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ラヴ・アンダーグラウンド(LOVE UИDERGЯOUND)  作者: 囘囘靑
第4章:巡礼の街・ウルノワ(Урнова)
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21_フクロウ(Сова)

 無言のまま、クニカとリンは、キャンパス内を歩いく。工学部の脇をすり抜け、長い階段を登る。上には図書館があり、その脇に門があった。


 後ろを振り返りつつ歩いていたクニカも、図書館のたたずまいには気を引かれた。二階建ての図書館は瀟洒(しょうしゃ)な造りで、レンガで覆われた壁には(つた)が這っている。年季の入った青銅製のランプが、道まで突き出していた。


 突然、前を歩いていたリンが立ち止まった。そして


「おい」


 と声を上げる。リンの視線は、門の脇に打ち捨てられていた、コンテナに注がれている。


「出てこい」


 魔法銃の撃鉄を、リンは起こす。


「いるのは分かってんだぞ」

「あー。分かったよ」


 うんざりしたような声が、コンテナの中から響いてきた。不意に聞こえた他者の声に、クニカは背筋が寒くなる思いだった。


 コンテナの中から、声の主が姿を現す。相手も少女だった。年齢は、二人とさほど変わらないだろう。背はクニカより高く、リンよりは低い。色の薄い金髪を、頭の後ろで無造作に束ねていた。眼鏡越しから、青い瞳を覗くことができる。少女は痩せていた――が、飢えているわけではないようだ。血色は良いし、肌にも傷はない。


 少女は両手を、肩の高さまで上げている。リンは魔法銃を下ろした。


「お前だけか?」

「そうだよ」


 所在なく歩くと、少女は図書館脇にある植込みの縁に腰掛けた。散歩の途中で、偶然二人に出くわしたとでもいうような、そんな無造作な態度だった。


 リンが片肘で、クニカをどついた。心が読めるかどうか、リンは気になるようだった。


 少女の胸の辺りを、クニカは凝視する。普通ならば“心の色”が見えるはずだが、クニカは、少女の感情を見透かすことはできなかった。


 リンの視線に、クニカは首を横に振って応じた。少女は、心を隠している。


 二人のことなど気にするそぶりもなく、少女は話を続ける。


「もっとも、“今は”、ってところだけどね」

「“今は”? 仲間がいるのか?」

「友達だよ。建物の奥にいる」

「何で一緒じゃないんだ?」

「動けないからさ」


 クニカは、リンに目配せした。クニカと同じことを、リンも考えているようだった。


「――”雨”に打たれたのか?」

「いや。シュムは――あぁ、その子は“シュム”って名前なんだけど、コイクォイに噛まれたのさ」

「なんだって」


 リンが言った。


(ローシ)だろ?」

「嘘じゃない。一週間()せってる」


 少女は軽く言ってのけるが、クニカもリンも、やすやすとは信じられなかった。コイクォイに噛まれたりしたら、傷口から”黒い雨”が入り、噛まれた人もコイクォイになってしまう。何日も生き延びられるものではないはずだった。


 では、嘘をついているのか? 嘘をついているのだとすれば、何のために?


「どうして一週間も()つんだよ?」

「血を追い出したのさ」

「血を追い出す――?」

(しゃ)(けつ)だよ。噛まれた部分を、すぐに(ベルト)で縛る。血のめぐりが悪くなっているところで、すかさず血を抜く。メスさえあれば、やぶ医者でもできる」


 この少女は、医術を心得があるらしい。


「ところが、だ。瀉血(しゃけつ)するまでは良かったんだけど、止血がね。あんたたちだって見たろ? コイクォイが体中から“黒い雨”を垂れ流してるのを」


 クニカは(うなず)いた。


「コイクォイだって、好きで流してるわけじゃない。当たり前だけど。それに、あれは“黒い雨”でもない。(けっ)漿(しょう)が流れてる」


 少女は立ち上がると、二人に近づいた。


「ウルノワには大学病院がある。そこに(けっ)漿(しょう)製剤が保管されている。だけど、中にはコイクォイがうじゃうじゃしてる」

「何が言いたいんだよ?」

(けっ)漿(しょう)製剤を取ってきてくれないかなぁ、なんてさ」

「断る」

「ちょっと、リン!」


 リンが断るだろうことは、クニカにも予想がついた。それでも、リンのすげない態度は、クニカの目には非情に映った。


「あの、もしかしたらわたし、治せるかもしれないです」


 答える代わりに、少女はただ首をかしげただけだった。そのかしげた様子は、さながら


 (フクロウ)


 を連想させた。


 少女が何も答えないので、いきおいクニカも多弁になる。


「わたし、傷を治すぐらいなら、魔法が使えるから」

(けっ)漿(しょう)を増やすの?」


 クニカは言葉に詰まる。これまで、クニカの発揮した魔法は、どれも具体的に想像の付きやすいものばかりだった。少女の言うとおり、“(けっ)漿(しょう)を増やす”とき、何を想像すればよいのか、クニカは分からなかった。


「それは……分かんないけど……」

「おい、バカ!」


 話を遮ると、リンがクニカの腕を引っ張った。


「首突っ込むなよ!」

「でも……?!」


 クニカは最後まで言い切ることができなかった。相手の少女が腕を伸ばすと、クニカの右肩に触れたためだ。


「あっ――?!」

「クニカ?!」


 右肩に走る痛みに、クニカは倒れこむ。右肩を探ってみれば、指の腹に血の(あと)がついた。クニカの耳元で、乾いた音がする。注射器が、地面に転がった。


「コイツ――」

「動くな」


 リンの眼前には、材木に釘を打ち付けるための、工業用のピストルが掲げられていた。眼球にでも打ちつけられたら、そのまま脳に達してしまうだろう。


「クニカをどうした……!」

「毒を盛ったのさ」


 少女は言った。


「神経に効く毒さ。三時間もすれば、毒は全身に回る。解毒剤がないかぎり、どんな方法でも体内からは出ない」

「オレが……オレがもしお前を殺して、解毒剤を奪うとしたら?」

「解毒剤は、さっき自分自身に注射した。あたしの体から(けっ)漿(しょう)を分離できるってんなら、やってみればいい。どうする?」


 怒りのあまり、リンは青ざめていた。クニカを支える腕は、小刻みに震えていた。クニカの身が危険だからこそ、リンはまだ我慢できている。そうでなければ少女に飛び掛り、今頃は八つ裂きにしていたかもしれない。


「怒るな。立場が逆だったら、お前だって同じことをしてる。(シストラ)をかわいいと思うんなら――」

「クニカはオレの妹じゃない!」


 今までに聞いたこともないほどの大声で、リンが叫んだ。真っ赤に煮えたぎっていたはずのリンの心の色が、一気に黒く塗り潰される。


「リン……?」


 リンの着ている白いシャツの袖を、クニカは握りしめる。リンの怒りを前に、クニカは首筋の痛みを忘れた。


「そうか? 悪かったな」


 荒く息をついているリンに、少女は言った。その瞬間、少女の心の色が灰色にほのめいた。


その子(ジエッカ)がかわいいのなら、あたしの頼みを聞いてくれよ。病院に行って、血液製剤を取ってくるだけだ。簡単だろ?」

「簡単だな……!」


 喉の奥から絞り出すようにして、リンが答える。


「頼んだよ。あたしはここで待ってる」


 少女は一歩下がる。その間も釘打ちピストルは構えたままだ。よろめくクニカを支えつつ、一緒に立ち上がったリンだったが、二、三歩歩いてすぐ、


「ちくしょう!」


 と一声叫び、転がっていた大型缶を蹴り飛ばした。白い缶は地面に転がり、中からタバコの吸殻と、タールが広がった。


「行くぞ、もたもたすんな!」

「分かった」


 リンを追いかけつつ、クニカは後ろを振り向く。


 そんなクニカを、少女はじっと見つめていた。


 太陽の光を、雲がさえぎり始めた。

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