某日
バケツをひっくり返したような雨が降っていた。
少女は顔を上げた、今日は確か満月のはずだが、厚い雲に覆われて月は完全隠れていた。
あたりは真っ暗だが、闇に慣れた目にはしっかりとあたりの風景が映っていた。
目の前には血を流し倒れる大きな人影。
すぐ近くにバスケットボールほどの大きさの塊が転がっている。
―――もう死んでいる、大柄な男の首だった。
そして、少し離れた場所に、まだ幼さの残る少年が立っていた。
少年と少女の息は若干荒れていた、ヒューヒューと互いの息だけが聞こえている。
血を流し倒れる男を挟み、向かい合う少女と少年。
その姿は対照的だった。
真っ黒いレインコートに大量の血を付着させた少女。
真っ白いパーカーに一滴の血も付着させていない少年。
少女の方が、背が高く年上に見える、どちらもフードをかぶり顔はよく見えない、少女に至ってはゴーグルをかけていることもあって全く顔が分からなかった。
はたから見ればきっと少女だけがこの男を殺したように見えるだろうが、実際は違う。
男を殺したのは少年、少女はそれに関わりはしたが最終的に手を下したのは少年であり、彼女が被った血は少年が男の首を跳ね飛ばしたさいにまともに被ってしまっただけだった。
彼女にはよく分からないのだが、何人も人を殺したという少年は滅多な事で返り血を浴びないらしい。
一体どうすればそうなるのか、彼女には理解できない。
被った血のせいで鉄臭い、そう彼女が思っていたら少年が口を開いた。
「なんつうか、まあ………あっさり終わったな………つかお前何それ?めっちゃ血塗れなんだけど」
「お前のせいだろう………あんな派手に首すっ飛ばすな………おかげでかつてないほど血を被ることになった」
不機嫌そうに言葉を返す彼女の声は何処か淡々とした響きがあったが、少年は構わない。
「ハハッ、そうか、でも仕方ねえよ、そんなとこにいたお前が悪い」
「私がここでこいつを引き付けていなかったら、お前はトドメ刺せてなかったよ、逆に殺されてたんじゃないか?」
「ま、そーだな、そこは礼を言っておく」
「礼を言う態度じゃないな………しかし私からもお前に礼を言わなければ…………この男を殺してくれてありがとう、おかげでもう狙われずに済む」
「そっちも礼を言うような態度じゃねーな」
「お互い様だろう」
「だな」
少年は声をあげて笑い、少女は少しだけ顔を笑みの形に変える。
何ともいえない光景だった。
死体を挟み、笑いあう二人の子供。
真ん中にある死体さえなければその二人は何処にでもいるような、友人同士にも、姉弟にも恋人にさえ見てた。
内容はさておき二人の会話の調子もどこにでもあるようなもので、死体を挟んでの会話には見えない。
少年は少女に向かって言った。
「なぁ、通り魔」
「何だ、殺人鬼」
通り魔と呼ばれた少女が聞き返し、殺人鬼と呼ばれた少年は問いかけた。
「今回、俺に協力したことはノーカウントなのか?」
「何の事だ?」
「お前、人は殺さないんだろう? 間接的とはいえお前、この男殺したけど」
「さぁ……いいんじゃないか? 私だって自分が何で人を殺さないのかよく分からないし、別にいいんじゃないか」
「相変わらずわけわかんねーな、お前は」
「知るか、私にだってよく分からないんだから仕方ないだろう」
「ま、そうだな」
その時突然空が光った、一瞬、少年と少女と、死体を照らす。
続いて雷鳴が轟いた、結構近いなと彼は言い、そうだなと彼女が返した。
「んじゃ、俺そろそろ行くわ」
少年はそう言って、親しい友人にするように少女に向かって手を振った。
「今から? この豪雨の中を?」
少女は手を振り返さずに言った。
「あぁ」
少年は短く返事をし、少女は呆れたような顔をした。
「………まぁ、別にいいが………次来るときは厄介事を持ち込むなよ、お前」
「分かったよ、保証はしねーがな、じゃーな」
少年は少女に背を向け歩き出し、後ろ手を振る、もう振り返ることは無いだろう。
少女は無言で踵を返し、歩き出す。
豪雨の中、首を跳ねられた死体だけが、そこに残った。