表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ラヴ・アンダーグラウンド(LOVE UИDERGЯOUND)  作者: 囘囘靑
第5章:おわりの街・サンクトヨアシェ(Санкт-Иоас)
50/50

50_救済の地(Ултра)

……人生に意義はない、人生そのものが悪である――こうした答えをえたことによって、予は絶望におちいり、みずから殺さんとまでしたのであったが、その時、むかし自分が信仰を持っていた子供の時分には、人生が自分にとって意義のあったこと、および、予の周囲の信仰を持っている人々……は信仰を失わず、人生の意義を獲得していることを思い出して、予は……周囲の賢人たちの解答の真実性に、疑念をいだくにいたったのである。【トルストイ(中村白葉訳)『要約福音書』、p.256】

 三つの川の分岐点上に位置する街は、その四方を、高い城壁が覆っていた。世界を襲っている大災厄から、街が無事でいられるのも、昔者(いにしえ)の時代からあった、白亜の城壁のお蔭だった。


 城壁に吊り下げられた横断幕には、


「Добро пожаловать в Ултра(ウルトラへようこそ)」


 と書かれてあった。


 黒いオーバーオールを身にまとった、背の高い少女が、魚籠を片手に提げたまま、横断幕に向かって大きく手を振った。


 その隣では、金髪を無造作に束ね、眼鏡をかけた少女が、銀髪で、褐色肌の少女に、何かをささやいている。その様子は、さながら恋人同士のようだった。


 その更に隣では、ひとりの少女が、横断幕を前にして立ち尽くしていた。黒く、長い髪を一房に束ねている、色白でやせた少女だった。ウルトラへ行きたいと、少女はもっとも強く願い、旅の中で多くを喪い、しかし反対に、多くを手に入れた。


 そんな少女の隣には、もうひとりの少女がいる。水色のタオル地のパーカーを身にまとう、桃色の髪をした少女は、ハーフパンツの尻ポケットから、何かを取り出そうとしていた。



   ◇◇◇



「あれ……?」


 おしりの辺りに違和感を覚えたクニカは、ハーフパンツの尻ポケットをまさぐってみた。指に引っかかったものをつかみ取り、目の前にかざしてみせる。それは、リンと初めて出会った日の夜に書いた、一枚のカードだった。


 あの日の夜、“黒い雨(ドーシチ)”に怯えながら、クニカは自分のことを、必死になってカードに書いていた。書くべきことが無かったせいで、あのときのクニカは、途方に暮れていた。


名 :加護……国 (……カゴハラ ク …)

性別:……

年齢:……(  X年10月22 …れ)

住所:〒……、

所…:  ……


 カードはしわくちゃになっており、表面の文字はかすれて、ほとんど読めなくなってしまっていた。


 しばらくカードとにらめっこをしていたクニカだったが、だんだんおかしくなってきてしまい、とうとうクニカは吹きだしてしまった。


「自分の生に、何の意味があるのだろう?」


 ――あの日、あの夜、クニカを悩ませた質問である。一度は死にたいと感じ、それからクニカは、すぐに生きたいと思い直した。しかし、自分の生には、いったい何の意味があるのだろう。カードを書いていた最中に、クニカはそのことを真剣に考えてしまった。もしかしたらずっと、それこそクニカの知らないうちに、この質問はクニカを束縛し続けていたのかもしれない。


 しかし、いまのクニカはちがう。


「自分の生に、何の意味があるのだろう?」


 と尋ねられたら、いまのクニカは、きっとこう答える。その質問に、意味はないんだよ、と。その質問の答えにも、意味はないんだよ、と。だって、そうではないか? どのように考えたところで、「結局生きることに意味はないのだ」という答えに行きつくのだとしたら、その質問に、はたしてどれだけの価値があるというのだろう?


 その代わりにクニカは、「今の自分はこうやって生きている。これで充分だ」と言うことだろう。生きることに意義を求めることはできない。生きるという行為そのものが、一つの大きな意義なのだから。


 筏の後ろに目をやったクニカは、空き缶が引っ掛かっているのを見つけた。空き缶をたぐり寄せると、クニカはその中に、カードを丸めて入れる。それから大きく振りかぶると、クニカは缶を川へと投じた。


 放物線を描きながら、缶は川面へと落ち、水しぶきを立てた。缶はそのまま、水の底へと沈んでいった。

『ラヴ・アンダーウェイ』に続く。

⇒ https://ncode.syosetu.com/n9980gs/


リファレンス

⇒ http://mypage.syosetu.com/mypageblog/view/userid/332693/blogkey/1497194/

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ