ある朝の通り魔
私の住む町は、どこにでもある田舎とも都会ともいえない中途半端な町だった。
そんな町にもちょっとは変わった事が合ったりする。
どこでもそんなものだろう、同じような町はあれども、全く同じ町なんて無い、もしそんなものがあったとしたら異常だ。
だから、この何のとりえもなさそうな、特徴のない町にも、何かしらの特色というものがあるわけなんけど、うちの町の場合それがちょっと物騒だ。
この町には、通り魔がいる。
しかも、異常な。
まあ、通り魔なんて異常な奴であたりまえだと思うけど。
曰く、深夜零時過ぎになるとレインコートを着込んだ何者かが徘徊する。
そして、その何者かに遭遇してしまったものは皆、それに死ぬ寸前まで斬り付けられるのだと。
レインコートを着込んでいる事と、その何者かが通った後、その場所に犠牲者の血によって、まるで赤い雨でも降ったかのように真っ赤に濡れていることから、それは通り雨と呼ばれるようになった。
数年前からじわじわと、ちょっと斬り付けられるようなものから、死ぬ寸前まで切り裂かれたものまで。
それらに共通するのは深夜に起きた事件である事、凶器として使われたものがナイフらしきものである事、被害者の目撃情報によるとレインコートの様なものを着込んでいた事、ゴーグルで顔を隠しているため犯人の顔を誰も見ていない事、、またそれらの事件で死者が出ていないことくらいだった。
警察の捜査を掻い潜るように犯行は行われ、事件は半ば迷宮入りである、なんて話も聞く。
謎の通り魔、通り雨(何か語感が変だな、通り通りと繰り返すのがちょっと……)
彼または彼女の被害にあった人間は数十に及ぶ。
……と言ってもこの通り魔、一般市民にはただの都市伝説扱いされて結構茶化されてるけど。
この通り魔は、一説によると深夜に飲酒運転の車に轢かれて死んでしまったものの幽霊だとか、いやいや、きっと妖怪なんだとか、果てには冥府から這い上がってきた鬼だとも言われている。
一般市民にとってはただの都市伝説、せいぜい夜遅くなると通り雨が出るから早く家に帰れ、くらいのちょっと教訓めいた都市伝説でしかないんだけど。
それでもまあ、十分物騒な都市伝説だ。
ちなみにその通り魔、私である。
四月の朝は春眠暁を覚えずという言葉通り、眠い。
とはいっても、私が眠いのは昨日深夜二時過ぎまで街を徘徊していたからなんだけど。
何でそんな時間に街を徘徊していたかというと、趣味だ。
真夜中の散歩は中学二年くらいからの趣味だった、夜の町はいい、静かだし、人いないし、車通らないから車道歩いても平気だし。
でもやっぱり深夜というのもあって変質者に襲われたり、警察に補導されたりしないか心配だ、そう思って当時ぶかぶかだったレインコートを着込み、ついでにごついゴーグルもして、護身用に趣味で集めたナイフを隠し持って出歩いていた。
そして散歩を始めてから数日、酔っ払いに絡まれた。
私はその男を刺した。
刺したことに関しては、罪悪感も恐怖感も無かった。
それが私の、通り雨の最初の犯行。
以後私は人を襲うようになった。
深い理由は無い、悪癖のように、人を斬り続けた。
人を殺したことは無いけれど、その一歩前にはいったことがある。
そして私の犯行がいつの間にか世間で囁かれるようになり、気が付いたら都市伝説になっていた。
自分でもこんな事になるとは思わなかった、人生どう転ぶかわからないものだ。
おまけに深夜徘徊を始めてから、殺人鬼に襲われるわ、ゴスロリ放火魔と遭遇するわ、正義の味方を名乗る男に巻き添えで狙わるなど結構いろんな事があったが、今のところ生きている。
また警察にも捕まっていない、年齢のせいか、顔を隠しているのが功をなしているのか、私は怪しまれてさえいないようだった
そんな私は現在欠伸を噛み殺しながら学校に向かって歩いていた、もう学校は 目と鼻の先、さっさと行って寝よう、そう思って歩くスピードを上げる。
現時刻は8時5分、教室に着くのが多分8時8分頃になるだろう、SHRが8時半からだから、22分眠れる。
だからちょっとだけ急ぐ。
ヘッドホンから流れる音楽によって周囲の雑音はほとんど聞こえない、少し危ないが、これでいい。
何回も聞いて聞きなれてしまった曲がそれなりの音量で流れている、そろそろ新しい曲をいれようかなんて思った。
私はそんなくだらない事を考えながら、いつものように淡々と、少しだけ急いで歩いていた。
そして、後ろを歩く同じ学校の生徒を無視するのも、いつも通りだった。
聞きなれた音楽が終わり、曲と曲の境目で鳴り響いていた音が止む。
その間に割り込むように、甲高い声が耳に入ってきた。
「ちょっと待ってよ! 雨音! 早い!」
何を言うか、私は自分のペースで歩いているんだ、こんなの早くもなんともない。
というか、今日、わざわざ遭遇しないようにいつもより早めに家を出たのに、何でいるんだ、お前。
というかいつも会わないように家を出る時間バラバラにしているのに、なんでいつもいるんだ。
無言でペースを上げる、いっそ全力で走ってもいいかとも思ったが、さすがにそれは疲れるのでやめた。
次にヘッドホンから流れ出したのは先ほどまでのアップテンポなポップスとは正反対のゆったりとしたバラードだった。
だから先程よりも、後ろで喚いているそいつの声がよく聞こえたが、聞こえないふりを決め込む。
だがギャンギャン騒ぐそいつの声にうんざりしてきたというのもあって、ポケットに手を突っ込み、音楽プレーヤーを取り出す。
音量を最大にした。
声は聞こえなくなったが、かわりに大音量のせいで耳が痛くなりそうだった、 ちょっとやりすぎたか?
ついでに携帯電話を取り出して画面を開く、メールなし、不在着信なし。
当然と言えば当然だ、私の携帯電話の番号とアドレスを知っているのは、両親と兄、それとあの殺人鬼位なものだ。
両親に至っては連絡がつく方が珍しいくらいであり、殺人鬼とは連絡をするような仲じゃない(というかあっちの番号知らないし、携帯を持っているのかも知らない)、兄は例外でよく連絡を寄越してくるが今日は何も無い。
自分で言うのもなんだが、女子高生らしさのかけらもない携帯だ、持ち歩いてはいるがほとんど使わないため気が付いたら充電が無くなっていたなんて事はしょっちゅうだった。
しかし、今日は昨日充電したばかりなのでほぼ満タンだ。
携帯をポケットの中にしまう。
堪え切れない欠伸が出た。
眠い。
駄目だ、何でこんな眠いんだろうか今日は。
夜更かしなんて、いつもの事なのに。
あれか? 環境が変わったから体が慣れていないのか? だからこんな眠いのか?
いや、環境が変わったって言っても学年が変わっただけだ、大して変わってない。
じゃあなんだ? ほかに何か原因が………?
駄目だ、思いつかない。
考えても仕方ない事は考えない。
というわけで、その事についてはもう触れない、さっさと教室行って寝ればいいだけだ、最悪でも、授業中に寝ればいい。
という事で、急ごう。
と思っていたら、後ろから誰かが私のわきを通り抜け、通せん坊をした、両手を真横にあげて、まるで迫りくる猛獣から幼い兄弟を守ろうとする姉のようにも見えた。
誰かと言えば、当然先ほどから甲高い声で喚いている同級生だ。
息を切らし、ハァーハァーと息をするそいつ。
私は溜息をつき、横を通り抜けようとする。
しかしその同級生はそうはさせないと私と同じように左右に動いて阻止してきた。
ウザい。
「………どけ、晴山、邪魔だ」
私は本日最初の声を出した。
現在一人暮らしをしているので、私は大抵一日中無言で過ごす、一言も喋らない日なんてざらにある。
平日でも滅多な事じゃ喋らない、休日はもっとだ。
そんな私に声を出させたそいつ、晴山はいかにも憤慨だ、といった様子で顔を 真っ赤にして何か言うが、全然聞こえない。
流石最大音量、何か言ってるな、くらいしか分からない。
というわけで、スルー。
したいところなんだが、晴山は全く退くつもりがなさそうだ。
これは無理矢理通るよりも話を聞いた方がまだ早く片が付きそうだ。
そう判断し、ヘッドホンを外す。
長居する気は無いのでプレーヤーの電源は切らない。
外されたヘッドホンから流れる音楽を聴いて、晴山は顔を顰めた。
「ちょっと雨音―――? 何この音、こんなのして人の話聞こえるわけないじゃない。何考えてるの?」
「何って、人の話なんて最初から聞く気が無かったから、この音量で聞いてたんだけど?」
「ちょっと何よそれ!? あたしが話しかけてたのに!?」
「話しかけられることは全く想定してなかったからな、というわけで私は早く教室に行って寝たいから、そこどけ」
「何がというわけで、よ! いろいろすっ飛ばして話さないでよ!」
「うるっっっさいな、いいからどけ、貴重な睡眠時間が減る」
「何ですって―――!?」
相変わらず五月蠅いな、こいつ。
思わず耳を抑え掛ける。
工事現場だってもうちょっと静かなのに。
「五月蠅い………いいから黙れ………」
「ちょっと何よその言い種は!! 親友のあたしにそんな言い方ないでしょ!? 親しき仲にも礼儀ありだよ!」
甲高くて耳障りな声で晴山は叫んだ。
うぅ、耳がキンキンする………
「何を言っているんだ? 私がいつお前の親友になった? 私とお前はただ幼稚園から高校まで同じ学校に通っているだけの間柄じゃないか」
だけ、のアクセントを強くする、そこ大事だから。
こいつと私が親友だって? 笑わせる、お前が一方的に私に付き纏ってるだけじゃないか。
こっちは迷惑してんだ。
いい加減、私から離れて欲しい。
「ムキ―――――――――!!」
晴山は猿のように絶叫した。
こんなのでも学校一の人気者なんだから、世も末だ。
偶々小耳にはさんだ情報によると、なんでも週に三回は男子に告白されているらしい。
本当に世の中っていうのは時に理解しがたい事がある。
にしてもこいつには恥も糞も無いのか? こんな道の往来で叫ぶなよ。
こんな人通りの多い場所で………………?
ん?
たった今気づいたけど、何で誰もいないんだ?
ここは私が通っている高校のすぐ近くだから、今くらいの時間帯には生徒が大勢いるのに。
そうじゃなくても、もともと人通りの多い道だ、私達以外に人っ子一人いないなんておかしい。
再度あたりを見渡す、やっぱり誰もいないし、車も通らない。
ワーワー騒ぐ晴山が私の様子に気づいて、不審そうな顔をした。
「…………何? どうしたの?」
「………………」
答えずに考え込んだ。
何だ? 嫌な予感がする。
割と修羅場を潜り抜けてきた方だから、そういうことに関して私は人より鼻が利く。
ここにいたらまずい気がする。
………これは、早く人の多い場所に行った方がいいな。
取り敢えずここの近くで人が多い場所と言えば学校だろう。
急ごう。
そう思って無理矢理晴山の横を通り抜けようと動こうとしたが。
時すでに遅し、その嫌な予感が、現実になって私の前に現れた。
何処から湧いて出てきたのか、晴山の背後、つまり私が進もうとしていた方向に一人の不審人物が立っていた。
何で私が一目でその人物を不審者だと分かったのかというと、理由はひどく単純だった。
その不審者の格好が、こんななんでもない町の、のどかな朝にいるにはひどく場違いで、おかしな恰好をしていたからだ。
と言っても露出魔であるわけじゃ無い、深夜出歩いているとよくではないが酔っぱらって前後不覚に陥ってそういうことしているのを見かけないわけじゃ無いけど。
とにかくそういう意味での不審者じゃない。
だからと言って全身完全武装しているわけでも無いし、ナイフやら拳銃やらの凶器らしきものを持っているわけでも無い。
その人物の格好をひどく端的に言うなら……………王子様? いや貴族か?
そういう服に関して全く知識が無いからどう表現すればいいんだかよく分からないんだが………
何というか、無駄にゴージャス? 西洋風の貴族とか王子の格好みたいな感じなんだが。
私に言葉として表現できるのは、そいつの服装が西洋風貴族か王子っぽい事、服の色が黒と濃い紫のツートンカラーだって事、あとマントをしている事、王子風と言ってもかぼちゃパンツではない事…………か?
あと顔に関してはやけに煌びやかだな、と思った。
金髪金目、鼻梁の通ったお綺麗な顔をしていた。
詰まる所、どこのファンタジーから飛び出して来たんだって感じの若い男だった。
…………何だろう? これが所謂コスプレイヤーって奴か? 初めて見た………
随分気合が入っているな………何がどうしてうちの学校の通学路にいるのかさっぱり分からない。
この辺に、コスプレイヤーが集まるような場所なんて無いぞ? 多分。
少なくとも私は知らない。
そんなことを考えていたら、その不審者が無駄に優美な感じでマントをバサリと翻した。
………………何か、危ないヒトに遭遇してしまった。
今まで危険人物に遭遇したことはあるけど、そいつらとはもう次元が違う。
私が今まで会ってきた危険人物と言えば白い殺人鬼とか、ゴスロリ放火魔とか、正義の味方気取りの狂人とか、そういう奴等だ。
いくら私が一般人とは遠い存在といえども、こういう、頭がお花畑になってるような不審人物には会ったことが無い。
…………早く逃げようか。
こういう奴に対するスキルは私には無い。
絡まれる前にさっさと学校に行こう。
と思うが立ち位置が悪い、私の進行方向にその不審者がいるので、私はその横を通って行かないとならないわけだ。
…………どうしよう。
クソッ……こんな状況に陥ったのは晴山のせいだ、あいつが通せん坊なんてしてなきゃそろそろ学校に着いてる頃だったのに。
もういい、強制突破だ。
一気に走って逃げ切るしかない。
本気出せば何とかなるだろう。
そして走り出そうとしたその時、コスプレイヤーは口を開いた。
「相変わらず、バカっぽさが全身から漂っているな! 魔法少女!」
そこでようやく晴山は背後の男に気づいた。
まあ無理はない、男が現れてからまだ三秒も経っていない。
晴山は振り返って叫び返した。
「魔王!? 何でこんな所に!!」
………おい晴山。
お前頭イカれたのか?
分かってたけどとうとう……………
末期だな、こりゃ、もうどうしようもない。
心底どうでもいいが。
変人共は放っておこう。
そして―――
男が指をパチンと鳴らした。
晴山が顔を強張らせた。
私はさっさとズラかろうとした。
―――そして、爆発音が響いた。