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ラヴ・アンダーグラウンド(LOVE UИDERGЯOUND)  作者: 囘囘靑
第5章:おわりの街・サンクトヨアシェ(Санкт-Иоас)
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31_君の言うことは嘘だ(То, что вы сказали, - ложь.)

 クニカが再び眠りに就いてから、息苦しさを覚え、別のひとりが目を覚ました。リンである。周囲は真っ暗で、みな寝静まっているようだった。


 喉が渇いている――リンはそう感じる。ダイニングには、水筒があったはず。そう考え、寝所からダイニングへと、リンは抜け出した。


 “鷹”の魔法使いであるリンは、昼間には抜群の視力を誇る。しかし、夜になってしまえば、普通の人と大差がない。手探りで机を確かめると、リンは机の上のものを(つか)み取った。ロウソクである。机を撫で回してマッチを探り当てると、リンは火を着ける。


 周囲が一気に明るくなり、リンの目の前に、人影が立ち現れた。


「うわっ?!」


 驚いて、リンはマッチを取り落しそうになる。光に映し出されたのは、椅子に座るチャイハネの姿だった。


「ビックリした」

「リン、起きたのか」


 無表情のまま、チャイハネは言った。


「喉が渇いちまってさ。お前こそ、何で起きてんだよ?」

(サヴァー)は夜行性なのさ」

「そういうことか」


 空いていた椅子に座ると、リンは水筒を引き寄せ、水を飲む。それからリンは、チャイハネが何かを話すのを待った。しかし、チャイハネは物思いにふけっているようで、話し出すそぶりはなかった。


「あのさ」


 結局、リンが口を開くことになる。


「悪かったよ」

「悪い?」

「病院で、お前たちを疑ったろ? クニカがヤバかったら、オレも、お前と同じことをしてたと思うんだ」

「あはん?」


 チャイハネは、わざとらしく天井を見上げる。


「そんなことあったかな?」

「何だよ」


 リンはそっぽを向いた。


「人がせっかく、勇気出して謝ってるっていうのに」

「分かってるよ。すねるなって。正直だよな、リンって」

「別に」


 とはいうものの、リンはまんざらでもなかった。


 ともすれば、少しくらいおどけたっていいかもしれない。リンがそう考えた矢先、チャイハネは


「だからさ、」


 と、いつになく真剣な口調で、続きを離す。


「その正直さを、クニカにも示してやってほしいんだ」

「どういう意味だよ?」


 答える代わりに、チャイハネは手を差し出すと、リンの手に触れる。次の瞬間――何が起きたか? リンの脳裡に、無数の影像(イメージ)が殺到した。それは、リンが忘れ去ろうとし、上書きしようとしていた記憶だった。


 氷漬けにされたかのようになって、リンは動作を停止する。全身からは汗が噴き出し、リンは危うく、椅子から転げ落ちそうになる。


「さっき、クニカが起きてきた。それで、あの子のロケットを触った」


 チャイハネの言葉が、リンの耳に届く。声が耳に届いてから、自分の頭の中で意味を成すまでに、時間が空いているように、リンには感じられた。チャイハネの口調はぶっきらぼうだったが、両腕だけは、机の上に置いてあった。まるで、何かに身構えているかのようだった。


「中身を見たのか?」


 リンは尋ねる。チャイハネは首を振った。


「なぁ、クニカには言わないでくれ」

「あたしが決めることじゃない」


 チャイハネは言った。感情を抑制するときにしばしば見られるような声の震えが、チャイハネにはあった。


「同時に、お前が決めることでもない。らしくないだろ? 秘密なんて」

「何が分かるってんだ」


 そう言いながら、自分の声が震えているのを、リンはどうすることもできなかった。


「お前に何が分かるってんだ」

「何も分からないよ、リン」


 チャイハネは答える。


「ちょうど、リンがあたしの気持ちを分からないのと同じだよ」


 リンは顔を背ける。


「――困らないだろ?」

「かもしれない。で、どうなる? その先は? クニカに黙ってるつもりなのか? 勘づかれないって、本気で思ってる?」

「それは――」

「分かるだろ、リン? いつか言われることになるんだぞ、クニカに。『リンの言うことは嘘だ』って」


 チャイハネの視線が、寝所の方へ移ろう。クニカとシュムは、壁一枚を隔てて寝ている。二人には、特にクニカには、この会話を聞かれるわけにはいかなかった。


「言いたいことはそれだけか?」


 かすれた声で、リンはチャイハネに尋ねる。


「リン、(けん)()したいわけじゃないんだ」

「もういい」


 きびすを返すと、リンは寝所へと戻る。


「リン――」


 背後から、チャイハネの声が聞こえたが、リンはもう、耳を貸さなかった。


 チャイハネも、もはやそれ以上はどうすることもできなかった。椅子に座り直すと、チャイハネは長い夜をひとりで過ごした。

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