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祭り

 陽が傾いて日射しが弱くなる夕方頃、康一たち三人は井上の家を出て神社へ向かった。

 目的地に近づくにつれて、目にする機会が多くなる浴衣姿の通行人たち。そして、参道に辿り着いた時には、祭りを目当てにやって来た人たちで溢れかえっていた。

 いつもは何もない通りには、縁日が出来ていて露店が軒を連ねている。視界の端まで人だかりである。喧騒に負けないくらい大音量で囃子が流れていて、康一は活気の良さに自然と気持ちが高揚した。

 ゲームなどの露店に三人は足を運び、お互いに成績を競い合う。失敗しては「下手くそ」と笑い、成功すれば「俺だって」と闘志を燃やす。裏表のない、ただのふざけ合いに康一は心の底から笑った。

 ――今だけは、何もかも忘れよう。

 今年もまた露店のカモにされて、財布の中身が軽くなった康一たちはその場所を後にした。

「そういえば、お参りでもするか!」

 井上の言葉を受けて、三人は境内へ向かう。

 神社の名前が書かれた提灯が、通りの頭上に幾つも並んで吊るされており、夕暮れ時になって仄かに灯され始めていた。

 鳥居をくぐり、かなり長い石段を上って行く。時折、康一たちのように参拝に訪れた人たちとすれ違った。

 階段を上りきると、社の周りには氏子と思わしき衣装を着た大人たちがいて、賑やかに会話している。参拝客が鳴らす大きな鈴の音が、康一たちの所まで届いていた。

 石畳の脇には等間隔に設置された石の灯籠があり、行事がある晩だけは蝋燭を置いて火を灯す。揺れる儚い光がとても幻想的だ。

「まず手を洗わないとな」

 井上と上田が水舎(みずや)と書かれた手洗い場へと向うので、康一もその後に続こうとした時だ。

 不意に康一の視界に何かが入り、足を止めてしまう。この場に蛍らしき小さな光の玉が、周囲でゆらゆらと幾つも漂っていたからだ。

 蛍が周辺で生息しているなんて康一は聞いたことがなく、そもそも今まで目撃したこともない。康一は目を疑う光景に、思わず釘づけになる。

 立ち止まっている康一に気付いた上田が、「一上どうしたんだ? 早く来いよ」と声を掛けて来た。

「あの、あれ……」

 戸惑いながら康一が光のいる方を指差すと、上田はその方向をじっと注視して、やがて何かに気付くと顔を顰めた。

「ああ、すごい蚊柱だな!」

「えっ!?」

 確かに上田の言う通り、蚊の集団が近くで飛んでいる。しかし、それよりも驚くべき存在がいるにも関わらず、上田はおろか振り返ってこちらを見ている井上も全く気付いていないみたいだ。

 ――もしかして、彼らには見えていない?

 康一はその可能性に思い至り、それからゾクリと感じたのは――恐れ。康一は平静を取り繕い、彼らに遅れないように行動して、自分の挙動を少しでも不審がられないように努めた。

 康一たちが参拝中も、光の玉はあても無く彷徨うように宙を移動している。やがて、その一つが康一に近づいてきたので、虫を払う仕草でそれを追い払おうとしてしまった。

 それがまずかったのか。

 光の玉は康一の周りから離れようとせず、むしろ積極的に絡んでくるように。神社から去ろうとしても、ずっと纏わり続けてくる上に、康一に集まるその光の数が徐々に増えてしまっていた。

 ――一体、何が起こっているんだ!

 自分に近づく光の玉が恐ろしくて仕方がない。別に何かをされている訳ではなかったが、自分だけにしか目視していないモノをどう対処すればよいのか。焦っても状況は悪くなるばかりだ。

 友達二人は全く異変に気付いておらず、拝殿から去りながら「次どうする?」と暢気そうに会話している。彼らの後ろにいた康一は、この場所から逃げ出したくて仕方が無くなり、「とりあえず早く神社から出ようよ。蚊も多いし」と誤魔化しながら催促した。

「ああ、そうだな」

 三人は来た道を辿り、再び賑やかな縁日に戻って来た。

 ここまでついて来た光の玉は少なかった。前回で懲りて相手にするのは止めていたが、残りの光の玉は自分の周りから離れる気はないらしく、元気に飛び回っている。

「腹も減ったし、今度は何か買おうよ」

「ああ、そうだね」

 上田が大きいお腹をさすりながら提案したので、焼きそばやお好み焼きといったボリュームのある食べ物関係の露店を三人は回った。

 食欲が満たされて、十分遊んだこともあり、そろそろ帰ろうかという雰囲気に。光の玉のせいで落ち着かない康一は、何とか友達に怪しまれずに済んだと安心することが出来た。しかし、その気が緩んだ束の間。康一は雑踏の中に異形の存在を発見してしまった。

 首の無い黒い人型が人ごみに紛れて歩いていて、康一たちがいる方へとゆっくりと近づいている。それから少し遅れて気付いたのは、その黒い化け物の手にあった本人の首らしきもの。乱れた長い髪の毛を掴んでいて、ぶら下がった頭がゆらゆらと揺れていた。思わず悲鳴を上げそうになり、口許を押さえて、それを必死に抑えた。

 絶対に目を合わせてはいけない。そんな気がして、康一は何とかそれをやり過ごそうとした。

 心臓の鼓動が激しくなるのを感じながら、その化け物とすれ違い、何事も無くそれから遠ざかっていく。緊張でガチガチに固まっていた両肩から力が徐々に抜けていった。今度は絡まれることは無かったと、康一は心の底から安堵する。

 だいぶ歩いて縁日の外れに来て、人の姿も疎らになった。

 康一は先ほどの化け物が気になって仕方がなく、友達との会話も上の空だった。

 その化け物がどうなったのか、もう見えない場所に行ってしまったか――、康一は色々と気になってしまい、勇気を振り絞るような気持ちで、確認の為に振り返る。

 そして、恐ろしさの余り「うわぁ!」と本能的に悲鳴が口から出ていた。

 康一の視界の先には、先ほど見かけた化け物。手の先にぶら下がった首が無言のまま、こちらを真っ直ぐに見ていた。


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