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父の説明

 康一は再びその場に腰を下ろして、気持ちを落ち着かせた。

「そういえば、まだ話の途中だったよね」

 涙で鼻声っぽくなってしまったけど、それを誰も気にしなかった。

「ええと、蜘蛛やミワが現れた理由でしたよね。それは康一の予測通り、庭で祀っていた樹に落雷があったからです。あの樹には、実は妖怪が封印されていたんです」

 父が話を再開してくれるが、康一は首を傾げるばかりだ。

「妖怪? 封印?」

 馴染みのない単語を家族がごく当たり前のように使うので、康一は一人置き去りにされた気分を感じる。

「康一には、まず一上家の家業について話す必要がありましたね」

「一上家の家業?」

 康一が首を傾げながら父を窺うと、父は真剣な顔つきで見つめ返した。

「一上家は特殊な能力を持った家系なんです。その力を使って、昨日出現したような妖怪や物の怪といった人外を相手にしてきたんです」

「ええ!?」

 予想外の説明に康一は驚愕の声を上げる。チラリと龍二を盗み見れば、弟は平然としていた。

「昔は今よりも不可思議な現象が多くて、怪しい存在がもっと身近にいたんです。動物、植物、人によって作られた道具などが、ふとしたきっかけで不思議な力をつけて、妖怪と呼ばれる存在になるんです。それと同じように不思議な力を持った人間も昔からいたんです」

「父さんや龍二も、だよね?」

 康一の確認に父は頷く。

「ええ、そういった人間は異能者などと呼ばれ、存在自体を他の人間から恐れられることが多かったんです。一上家の先祖もそれで時の権力者から迫害を受けてしまったんです。そのため、一上家の先祖は逃亡の末、山里に辿りついたのです」

 山里とは、父の実家がある場所だ。そこに康一も訪れたことがあり、名前通り山の奥深くにある。しかし、康一にとって、父の話を聞くまでは、ごく普通の田舎の街だった。そんな不思議な力を持った人なんて見たことがなかった。

「その山里は、今でも異能者の郷として存在していて、それを生業にしています。先日、五月の兄さんや陽菜ちゃんが遊びに来たのも、ミワを確認するためでした。昔から一上家で祀られていた木には、ミワが封印されていたんです。ですが、落雷によって封印が解かれ、彼女は現代の世に出現するようになりました」

 幼い頃から父の実家に遊びに行ったことがあったが、伯父たちの特殊な能力についても目撃したことがなかった。父の説明を聞くたびに、今まで何もかも自分に隠されていたことを思い知る。父の隠し事に心が痛まない訳ではなかったが、それはもう納得していたため、自分の中で消化するしかなかった。

「……そういえば、ミワの木が植えられていた場所に墓石があったけど、芳重っていう名前が書かれていたよ。もしかして、それって一上家のご先祖様の名前だったの?」

 康一の質問に父は頷き、気まずそうな表情を浮かべた。

「以前、康一の質問に知らないと嘘をついて申し訳ありませんでした」

「ううん、もういいよ。それで、その人がどうしたの?」

 康一は真相が知りたく仕方が無かったので、続きを促した。

「大昔、山里が蜘蛛の妖怪によって脅威にさらされたことがあったんです。その時、彼女のお蔭で助けてもらったらしいのですが、味方が放った火矢で彼女まで瀕死の状態になってしまったようなのです。そのため、芳重という一上家の先祖はミワの身体を治すために、あの祀られていた木に彼女を封じ、この地に移り住んでミワの木を植えて代々守ることにしたのです。そして、それは康一の代まで続き、あの落雷のあった夜に、樹が倒されて封印がとうとう解かれたのです」

 父は説明しながら一本の巻物を広げる。そこに描かれている絵を康一は以前蔵で見たことがあった。蜘蛛の妖怪と木の妖怪が戦っている絵図だ。

「この言い伝えから推測すると、昨日襲ってきた蜘蛛は当時ミワと戦った妖怪だと思われます。恐らく、彼女と一緒に封印されてしまったのでしょう」

 父は話しながら、絵巻をさらに広げていく。すると、そこには続きが描かれていた。蜘蛛と木の妖怪が、人間たちの放つ火矢で射られ、炎に包まれている場面だ。

「しかし、蜘蛛は長い年月の間、ずっと弱ったままの状態だったと思われます。樹の妖怪であるミワのための封印であった為、蜘蛛には厳しい環境だったのですよ。そのため、自由になった後に力を蓄える必要があり、すぐには襲われなかったんだと思います」

 父はさらに巻物を広げると、最後には小さな木を人間が地面に植えている場面が描かれていた。

「蜘蛛の妖怪は、自分の仲間である蜘蛛を呼び集めて、一匹の巨大な蜘蛛の集合体を形成していたたのです。康一も目撃したかもしれませんが、拳くらいの大きさが、あの蜘蛛の本来のものだったんです」

 遂に巻物は父によって最後まで開かれた。そこには、流麗な文字で言葉が書かれていた。

『先祖芳重が交わした約束を破るべからず。一上家は代々ミワの木を守らなくてはならない』

 あの時、探していた答えは、文字通り康一の目の前で転がっていたのだ。

 康一が全部見終わったのを父は確認すると、巻物を仕舞って紐で封をした。

「でも、どうして蜘蛛はずっと僕を狙っていたの? 申し訳ないけど、龍二でも良かったんじゃ……」

 昨晩、龍二は康一に言っていた。蜘蛛の目的は康一だと。康一はそれを理解出来なかった。

「兄貴はね、そういう妖怪たちに好かれやすいんだよ!」

「え!?」

 疑問に真っ先に答えたのは龍二で、その内容に康一は仰天する。

 ――妖怪に好かれやすい!?

 康一が唖然として言葉を失っていると、「康一のお母さんもそうだったんですよ」と父は苦笑しながら言う。

「一上家は、妖怪に好かれやすい体質の者が生まれやすいんです。佳子さんもその体質の持ち主で、彼らに目をつけられることが多く、いつも厄介事に巻き込まれていたんです」

「そ、そうなんだ……。それで僕も蜘蛛に狙われたってこと?」

「恐らく、そうですね」

 体質が原因。自分にそんな特異な性質があるとは知らなかったので、いきなり知らされた事実に戸惑いを隠せなかった。

 けれども、ひとまず蜘蛛の件は、一通り説明を受けて質問も無くなったので、話を終わりにした。康一は次にミワに視線を向ける。

「次に訊きたいことは、ミワのことなんだけど。どうして僕が寝ているところに現れていたの? 彼女のこと、僕は最初全然見ることができなかったのに、だんだんと姿を見ることができるようになったんだ。それにミワが現れると体調が良かったんだ。一体、あれはなんだったの?」

 抱えていた疑問を口にすると、父は真剣な顔をしながら口を開いた。

「それは、ミワが治療していたからですよ」

「治療?」

「そうです。もともと康一も私たちと同じく、不思議なものを視る力を持っていたんです。しかし、康一は小さい頃に大けがをしてから、その力を失ってしまい、体にまで異変が起きるようになっていたんです。それをミワに頼んで治してもらっていたんです」

「え、そうだったの!?」

 父の説明に康一は驚くばかりだった。大けがと聞いて思い出すのは、あの母が亡くなった直後のことだ。あの時、入院するほどの怪我をして、それ以降は大きな事故を起こしていない。

 しかし、康一の記憶には異能の力について全く残っていない。母親の死と父親の異変という強烈な出来事があったせいかもしれない。

「私は二人の息子を手放したくなかったため、康一に家業を伏せて育てる事を決意したんです。しかし、康一が大きくなるにつれて原因不明の体調不良が続くようになり、一体どうしたらいいのかと悩んでいる時、あの落雷が起こったんです」

 康一の中で、あの夜の出来事が再現されていく。あの恐ろしいミワとの出会いが。父は康一を見つめながら、さらに言葉を続ける。

「落雷のあった夜、ミワは康一を見て、私にこう言ったのです。康一の体の気の流れは異常な状態で、それが自分自身の体を蝕んでいる。そのせいで能力を失っていて、しかも早死にする可能性があると」

「早死に!?」

 自分の死を予告されて、康一の心情は激しく乱れた。

 ――死にそうな程、苦しい症状に襲われてはいたけど、まさか本当に死にそうになっていたなんて!

「妖怪であるミワは、康一のことを治せるというので、私はその力に頼る事にしたんです」

「じゃあ、僕が寝ている時に現れたのは……」

「はい、治療のためでした。ただ、植物の妖怪であるミワは、日が暮れると能力が使えなくなるので、夜明けと共に行動していたようです」

 言われて思い返してみれば、ミワは暗いうちに現れたことはなかった。

「そう、だったんだ……」

「とりあえず、まだミワによる治療を続けてください。ミワは完全に治るには、もう少し時間がかかると言っていましたから」

「うん、分かった」

 康一は素直に頷く。けれども、あの治療方法を思い出して、羞恥心で家族の顔をまともに見ることができなかった。キスは治療のためだと聞けば、我慢するしかない。人工呼吸と同じで、医療行為だと考えるしかなかった。

「他に訊きたい事はありますか?」

 そんな康一の動揺に父は気付かなかったようだ。

「あ、そういえば……」

 平静を装いながら、康一はさらに疑問を思い出していた。

「実は昨日、家の中に和服を着た女の人がいて、その人から紙を貰ったんだけど、あれは誰だったのかなぁって思って」

「それって、お母さんだよね」

 それまで黙って話を聞いていた龍二が、突然話に割り込んできた。

「母さん? あの人が?」

 康一は龍二の言葉に目を大きく見開く。弟は自信満々な様子で更に話を続ける。

「だって、あの紙に書かれていた文字は、お母さんの筆跡だった。それに、具現化の能力で炎を作り出していたよね。そんなことが出来るなんて、限られているよ。ねえ、お父さん、そうだよね?」

 龍二は父の顔を食い入るように見つめて、父からの返答を待っていた。父はしばらく考え込んでいたが、やがて優しく微笑んだ。

「そうですね。多分、佳子さんだと思いますよ。きっと心配で現れたんですね」

「じゃあ、また会えるかな!?」

 龍二は嬉しそうに興奮していた。期待に満ちた目を父に向けている。その視線を受けて父は困ったように苦笑した。

「どうでしょうか。たまたま今はお盆の時期ですから。偶然戻って来てくれただけかもしれません」

「そう、なんだ……」

 龍二は見るからにしょんぼりと落胆する。その様子を見て、康一はあることに気付く。

「龍二は妖怪とか幽霊とか見ることが出来ていたのに、母さんには会ったことがないの?」

 その問いに龍二は泣きそうな顔で頷いていた。

「そっか……、それは残念だったね」

 母の記憶がないとはいえ、思慕の念がないとは限らないのだ。龍二の悲しさが手に取るように分かり、康一は弟に同情した。

「佳子さんは、いつも康一や龍二を見守っていますよ。会えなくても、ずっと傍に」

 そう語る父の表情は、とても穏やかだ。

 ――いつも見守っている。

 そう思うことで、父は母を失った悲しみを乗り越えたのだろうか。

 折に触れて亡き母のことを話してくれる父。そのため、母をとても身近な存在に感じることができて、康一にとっても大切な故人である。

 けれども、康一の中では母親という存在は、いないのが当たり前になっている。母に対する想いの重さは、康一と父では全く違う。

 母を失った直後の悲しみに暮れた父と、現在の父。今のように普通に暮らせるようになるまで、どんな苦しみがあったのか想像がつかない。

 ――やっぱり、父さんは凄いな。

 苦難を乗り越えた父を康一は心から尊敬する。

「とりあえず、父さん色々と説明してくれてありがとう。分からないことがあったら、また質問するね」

「はい」


 説明会が終わった直後、来客があって父はその対応に追われた。父の故郷から能力者が二人やって来て、蜘蛛以外に危険のある存在がいないか調査するらしい。

 その対応で一気に父は忙しくなり、康一たちも片付けで慌ただしい状況になった。

 坂井とミワが庭の植木を直していて、康一と龍二は玄関前の掃除を担当する。

 弟と二人で地面に残っている粘着質な液体を取り除いていると、「あの~」と遠慮がちに声を掛けられた。手元から目を離して声がした方を向くと、そこにはお祭りで会った首の無い化け物がいた。ボロボロの服を着た、落ち武者そのものの格好。

 以前会った時より詳細に状況が分かってしまい、恐怖感が倍増している。康一は悲鳴を上げて、龍二へ助けを求めて逃げ出した。

 ところが、龍二は首なしお化けを見ても平常のままだ。

「あれ、佐竹(さたけ)さん! どうしたの?」

 気安く声まで掛けて、会話までしている。

「あの~、これ、落としましたよ」

 佐竹と呼ばれたお化けは、手に持っていたハンカチを康一に差し出した。見覚えのあるそれに、康一は自分の持ち物だと、すぐに気付く。恐る恐る受け取りお礼を言うと、佐竹は踵を返して帰っていく。

「佐竹さん、首はないけど、いい人だよ」

「そ、そうなんだ……」

 化け物でも、親切なものもいる。

 見た目で心底怯えてしまって逃げたのに、わざわざ落としたハンカチを届けたくれた佐竹に康一は申し訳なくなった。

「後でまた会えたら、改めてお礼を言わないと……」

 康一はハンカチをズボンのポケットに仕舞いながら、そう呟いた。



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