ぼくとおかあさん4
おかあさんが泣いている。ぼくのせいで――。
ご飯を食べるテーブルで、おかあさんは椅子に座って辛そうにしている。
怪我をさせた友達の家に謝りに行ったときに、友達の親からも、ぼくのことでひどく怒られたからだ。
おかあさんとぼくは、あれからずっと家の中にいる。おかあさんが言ったとおり、幼稚園はずっとお休みしている。
またいつ行けるようになるのか、ぼくには分からない。ぼくがおかしいからだ。勝手に物を壊すようになったから。
「どうして、この子はおかしくなってしまったの? 私は、どうしたらいいの?」
おかあさんが泣いていても、ぼくはなにもできない。ごめんなさいと謝っても、おかあさんは泣き止んでくれない。
ぼくが話しかけるだけで、うるさくするだけでおかあさんは怒るようになった。そのたびにぼくのことを叩く。とても恐かった。
でも、おとなしくしていれば、おかあさんは怒らない。ぼくはこれ以上、おかあさんを怒らせて悲しませたくなかった。
部屋の隅で黙ってテレビを観ていると、おにいちゃんが僕の後ろに近づいてきた。
「一緒に遊ぼうよ」
おにいちゃんが優しく話しかけてきたけど、ぼくは無視した。だって、おかあさんはおにいちゃんと話すと怒るから。ぼくはもうおにいちゃんと話さないし、遊ばない。
「どうして、おにいちゃんを無視するの?」
おにいちゃんの傷ついた声がする。悪いとは思ったけど、ぼくは聞こえないふりをした。
「おにいちゃんのこと、いらなくなったの?」
ぼくは何も話さないで、首を横に振った。違うよ、そういうことじゃないんだ。
「やっぱり、おにいちゃんのこと、いらなくなったんだ……」
おにいちゃんが傷ついた声を出すので、ぼくは気になっておにいちゃんを振り返った。
「そんなこと、ないよ」
ぼくはすごく小さな声でおにいちゃんに返事をした。
「じゃあ、遊ぼうよ」
ぼくが首を振って断ると、おにいちゃんは顔を皺くちゃにして、怒りだした。
「おかあさんと同じように、おにいちゃんを捨てるんだね」
「違うよ」
「違うものか! おにいちゃんのこと、いらないって、お前も捨てるんだろ!」
おにいちゃんは怒りだして、部屋の隅に置いてあったおもちゃを拾って壁に投げつける。
「止めてよ!」
ぼくが叫んでもおにいちゃんは止めてくれない。おにいちゃんは怒りながら、次から次へと物を投げる。その顔は、まるで絵本の中に出てくるお化けみたいに恐かった。
「いやー!」
その時、おかあさんの叫び声がした。ぼくが振り向くと、おかあさんは立ち上がって、肩を震わせていた。
「何をしているの? 誰と話しているの? もう、止めてよ!」
おかあさんはドカドカと床を鳴らして大股でぼくに近づいてくる。ぼくは思わず自分の頭を腕で庇った。いつも怒られる時は、おかあさんに叩かれるからだ。
でも、腕の上からぼくはおかあさんに叩かれて、結局顔を手で叩かれた。
「うわあああん!」
痛くて怖くてぼくが泣き叫んでも、「うるさい!」とおかあさんに怒鳴られるだけで、止めてくれない。おかあさんがとても恐かった。だれかに助けてもらいたいくらい嫌だった。
ぼくは悪くないのに。おにいちゃんのせいなのに。おにいちゃんがおもちゃを投げたから、ぼくは怒っただけなのに。ぼくは勘違いしているおかあさんに腹が立っていた。
「おかあさんのばか!」
「馬鹿ってなによ!」
おかあさんは鬼のように恐い顔をしていた。そのまま、ぼくのことを叩き続ける。ぼくはすごくおかあさんが嫌になり、ますます怒った。その気持ちをぶつけるようにおかあさんのことをぼくは蹴った。
「きゃああ!」
すると、おかあさんは部屋の壁にあっという間に吹き飛んで、鈍い音を立ててぶつかった。そして、そのまま床に倒れて転がる。
いったい、なにが起こったんだろう。友達のようにおかあさんまで、ぼくは怪我をさせてしまったのかもしれない。
どうしよう!? さっきまでの腹立たしさはなくなって、心配でたまらなくなった。
「おかあさん、大丈夫?」
ぼくが近づこうとしたら、「来ないで!」とおかあさんが叫んだ。おかあさんは立ち上がって部屋から出ようと走り出す。
「おかあさん、待ってよ!」
追いかけたぼくがおかあさんの体を掴んだとき、おかあさんはぼくの手を振り払った。その勢いで、ぼくは体までふらついて、床に尻もちをついてしまった。ぼくを見下ろしながら、おかあさんが顔を引きつらせている。
「止めて! 触らないで、化け物!」
ぼくを見つめるおかあさんの目は、とても冷たかった。まるで汚いものを見るみたいな目つきだった。おかあさんは、ぼくに背を向けると、そのまま玄関に向かう。
「やだ、おかあさん! 置いて行かないで!」
でも、おかあさんは、ドアを閉めていなくなった。ぼくは悲しくて、泣くことしかできなかった。
おかあさん、戻ってきて――。ぼくを一人にしないで。




