夢か現か
私は自宅の扇風機の前で溶けかけのアイスのようにだらけていた。
「暑い……」
小さく呻く、ならエアコンつけろよって話なんだがエアコンのリモコンを取りに行くのに動く事さえ嫌だった。
扇風機の前を陣取り全く動かない私に呆れたように声を掛ける奴がいた。
「お前な、扇風機独り占めしてんじゃねーよ、てかエアコンつけようぜ、こんな暑い日に何でつけないんだよ」
「………リモコン取りに動きたくない、つけて」
「お前どんだけだよ………」
「暑いんだよ、熱いんだよ、何だ今日の気温は。動く気力も無いんだよ、お前みたいに体力無いし、私は夏弱いんだ」
テレビで今日は猛暑日だってお天気お姉さんが言っていたっけ。
「この駄目人間」
そう文句を言いつつそんな駄目人間の為にエアコンをつけてくれた、てゆうか自分が暑かっただけなんだろうけど。
数分経つとエアコンの冷気によってだいぶ部屋の温度が下がっていった。
「………涼しくなってきた………エアコン最高」
そんな事を呟く。
しばらくぽけーっとしてたら冷蔵庫を開閉する音が聞こえた、そちらを見るとアイスを片手に持った少年がこちらを見下ろして言ってきた。
「お前な、エアコンつけてやったんだからそんな空気の抜けたビニール人形みたいに腑抜けた格好してんじゃねーよ……って何しやがる!?」
私は先ほどまでぐてーっという擬音が似合うような感じだったにもかかわらず、素早く立ち上がってそいつが持っているアイスを奪いにかかった。
「そのアイスは私のだ」
「はぁ? 何でそうなる?」
「私んちのアイスは私のものだ、さっさと寄越せ」
「自分で新しいのもってくりゃいいじゃん」
「それ、最後の一個だ」
「ちっ………知ってたか……」
「いいから寄越せ、居候」
「嫌だね、これは俺のだ」
「この………」
そして私達は取っ組み合いの喧嘩になった。
で、目が覚めた。
「………………うん?」
ぼんやりと目を開けると、見覚えのない景色が広がっていた。
ここは何処だと状況を確認してみた。
私はベッドの上に横たわっていた、体を起こすと誰かから声を掛けられた。
「あ、目が覚めたのね、天宮さん」
声の方向を見ると養護教諭の夏川先生がいた。
という事は、ここは私が通っている高校の保健室か。
「あの、私何でここに?」
「あなた登校中に突然倒れたのよ、覚えてないの?」
「倒れた? 私が?」
「えぇ………多分貧血か何かだと思うけど…………覚えてないの?」
「はい…………全然」
うーん、寝不足が祟ったか?
じゃあ、あの不審者とかピンふりとかは気絶した後に見た夢かなんかか?
そうだろうな、あんなの現実にはありえない。
その後に見た夢は確か去年の夏に実際にあった出来事だ。
取っ組み合いの喧嘩をしている間にアイスが溶けたのは言うまでも無く。
当時16歳、我ながら大人げない。
「そう………念のため病院に行った方がいいかしら? ご両親とも連絡がつかなくて………」
「いえ、病院は大丈夫です、ただの寝不足ですから、それにうちの両親滅多に 連絡付かないですから、連絡するだけ無駄ですよ」
「寝不足?」
「はい、昨日ちょっとゲームやりすぎたから、それが原因だと思います」
嘘だけど。
本当は深夜徘徊が原因だが、それを他人に言うわけにはいかないのでありふれた回答をする。
しばらく休んでいるように言われたけど、全然平気だったので、むしろ寝たことで調子が良くなったので授業に出ることにした。
何でも私は8時20分くらいに保健室に運び込まれて、気絶してたのは一時間くらいの時間だったらしい。
なので、2時間目から授業に出ることにした。
休み時間の間に教室に入り次の授業の準備を始めた。
特に話しかけてくるような生徒はいない。
私はある一点を除いてクラスの中では比較的地味なポジションであるため、友人はいない、所謂ぼっちだ。
だが自分でその状況を気に入っているのでぼっちである事にコンプレックスなんて抱いてないし、気楽だと思っている。
次の授業は古典だった、教科書とノートと単語帳を鞄から取り出す。
まだ時間があるので文庫本を手に取って読み始める。
平和だな。
静かであることは平和だと私は思う、だから私は夜が好きだし図書館も好きだし誰もいない空っぽの我が家も好きだった。
ここはけして静かではないが、それでもまだ許容範囲内だった、それにこんなに人がいるのにしーんとしているのも逆に落ち着かなかったりするものだ。
だから、平和だなと私は思う。
午前中の授業が終わり昼休みの時間になった。
欠伸交じりに鞄から今朝家の近所のコンビニで買ったおにぎりを取り出した、ちなみに中身は日高昆布。
鞄の中で押しつぶされ、歪な形になったそれを口に運ぶ。
形は歪になってしまったが、海苔はパリッとしているし、普通に美味しい。
こうしていつものように昼御飯食べてると今朝気絶した事なんて嘘みたいだな、と思う。
結局あれから何の不調も無く、いたって健康に過ごしていた、まあ、気絶の原因がただの寝不足だからそんなものか。
窓の外を見ると麗らかな春の空と桜の花が見えた、風がよそよそと吹いていていかにも気持ちよさそうだが窓は開けない、そんなことをしたら風と一緒にスギ花粉まで入ってきてしまう、それは避けたい。
花粉症の我が身が辛い、誰か早く特効薬作ってくれ。
そういえばちょっと前に無花粉杉って奴をテレビでやってるの見たけどその杉が成長するまで何十年もかかるから、将来的には有望だと思うけど現地点では変わりは無いしな。
あと、そういえば杉に特殊なカビかなんかを散布して花粉をできなくするみたいなのもやってた気がするけど、あれも確か実現するまで何年掛かるんだっけな。
どっちも先が長い話だ。
そんな事を考えつつおにぎりを食べ続ける。
今日は静かで平和だな。
食べるのが早いので五分くらいで食べ終わる、ご馳走様でした。
立ち上がる、今日は、というか今日も図書室に行こうと思っていたからだった。
返却する本は無いので手ぶらだ。
そして教室の前方にあるドアに向かっていたら。
教室の後方にあるドアが凄まじい音をたてながら勢いよく開いた。
一瞬、教室にいた全ての生徒の視線がそちらを向いた、私も思わずそちらを見た。
開かれたドアの向こう側に立つのは栗色のフワフワした髪を長く伸ばしたまるで妖精か何かの様な美少女だった。
平均的な身長である私の肩までしかない背丈に痩せた体、顔も小さくて、人形のように可愛らしい顔をしている。
全体的に小さい少女の中で、唯一大きいブラウンの目が私を見据えた。
「げ………」
私は小さく声を漏らした、畜生あとちょっと早く食べ終えていれば………
小柄な彼女は私を完全にロックオン、あぁもう逃げるのは無理っぽいな………
今日は逃げ切れると思ったんだが………
少女、晴山照美は甲高い声で叫んだ。
「雨音―――――――――――――――――!!」
そして駆け寄ってきた、誰にって私に。
そして抱き着きに飛び掛かってきた、私は全力で避けた。
全力で避けたものの再び飛びつかれ捕獲された。
「暑苦しい、離れろ」
冷たく言い放つ、そうしないと調子に乗るから。
だが晴山はものともしない、いつもの事だからな。
全力で引っぺがそうとするが、びくともしない。
ちょっと待った、お前はそんなに力無いはず、なんでひ弱なこいつに力負けしてんだ私は………
それなりに身体能力は高いと自負しているんだが………
まぁ、全力と言っても高校生として全力で、本気は出して無いけど、本気出したら洒落にならない事になりそうで怖い。
だから抱き着いている晴山の腹に拳を減り込ませるとか、顔面に頭突きを食らわせるとか、そういう手段は使えない。
そんな暴力沙汰を起こしたら問題になる、ただでさえ悪い私の立場もさらに悪化する。
しかしこの状況が続いても、私の立場は悪化するのだ。
だからなんとか引っぺがそうと頑張るが、やはりびくともしない、どんだけ 強く抱き着いてんだよお前は………
もう一度言ってみた。
「晴山、離れろ………視線が痛い………」
晴山はうちの学校一の美少女で、性格もいいからとにかく人気がある。
こういう奴って同性からは嫉妬の対象になりそうだが、こいつは女子にも受けがいい、多分小動物みたいだからだろう、性格も天然だが悪くはないし、気遣いあるし、可愛い子ぶっていないのに可愛いからか、普通に可愛がられていた、 動物で例えるならばハムスター、だろうか。
でだ、そんな大袈裟でも何でもなく一部の変人奇人(もちろんその筆頭は私だ)を除く全校生徒いや、教師から購買のおばちゃんにまで愛されている晴山に、抱きつかれている私は。
当然のように嫉妬される。
今も全クラスメイトから刺すような視線を向けられている。
………………やめてくれ、私だって望んでこうなったんじゃないんだから。
むしろ嫌がっているんだから、誰か代わってくれ。
唯一まだましだったなぁ、と思うのは晴山と同性同士だって言う事くらいだろう、これで異性だったら本格的に闇討ちされる。
今でさえ、されてるのに。
と、こんな私にとっては厄災の塊みたいな女なのである、晴山は。
しかもこんなのが十数年続いているのである。
勘弁してくれ…………
こんなことになってしまったのは、やはりあの時の私の行為が原因なのだろうと思う。
そう、あれは私がまだ幼稚園の年少、いや年中の頃の出来事だったか。
十三年前の私は、良くも悪くも今の私と大して変わらなかった。
誰かと群れることが面倒で、また集団から弾かれても全く気にしない、子供らしさのない子供だったと思う。
同じ組の子供たちが外で遊んでいても、室内で絵本を読んでいるような感じだった、遊ぼうと声を掛けられたこともあったがすべて断っていたはずだ。
そういう風に誘いを断り続けていたから、当然避けられた。
だけどそれで虐められるという事も無く、いたって平和にしていた。
当時保母達の間で地味に問題児扱いされていたのは言うまでもないが、特に暴れるわけでも無く、騒ぐわけでも無い、ただ協調性に欠けただけの子供だったと思う。
それでもまあ、やはり所詮子供、切れる時は切れる、抑え込むべき怒りを抑えきれないところもあった、そこはまだまだ子供だったというべきか。
そんなある日の事だった。
私が教室でおとなしく、不思議なナイフという絵本を読んでいた時だった。
この不思議なナイフという絵本を私はいたく気に入っていて、よくそれを読んでいたような気がする、多分、というか絶対幼稚園にあった絵本の中では一番読み込んでいた。
この絵本では一本のナイフがグニャグニャ曲がったり、伸びたりして、最終的に膨らんで風船のように破裂する、という感じの絵本だった。
ストーリーなんてものは無く、ただナイフが変形するというだけの絵本だが、当時から刃物というものが好きだったからか、そればかり読んでいたのを覚えている。
その他にも結構読んでいたと思うが、思い出せない、でもなんかトビウオの絵本があったのは覚えている、何でそれが記憶に残っているのかは不明だが。
とにかくその時私は絵本を読んでいた。
そしてそんな私の後ろ頭に何かが勢いよく激突した。
驚いて振り返って見てみると床に落下した表紙に熊の絵が描かれた絵本と、それを投げてきたガキの姿が。
後で聞いた話なんだが、この時私に絵本を投げてきたガキは言ってみれば組のガキ大将的な存在で、確かに一番体つきがよかったし、いつもえばり散らしていたような気がする。
そんなクソガキが何で私に絵本絵をブン投げてきたのかというと、別に私に悪意あって投げてきたのではなく、ただの偶然の事故だったらしい。
そのクソガキはその時、ある女子をいじめていた、その虐められていたのが晴山だった。
好きなものほど虐めたくなる、という私にはよく分からない精神状態にあったそのクソガキは幼稚園一の美少女である晴山を虐めていた。
それは晴山が読んでいた絵本を取り上げるというものだった。
そしてその取り上げようとした絵本が、勢い余ってそのクソガキの手を離れ、偶々私の後ろ頭に激突した、というものらしい。
ただの事故、偶々起こってしまった偶然。
だが当時の私は自己をコントロールするという事が今ほどうまくなかった、まあ今よりうまかったら駄目なんだが。
そんな私がその時やった事は。
そのクソガキに、殴る蹴るの暴行を加える事だった。
ブチ切れていた、今思うとたかがこんな事でと思うんだが、当時の私は抑えることが出来なかった。
クラス一のガキ大将で、それなりに喧嘩が強かった、というかその時点まで一番喧嘩が強かった、と思われていたそいつに一切抵抗させる暇を見せずにボッコボコにした。
途中で泣き出しても止めなかったし、鼻血を出しても止めなかった。
結局私が止まったのは、保母が数人がかりで止めに入って来たときだった。
暴力行為を働き、返り血(鼻血)で服を染めた私にその時教室にいた園児たちは恐怖で泣き叫び、逃げ惑っていた、まさに阿鼻叫喚の図だった。
そしてその後、当然私は恐れられ、さらに遠巻きにされていたが、私は全くかまいやしなかった。
それよりも、暴力沙汰を起こしたことによって両親に絞られた事の方が辛かった、普段家に滅多にいない両親がこの時に限って偶々二人そろって家にいた時期だったのである。
それにくらべれば全幼稚園児に恐れられるなんてことは屁でもなかったし、むしろ都合がいいとさえ考えていた節がある。
そして私はさらに孤立していった、誰も私に話しかけてくることはなった。
しかし、1人だけ全く違う反応をする者がいた。
晴山だった。
ガキ大将をブッ飛ばした私の姿は晴山の中でどうもとんでもない美化をされて、ヒーローの様な扱いになっていた。
だから物凄い懐かれた、ちょっと、いやかなり異常なまでに。
一人でぼーっとしていれば必ずと言っていいほど絡まれたし、逃げても笑顔で追ってきた、何度かトラウマになりかけた事があり、一晩中晴山に追い掛け回される夢に魘された時期があった、あぁ、あれは怖かったんだよなぁ……
逃げても逃げても猛スピードで追いかけてくる晴山、時々百人くらいに増えることもあったし、私が通り魔になってから見た夢ではナイフで刺しても刺しても何度も甦るゾンビになって襲ってくる、なんてのも見た、腹部が裂けて内臓が飛び出ている状態でも笑顔で追いかけてくる美少女、どんなB級ホラーだ。
普段夢で魘されるなんて事無い私がそんな事になるなんてよっぽどの事なんだが………
私はげんなりした、一人静かに過ごしていたかった私にとって晴山にいちいち絡まれる事はとんでもなく面倒くさかったのである、ついでに悪夢の原因にもなってるし。
だから当時から私は晴山の事を結構邪険にしていた、無視する事も多かったし、面と向かって嫌いだと言った覚えが何回もある。
何時だったか、ブチ切れて一度本気で晴山をぶん殴った事があった、確か小学一年生の頃だったと思う。
その時殴ったのは一発だけだったが、子供にしてはかなり威力のある一撃で、それによって晴山の前歯が吹っ飛んだ(永久歯ではなく乳歯だった、ほとんど抜けかけだったらしい)。
そこまですればいくらなんでも避けられると思っていたんだが、休日開けて、もう絡まれなくて済むと意気揚々と登校した私を待っていたのはニヘラと笑い話しかけてくる美少女。
何の冗談かと思った。
晴山は、馬鹿だった。
あの女は自分が好いている人間は、いや人間に限らずそういう風に自分が好意を持っているものは相手も自分を好いているものだという、下らない幻想を抱いていた。
馬鹿な話だ、そんな話があるわけないのに。
それは多分、自分が嫌いなものに好かれたことが無いからで、それ以前に人を嫌う事が少ないからだろう。
よく言えば分け隔てなく人と接する、悪く言えば無意識な八方美人。
下らない、おとぎ話みたいな幻想を信じ込んでいる、妖精のように浮世離れしているような少女。
まるで正しい事、綺麗な物しか存在しない絵本の中の住民であるような、完璧な存在。
そんなものは現実世界にそうそういない、私だって実物がいなければこんなのがいるとは思いもしなかっただろう。
怪物だ、こんな存在は、こんなにも幻想じみたものは怪物と言って差異ない。
美しすぎるもの、正しすぎるものは、もう正常な物じゃない、異常なものだ。
怪物、化物。
通り魔である私と比べても、また私が今まで出会ってきたどんな犯罪者達よりも、異常な存在。
そんな晴山を一言で表すなら甘い奴、になると思う。
甘々だ、角砂糖をチョコレートでコーティングして、さらにメープルシロップと蜂蜜をこれでもかと掛けてさらに生クリーム掛けたようなモノだ。
甘すぎて、吐き気がする。
こんなに甘々だから、まるで蟻が群がるかのように人が集まってくる、群がってくるそいつらは知らないのだ、それがどれだけ体に毒なのかを、きっと理解できないのだ。
私は知っている、決して知りたくは無かったけど、こんなにも理解したくは無かったけど。
甘い甘い、まるで溶かした砂糖でできた蜘蛛の糸に絡まれているかのように、私は晴山から逃れられない、何度も何度も逃げようとしたけれど、今もそうしているけど、切っても切っても糸はベタベタと私に絡み付き、放さない。
こんなにも逃げたいのに、私の周囲の奴等は勘違いをする、奴等には私がまるで晴山を独り占めしているように見えるらしいのだ。
だからそれを妬んで、私を攻撃する、こっちは喜んで代わってほしいくらいなのに、というか私はそう喧伝してさえいるのに。
誰かこの吐き気がするくらい甘い女を引き取ってくれ、御代はいらないから、むしろこっちが払いたいくらいだから。
しかし誰も引き取ってくれない、いや喜んで引き取りたいという奴は沢山いるんだが、売っても売っても本人が勝手に戻ってくる、まるで呪いのアイテムであるかのように。
そして私はさらに周囲に妬まれるという悪循環。
あぁ、あの時ブチ切れなければこんな事にはならなかったのに。
その意味もあって、私は怒りを周囲にぶつけても、結局自分が被害にあうのだという事を悟ったのだった。
そして、たとえ暴力を振るっても、呪いのように付き纏うこの可愛いらしい怪物から離れる事は並大抵の事では無理なのだと。
それでも私は足掻く、それがたとえ無駄な抵抗だとしても、何時か必ず平穏に暮れせるようになると信じて。
だから、今も足掻くんだ。
「いい加減離せ…………殴るぞ?」
脅迫してみた、軽く拳を握る。
しかし晴山はものともしない、こうやって脅しても滅多に殴ることが無いからだろう、滅多にないというだけで、実際殴ったことはあるけれど、もちろん、そのほとんどが本気ではないが。
晴山は、私も周囲も何もかも無視して叫んだ。
「雨音――――!! 教室戻ってるんだったら教えに来てよ――、授業終わって速攻で保健室行ったら、二時間目から授業でてるって聞いてびっくりした――」
そうだったのか、それで今日はなかなか来なかったのか、とうとう私に飽きてくれたのかと若干期待もしたんだが、やっぱりそう言う事だったか。
大した期待なんてしてないさ、してないとも。
「……………お前に報告する義務は無い」
「何よ――!? 倒れた雨音を学校に運んだのはあたしよ!?」
「う……………」
そうなんだよなぁ、寝不足でぶっ倒れた私を学校まで運んだの、こいつなんだよな……
弱みを握られた………
畜生…………
どうする? どうする?
仕方ない、物凄い悪人みたいな事を言うか…………
私の株がダダ下がりになるのは目に見えているが、この事で恩を擦り付けられるようなことになるのは避けたい、そうじゃなくても倒れた事で心配がられて更に付き纏われたら目も当てられない。
溜息をつきながら口を開く。
「お前な………誰が運んでくれなんて頼んだ? 放っておいてくれても全くかまわなかったんだが? 善人ぶって人助けか………反吐が出る……お前なんかに助けられるなんて、私はどんだけ駄目人間なんだよ? 無様としか言いようがない」
吐き捨てるように言ったその言葉を聞いて、周囲の奴等が物凄い反応をした、私に対する罵詈雑言が飛び交う。
しかし構わない、もう慣れている、此方人等こんな事をもう何年も続けているんだから、望んで続けてるわけじゃ無いけれど。
罵られる事に、そしてそれを聞き流す事に関したら、私はプロ並みだ。
軽く呆然としている晴山を、今度こそ引き剥がす。
あー、暑かった。
そして、私は何も言わずに教室を出た。
後ろから消しゴムが飛んできて、私の後ろ頭にぶつかった、でもあの時とは違い、徹底的に無視する。
あーあ、早くこんなくだらない生活終わらないかな。
そう考えながら、さっさと図書室に行こうと足を急がせた。