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ラヴ・アンダーグラウンド(LOVE UИDERGЯOUND)  作者: 囘囘靑
第3章:ただれた街・ベスピン(Беспин)
13/50

13_救済の光(Свет Рельефа)

――かれは、人びとの魂を死の淵から救う者である。(『アダムの黙示録』、第25章)

「見つかったか?」


 頭上からの声に、クニカは身体(からだ)を強張らせる。息を殺し、クニカは様子をを見守った。


 クニカとリンは、車を抜け出し、水路の影に身を潜めていた。本来ならば、水路は水をなみなみと(たた)えていたのだろう。しかし、今はなぜか水がなく、潰れたオートバイが、クニカたちの隣に山積みになっていた。


「いねェなぁ?」

「ンなわけねェだろ、もっとよく探せ、ウスノロ!」

「だけどよォ……」


 “ウスノロ(トゥピッツァ)”と呼ばれた男が、声を荒げる。


「この状況じゃぁ、無理ってもんだろォ? だってよォ、前の席なんか潰れちまってるぜ?」

「うるせぇな。テメェは弾二発も無駄にしてんだぞ! 降りろ、降りて調べんだよ」

「へいへい」


 クニカは戦慄する。“ウスノロ”が降りてきたら、見つかってしまう。


「じっとしてて、リン!」


 リンからの返事はない。リンの顔は紙のように白くなり、唇は紫色に変わっている。わき腹からあふれる血は止まらず、リンの心の色は、どんどん褪せていく。


 どうすれば良いのか、クニカには分からなかった。それでも、逃げなければ殺されてしまうのは、確かだった。ヤンヴォイの街で、あれほど生きたいと思ったのだ。こんなところで死ぬのは、クニカは嫌だった。リンの体に腕を回すと、引きずるようにして、クニカは奥の通路へと逃げ込んだ。


「おおぃ、いんのカァ?」


 “ウスノロ”が、水路まで降りてくる。煙を吐いている車を、“ウスノロ”は見つめていた。


「リン、待ってて。すぐ助けるから――」

「ダメだ」

「え……?」


 訊き返すクニカに、リンは首を振る。リュックをたぐり寄せると、リンは地図をクニカに手渡そうとする。


「行くんだ……」

「リンは……?!」


 リンは首を振るだけだった。


「できないよ……!」

「ばか……お前だけでも……行くんだよ」


 血まみれのリンを前にして、クニカはその場に、膝立ちのまま立ち尽くした。リンと自分とならば、自分の方が生きられないだろう。――クニカは漠然と、そんな風に考えていた。


 しかし今、リンは死にかけ、クニカは生きている。このままリンを庇っていたら、男たちに見つかって、クニカもリンも殺されてしまうだろう。だから、リンの言うことは正しい。


 しかし、正しかったとして?


「言ってたじゃん、リン」


 涙声になりながら、クニカは両手を、リンの傷口に当てる。血が止まってくれればいい、そんな思いからだった。腕を上げる力も無くなり、リンは地図を握りしめたまま、かすかな息を吐いている。


「『俺は死なない』って。死なないで……」


 クニカは願った。


 心の底から、どこにいるかも分からない、だれかに祈った。


 そのときだった。目を閉じていたクニカだったが、まぶたの裏が、突如として明るくなる。


 驚いて、クニカは目を開ける。クニカの両手からは、光が溢れ出していた。


 光は、リンの傷痕に注がれていく。クニカの手の光に照らされ、リンの傷口が、すさまじい速度で塞がれていく。


 やがて、光は収まった。クニカはそっと、リンから手を離してみる。傷は完全に塞がり、傷跡もなくなっていた。


「……クニカ?」

「リン?!」


 リンが起き上がり、クニカの顔を(のぞ)き込む。


「リン、大丈夫――」

「お前、何やったんだ?」


 リンの声は震えていた。


「わからない」


 と言ったきり、クニカも口ごもる。正直のところ、クニカ自身も何が起きたのか分かっていなかった。それでも、何かとんでもないことをやってのけてしまったのだ、ということは分かる。


「おぉい? だれかいんのかぁ?」


 “ウスノロ”の声に、二人は我に返る。


「まずいよ、リン!」

「こっちだ、逃げるぞ!」


 立ち上がると、リンはクニカの手を引いて、水路の奥へと駆け出す。さっきまで死にかけていたなんて、まるで嘘のようだった。



◇◇◇



 身をかがめ、クニカとリンは、用水路の太い土管を通り抜けていく。


 このベスビンという街は、水路を利用して発展してきた町なのだろう。どういう事情かは定かでないが、今は水が枯れてしまっているのだ。


 しかし、今の二人にとっては、それは好都合だった。おかげで、敵の目を出し抜きながら、忍び足で逃げることができている。


 逃げている間じゅう、リンは自分のわき腹をさすっていた。怪我が治ったことが、不思議で仕方ないのだろう。


「なぁ、クニカ、」


 とうとうリンが口を開いた。


「さっきのは何だったんだよ。もったいぶってないで、話せって」

「いや……わたしだって分かんないよ」

「分かんないわけないだろ、魔法に決まってるんだから。でも……あんなの初めてだ」

「そうだよね、やっぱり」


 自分がとんでもないことをしたということを、クニカも実感する。いかにこの世界が空想譚(ファンタジー)めいているとしても、瀕死の人間を救うのは、度がすぎる所業なのだ。


「おい、だれだ!」


 そのとき、前方から男の声がした。すくみあがっているクニカに対し、リンの動きは早い。ナイフを構えると、リンは前方を注視した。


 前方から、光が漏れてくる。曲がり角の奥に、出入り口があるようだ。


「誰かいるのか?」


 呼びかけと同時に、足音も響いてくる。男は近づいてくるようだった。ナイフを握りしめたまま、リンはじっとしている。足音から、男がどの辺りにいるのか判断しているのだろう。


 一方、クニカは男が去ってくれることを望んでいた。耳を使わなくとも、男の心の色から、クニカは男の位置が何となく分かる。赤い色が、男の心を点滅していた。


 鉢合わせたら、クニカもリンもただでは済まない。クニカの額から、汗がこぼれ落ちる。


 クニカは目をつぶった。迫ってくる男が、自分の胸の鼓動に気付かないのが不思議なくらいに、クニカには感じられた。


「どうした、レニ?」


 その矢先、別の男の声が響いてきた。ナイフを投げ込めるほどの近くで、「レニ」と呼ばれた男の足音が止まる。


「人の声がしたんだ」

「気のせいだろ。疲れてんじゃねぇのか? ほら、見ろよ。酒だ。一緒に飲もうや」

「やるじゃねぇか」


 男が(きびす)を返し、クニカたちから遠ざかる。


「しかしよく手に入ったな。かっぱらったのか?」

「あったりめぇだろ。盗賊家業万歳(ウラー)ってもんよ。これで食い物でもありゃあ、最高なんだけどよ」

「ねぇことはねえな。場所知ってんだ」

「ホントかよ?」


 酒を持っている方の男が尋ねた。


「さては、黙ってやがるな?」

「言ったら他の奴らにも渡さなきゃならん。そんな野暮ったいマネはゴメンだな。それに、納まっているのは対岸のコンテナの中さ。お頭が取りに行くのを許すと思うか?」

「そういうことか。チッ!」


 男の舌打ちが、クニカたちのいる方にまで響いてくる。


「顔思い出すだけでムカムカしてきやがる」

「まぁそう言うなよ。一杯やろうぜ……」


 それ以後も男たちは会話をしていたが、全ては聞き取れなかった。声が聞こえなくなってから、クニカもリンも身じろぎをする。


「危なかった」


 クニカは胸をなでおろす。まだ心臓は高鳴っていた。ナイフを構えたまま、リンは出口の方角を覗く。


「今なら行ける」

「行こう」

「分かってる」


 とは言うものの、リンは動こうとしなかった。


「どうしたの?」

「不思議なんだ」

「不思議?」

「絶対に見つかると思ったんだ。でも引き返していった。まるで……こっちの願いが通じたみたいだ」


 そこまで言うと、リンはクニカを見つめる。リンが言いたいことを察知し、クニカはまごつく。


「『いなくなくれ』って思ったけど、偶然だと思う」

「本当か?」

「分かんない」

神通力(バジェステネ)なんてあんのか?」


 最後のリンの言葉は、自問自答のようだった。


「あったとしても、いったい何の魔法で……」

「ねぇリン、行かないと」


 リンの腕を、クニカは引っ張る。


「分かったよ。行こう」


 うなずくと、リンは前へ進む。リンの背中を追いかけながらも、クニカはどことなく、すわりの悪さを覚えていた。

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