トマトときゅうり、サラダにされる前に
カチッ。
冷蔵庫の灯りが消える。
「……ついに、来たな」
「なにがだよ。もう夜の照明だぞ、きゅうり先輩」
「うるさい。心の準備ってもんがあるだろうが、トマト」
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トマトときゅうりは、冷蔵庫の野菜室で同じ袋に入れられていた。
ちょっと湿ったビニールの中、空気はぬるい。
サラダにされるのは、たぶん明日。
だからこそ、今日は騒がずにいたかった。
「なあ先輩、緊張してんすか?」
「……してない」
「してるじゃん〜。だってさっきから皮にシワ寄ってるし、ちょっとしなってるし」
「お前の水気の多さよりマシだろ。いつまでドリップ出してんだよ」
「すいません、俺…潤いが自慢なんで……」
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「……けどな」
きゅうりがぽつりとつぶやいた。
「どうせ刻まれて終わる運命なら、
最後にひとことくらい言っといてもいいんじゃねぇかって、思ったんだよ」
「……へえ」
トマトが、静かに隣へ転がった。
「じゃあ、何言う?」
「俺の存在感を……もっと見ろ、って」
「そこ!?けっこうガチなやつ出た!」
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「俺、よく“水っぽいだけ”とか言われんだよ。
あと“味しない”とか、“いらないなら残してもいいよ”とか……」
「それ、めっちゃトラウマじゃん……」
「なあトマト、お前はいいよな。色も味も酸味もインパクトもあって。
主役って感じじゃん。映えるし」
「……でもさ」
トマトは、ちょっと真面目な顔で言った。
「俺、酸っぱいってだけで嫌われるときもあるぜ。
『トマト無理』って、丸ごと残されたこともある。
ミニトマトのときとか、口から出されたことすらあるんだぞ?」
「……えぐいな」
「だろ?」
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その時、冷蔵庫の上段からガサッという音がした。
「おいっ、静かにしなさいよ!」
レタスだ。袋の中からふわっとした声が降ってくる。
「サラダってのはね、バランスよ。
トマトの赤がいて、きゅうりの緑がいて、私のフリルがあってこそ美しいの!」
「レタス姐さん…!」
「二人とも脇役じゃない。立派なメインよ。
だって、明日もきっと誰かの食卓をちょっと元気にするんだから」
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静かになった野菜室に、またカチッと音が響いた。
冷蔵庫の灯りが、ふたたびついた。
「……来たぞ」
「おう」
袋が開く。
トマトときゅうりは、ころん、と取り出され、まな板の上に並んだ。
「行こうぜ、相棒」
「……ああ。
今日は俺たちが主役だ」
包丁の刃が、光る。
でも、不思議と怖くなかった。
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そして彼らは、彩り豊かなサラダとなって、
食卓の中央で小さくきらめいた。