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ラヴ・アンダーグラウンド(LOVE UИDERGЯOUND)  作者: 囘囘靑
第5章:おわりの街・サンクトヨアシェ(Санкт-Иоас)
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47_なんじその生を歓べ(Радуйтесь жизни твоей)

お前たちは、(むすめ)から生まれなかった者に平伏しなさい。彼を拝みなさい。彼はお前たちの父である。(『トマスによる福音書』、第15節)

 道はまっすぐ前へ続いていた。クニカとニコルは、無言のまま先を急いだ。


 途中にある小部屋を、何気なく覗いてみたクニカは、そこであっと声を上げた。


「ニコル、これって――」


 部屋に入ると、クニカは机の上に置いてあったものを拾い上げる。チャイハネが持っていたものと同じ市民証が、乱雑に積まれていた。


「ウルトラノ市民証ダナ」

「どうしてここに……?」

「逃ゲヨウトシテイル奴ラカラ、回収シタンダロウ。使イ道ガナイカラ、コウシテ置イテアル」


 クニカは思い出した。クニカたち五人に対し、市民証は四枚しかない。


「ニコル。この市民証、もらってもいいかな?」

「アァ。持ッテイケ。ウルトラノ人間ガ、元々南大陸ノ、ホカノ人タチニヤッタモノダカラナ」

「ありがとう」


 市民証を折りたたむと、クニカはそれをしまう。


「サァ、行コウ」


 ニコルに促され、クニカも先を急いだ。



   ◇◇◇



「着イタゾ」


 息を殺し、ニコルが正面の扉を開く。扉の奥から漏れ出してきた冷気に、クニカは身震いした。


 扉の奥は、暗くてよく見えない。ただし、広い部屋のようだった。クニカのいる位置からは、足元の黒ずんだタイルが見えるだけである。


「アソコヲ見ロ、クニカ」


 そんな広間の真正面を、ニコルは指で示す。非常灯の下に、赤で塗装された扉がひかえていた。


 扉には、


Μόνο το προσωπικό!


 と書かれている。字は分からなくとも、この扉の向こう側にリンがいるだろうことを、クニカは感じ取った。


 クニカとニコルは、並んで扉の前までたどり着いた。しかし、扉を開こうにも、取っ手がない。


「ドウナッテル……?」


 ニコルは頭をかいていた。ニコル自身も、ここまでたどり着いたのは初めてのようだった。


「待って、ニコル」


 扉の側面に触れたクニカの指に、何かが引っかかった。


「スイッチがある――」


 ニコルの反応をうかがう前に、クニカは反射的に、そのスイッチを押してみた。すると突然、クニカたちの周囲が真っ白になる。クニカが触れたのは、天井についている照明のスイッチだったのだ。


「ナ、ナンダ?!」


 照明に照らされて、広間全体の様子が明らかになる。立ち並んでいたものを見て、ニコルが声を上げた。


 広間には、円筒形をした透明な容器が、壁一面に並べられていた。容器の内部には液体が満ちており、中では裸の人間が、胎児のように丸まっている。


 中の人間は、みな子どもだっだ。誰もかれもが、クニカとどことなく似ていた。


「ニコル……これ……どういうこと……?」


 クニカが言えたのは、これだけだった。ニコルはと言えば、クニカと容器の中の子どもたちとを、かわるがわる見つめていた。


「ワカラナイ。クニカ、オマエハイッタイ……?」


 クニカにも、そんなことは分からなかった。


 そのときだった。クニカの背後で、何かの音がした。


「ニコル!」


 恐怖を覚え、クニカは反射的にニコルの名を呼ぶ。ニコルも物音に気づいたらしく、とっさに後ろを振り向いた。


 しかし、それがいけなかった。きびすを返したニコルの足めがけ、自動小銃の弾がさく裂した。クニカの目の前で、ニコルの軍靴がもげ、くるぶしがはじけ飛ぶ。


 銃撃の方角を、クニカは指さした。クニカの神通力(バジェステネ)を受け、自動小銃がくだけ散る。そのときにはもう、背後から自分に照準が向けられていることを、クニカは直感的に理解していた。みずからが解き放った神通力のうねりを、クニカは反対方向にたぐり寄せる。クニカの神通力は、吐き出された銃弾を蹴散らし、大本の小銃をなぎ倒した。


「ニコル! しっかり!」


 倒れているニコルの下に、クニカは駆け寄った。ニコルの顔は青白く、額からは脂汗が流れている。


「〈痛い……もうダメだ……〉」


 ニコルは、サリシュ=キントゥスの言葉で息を漏らしていた。


「待ってて――」


 腕をのばすと、クニカはニコルの傷口に触れる。痛みのあまり、ニコルは悲鳴を上げ、足をよじろうとする。


「ニコル、我慢して――」


 ニコルを激励すると、クニカはみずからの魔力を解き放つ。“救済の光”があふれ、ニコルの足の傷口へと注がれていく。ニコルはあっけにとられた様子で、自分の傷口がふさがれていく様子を見守っていた。まるで傷口だけが、時間の流れに逆らっているかのようだった。


「クニカ、オマエ……」


 完治した足をさすりながら、ニコルはなおもクニカを見つめている。


「ソノチカラ、イッタイ、ドウヤッテ……?」

「〈――見つけたぞ!〉」


 クニカが答えるよりも前に、背後から声がした。騒ぎを聞きつけて、兵士たちがこの広間まで押し寄せてきたようだ。


「〈ニコル、きさま〉」


 リーダーとおぼしき年配の兵士が、ニコルの姿を見つけるなり、声を張り上げた。


「〈何をたくらんでいた〉」

「〈人だすけですよ〉」


 ニコルは立ち上がった。リーダーの心の色が、一気に赤くなる。


「〈人だすけ? ふざけるのもいい加減にしろ〉」

「〈ふざけてるのはあんただろ、司令官〉」


 司令官の剣幕にも、ニコルは怖気づかなかった。


「〈おい、みんなだって分かってるんだろ?!〉」


 周囲を取り囲む兵士たちに向かって、ニコルが声を上げた。


「〈このままじゃ、北も南もめちゃくちゃになる。オレたちの生きていける場所なんか、どこにもなくなっちまう!〉」


 居並ぶ兵士たちは、互いに目配せしあっていた。逡巡していることは、クニカの目からも明らかだった。


「〈言いたいことは、それだけだな?〉」


 司令官の“心の色”が、真っ黒になった。


「〈司令官、アンタだって馬鹿じゃないはずだ。分かるだろう? どんなに絶望的な状況でも、助け合わなきゃダメなんだ。だれかを殺して、奪って生きるのなら、それは違うんだ――〉」


 ニコルの言葉に、クニカは戦慄する。ヤンヴォイの聖堂で、タミンがタージェに投げかけた言葉も、同じ言葉だった。


 あのあと、タミンは死んでしまった。同じことが、もし繰り返されるのなら――ニコルは死んでしまう。


 そうはさせない。――クニカは、そう思った。


「〈だまれ――!〉」


 激高した司令官が、隣にいた兵士の小銃を奪う。そのまま司令官は、照準をニコルに合わせた。


「やめて――!」


 ニコルの前に出ると、クニカは司令官の前に立ちはだかり、小銃めがけて腕を突き出した。



   ◇◇◇



「〈何だと?!〉」


 司令官が声を上げた。目は、驚愕に見開かれている。居並ぶ兵士たちもまた、目の前の光景に息を呑んでいた。


 銃弾は正確に、二人の心臓を目がけて撃ち込まれている。ただし、届いていない。小銃から放たれた銃弾は、みなクニカの手前で氷漬けになっていた。


「〈そんなバカな――あり得ない!〉」


 司令官は、なおも引金を引いた。吐き出された銃弾は、やはりクニカの目の前で止まり、たちどころに凍てついて、氷の壁の一部になる。


 ついに銃声は止み、司令官は何かを口走った。しかし何を言ったのかは、だれも分からなかった。司令官の小銃を握る腕は、小刻みに震えていた。


 しかし、結果にいちばん驚いていたのは、ほかならぬクニカだった。「止まれ!」とは念じたものの、まさか氷漬けになって止まるとは、クニカ自身思ってもみなかった。


 氷の壁は、クニカたちの目の前で、小さな粒となってはじけ飛んだ。天井からの照明をうけて、氷の粒は星のようにきらめいた。


「〈まさか……お前が……〉」


 司令官がクニカを指さした。声は震えていた。


「〈お前が……竜の……〉」


 だが、司令官はそれ以上を口にすることができなかった。建物全体が揺れたかと思えば、広間全体に、不協和音がこだましはじめたためだ。


「〈何だ?!〉」


 ニコルはよろめいて、壁に手をついた。クニカも立っていられず、その場にしゃがみ込んだ。そのとき、赤い扉が内側から開け放たれ、研究者とおぼしき人物が転がりこんできた。


「〈し、司令!〉」


 クニカには目もくれず、研究者とおぼしき人物は司令官に追いすがる。その白衣は、血で真っ赤に染まっていた。


「〈竜が……竜が暴走を……〉」

「〈何だと――〉」


 それが司令官の、最期の言葉だった。猛烈な風圧に横っ面を張られ、クニカとニコルは、虫けらのように床を転がった。


「ニコル――!」


 クニカは叫んだが、めまいがして、ニコルの姿を捉えることはできなかった。しかし、吹き飛ばされただけ、まだマシだった。極太の光線がクニカの視界を横断し、それをまともに浴びた司令官と兵士たちは、みな消し飛んでしまったからである。


 巨大な怪物が、咆哮をあげて、基地を内側から破ろうとしていた。床は抜け落ち、壁はえぐり取られ、天井はやぶれ、照明がはじけ飛んだ。


 またたく間に、怪物の姿が白昼にさらされた。怪物は翼を持っているが、その翼には穴が開いていた。くちばしを持っているが、焼けただれ、ふさがっていた。目玉を持っているが、瞳はなかった。うろこに覆われていたが、色はくすみ、腐って糸を引いていた。


 竜――になるはずだった怪物は、みずからを創り上げた施設を、ひたすら踏みにじっていた。がれきの合間から、辛うじて顔を出したクニカも、とつぜん押し寄せてきた水に流され、太いパイプにしがみつくしかなかった。


 建物の残骸からせり出した煙突が、怪物の腹部に当たる。怪物の腹部は軟らかすぎるせいで、縦に裂けた。内臓がこぼれて、地面に散らばっていく。空っぽになった腹部の壁面には、無数の触手と、粘膜に覆われた心臓だけがぶら下がっていた。


 怪物の心臓に目を向けたクニカは、声を張り上げる。


「リン!」


 リンの姿が、そこにあった。

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