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ラヴ・アンダーグラウンド(LOVE UИDERGЯOUND)  作者: 囘囘靑
第5章:おわりの街・サンクトヨアシェ(Санкт-Иоас)
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46_これもきっと運命(Это очень судьба)

「ようし……」


 鼻から深く息を吸いこむと、目の前の鉄扉に、クニカは両手のひらを添える。祈りのパワーを使って、クニカは鉄扉を“内側から”こじ開けようとしていた。


 アジトの正門をくぐり抜けたところまでは良かった。クニカはスパイのような身のこなしで、さっそうと奥へ進んでいる――つもりだった。


 が、現実はそんなに甘くなかった。


「《大尉どの。こどもがうろうろしておりましたが、いかがいたしましょう?》」


 首根っこを掴まれて、じたばたしているクニカを見て、“大尉どの”なる人物は、


「《今日は忙しいから、とりあえず、独房へぶちこんでおきなさい》」


 と言ってのけた。


 これがいま、クニカが鉄扉を“内側から”こじ開けなければならない理由だった。リンを助けようと意気込んだところまでは良かったが、出だしからこの調子では、先が思いやられた。


「あれっ?」


 と、そのときである。鉄扉の取っ手が、クニカの目の前で回転した。扉が、外から開けられる。


 部屋の外に立つ人影を見て、クニカは歓声を上げる。


「ニコル!」


 ウルノワの大学病院で出会った兵士・ニコルが、そこにいた。軍用のズボンにシャツ一枚と、ニコルはラフな格好だった。


「オイ、オマエ」


 ニコルは片言で、クニカに話しかける。


「オレノ言葉、ワカルヨナ?」

「うん。わかるよ」

「ソウカ。ヨシ!」

「え、ちょっ……?!」


 唐突にクニカの腕をつかむと、ニコルは強引に、クニカをどこかへ連れていこうとする。


「待って、どこに行くの――?」


 クニカの問いにはお構いなしに、ニコルは黙って、うす暗い基地の中を進んでいく。ニコルの“心の色”は緑だった。だからクニカは、ひとまずニコルを信じるしかなかった。


 やがて二人は、一枚の扉の正面にまでやってくる。扉のすき間から様子を確かめると、ニコルは扉を開いた。蒸し暑い空気と虫の鳴く音とが、外から流れ込んでくる。


 扉の正面、まっすぐ進んだ先には、建物を外界から隔てるフェンスが見えた。ところがフェンスには一か所、大きな穴が開いており、そこからならば外へと出られそうだった。


「ニコル?」

「見エルダロ? アソコダ」


 フェンスの穴を、ニコルは指さす。


「アソコカラナラ、安全ニ出ラレル。モウ、間違ッテ捕マルンジャナイゾ」

「待って、ニコル!」


 クニカは慌てて、ニコルに言いすがる。


「あのさ、わたし、間違ってここに来ちゃったわけじゃないんだ」

「何ダッテ?」


 ニコルの“心の色”が、灰色にかげる。


「ソレナラ、ドウシテ?」

「その……友だちを助けに来たんだ」

「友ダチ?」

「うん。昨日の午後くらいに来たはずなんだけど――」

「ア、ワカッタゾ!」


 ニコルの表情が明るくなる。


「ソウカ、アノ子ハオマエノ友ダチダッタンダナ」

「分かるの、ニコル?!」

「アア。ウチノオ偉イサン、慌テテアノ子ヲ引ッ張ッテイッタ」


 ニコルの言葉に、クニカは奥歯を噛みしめた。リンはみずからを「竜の魔法使いだ」といつわったのだろう。嘘だとばれたら、リンはただでは済まされない。


「ねぇ、ニコル。リンがどこへ行ったか分かる?」


 クニカの問いに、ニコルの顔つきが険しくなった。


「追イカケルツモリカ?」


 クニカはうなずいた。


「危険ダゾ? 死ヌカモシレナイ」

「ニコル、わたしどうしても、友だちを助けたいんだ」

「ソウカ。ハッハッハ!」


 ニコルがとつぜん、朗らかに笑いだした。


「ニコル?」

「オマエニソレダケ慕ワレテイルノナラ、ソノ友ダチハ幸セ者サ。ワカッタ、クニカ。オレモ力ヲ貸ソウ」

「いいの?!」

「モチロンダ、クニカ。オマエニハ世話ニナッタシナ」


 しみじみと言ってのけるニコルを前にして、クニカは胸が熱くなった。


「ありがとう、ニコル……!」

「気ニスルナ。サァ、コッチダ。急ゴウ!」


 クニカとニコルの二人は、もと来た道を駆け戻っていく。



   ◇◇◇



 建物の外へ出ると、ニコルはまっすぐ、目の前にある小屋へ向かった。


「ニコル、ここは?」


 クニカはかわるがわる、左右を見回してみる。六頭の馬が、おとなしく水を飲み、草を()んでいた。


「馬小屋ダ。コノ馬タチ、オレガ面倒ヲ見テイルンダゼ」

「そうなんだ」


 そっと手を伸ばすと、クニカは馬の頭をなでてみた。馬の鼻息は荒かったが、クニカがたてがみを撫でると、何度も耳をひくつかせた。


「良カッタナ。喜ンデル」

「ホント?」

「アァ」


 馬小屋の奥に分け入ると、ニコルはうず高く積まれていたがらくたをどかしはじめた。


「アノアト、オレハ任務ニ失敗シタカラ、馬ノ世話係ニ降格サレテシマッタンダ」

「そうだったんだ……」


 どうりでニコルは、まともに軍服を着ていないわけである。


「ダケドナ、オレニトッテハ、願ッタリ叶ッタリダッタ。本当ダゼ? オレノ家ハ、代々馬飼イダッタ。大キナ牧場モ持ッテイタンダ。ダカラ、コッチノ方ガ落チ着ク」


 ニコルの口調は弾んでいた。そういえば、ウルノワの病院でも、ニコルは「馬の世話をしていたい」と言っていた。だから、今のニコルは、それなりに幸せなのだろう。


「ねぇ、ニコル。いま牧場はどうなってるの?」

「ソレガ、今ハナインダ」


 錆びついたペンキの缶を、ニコルは投げ捨てる。


「オレガ小サイトキニ、皇帝(コスモクラトゥーラ)ノ命令デ、牧場ハ接収サレテシマッタ。ダカラ今ハ、工場ニナッテイル」

「そうなんだ……」

「――ナァ、クニカ。実ハダナ、オレハ今日、コノ基地カラ脱走スルツモリデイタンダ」

「え……どうして?」

「オレタチハ今、コウシテ南ノ大陸ニ侵攻シテイルダロ? ナゼダカ分カルカ?」


 “侵攻(アグレッシー)”という言葉の生々しさに、クニカは唇を引きむすぶ。ウルトラまでたどり着くことに必死だったから、今のニコルの言葉は、クニカにとって、全く違う世界の話のように聞こえた。


「えっ、と……分からない」

「オレタチノ国モナ、昔ハソレナリニ豊カダッタ。ダケド、今ノ皇帝(コスモクラトゥーラ)ガ“産業化”ヲ推進シタセイデ、山ヤ、川ヤ、空気ガ、ミンナダメニナッテシマッタ。オレタチノ国ハ、モウ長クハモタナイ。ダカラ南ノ国ノ、資源ガ欲シインダ」


 どこかの世界で、何度も耳にしたような話を聞いて、クニカは頭が痛くなってくる。


「ヒドイ話ダロ? デモ皇帝ノ命令ダカラ、誰モ逆ラエナイ。ダケド、南ノ大陸ダッテヒドイ状況デ、コッチモ大勢死ンデイル。ミンナウンザリシテルノニ、皇帝ハ計画ヲ変エルツモリナンカナイ」


 前方を塞いでいたベニヤ板を、ニコルは引きはがす。隠されていた鉄扉が、クニカの目の前に現れた。


「ケレドナ、クニカ。オレハモウ、命令ナンテタクサンダ。コノ南大陸デ姿ヲクラマセテ、馬ト一緒ニ生キヨウト思ッテル。ソコヘダ、クニカ。オマエガヤッテ来タンダ。コレモキット、運命ナンダロウナ」


 手を伸ばすと、ニコルは扉を開け放った。扉の奥には階段があり、ずっと地下まで続いている。


「非常通路ダッタトコロダ。ココカラナラ、友ダチノイルトコロマデツナガッテイル。アト一息ダ、クニカ。最後マデ面倒ミテヤル」

「ありがとう、ニコル……!」

「サァ、行コウ!」


 ニコルにつき従ったまま、クニカは基地の最深部をめざし、階段をまっすぐ降りていった。

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