手に入れた日常
晴山と決別してから、数日が経過した。
少し心配だったが、晴山はあれ以来一切私の目の前に現れなかった。
今晴山がどういう状態なのかは全く知らない。
全くというか、入ってこないというか。
晴山と話さなくなっても、周囲の奴等との溝は深いままだ。
それでも授業で班になったりしなければならない時は、普通に話すような状態にはなっていた。
そもそも私は人と関わる事が苦手だった。
だからきっとこんなものなんだろう。
これからもずっと。
最近では、朝は決まった時間に登校するようになった、避ける奴がいないから、そんな事をしても意味が無いと考えたからだった。
大体8時10分頃には教室についている。
それでも昼休みに図書室に行く事は変わらなかった、なんだかんだで私は自分で思っていたよりも図書室という空間が好きだったらしい。
登校と下校時にヘッドホンで音楽を聴くのも相変わらず、音量は前よりずっと小さいけれど。
だから、やっていること自体はそんなに変わらなかった。
それでも、今までの私の生活とは、劇的に違うと言ってもいい。
あの甘ったるい怪物が視界に入らないというだけで、これほどまでに変わるなんて。
何が違うって、まず、ずっと気楽だ、あとあいつに関わる事で発生する精神的苦痛が無くなった。
あぁ、ストレスの無い生活とは、ここまで心の落ち着くものだったのか……
そう言えば、晴山と決別し翌日には曇井を少しだけ話した。
大した内容じゃない。
確かこんな感じだった。
「天宮さん」
「何だ? ベストカップルの片割れ」
この時点で、曇井と晴山は学校中から完璧にカップル扱いされていた。
本人達の心境は関係なしに。
集団って恐ろしいなぁと、煽って本人はいたって冷静に考えてる。
「その呼び方止めて……それに僕は彼女の事は……」
「別にいいじゃないか、恋人が欲しかったんだろう? 取り敢えず付き合ってみて気に入らなかったら別れればいい、取り敢えず付き合ってやれよ」
「いやでも……」
「大丈夫大丈夫、まあ、あいつ今傷心してるだろうから慰めてやったら? 案外ケロッとしてるかもだけど、それじゃ」
そう言ってひらひらと手を振って教室を出た。
「ちょっと待ってよ」
そう言って追いかけてきたが。
「あー、いたいた曇井君」
「ちょっとこっち来てよ」
廊下にいた複数の女子生徒たちによって何処かに、おそらく2年1組の教室に連行されていった。
ちなみに2年1組とは晴山のクラスだ、ついでに私のクラスは6組。
「ちょっと待って! 僕は………」
そんな声を聞きながらさっさと立ち去る私。
うーん、平和だなあ……
と、こんな感じだった。
そしてそれ以来曇井とは全く話していない。
理由は4時間目が終わってすぐに1組の女子共がこの教室にやって来て、曇井を1組まで強制連行していくかあらである。
毎度毎度。
「ちょっと待ってよ!」
そう言って抵抗しているが、1組の女子共は容赦しない、曇井も女子相手だから強く拒むこともできないようで。
やっぱり女子って怖いなぁと、完全に傍観に徹している私はそう思った。
そしてやはり今日も全く同じやり取りが繰り返された。
窓際の席に座って、私は悠々自適に昼食を摂っていた。
ちなみに今日は明太子のおにぎりだ。
私は普通のたらこよりの断然明太子派だ。
はぁ~~、静かだ。
平和っていいな……
そして食べ終わった後はいつものように図書室に。
階段を下っている途中で日野に合った。
片手に本を持っている為、図書室に本を返しに行く事は一目瞭然だった。
向こうも私が図書室に向かっている事に感づいたのだろう、声を掛けてきた。
「雨先パイ、図書室ですよね? ご一緒します」
そう言って私の横に並んだ。
ちょっと前に似たような事があったなと思う。
別に拒否する理由も無いので何の文句も言わない。
「そう言えば先パイ、やっとあの女に絡まれなくなったんですってね」
あの女とは当然晴山の事だ。
「………噂になってるのか?」
「なってますよ~~、あの女がここ数日全然先パイの所に行かなくなったって、彼氏が出来たからとか言われてますが、実際は違いますよね?」
「あぁ、先週私から完全に拒否った。それ以来全く絡んでこなくなった、もう大丈夫だろう」
「そうですか~、よかったですね!」
「あぁ、本当に良かったよ」
にしてもやっぱり一年にまで噂広まってるのか。
それでも今のところ目立った嫌がらせはない。
うーん………なんでだ?
そろそろ生卵の一つや二つ飛んできてもおかしくは無いと思ってたんだが。
私に嫌がらせするまで気が回らないというか、忘れられてる?
あれ以来全く関わって無いからな、どうもあの話しも聞かれて無かったらしいし。
もし聞かれてたら、もうとっくに二、三度くらい誰かが殴り込みにきてそうだし。
ファンクラブナンバー1は空手部の主将だし、ナンバー2は剣道部期待の星だし。
そのあたりの奴等が、私が愛しのてるてるを泣かしたと知ったら、確実に殴り込んでくる、容赦無く。
制限無しなら余裕だけど、普通の高校生としては無理だな。
精々逃げ回るくらいか、逃げて逃げて撒くしかないだろう。
「ところで先パイ、“米一粒”の人って本当にいるんですか?」
「!? それも噂になっているのか!?」
ちょっと待て、何でそんな事まで噂になってるんだよ?
私だぞ? 嫌われ者の私の噂にどんな需要が………
「えーと、背が低くて華奢でひねくれた性格の人ですよね?」
「…………何でそんなに詳しいんだよお前……あの時聞いてたのか?」
「いえ、風の噂で聞きました、結構有名な話みたいですよ?」
「何でだ……」
頭を抱えそうになった。
分からない、何で有名になってるんだよ……
「先パイは目立ってますからね~、あの女をあれだけ邪推にしている先パイに、気になる人がいるなんて事は凄い意外性がありますから、私も聞いた時はビックリでした」
そうか、悪目立ちしてたからか、やっぱり言うんじゃなった。
一年生にまで広まるとは思ってなかった……
そう言えばあの時の反応凄かったからな。
「それで、ホントなんですか?」
「………でっちあげだ、そんなのいない」
周囲に聞こえないように小さな声で囁く。
「そうなんですか~、そうだろうな~とは思ってましたが」
やっぱりといった風情で日野は言った。
「他に何か私に関する噂は……?」
「う~ん………私が知っているのはこれくらいですかね~」
それだけ?
曇井の私に対する問題発言は? 私があの二人が付き合うように煽った事は?
推測するに、あの二人が付き合うというビックニュースに搔き消された?
だからいまだに何の嫌がらせも無いのか?
それなら結構だが………なんだか私にとってうまくいき過ぎているような気がする。
この先一生分の幸運を使い果たしたなんて事じゃないよな?
それとも今まで不運だった分の幸運が今一気にやって来たとか?
そっちならいいが……
「ならいい」
「そうですか~」
図書室に着いた、ここで日野カウンターに向かい、私は書棚の間をウロウロする。
そしてフラフラしているうちに予鈴が鳴り、私は図書室を出た。
図書室から出た時視線を感じてそちらを見ると、学校一の美少女がいた。
一週間ぶりに、その姿を見た。
そういえば、あれから今まで姿を全く見た事が無かったと思い当たる。
金輪際私の目の前に現れるなと言ったことを忠実にこなしていたのか、それともただの偶然か。
晴山は、縋る様な目で私を見る。
同情を誘うような、そんな目。
しかし、そんな視線には気付かなったかのように、存在さえ目に入っていないかのように、彼女を無視してその横を通り過ぎた。
通り過ぎた後も、話しかけてこなかったし、もし話しかけられたとしても、無視する気だった。
階段を上がりながら、あぁ私はもう解放されたんだなと思った。
十三年、長かった。
やっと静かに平和に暮らせる。
今まであんな胸糞悪い生活送ってた分、これからは穏やかで平和な日々を過ごせたらいいと思った。