31_君の言うことは嘘だ(То, что вы сказали, - ложь.)
クニカが再び眠りに就いてから、息苦しさを覚え、別のひとりが目を覚ました。リンである。周囲は真っ暗で、みな寝静まっているようだった。
喉が渇いている――リンはそう感じる。ダイニングには、水筒があったはず。そう考え、寝所からダイニングへと、リンは抜け出した。
“鷹”の魔法使いであるリンは、昼間には抜群の視力を誇る。しかし、夜になってしまえば、普通の人と大差がない。手探りで机を確かめると、リンは机の上のものを掴み取った。ロウソクである。机を撫で回してマッチを探り当てると、リンは火を着ける。
周囲が一気に明るくなり、リンの目の前に、人影が立ち現れた。
「うわっ?!」
驚いて、リンはマッチを取り落しそうになる。光に映し出されたのは、椅子に座るチャイハネの姿だった。
「ビックリした」
「リン、起きたのか」
無表情のまま、チャイハネは言った。
「喉が渇いちまってさ。お前こそ、何で起きてんだよ?」
「梟は夜行性なのさ」
「そういうことか」
空いていた椅子に座ると、リンは水筒を引き寄せ、水を飲む。それからリンは、チャイハネが何かを話すのを待った。しかし、チャイハネは物思いにふけっているようで、話し出すそぶりはなかった。
「あのさ」
結局、リンが口を開くことになる。
「悪かったよ」
「悪い?」
「病院で、お前たちを疑ったろ? クニカがヤバかったら、オレも、お前と同じことをしてたと思うんだ」
「あはん?」
チャイハネは、わざとらしく天井を見上げる。
「そんなことあったかな?」
「何だよ」
リンはそっぽを向いた。
「人がせっかく、勇気出して謝ってるっていうのに」
「分かってるよ。すねるなって。正直だよな、リンって」
「別に」
とはいうものの、リンはまんざらでもなかった。
ともすれば、少しくらいおどけたっていいかもしれない。リンがそう考えた矢先、チャイハネは
「だからさ、」
と、いつになく真剣な口調で、続きを離す。
「その正直さを、クニカにも示してやってほしいんだ」
「どういう意味だよ?」
答える代わりに、チャイハネは手を差し出すと、リンの手に触れる。次の瞬間――何が起きたか? リンの脳裡に、無数の影像が殺到した。それは、リンが忘れ去ろうとし、上書きしようとしていた記憶だった。
氷漬けにされたかのようになって、リンは動作を停止する。全身からは汗が噴き出し、リンは危うく、椅子から転げ落ちそうになる。
「さっき、クニカが起きてきた。それで、あの子のロケットを触った」
チャイハネの言葉が、リンの耳に届く。声が耳に届いてから、自分の頭の中で意味を成すまでに、時間が空いているように、リンには感じられた。チャイハネの口調はぶっきらぼうだったが、両腕だけは、机の上に置いてあった。まるで、何かに身構えているかのようだった。
「中身を見たのか?」
リンは尋ねる。チャイハネは首を振った。
「なぁ、クニカには言わないでくれ」
「あたしが決めることじゃない」
チャイハネは言った。感情を抑制するときにしばしば見られるような声の震えが、チャイハネにはあった。
「同時に、お前が決めることでもない。らしくないだろ? 秘密なんて」
「何が分かるってんだ」
そう言いながら、自分の声が震えているのを、リンはどうすることもできなかった。
「お前に何が分かるってんだ」
「何も分からないよ、リン」
チャイハネは答える。
「ちょうど、リンがあたしの気持ちを分からないのと同じだよ」
リンは顔を背ける。
「――困らないだろ?」
「かもしれない。で、どうなる? その先は? クニカに黙ってるつもりなのか? 勘づかれないって、本気で思ってる?」
「それは――」
「分かるだろ、リン? いつか言われることになるんだぞ、クニカに。『リンの言うことは嘘だ』って」
チャイハネの視線が、寝所の方へ移ろう。クニカとシュムは、壁一枚を隔てて寝ている。二人には、特にクニカには、この会話を聞かれるわけにはいかなかった。
「言いたいことはそれだけか?」
かすれた声で、リンはチャイハネに尋ねる。
「リン、喧嘩したいわけじゃないんだ」
「もういい」
きびすを返すと、リンは寝所へと戻る。
「リン――」
背後から、チャイハネの声が聞こえたが、リンはもう、耳を貸さなかった。
チャイハネも、もはやそれ以上はどうすることもできなかった。椅子に座り直すと、チャイハネは長い夜をひとりで過ごした。




