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ラヴ・アンダーグラウンド(LOVE UИDERGЯOUND)  作者: 囘囘靑
第3章:ただれた街・ベスピン(Беспин)
17/50

17_告白(Признания)

【グロ注意!】


――死人(この世の真理を見出さない人)を見出すような人間に、この世界はふさわしくない。(『トマスによる福音書』、第56節)

 裏口から出ると、リンの飛び去った方角に、クニカは目を細める。建物の内部から確認できたはずの“跳ね橋”も、地上に降り立ってしまえば、他の建物に遮られ、分からなくなる。


 壁をつたいながら、クニカは慎重に歩みを進める。“お頭”が指示していたとおり、ギャングたちはエツラ川の反対側に出払ってしまったようだ。ギャングたちの姿はまばらで、クニカでも難なく移動できた。


 周囲の建物を見渡すうちに、クニカは心細くなってくる。少女になってしまったせいで、クニカは身長が縮んでいる。今までならば何気なく見過ごしていた建物も、やけに高く見える。


「こっち……かな?」


 ひとり呟きながら、音を立てないようにして、クニカは進んでいく。目指すは、ベスピン市の北、エツラ川に掛かる跳ね橋だった。



◇◇◇



「よしっ!」


 網の目のように入り組んだ路地を抜けると、クニカの目の前に、川が姿を現した。エツラ川だ。幅が広く、流れの静かな川で、河口は海岸かと見紛うほどの、長い砂浜にふち取られていた。しかし、砂浜へと降りるためには、コンクリート製の堤防を降りなければならないようだった。


 北へ目を向ければ、跳ね橋が見える。周辺には、クレーンやコンテナが所在なく散らばっている。ちょっとした港か、ドックなのだろう。とはいえ、川である以上、小型船しか入れないようだった。


 跳ね橋に、クニカは目を細める。跳ね橋は上がっており、分断されていた。対岸に渡るには、橋を作動させ、つなげなくてはならない。


 何気なく浜辺に視線を落としたクニカの目に、折り重なって倒れている、死体の群れが映り込む。風向きが変わり、腐った肉の臭いが、クニカの鼻孔を突いた。


 吐き気を我慢(がまん)して、クニカはもう一度、水路の下を見る。死体は裸で、首と胴とが、全て切り離されていた。


 この街の状況が、ようやくクニカにも分かってくる。街を占拠してすぐ、ギャングたちは跳ね橋を上げてしまったのだ。そうすれば、ウルトラを目指している難民たちを、みなここで足止めできる。向こう岸へ渡れずにいる難民たちを襲い、ギャングたちは、その命と財産とを奪っているのだ。死体は所持品を全て奪われた挙句、黒い雨でコイクォイにならないよう、首が切断されているのだ。


 リンから預かった銀製のロケット、“お守り”を、クニカは自然と握り締める。早鐘のようになっていた心臓の鼓動も、次第に落ち着いてくる。


 橋を目指して、クニカは更に歩いた。



◇◇◇



 鉄門の横にある、小さな回転扉をくぐり、跳ね橋の側の制御室まで、クニカはたどり着いた。本来ならばこの辺りにもギャングたちがいたのだろうが、今はだれもいなかった。


 クニカは細心の注意を払って、迷路のようになっているコンテナの間を突っ切ってゆく。


「ベスピン警察巡視船パトローリエ・カーチェフ


 と書かれている、船のつないである突堤から、階段を登って、クニカは制御室の扉を開ける。


「リン?! いる?」

「クニカ!」


 物陰から飛び出してきたリンが、クニカを抱きしめる。


「良かった」


 クニカの首にぶら下がっている“お守り”をなで、リンが目を細める。それからリンは、クニカの両肩に手をかける。


「屋上にいたときに、お前の声がしたんだ。どうなってるんだ?」

「それは……」


 クニカは手短に説明した。跳ね橋を渡して、向こう岸に逃げる必要があること。“お頭”なる人物が、ギャングたちを取り仕切っていること。“お頭”の心の色は見えないから、何を考えているか分からないこと――。


「心の色……」

「え?」

「クニカ、お前、オレの心も覗いてたろ?」

「あ……」


 勢い込んで話していたために、うっかり口を滑らせてしまったことに、クニカは気付いた。慌てて取り(つくろ)おうとするも、リンの“心の色”が、たちどころに真っ赤になる。


「で、続きは?」


 リンからげんこつを食らった後、クニカは自分の能力について話し始めた。祈りを通じ、不思議な魔法が使えるということ。ただし、どこまで使えるかは、クニカ自身にもよく分かっていない、ということ。


「うん……」


 リンは眉をひそめたり、(うな)ったりしていたが、右手はずっと脇腹に添えられていた。狙撃で瀕死に陥ったリンを救ったのも、クニカの“祈り”にほかならなかったからだ。


「だとしたら、不思議だな」

「不思議?」

「そうだよ。お頭って奴は『連中を蹴散らして武器まで奪った』って言ったんだよな? “連中”って、だれだよ?」


 リンに言われ、クニカもはっとした。聞き飛ばしていたが、確かにその通りだ。


「街の人とかじゃないかな?」

「街の人が? 戦車なんて使うのか?」

「それは……ないか」


 答えあぐねているクニカを見て、リンは肩をすくめてみせる。


「いいや。考えても仕方ない。今は、この跳ね橋をつなげることだけを考えよう」

「うん!」

「よし。で、どうすればいいと思う?」


 訊かれたクニカも、答えは分からない。制御室には、膨大な数の計器類、レバー、ボタンが、ところ狭しと並んでいた。


 何とかしてリンに答えようとした、次の瞬間。


「うっ?!」


 猛烈な腹痛に襲われ、クニカは計器台に手をついた。


「どうした?!」

「お腹が――あれ?」


 腸の辺りを、ペンチで捻ったような痛みだったが、リンに説明する前に、痛みは治まってしまう。それでもクニカは、下腹部の辺りに、妙なしこりのようなものを感じた。


「いや……何でもない」

「何だよ、脅かすなよな」


 リンに促されるまま、クニカも目に付くレバーをとりあえず引いてみる。


 遠くの空で、雷の音が聞こえた。

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