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ラヴ・アンダーグラウンド(LOVE UИDERGЯOUND)  作者: 囘囘靑
第2章:洗礼の街・ヤンヴォイ(Жанвой)
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08_聖なるもの(Святой)

「え?」


 両脚でまっすぐに立っているタミンを見て、クニカは呆然とする。タミンは、右脚を怪我していたはずではなかったのか。


「どういうこと……?」

「静かに」


 答える代わりに、タミンは懐から何かを取り出した。銃だった。クニカは、頭が追い付かなかった。


「タミン?」

「隠れて」


 タミンに促されるがまま、祭壇の裏側に、クニカは身を隠す。


 やがて、聖堂の側面に伸びていた通路から、人影が飛び出してきた。タミンの兄・タージェだった。タージェは息を切らしていて、着ている服は破け、肩から血を流していた。


 リンの姿はない。タージェは、リンを食品工場まで案内していたはずだ。


 クニカの背筋に、冷たいものが走る。


「リンはどうしたの?」

「やられた!」


 弟の問いに、兄が答える。


「アイツ、魔法が使える。後ろから襲おうとしたら、翼が生えてきて――地下道のお蔭で助かった」


 自分の心臓が、口から飛び出してしまうのではないか――クニカはそう思った。じっとしているだけのことが、こんなにも苦しいとは、クニカは想像したこともなかった。背中に渡し込まれたナイフが、噴き出してきた汗で湿る。


――変な真似したら、承知しないからな。


 別れ際、リンはそう言っていた。リンの予感は当たっていたのだ。


「待て」


 タージェが言う。


「もうひとりはどうした? クニカって奴は?」

「逃げたよ」

「何だって?!」


 祭壇越しに、タージェの胸の辺りが、赤い色に覆われる。今ならば、クニカにも色の意味が分かる。どういうわけかクニカは、他人の感情を、色として識別できるようだった。緑は平静、黄色は緊張、青は悲しみで――赤は怒りだろう。


「殺しとけって言ったろ。後ろからズドン、だ」


 左手の人差し指と親指を立てると、タージェは銃を撃つ仕草をする。生々しい仕草だった。背中を撃たれ、床に自分の身体が叩きつけられる様子を、クニカは連想してしまった。


 タミンは首を振った。


「できないよ、そんなこと」

「分かってんのか」


 弟の両肩を鷲掴みにすると、タージェは強く揺さぶった。


「二人とも生きてやがる。殺されるかもしれないんだぞ、俺たち」

「逃げるさ、二人とも」


 タミンの顔は青ざめていた。ただ、それは「殺されるかもしれない」という怖れのためではなく、兄と対立することの怖れのためであるように、クニカには見えた。


「殺しになんか来ない。賢いんだよ、二人は」


 タミンは言う。弟から離れると、タージェは頭を抱える。


「ボクたちと違って、ちゃんと助け合おうとしている」

「オレたちだってそうだろ……!」

「罠にはめようとしていた」


 タミンは答える。声は震えていた。


「それを見抜かれた。分かったんだ、兄貴。どんなに絶望的な状況でも、助け合わなきゃダメだって。だれかを殺して、奪って生きるのなら、それは違うって」

「お前に何が分かる」


 タージェの心の色は、相変わらず、真っ赤に光ったままだった。


「何が分かるってんだ。言ってみろ」


 金属同士の噛み合う、小さな音がする。撃鉄を起こした音だった。タミンは銃を構えていて、照準は、タージェに向けられていた。


「タミン……?」


 タージェは、弟から一歩後ずさる。


「何考えてんだ」


 右手に銃を構えたまま、タミンは左手で、みずからの服の襟を引っ張った。タミンの肩と首の付け根が、聖堂の明るみの下にさらされる。


 祭壇の裏側から、クニカは目を細める。タミンの肩の肉はえぐれていた。噛まれたような傷痕があった。


「嘘だ」

「逃げるときに、噛まれた。もうダメなんだ」

「まだ分からないだろ」


 タージェは言う。声は小さかった。


「分かるよ」


 タミンは笑っていた。


「だれかを殺して、奪って生きるのなら、やっぱりそれは違うんだよ。兄さん、ありがとう――」


 銃の照準が、タージェから離れる。タミンの構える銃の先端は、タミンのこめかみを目指していた。


 タージェは叫ぶ。ただ、弟を止める(いとま)は、兄には与えられなかった。


 タミンは引き金を引く。銃声。タミンの頭から、真っ赤なものが飛び散った。タミンの腕や足は、電気に触れたようにして引きつる。


 タミンの肉体が、祭壇に向かってくずれ落ちる。祭壇が壊れ、クニカの姿があらわになった。


「あっ」


 タージェが叫ぶ。


 目の前で起きたことが、クニカには信じられなかった。先ほどまで話していたはずのタミンは、今は床に横たわり、手足を投げ出している。クニカは、芝居でも見ているような気がした。


「おまえ――」


 タージェが、押し殺したような声を上げる。しかしクニカは、そのとき、タミンの指が不自然にわなめいたのを見てしまった。

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