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来客

 現実のような悪夢をまた見てしまった。白昼夢とでもいうのだろうか。

 しかも偶然なのか、前回と同じく気味悪く光る両目の持ち主が出て、無理矢理キスされて意識を失う状況までもが同じだった。

 こんなに悪夢が続く状況はおかしい――、と康一は感じ始めていた。異変が起こり始めた時期は、落雷で樹が倒れた後だ。そのため、あの古木に元々何か曰くがあったのではと、疑うようになっていた。

「でも、僕だけじゃなく、父さんたちも怖い目に遭ってないのかな……?」

 康一は家族のことも心配になっていた。ただ、正面からストレートにそれを尋ねる勇気はなかった。

 自室から出て、廊下の窓の外を眺めると、軒下に作られた蜘蛛の巣に気付く。そこには既に主の姿はなく、何処かへ消えてしまっている。

 康一の家は山の中なので、虫が多いのは当たり前だ。毎年それなりに家周辺や家屋に防虫対策は施しているので、酷い被害は防いでいるものの、やはり他の家よりは出現頻度は多い。

 昨晩、目の前にある巣には、それを作成した主の蜘蛛がじっと動かず獲物を待っていた。

 黒色で肢の長さを含んでも二、三センチ程度の大きさ。さらに大きな丸い腹部には、一輪の黄色い花が開いているような珍しい柄があった。

 康一が観察していた時に、八つの赤い目と視線が合った気がして、そのせいで何となく気味の悪い記憶として残っていた。

 陰鬱な気分で康一が居間へ行くと、食卓で龍二が朝食を美味しそうに食べていて、康一に気づいて箸を止めて元気に挨拶してくれる。

「おはよう、兄貴! 体調どう?」

 質問されて康一は気付いた。自分の体調が良いことに。

「うん、今日もいいと思うよ」

「本当? この間の日曜日はどうなることかと思ったけど、最近兄貴が元気そうで嬉しいよ!」

 龍二の満面の笑みに、康一も嬉しくなる。自分の状態が良ければ、家族は喜んでくれる。

「康一、おはようございます」

「あ、おはよう父さん」

 台所にいた父が居間へ顔を出して康一に挨拶してくれた。父の様子も普段と変わりがなさそうに見える。二人には異変が起こってないようだ。

「どうかしましたか、康一?」

 父が怪訝そうに声を掛けてきた。父を黙って見つめ続けていた康一を不審に思ったのだろう。康一は慌てて笑みを浮かべる。

「ううん、なんでもないよ。そういえば、今日って伯父さん達は何時に来るのかなぁって考えてたんだ」

「午後には着く予定らしいですよ」

「へー、そうなんだ」

 父は康一の様子を不審には感じなかったようだ。

 康一は特に父には心配を掛けたくなかった。ただでさえ自分の体調でいつも煩わせてしまっている。これ以上懸念事項を増やしたくなかった。

 何も事情を知らない他人は平気で酷いことを言ってくる。

 康一に問題が起こるのは、母がいないせい。片親だけだから子供に苦労を掛ける。そのせいでストレスから身体に異常が起こるなど、あたかも正論のように話をこじつけて父親を責めた。

 しかも、未だに亡き母を想う父にあろうことか「まだ若いんだから再婚したらいいじゃない、是非にと言う人がいるから紹介するわよ」と要らぬお節介を言ってくる人も。

 自分のせいで大好きな父が非難されたり困ったりするのは、康一自身も辛かった。龍二みたいに優秀でありたいと高望みはしていない。せめて普通でありさえすれば――、と願っていた。

「今日ってご馳走なんでしょ? 楽しみだなぁ~」

 康一が父の作ってくれた朝食を食卓へと配膳していると、龍二がウキウキと楽しそうに話している。

 康一が塾に行っている間に伯父たちが到着するので、夕飯は一緒に食べることになるようだ。

 ――伯父さんに挨拶してご飯を食べたら、部屋に戻ろうかな。

 康一には父の実家であまり良い思い出がなかった。中学生になってから体調を理由に一人家に残って留守番をするようになり、それから一度も伯父たちに会っていない。

 きっとこれからも何かと事情を作り、父の実家へ帰省するのを避けることだろう。


 夕方、康一が自転車で塾から家に帰ってくると、玄関の前に見知らぬ車が一台停まっていた。

 予定通り伯父たちが既に訪れていて、家の中にいるのだろう。

 康一が玄関の戸を開けると、賑やかな女性の声が廊下の先にある居間から響いてここまで届く。

「……ただいま」

 康一が小さく帰宅を告げても、中にいる人たちには聞こえないのか返事はない。

 靴を脱いで家に上がって居間に顔を出すと、食卓を囲んで龍二と伯父と陽菜が楽しそうに何かアルバムの写真を見ながら話していた。すぐに皆は康一の存在に気付いて顔を向けると、伯父が真っ先に手を振って口を開く。

「康一、お久しぶりだね。少し見ない間に随分成長したねぇ」

「伯父さん久しぶりです。……身長は龍二と大して変わらないですよ」

 康一は鞄を畳の上に置くと、膝をついて座って伯父に挨拶をした。

 昔から和装好きの伯父は今も紺色の和服を着用していて、短く刈り上げた髪も眼鏡も記憶と同じまま。

 父より一回りくらい年上の伯父が笑うと、切れ長の目がさらに細まって、目尻には年相応の皺が出来ていた。

 伯父は父と同じくらいの身長で、骨格と肉付きは父より細い。だからといって華奢という訳ではなく、道場を運営していて体を動かしているためか、引き締まっていて弛んでいるところは見当たらない。

「伸びる時期はそれぞれだからね。男の子は高校生まで伸びるし、これからまだまだ伸びると思うよ」

「そうだといいんですけど……」

 伯父の励ましに康一ははにかんで答えた。

「康一君、おかえり! 塾に行っているんだってね? 受験生は大変ね!」

「……陽菜さん、ただいま。塾に行っているのは夏休みだけだけどね」

 康一は伯父の隣に座っていた陽菜を見て目を見張る。彼女は今時の女子高生らしく、とても綺麗になっていた。自分とは二つしか離れていないはずなのに、おしゃれな装いのお陰でずっと大人びた感じだ。

 髪は以前より少し長くなりショートボブくらい。少し艶のある明るい唇は何か塗っているのだろう。薄く化粧までしているみたいだ。

「陽菜さん、しばらく見ない間に綺麗になったね」

 康一が正直な感想を言うと、陽菜の近くにいた龍二が噴き出す。それに対してすかさず陽菜が「そこ、笑うところじゃないし!」と突っ込みの拳を龍二の腹に入れて、やられた弟は少し痛そうに苦笑いしていた。

 いつもと同じ仲の良い二人のやりとりに、康一は自分の心が淀むのを感じる。

「そういえば、何のアルバムを見ているの?」

 康一がわざと話題を逸らすと、龍二がアルバムに視線をチラッと送りながら「父さんの若い頃の写真を見たいって陽菜に頼まれてさ~。わざわざ出したんだよ」と答えてくれた。

「え、なんで?」

 康一が理由を尋ねると、龍二は事情を長々と説明してくれた。

 どうやら彼女の高校の担任が父のファンだったらしい。その先生は父の後輩にあたるらしく、母校がそのまま勤務先になったようだ。

 父がまだ高校生だった時、地元の神社の奉納試合に出たところ見事優勝をして、その勇ましい姿に先生は心奪われたとのこと。

 陽菜が父と親戚だと知った先生は、父がいかに絶世の美少年だったか熱く彼女に語ったみたいだ。それで陽菜はそれが本当なのか気になって確かめようとしたところ、肝心の父の写真が家になかったので、今に至るようだ。

「へー、父さん、試合に出て優勝までしていたんだ! 一体何の競技なの?」

「ええと……」

 いつもハキハキ話す陽菜には珍しく言葉に詰まっている。そんな彼女に代わって傍にいた伯父が「剣道だよ」と答えてくれた。

「そうなんですか。父さんが剣道をしていたとは知りませんでした」

 風呂上がりだった父の上半身を見た時、何か鍛えているみたいに筋肉で引き締まっていた。仕事のために身体を維持していると思っていたが、以前武術を嗜んでいたことも理由だったのかと納得する。

 興味をそそられて康一も開いてあったアルバムを覗きこむ。

 父の学生時代の写真が、何枚もそこに収められていた。その中でも康一の目に留まったのは、袴を穿いた道着姿の父と門下生らしき人たちが並んで写っている写真だ。父の実家にある道場の中で撮ったものだろう。見覚えのある施設だった。

 さらに前のページをめくると、どんどん父の顔が幼くなっていく。小学校の入学式と、その直前と思われる頃で、アルバムは表紙に戻っていた。

「これよりもっと前のアルバムはないの?」

 康一が周囲に尋ねると、楽しそうな会話が突然止んだ。その反応に驚いて康一が窺うように周りを見ると、皆揃ったように気まずそうな表情を浮かべている。最後に父と目が合うと、父は苦笑しながら口を開く。

「私の写真は、五月家に来てからしかないんです」

「え、でも……」

 五月家の養子になる前は、実の両親のところにいたと聞いていた。それならば、そこでその頃に撮られたものがあるはず。しかし、ばつが悪い顔をしている父に、康一はこれ以上質問できず口を閉ざした。

 ――もしかして、実の両親との間に、何があったんだろうか。

 静かになった居間が、康一の憶測を後押しする。

 気まずさを誤魔化すように、康一は別のアルバムに視線を落とした。

 見開いたページには、亡くなった母と幼い頃の康一たち兄弟が浴衣を着用して写っていた。龍二は父譲りの顔だが、康一は母にそっくりだ。目元など、よく似ている。

 庭で母屋を背景に撮ったもので、まだ外が明るいので夏祭りに行く直前に撮影したのだろう。紫の朝顔の柄が入った黒い浴衣を着た母が、紺色の浴衣を着た龍二を抱っこしていて、その母のすぐ脇に自分も弟と同じように深緑の浴衣を着て立っていた。

 みんなの表情は明るく笑顔で、幸せそのもの。写真の日付を見ると、母が亡くなる前年に撮られていた。

「春人叔父さんは今でも美男子だけど、若い時はもっと凄いわね」

 沈黙を破ったのはマイペースな陽菜の声だ。「佳子叔母さんが惚れるはずだわ」と彼女が呟くので、「どういうこと?」と龍二が食いついていた。それに対して陽菜の目がいたずらに輝く。

「叔母さんがまだ若い頃、その奉納試合に出ていた叔父さんに一目ぼれしたらしいのよ!」

「「え! そうなの!?」」

 初めて聞く父と母の馴れ初めに驚いて、二人の兄弟は揃って声を上げた。

「うふふ、そうなのよ~。それで奉納試合があった直後に、叔母さんからうちにお見合いの話が来たらしいわよ」

 陽菜が楽しそうにさらに詳しく説明してくれた。

「お父さんの結婚が早いと思ったら、お母さんに捕獲されていたんだね」

「そうなのよ! 佳子叔母さんがご存命なら、是非ともその技をご教授願いたかったわ~」

 陽菜の意味深な台詞に、龍二と伯父が反応するのを康一は目撃してしまう。

「えっと陽菜ってば、誰か落としたい人でもいるってこと?」

「陽菜、お父さんに詳しく話しなさい」

 龍二は単に好奇心から根ほり葉ほり聞いているみたいだが、伯父なんて口は笑っているけど、目が剣呑でちょっとどころでは無いくらい恐い。

「えっ、二人ともどうしちゃったのよ!? 別に落としたい人なんていないってば!」

 手をぶんぶん振って慌てて否定する陽菜だったが、挙動不審な様子でそんな言葉を口にしても信用が全くできない。そのため二人は追及の手を緩めることはなく、詮索は続くようだ。

「そういえば、兄貴にまで綺麗になったねって褒められていたよね。以前はそんなにおしゃれに気を遣ってなかったのに。おかしくない?」

「年頃だから身だしなみを意識するようになっただけかと思っていたんだけど、やっぱり裏には男がいたんだ……」

 龍二が調子に乗ってニヤニヤと面白そうに笑っている傍らで、伯父なんて完全に過保護モードに入っている。

「ちょっと!! 私に好きな人がいたって、二人には関係ないでしょ!?」

 あまりのしつこさに陽菜がとうとう切れたみたいだが、こんな台詞を言っているようでは気になる人がいると公言しているようなものだ。

 陽菜の意中の相手について二人からの尋問は厳しくなる。その一方で彼女に全然興味の無い康一は完全に蚊帳の外に。康一は三人から視線をそっと逸らした後、「鞄を置いてきます」と言い残して自室へと向かう。

 背後から陽菜の「ちょっと康一君、助けて!」という声が聞こえたが、そんなもの無視だ。

 小さい頃から陽菜と龍二は特別に仲が良かった。康一たちが五月家に遊びに行くと、陽菜は龍二だけを構って康一なんて見向きもせず、存在すら気にも留めてくれなかった。

 赤の他人だったら、まだここまで気にしなかっただろう。康一と龍二のどちらを選ぶと問われれば、誰だって龍二と仲良くなりたいと思うのは当たり前のことだ。しかし、親戚同士だというのに、あからさまに龍二だけを可愛がる陽菜に、康一は全く良い感情を抱くことができなかった。

 あれはまだ自分が小学生の低学年の頃、家族三人で父の実家に帰省した際の出来事だ。

 康一が龍二と二人でいると、「道場に行って遊ぼうよ!」と陽菜がやってきて龍二だけを誘っていた。その時に康一は自分も行っていいか陽菜に訊いてみたのだ。一度も道場に立ち入ったことがなかったので、あそこは一体どんな所なんだろうと、ほんの好奇心から。

 ところが、康一の申し出に対して陽菜はあからさまに戸惑っていた。

「悪いけど、康一君は来ないで」

 毅然とした拒絶に驚いて康一が陽菜を見ると、彼女は渋い表情をして自分を見返していた。その迷惑そうな目つきを今でも忘れられない。

 そして、二人の間に挟まれて龍二は困った顔をしていた。

 龍二は陽菜と康一を見比べて、対応に悩んでいたが、結局弟が味方についたのは彼女の方だった。

 いつまでも自分の後ろを弟がついてきてくれると思っていた。しかし、陽菜の後ろをついていく龍二を見た時、決してそうではないと気付かされてしまった。

 その出来事から康一は陽菜を毛嫌いするようになり、帰省を止めた主な原因は彼女を避けたかったからだ。

 康一はしばらく自室で過ごしていたが、父の手伝いを求める声に応じて、再び居間へと顔を出した。賑やかに話している人たちを横目に、康一は台所に立つ父の元へと近づく。

 父は天ぷらを作っていて、衣をつけた野菜を油で揚げている最中だった。

「康一、正さんを呼んで来てもらえますか?」

「うん、いいよ。今日はおじさんも一緒なんだ?」

「ええ、今日は豪勢な料理にする予定なので、きっと正さんも喜ぶでしょう」

 康一が玄関へ向かって歩いている最中に、父が頼んでいた寿司の出前が届く。龍二にそれを渡すと、弟は大好物のネタである海老を見つけたらしく、嬉しそうに目を輝かせて居間へと消えていった。

 康一が外に出ると、辺りは薄暗くなっていて、もうすぐ日が沈もうとしている。

 鍵のかかっていない離れ屋の玄関の戸を開けて、そこから中を覗く。玄関から見える暗い廊下には誰もおらず、その奥にある左側の曇りガラスの引き戸から明かりが漏れていた。

 玄関のすぐ右手前には二階へ行く階段があり、階段を避けて真っ直ぐ廊下を進むと、右手側の階段下にトイレがある。

 廊下の左手側には引き戸が二つあり、それぞれ部屋に繋がっている。その玄関から見て奥にある部屋は居間として使っていて、そこで照明がついているようだ。

 坂井がその部屋の中にいるに違いないと思い、声をかけようと口を開けた時だった。

「ギシッ……」

 玄関前の廊下の床が、突然音を立てた。

 坂井が住んでいる離れ屋は母屋同様古い。そのため誰かが歩いたりすると木が軋んで音を立てることが同じようにあった。

 けれども誰もいないのに、音が鳴るのは明らかに不自然で、康一は息を飲んで様子を見守ってしまう。

「ギシッ、ギシッ」

 康一が見ている目の前で、自分から遠ざかるように廊下の床板が一定のリズムで音を立てている。

 静かに響く音は、まるで歩調のようである。見えない何者かがゆっくりと奥の部屋と歩いているかのように、床音は移動していく。

 康一はただ息を凝らして軋む音を聞き入っていたが、目視できない存在は奥の部屋へ行ってしまったのか、やがて音は消えてしまった。

 今の現象は一体――と、考え込んだ康一は無言で玄関に立ちつくす。

 脳裏をかすめたのは、連日見ている悪夢の一部。

「康一君、どうしたんだい?」

 奥の部屋から坂井がひょいと顔をのぞかせていた。

 康一は眼鏡をかけた坂井の穏やかな顔を見た瞬間、自分の用事を思い出す。

「ああ、おじさん! ご飯に呼びに来たんだよ」

「そうか。わざわざありがとう」

 坂井は人の好い笑みを浮かべると、玄関に向かって歩いてくる。彼の変わらない普段の様子は、康一の動揺を自然と落ち着かせてくれた。

「今日は寿司をとったんだよ」

「ご馳走だね」

 一緒に歩きながら康一の家へ向かう。

 坂井は初老にかかるくらいの年齢で、先祖代々この敷地で住んでいると聞いていた。

 性格は穏やかでいつもにこにこ微笑んでいて、人当たりがとてもよい。康一は坂井の事を慕っていた。

 家の中に入れば、陽菜たちの楽しそうな会話がすぐに聞こえてくる。

 それから五月の伯父たちを交えた食事会が開かれ、久しぶりに賑やかな夕飯となった。


 そして次の日の朝も、伯父たちを交えての食事となった。

 昨日の夕飯とは違って、この場には坂井がいない。父が作った朝食を五人で静かにとっていたが、陽菜の箸が止まっていることに康一は気付く。どうしたのかと彼女の様子を窺う。

 陽菜は外を眺めていた。

 居間の障子は全部開け放たれていて、さらに窓硝子も全て開いているため、風の通りや視界は非常に良い。家の中から庭全体がよく見えている。

 彼女はその庭のどこか一点を見つめていて、その視線は動かないままだった。

 ――一体、何に見入っているんだろう?

 食事中にそこまで注目するほど、庭に何かがあるとは思えず、康一は彼女の様子を不審に思う。

「陽菜」

 伯父が彼女の名前を呼んで注意する。食事中によそ見している彼女にやっと気付いたのだろう。それから、「本当に綺麗に整えられた庭だ。正さんは手入れが上手だね」と坂井の園芸の腕前を褒めた。

「そうなんです。私ではそこまで手が回らないので、正さんには本当に感謝しているんです」

 父が伯父に返答していた。

「そういえば、さっきから気になっていたんだけど、龍二はどうして顔を怪我したの?」

 陽菜が龍二に問いかけた。同じことを康一も気にしていたが、タイミングが合わず、聞かずじまいだった。そのため、彼女の質問にどのような答えが返ってくるのか、康一も龍二に注目する。

 そんな時、龍二は康一をチラリと横目で見るので、お互い目が合う。すぐに視線を外されたが、龍二が動揺しているのは明らかで、決まりが悪そうに龍二はガシガシと頭を掻いた。それから渋々といった感じで弟が話した内容は、「猫にちょっかい出したらやられたんだ……」という少し情けないものだった。

 それから朝食を終えた後、伯父と陽菜は康一たちの家を後にした。珍しい彼らの訪問は、本当に顔を見に来ただけで、あっさりしたものだった。



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