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ラヴ・アンダーグラウンド(LOVE UИDERGЯOUND)  作者: 囘囘靑
第5章:おわりの街・サンクトヨアシェ(Санкт-Иоас)
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44_やさしい嘘(Маленькая белая ложь)

 空は青くさえ、そよ風が、街に溜まる湿気を吹き飛ばしていた。早朝から容赦なく照りつける太陽の光が、昨晩の雨で濡れた石畳を、少しずつ乾かしていく。クニカの駆ける足音と、息を弾ませるかすかな音とだけが、静かな街に響いていた。


「おーっ!」


 そのとき、なじみのある声が、クニカの耳に届いた。川べりにあるガードレールに、カイが腰かけている。


「どうしたの、カイ?」

「クニカー、魚とりに来たのかー?」


 クニカは思い出した。そういえばカイの捕まえた魚を、クニカはまだ取りに行っていない。


「ごめん、ちょっと違うんだ」

「むーん。じゃ、どこ行くんだー?」

「散歩……かな?」

「むーん。」


 クニカの言葉に対し、カイはうなった。


「カイ、クニカに嘘つかれるの、イヤだぞ?」

「ご、ゴメン……」


 謝りかけ、目線を下げたクニカの視界に、カイの胸元が映りこむ。クニカは息をのんだ。リヨウの形見であるはずの銀製のロケットが、カイの首にぶら下がっていた。


「カイ、そのロケット……」

「おーっ、忘れるところだったゾ。」


 カイは首から、銀製のロケットを外す。


「『クニカに届けてほしい』って、リンに頼まれたゾ」

「リンに会ったの?!」

「ん。リンも『散歩だ』って言ってたゾ。でもカイが『嘘だ』って言ったら、『汚い川のところに行く』って言い直したゾ」

「汚い川?」

「ん。白い服の奴らのいるところだゾ。あそこの川、汚いゾ」


 カイの言葉を聞いて、クニカは確信した。クニカの見立てどおり、リンはサリシュ=キントゥス人のアジトへ向かったらしい。


「むーん。」

「カイ?」


 足を投げ出したカイの振舞いが、クニカには気になった。カイの“心の色”は、次第に褪せつつあった。


「カイ、どうしたの?」

「カイ、嘘つかれるのは、嫌だゾ。」

「うん。あのさ、カイ」


 ためらっていたクニカだったが、意を決し、口を開いた。


「わたしもさ、嘘つかれるのは嫌なんだ。もちろん、自分だって正直になれないときがあるんだけど。

「最近さ、ある人とケンカしちゃったんだよね? その人はさ、わたしの友だちで、ちょっと怒りっぽくて、何かあるとすぐに『ばか』とか言ってくるんだけど。

「その友だちにね、わたし、ずっと嘘をつかれてたんだ。だから、わたしも頭にきて、怒っちゃったんだ、『そんなのは嘘だ』って。カイ、わたしの気持ち、分かる?」

「ん。分かるゾ!」

「それでね、カイ、その後ずっと考えたんだ。『どうして友だちは、嘘なんかついたんだろう』って。それで、気付いたんだ」


 クニカは一旦、言葉を切った。


「その友だちはさ……わたしのことを、ずっと大切に思ってくれていたんじゃないかな、って、今なら思えるんだ。

「もちろん、自分を守るために嘘をつくことだって、世の中にはたくさんあると思うよ?

「でもね、その友だちは、わたしのために嘘をつき続けていたんだと思う。わたしに嘘をつくことで、自分の過去を隠していたんだと思う。わたしを嫌な気持ちにさせないように、って。その友だち、不器用なんだ。わたしだってそうなんだけど。なんだろう、『やさしい嘘』って言えばいいのかな? カイ、わたし、世の中にはそういう嘘もあると思うんだ。そういう嘘が、あってもいいと思うんだ。

「だからさ……わたし、その友だちを助けに行くんだ。その……どうやって助ければいいのかは、まだ分からないんだけど。ねぇカイ、わたしの言ってること、分かる? わたしの言ってること、おかしいかな?」

「ウーン……」


 しばらくの間、カイはうなったり、首を傾げたりしていたが、やがておもむろに


「ワカンネ!」


 と口にした。しかしカイは笑顔だったし、“心の色”は白い光を帯びていた。


 クニカには、それで充分だった。


「そっか。そうだよね。カイ、ありがとう」

「もう行くのか、クニカー?」

「うん。カイ、ロケットありがとうね」

「ン!」


 カイから手渡された銀製のロケットを、クニカは首にかける。今までのようにロケットを握りしめた瞬間、留金が外れ、蓋が開いた。


「あっ――」


 前にクニカが投げ捨てた弾みで、留め金が緩くなっていたのだろう。


 ロケットの内側には、姉妹の写真が収められていた。白いアオザイを着て(ほが)らかに笑っている妹の隣で、同じく白いアオザイを着ている姉が、陽射しに顔をしかめていた。


 妹の方は、クニカによく似ている。姉の方は、クニカのよく知る人物だった。


「じゃ、行ってくる!」

「ン!」


 カイに別れを告げると、クニカは川沿いの道を、ひとりで駆け出していった。


 クニカの背中が見えなくなるまで、カイはクニカに手を振り続ける。そしてクニカの背中が見えなくなったとたん、カイは立ち上がると、クニカとは別の方角へ走り去っていった。

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