彼女についての後輩の考察
「せーんぱいっ! 相変わらず凄い嫌われっぷりですね~」
後ろから声を掛けられて振り返る。
そこには大きな赤いリボンを頭につけた童顔の少女が立っていた。
「日野か………何故こんな所にいる?」
日野茉莉、一年生、詰まる所私の一つ下の後輩だ。
何で入学式から十日も経っていないような時期に、部活にも委員会にも所属していない私なんかに一年生が話しかけてくるかというと、単純に顔見知りだったからだ。
とは言っても中学は別。
互いの家も遠い、私は家から学校まで徒歩十五分だが、確か日野は電車とバスを乗り継いで一時間くらいかかる土地から通っていると言っていた気がする。
何でそんな日野が私の事を知っていたかというと、まぁ、あまり明るいところでは話せない様な状況で顔を合わせた事があるからなんだけど。
「雨先パイが倒れたって聞いたんで~、様子見に。先パイ図書室ですよね? わたしもお供します! ちょうど借りたい本があるんで」
そう言って日野は私の横に並んだ。
「……私が倒れた事って結構広がってるのか?」
「はいっ!! 先パイ達の噂話はわたし達の学年の間でも結構広まってますよ~、入学からまだ十日経っていないのに、凄いですよね~」
達、というのは言うまでも無く晴山を含んでいるんだろう。
そうじゃなきゃ一年にまでそんな話題が広がるはずがない。
「私の噂か……聞くまでも無く酷い噂なんだろうな………興味ないし、至ってどうでもいいけど」
「はい、凄いですよ~、てゆうか私は中学にいた時から先パイ達の噂は結構聞いてたんですけどね~、私の兄もここの学校に通ってるんで、まさか噂の天宮先パイがあなたの事だとは思ってもいなかったですけどね~」
「そうだったのか?」
知らなかった。
私もまさかこいつががこの学校に入学してくるなんて思ってもいなかったけど。
「はい、今三年なんですよ~、ちなみにてるてるファンクラブナンバー5です~」
てるてるファンクラブとは晴山のファンクラブだ、てるてるは晴山の渾名。
照美だからてるてる、なんて安直な渾名なんだ。
私の渾名も安直だが。
「ナンバー5………結構上位だな………お前の兄………」
「はい、全く馬鹿で困りますよ、あんな気持ちの悪い人ファンになんかなるなんて……」
「………へぇ」
晴山を気持の悪い人呼ばわりするか、こいつも結構歪んでるからな。
私もだけど。
「だってそうでしょう? 雨先パイからあんな罵詈荘厳浴びせられて罵倒されて拒否されて拒絶されて厭われて避けられて煩わしがられて鬱陶しがられて面倒がられて苛立たれて無視されて冷酷にされて五月蠅がられて辟易されて、嫌われて嫌われて嫌われても、毎日のように笑顔で先パイに話しかけてくるなんて異常です、しかもそれが何年も続いているんでしょ? 普通だったら、とっくに先パイから離れて嫌悪してますよ、異常です」
「そうなんだよなぁ………やっぱあいつ異常だよな…………」
「異常です、あんなの異常に決まってます、わたし達なんかよりもよっぽど。それに人の事を全く考えていません、自分中心のエゴイストですよ、他人の事なんかまったく考えていない、あの女は」
「エゴイスト?」
「だってそうでしょう? 先パイにあんなに嫌われて迷惑がられているのに、先パイの事を考えて自分から離れるという選択肢があの女には無い、先パイの事が本当に好きなら、あの女は先パイから身を引くべきなんです、それにあの女が先パイに関わるせいで、周囲からさらに嫌われている事を知らないはずがないんです。知っていてわざわざそう言う事をするなんて、何て悪趣味で、嫌な女なんでしょうか? あんな女の事が好きな人の考えがよく分からないです。まあ、ルックスがいいのは認めますけどね~、それでも理解できませんが」
「…………言われてみるとそうだな」
「言われないとわかんなかったんですか? 一番の被害者なのに?」
被害者って………まあそういう見方もあるが、さっきからこいつボロクソだな、なにかあいつとあったのだろうか?
しかし、晴山についてこんな悪口垂れ流していると知られたら洒落でもなんでもなく、この学校のほぼ全員が敵に回るぞ、ちょっと心配だ。
いくら私でも、、他人の心配くらいする、そこまで非情ではない。
「被害者か、お前も被害者にならないように気を付けた方がいいぞ」
晴山ファンはねちっこいから、晴山をちょっとでも悪くいう奴は集中砲火される、勿論、その筆頭は私だ。
登校中に生卵やら何やらが飛んでくるなんてしょっちゅうだ、無論全部避けているが。
何時だったか自転車で轢き殺されそうになったけど、それも避けたし、ちなみに私が避けた後、そいつは勢いを殺せずに自爆していた、ノーブレーキで坂道下って来たんだから当然だ、自業自得なので助けなんて呼ばずにスルーしたけど。
「気を付けはしますよ、でも私、虐められっ子だったんで、大抵の嫌がらせには免疫ありますから、御心配なく」
「ふーん、ならいいけど、殺されないように気を付けなよ」
「ころっ!? ちょっ………どんだけですか? てゆうか殺されかけた事あるんですか!? 先パイは!?」
「あるぞ」
流石に吃驚したような顔をする日野、そうだよな、普通の高校生が殺されないよう忠告されるなんて、滅多な事じゃないからな。
ま、どっちも普通の高校生じゃないけど。
でも私が殺されかけたのは通り魔としてではなく高校生としてだ。
私が普通の高校生だったらもう死んでいたかもしれない。
「ひえ~~~、やっぱあの女嫌いです~~」
「同感だ」
「よくそんな人と何年も同じ学校に………ってあれ、何で先パイはあの女と同じ高校に?」
「私だって流石に高校では離れると思っていた…………」
「じゃあ、何で?」
「晴山は馬鹿だ、中学の頃の成績は物凄く良くても中の下、普段は下の下くらいだった、あいつの成績ではこの学校の偏差値に全く届いていなかったんだ、私は中の上くらいの成績で安全圏だったけどな」
「ほうほう」
「私がここを志望校にした理由はただ単に家から近かったという事もあるが、ここなら晴山がどうあがいても受かるはずがないというのが一番だった、現に私がここを志望校に決めたと知った晴山は、必死になって自分の偏差値に届くような学校をうんざりするくらい勧めてきた」
「うわ………それはまたエゴな……」
「だけど私は志望校を変えなかった、そりゃそうだ、私ほどあいつと別の学校に行きたい奴はいなかっただろうからな」
そう、だからこそ私はここに入るために頑張った、晴山と縁を切るために。
しかしそれ以上に頑張ったのは晴山だった。
私が志望校をテコでも変えないと理解した晴山は猛勉強しだした、勿論私と同じ高校に行くために。
寝る間も惜しんで何日も徹夜し、時に寝不足でぶっ倒れ、食べる事さえ時間の無駄だと言って自分の時間をすべて勉強に費やした。
そして入学試験の合格発表日がやって来た。
晴山は受かってしまった。
受かって号泣している晴山と、それに抱きつかれて絶望している私。
本気で悪夢かと思った。
幸いと言っていいか微妙だが、クラスは違ったけど。
というかどういうわけか晴山と私は滅多に同じクラスにならない、確か私が幼稚園で暴力沙汰起こした年と、小学一年生くらいの時しか同じクラスになってない。
多分同じクラスに私達がいると問題が多発することが目に見えてるからだろうな。
そう説明すると、日野はうわーと声を上げた。
「先パイ可哀想………」
憐れまれた。
「本気で虚しくなってくるからやめてくれ………」
ならいっそ滑り止めで受けた私立に入学するという選択肢も無いわけではなかったが、晴山も私が受けた滑り止めと同じ高校に受かっていた、私がそっちに変えても晴山もそうするのが目に見えていた為、その選択肢を選ぶのは馬鹿馬鹿しいと結論付けた。
「あの女どんだけですか………先パイへの執着が半端ないです………ストーカーレベルです………」
ストーカー………同性同士だったからそういう感覚は薄かったけど、言われてみると本当にストーカーだな………
そういえば前、尾行されたことがあるし、休日の朝から私の家の前でじーっと立っていたことがあったし。
携帯電話の番号とアドレスは教えてないけど、というか死んでも知られないようにしてるけど、教えられた晴山の番号も掛かってくるわけもないのに着信拒否にしているけど。
晴山が男だったらアウトだった、私にとってはそのほうがある意味ではよかったけどな。
お巡りさーん、この女ストーカーです。
何て言っても相手にされないからな、晴山じゃ。
全く難儀だ。
「……………はぁ、なんでこうなったんだろうな………ストーカー、ストーカーか……被害届けだしても何にもならないところがな………厄介なんだよ」
「あの人が無駄に良い人っぽいのも難点ですよね、どっかしら分かりやすい欠点があれば………たとえばもっと性格が悪いとか、不細工だったりしたら、あの女、今の雨先パイよりも周囲から嫌われてたんじゃないでしょうか?」
「そうか? でも欠点あるぞ?」
「例えば?」
「あいつは馬鹿だ」
「うーん、そこがまたいいらしいんですよね~~兄曰く、勉強できないところが完璧すぎなくて可愛いとか」
「あと、あいつの作る料理は劇物とか暗黒物質と言っても間違いでないくらいなものだぞ? あれは死んでも口にしたくないし、私はあれを料理とは認めない…………あれを料理だという奴がいたらそいつは宇宙人だ」
今年のバレンタインに無理矢理押し付けられた友チョコは、どういうわけか緑っぽい色をしていて、食べたら確実に腹を下すだろうことが予想できた、下手したら死ぬかもしれない。
勿論その場でごみ箱に放り込もうとしたが周囲からの大ブーイングにあった。
じゃあこの中の誰かにやるよと言って教卓の上に放り投げたら、取り合いになった。
あの取り合いは凄まじかった………いろんな意味で。
どうしてあいつ等はもはや劇物とっていいくらいのチョコレートもどきを、あんな必死になって取り合っていたのだろうか?
教室中が大パニックに陥り、廊下にいた生徒も何事かとやじ馬に来て、そして晴山のチョコもどき争奪戦に飛び入り参加者が出る始末。
結局のところチョコもどきはファンクラブナンバー1の手に渡ったが、そいつが救急車で病院送りになったのは言うまでも無く。
何とか一命は取り留めたらしいが………
と、そのことを話すと、あぁ知ってますと返事が来た。
「兄から聞いたんですけど、兄はその争奪戦に参加できなかったみたいで物凄く悔しがっていました、わたしとしては参加しないでくれてよかったと思っていましたが………それにしても何て恐ろしい……病院送りって………」
「なんであんな事があった後もあいつに人気があるのか甚だ疑問だ」
「えぇ………何ででしょうね、十分嫌われそうな要素なのに…………てゆうかあの女まさか雨先パイの毒殺を目論んだんじゃないでしょうね? 腹の中は真っ黒です、って感じで。てゆうかよく毒殺の噂が流れなかったもんですよ、病院送りが出たのに」
「あぁ、まったくだ」
「てゆうか私あの女は物凄い腹黒いやつだと思ってますけどね、ずっと前からそう思っていました、逆に雨先パイは正直者の被害者っていう印象があります」
「ずっと前から?」
「はい、兄から先輩達の事聴いてからずっと。兄の話だと先パイが一方的に悪人扱いだったんですけどね。わたしも最初の方はそう思っていたんですよ、よくもまあこの人はこれだけ善意を持って接してくる人にこうも悪意を持って接することが出来るものだと、半ば関心さえしていたんです。でも話を聞いてるうちに、だんだんあの女の異常性に気付いて……だってずっとですよ? ずっと先パイに付き纏ってるんですよ? それで先パイが何されてもお構いなしなんですよ? 腹が黒いに決まってます」
「それで私が被害者だと思った、でも正直者って?」
「はい、だってここまで他人の目も何も無く、あの人を拒否し続けるって事は本心からあの女が嫌なんでしょう? それをストレートに態度で示している先パイが正直者以外の何だっていうんですか?」
「そうか? ま、そうだな」
「私から見るとあの女よりも先パイの方がよっぽどいい人な気がするんですよね………皆見る目が無いです」
「は? 私がいい人だって? お前こそ見る目が無い、私のどこがいい人だ?」
通り魔やってる私がいい人であるわけない。
それはこいつも知っているのに。
頭大丈夫か?
「あ、違います、先パイがいい人っていうより、あの女が物凄い悪いってことで、それに比べると大抵の人がいい人になっちゃうって事を言いたかっただけで」
「あぁ、なんだそういう事か」
本気でこいつの頭の事を心配したけど、杞憂だった。
「はい、そう言う事です」
「成程な……確かにそういう解釈にもなるわけか…………しかしあいつが悪人か………それはちょっと違うような気もするが………」
「そうですか?」
「………うーんうまくは言えないんだけど、長年付き纏われてるからなんとなくあいつの事は多少分かってるというか、いや全然理解何てしたくは無かったんだが………とにかく腹黒いというのは違うというか………」
「それじゃあ、何なんですか?」
「………分からない」
分からない、分かりたくないというものが正直なところ。
あいつの事を理解何てしたくない。
だから私は、考えること放置した。
もう、ずっと前から。
「ふ~ん………」
「だが分かったところで私には何のメリットが無いしな、無駄な事は考えない」
「そうですか…………それはある意味潔い……」
「潔い………か?」
「はい、先パイはとっても潔いと思います」
そうか? 全然そんな感覚は無いんだが。
そんな事を言い合っているうちにもう図書室の扉の前についていた。
なんとなく聞いてみる、世間話程度の感覚で。
「そういえば日野、お前が借りたい本ってなんだ?」
「特にこれと決めてあるわけじゃ無いんですが……炎色反応に関する本が読みたくて……」
返ってきた返答に、あぁそう言う事かと苦笑した。