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通り雨  作者: 朝霧
9/13

悪意の歌

 それから私は転校生や晴山に全く捕まる事のないまま二日間乗り切った。

 曇井が転校してきたのが水曜日だから、ここでいったん休日を挟んだ。

 私は二人をうまく避けていた。

 どちらも私を探しているんだが、その前には逃げ切っているから捕まることが無い。

 しかし、このように避け続けていると、流石に不審がられる。

 現状を維持しようと思えばいくらでもそうすることが出来るが、それをしてしまうと異常すぎる。

 ただの影の薄いだけの高校生としても、二日間そんな状態が続いているというだけでかなり異常な事だ

 そこまでの異常性を持ちすぎるのはよくないだろう。

 これは最初から分かっていた事だけど。

 だから、物凄く嫌だけど、たまには一言二言は話さないと駄目だと思うんだ。

 本当に、心の底から嫌なんだけど。

 しかし晴山に絡まれない学校生活が、ここまで充実したものだとは思ってもいなかった。

 あいつと関わらないから今のところ誰からも嫌がらせもされないし(煽ったことに対する逆恨みは意外な事に今のところ全くない、それどころじゃないのか?)誰からも嫌味を言われないし。

 しかもこの前の理科の実験の時に一緒になった女子生徒の一人は私に対して普通に話しかけてきたのである。

 これは他人にとって大した事じゃ無いだろうが、私にとっては大事件と言っても過言ではないくらいなのである。

 普段ならこういう時はまるっきり無視されるか、怖がられるか、嫌味を言われ続けるかという状況に陥るのだ。

 それなのに、普通に、普通に実験していたのである。

 しかも、その女子生徒が普通に話しかけてきたことによって他の班員も後半は普通に話しかけてきた。

 私は晴山や、自分が気に入らない者に対してはとことん酷く当たるが、それ以外はそんな事は無いのである。

 普通だ。

 後輩の日野に対しても今のところ暴言を吐いた事は無いし、家族や義理の兄に対してもそんな事は無いし、あの殺人鬼とはちょっとした喧嘩(きりあい)になる事はあるものの、じゃれ付く程度だ。

 本来、私は悪意を無闇やたらにぶつけるような人間じゃないのだ。

 実験中、一度も悪態をつかなかった事によって私の印象は多少なりとも変わったようだった。

 そんな事があったのである、これを充実以外になんと言おうか。

 私って、晴山さえいなければ、案外友人と言える存在は無くても、普通に話す人がいる、何処にでもいそうな地味な女子高生だったのかもな……

 だって私が嫌われている理由は人気者の晴山を独り占めしているように見え、尚且つその晴山に対して暴言を吐き続けていたという事が主な原因だ。

 それさえ、それさえなければ。

 私はこんなにも周囲に嫌われる事は無かったかもしれないのに。

 それでもきっと通り魔にはなっていたんだろうけど。

 私が通り魔になったのは別に、友人が全くいないからとか、社会的コンプレックスを持っているとか、そう言う理由じゃないから、

 多分生まれついて持った悪癖なんだと思う。

 それはいい、そんなことはどうでもいい。

 今、考えているのはそう言う事じゃない。

 私は晴山さえ関わって来なければ、平和な日常が送れるという事だ。

 だから、私は、あいつと、本当に本気に、完全に決別するべきだというだけだ。

 そうすれば、きっとうまく収まる。

 だから、今日は逃げも隠れもしない。

 休日中にそう決心した。

 今までだってずっとそうしてきたが、きっとやり方が悪かった。

 当り散らしているだけじゃ、駄目だったんだ。

 もっともっと、真面目に真剣に、あいつを拒絶しなければ駄目だったんだ。

暴言はもう吐かない、なるべく吐かない。

 冷静に、冷静に。

 ただ、ただ、本気で迷惑である事を、告げよう。

 真摯に真剣に。

 日野は晴山を腹黒いと言ったが、実際には違う。

 あいつは、本当の本当に厭味ったらしいくらい善人なんだ。

 善人過ぎて、他人の悪意に気付けない、ある種の愚か者。

 または、怪物。

 話が通じる確率は、五分。

 私の誠意にかかっている。


 四時間目が終了しても、私はすぐには教室を出なかった。

 先週よりもゆっくりと、ようするに普通の速さで教材を仕舞い、普通の速さで教室を出ようとする。

 そこで、ガラリと。

 教室後方のドアが勢いよく開く。

 開いた生徒は、晴山は、私の姿を認めて叫んだ。

 「雨音!!」

 そして駆け寄ってくる。

 私は逃げない。駆け寄ってきた晴山は、もう逃がさないぞと言わんばかりに私に目の前に立ちふさがる。

 これが、私の障害。

 「雨音!! 今までずっと逃げられてきたけど、今日こそ逃がさないわ!」

 叫ぶ晴山を見据える。

 そして口を開く。

 「逃げないよ、今日は、そのかわり、放課後私の話を聞いてくれ、ちょっとお前に言わなければならない事がある」

 多分昼休み程度の時間じゃ、決着がつかない、尻切れトンボに話しても、意味は無い、特に馬鹿な晴山相手には。

 その言葉に、晴山は心底驚いたようだった。

 それもそうか、今までずっと私は晴山の顔を見るたびに暴言を吐いていたから。

 暴言しか、吐いていなかったから。

 周囲も少し驚いているようだった、暴言を吐かない私はそれほどまでに珍しいものになっていたのだろう。

 今更になって気付く、きっとずっと前にこうやってちゃんと向き合えば、何とかなっていたのだろうと。

 ―――もっと早く気付ければよかったのに。

 「………分かった」

 私の言葉を晴山は肯定した。

 第一段階、クリア。

 「助かる」

 返した言葉に、晴山もクラスメイト共も、心底驚愕した。

 ………そこまで驚かないでくれ。

 本気で虚しいから。

 しばらく呆気にとられていた晴山だが、少ししてその表情を変えた。

 「でもそれとこれとは話が別! 雨音があんなこと言ったせいで大変な事になったんだから!」

 「そんなに怒るな………私もこんなに大事なるとは思ってもいなかったんだ」

 嘘だ、大パニックになるだろうことは予測済みだった。

 「もー!」

 それでも晴山は私のそんな嘘にも気づいていないようだった。

 そして言葉を続けて。

 「てゆうか、あの時言ってた米一粒くらい気になる人って誰よ!? 私の知ってる人!?ここの生徒!? それとも違うの!? どうなのよ!?」

 「…………」

 まさかそっちを突っ込まれるとは思ってもいなかった………

 そんな奴はいない、あの時咄嗟に思いついて言っただけの事だ。

 しまったな、真っ先にそこを突っ込まれるとは思ってなかった。

 何も考えてないどころか、たった今言われて自分がそんなことを言ったのを思い出したくらいだった。

 「教えてよ! 誰なのよ!」

 「ええと……あいつは校外の人間だ、お前が知らない奴、今までも同じ学校に通ったことは無い」

 仕方ないので、でっちあげることにした、全く言わないというのも、疑われるような気がするから。

 「そうなの? 何でそんな人と?」

 「……親戚の知り合い、みたいな奴でな、たまたま知り合っただけの関係で、遠くに住んでる」

 「………どんな人?」

 「どんなって?」

 「例えば、見た目は?」

 うーん、これは曇井の逆を言っていくか。

 だからといって、不細工だって言っても軽く引かれそうだから……

 「普通、美形でも不細工でもない、平凡顔だ」

 「身長とか、体格は?」

 曇井の身長は高い、ついでに細身だが引き締まって強靭そうな印象を受ける。

 それの逆、だけどデブだと言っても引かれそうだから……

 「身長は低くて、華奢だ、パッと見弱そうな感じだな」

 「性格は?」

 ここで逆と言っても、私は曇井の性格なんて知らないし……

 今までずっと関わらないようにしていたんだから、当然と言えば当然だが。

 うーん、ここは晴山の逆を行くか。

 「ひねくれてるな」

 ………ん? ちょっと待った。

 平凡顔で身長低くて華奢でひねくれてるって……

 この特徴、あの殺人鬼とかぶってないか?

 てゆうかまんまあいつの特徴だ。

 ………しまった、全然意識して無かったのになんでこうなった?

 ただ曇井(と晴山)の逆の特徴を上げていっただけなのに………

 まあ……なってしまった事は仕方ないか……

 「その人の名前は?」

 「教えない」

 というか今でっちあげた設定だからそこまで考えて無い。

 ここまで特徴が、全く意図していなかったとはいえかぶったのなら、別にあの殺人鬼の名前を出してもいいかもしれないが、あいつの名前知らないし。

 結構前からの付き合いなのに互いに名乗ってすらいない。

 名乗る必要は無い。

 互いの詮索はしない、必要以上に馴れ合ったりはしない。

 友人でも恋人でもなく、ただの知り合い。

 同族でも同士でもなく、ただの同類。

 浅くはなくても、深くもない。

 それが私とあいつとの関係。

 晴山は不満そうに頬を含まらせた。

 「ケチ」

 「私があいつについていえる事と言ったらこれくらいだ、なんてったって米一粒分だからな、私だってそんなに知っているわけじゃ無い」

 「…………変なの」

 「変で結構、じゃあな」

 話は終わりだと手を振って立ち去ろうとするが、阻まれた。

 「どこ行くのよ?」

 「購買」

 一言返す、今日はいつものコンビニによる暇が無かった為、購買に行かないと食べる物が無い。

 「そう………」

 「それじゃあ、放課後に」

 「分かったわ」

 そして私は教室を出た。


 放課後。

 話し合いの場は、私の教室になった。

 晴山がクラスメイトの連中に頼んだ為、今教室にいるのは私と晴山だけだ。

 聞き耳くらいは立てられているのだろうけど。

 だけど、構わない。

 今回は、今までのように暴言を吐くのではなく、むしろ頼み事、嘆願に近い。

だから聞かれても何ら悪影響は無いと思う。

 どっちにしろ、私の印象はこれ以上、下がりようがないから。

 最初に口を開いたのは晴山だった。

 「それで、話って何?」

 「あぁ、頼みたい事がある」

 「何?」

 「今後一切、私に関わらないでくれないか、本当に、これは本気の頼みだ」

 「………何で、何でよ、だって私達……」

 「先週、私は意図的にお前を避け続けていた、絶対に関わらないように、それはわかっているよな?」

 「………うん」

 「お前に関わらなかった二日間、とても平和で穏やかで、充実してると言っていいくらいの時間を送れたよ。だからもう戻りたくないんだ、お前に絡まれる生活に、もう懲り懲りなんだ、本当に本当に、お前に絡まれるのは、疲れるし迷惑だ………あの二日間で気付いたよ、今までの生活が、どれだけ疲れるものだったのかを、どれだけ嫌なものだったのかを、どれだけライフゲージをごっそりと持って行かれていたのかを」

 「…………」

 「一度気づいたら、もうあの生活には戻りたくない、一度もっとましな状況があることに気が付いたら、もう前のままではいたくない、それはさらに疲れるし、ダメージ増す」

 「………何で、何が嫌なの? 直すから、私雨音の嫌なところ直すから、そんな事」

 「無理だ。それにもう、これはお前一人が直したところでどうにかなる問題じゃないしな」

 「どういう……事」

 「お前は知っているか? いや、知らないだろうな。お前はそういうものに物凄い疎いから、気付いてなんかいないはずだ、付き合いだけは不本意だけど、とても不本意だけども長いから、それは分かる、だからこそタチが悪いんだがな」

 「何よ……」

 「私はお前に絡まれる事によって、周囲から嫌がらせを受けている」

 「!」

 「知らなかっただろう? 知らなかっただろうなぁ………でもなぁ、普通は気付くんだよ、でもお前は気付かなかった、気付けなかったんだよ」

 「何で………私のせいで……」

 「お前は学校一の人気者だ、それは流石に分かっているだろう? そんな人気者が一人の人間に構いっぱなしだったら当然周囲は嫉妬するよな? しかもそいつが人気者(おまえ)に対して暴言しか吐かない様な奴だったら余計そうだろう?」

 「………それは」

 「私が今まで受けてきた嫌がらせの一部をお前に教えてやるよ」

 そして私は、この十三年のうちに受けてきた嫌がらせの数々をかいつまんで話した。

 中学の頃の溝鼠や、登校中に生卵が飛んでくる事などを含んで十分ほどの時間を掛けて話した。

 暴言を吐かないとはいえ、結局悪意を持ってこいつに接するのは、何の変わりのない。

 「これで全部じゃない、むしろこれはほんの一部、序の口だ。気の弱い奴だったら自殺しててもおかしくないなとか常々思っていた、私の今までの生活」

 「………………」

 晴山は、無言。

 「だから、もう私に関わらないでくれ、もうこれ以上こんなくだらない生活を続けたくない。お前が私の目の前から消えたら、もう嫌がらせを受ける事も無くなるだろうし、ずっとクラスに溶け込みやすくなる………今のままだと、班決めとか物凄い面倒なんだ、誰も私と組みたがらなくなるから、これから修学旅行の部屋割りとかもあるのに、それは苦痛じゃないけど、時間の無駄だし、やっぱりちょっと気が重いんだ。だから頼むよ」

 「で、でも! 私が皆に頼んで嫌がらせ止めてもらえば………」

 その言葉に。

 不本意だが、笑ってしまった。

 大声で、高らかと、笑い声を上げる。

 可笑しくて、可笑しくて、堪らない。

 腹が捩れて、痛い。

 そうゆう反応をされるという事は予測済みだったが、予定通りと言っても差し支えないくらいだが、それでも笑ってしまった。

 此処まで頼み込んでいるのに。

 お前は結局、気付かないんだな?

 あぁ、何て馬鹿馬鹿しい。

 滑稽だ。

 こいつも、今までの私も。

 ふと、笑うのを止める。

 そして睨みつける。

 「なあ、お前今まさか、私に関わらないでくれと頼んだ理由が、ここまで頼んだ理由が、ただ単に嫌がらせを受けるからなんていう、ちっぽけなものだと思ってないだろうな? いや、そう思ってるんだろうな」

 だからこそ、今までずっとこんな事が続いていたんだ。

 あぁ、なんて滑稽で馬鹿らしいんだろ。

 「お前にはわからないだろうけど、何度も何度も、言っても言っても、理解出来ないみたいだけど、私はお前の事が大嫌いだ」

 悪意を放つ。

 普段よりも静かに、でもより鋭い悪意を突き刺す。

 言葉でもってズタズタに切り裂く。

 今までの暴言の何倍もの悪意をさらけ出す。

 今までの悪意が、ただやたらめったら切り付けるだけの、一種のヤケのようなものなら。

 今回はトドメを刺す気の、本気の攻撃だ。

 「これは冗談でも洒落でもジョークでもない、私の本心だ、私はお前の事が嫌いで嫌いで堪らないし、厭で厭で仕方ない」

 声は荒げず、淡々と、しかし突き刺すように、抉るように。

 悪意を研ぎ澄まし、言葉によってその心臓を突き刺すように。

 純粋な悪意。

 ただただ悪意を持って真っ向から向き合う。

 そこには情も情けも容赦も偽りも何も無い。

 「……うそ………でしょ………あま」

 「気安く私の名前を呼ばないでくれるか? その甘ったるい声で呼ばれるだけで虫酸が走る」

 ぐさり。

 突き立てる。

 「何が嘘なものか、私がこれだけ真剣に話してるのに、お前は全く人の話を聞いていないんだな。私はな、自分にとって都合のいい事しか理解出来ないお前が、悪意を全く理解出来ない、善意に塗れた怪物みたいなお前が」

 一度言葉を止めて、息継ぎをする。

 そして私は、トドメの一撃をその心臓に突き刺す。

 「気持ち悪くて仕方ない」

 トドメを刺したが、終わらない。

 この程度で終わらせる気は無い。

 「お前確か蜘蛛が苦手だったよな? 見るだけで悲鳴を上げて飛び上がっていたよな?」

 さらに切り裂き、切り刻む。

 ズタズタに、完膚無きまで。

 「それと同じだ、見ているだけで気持ちが悪いくて気味が悪い、肌に触れられると全身に鳥肌がたって悪寒がする、私が今までお前に浴びせてきた数々の罵詈雑言は………」

 そう、最近まで自分でも自覚していなかったけど、いやむしろ、自覚する事を拒否していたのかもしれないのだけども。

 だってそういう事ならあれは………

 「あれは悲鳴だった、お前が蜘蛛を見る時に上げる悲鳴と、全く同じものだ」

 悪意ではなく、いや悪意はあったがそれより多く含まれていたのは別の感情で、そんな言葉に大した力なんて無くて。

 それに気付きたくなかった、自分の言葉に大した力が無い事に、だからどれだけ言おうと、まるで無駄な事に。

 あれだけ嫌われ、周囲から攻撃される事が、まるで意味の無いものだという事を。

 あの調子で何を言おうと、まるで無駄だった事を。

 それが10年以上も続いていた事を。

 「お前想像してみろよ、これくらいなら出来るだろう? お前のその汚れのない手に大量の蜘蛛が這っているのを」

 嫌だろう? 気持ち悪いだろう?

 私が今までお前に感じていたのはそれと全く同じなんだよ。

 「お前は私にとって本当に蜘蛛みたいな奴だったよ、その砂糖みたいに粘ついた糸でもって私に纏わりついて、縛り付けて、切っても斬っても、何度もベタベタと絡み付いてきて………」

 だから、今日それを断ち切る。

 トドメを刺さない通り魔ではなく。

 放火魔のように全て燃やし尽くし。

 殺人鬼のように全く容赦無く殺す。

 汚いものは全部燃やしちゃったほうが綺麗ですから。

 泣いて喚いて命乞いされても容赦なく殺してやるよ。

 それはあいつらが言った言葉、中途半端な私には無い、壊し尽くす事をはっきりと覚悟した言葉。

 私に足りなかったのは、覚悟。

 人一人の精神を殺す為の覚悟。

 それが今までの私には決定的に足りていなかった。

 それは致命的だった。

 もっと前にその覚悟があったなら。

 此処まで長い間、胸糞悪い日々を送ることは無かった。

 ―――もう終わりにしよう。

 「本当に気持ち悪かったし、吐き気がする」

 此処で再び晴山を正面から見据える。

 泣き出す一歩手前の目の前の女を睨み付ける。

 嫌悪、憎悪、厭悪、悪意。

 嫌って憎んで厭うて、そして悪意を持って。

 その存在を真っ向から、拒絶する。

 「だから、これ以上私に関わるな、近づくな、これから先一切私の世界に入り込んでくるな、目障りなんだよ、邪魔なんだよ、お前の存在が、お前みたいに善意しかない怪物、不気味で仕方ないし、気色が悪い」

 泣き出す一歩手前の晴山は、何も言わない、何も言えない。

 「金輪際私の前に現れるな、わかったな」

 何度目かわからない、拒否。

 繰り返し繰り返し、吐き続けた拒絶の言葉。

 「わかったな」

 繰り返す。

 しかし晴山は何も言わない。

 「わかったな」

 「…………」

 ふるふると首を横に振る晴山。

 その仕草に、荒げるつもりが無かった口調が激しくなった。

 「いい加減にしろ!! わかっただろう! さっさと返事をしろ!!」

 叫ぶ、腹の声から声を張り上げた。

 貫くように睨み付ける私の目は、きっと悪魔みたいに吊り上っているんだろう。

 ズタズタに切り裂いて、何度も何度もトドメを刺した。

 何度も切り裂かれた晴山の精神はきっとドロドロと甘ったるい液を流しているのだろう。

 「早く返事をしろ! これ以上お前の顔なんか見ていたくも無い!」

 怒鳴り付ける。

 ぎくりと晴山は全身を震わして。

 「…………わかったわ」

 とても小さく返事をした。

 「よし」

 ただ短く、そう言って、踵を返す。

 そしてそのまま、私は教室を立ち去った。

 振替らず、足早に。

 その後、晴山がどうしたかなんて知らないし、そんな事は私には何の関係も無い。

 その時の私が感じていたのは、十年以上にわたる悪縁を切ったことに対する、深い達成感だけだった。

 あぁ。

 やっと終わった。


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