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ラヴ・アンダーグラウンド(LOVE UИDERGЯOUND)  作者: 囘囘靑
第5章:おわりの街・サンクトヨアシェ(Санкт-Иоас)
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45_人間をとる漁師(Ловцами человеков)

私の口から飲む者は、みな私のようになりなさい。そして私もまた、その者になるであろう。(『トマスによる福音書』、第108節)

「チャイ!」


 (まぶ)しい――。親友に揺り動かされていることを感じ、チャイハネは目を覚ました。開け放たれた扉から差し込んでくる光が、チャイハネの網膜を刺激する。


 その意味するところに気付き、チャイハネははっとした。”(サヴァー)”の魔法が開花して以来、チャイハネの生活は昼夜が逆転していた。この光は、チャイハネが久しく浴びることのなかった、目覚めの陽射しだった。


「シュム……? いったい何が……?」

「こっちのセリフです」


 身を起こそうとするチャイハネに、シュムは腕を貸す。


「クニカがいないんです」

「“いない”?」


 起き抜けのはっきりしない頭で、チャイハネはそれでも、考えを巡らせる。クニカはやはり、リンを諦めることができなかったようだ。チャイハネとシュムを眠らせ、クニカはひとりで、サリシュ=キントゥス人のアジトへと向かったのだろう。


「まったく――」

「チャイ、行きましょう」


 悪態をついているチャイハネの手を、シュムが握り締めた。


「行く? どこへ?」

「クニカのところに決まってます!」


 シュムの眼差しを受け止められず、チャイハネは顔を背けた。


「もう間に合わない」

「行ってみなければ分かりません」

「シュム、冷静にならないと」

「チャイは冷静過ぎます!」


 シュムの言葉の最後は、ほとんど叫びに近かった。


「二人が心配じゃないんですか?!」

「心配じゃないわけないだろ」


 シュムの手を振りほどくと、チャイハネはため息をついた。


「あたしだって嫌さ」


 うなだれるシュムに対し、チャイハネは言った。


「だけど、二人じゃどうしようも――」

「三人だゾ。」


 予期せぬ声に、チャイハネとシュムは、同時に振り返る。


 窓枠に腰かけ、足でせわしなく白木の床を叩いているのは、カイだった。カイは、傷んだ黒のオーバーオールを身にまとい、軍手をはめ、釣竿と魚籠とを担いでいた。まるでこれから、釣りに行くとでもいったような恰好だった。


「カイ?」


 串焼きにされた魚を頬張っているカイを見て、チャイハネは目を丸くする。


「いったいどうして……?」

「カイ、クニカと友だちだゾ。」


 魚を口に含んだまま、カイは言った。


「クニカの友だちは、カイの友だちだゾ。だからカイ、二人を呼びに来たゾ。みんなでクニカのところに行くゾ」


 とつぜん立ち上がると、カイは魚を握ったまま、


「ニンゲンを捕る漁師!」


 と、声を張り上げた。


「カイ、言葉の意味、分かってる?」


 腕を振り上げたままのカイのもとへ、チャイハネはにじり寄る。


「死ぬかもしれないんだぞ?」

「死ぬかもしれないけど、クニカはリンのところへいったゾ」


 魚の骨を噛みつぶしながら、カイは答える。


「だからカイも、死ぬかもしれないけど、クニカのところへ行くゾ」


 チャイハネは、すぐに言い返すことができなかった。カイの言っていることは素直だった。そして素直であるがゆえに、自分が越えられない枠を、カイが軽々と飛び越えているように、チャイハネの目には映った。カイは、チャイハネに枠を越えるよう、手を差し伸べているのだ。


「さぁ、みんなで、クニカのところへ行こう!」

「チャイ、」


 立ち尽くしていたチャイハネの右手に、シュムが自らの手を滑り込ませた。


「行きましょうよ、チャイ。二人じゃダメでも、三人ならきっと大丈夫です。だってそうでしょう? だから私たち、ウルノワで助かったんですよ? チャイ、勇気を出してください!」

「おおーっ?!」


 シュムの言葉を聞き、カイの目がきらめく。


「カイ、友だちが増えるの嬉しいゾ!」

「私もです、カイ!」

「アハハ!」


 かん高い声で笑うと、カイは焼き魚の串を振り回した。


「ニンゲンを捕る漁師――!」

「分かった、分かったよ!」


 焼き魚を振りかざすカイのこぶしに、チャイハネは手を添えた。


「行こう。だけど死にに行くんじゃない。リンを助けに行くんだ。絶対にうまくいく。そうだろ、シュム?」

「当たり前です、チャイ!」

「おーし!」


 カイが声を張り上げた。


 雲一つない青空だった。今日ばかりは、“黒い雨(ドーシチ)”も降りそうになかった。

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