46_これもきっと運命(Это очень судьба)
「ようし……」
鼻から深く息を吸いこむと、目の前の鉄扉に、クニカは両手のひらを添える。祈りのパワーを使って、クニカは鉄扉を“内側から”こじ開けようとしていた。
アジトの正門をくぐり抜けたところまでは良かった。クニカはスパイのような身のこなしで、さっそうと奥へ進んでいる――つもりだった。
が、現実はそんなに甘くなかった。
「《大尉どの。こどもがうろうろしておりましたが、いかがいたしましょう?》」
首根っこを掴まれて、じたばたしているクニカを見て、“大尉どの”なる人物は、
「《今日は忙しいから、とりあえず、独房へぶちこんでおきなさい》」
と言ってのけた。
これがいま、クニカが鉄扉を“内側から”こじ開けなければならない理由だった。リンを助けようと意気込んだところまでは良かったが、出だしからこの調子では、先が思いやられた。
「あれっ?」
と、そのときである。鉄扉の取っ手が、クニカの目の前で回転した。扉が、外から開けられる。
部屋の外に立つ人影を見て、クニカは歓声を上げる。
「ニコル!」
ウルノワの大学病院で出会った兵士・ニコルが、そこにいた。軍用のズボンにシャツ一枚と、ニコルはラフな格好だった。
「オイ、オマエ」
ニコルは片言で、クニカに話しかける。
「オレノ言葉、ワカルヨナ?」
「うん。わかるよ」
「ソウカ。ヨシ!」
「え、ちょっ……?!」
唐突にクニカの腕をつかむと、ニコルは強引に、クニカをどこかへ連れていこうとする。
「待って、どこに行くの――?」
クニカの問いにはお構いなしに、ニコルは黙って、うす暗い基地の中を進んでいく。ニコルの“心の色”は緑だった。だからクニカは、ひとまずニコルを信じるしかなかった。
やがて二人は、一枚の扉の正面にまでやってくる。扉のすき間から様子を確かめると、ニコルは扉を開いた。蒸し暑い空気と虫の鳴く音とが、外から流れ込んでくる。
扉の正面、まっすぐ進んだ先には、建物を外界から隔てるフェンスが見えた。ところがフェンスには一か所、大きな穴が開いており、そこからならば外へと出られそうだった。
「ニコル?」
「見エルダロ? アソコダ」
フェンスの穴を、ニコルは指さす。
「アソコカラナラ、安全ニ出ラレル。モウ、間違ッテ捕マルンジャナイゾ」
「待って、ニコル!」
クニカは慌てて、ニコルに言いすがる。
「あのさ、わたし、間違ってここに来ちゃったわけじゃないんだ」
「何ダッテ?」
ニコルの“心の色”が、灰色にかげる。
「ソレナラ、ドウシテ?」
「その……友だちを助けに来たんだ」
「友ダチ?」
「うん。昨日の午後くらいに来たはずなんだけど――」
「ア、ワカッタゾ!」
ニコルの表情が明るくなる。
「ソウカ、アノ子ハオマエノ友ダチダッタンダナ」
「分かるの、ニコル?!」
「アア。ウチノオ偉イサン、慌テテアノ子ヲ引ッ張ッテイッタ」
ニコルの言葉に、クニカは奥歯を噛みしめた。リンはみずからを「竜の魔法使いだ」といつわったのだろう。嘘だとばれたら、リンはただでは済まされない。
「ねぇ、ニコル。リンがどこへ行ったか分かる?」
クニカの問いに、ニコルの顔つきが険しくなった。
「追イカケルツモリカ?」
クニカはうなずいた。
「危険ダゾ? 死ヌカモシレナイ」
「ニコル、わたしどうしても、友だちを助けたいんだ」
「ソウカ。ハッハッハ!」
ニコルがとつぜん、朗らかに笑いだした。
「ニコル?」
「オマエニソレダケ慕ワレテイルノナラ、ソノ友ダチハ幸セ者サ。ワカッタ、クニカ。オレモ力ヲ貸ソウ」
「いいの?!」
「モチロンダ、クニカ。オマエニハ世話ニナッタシナ」
しみじみと言ってのけるニコルを前にして、クニカは胸が熱くなった。
「ありがとう、ニコル……!」
「気ニスルナ。サァ、コッチダ。急ゴウ!」
クニカとニコルの二人は、もと来た道を駆け戻っていく。
◇◇◇
建物の外へ出ると、ニコルはまっすぐ、目の前にある小屋へ向かった。
「ニコル、ここは?」
クニカはかわるがわる、左右を見回してみる。六頭の馬が、おとなしく水を飲み、草を食んでいた。
「馬小屋ダ。コノ馬タチ、オレガ面倒ヲ見テイルンダゼ」
「そうなんだ」
そっと手を伸ばすと、クニカは馬の頭をなでてみた。馬の鼻息は荒かったが、クニカがたてがみを撫でると、何度も耳をひくつかせた。
「良カッタナ。喜ンデル」
「ホント?」
「アァ」
馬小屋の奥に分け入ると、ニコルはうず高く積まれていたがらくたをどかしはじめた。
「アノアト、オレハ任務ニ失敗シタカラ、馬ノ世話係ニ降格サレテシマッタンダ」
「そうだったんだ……」
どうりでニコルは、まともに軍服を着ていないわけである。
「ダケドナ、オレニトッテハ、願ッタリ叶ッタリダッタ。本当ダゼ? オレノ家ハ、代々馬飼イダッタ。大キナ牧場モ持ッテイタンダ。ダカラ、コッチノ方ガ落チ着ク」
ニコルの口調は弾んでいた。そういえば、ウルノワの病院でも、ニコルは「馬の世話をしていたい」と言っていた。だから、今のニコルは、それなりに幸せなのだろう。
「ねぇ、ニコル。いま牧場はどうなってるの?」
「ソレガ、今ハナインダ」
錆びついたペンキの缶を、ニコルは投げ捨てる。
「オレガ小サイトキニ、皇帝ノ命令デ、牧場ハ接収サレテシマッタ。ダカラ今ハ、工場ニナッテイル」
「そうなんだ……」
「――ナァ、クニカ。実ハダナ、オレハ今日、コノ基地カラ脱走スルツモリデイタンダ」
「え……どうして?」
「オレタチハ今、コウシテ南ノ大陸ニ侵攻シテイルダロ? ナゼダカ分カルカ?」
“侵攻”という言葉の生々しさに、クニカは唇を引きむすぶ。ウルトラまでたどり着くことに必死だったから、今のニコルの言葉は、クニカにとって、全く違う世界の話のように聞こえた。
「えっ、と……分からない」
「オレタチノ国モナ、昔ハソレナリニ豊カダッタ。ダケド、今ノ皇帝ガ“産業化”ヲ推進シタセイデ、山ヤ、川ヤ、空気ガ、ミンナダメニナッテシマッタ。オレタチノ国ハ、モウ長クハモタナイ。ダカラ南ノ国ノ、資源ガ欲シインダ」
どこかの世界で、何度も耳にしたような話を聞いて、クニカは頭が痛くなってくる。
「ヒドイ話ダロ? デモ皇帝ノ命令ダカラ、誰モ逆ラエナイ。ダケド、南ノ大陸ダッテヒドイ状況デ、コッチモ大勢死ンデイル。ミンナウンザリシテルノニ、皇帝ハ計画ヲ変エルツモリナンカナイ」
前方を塞いでいたベニヤ板を、ニコルは引きはがす。隠されていた鉄扉が、クニカの目の前に現れた。
「ケレドナ、クニカ。オレハモウ、命令ナンテタクサンダ。コノ南大陸デ姿ヲクラマセテ、馬ト一緒ニ生キヨウト思ッテル。ソコヘダ、クニカ。オマエガヤッテ来タンダ。コレモキット、運命ナンダロウナ」
手を伸ばすと、ニコルは扉を開け放った。扉の奥には階段があり、ずっと地下まで続いている。
「非常通路ダッタトコロダ。ココカラナラ、友ダチノイルトコロマデツナガッテイル。アト一息ダ、クニカ。最後マデ面倒ミテヤル」
「ありがとう、ニコル……!」
「サァ、行コウ!」
ニコルにつき従ったまま、クニカは基地の最深部をめざし、階段をまっすぐ降りていった。




