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ラヴ・アンダーグラウンド(LOVE UИDERGЯOUND)  作者: 囘囘靑
第3章:ただれた街・ベスピン(Беспин)
15/50

15_お守り(Амулет)

 “ウスノロ”たちの背中を、クニカとリンは静かに追いかける。見張りのギャングたちをやり過ごすため、二人は遠回りをしなくてはならなかった。


 それでも彼らを見失わずに済んだのは、“ウスノロ”たちの声が、余りにも大きかったためだ。ギャングたちは、冗談を飛ばしたり、ときに“ウスノロ”をからかったりしていた。


 建物の陰から顔を出したクニカは、探していたものを目の当たりにする。市街の中央を流れる、幅の広い川――エツラ川が、クニカの前方を滔々(とうとう)と流れていた。


「見ろ」


 リンが、クニカに声を掛ける。見れば、“ウスノロ”ともうひとりのギャングが、とある建物へと吸い込まれていくところだった。建物は石造りで、あからさまに格が高そうである。


「商工会議所、か」


 地図を取り出すと、リンが呟いた。


「間違いない」

「どうするの?」


 “ウスノロ”と入れ違いに、複数のごろつきたちが建物から出てくる。皆、手には武器を携えていた。それも、ぼうっきれやフライパンのような生易しいものではない。自動小銃か、さもなくば警棒のようなものだった。


「ホント、アイツらなんであんなものを……」


 クニカが思っていたことを、リンが代わりに口にする。


「どうする? このまま行ったら――」

「バカ。クニカ、向こうだ」

「向こう?」


 リンが示した方向は、商工会議所とはあさっての方向だった。


「いいから」


 リンにけしかけられ、クニカも後についていく。



◇◇◇



「よし」


 地図を確認すると、リンは立ち止まる。今、二人は路地の中ほどにいた。


 目の前の建物を、リンは指さす。ショーウィンドウは粉々に砕かれていたが、かつては時計屋のようだった。


「入るぞ」

「どうするつもり?」

「屋上まで行って――そこから飛ぶ」


 リンの説明を、口を空けたまま聞いていたクニカだったが、ふとあることを思い出す。リンは“(ソーカル)”の魔法使い。飛ぶことなど造作もないのだ。


「行くぞ――」

「ねぇ、リン」

「何だよ」

「見つかったら、どうするの?」

「あんなの一っ飛びだ。アイツらだって、空なんか見ないよ」


 クニカに近づく、リンはクニカの両肩に手をかける。


「安心しろ。オレを信じろ、な?」

「分かった」

「入るぞ」


 ショーケースを乗り越え、二人は中へと足を踏み入れる。部屋の奥にあった階段から、二人は屋上を目指す。


「よし、あそこだ」


 屋上にたどり着き、リンが言った。眼前には、商工会議所の建物が(そび)えている。最も近い建物のはずなのに、目標からは遠く隔たっているように、クニカには感じられた。


 クニカはそっと、下を(のぞ)き見る。道路はバリケードで塞がれており、周囲をギャングたちが巡回している。


「大丈夫かな……うげっ?!」


 話している途中で、クニカの腹に、リンの腕が回される。腹部を圧迫され、クニカの喉から、変な声が漏れる。


「もたもたすんな、行くぞ!」


 心の準備が――とクニカは言いたかったが、リンは有無を言わさず、クニカの腹をきつく締める。抱きかかえられたクニカの目線は、しぜんと下に落ちる。地面には、ちょうど二人のシルエットが映りこんでいる。


 そのシルエットが変形した。リンの首の付け根から、二枚の翼が姿をあらわす。羽先は地面と水平に伸びる。羽ばたきと風圧とを、クニカは間近で感じた。


「飛ぶぞ」


 言うやいなや、リンが地面を蹴る。――ただそれだけだった。助走はない。羽ばたきが土(ぼこり)()ぐ。二人の足が、地面を離れた。


(すごい)


 他に感想が浮かばない。フェンスを飛び越え、滑空している間、リンは一度も羽ばたかなかった。吹き抜ける風を羽の下に溜め、弧をなぞるようにして、リンは空を飛ぶ。音はない。クニカの眼下を、道路が横切る。ギャングたちは気付いていなかった。


 商工会議所の屋上が迫る。クニカの足が地面につくやいなや、リンが腕を緩め、クニカを手放した。前につんのめりながらも、クニカは無事に着地する。


 旋回してから、リンもクニカの正面に着地した。


「大丈夫か?」

「うん。すごかった」

「そっか。良かったな」

「リン?」


 浮かれていたクニカも、リンの様子が気になった。リンの額には脂汗が浮かんでいる。翼が折りたたまれ、リンの体内に消えた頃にはもう、リンは肩で息をしていた。


「大丈夫?」

「ダメだな……長くはムリだ」


「長くはもたない」、以前魔法を披露した際にも、リンは言っていた。


「オレのことはいいよ」


 リンは額の汗を拭う。


「とにかく、入れそうな場所を探すぞ」

「分かった」


 商工会議所の屋上を、二人は詮索する。階段のある小部屋には、鍵がかけてあった。ガラスを壊せば中に入れそうだが、音が怖い。


「リン、ここは?」


 小部屋の脇にある通気口の蓋を、クニカは引っ張ってみる。ちょっと引っ張っただけで、さび付いていたネジは取れ、ふたが外れた。子ども一人分ならば、余裕で通り抜けられそうだった。


「待ってろ」


 リュックサックを下ろすと、リンが中に入ろうとする。しかし、リンは背が高いせいで、身体を折り畳んでも奥まで入れない。


「クソッ、だめだ」

「待って。やってみる」


 入れ違いに、クニカが中に入る。小柄なクニカは、難なく入ることができた。


「いける、リン」

「ひとりで行くつもりか?」


 リンの表情が険しくなる。


「ダメだ、そんなの。お前にもしものことがあったら、母さんが――」

「“母さん”?」

「え? あ……」


 クニカに訊き返され、リンが慌ててそっぽを向いた。リンの心の色が、灰色に変わる。


「なんでもない、何でもないよ。でも、ほら、お前のお母さんだって、やっぱり心配になるだろ? もしかしたら、ウルトラにいたりするかもしれないんだし……」

「ねぇ、リン、お願い。わたしを、リンの役に立たせてよ」


 これは本当だった。リンにできないことがあるのならば、クニカがその代わりを務める。それが助け合って生きることなのだと、クニカはそう考えた。


「分かった、分かったよ」


 とうとう、リンも根負けしたらしい。


「いいの?!」

「あぁ。クニカ、これを持ってけ」


 首に掛けていた銀製のロケットを取ると、リンはそれをクニカの首に掛ける。


「これは?」

お守り(アムニエ)。オレの命の次に……いや、命と同じぐらい大切なヤツだ。危険だったら、すぐに戻ってくるんだ。分かったな?!」

「分かった」

「よし、行ってこい!」


 ロケットを首にかけると、クニカはひとり、ダクトを通っていく。

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