15_お守り(Амулет)
“ウスノロ”たちの背中を、クニカとリンは静かに追いかける。見張りのギャングたちをやり過ごすため、二人は遠回りをしなくてはならなかった。
それでも彼らを見失わずに済んだのは、“ウスノロ”たちの声が、余りにも大きかったためだ。ギャングたちは、冗談を飛ばしたり、ときに“ウスノロ”をからかったりしていた。
建物の陰から顔を出したクニカは、探していたものを目の当たりにする。市街の中央を流れる、幅の広い川――エツラ川が、クニカの前方を滔々と流れていた。
「見ろ」
リンが、クニカに声を掛ける。見れば、“ウスノロ”ともうひとりのギャングが、とある建物へと吸い込まれていくところだった。建物は石造りで、あからさまに格が高そうである。
「商工会議所、か」
地図を取り出すと、リンが呟いた。
「間違いない」
「どうするの?」
“ウスノロ”と入れ違いに、複数のごろつきたちが建物から出てくる。皆、手には武器を携えていた。それも、ぼうっきれやフライパンのような生易しいものではない。自動小銃か、さもなくば警棒のようなものだった。
「ホント、アイツらなんであんなものを……」
クニカが思っていたことを、リンが代わりに口にする。
「どうする? このまま行ったら――」
「バカ。クニカ、向こうだ」
「向こう?」
リンが示した方向は、商工会議所とはあさっての方向だった。
「いいから」
リンにけしかけられ、クニカも後についていく。
◇◇◇
「よし」
地図を確認すると、リンは立ち止まる。今、二人は路地の中ほどにいた。
目の前の建物を、リンは指さす。ショーウィンドウは粉々に砕かれていたが、かつては時計屋のようだった。
「入るぞ」
「どうするつもり?」
「屋上まで行って――そこから飛ぶ」
リンの説明を、口を空けたまま聞いていたクニカだったが、ふとあることを思い出す。リンは“鷹”の魔法使い。飛ぶことなど造作もないのだ。
「行くぞ――」
「ねぇ、リン」
「何だよ」
「見つかったら、どうするの?」
「あんなの一っ飛びだ。アイツらだって、空なんか見ないよ」
クニカに近づく、リンはクニカの両肩に手をかける。
「安心しろ。オレを信じろ、な?」
「分かった」
「入るぞ」
ショーケースを乗り越え、二人は中へと足を踏み入れる。部屋の奥にあった階段から、二人は屋上を目指す。
「よし、あそこだ」
屋上にたどり着き、リンが言った。眼前には、商工会議所の建物が聳えている。最も近い建物のはずなのに、目標からは遠く隔たっているように、クニカには感じられた。
クニカはそっと、下を覗き見る。道路はバリケードで塞がれており、周囲をギャングたちが巡回している。
「大丈夫かな……うげっ?!」
話している途中で、クニカの腹に、リンの腕が回される。腹部を圧迫され、クニカの喉から、変な声が漏れる。
「もたもたすんな、行くぞ!」
心の準備が――とクニカは言いたかったが、リンは有無を言わさず、クニカの腹をきつく締める。抱きかかえられたクニカの目線は、しぜんと下に落ちる。地面には、ちょうど二人のシルエットが映りこんでいる。
そのシルエットが変形した。リンの首の付け根から、二枚の翼が姿をあらわす。羽先は地面と水平に伸びる。羽ばたきと風圧とを、クニカは間近で感じた。
「飛ぶぞ」
言うやいなや、リンが地面を蹴る。――ただそれだけだった。助走はない。羽ばたきが土埃を薙ぐ。二人の足が、地面を離れた。
(すごい)
他に感想が浮かばない。フェンスを飛び越え、滑空している間、リンは一度も羽ばたかなかった。吹き抜ける風を羽の下に溜め、弧をなぞるようにして、リンは空を飛ぶ。音はない。クニカの眼下を、道路が横切る。ギャングたちは気付いていなかった。
商工会議所の屋上が迫る。クニカの足が地面につくやいなや、リンが腕を緩め、クニカを手放した。前につんのめりながらも、クニカは無事に着地する。
旋回してから、リンもクニカの正面に着地した。
「大丈夫か?」
「うん。すごかった」
「そっか。良かったな」
「リン?」
浮かれていたクニカも、リンの様子が気になった。リンの額には脂汗が浮かんでいる。翼が折りたたまれ、リンの体内に消えた頃にはもう、リンは肩で息をしていた。
「大丈夫?」
「ダメだな……長くはムリだ」
「長くはもたない」、以前魔法を披露した際にも、リンは言っていた。
「オレのことはいいよ」
リンは額の汗を拭う。
「とにかく、入れそうな場所を探すぞ」
「分かった」
商工会議所の屋上を、二人は詮索する。階段のある小部屋には、鍵がかけてあった。ガラスを壊せば中に入れそうだが、音が怖い。
「リン、ここは?」
小部屋の脇にある通気口の蓋を、クニカは引っ張ってみる。ちょっと引っ張っただけで、さび付いていたネジは取れ、ふたが外れた。子ども一人分ならば、余裕で通り抜けられそうだった。
「待ってろ」
リュックサックを下ろすと、リンが中に入ろうとする。しかし、リンは背が高いせいで、身体を折り畳んでも奥まで入れない。
「クソッ、だめだ」
「待って。やってみる」
入れ違いに、クニカが中に入る。小柄なクニカは、難なく入ることができた。
「いける、リン」
「ひとりで行くつもりか?」
リンの表情が険しくなる。
「ダメだ、そんなの。お前にもしものことがあったら、母さんが――」
「“母さん”?」
「え? あ……」
クニカに訊き返され、リンが慌ててそっぽを向いた。リンの心の色が、灰色に変わる。
「なんでもない、何でもないよ。でも、ほら、お前のお母さんだって、やっぱり心配になるだろ? もしかしたら、ウルトラにいたりするかもしれないんだし……」
「ねぇ、リン、お願い。わたしを、リンの役に立たせてよ」
これは本当だった。リンにできないことがあるのならば、クニカがその代わりを務める。それが助け合って生きることなのだと、クニカはそう考えた。
「分かった、分かったよ」
とうとう、リンも根負けしたらしい。
「いいの?!」
「あぁ。クニカ、これを持ってけ」
首に掛けていた銀製のロケットを取ると、リンはそれをクニカの首に掛ける。
「これは?」
「お守り。オレの命の次に……いや、命と同じぐらい大切なヤツだ。危険だったら、すぐに戻ってくるんだ。分かったな?!」
「分かった」
「よし、行ってこい!」
ロケットを首にかけると、クニカはひとり、ダクトを通っていく。




