虚空から魔術の人達が突然現れ、その命令に応えた。
軽い一言で大変な事になってしまった気がする。……御茶でも飲んで現実逃避していよう。
僕が御茶セットで正座して御茶を飲んでいる間に神輿造りが進んでいく。まるで早送りを視ているようだ。ズズッ…老後ってこんな感じなのかな。
万変の木、世界樹の芯が切り出され神社のような神殿のような物に姿を変えて行く。
ん? 神輿を作るんじゃないの!? 立派な宗教施設を建てているけど……。きっと都会風の神輿を造っているのだ。そうだ、そういうことにしておこう。
あ~、御茶は落ち着くな~。
都会風の神輿(?)の形が出来てくると、今度は財宝の木“蓬莱樹”を加工し、神輿に装飾を施していくようだ。まあ既に神輿の形は芸術的なものと成っているが。
神銀の蓬莱樹から作られた塗料をまず全体に塗り、その上から他の財宝を時に塗り、時にはめ込んでいく。
ここまできたら完全に乗り物ではない。王城の宝物庫に保管されていたり、神殿の秘部に鎮座しているような一品だ。
あ~、森の再生の光りが綺麗だな~。
装飾も終わり、完全に形が完成すると、眷属達は神輿を囲み魔術の準備を始めた。神輿に魔術を付与するのだろう。
あるものは呪文を詠唱し、あるものは魔方陣を描く。全員バラバラの行動をしながら一つの魔術を発動しようとする。これは自分達の力量が足りないのを人数で補う為だ。
通常こんな魔術の発動のしかたはほぼ不可能だ。かなり息が合わなければならず、二人掛りで発動させるのすら至難の技だと聞いている。それをこの人数でやるとは、眷属が兄弟のような存在であることを考えても凄すぎる。一体どんな神輿を造りたいのだろうか? まだまだ魔術を付与するみたいだし……。
僕はただコアさんを運ぶ手段が欲しかっただけなのに……。
あっという間に完成した神輿を僕は遠い眼で眺めた。
大きさは三階建ての一軒家並で、見た目は完全に神社の混じった神殿だ。最上部には鳥居と柱が立ち並び、二つの玉座が鎮座している。恐らくそこが僕たちの席なのだろう。
どうせ乗るならしかないのなら、せめて屋根を付けてほしい。
表面は神銀で覆われ、魔術の付与も手伝ってか神々しい光りを放ち、各所には植物を模した見事な装飾が施されている。
神銀は兎も角植物の装飾はいい趣味をしている。きっと僕のことを考えてこのデザインにしてくれたのだろう。
魔術の付与はどんな魔術を込めたのか解らないが、とてつもない力を感じる。一体何を使ったのだろうか? 乗り物を作るには過剰過ぎる。
「完成致しました。どうぞ主アーク様もお乗りください」
「主コセルシア様は既に神輿に御運び致しました」
見ると確かにコアさんが玉座の一つに座っていた。この神輿の存在が止めとなったのか、コアさんは白目を剥いて口から泡を出している。
あっ、茶柱が沈んでいく。
「ぼ、僕は自分で歩けるからいいよ」
僕は冷や汗を流しながら作り笑顔で抵抗する。
「やはりこの神輿ではご不満でしょうか? 申し訳ありません。少しでも主に相応しい神輿に造り直します」
「皆さん! この神輿では─」
不味い流れになってきた。ナギは僕が神輿の出来が悪いから乗らないのだと判断して謝罪をし、サカキが早速神輿を造り直そうと命令しようとしている。
何でこうなるの!?
「いやいや!! やっぱり乗る!! あ~、早くこの立派な神輿にノリタイナー」
サカキが命令する前に慌てて止めた。早く乗らなければ大変なことになりそうだ。
「このような粗品でもよろしいので?」
「全然粗品じゃないよ。大丈夫」
「「ありがとうございます。ではこちらに」」
ナギとサカキに招かれて神輿の正面に立つと、最上部から階段が降りてきた。梯子等の簡易的なものではなくしっかりした階段だ。神銀の加工も、植物の装飾も揃っている。
一体どこに仕舞ってあったのだろうか?
階段を昇る際に神輿の内部を観察しようとしたが、見た限り最上部以外は飾りのようだ。扉や窓はあるがそこからは光りが漏れるだけで、中には何も見えない。
内部に入れるのならばそこに乗りたかったが残念だ。あの最上部の目立つところに乗らないといけないのか……。
大丈夫だよね? 都会に出たらこんな感じの神輿がいっぱい有って目立たないよね?
最上部まで昇りきると階段が引っ込んでいった。最上部の入り口に在る鳥居の下の紋章のようなものへと消えていく。
紋章は見た限り収納系統の魔方陣のようだ。隠されているが似たような紋章があちらこちらに存在しており、まだまだ多くの設備が仕舞われていそうだ。
「こちらが主アーク様の席となっております」
「何かございましたら何なりとお申し付けください」
僕が玉座にたどり着くとサカキとナギはこう言い、二人はその場で消えた。
僕は玉座に座る。見かけは神輿と同じ系統のデザインでとても座りにくそうだったが、座ってみると恐ろしく座りやすい。座りやすさに重点を置いた椅子でもこの座り心地に勝るものはなかなか無いだろう。
「皆さん、主が御乗りになりました。出発です!」
「「「「「はっ!」」」」」
僕が玉座に座るのとほぼ同時にサカキが命令を出した。消えたと思ったら下に移動していたようだ。
この時になるといつの間にか魔術の人達の数がかなり減っていた。僕の無限収納へと戻ったのだろう。
魔術の人達が神輿を担ぎ出し神輿が持ち上がっていく。
サカキとナギが何処に行ったのかと探すと先頭に居た。これまた恐ろしく似合わない。君達は見かけもそうだけど、役割りも秘書のつもりで創ったんだけど……。
そして神輿がゆっくりと前進していく。
良かった。異世界ではワッショイ、ワッショイと掛け声を上げながら神輿を担ぐと聞いていたので、この神輿でもやらないかと心配していたのだ。実に静かに進んでいく。
揺れも全くない。スキルに神輿術でもあるの?と思うほど担ぐのが上手い。
ただ進む時の風のみが僕達に吹いている。とても心地良い。
これなら乗っていてもいいと思える。本当に都会には神輿が溢れているのだろう。こんなに快適な乗り物が都会に無い筈がない。
この神輿は三階建ての建物程の大きさと高さを持つから、最上部に在る僕の玉座からの眺めもいい。
木々の再生の為に集まっていた光りは元の形に近づき、その光りは豊穣世界に採取されなかった人工物や大地の凹凸を美しく照らし出す。
視たところ動物や魔獣の類いはこの森には存在して居なかったようだ。巨大な龍が鎮座している以外に生き物は居ない。ん!?
何!? あの龍!? 狂暴な龍じゃないよね!?
横を見るとコアさんが復活していたので聞いてみた。
「コアさん、あの龍何!?」
「ん? あ~、あの龍ですか。あれは多分ここの元ダンジョンボスですね。私の知る姿と少し違うので、その子孫か新たに出現した存在だと思います」
「僕達に攻撃してきたりしないよね?」
僕は恐る恐るとコアさんに質問する。
「ははは、何を言っているのですか。私は元このダンジョンのコアですよ。つまりはここの絶対上位存在です。今では元ダンジョンコアになってしまいましたが、それでも例え直接、私が生み出した存在でなくとも、この私に向かって攻撃を仕掛けてくる筈がないではないですか」
コアさんが得意気に語る。
「──ゴゥオルギュオオーーー─────」
────ドゥオオゴォォーーン─────
そんなコアさんの横を巨龍の極太ブレスが通り過ぎて行った。
《用語解説》
・境界
アークの村の近くに在る森を分ける境界。この境界から森の様子は完全に違っている。
決して田舎と都会を分けるものではない。
・蓬莱樹
竹から女の子が出てきて月に帰る物語に出てくるアレ。
葉や茎や実、根にいたるまで財宝と呼べる素材で出来ている樹である。構成財宝はランダムであるがアークは品種改良してどのような構成にもできる。
樹として財宝を育てられる為にその価値は非常に高い。落ち葉すら財宝なのだから当然だ。しかし不死の力が宿る土地等でしか育てられない為、この樹を手に入れる為の代価と比べると割に合わない。
・世界樹
始まりの樹と呼ばれる存在。
神々がこの樹から数多のものを創り上げたとされる為、アークからは万変の樹と呼ばれる。
・神銀
神々の銀。因みにオリハルコンは神銅である。
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