計都とラン
なんだかんだ言いながらも4人目の居候が決まってからはしばらくの間平和な日々が続いたわね。
九曜の趣味は読書。りゅうの仕事柄かこの家には一部屋丸々本の部屋っていうのがあるんだ。そこから色々な本を持ち出しては読んでいる。
本の部屋にあるのは統一性の欠片もないような本達ばかりで、あたしやコウが見るような漫画本からやたらと小難しくてみてるだけで眠くなっちゃいそうな分厚い何とか辞典とかまである。
片付けの苦手なりゅうは本を出したら出しっぱなしで今まではいつ入っても足の踏み場もなかったのよね。あたしは身軽に避けてたけどコウは偶に踏んでたみたい。
めったなことで怒らないりゅうだけど、本だけは踏むとすごく怒るのよね。一度コウが遊んでる時に破いちゃったら今までにないぐらいに泣きながら怒って、ときが帰ってくるまであたしまで夕飯貰えなかったことがあるのよ。コウのバカのせいであたしまで被害にあったからよ~く覚えてる事件よ。
後でときにそこまで怒った理由を聞いたらコウが破いた本ってりゅうが何年もずっと探していたすっごく珍しくて高い本だったらしいの。ようやく見つけて買ってきたところでやられたらしい。…ううん。どうりで泣きながらテープで修理してたわけだ。
その時は帰ってきたばかりで本をソファーにおいて飲み物を取りに行った隙にコウが食べ物と勘違いしてバリバリにしちゃったのよね。だからりゅうが悪いわけじゃないんだけど…。
コウも相当堪えたらしくてしばらくの間はすっごく注意して歩いてたんだけど、やっぱり根がおっちょこちょいなせいかバランス崩して踏んでたわね。
ところが九曜が来てからは本の部屋がいつも綺麗なのよ。どうやら自分が読むのに邪魔だからって片付けてるみたいね。
「く~よ~ぉ~~、世界魔術大全が見つからないよぉ~~」
あら、噂をすれば。またりゅうがやってるわ。自分で片付けないからどこに何があるのかまったくわからないのよ。本当に仕方ないわね。
泣き付いてきたりゅうにソファーで寝ていた九曜がムクリと起きて本の部屋へ行くとすぐに見つけて戻ってきた。
「ん~~vvありがとね、九曜。もうちょっとしたらお昼にするからにーちゃんも呼んでおいてね」
本を受け取っていそいそと仕事部屋に戻るりゅうの姿を見ながら、ようやくあたしは朝からコウの姿を見ていないことに気付いた。
「ねぇ、コウがどこに行ったかしってる?」
「30分ぐらい前は庭でボール遊びしてたよ。そのあとは知らないけど…」
再びソファーに戻った九曜がりゅうに頼まれた本と一緒に持ってきた表紙の硬い本を読みながら答える。
九曜って昼間は寝てるか本読んでいるかのどちらかで周りの様子を見ていないはずなのに何だかすっごくみんなの行動について詳しいのよね。怪しすぎるわ…。
そう思った時、窓の外をコウの茶色いしっぽがよぎったの。
まったく…ご飯の時間になると、どこからともなくやってくる辺り食い意地の張ったやつよね。
でもいつもなら外から帰ってくると手を洗って真っ直ぐリビングに駆け込んでくるのに今日はなかなか来ないわね?
ちょっと気になったものだからあたしはコウの部屋まで様子を見に行くことにしたの。
ところが部屋に近づくにつれ何だか話し声が聞こえるじゃない。誰と話してるのか気になったものだからきちんとしまってなかったドアの隙間から様子を伺うことにしたわ。
「…だから、当てがないんだったらいいじゃないか」
「僕がどうしようと関係ないだろう。ほっといて欲しい」
「あんなの見てほっとけるわけないだろ?!」
覗いてみるとコウと真っ黒な子猫が言い争ってた。とは言ってももっぱら怒鳴ってるのはコウで黒猫は取り合うつもりもないようね。
「……アンタ、何やってるのよ?」
ドアに背中を向けていたコウに対し思いっきり飛び蹴りを入れてから聞くと、つんのめるようにこけたコウが慌てて振り返ったわ。
「痛ったいな~~!何すんだよ、計都ちゃん!」
「………乱暴な女」
ぬぁんですってぇぇぇ~~~!!聞こえたわよ!!チビのくせに失礼なヤツね!!
「とにかく僕はもう行く」
「待ちなさいよ!ちょっと!!」
言いたいことだけ言って出て行くつもりの黒猫の首根っこを捕まえてあたしは引き止める。あんな失礼なことを言っておいて謝りもしないなんて許せない!!
黒猫は面倒くさげに振り返ると視線だけでなんだ、と聞いてくる。
ふっ……あたしに対してそんな生意気な態度を取るとは命知らずなヤツね。ここは一つキッチリと話し合いをさせてもらわなきゃね!
「ここはあたしの縄張りなんだから勝手に入ってきて好き勝手なことを言ったあげく『はいさよなら』なんて許さないわよ。少なくともあたしに対する暴言だけは謝っていきなさいよ」
黒猫を引きとめたあたしに対してコウが妙に嬉しそうにしていたけど、(どうやらあたしがコウの味方をしてると思ってたみたい)謝れ、って言うのを聞いて一人でこけているのが目の端に見えた。
別にあたし的にはコウと黒猫がどんな関係かなんて知らないし、興味もないからコウの味方をするわけなんてないのにね。………ああ、でも後ろからうっとおしい涙目が訴えかけてくるのがわかるわぁ……。
「僕だって好きでここに来たんじゃない。あいつが無理やり連れてきたんだ」
こっちだって非常に迷惑してるんだ、という文字を顔に書いて黒猫がコウをにらむ。
「どーゆーことか、説明してもらお―じゃないの。コウ」
あたしと黒猫、両方ににらまれたコウが説明に困った時、遠くからりゅうの「ご飯だよ~」って声が聞こえてきた。ちっ。仕方がない。理由はご飯の後に聞けば良いわ。呼ばれた時に食べに行かないとすぐに片付けられちゃうんだもの。
「仕方ないわね。話はご飯の後に聞かせてもらうからね。ほら、あんたも来るの」
だーっとものすごい勢いでご飯を食べに走るコウを横目に見てあたしは黒猫の手を引っ張る。
「何で僕まで…」
厭そうな顔をしてる黒猫だけどあたしにはそんなの関係ない。
「あたしがご飯食べてる間に逃げる気だったみたいだけど、まだ謝ってもらってないのにそんなの許すわけないでしょ。だから逃げないように見張るのに決まってるじゃない」
あたしの言葉に黒猫は何だか諦めたような溜め息をひとつついてしぶしぶとついてくる。…でも、何だか生意気よねっ!




