50_救済の地(Ултра)
……人生に意義はない、人生そのものが悪である――こうした答えをえたことによって、予は絶望におちいり、みずから殺さんとまでしたのであったが、その時、むかし自分が信仰を持っていた子供の時分には、人生が自分にとって意義のあったこと、および、予の周囲の信仰を持っている人々……は信仰を失わず、人生の意義を獲得していることを思い出して、予は……周囲の賢人たちの解答の真実性に、疑念をいだくにいたったのである。【トルストイ(中村白葉訳)『要約福音書』、p.256】
三つの川の分岐点上に位置する街は、その四方を、高い城壁が覆っていた。世界を襲っている大災厄から、街が無事でいられるのも、昔者の時代からあった、白亜の城壁のお蔭だった。
城壁に吊り下げられた横断幕には、
「Добро пожаловать в Ултра(ウルトラへようこそ)」
と書かれてあった。
黒いオーバーオールを身にまとった、背の高い少女が、魚籠を片手に提げたまま、横断幕に向かって大きく手を振った。
その隣では、金髪を無造作に束ね、眼鏡をかけた少女が、銀髪で、褐色肌の少女に、何かをささやいている。その様子は、さながら恋人同士のようだった。
その更に隣では、ひとりの少女が、横断幕を前にして立ち尽くしていた。黒く、長い髪を一房に束ねている、色白でやせた少女だった。ウルトラへ行きたいと、少女はもっとも強く願い、旅の中で多くを喪い、しかし反対に、多くを手に入れた。
そんな少女の隣には、もうひとりの少女がいる。水色のタオル地のパーカーを身にまとう、桃色の髪をした少女は、ハーフパンツの尻ポケットから、何かを取り出そうとしていた。
◇◇◇
「あれ……?」
おしりの辺りに違和感を覚えたクニカは、ハーフパンツの尻ポケットをまさぐってみた。指に引っかかったものをつかみ取り、目の前にかざしてみせる。それは、リンと初めて出会った日の夜に書いた、一枚のカードだった。
あの日の夜、“黒い雨”に怯えながら、クニカは自分のことを、必死になってカードに書いていた。書くべきことが無かったせいで、あのときのクニカは、途方に暮れていた。
名 :加護……国 (……カゴハラ ク …)
性別:……
年齢:……( X年10月22 …れ)
住所:〒……、
所…: ……
カードはしわくちゃになっており、表面の文字はかすれて、ほとんど読めなくなってしまっていた。
しばらくカードとにらめっこをしていたクニカだったが、だんだんおかしくなってきてしまい、とうとうクニカは吹きだしてしまった。
「自分の生に、何の意味があるのだろう?」
――あの日、あの夜、クニカを悩ませた質問である。一度は死にたいと感じ、それからクニカは、すぐに生きたいと思い直した。しかし、自分の生には、いったい何の意味があるのだろう。カードを書いていた最中に、クニカはそのことを真剣に考えてしまった。もしかしたらずっと、それこそクニカの知らないうちに、この質問はクニカを束縛し続けていたのかもしれない。
しかし、いまのクニカはちがう。
「自分の生に、何の意味があるのだろう?」
と尋ねられたら、いまのクニカは、きっとこう答える。その質問に、意味はないんだよ、と。その質問の答えにも、意味はないんだよ、と。だって、そうではないか? どのように考えたところで、「結局生きることに意味はないのだ」という答えに行きつくのだとしたら、その質問に、はたしてどれだけの価値があるというのだろう?
その代わりにクニカは、「今の自分はこうやって生きている。これで充分だ」と言うことだろう。生きることに意義を求めることはできない。生きるという行為そのものが、一つの大きな意義なのだから。
筏の後ろに目をやったクニカは、空き缶が引っ掛かっているのを見つけた。空き缶をたぐり寄せると、クニカはその中に、カードを丸めて入れる。それから大きく振りかぶると、クニカは缶を川へと投じた。
放物線を描きながら、缶は川面へと落ち、水しぶきを立てた。缶はそのまま、水の底へと沈んでいった。
『ラヴ・アンダーウェイ』に続く。
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